リーラル・ラーンの料理教室
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■ショートシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:3人
サポート参加人数:2人
冒険期間:07月09日〜07月14日
リプレイ公開日:2008年08月01日
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●オープニング
神聖暦一千三年7月。ジャパン京都。
平織軍と延暦寺、鉄の御所まで交えた戦乱から一月あまり。
東国で今なお続く動乱や、西国で復活した新たな黄泉の軍勢などなど、藤豊秀吉政権下の京都は波乱含みで復興への道を歩き始めていた。
近江に退いた平織軍や慈円を失った天台宗など根本的な問題は未解決のまま。
いつ再び都が戦火に包まれてもおかしくないご時世だ。
‥‥しかし。
世がどれほど乱れても人々の暮らしは変わらず過ぎていく。
日々の生活に追われる大多数の人々にとっては、ジャパンの行く末より今日のごはんである。
今回はそんなお話だ。
どったーん!
往来の真ん中で、盛大な音を立てて地面に倒れ伏す金髪の女性。
長い耳は彼女がエルフである証し。
顔から地面に突っ込んで、か細い呻き声をあげている。
「あぅぅ‥‥痛いです」
ようやく起き上がった彼女は端正な顔が血染めの化粧に濡れる。
周囲の通行人が気の毒がって声をかけるものの、本人はあまり気にする風もない。
「あっ、急がないと‥‥受付時間が過ぎてしまいます!」
慌てて立ちあがった女エルフは、数歩も行かぬうちに再び転んだ。
通りに悲鳴が木霊する。
遠からず大通りに一人の変死体が増えることになりそうだった。
「‥‥仕事帰りかい」
京都冒険者ギルド。
壮絶な格好で現れたリーラル・ラーン(ea9412)に、受付の親父は無愛想な声をかけた。
「今日はオフでしたけど?」
流血のまま首を傾げるリーラル。納得したように親父は要件を聞いた。
「お料理を上手くなりたいです」
「‥そいつが用件か?」
コクコクと頷くリーラル。
受付の親父は暫し沈黙していたが、ギルドで油を売っていた河童の手からキュウリを奪う。
「か、返せよ!」
「毎度毎度、生のまま齧るのも味気ねえだろう。このお姉さんは料理が好きだそうだ」
親父はどこからか出した包丁とキュウリをリーラルに渡した。
「こいつで、何かこさえてみな」
「はーい」
河童は期待と不安の入り混じった表情で彼女を注視する。
リーラルはにっこり微笑んで包丁を振り上げ、おろした時には包丁が消えていた。
「‥‥なるほどな。よく分かった」
天井に突き刺さった包丁を見上げ、親父は彼女の依頼を預かった。
●依頼内容
リーラル・ラーンの料理教室。
依頼人の女エルフに料理を教えてくれる教師(&生徒)を募集。
依頼人はノンスキルの模様。教える料理の種類は問わない。
ついでに、一緒に料理を勉強してくれる生徒も来てくれたら嬉しいと依頼人は語る。
●リプレイ本文
「ふぅ、ジャパンは暑いですねー」
カンタータ・ドレッドノート(ea9455)はローブ姿で冒険者ギルドに現れた。目深にかぶるフードをとると、彼女の頬を玉の汗が流れおち、濡れた金髪の合間に少し尖った耳が見えた。
「カンタロー、無事ですかー」
カンタータは懐に入れていたモノを机の上に置く。
机に転がった10センチ程の雪玉は、生きている。今は自由に動く事さえ出来ないが、上手に育てればそのうち大きくなるらしい。
雪玉は少し溶けていた。
「まあ、湯気が出てますよー」
居合わせたリーラル・ラーン(ea9412)は今回の依頼人だ。ころりころりと転がる雪玉を彼女は興味津々だ。
「やっぱり暑いのは苦手なのでしょうか」
「むう、弱ってる感じですね」
