●リプレイ本文
●借兵功譲
街道を鳥のように走る二つの影がある。
伊勢誠一(eb9659)と磯城弥魁厳(eb5249)、二人は魔法の履物を使い、江戸を出発してから半刻ほどで下総松戸に到着した。
松戸は江戸川の水運、それに水戸街道の宿場として、江戸の発展と共に栄えた町だ。武蔵に隣接する事から時勢に敏く、早い時期に伊達に臣従したので戦禍は受けていない。
「前ヶ崎城は元々、この近くの小金城の支城だったのですが、家康公が江戸城に近い小金や市川の城を嫌ったので、代わりに小城の前ヶ崎城が整備されたという話ですよ」
並んで歩きながら、伊勢が江戸で聞いた話を語るのを、磯城弥はふむふむと頷いた。
「ですが、今もこの町が下総北西の要であるのは変わりません」
「つまり、この宿場で応援を借りるのじゃな」
伊勢は伊達家の下士であり、鶺鴒団の補佐役。磯城弥は伊達忍軍黒脛巾組の忍者。共に伊達家とは縁が深い。
「まあ、上手く行けば、ですが‥‥」
「伊勢殿、そんな心細い事を申されては困るのう。わしらの働きに、掛かっておるのじゃからな」
今回の城盗りに集まった冒険者は五人。依頼人のアランを入れても六人と、決して十分な人数ではない。敵は要害を占拠する七人の冒険者と数十名の兵士。磯城弥としては是が非でも援軍を引っ張って来るつもりで、その為に同行したのだ。
「自分は鶺鴒団補佐役の伊勢誠一、火急の件につき御助勢を御願い申し上げる」
「前ヶ崎城の事は聞いている。しかし、兵を貸せとはどういう事か」
松戸の代官は、訪れた浪人者と河童の二人連れに、不審の目を向けた。
「江戸から左様な命令は受けていないが?」
前ヶ崎城は小城だが、それでも鎮圧部隊を派遣するなら十や二十の小勢では無い。気軽に融通できる数で無し、勝手に兵馬を動せば江戸の政宗から叱責は必定だ。
「政宗公は実績を示す者を好まれます。反乱は早急な鎮圧が第一。相手に時間を与えるべきで無い事はお分かりの筈。今すぐ制圧すれば、混乱を最小限に食い止められるかと」
「ふーむ。それほど自信があると申すか?」
疑う代官に、磯城弥は下総攻略戦勲章を見せた。伊勢も同じものを示す。
「攻略戦の実績ならば、多少はあるつもりじゃよ」
「責任は自分が。貴公が功を成し、鶺鴒団にご助力賜れればそれで充分」
冒険者達の楽天家ぶりに代官は舌を鳴らした。
一軍も持たないで城攻めの責任を取るなど面憎い大言である。
「無茶を云うな! 直に江戸より討伐軍が来る。それまで待て」
反対に自重を促された。伊達家の者として動くなら、前ヶ崎城の一件、江戸の殿の仕置きに従うべきであると。
「困りましたねぇ」
釘を刺された伊勢はあまり困ったように見えない顔で呟いた。逆に動き難くなった。
「うむ、そうじゃな‥」
磯城弥は代官の態度が気になった。初対面の筈だがそれにしては。
ともあれ、不首尾に終わった以上は長居は無用だ。松戸を離れようとした二人を、一騎の騎馬が追いかける。
「待たれよ、待たれよ」
