【武田侵攻】小田原城防衛

■ショートシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 32 C

参加人数:10人

サポート参加人数:6人

冒険期間:06月27日〜07月04日

リプレイ公開日:2008年07月16日

●オープニング

 神聖暦一千三年六月。
 甲斐信濃二国を領する武田信玄は同盟者である江戸の伊達政宗の要請に応えて小田原藩大久保氏の攻撃を開始した。
 本来なら、二か月前に攻撃を始めているはずだった。
 小田原攻めは一年の間に江戸支配を軌道に乗せた政宗が、関東に残る源徳勢力の駆逐を目的として計画したもので、信玄は伊達の房総攻めに呼応して動くはずだった。
 もし予定通りに信玄が小田原を攻めていたなら、八王子による府中陥落も、里見による江戸城攻撃も無かったかもしれない。
 ともあれ武田の小田原攻撃は何故か遅れた。その間に駿河の北条早雲は小田原藩に上杉謙信を頼るよう持ちかける。
 越後上杉は源徳親藩である小田原藩にとっては敵国である。小田原藩主大久保忠吉は苦悩の末、冒険者の助言に従い源徳家からの独立と上杉への救援要請を決断する。
 主家の敵と結ぶ。
 藩主の決断は小田原藩を真っ二つに引き裂いた。大久保家臣には家康の関東入りに従った三河武士も多い。親族を裏切ることは耐え難く、独断で八王子に後詰を求める者も出た。しかし、大久保長安の下で経津主神の化身となった源徳長千代は救援要請を握り潰し、府中城へ攻勢を開始する。
 この小田原の混迷は時をおかず、箱根の諜報を始めていた武田の知る所となる。
 武田信玄と上杉謙信は今でこそ反源徳の同志だが、過去に信濃の領有を巡って幾度も争った経緯がある。越後を敵に回す事だけは避けたい武田は準備していた小田原出陣を中止し、大久保氏の内乱を利用して箱根家臣団の調略に力を注いだ。
 足柄城、河村城、鷹之巣城の守兵はいざ武田が攻めてきた時には命懸けで戦う覚悟を持っていたが、忠吉が源徳を捨てて上杉に走ると聞いて激怒していた。藩主と対立した三城は武田に下り、小田原藩は戦わずして武田に領地の半分近くを奪われる。
 調略に成功した信玄は六月中旬、満を持して甲府を出発。支城を無血開城して小田原城へ駒を進めたのだった。

 小田原城天守。
「さすがは信玄、大軍を動かしながら包囲に一分の隙も見当たらぬ」
 眼下の武田軍を見つめる大久保忠吉の眼は厳しい。
 忠吉が源徳家からの独立を宣言してから小田原藩は離反が続き、気付いた時には箱根の支城がことごとく武田に下っていた。
 上杉謙信に救援を要請したが、領国における反乱は忠吉の失政であり、謙信は援軍を拒否した。その間に信玄は忠吉に反乱を起こした小田原家臣の要請で箱根へ侵攻。
 家中が割れたため、小田原城の兵は多くなく、士気も低い。
「殿、諦めてはなりませぬぞ。信玄もあれほどの大軍では兵糧がもつとは思えませぬ。小田原城は難攻不落、籠城すれば勝機は我らに」
「もう一度上杉謙信に救援を要請しましょう。それに我らの危急を北条早雲が見捨てておくはずがありませぬ。上杉と北条の軍が武田を挟みうちにし、憎き信玄を討ち取る機会にござるぞ」
「戦う前から領土を半分奪われるような者に、一体誰が味方するのか。殿、かくなる上は潔く腹を召されるが武士の作法と心得まする。名を汚されますな」
「今の状況でとても武田と戦えないのは私も同意見ですが、関東には安房の里見、八王子の源徳長千代と未だ気骨を持つ者がおります。ここは小田原城に拘らず、雌伏して時を待たれては如何でしょう」
 城に残る家臣達の意見は大いに分かれて、とてもまとまらなかった。
 小田原藩の命運に係る大事だが、忠吉は江戸の冒険者ギルドに依頼を出すという。
「これまで小田原の危機を何度も救うてくれた。此度まで、と虫の良い事は思わぬが、あの者達に託して見ようと思う」


