【武田軍談】騎馬教練

■ショートシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 86 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月14日〜09月21日

リプレイ公開日:2008年09月24日

●オープニング

 神聖暦一千三年9月。ジャパン小田原。
 この地を占領した武田信玄は甲府に戻らず、小田原城で政務を取っていた。
 三国の太守となった信玄だが、すべて順風とも言い難い。
 信玄の留守中に甲府の黒川金山が八王子の源徳勢に襲撃されて資源を強奪された。前藩主大久保忠吉があっけなく降伏した事で呆然としていた小田原武士達も、信玄に服さぬ者が反乱を起こしそうな空気が流れている。
「まさに、国は獲るよりも保つことが難しいものだな」
「左様にございますな。しかし、お屋形様はまだまだこの程度で息をつく暇はござりませぬぞ」
「その通りだ」
 武田家は畿内の大国平織家と緊張関係にある。先年、上洛しようとした信玄は尾張の平織市に阻まれた経緯があり、また平織家を仏敵と定める比叡山延暦寺の僧達を信玄は多数保護している。
 その平織家と、信玄の敵である三河の源徳家が関白の仲介で和議を結んだという情報が武田の元に届いていた。
「当家にとって、これは容易ならぬ事態にございますぞ」
 もし平織と源徳が連合したなら、武田も単独では戦えない。
 その先には、古今未曾有の大戦があるかもしれなかった。

「騎馬教練、か‥‥」
 江戸のカイザード・フォーリア(ea3693)から信玄に手紙を送り、冒険者を交えた武田軍の訓練を行いたいと言ってきた。
 甲斐は古くから名馬の産地として知られ、武田軍の騎馬の精強ぶりは世間に知られた話だ。今後、平織や源徳と事を構える事を思えば、備えておくに越した事は無い。
「もっとも、あ奴の考えはそれだけでは無いようじゃ」
「と申しますと」
 表向きは騎馬訓練として依頼を出すが、これは軍事機密を考慮した上の事で、真の目的は騎乗武器の開発であると手紙には記されていた。冒険者の存在や精霊魔法の流入、レミエラに見られる新兵器によってジャパンの戦の様相は変わりつつある。参謀として、カイザードも新技術や新兵器の重要性を考えたのだろう。
「はぁ。騎乗した侍が片手で扱える武器ですか」
「西洋にはランスなる馬上槍がございますな」
 片手で扱う槍としては最大級の物だが、扱いが難しく、ある程度膂力のある物で無ければ使えない。
「そんな便利な物が作れますかな」
「申し出て来るからには、カイザードに何か思案があるのだろう」
 どの道、戦の備えは必要だ。信玄は騎馬教練を行う事を決めて江戸に返事を送った。

 江戸冒険者ギルド。
「信玄公の許可が得られた。この条件で仕事を頼む」
 カイザードはギルドの手代に依頼書を見せる。
「小田原城にて、武田軍の騎馬隊と教練してくれる冒険者を募集。教練時間を多く取りたいので、馬・空飛ぶ箒・魔法の靴など高速移動手段の確保必須。騎乗技術と武術に自信のある者優遇‥‥内容は良いですけど、この移動手段と技能の方は保障しかねますよ」
「何?」
 江戸のギルドが依頼人に保障するのは基本的には冒険者としての年季だけ。
 アンデッド退治だから侍と僧侶にしてくれとか、海だから泳ぎの達人限定とか、専門家の要求は原則受けない。一つには限定する事で冒険者が集まらないからで、また個々の冒険者の技能や実力をギルドは保障出来ない。冒険者ギルドは登録された冒険者達を直接管理している訳ではないから、依頼が自分に合っているか否かは冒険者自身が判断する事になる。
 殆どの仕事では依頼人が事前に面接する事も無いので、屈強な戦士達を期待して、やってきた冒険者の姿に依頼人が落胆する事はよくあった。
「‥‥仕方ないな」
「ではお預かりしましょう」

●今回の参加者

 ea0629 天城 烈閃(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3693 カイザード・フォーリア(37歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea8533 シヴァ・アル・アジット(34歳・♂・ナイト・ドワーフ・ノルマン王国)
 eb4890 イリアス・ラミュウズ(25歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

