【道敷大神】関白の病
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■ショートシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月19日〜09月24日
リプレイ公開日:2008年10月31日
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●オープニング
神聖暦一千三年九月。ジャパン京都。
源徳家康は平織家との土下座和睦を承知し、その上で伊達家ら家康と反目する関東諸侯との講和を拒んだ。
藤豊秀吉は己が運動し、仲介した和平交渉が片手落ちの結果となっても表面上はニコニコと柔和な顔を崩さなかった。
「摂政を辞めても、そこまで江戸の奪還に拘るとは源徳殿も困った御方じゃわい」
が、心情は腸が煮えている。
源徳家康の態度は、関白や安祥神皇を何とも思わぬ様にも見て取れた。
伊達や武田は冒険者達の説得の甲斐もあってか、関白や神皇家に遠慮し、和睦を受け入れる返答を寄こしている。
秀吉は家康を逆賊にする事も出来るのだ。
にも関わらず、源徳家は伊達とは決着を付ける以外に道は無く、和睦など論外だと拒絶した。
その他に、秀吉は天台宗と平織家との関係修復も運動していた。
が、こちらも捗捗しく無い。比叡山攻撃を主導した平織虎長を都に招聘しているが、平織家は虎長は謹慎中で、まだ慈円にやられた傷も癒えないと言って拒否し続けている。延暦寺の方も、平織家と仲良くしてほしいという都の要請を実質的に無視。
秀吉の京都大邸宅の建設計画も捗らず、都の商業改革を目指した楽市楽座も寺社や豪商達の反対で暗礁に乗り上げ、乱後数カ月を経ても仮設村の問題は片付かず、更に追い討ちをかけるように出雲で復活したイザナミの軍勢が京都に迫っていた。
都の人々からは猿関白と噂され、秀吉は心身ともに疲れていた。
そんな或る日のことだ。
「殿、殿‥‥殿は何処じゃ?」
秀吉の近習は、御所に向かう刻限が過ぎても関白が現れないので不思議に思って屋敷中を探した。この時の秀吉は京都での住まいを転々としていたが、その日は長崎藩の京屋敷で、決して大きくは無い。すると書斎の机のうえに、一枚の紙が置かれている。
わしゃ、もう疲れた。旅に出る。探さないでね。 秀吉
凄い文面が飛び込んできた。
近習は言葉も無くよろめき、泡を吹いて倒れる。
「関白様が家出じゃとぉ!?」
側近の一人、前田玄以は知らせを聞いてすぐ緘口令を布いた。
外に漏れれば藤豊家の大事、いやジャパンの危機である。
「まだ遠くには行っておらぬはずじゃ。お探し申せ。あの殿の事ゆえ、遊郭に遊びに行ったのかもしれぬ。島原に網を張れ。むう‥‥この忙しい時に」
玄以は我知らず手の中の扇を砕いた。その目は主人への殺意で燃えていたが、彼は能吏である。手勢だけでは足りないと計算し、冒険者ギルドに関白探索の秘密の依頼を出した。
「殿下を探し出し、長崎藩邸まで連れて来るのじゃ。ああ、抵抗すれば殿下とて容赦せずとも良い。無論、この事はくれぐれも内密にな」
仕事の報酬として、望む者には藤豊家への仕官を許す。口止めの意味もあるだろう。
●リプレイ本文
依頼を受け、さっそく島原で下働きの者に混じった百鬼白蓮(ec4859)は心中深々と溜息を吐く。
(「いやはや‥‥自分が天下の関白を探しているとは、誰も思うまいな」)
密命は重大、実情は滑稽だ。
ともあれ仕事は仕事。世間話を装って聞き込みを始める。
「そうそう、近頃やけに羽振りの良いお大尽が来ているそうな。それも長身痩躯、眉目秀麗の二枚目と聞いたが本当の話か?」
「こいつ、ど阿呆やな。どこで仕入れた与太か知らねえが、この不景気にそんな夢みたいな話あるものかよ」
島原の男衆は笑いつつ、一方で用心深い目を百鬼に向ける。
「また戦が始まるいう話や」
「亡者が攻めてくるとも聞くわいな」
「秀吉がやってきて、ちょっとは良くなるかと思ったがなぁ」
島原の花街に暮らす彼らも、世間と切れた生活をしている訳ではない。関白摂政も呼び捨てで、四方山話の肴にしている。
「ところで、姐さん見かけん顔やけど、どこの身内の者や?」