小田原の運命や如何に‥。

●今回の参加者

 ea2011 浦部 椿(34歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea8917 火乃瀬 紅葉(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0833 黒崎 流(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb3064 緋宇美 桜(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3751 アルスダルト・リーゼンベルツ(62歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb4462 フォルナリーナ・シャナイア(25歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4667 アンリ・フィルス(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb7816 神島屋 七之助(37歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec3613 大泰司 慈海(50歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)

●サポート参加者

鳳 令明(eb3759)/ アシュレイ・カーティス(eb3867)/ ヴェニー・ブリッド(eb5868)/ 鳴滝 風流斎(eb7152)/ マクシーム・ボスホロフ(eb7876)/ オデット・コルヌアイユ(ec4124

●リプレイ本文

●鬼神
 朝は晴れていたが、昼過ぎには雨。
 気紛れな梅雨空を見上げれば、空を駆ける一騎の荒武者。
 フライングブルームはアンリ・フィルス(eb4667)の巨体を乗せ、一路小田原城を目指した。
 徒歩三日の距離を空飛ぶ箒は約2時間半で飛翔。
 武田軍の頭上を突破し、矢傷を治療する間も惜しんで藩主、大久保忠吉に謁見すると、冒険者の使う魔獣や精霊の対策を述べる。
「腕のいい弓士を10人集め、長弓にて一斉に射掛ければ、恐るに足らず」
「自信があるようだな。そちに任せる」
 若い藩主はアンリを諸手をあげて歓迎した。側に控える重臣がアンリに問う。
「して冒険者はあと何人じゃ?」
 予定では計10人。重臣は足りぬと呻いた。50人、いや武田に勝つには最低100人欲しい。正論だが伊達統治下の江戸で、ほぼ負け戦の決まった大久保には無理な相談だろう。
「勝つ策はあるのか?」
「拙者にはござらぬ。なれど、他の者には様々な策がある様子‥」
 外部との連絡は遮断されている。アンリが家臣達の質問攻めに辟易した頃、伝令が入ってきた。城外の武田軍に動きありと。
「殿、下知をくだされ。拙者が武田を追い払い候」
「頼んだぞ」
 頷いたアンリは櫓に登った。敵陣に複数の冒険者の姿を確認。
「魔獣が5体か‥‥4、5人は来ている」
 兵力差、士気、この場の冒険者の多寡‥‥勝てる要素は無いが。
「是非に及ばず」
 アンリは悩まなかった。
 日が暮れる頃、武田軍は複数の門を一斉に攻めたてた。
 武田の猛攻に震える小田原兵。アンリの働きは鬼神そのもの。虎魔慶牙の月精龍を倒し、城門を死守した。
 忠吉は彼こそ小田原の守護神であると讃えた。