藤堂 昌益(ec5150

●リプレイ本文

「まずは依頼人の注文に応えるとしようか」
 精霊馬に跨った騎士イリアス・ラミュウズ(eb4890)は渡されたランスを手に取り、小脇に抱えて駆け出した。
「速いな」
「水馬だからな」
 疾走する騎馬を腕組みして眺めるのはカイザード・フォーリア(ea3693)と天城烈閃(ea0629)。
 水馬とは西洋ではケルピー、傍目にはただの小柄な馬だが、本性は人々に恐れられる魔物である。
「スレイプニルっ」
 馬上のイリアスは、愛馬と話しながら前方の甲冑を着けた人形に狙いをつける。
「はあぁぁぁーーーっ!!」
 重騎兵のランスチャージも剛勇だが、軽妙駿足なイリアスとスレイプニルのそれは迅雷か。
 人馬一体の衝撃はまさに巨大なスピアー、的を紙切れのように粉砕する。相手が重装の戦士だったとしても結果は同じだろう。
「‥‥お屋形様、ご覧にいれましたのが馬上槍の突撃にございます」
 カイザードは跪いて甲斐源氏の頭領、武田信玄に説明する。
「西洋の侍が好む戦法か」
「はっ、ランスと言えば騎士の象徴と申します」
 平時でも馬上槍試合が盛んだと話しつつ、カイザードは信玄の表情を盗み見た。

 ランス突撃を披露した後、信玄は本陣に冒険者達を呼んだ。
 小田原城近くの空き地に陣幕を張って本陣が仕立られ、幕の外では武田家が誇る荒武者どもが訓練に励む声が聞こえる。
「おうカイザード、騎兵のバルディッシュはあったかね?」
 見事な髭をたくわえたドワーフ騎士、シヴァ・アル・アジット(ea8533)は入ってくるなり依頼人である黒騎士に声をかけた。
「探してはいるのだが‥‥」
「ふむ。騎兵用のバランスを実物を確かめてみたかったが」
 シヴァはドレスダットの闘技場では知らぬ者の居ない戦士である。そして、いつかシヴァ・アル・アジットの名を持つ剣を、伝説に残したいと考えている男だ。
「わしも剣や斧ならそれなりだがの、馬はあまり嬉しくない方でなあ。どうも勝手が分からぬわい」
 武田家の武具師と意見交換していたシヴァはそう言って隅に腰をおろした。

「ジャパンの騎兵は重騎兵ですが、騎射を好む所が西洋と違いますな」
 信玄の御前で冒険者と武田軍の武将が軍事談義に花を咲かせる。
 ジャパンの戦士には槍仕と馬弓が古来より好まれるとカイザードは聞いた。しかし、馬上槍を得意とする突撃騎兵は少なく、そして武術はもっぱら剣術が隆盛している。
 何故だろう。
「ビザンチンでは弓はやらぬかね?」
「無論、弓兵は居ります。それに羽騎兵と呼ぶ軽騎兵が居ります。偵察や撹乱を任務としますが、弓をよく使います」
 カイザードは武田のお歴々にビザンツの軍隊や戦術を語った。故郷の話とは言え、精強で名高い武田衆に講義するので、黒騎士は汗タラタラだ。
「馬上槍か。天城殿、お主なら如何様に戦う?」
 献上されたランスとネザを触っていた信玄が、突然、カイザードの横に座る高名の志士に話を振った。
「‥‥俺なら近寄らせず、逃げながら撃ちますが」
「そうか。カイザード、天城殿がそのようにしたらば如何する?」
 信玄の口調は何気ない。座談を楽しんでいるようだ。
「弓騎兵の相手は弓兵に任せます」
 弓兵が相手なら盾を構えた重装兵を前に出し、重装兵には騎兵突撃。また重装兵は長槍を重ねて騎兵突撃に対抗し、弓兵は騎兵に矢雨を降らせ‥‥全能無敵の兵種が存在しない以上、戦術は数限りない。
「なるほどのう」
 ビザンチン帝国は欧州各国の中でも取り分け、兵種と戦術が細かい。カイザードのような男を生むのも分かるような気がする。
「ですが、騎兵突撃は破壊力抜群ですが、武田の騎馬を皆、突撃騎兵とするが最良とは思いません。ただ侍用の騎乗武器を足せればと」
「良く分かった。西洋には魔法以外にも学ぶ事が多いようじゃな。皆の者、よく勉強させてもらえ」
 理解を得てカイザードは信玄に礼を述べた。