騎馬が近づくと、馬上の侍の顔が確認できた。確か代官所で見た顔だと思い出した時には、馬から飛び下りた武士は地面に両手をついている。
「伊勢殿、磯城弥殿。前ヶ崎城の奪還、何卒それがしを加えて下され」
「貴方は?」
武士は前ヶ崎城守将、田島時定の義弟で平本定虎と名乗った。
田島は7人の冒険者が前ヶ崎城を獲った時に降伏を拒んで戦死している。一刻も早く仇を取り、城を少数の冒険者に奪われた汚辱を雪ぎたいと願う平本にとって、伊勢の提案は願っても無い話。
「それがしと郎党十五名の命、お預け申す」
「それでは貴方の知り合いに、前ヶ崎の地理に詳しい者は居ますか?」
「打って付けの者がおります」
我ながら楽天的な計画と伊勢も自覚していたが、ひとまず第一歩は踏み出せたようだ。無論、城を落とすにはまだまだ障害は多い。
●赤視小女
二日目。冒険者達は前ヶ崎城近くの川岸の村で合流した。
「遅かったな」
伊勢と磯城弥は前日から平本達と付近で情報を集めている。
「すまん。道中、探し物をしていたんだ」
十人張りの強弓を背負う天城烈閃(ea0629)は凄腕の弓使いとして天下に勇名が響いている。天城ほどの者が参加していると知って兵の士気は高まった。
「何をじゃな?」
「矢毒をね。トリカブトが見つかればと思ったんだが、無駄足だったよ」
この天城が一番最後で、僧兵の妙道院孔宣(ec5511)は初日に到着して平本の部隊と城攻めの用意をしていた。
パラの元馬祖(ec4154)は荷物が重かったせいもあり、前ヶ崎に着いたのは二日目の朝だった。元は農家の一角を借りて休んでいたが、天城が着いたと聞いて起きてきた。
「では、偵察に行ってきますね」
城に潜入し、冒険者や兵の配置を探るのが彼女の役目だ。ただ、荷物をひっくり返した女パラは、忍び込む道具を何も持ってきて無い事に気づく。
「あれれ?」
達人忍者なら道具が無くても何とかなるが、元の隠密技能は素人と大差ない。
「縄で良ければわしのを使え」
魁厳からロープを受け取る。ロープは何にでも使える冒険者の必需品。出発する元を見送り、平本が伊勢に質問した。
「彼女は忍びなのですか?」
「元さんはウィザードですよ」
術者?と平本の顔に戸惑いの表情が浮かんだ。
ヘルメスの杖にブラック・ローブ、元はなるほど術師に見える。身のこなしから忍者と推測した武士の洞察力も、まるで見当違いでもなかったが。
インビジビリティリングで姿を消し、城に近づいた元は驚いた。
城門の傍に見える、無数の仕掛け。それは元の目から見てもあからさまだったが、防衛依頼を受けた冒険者が拠点を罠塗れにするのは良くある話だ。
「こんなのに掛かる人いるのかな?」
失笑を浮かべつつ、しかし透明化の影響で物が見え難い彼女には十分な障害で四苦八苦しながら城門に近づいた。
ピッ
突然、元の足元が轟炎を噴いた。ファイヤートラップ。これも冒険者にはよくある手だが。
「なんの!」
十二形意拳の奥儀、羊守防。一瞬にして気を高めて防御した元は炎に焼かれても無傷。‥‥ウィザード?
