【比叡山焼討】市中見廻り強化

■ショートシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 32 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月29日〜06月05日

リプレイ公開日:2008年06月21日

●オープニング

神聖暦1003年5月、ジャパン京都。

 平織虎長の比叡山包囲から始まった騒動は、延暦寺が京都攻撃に及ぶにおいてその混乱は最高潮に達した。
 延暦寺住職慈円は今こそ魔王虎長討つべしと檄を発し、延暦寺は全軍で山を下りる構えである。
 比叡山を攻めきれず、酒呑童子に押されて本陣が京都に後退していた平織軍はこの知らせに肝を潰し、京都へ撤収中の部隊を総動員して京都防衛と延暦寺迎撃に奔走する。
 戦の趨勢を見守っていた京都の民は、鉄の御所の鬼と延暦寺が攻めてくるというので上を下への大騒ぎ。

 鬼退治、そして京都防衛に回る新撰組の隊士は先年水無月会議における鉄の御所襲撃を思い出していた。
「芹沢先生の言う通りになったな。鬼の腕を治した慈円はやはり酒呑童子と通じていたのだ」
「近藤局長が京都から離れる事を拒まれたのも、この事を予見されたのだろう。何たる達見だ」
「鷲尾さんが京都の治安活動に拘った時は意外に思ったが、おかげで新撰組は殆ど京都に居る」
「京都は俺達が守ってみせるぞ!」

「‥‥」
 意気上がる隊士達を眺めつつ、月詠葵(ea0020)は冒険者ギルドに走った。
「市中見廻りの強化?」
 冒険者ギルドの弓削是雄は月詠葵の持ち込んだ依頼を考える。
 新撰組による京都市中見廻りの強化、その協力者の募集。
 特に変わった所は無い。京都中が大混乱にある事を考えれば、むしろ当然の依頼。
 延暦寺と平織軍の戦が京都にまで及んだ事で懸念される治安の悪化、此れに乗じて不逞浪士が事を起こすという危険の芽を摘み取るべく見回りの強化を行いたい。
 報酬も十分。
「分かりました。お預かりします」


●長州
 長州藩士達が仮の宿にしている寺院。
「高杉さん、延暦寺が都を攻めようって時に貴方は何をしているのですか?」
 打って出ようと詰め寄る若い藩士達に、長州藩の大物の一人、高杉晋作は気乗りしない風であった。
「無駄なことはやめておけよ」
「む、無駄とは酷過ぎる! 我らの意思を都の者達に示す良い機会では無いですか」
 京都との交渉にやってきた長州藩使節に同行した彼らは無為の時間を過ごしていた。交渉は全くまとまらず、平織軍の上洛で彼らの朝廷工作は殆ど無意味になった。
 平織家は彼等が打倒を決意する大諸侯の筆頭だが、神皇家への忠誠心も篤い。水無月会議の折に長州藩に理解を示す所もあった、高杉達は少し様子を見ていたのだが。
 昨年を思い起こさせる鬼の大侵攻、しかも今度は延暦寺付き。
「京都は魔都だなぁ。神だ魔王だと、よからぬ者が多すぎる。そんなくだらないものに、俺達が振り回されることは無い」
 長州の目指す革命に、酒呑童子や魔王は入っていない。神仏の言葉をかたる宗教とも距離を置きたい。
「しかし、都は大混乱です。高杉さんは、我らに指をくわえて見ていろと言うのか」
「‥‥考えている」
 長州藩は京都での地下活動の第一人者。一時期は人斬り騒動の黒幕と目され、新撰組ともやり合ったものだ。要人暗殺、安祥神皇誘拐、残る神器の奪取‥‥等々、混乱に乗じて無理をすればやれない事も無い。
「桂が調べてる。薩摩の半次郎はどうするかな‥‥」
 動くか、動かざるか長州。