「浮かぬ顔じゃなぁ」
 槍の工夫に騎馬武者達の動きを見ていたシヴァは、模擬戦の支度に忙しいカイザードに声をかけた。どこか上の空に見える。
「考えねばならぬ事が多い」
 そして時は少ない。
 厳しい顔の黒騎士に、シヴァは肩をすくめた。
「はっはっは、おぬしは背負いすぎじゃ。人間は生き急ぐ種族と知ってはおるが、もっと肩の力を抜いても良いのではないか?」
「親父のような事を云う」
「お主の父親ほどの歳ではあるが。老いぼれ扱いは心外じゃな」
 ドワーフは長命だが、人間に換算すれば二人の年齢はかなり近い。
「ならば試作品を宜しく頼む。模擬戦に間に合わせられるか?」
「任せておけ」
 と言ったものの、シヴァは煮詰まっていた。
 今回、彼が騎乗武器の原型として考えたのは長槍と長巻の二つ。
 騎馬突撃なら、武器は槍しかない。ランスやネザを基に、長槍の改良を考える。依頼人の希望に沿って軽く長く扱いやすく‥‥とすればランスは論外。
「ネザかな」
 とシヴァは考えた。多少丈を詰めて和風にあつらえた試作品を武具師達に見せた所、
「そりゃ、竹槍じゃないか」
 軽くて長くて硬い素材となると竹が最適。
「百姓の武器を持たせる気かと侍衆に叩き殺されるぞ」
「‥‥ふむ」
 続いて長巻を考える。
 ジャパン特有の「刀」。この斬る事に特化した武器を馬上武器と出来たなら‥。
 日本刀造りに馴染みの無いシヴァはまず、武田の武具師達に協力を仰いだ。
「刃を作る所から教えて貰えんじゃろうか?」
 この申し出に刀匠達は当惑した。刀剣に限らず、優れた技術は秘伝であり、みだりに明かせるものではない。
「刃は提供するが、互いの領分には入らぬ方が良かろう」
「‥承知した」
 納得はしないが鍛冶師の気持ちも理解できたシヴァは引き下がる。この点、シヴァは人柄が大らかに出来ている。
 しかし、馬上長巻は難しかった。馬の上で刃を振るえば馬を傷つける。片手で使えて軽く、振り回しやすく馬上で威力を発揮する武器‥‥これは難題だ。使い手を選ぶ武器で良ければ苦労はしないが、必要なのは凡人が扱える物だ。
 シヴァは寝る間を惜しんで製作に取り組み、彼の仮工房の横に失敗作を積んでいく。

「‥‥今だ、撃て!」
 黒騎士の指揮で、馬上の天城は長弓を引き絞り、放った。
 天城はビザンツの羽騎兵を模した弓騎馬隊の先頭を走り、武田軍の列に突っ込む。彼に続く武者達も少し遅れて一斉に弓を放った。彼らが番えているのは模擬戦用に殺傷力を抑えた矢だが、鎧や楯以外に当たれば痛いでは済まない。
 武田軍は矢楯で防ぎつつ応射を加える。天城はそれを避けつつ、前列の足軽の長槍を避けて敵陣の手前を横切っていく。天城の後ろの弓騎馬が撃たれて落馬した。歓声をあげた武田軍の眼前に、弓騎馬隊の後ろにいた重騎兵を模した槍騎馬隊が現れる。
「斧!」
 黒騎士の声で重騎兵達は腰の手斧を掴み、敵陣に投げつけた。投擲した者から叫び声をあげて突撃していく。
「ウラァァァーーッ!!」
 イリアスは長槍の列に突っ込んだ。射撃で密度が薄くなった所を見つけて、黄金騎兵はその身を滑り込ませる。そこに後方の騎馬武者も突進し、人馬が激突する激しい乱戦が展開する。
「うぉおぉっ!? イリアス殿が不動様になられたぞ」
「中止じゃ、中止‥‥」
 イリアスが狂化したのを合図にして、床几に座って模擬戦を眺めていた信玄は片手をあげた。終了を知らせる法螺貝が吹かれる。
「先程のイリアス殿の西洋槍は凄まじいものでござった」
「まさに。兵達が不動明王の化身と噂しておりますぞ」
 重騎兵の突撃に感動した武将達がイリアスを賞賛した。洋の東西を問わず、戦士は勇敢な者を讃える。騎兵突撃は格別の勇気を必要とするからこそ、騎士の誉れとなる。
 武将に囲まれたイリアスを横目に、カイザードは山県昌景と軽騎兵戦術を論じた。
「奇襲から旋回後退し、常に相手の届かぬ位置から全騎兵で相手の隊長格に集中射撃を加えるというものです」
「それは‥‥机上の論ではないか?」
 山県は懐疑的だ。奇襲に失敗すれば旋回中に大打撃を受けるし、敵部隊が射撃戦に優れていれば通用しない。隊長に集中攻撃を加えるのも指揮能力に差が無いと難しい。
「出来ませんか‥‥」
「いや、やれる。しかしな、恩賞に困る戦法だな」
 山県は苦笑いを浮かべた。敵将を集中攻撃するのでは、手柄首をどうするかで揉めるだろうと真剣に言われ、カイザードは返答に困った。