眺めていたリーラルは思案していたが、店の裏手に回る。
「む、何か用か?」
河童が居た。リーラルに気づいて顔をあげた河童はタライに水を張った所だった。行水でもする所だったか。
「ちょうど良い所に。訳を話している暇はありませんが、その水を貸して下さい」
「‥‥は?」
河童は一歩退く。たらいに向かって両手を差し出したリーラルは、河童が脱いだ上着に転んで空中を半回転、水面に激突した。
「ふ、ふぎゃあ!」
水しぶきと鈍い音、そして情けない悲鳴が響く。
「いくら暑いからって、服のまま行水する事は無いんじゃない?」
ステラ・デュナミス(eb2099)は、ずぶぬれのリーラルに目を丸くする。
「あぅぅ。違います、わたしはカンタローさんを救おうとして‥‥なんでたらいが襲ってきたのかは謎ですが、過失は無かったと思うんです」
机の上の雪玉と隅のテーブルで苦笑いを浮かべる河童と力説するリーラルを交互に眺め、ステラは肩をすくめた。
「‥‥さっぱり分からないわ」
リーラル・ラーン、カンタータ・ドレッドノート、ステラ・デュナミス。
この三名が今回の依頼の参加者と依頼人である。
奇しくも共に英国人。生徒役の二人はエルフ、教師役の一人はハーフエルフ。
故国を遠く離れたジャパンの夏、三人はこれから五日間、料理を勉強する‥‥はず。
●野外授業 一日目
「御機嫌よう。リーラルさん、ステラさん」
教師役のカンタータは二人を京都近くの森に連れ出した。探検家であるリーラルが森に詳しいので、遠足気分で野外料理をという事になったのだが。
「うー‥‥」
「ところで‥‥リーラルさん? ボクは今回、料理教室と聞いていますが、間違いありませんか?」
「もちろんです。今日はよろしくお願いします!」
まるごと猫かぶりを着たリーラルは元気よく挨拶し、その直後に泡を吹いてひっくり返った。彼女の体力で夏場に防寒具装備は余裕で死ねる。良い子は決して真似をしてはいけない。
その日はリーラルの看病に費やした。
●野外授業 二日目
「御機嫌よう。リーラルさん、ステラさん」
教師役のカンタータは再び二人を森に連れてきた。性懲りもなくいそいそと猫かぶりをかぶろうとしたリーラルの肩を掴む。
「‥‥リーラルさん、失礼ですが、その装備には何の意味が?」
「それはですねー。えーと‥‥転ばぬ先の猫かぶり?」
解説しよう。
ドジっ娘エルフであるリーラル・ラーンは何も無い所でも頻繁に転倒する。
本人も多少は自覚があるらしく、転んでも大丈夫なように、頭から爪先まで覆うまるごと猫かぶりに防具としての機能性を見出したのである。
「暑くないのですか?」
「そうなんですよ。もう暑くてフラフラ‥‥でも頑張ります!」
気合を見せるリーラル。
無論その後、カンタータに説教を食らいました。
「こほん‥‥それでは始めます」
一日半を無駄にしたカンタータは気を取り直して料理教室をスタートする。
「まずは食材集めですね。ステラさん、お願いします」
エルフはかつて闇森人とも呼ばれていた。総じて森林に詳しい。特にステラの知識は大したものだ。
「えーと、この時期で採れる山菜類で、有名どころだとウワバミ草にミツバとか、ちょっと時期遅いけどフキとかワラビとか、その辺りかしら。
あと、山菜採りのマナーは取り過ぎないことよ。畑とは違って、採り尽くしてしまえば二度と生えて来ないわ。気をつけてね」
「ふむふむ」
背筋を伸ばし、ステラの山菜講義を熱心にメモるカンタータ。いざ戦闘となれば影や幻影を操る月精使いだが、本業はフリーウィルの学徒である。
「ステラ先生、キノコは採らないのですか?」
「うーん。初心者向きではないからね」
ステラの植物学は一般知識を超えるているし、リーラルもその方面は初心者ではない。しかし、山盛りの危険物を煮込むリーラルの姿が容易に想像できるのは何故だろう。