●ジーザス会
 京都郊外、民家を借りたジーザス教仮寺院。
「ロレンソ様。え、延暦寺が‥」
 駆け込んできた信者は興奮しつつ、延暦寺が酒呑童子と肩を並べて都を攻める事を知らせた。
「まさか。それは本当ですか?」
「はい。都中、その噂で持ち切りです」
 延暦寺の弾圧を受けた京都のジーザス教は京都を出るか、地下に潜るかの選択を余儀なくされた。ジーザス教の宣教師ロレンソ了斎は長崎でフランシスコ・ザビエルの洗礼を受けたジャパン人。布教のためにザビエルに従って都へやってきたが、延暦寺の過激な弾圧を受けて今は潜伏生活である。
「都は‥私達はどうすれば‥‥」
「弱りましたね。こんな時に、ザビエル様もフロイス様も不在とは」
 各地に隠れたジーザス教の信者達はまともに連絡も取れない状況である。フランシスコ・ザビエルが京都に現れたという噂を聞き、都に信者を向かわせたら延暦寺が都を攻めるという。
「ロレンソ様。延暦寺は悪魔の使いです。我らも立ちあがり、都を守りましょう!」
「延暦寺が悪魔と繋がっているのはどうやら間違いなさそうですが、まだ状況が分かりません。落ち着いて考えてみましょう」
 ジーザス会、いやジャパンのジーザス教布教のために今回の騒動は重要な意味を持つように思える。はたして流血と殉教の記録となるか、福音となるか。理不尽な弾圧をおこなう延暦寺への憎悪は激しい。都を守り、延暦寺と戦うか。或いは、この機に乗じて捕えられた信者達を救出するか。それとも‥。
「神の声を聞きましょう」

●今回の参加者

 ea0020 月詠 葵(21歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2445 鷲尾 天斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea4236 神楽 龍影(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5062 神楽 聖歌(30歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea5480 水葉 さくら(25歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 eb1067 哉生 孤丈(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2257 パラーリア・ゲラー(29歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb2919 所所楽 柊(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb3393 将門 司(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

所所楽 柳(eb2918

●リプレイ本文

 新撰組の二人の局長の前に進み出た月詠葵(ea0020)は、酷く緊張していた。
 勝手に見廻り強化の依頼を冒険者ギルドに出した上、今からその為に必要な各隊の隊士を数名ずつ貸して欲しいと頼もうと言うのだ。
 今更緊張しても遅かろうと、彼女の隣に座る鷲尾天斗(ea2445)は心中で苦笑を噛み殺した。
 鷲尾は葵の目的に賛同してこの場に同席した。月詠の話を聞く新見と土方の表情が険しいのをみて、場合によっては腹の一つも切る覚悟で口添えを行う。
「月詠の言う通りです。今回の騒乱で市中は混乱しております。此処は我々が見廻りを強化して一刻も早く混乱を収めるべきかと。それに色々と鼠が動いていそうですから、その動向も探れたら探ります」
「探れたらか‥‥憶測で隊士を数十人と動かすのかい、鷲尾君」
 と言ったのは清河八郎。幹部格だが政治屋で、この男が屯所にいるのは珍しい。
「京都はだいぶやられたと聞いてましたが、それほど隊士が遊んでいるとは、噂ほどでは無いようですな」
 まさかである。乱の直後でどこも人手不足は甚だしい。
 人斬り商売の新撰組は隊士の入れ替わりも激しい方だが、今回の戦ではまた多くの隊士が鬼籍に入り、逃げたり行方不明な隊士も若干名。見廻りを殊更に強化すれば、それだけ他が手薄になる。各隊の独立性という不文律からみても都合は悪い。副長二人が苦い顔をするのも当然の話だ。
「それでもやるか?」
「‥‥はい。見敵必殺、結果として新撰組の威信向上、新撰組の結束を示すには良い機会と心得ますです」
 月詠は14歳の少女である。が、子供の戯言と笑い飛ばす者はいない。だが実利の面でやはり問題は多い。近藤勇は人手不足を理由に退けようとしたが、芹沢鴨が止めた。芹沢は彼女の目的を面白がった。
「見敵必殺か。物騒だがな‥‥近藤よ、俺達は町奉行所の役人なのか? 町の人の為に真面目に仕事して、毎日汗流してりゃあ満足か? 新撰組が何者か、お前よりこの娘の方が分かってるぜ」
 筆頭局長の許しで、正式に見廻り強化=特別巡回は承認される。隊士貸与はそれぞれの組長との話し合いの上で決められるが、葵が頼んだ隊旗はその場で渡された。
「やるからには徹底的にやれ」
 月詠に発破をかけて気分よく退室した芹沢に、パラーリア・ゲラー(eb2257)が体当たりした。
「あぶねえな」
「芹沢局長、探してたよぉ〜。御所へ行こうっ! 局長が陣頭指揮で神皇さまと神器を不逞浪士から守るんだぁ〜!」
「落ち着け」
 芹沢はパラーリアの肩を鉄扇でぴしゃりと叩き、パラの少女は涙目で悶絶した。
「長州さんってこ〜ゆ〜混乱のドサクサに紛れて動き出すのが得意だから、御所の守りを強化した方がいいんじゃないかなぁって思いまっす」
「馬鹿。大阪軍が守ってやがる御所に乗り込んだって、雑兵扱いされるのがオチだ。そんな暇があったら長州の一人二人たたっ斬ってこねえか」
 長州藩と都は一年前の会議以来、停戦に近い状況だ。新撰組とて、おいそれと喧嘩は売れないが、内心は芹沢と同様に思う隊士は多い。それを口に出す芹沢の気性は、幹部達に危ぶまれているとも言われる。