男衆は白蓮に疑いを向けたので、その場は適当に答え、彼女は深追いせず早々に退散した。
事が事だけに慎重に調べる忍びに比べると、デュラン・ハイアット(ea0042)や鳳翼狼(eb3609)は大胆だ。
「まさか藤豊家の者が遊郭へ直に乗り込む訳にもいかんでしょう? ここは、私が代わりに潜入捜査を致しましょう」
と言ったデュランは、粋な中羽織に上質の呉服を着こなし、如何にも遊びなれた若旦那風のなりで島原の通りを流した。金髪碧眼、花も実もある大冒険者は花街でも目立つ。白蓮が数日後に同じ質問をしたなら、デュランの名が挙がっていただろう。
「――待て、そこの男」
デュランは京都見廻組に目をつけられた。仏頂面で近づく武士は、巡回中の備前響耶(eb3824)である。
「あまり目立つな。程々にしておけよ」
顔を近づけて言う備前から、デュランは視線を外した。
「心配だな」
一足先に戻った白蓮は、酒場で神田雄司(ea6476)と落ち合う。
神田は遊郭に網を張る仲間とは別行動を取り、酒場や下町長屋を中心に、彼の生活圏の範囲内で聞き込みを行っていた。
「こればかりは何とも‥‥まさか役人を動かす訳にもいかないですし」
単に秀吉の発見だけが目的なら、百人でも千人でも繰り出して然るべきだ。だがそれでは大事になると、藤豊家はぐっと堪えている。
「しかし、いつまでも隠せる話では無い。時が経てば御所からも冒険者からも漏れるぞ。よくそのように落ち着いていられる」
ふと神田の手元を見ると、彼は大きな紙を取りだして丹念に折っていた。何をしているのかと聞くと、ハリセンを作っているのだという。
「‥‥内職か?」
「まさか。秘密兵器ですよ」
朗らかに答える神田を残して、白蓮は酒場を出た。
冒険者達が各々の方策で秀吉探索を開始する中、藤豊家に仕えるアラン・ハリファックス(ea4295)は依頼人の前田玄以のもとを訪れる。
「納涼☆美女こんてすと‥‥?」
藤豊家の奉行は、先日召抱えられたばかりの異国の戦士に問い返した。聞き違いかと思ったが。
「恐れながら殿下は祭り好きにて女好きであらせられる。ならばこその秘計にございまする」
秘計も何も、あからさま過ぎる。仮にもジャパンの最高権力者を、好物の匂いで釣りだそうというのはどうだろう。
「信じ難いのはごもっとも。しかし、今の状況こそが信じ難い話ではありませんか。非常の時には非常の策です」
口賢しい軽輩者よと玄以は一瞬眉をあげた。
「‥‥確かに、今は非常の時。やって見せよ」
「承知」
アランはごく最近に秀吉自身が召抱えた者である。どれほど使う者か玄以も知らない。ここは試す気になった。
「イベント、許可が出たんですね」
アランから協力を打診されていたベアータ・レジーネス(eb1422)は、少し意外そうに言った。神話の時代ならいざ知らず、大らかな捕獲作戦だとは思う。
「ジャパンを開国させたのは藤豊家だ。自由の気風がある。というわけでな、すまんが頼むぞ」
ベアータは頷き、懐から重い袋を取り出した。中身は金貨100枚。美女コンテストへの出資金で、ベアータは頼まれて司会も引き受けていた。
「それで、お前の方の首尾はどうだ?」
「それなんですが、どうも‥‥」
煮え切らない表情で、ベアータは彼の探索結果を話した。
ここ数年は冒険者にとって百年に一度の当たり年で(逆に言えば世界にとっては災厄の連続)、多くの高名な冒険者が世に現れた。ベアータ・レジーネスも、凄腕の風使いとして世間に知られた名である。
彼は、依頼人の許しを得て秀吉が消えた場所を魔法で調べてきた。過去見のスクロールを用いて、家出前後の経緯を探ったのだ。
「秀吉は消えました」
「‥‥それは分かっている」
アランとベアータは酒場で顔を寄せ合い、調査結果を話した。
「言葉通りの意味ですよ。部屋からパッと消えてしまったんです」
ベアータは手振りで説明した。そこまで知るのにも、相当な魔力を消費している。念のため太陽にも尋ねたが駄目だった。サンワードは外見で探す術なので変装されていたらお手上げだ。
「たぶん魔法ですね。インビジブルのような‥‥他にもやり様はありそうですが、透明になったと考えれば家人に気づかれず外に出たのも合点がいきます」
「それでは、誘拐の疑いは無いのか?」
質問したのは、いつのまに戻ってきた備前。