「なんだ、あれは!?」
外を見ていた前ヶ崎城の見張りが叫ぶ。
突然地面が炎を噴き上げ、その後、空中に炎が残って動いている。
「うわあっ」
身体に火がつき、元は慌てた。彼女の装備は火に弱かった。消そうと地面を転がるうちに、城内から矢が飛んできた。
「‥‥失敗しましたか」
「ごめんなさい」
燃えて半分取れた兎耳を握り、項垂れる元。
伊勢は夜襲を仲間と平本達に知らせた。
「存在を知られた以上、奇襲の利はありませんが。今夜中に勝負しましょう」
●闇転戦場
伊勢と妙道院は平本達と共に前ヶ崎城の正面、南の虎口付近に集まった。松明を増やして人数を多く見せかけている。
「偽兵の計か‥‥しかし」
「見透かされて元々ですね。敵が討って出て来た時は、お願いします」
前ヶ崎城は湿原中の台地に築かれた要害である。昔は三郭構造だったと言われるが、現在は北端の一郭のみを使っている。二郭に繋がる城の南側には深い空掘が掘られ、残る東西北は湿地である。城は土塁に囲まれ、南西の一際高い所に物見櫓があった。
正門は城の南側にある。また、伊勢が雇った土地の者の話では土塁の下に犬走りがあり、城の南東にも入口があるらしい。
「我こそは田島時定が義弟、平本定虎なり。城兵に告げる、今投降すれば罪には問わぬ。手向かうならば、千葉殿への反逆許し難し。必ず極刑に処すぞ!」
平本が城兵に呼びかけた。内容は伊勢が頼んだものだ。
城中が騒がしくなるが、出てくる気配は無い。
「今から前ヶ崎城を攻める。但し、深入りはするな! 我々の仕事は、時間を稼ぎ、敵を正面に引き付ける事だ」
攻撃直前、伊勢は兵の前でそう説明した。つまり陽動だ。この戦闘には依頼人のアランも参加する。
「行け! 我らの手で城を奪い返すのだ!」
平本は先頭を切って虎口に攻めのぼった。頭上から城兵の弓矢が降り注ぐ。
「平本殿、出過ぎです。もっと後ろに」
伊勢は楯を構えつつ、突出する平本を後方に引き戻す。平本の郎党は主人を必死で守りつつ、弓で応戦した。
「はあぁぁぁっ!!」
城攻めが初めての妙道院は、弓を使えない。少しでも敵を引きつけ、役に立とうと薙刀を振り回し、城門に突撃した。
「冒険者とは、戦いたくないが」
城門を守っていた英国騎士は突貫する孔宣に狙いを定め、一瞬眉間を狙ったが矢先を下げて二度射った。足を撃たれた女僧兵の体が崩れる。
「敵の冒険者か?」
インビジビリティリングで姿を消した天城は、城門近くに潜んでいた。物影から城中を窺うが、登攀に自信が無いので土塁を登るのは諦めていた。
「城から出てきてくれればな」
機会を待つ天城の傍で、大きな火球が炸裂した。おそらくは城中のウィザードが放ったものだが、彼の位置からは姿が見えない。
陽動部隊が敵を引き付けている隙に、天城同様、透明化した磯城弥は北側の土塁をよじ登っていた。普段の彼なら何でも無いが、透明化した副作用で視界が霞む。何度か冷や汗をかいた。
「やれやれ。わしが一番乗りかのう‥‥」
城内は、兵達が忙しく動き回っていた。透明化していても、夜目と篝火のおかげで何とか見える。息を潜めて観察した魁厳は、明らかに兵達と姿の違う一団を発見した。
足音を消して忍び寄る。
「負傷者は私の所に運んで下さい! 必ず助けます!」
声が聞こえた。間違い無い。術の準備に、左手の盾を背中にしまおうとした。
「侵入者よ! 姿を消した奴がそこに居るわ!」
長身の女が磯城弥の方を指さした。まるで見えているような‥‥それがインフラビジョンと魁厳が気づいたかどうか、河童忍者は盾を捨てて素早く印を結んだ。
樒流絶招伍式名山内ノ壱‥‥
「椿!」
忍者の体が爆発した。否、爆風に隠れて瞬時に移動した魁厳は先刻声をあげた女クレリックに肉薄し、弾き飛ばされる。
「!?」
星空を見上げた魁厳は、自分が見えない壁に衝突して地面に倒れたのだと気づくのに数瞬の時間を要した。
「結界かっ」
「見張りの報告でね。それぐらいの用心は当然でしょう?」
見えない何者かが侵入しようとした。ただの城兵ならともかく、冒険者ならその意味は想像のつく事だ。