 三番隊の斎藤一に月詠、四番隊の平山五郎に神楽龍影(ea4236)、五番隊の日置正次にゲラー、九番隊の鈴木三樹三郎に明王院未楡(eb2404)、十番隊の原田左之助に哉生孤丈(eb1067)、十一番隊の平手造酒に所所楽柊(eb2919)と将門司(eb3393)が、それぞれ隊士貸与の説得に当たった。組長達はおおむね苦い顔をしたが、局長の許可を得た効果は大きく、2〜4名の隊士を融通してくれた。
 なお一番隊は沖田総司が行方不明であり、組長代理の鷲尾の権限でこの特別巡回に全員参加である。


●特別巡回
 朱雀大路を、誠の一字を染め抜いた旗を掲げた集団が行く。
 揃いの浅葱のだんだら羽織は、京都の人間ならば見間違う者は居るまい。新撰組隊士三十余名が隊列をなして大通りを練り歩いていた。
 皆、戦装束である。
 特に冒険者達は鎧兜に巫女服、袈裟、華国衣装と個性的だ。普通の巡回なら異彩を放つ所だが、昨日まで戦をしていた後だけに妙に自然である。
 往来の人々は都が未だ厳戒体制下である事を実感する。
「まだ新撰組が頑張っとるのか」
「鬼は本当に退いたのかなぁ。俺も都を出ようかね」
「それより平織軍じゃ。秀吉から都を取り戻そうと、もう一戦仕掛ける気じゃろう」
 隊士らを避けながら、陰で人々はとめどない噂話を続ける。
 昨日は平織、今日は藤豊と情勢の変化は眩暈を起こすほどだ。地方に避難した者も少なく無く、壊れた街並みと相まってどこか様変わりした都の風景の中で、新撰組だけは変わらぬようにも見えた。
 最初の衝突は、大阪軍とだった。
「新撰組が何を勝手なことをしておるのか」
 軍装の新撰組隊士数十名が示威行動を行っていると聞いて、御所に入っていた大阪軍が様子を見にきた。
「治安活動は新撰組の本分にて、特別なことはしていませんです」
「京都を守るのは俺達だ。邪魔するなら関白様と言えど容赦しねえぜ」
 藤豊家の使者は新撰組の物言いに絶句した。
 この時の新撰組について言えば、実績を重ねて京都一の治安組織としてのし上がったものの、摂政直属部隊として無理を通した昔とは違い、源徳の凋落で政治的には瀕死とも呼べる苦しい立場にあった。
「放っとけ」
 新撰組の横暴を訴える家臣達に、秀吉は手出し無用と命じる。京都の事情は複雑で、新撰組はその代表例と言って良い。
「しかし‥‥あ奴らは、まるで京都を守ったのは自分達であるかのような振る舞い。捨て置けば増長するは必定ですぞ」
「本当の事じゃ。構わんじゃろ」
 世間では秀吉は何もしないで京都を取ったと揶揄する声もある。知ってか知らずか関白は新撰組の行動を黙認した。