「ぶっちゃけ、毒キノコパーティは避けたいわ」
「なるほど」
カンタータは得心した。三人とも狩りの腕は無かったので肉や魚も除外した。今回の趣旨は料理だが、野外で自分達が調達できる範囲でという事にしていた。
「目標は、道中味気ない保存食ばかり、という状況からの脱出よ」
「志は高いとは言えませんが、ぼく達にとって身近なテーマですからね」
「切実な問題です」
近頃は色々と凝った味付けの保存食も出回るようになっていた。それを贅沢と嘆く硬派な連中も居るが、冒険の旅にも彩りは必要だという意見も強い。
早速山菜採りを始めようとしたリーラルにカンタータが声をかけた。
「リーラルさん、手を繋いでもいいですか?」
「はい。構いませんけれど?」
首を傾げるリーラルに、カンタータは少し恥ずかしそうに言った。
「その‥‥ボクは森の事は詳しく無いですから、迷わないように一緒に山菜を探してくれたら嬉しいのですが」
「まあ」
少女に頼られるのは嬉しい。リーラルは素直に喜んだ。
カンタータはほっと息を吐いた。若干恥ずかしいが、これでリーラルの転倒を多少は防ぐことが出来る。
「分かりました。森の事なら私にお任せです」
お姉さん気分で片手を差し出すリーラル。その邪気の無さにカンタータは目を細め、彼女の手を取る。
●野外授業 三日目
京都から東に向い、三人は大文字山の近くで野営した。食事は保存食に、三人が取った山菜を加えた山菜粥だ。
「簡易式の調理道具があると本当に便利なんですね。‥‥あれ、どこに入れたのでしょう?」
リーラルは背負い袋を振るが、レミエラと保存食だけで料理道具は無い。
「何故包丁さんはお空を飛ぶのか不思議でしたが、これはまさか包丁さんの家出?」
「多分違うと思いますが‥‥仕方ありませんね、今回は包丁を使わない料理にいたしましょう」
カンタータは溜息をつく。内心はガッツポーズ。ロバのタムナスさんの荷物袋に幾つか刃物が入っていたが、貸す気は微塵もない。
(「刺さる天井がないと頭に包丁降ってきて危ないですから〜」)
「ごめんなさい。私も調理道具を忘れてきたみたい」
ステラが肩をすくめる。冒険の道中を想定した野外授業という割に、リーラルもステラも随分と軽装だ。背負い袋には食べ物しか入っていない。
「鍋やおたまはボクのを使いますから大丈夫ですよ〜」
カンタータはロバの背中から荷物をおろす。野営道具もカンタータの私物で、教師役の彼女が道具を殆ど用意した。
「さて、水を汲んできて欲しいのですが‥‥」
街道を外れた道中で困るのは水の確保である。ジャパンは雨も良く降るし、水に恵まれた国だが、体力の無い彼女達には近くの小川までの水汲みも一苦労だ。
「魔法を使ってもいい?」
ステラは適当な場所で呪文を唱えると、新鮮な水が湧き出した。クリエイトウォーター、地味だが冒険の旅ではかなり重宝する。
「気持ちいいです」
カンタータが調理分の水を取った後で、湧水に手を浸したリーラルは呪文を使う。冷気を帯びた手が瞬く間に水を氷に変える。
「冷たいですよ、さあカンタローさんどうぞ」
カンタータの雪玉は氷の上を転がる。心なしか嬉しそうだ。
リーラル達がペットと遊んでいる間に、カンタータは即席の竈を作った。
スコップで地面を掘り、石を組み、鍋を乗せて拾い集めた枯枝を積んだ。ちょっとした労働だ。日頃、苦もなく雑用をこなす体力自慢の人達に感謝の念が湧く。リーラルが作った氷の涼しさが心地よかった。
「ふぅ。準備ができました。それでは調理を始めましょう。食材を手で千切って鍋に入れて下さい」
三人は集めてきた食材を持ち寄る。色取り取りの山菜。様々な植物の木の実、葉っぱに花に根に茎に、採らないように言ったがキノコもある。それに雀と山鼠。
「‥‥ん?」
「この子が取ってきたのよ」
ステラのペットであるジュエリーキャットのアンジェリカは一声啼いた。