●海路
 アルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751)は鳴滝風流斎の助けを得て多摩川で船を調達した。老齢のエルフに陸路で包囲突破は至難。
「海かぁ。いいねぇ、俺達も同行していいかな?」
 大泰司慈海(ec3613)が言う。
 武田軍の包囲をどう抜けるか、冒険者達は考えあぐねていた。
 浦部椿(ea2011)、火乃瀬紅葉(ea8917)、緋宇美桜(eb3064)、フォルナリーナ・シャナイア(eb4462)、神島屋七之助(eb7816)と合わせて6名が同行を申し出る。
「船旅は大所帯も良かろう」
 7人分の荷物と犬4匹、軍馬1頭。
 相手の言い値を出したので、交渉に手間は掛らなかった。
 二艘の船を船頭ごと雇った一行は三浦半島を回り、無事に小田原入り。
「甲信は山国、武田は水軍をもたぬでのう」
 小田原城の間近まで接近し、冒険者達は思案する。
「始まっているようだな。ここまで来たからには、隙を見て一気に城内に駆け込むしかなかろう」
 愛刀に手をかけて宮侍の浦部椿が言うと、
「え、走るの?」
 と重装備の慈海はいそいそ鎧を脱ぎにかかる。
「俺が偵察してきてやろうか?」
 軽業師で忍者の緋宇美桜は七三で無事に戻ると請け負う。
「城中にアンリ殿が居られる。繋ぎを取るのが肝要と思いまするが。神島屋殿?」
 紅葉が陰陽師の神島屋七之助を見た。7人が城に駆け込んでも、城門が開かなければ一巻の終わり。
「念話ですか? この距離では、届きませんね」
 城は目前。
 賭けだったが、タイミングよく小田原の城門が開いた。アルスダルトが周囲に煙を発生させて武田兵が混乱するうちに滑り込む。
「――江戸の冒険者だな。アンリ殿から話は聞いている」
 出迎えた武士の案内で7人は藩主に謁見する。
「アンリ殿は何処に?」
「アンリ・フィルスは今朝の戦いで亡くなられた。見事な最期だった」
 討ち手はロック鳥を操る天城烈閃。
「あの者に勝てるか?」
「アンリ殿はわしらの中で一番の手錬れ。高所から射撃する敵は只でさえ厄介。天城を討つは無理じゃのう」
 アルスダルトは言葉を飾らない。なおアンリは戦後、江戸に運ばれて蘇生した。
「ええーっ!?
 敵さんは強力かもしれないけど、諦めちゃ駄目ですよ! 戦う前から無理なんて、意気地無しにも程があります」
 腰に手をあてて怒る桜。
「勝てぬなら、味方を集める事じゃ。忠吉殿、覚悟を決める時ぢゃろうて」
 老エルフは喋り過ぎたと思い、神聖騎士に視線を移したが、フォルナリーナ・シャナイアは仲間の死に絶句している。無理もない。代わりに神島屋が進み出る。
「忠吉公のお許しを頂けるなら、私達が他藩へ援軍要請に参りましょう」
 救援のあてが無い籠城は難しい。冒険者達に援軍を呼ぶ自信があるなら、願ってもない話。忠吉は神島屋と浦部に使者の証しとなる書状を持たせた。二人はそれぞれ江戸と、駿河へ向かう。
 続いてアルスダルトは更に伊豆、安房にも救援を要請すべきと説いた。
「この際、駿河に臣従するのも悪く無いと思うがどうじゃ?」
 彼の話は家臣達の逆鱗に触れた。
 事の経緯から上杉と北条に援軍要請は分かる。しかし、伊豆、安房までとなると手当たり次第だ。しかも北条家臣となる考えで、他の藩に救援を頼むのは詐欺である。
「話にならぬ! 勝っても負けても大久保家は消えるでは無いか」
「お主は当家に雇われた冒険者であろう。武田に勝つ為なら、大久保がどうなろうと構わぬと申すか」
「それがしは戦場で死にとうござる。ご免!」
 大久保武士達が席を立った。忠吉は小田原の命運は冒険者に託したと冒険者達の進言を容れたが、不満は今にも噴出しそうだ。
「やれやれ。忙しい事じゃて」
 アルスダルトと火乃瀬も兵達に続く。
「数の差だけで小田原城は落とせませぬ。武田に思い知らせてやりまする」
 二人は手分けして要所にスモークフィールドを張る。特にアルスダルトはレミエラの力で煙に刺激物を混入した特製だ。
「はうはう‥‥」
 城門の内側に落とし穴を掘ろうとした桜は空から矢で撃たれて後退した。天城のロック鳥。
「撃ち落としましょう」
「無理じゃよ」
 高高度の敵は季節柄、落雷の巻物一本あれば叩き落とせるが持ち合わせが無い。アルスダルト達は魔力が尽きると盾の代用品をせっせと作った。

 軍議を終えて下がった藩主を、フォルナリーナと慈海が訪問。
「あらためて、忠吉様に頼みたい事があるのだけれど‥‥」
 フォルナリーナの表情は固い。強がって居るが仲間の戦死や絶望的な状況に、繊細な彼女は懸命に耐えていた。
「話は聞くが。‥‥済まぬがその格好は止めてくれないか。兵達に毒だ」
 男を誘う香りに魅力を高める豪華な首飾り、女神聖騎士の装いは蠱惑的すぎた。
「え、そう? この方が士気を上げられると思うわよ」
 確かに男性は喜ぶ。しかし、酒場で誘惑されたらの話で、極限の籠城戦では心乱すばかりである。首を傾げるフォルナリーナ。箱入り娘らしいと言うべきか。
「聞いた話と違うわね。‥‥まあいいわ。用件は一つよ。忠吉様の思うところを兵達に述べてみてはどうかしら」
 忠吉は承諾した。武田の攻勢が止んだ隙に、主だった者を集めるよう指示を出す。
「俺はこれを忠吉様に渡したくて」
 慈海が持ってきたのは水瓶。無論、只の水瓶では無い。
「有り難ーい水瓶なんだよ。これに水を入れておくと、水瓶を持っている人に害意を持つ人が近くに居たら、音が鳴って知らせてくれるの」
「ほぅ」
 忠吉は興味深そうに水瓶を眺めたが、慈海に返した。
「遠慮しなくていいよ。貸すだけだし、暗殺者対策になるでしょ」
「この水瓶は、家臣を遠ざけるように思う」
 過酷な状況で藩主に害意を持つ事もあるだろうし、そんな水瓶を持つ藩主を家臣は嫌がるだろう。
「それもそうか。ご免ねぇ」
 要は使い方だが、疑心暗鬼に陥る危険はある。頭をかく慈海に、忠吉が問う。
「お主達は、分からぬな。目的は何なのだ?」
 当事者より真面目なようで、また不真面目なよう。功名心にギラつく陣借り浪人や戦場を渡り歩く傭兵稼業とも少し違って見える。
「俺も分からない。色々いるからね。あ、船の中で面白い事を言ってたよ」
 行きの船上で女志士から聞いた話を思い出す。
「紅葉、伊達が好きになれませぬゆえ、伊達と同盟を組んでいる武田の邪魔をしてやりとうなり」
「伊達が好きになれぬから邪魔を、か」
 慈海の話に忠吉は何かを得心した様だった。