「裏に回ったぞ!」
「逃がすか! 殺せ!」
 西寺の程近く、戦場泥棒の一党が隠れていると密告を受け、特別巡回班は悪党の根城を強襲した。
「命はか、かんべんしてくれ」
「盗品抱えて言われても、説得力が無いねぇ。それにこっちも諸々の理由で容赦をしている余裕はないからねぃ」
 哉生孤丈は借り受けた十番隊士を率いて盗人達を殲滅した。
「油小路で平織軍が暴れてると、連絡‥‥です」
「平織軍が今頃? まさか柴田軍かねぃ」
 神楽聖歌(ea5062)はおっとりした仕草で首を振る。
「‥‥大和の方から来たみたいですよ。戦が終わったのを‥知らないのでは」
「そいつは間抜けすぎるねぃ」
 昨日まで京都は大戦だった。
 平織軍や延暦寺に参加し、縦横に駆け回った冒険者達でさえ正確な情報を入手するには時間を要した事を考えると、小競り合いを起こす者達を笑えない。
 それら混乱の種を、芽吹かせまいと特別巡回班は片っ端から襲いかかった。盗人、落ち武者、悪党の区別なく、疑わしい者はひとしく血祭りにあげる。恨みも買ったが、確実に火種を消してとにかくも終戦を現実の物にしたのは確かだ。
 乱後の七日間において、京都の支配者は虎長でも秀吉でも無く、新撰組だったと言っても過言ではない。


●うらがわ
「新撰組がどう思われてるかって?」
 水葉さくら(ea5480)は巡回の合間に市民感情を調査した。聞き難い事を単刀直入に尋ねる少女は、オドオドと視線を彷徨わせる。数々の異名を持つ凄腕冒険者だとは、微塵も感じさせない天然素材だ。
「そやなぁ。道端で浅葱のだんだら見かけたらギクっとなるわな。怖ッ、近寄らんとこと顔をふせて道空けるのが、一般的な京都人の反応やろうね」
「そう‥‥ですか」
 さくらは一般人に同じ質問をして全て避けられた結果、京や大阪に詳しい山崎蒸に聞く事になる。納得いかない様子のさくらに山崎は茶菓子を勧める。
「あの‥‥怖がられないで‥仲良くでき‥にはどうすればよいでしょう」
「ふむ。難しい問題だけど、いっそ刀を捨てたらどうや」
 山崎の答えに、さくらは眉を顰めて言った。
「刀より‥槍、ですか?」
 首を傾げる山崎。
「それとも‥棍棒? 素手の方が人気ですか?」
 拳を握り締めるさくら。暫く固まる山崎。
「違うがな。新撰組が悪党を懲らしめてる限り、怖がられるのは仕方無いことや」
「‥‥それは、笑いが足りないからですか‥?」
「当たらずと言えど近からずやなぁ」
 京都を守るために命がけで戦って、怖がられるのは何故だろう。方々で聞いたさくらは土方に呼ばれる。
「水葉君。風評を気にしていると聞いたが本当かね?」
「人の心を掴む‥です」
 頷いた土方はさくらを見据えて言った。
「人気取りに現を抜かしてたら、斬れなくなる。新撰組ならば風評など気にせず、京都の敵を斬れ。そいつは近藤局長も芹沢先生も同意見だ」

 特別巡回と時期を同じくして、新撰組が力を入れたのは商人廻り。源徳派が京都で立場を無くす現在、新撰組の台所は火の車である。源徳家家臣として平織や藤豊が頼れない以上、商人達に資金援助を頼むしかない。隊費調達、早い話が金の無心で、偽志士とやっている事は大差が無い。
「ほう、新撰組を京中悪党と同列に見ますか?」
 鬼面をかぶる神楽龍影の声には不快感が滲み出ていた。仮面をしていても、表情が声に現れる。
「新撰組が鉄の御所を押し返しておらねば、今頃は貴方も人喰鬼の腹の中で御座いましょう。藤豊様の下でも新撰組は盤石、けして損にはなりませぬぞ」
 都の権力者が誰であろうと新撰組は変わらない。
「なるほど。確かにそのようですな」
 新撰組の営業活動として見れば巡回強化は大成功と言える。
「もし宜しければ、幾許かご支援頂けないでしょうか?」
 明王院未楡も巡回中に個人商家の別なく声をかけた。
「今のままでは、避難者が頼って来られても物資が足りず‥殆ど対処する事が出来ないのです‥‥。一掬いの穀物でも、一枚の古布でもお気持ちを頂けたら助かります」
 ラビットバンドにヤギ巫女装束、腰には名刀を引っ提げた未楡の言葉が人々にどう映ったかは定かでは無いが、一週間で新撰組には相当な献金が集まった。
 今回の特別巡回により、新撰組は暫くの間は資金問題から解放された。