 模擬戦が一段落してから、試作品と格闘するシヴァの仮工房を、イリアスと天城が訪れた。
「ランスレストを作ってくれないか?」
「ほう」
 イリアスの話では、彼の勇姿に魅せられてランスを気に入った者が存外に多いらしい。ランスや大型の槍を自前で購おうという者も居るが、さすがに鎧まで西洋鎧には出来ない。しかも馬上槍の扱いに慣れていないから、せめて武者鎧用のランスレストを作って欲しいという。
「重い槍を馬上、片手で扱うのは誰でも難しい。鎧の脇腹にランスの柄を引っ掛けるフックでもあれば、多少は持ち易くなるからな」
「お安い御用じゃよ」
 武具師達と話しておけば苦労は無いとシヴァが言うので、イリアスはドワーフに礼を言った。
「俺は騎兵用の投げ槍をと考えているのだが」
 天城は短槍をやや大型化した騎乗時の予備武装を提案していた。
 昨今はジャパンでも魔法の使い手等と戦う機会も増えつつある。それに備えた遠隔攻撃手段は多い方がいいと説明する。
「弓があるじゃろう」
「それはそうだが、突けて投げられる騎兵槍は悪くないと思うのだ」
 シヴァは腕を組んで考えたが、彼は馬上槍の工夫で手一杯だったので今回は協力出来そうにないと謝った。
「苦戦してるのか?」
「まあな。そこそこは作れるようになったつもりじゃが、わしもまだまだ修行が足らぬわい」
 新しい武器作りは鍛冶師の腕だけの話ではないのだろう。それでも参考になればとシヴァは幾つか形になった試作品を信玄に献上している。

 訓練の後に冒険者達を労う酒宴が開かれた。
 信玄も出席し、四人は大大名から直々に歓待を受ける。
「武田の兵法はお主達から見れば遅れて見えような」
「個々の実力、武将の方々の統率力には凄まじいものがございますが、兵法は欧州のそれとは違うようです」
 ジャパンの特異性は、戦士が居ない事にあると黒騎士は見た。
 騎兵は単なる兵種でなく、全て武士――それも上級武士に限られる。騎兵の少なさは騎馬民族ほど馬が多く居ない事もあるが、武士でなければ馬に乗れないジャパンの定法に因る所が大きい。
 武士は支配階級であり、故に騎兵は指揮官でもある。彼らは郎党、足軽を率いて戦う。だから騎馬だけの部隊はあっても、騎馬隊だけが突撃する事は少ない。
 ジャパンは戦士階級=支配階級で、侍が政治家も役人も戦士も全てを行うので、馬上槍を扱いかねる微妙さを生んだ。代わりに戦闘のスペシャリストと化したのは浪人である。家伝のオーラ魔法を失った彼らは逆に、朱槍も振り回せば鉄弓も使う。
「強い騎馬隊を持つ事は損にならんと思うがね。だが、騎馬は馬を狙われたら弱い。単独で歩兵の槍陣に突っ込めば自滅する。歩兵の支援があってこそ生きるんだ」
「そうですね。騎兵と歩兵が分断されて敗れるケースは西洋の戦史にも多い」
 酒の入ったイリアスが熱弁し、カイザードが補足した。
「ジャパンでは弓が尊ばれるという。こいつは良い事だ。ヨーロッパじゃ騎士の武器じゃないなんて言う輩もいるからな。弓兵の訓練が騎兵を更に強くするだろう」
「弓が好まれる割に、剣術が盛んですね」
「さて。オーラ魔法は弓と相性が悪いからかな」
 ジャパンは色々と矛盾の多い国だと思いながら、黒騎士は盃を干した。
「所で、話は変わるが‥‥延暦寺を甲斐に移そうとする動きがあるそうな」
 酔いもだいぶ回った頃に、天城が話を振った。
「おお。比叡山では魔王の手からお守り出来ぬ。我が国ならば、たとえ数万の軍勢に攻められてもお守り申し上げるわ」
 武将の一人がそう云うと、途端に政治談議になった。大半は、平織や源徳を攻撃する論調である。
「俺も賛成だな。是非やるべきだ」
「天城殿も我らに同心下さるか!」
 延暦寺の乱では平織側で戦った天城だが、平織や延暦寺には拘らぬらしい。今は山を下りて寄る辺を失った僧侶達に同情し、武田なら僧侶達を守れるだろうと思った。
「武田にとっても、大きな助けとなるかもしれないし。関白殿の言う和平に則って、ここは人同士、助け合える相手には手を伸ばすべきじゃないかな」
 育ちの良い志士らしいと言える発言か。
 武田は来るべき戦に備えようと訓練を強化し、馬上槍なども購入、物にしようと工夫に努めるようだ。四人は猛訓練と試作品作りでくたくたの体を引きずって江戸に帰った。