●救援要請
 黒崎流(eb0833)は、八王子軍の経津主神(源徳長千代)を訪れた。まず黒崎は府中城の改修費用の足しにと一千一百両を献上する。この件で金の無心を受けた故買屋のオデット・コルヌアイユは溜息をつき。
「あほらし‥‥。戦争とか冒険者同士でバトルとかすさまじく不毛なのです」
 と文句を言った。外見は少女だが実は黒崎より年上の彼女の言葉を、長千代の前で彼は思い出していた。
「小田原に援軍を派遣しては如何でしょうか」
 黒崎は八王子で名軍師と言われる男。経津主神はどんな魂胆かと目で促した。
「今更、小田原の陥落は覆せませんが‥‥相手が武田なら八王子の名を高めるには絶好の相手。その上で箱根の死に水を取ればよろしいかと」
 小田原が落ちれば、東海道で様子見の諸藩が伊達武田に靡く危険もある。八王子軍が南にも出張ると印象付け、あわよくば残存兵力を取り込む。上手く行けば、近頃噂を聞く鎌倉も牽制出来るか。
「我らが進撃を続ければいずれ武田とも戦う事になるが‥‥では、小田原は上杉につく事を諦めたのだな?」
 黒崎は答えを持たないが。
「上杉、そして北条や里見にも助けを求める兆しがございました」
 嘘をつかなかった。経津主神は頷き、援軍を拒んだ。
 八王子軍には大義がある。救援には小田原藩が源徳に立ち戻る約束が不可欠だろう。
「腐肉は食らわぬ」
「‥小田原の倒れる様を見て参ります」
 八王子軍を出た黒崎は小田原城へと馬首を向けた。

 リン・シュトラウス(eb7760)もまた、小田原の前に房総の久留里城を訪れていた。
 グリフォンから降り立つ彼女を、里見の兵は手厚く出迎えた。リンはここでは既に伝説である。すぐに藩主里見義堯との面会がかなう。
「里見の命運、今一度預けてはいただけませんか?」
「面白いのう。遠慮は無用じゃ、申してみよ」
 義堯に先の敗戦の気落ちは見えない。リンは小田原の次に狙われるのは里見だと救援の必要性を説いた。
「海路で兵数百を武田の後背に回らせるのはどう?」
「だが、武田は二千を超えると聞いた。寡兵では崩せまい」
 乗り気な義堯は、リンに策の全貌を求めた。里見の兵数百だけで小田原は救えない。リンの話には続きがあるはずだ。
「里見が動けば、諸侯も動きます」
「ふむ。まあ良い。忠吉殿がわしを頼ってくれたなら、江戸城を攻めた甲斐があったわい。忠吉殿の身はわしが必ず助けよう。万が一には安房に迎えるぞ」
「それは‥」
 リンは困った。彼女は北条に船を頼んでいた。その変化を義堯は見逃さない。問い詰めるとリンは救援要請の証しを何も持たなかった。
「小田原を救えるはこの義堯のみと、一番に頼ってきてくれたかと思うたぞ。侮られたものじゃな」
 諸侯に声をかけている節があり、里見には正式な要請ですら無い。義堯は憮然として、援軍を断った。