●不逞浮浪の輩
 特別巡回は葵の発案で都を四分割し、毎日見廻る場所を変えて行われた。
 昼間だけでなく夜間も巡回したので、一日中走り回って倒れる隊士も出たが、構わず強行した。
「‥ちょびっと‥休ませて‥もう‥」
 御所を中心に昼夜休みなく回ったパラーリアは四日目に脱落。
「不審者を釣り上げる前に手前の足が釣っちまうとは、なさけねぇ」
 特別巡回を影から監視した所所楽柊は五日目で体力の限界。
「よくもった方やと思うけどな。頑張りすぎや」
 同じく隠密班として行動した将門司は差し入れの握り飯を柊の傍に置いた。司は陸奥流の達人だが、料理も達人級である。小隊の垣根を超えた今回の特別巡回が隊士達の交流になればと、参加した隊士達の食事面に尽力した。
「なんで‥キミは平気なんだ?」
 屯所に戻る隊士達の食事まで作る司がピンピンしてるのが柊には謎だ。
「鍛え方が違う。まあ、適当に力抜いとるしな」
「見えないとこでさぼってやがんな。それが年の功かよ」
 柊は少し悔しそうに言った。今回の参加者で一人だけ三十路なのを気にしていた司は複雑な顔だ。
「しっかし、薩長の奴ら、出てこねえな」
 今回の特別巡回に新撰組は総力を挙げていると言って良い。戦争から休み無しである事を考えると、隊士の疲労もピークで、それだけ動いて大物が掛からない事が柊には不満だった。
「新撰組がそれだけ抑止力になってる言う事やろ」
「足りねぇよ。芹沢サンの言う通り、手ぇ出せば良かったぜ。俺、単独行動でいい結果を得たためしがねぇんだけど、やるしかねえ時だぜ」
 息巻く柊に、司は少し考えてから言った。鷲尾代理達が今晩、長州の仮宿に行く話があるらしい。
「それを先に言えよ! 寝てる暇じゃねぇって」

「最近、長州訛の侍がまた多くなったって言うんだが本当かねぇ。前の騒動で皆長州に帰ったって聞いたんだがなぁ」
「あんた、知らんのかいな。講和の交渉や言うて暫く前から乗り込んできてるがな」
 鷲尾天斗は特別巡回を伍長に任せて、長州について聞き込みを行っていた。鷲尾は初め、長州藩邸を探した。
 ちなみに先の長州の乱にて長州藩邸は焼け落ち、跡地は九番隊が新撰組の出張所を立てている。九番隊は縁の下の力持ち的な仕事が多く、今回も隊士の未楡がこの出張所を活用する段取りを付けて、過酷な特別巡回を支えていた。
 天斗は調べ回ったが、新たな長州藩邸は無いらしい。長州藩士は寺院や商家などを仮宿にしている模様だ。
「現れまへんな?」
「そうだな‥‥って、誰だ!」
 振り返ると司と柊が呆れ顔。
「組長代理、そんな殺気丸出しで張り込みって素人かよ」
「うぐっ」
 声を詰まらせた天斗に、柊は嘆息した。
「代理、長州の宿だろ。仕掛けますか?」
「んな半端な喧嘩ができっか!」
(「俺は、この人を笑えねえ」)
 今の天斗は隊服を身に付けていないが、まさに新撰組が服を着たような男だ。己の信念で世の中をかき回し、いずれどこかで前のめりに死ぬのだろう。

 同じ頃、龍影は長州の仮宿の一つを訪れていた。
 女装した彼は武器を預けて高杉晋作への面会を求める。
「水無月会議以来ですか、谷潜蔵殿?」
 仮面の奥の表情は目前の人物を咎めるよう。
 前置き無しに来訪の目的を尋ねられて龍影はゴクリと喉を鳴らした。
「‥‥私は人並みの信心は持って御座います。
 されど近年の動き、神も悪魔も「人」を軽視する事甚だしく‥薩摩も長州も「人」に御座いますれば、人ならざる者より遥かに信が置けます」
 人は人であるというだけで同胞である。
 人外と比すなら、いかな人も人間主義者である同志。
「両藩とも、この大事に動きが定まらぬ様子。
 幸い私は薩摩には知人がおります‥‥神皇様の名に誓って謀ではありませぬ。人同士、和する道を選んで頂きたく存ずる」
 席は無いが新撰組ともよく行動を共にする志士の言葉。長州藩士は応も否も言わなかった。が。
「神皇の名かい。わしら、五条神皇を担いどる。それを知ってて言うちょるのかよ?」
 これもまた、新撰組の一面であろう。

●ピンナップ

水葉 さくら(ea5480


PCツインピンナップ
Illusted by つきの おまめ