「うーん。無いと断言できませんが、いまのところ誘拐を疑う証拠は出ていません」
秀吉は書き置きを書いた後で消えている。その秀吉が既に偽物かもしれず、操られていたかもしれないが、証拠はない。
「あの殿下に透明化の魔法か‥‥不思議と悪い想像しか浮かばないな」
ジャパンに何人もいない貴人なのだから、もっと慎重に行動して欲しいとアランは思う。権力者にとって、良からぬ噂ほど怖いものは無いのに。
「厄介な話だ」
仲間達と別れた備前は見廻組の詰所まで歩きながら、腕を組んで秀吉の事を考えた。
おそらく偽装はしていると予想していたが、魔法まで利用したとなると‥‥計画的な犯行なのか。
(「これは深入りするには覚悟の要ることだぞ。ともあれ、アラン殿の手伝いもせねばならぬが‥‥」)
納涼☆美女こんてすとは、何しろ開催まで日数が無い。アランとベアータだけで手が足りるはずも無く、備前は警備関係や周辺住民との折衝など、見廻組として可能な範囲で協力を頼まれていた。
依頼が秘密である以上、本来の職務も休めないと備前は見廻組の仕事も普段通りにこなしたので、殆ど寝る暇も無い。
「こんな遅くまで仕事か。お互い大変だな、私も徹夜で捜査なのだ」
と言ったのは連日朝帰りのデュラン。
「‥‥」
「ご、誤解するなよ。これも仕事だからな、仕方無くだ」
余談だが、デュランの使った捜査費用は経費で落ちなかった。
そう言えば、鳳翼狼の事である。
彼は秀吉を探すため、島原中でサルっぽいおじちゃんが来てないかと聞いて回った。ちなみにデュランも同じ聞き方をしたので、彼らの言う猿顔の中年を秀吉と関連づけて考える者もいて、百鬼の顔を顰めさせた。
「あれはまずいぞ」
と百鬼から備前に話が伝わり、翼狼の聞き込みに待ったがかかる。
町中の聞き込みでは成果が無いと感じていた翼狼はすんなり聞き入れて、今度は遊郭の女達が良く利用する湯屋を探した。
発想のストレートさにかけては、今回の冒険者中でも出色である。
「湯くみを手伝いたいってのはあんたか? 楽な仕事じゃねえが、体は丈夫なのかい」
「力仕事だったら任せてよ! 俺、文なしでさ。ご飯をくれたらお金なんて要らないから手伝わせてよ」
湯屋の主人は妙なやつだが、悪い男では無さそうだと見た。
「今時珍しい奴。よーし、一日使ってやろう」
「ありがと、おじちゃん!」
さて湯汲みは湯を差し出すだけで客の姿を見ないのが本分。だが、翼狼は体を折ってじろじろと客を観察してばかり。
どう見ても痴漢である。客達から苦情が出た。
「ふざけたことしてくれたな、この出歯亀が」
「あれ、客の体を見ちゃ駄目なの? 困ったなぁ、じゃあ湯くみは諦める。俺、お客さんの背中を流すよ!」
「いいてぇ事はそれだけかっ」
激怒した湯屋の男衆に囲まれて、反対に叩きのめした所で翼狼は役人に捕まった。
「助かったよぉ」
「‥‥」
見廻組の詰所で詮議を受けた翼狼を助けたのは、またまた備前である。備前は保護者のような被害者のような気分であった。
「備前殿、取り調べの途中でござるぞ。実はこやつ、先ほどから妙な事を口走っておりましてな。詳しく問い質しておるところでござる」
「‥‥いや、この者は評判の粗忽者にて、方々が時間をかけるほどの者では無い。早々に敲き放されるが良かろう」
翼狼から依頼の事が漏れては拙い。同僚から身柄を受け取った備前は、翼狼の衣服をはぎとって打ちのめし、その場で解き放った。
「ほぉ‥」
白蓮からその話を聞いたデュランはその後、若干控えた。
遊郭の内外の聞き込みからは、一向に秀吉の目撃情報は入ってこなかった。
「関白様が遊女をお相手にされる訳が無いじゃありませんか?」
煙草をつけつつ、微笑する太夫に、床に寝そべるデュランは今の関白様なら有り得る事だと呟いた。
「あれで女装もすれば、遊郭遊びもする侮れぬ男よ」
「ふーん。そんな御方がどうして島原に?」
「‥‥」
デュランは黙って煙草を吹かす。頭の良い太夫で秀吉探しを看破されてしまったが、当然依頼内容までは話していない。
「女と花街が好きな御方でな。島原を大きくされようという計画をお持ちで、御忍びで視察される噂を聞いたのだ」
話をでっち上げる。
「死人が都を襲うかもしれない時に?」
「ふん。私が居るとも知らず、都を襲うとは可哀想な死人どもだ」