 神島屋は魔法の箒で来た道を戻る。江戸で武田が源氏長者を狙っている噂を聞いた。神島屋はマクシーム・ボスホロフの伝言を元に越後藩邸へ。忠吉の書状をもつ神島屋は使者の待遇で謙信に謁見した。
「北信濃を攻めろと?」
 書状を読んだ謙信が問う。
「叶うなら援軍を、叶わぬならば北信濃に侵攻して頂きたい」
 上杉領の南端は上州沼田。領土が繋がらない小田原に直接援軍は難しい。ならば北信濃を侵して、武田の後方を脅かして欲しいと。
「信濃は手薄のはず。武田が兵を引かば幸い、大久保家は終世恩を忘れることありますまい。退かざる時は‥小田原に運が無かった。顧みることなく資源溢れる北信濃を制圧なさればよろしいかと」
 顔をあげた神島屋は、謙信の放つ怒気に身震いした。
「小田原が為に攻められる北信濃が哀れなり。忠吉を見損なっていたようじゃ」
 謙信は小田原が救援を求めたのを、戦禍を防ぐためと考えていた。
 上杉に降る事で武田に小田原攻撃の大義を失わせる。謙信にしても成功すれば源徳を封じ、伊達武田の暴走も牽制する妙手だが、小田原藩士にとっては禁じ手も同然。激しい反発で藩が分裂したのは知っていた。
「藩主の理想通りには行かぬもの。だが忠吉がわしを頼るなら、信玄との講和、全力で助力するつもりであったぞ」
 謙信は苦い顔を見せた。

 浦部椿は苦労した。
 駿河方面は武田も警戒している。武田兵の刃を何度か潜り抜けて北条領に入ったのは、予定をかなり遅れてのこと。
「ふむ」
 早雲は手紙を読んでいた。
「リンがな、風魔に武田の輜重隊を襲撃してほしいと言ってきた」
 どう思うかと問う。
「箱根の支城に今すぐ調略をかけ、富士を右か左から襲えば武田も慌てようかと」
 諏訪神社の宮侍である浦部の想いは少々複雑だ。それを知ってか知らずか、早雲は素っ気なく答えた。
「その程度で慌てる武田なら、苦労はせぬさ」
 風魔の調べでは、甲斐に信濃の兵を動かした様子。以前に椿は、箱根を武田が取れば駿河は苦境に立つと推測した。其の通りの状況だ。神島屋も言ったが、信濃が手薄ではあるのだが‥。
「大久保の命運は尽きておる」
 忠吉は謙信を頼ったが家臣が拒んだ。
 上杉を動かせない時点で小田原の負けと、早雲は予見していた。武田に転んだり、八王子に走った小田原武士が早雲の悪評を流したので信玄と政宗に警戒されている。今動けば思う壺だ。
「表立って動けないのは分かるが‥‥しかし、動く振りでもせねば駿河も後が無くなるのでは?」
「そうか。ここで終わるなら、俺もそこまでの男に過ぎぬさ」
 どこに自信を隠しているのか知らないが、早雲はのんびりと答えた。


●決断
 忠吉は家臣を集めた。
 小田原が他家の物になろうとも今は武田に小田原を渡す時では無いと話す。忍従に耐え、来るべき反攻の時を待つのだと。
 家臣の反応は冷ややかだ。
「馬鹿とは思っていたが、斯様な馬鹿殿に仕えていたとは一生の不覚」
「殿は大久保を頼る郎党を何と思われていたのか」
「わしは最後まで殿と運命を共にしますぞ」
 小田原武士は御家の為に励んできた。主家を捨て、領地を売り渡してまで伊達武田と戦う理由が無い。本末転倒だ。
 奇手に走らなければ、もっとまともに戦えた。それが今や小田原は諸国の笑いもの。
 忠吉の話の後、桜は相当数の兵が城を出る予兆を掴む。投降を望む者、討ち死を望む者、他国を頼る者‥‥大量出奔と裏切りを忠吉に警告。
 重臣達は未然に防ぐべきだと言った。しかし。
「‥‥信玄に降伏する」
「と殿! 我らはまだ戦えまするぞ! 一兵残らず討ち死にするとも武田には渡せぬと申したばかりではございませぬか」
「無駄だ。勝てぬ戦で死ぬ事は無い。俺は愚かだったが、皆を死なせたくはない」
 使者達が戻り、どこからも援軍が来ないと知った忠吉は、知者故にアンリと逆の決断をした。
「生きろ」
 小田原は開城し、城兵は助命された。