「どこだ!? 伊達に味方する悪党は、俺が倒す!」
長剣を抜いた騎士が周囲を見回す。騎士――聖印付きの盾を持っているのでおそらく神聖騎士は、魁厳がどこに居るのか分らないらしい。
「貴方も燃えなさい」
術師の一人が印を結んだ。その途端、忍者の視界は深紅に染まる。
「ぐうぁぁぁぁっ!!」
激しい劫火に包まれた魁厳は必死にもがいたが、炎はどこまでもまとわりつき、皿の水が蒸発して彼は絶息した。
「やっと中に入れました」
計画が既に瓦解した事を知らず、元は遅れて搦め手口から潜入を果たした。透明化した彼女の隠密技能は素人並で、普通ならとっくに発見されているのだが、城兵は陽動や磯城弥の騒動に気を取られていた。
「兵糧庫はどこかな?」
城内を見渡した元は、倒れた河童が敵に囲まれている光景を見る。兵糧庫は一つ一つ建物の中を調べなければ分からない。仲間を助け、敵を倒すのが先決か。
元は息を殺して近づいた。
「‥‥相変わらず、見事なものだな」
「対策を取られてしまえばそれまでなのですがね」
陰陽師は幻覚で失神した忍者の手からこぼれた小太刀を拾い上げる。
「今のうちに始末しましょう」
切っ先を河童に向けた陰陽師の腕を、神聖騎士が掴む。
「そんな卑怯な真似が出来るか! 俺達は伊達とは違う!」
胸を張る神聖騎士に、女ウィザードは肩をすくめる。
「甘いわね」
「何とでも言‥‥ん?」
若い神聖騎士は目を見張った。河童の体が宙に浮いている。元が持ち上げたのだ。小柄な河童を担いで移動するなど彼女には訳無い‥‥ウィザード?
「まだ仲間が居たのかっ」
陰陽師とウィザードが呪文を準備する。
「させません!」
磯城弥が意外に軽傷と気づいた元は河童を敵から離れた場所に投げ捨て、術者に肉薄する。陰陽師の幻術をレジストし、鳩尾に拳を叩きこむが外れた。
透明化の副作用で、白兵戦が心許ない。陰陽師は辛うじて倒したが、クレリックの結界に阻まれ、退路を塞がれた。
「皆さん、あと少しです! この門を破壊すれば城内に‥」
妙道院は何度も倒されたが、そのたびに回復して城門に迫った。
城中に混乱があり、さては潜入班がやったのかと寄せ手は奮い立っていた。小勢ながら城門前で激しい戦いを見せる。しかし。
「攻撃を止めろ! お前達の仲間は捕まえたぞ!」
城中の冒険者が潜入した二人を捕虜にしたと伝え、二人の所持品を城外に投げて寄こした。攻撃を中止すれば、二人は返すという。
「‥‥仕方無いでしょう」
平本は中々納得しなかったが、潜入班を失っては、この数で城は落とせない。伊勢達は条件を飲み、前ヶ崎城と休戦した。
「伊達の本隊が来れば、ひとたまりもありませんよ。今降伏するのが得策と思いますがね‥‥」
「負け惜しみか? 十分注意して万全の策を考えてある。すぐに伊達の世をひっくり返すから見ていろ」
城を守り通した冒険者達は自信満々。磯城弥と元の装備品も返し、クレリックは治療までしてくれた。
「私達は貴方達と戦いたい訳ではないのです。それだけは分かって下さい‥‥」
「‥‥」
「すまない。俺は役に立てなかった」
天城は皆に謝った。勝負があっという間についた事もあるが、術者を狙って機会を待っていた天城は一矢も撃っていない。
「気にするな。そういう時もあるじゃろ。しかし、彼奴ら五人しか居らなんだが」
「云われてみれば、ジャイアントの浪人と風の魔法使いの姿が見えなかったな」
魁厳の言葉にアランも首を傾げる。隠れていたのでなければ、どこに行ったのだろう。
「彼らはどうなるでしょうか‥‥」
妙道院は言葉を交わした敵に少しだが憐憫を覚えた。
「彼らの戦法や実力がある程度分かった以上、討伐軍は戦いやすいと思いますが‥‥」
伊勢は腑に落ちなかった。寄せ手を無傷で返すとはどういうつもりであろう。何か策があるのか、それとも甘いだけなのか。冒険者には変わった心情を持つ人間が少なくないので、付き合いが短いうちは判断に迷うところである。
ともあれ、彼らは敗北したのだ。
複雑な思いを胸に、6人は江戸へ戻る。