傲岸不遜な台詞は半ば本心だ。デュランは英雄になりたい。
「おお怖い。住吉さんにお祈りした方が良いかしら」
住吉大明神は島原鎮守の神様である。どんな神だと聞くと、大夫は知っていた。住吉神は航海の神とされる。伊邪那岐が禊をした時に生まれた神々の一柱であるという。
「イザナギと言えば」
「イザナミの良人」
奥さんが黄泉人なら、夫も不死者だったのか。
アンデッドが創造神とは、日本は変な国だなとデュランは嗤った。
デュランが寝物語に大夫から日本神話を聴いていた頃‥‥
暗闇にカン高い剣戟の音がこだまする。
不意打ちを受けた神田は初手を防ぎ、長屋の壁を背にして立つ。取り囲む浪人者が6人。いずれも覆面姿で無言、匂い立つほどの殺気を放っていた。
「‥‥弱ったな。人違いですよ、私は浪人の神田雄司というもの」
襲撃者は声もなく間合いを詰める。
「待った! ここで死ぬのはどうにもまずい。まだ酒屋のツケも払ってないんですよ。武士の情けだ、せめて明日にしませんか?」
片手をあげて制止する神田。賊の放つ殺気に変化はない。
「ふぅ」
ここで刀の峰を返し、瞬く間に賊を叩き伏せれば格好良いが、神田のような達人でも源実はそれほど甘くない。
(「腕の一本は覚悟で‥‥切り開きますか」)
一瞬、懐の秘密兵器を思い出すが、さすがにこの場では何ともなるまい。
「ふふ‥」
修羅場に似合わぬ雄司の微笑に、刺客の切っ先が動いた。
勝負は瞬きの間に決するだろう。
「‥‥‥‥あれ?」
いつのまに。気づけば、目の前に小さな狸がいる。
驚くほど小さい。手の平ほどの狸が、手足をゆらゆらと動かしている。暗いので目を凝らさねば見えないが、どうやら踊っているみたいだ。
「化け狸?」
反射的に飛び退いた神田の体が壁を突き抜けて、海に落ちた。
依頼最終日。
艶やかに着飾った美女達が都の大路に立ち並ぶ。
藤豊家と付き合いのある呉服屋の協力で開かれた納涼☆美女コンテスト。準備不足は否めないが、物見高い都人が集まり、大通りにちょっとした混雑を作っていた。
最後のチャンスと冒険者達も集結。
イベントの司会進行はジャパン語が堪能で冠婚葬祭に長けたベアータ。見物人に混じり、アラン・デュラン・翼狼が目を光らせる。響耶は警備主任。昨夜、気絶していた所を助けられた雄司も散歩がてら立ちよった。
「そっちは?」
「居ないな」
「うわー、あの娘、かっわいいなぁ」
秀吉は現れず、冒険者達は焦れ始める。コンテストも終盤、何かに気づいたベアータが仲間に合図を送る。
「まさか、な」
「恐れ入ったわい」
程なく着替え室に侵入を図った秀吉は参加者に扮していた白蓮の手で保護?される。発見出来たのは、事前に備前がベアータに助言した為だ。
「あの方の変装か‥‥市女笠はどうだ」
「‥‥え?」
「女物だが、その位の斜め上は平気で行く方だ」
市女笠をかぶったサル顔の中年男などジ・アース広しと言えど、そう何人も居てはたまらない。サンワードは使い方が難しいが、場合によっては劇的な効果を発揮する。
「間一髪だったな」
冷汗を拭う備前。まさか関白をそこらの変態同様に袋叩きには出来ない。アランは捕縛された秀吉の眼前に進み出て膝をつく。
「おお、アラン。今日の趣向はぬしの差配か?」
「仲間の手柄にございます。‥‥殿下、お戻りください。今秀吉公が退かれては、いらぬ戦が必ず起きます」
秀吉は顔をしかめた。
「いらぬ戦じゃと。戦に要と不要があるか。それは誰が決めるのじゃ。そして不要の戦が起きるは関白の責か‥‥わしゃ戦などしとうない」
「殿下! イザナミ討伐に我らが実績を挙げ、外野を黙らせましょう。京都は誰が支配しているか、教育せねばなりません」
なお秀吉は嫌がったが、アランの連絡を受けて玄以達も駆けつけ、関白は縄で引き摺られる猿のように御所へ戻った。
去り際、白蓮が秀吉に尋ねた。
「藤豊に忍軍はあるので候か?」
秀吉は「ある」と答えたらしい。
「いやー、一時はどうなるかと思ったけどさ、無事に関白様も見つかってホントに良かったよ」
「或いは、見つかったのでなく‥」
無邪気に笑う翼狼の横で、憮然と備前が呟く。考えるべき事は山ほどあったが。
「次は‥もっと穏便にして頂けますよう‥‥」
疲れ果てた見廻組隊士は立ったまま眠った。