「まあ、包丁さんが必要ですね」
リーラルが困った顔を浮かべた。カンタータは余計な真似を、と宝石猫を見据えたが、猫は知らぬ顔だ。
「手では千切れませんね」
鬼のような腕力があれば別だが、か弱い三人娘には無理な話だ。カンタータは嘆息し、荷物からナイフを取り出した。
「お任せ下さい」
すっと前に出るリーラル。不思議な事に自信満々である。ハーフエルフの少女は楯を持ってこなかった事を悔やんだ。
「えーと。今回はボクが手本を見せますから、リーラルさんはこの次という事でどうでしょうか?」
妥協案を示すカンタータ。
「‥‥見て覚えるのも勉強よ?」
ステラがフォローする。
リーラルは少し考えていたが、カンタータの横に立った。
「先生の包丁捌きを勉強させて貰います」
肉入り山菜粥は美味しかった。
●野外授業 四日目
森の中で猟師に出会った。
「お前ら、こんな所に何しに来た?」
白と黒の二頭の犬を連れた猟師は、三人に不審の目を向ける。
「怪しい者じゃないわよ」
ステラは自分達が京都の冒険者だと説明した。
獣耳ヘアバンドにまるごと猫かぶりのリーラル、ローブ姿で顔を隠したカンタータ、そして巫女装束の上に女神の薄衣を纏ったステラ。
怪しからずと言えど、まともならずと言った所か。
「‥‥ふん。近頃はこの辺も鬼どもが出て物騒だ。早く都へ戻ることだな」
「鬼? 鉄の御所の連中かしら‥‥猟師さん、忠告有難う」
ステラは物思いに耽りつつ、片手で納豆を混ぜる。
今日の献立は納豆料理。
「以前に、納豆関係の依頼で報酬に頂いたのですが、江戸にいるときに何度か料理を試みたんですが、なぜか体に絡みついたり滑ったりでうまくいかないんです」
依頼人のリクエストである。
黙々と納豆をかき混ぜていたステラはちょっと匂いを嗅いで、顔をしかめた。
「うーん。強烈だわ。でもこっちに来て長いし‥うん‥‥慣れないとね」
「そうです。納豆はジャパンの心。納豆さんをおいしく料理が出来たら、わたしも一人前にジャパンで生活できるようになると思うのです」
ほらとステラに納豆に向けられて、顔を近づけたリーラルは子犬のような泣き声をあげて木陰に隠れた。
「匂いが‥‥なれませんが、‥‥いつかおいしく感じると思うんですよ」
「いつか、ではいつまで経ってもダメですよー。今日、克服しましょう」
カンタータは汗びっしょりで高熱の鍋を見つめていた。
微笑を浮かべるカンタータ。保存食を使った山菜粥は悪くないと思うが、料理の勉強としてはもう少し遊びも欲しい。我に策アリ。
ぐらぐらと煮えた鍋の中身は油である。
「頃合です。では、この葉っぱに納豆と味噌を挟んで下さい。沢山包もうとすると零れますからお気を付け〜」
二人に天ぷらの指示をして、カンタータはもう一つの料理の準備にかかった。納豆をすり潰し、昨日の山菜汁の残りを使って納豆汁を作ろうというのだ。作業に取り掛かった所で、カンタータの背後で悲鳴があがった。
それは一瞬の出来事。
いつもの如く躓いたリーラルは高熱の油に顔から突っ込み、ステラの高速詠唱ウォーターボムが間一髪お鍋を弾き飛ばし、水蒸気が周囲を真っ白に変えた。
「‥‥なっ、何事!?」
「な、納豆さんが爆発ですぅ」
●野外授業 五日目
納豆料理に失敗した三人は京都に戻ってきた。
「破壊的とは聞いていたけど、ここまでとは‥‥恐ろしい」
精も根も尽き果てた風情で娘達は冒険者ギルドへ帰る。ギルドの親父は苦労人と見えて三人娘の様子に何も言わず、河童はしきりに料理修行の成果を聞きたがった。
「わたし、以前は包丁さんは生きていると思ってましたが、まさか納豆さんが魔物だったとは知りませんでした」
「‥‥?」
故郷を遠く離れて、一人暮らし。
満足に料理はできず、酒場で食事をする毎日。
娘を心配する父親に、
ふるさとに帰ったら手料理を振舞いたい。
いつの日か‥‥。