【武田軍談】小田原城の軍議
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■ショートシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:13 G 3 C
参加人数:4人
サポート参加人数:3人
冒険期間:09月25日〜10月02日
リプレイ公開日:2008年11月08日
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●オープニング
神聖暦一千三年9月。ジャパン小田原。
「そうか――家康が和平を拒んだかッ!」
小田原城の武田信玄の元には、各地から情報が入ってくる。それは武田配下の三つ者からであったり、比叡山を下りて武田に身を寄せる僧侶僧兵達だったりと様々だ。
複数の筋からの確かな情報として、三河の源徳家康が関白の仲介した武田ら関東勢との和平を拒絶した事が明らかになった。
「これは大変な事になりまするな」
「もはや家康には、戦しかござらん」
家臣達も色めきだつ。
それはそうだろう。この武田や江戸の伊達でさえ、関白と神皇家に遠慮して講和を受け入れる旨の返答をしていたのだ。江戸を支配していながら朝廷から無視されていた伊達家には渡りに船だったとする意見もある。
「家康が何を仕掛けてくるか分かりませぬな」
「戦になるは間違いのない所でござろうが、さて何れから仕掛けてくるか」
「平織の動向も無視は出来ませぬぞ」
武田の猛者どもは口々に源徳への対抗策を述べる。
武田伊達上杉新田の反源徳勢力において、武田の領地は一番西にあり、源徳領と隣接している。まず最初に攻撃を受けると見て良い。
「源徳が攻めてくるのを待っておる理由はござらぬ。我らから仕掛けましょうぞ」
「しかしな。今は田畑から兵を引き剥がす事は出来ぬぞ」
「この小田原も未だ反乱分子が潜んでおる様子。大軍の動員は難しいわい」
一騎討ちが好まれた古法の時代はともかく、現代において戦の要は足軽。戦略戦術は重要だが、如何に大人数を動員出来るかが勝敗を分ける。
「いやいや家康が関白の申し出を蹴ったとは好機であろう。我らが藤豊家と結び、賊軍として源徳を討てば良い」
「同盟国にも諮らねばなるまい。伊達は元より、上杉も動く。新田とて、座してはおれぬはずじゃ」
「八王子も捨て置けませぬ。源徳が来る前に、いっそ踏み潰しては如何か」
武田家が議論沸騰していたその頃、カイザード・フォーリア(ea3693)は江戸の冒険者ギルドを通じて、再び武田信玄に意見具申、提案を行いたいと言ってきた。
「また、あの者か」
カイザードが武田の依頼を出すのはこれで三度目。先日まで小田原に来ていたばかりだ。信玄への手紙には和平交渉中に鉱山を襲撃した八王子の暴挙を詰る様子もあり、それは軍師を自任しながら襲撃直前に祝勝会を開かせた照れ隠しとも読めぬ事は無い。
「働き者じゃな」
「お屋形様、如何致しましょうか」
「すぐに呼べ。うかうかしておると、それどころでは無くなるかもしれぬ故な」
信玄の周辺は忙しくなる。
武田や同盟国以外の者も参加させたいという条件を、信玄は今回も許した。目的が密偵や破壊工作、誹謗中傷でなければ源徳や平織、北条や里見であろうと構わない。
●リプレイ本文
神聖暦一千三年九月。
ジャパン、小田原城。
城内の奥まった一室に、武田信玄と一部の重臣、それに四人の冒険者が対座していた。室内はひどく静かだが、周囲は武田の忍び、さらに僧侶や陰陽師が十重二十重に囲み、蟻一匹入り込む隙間の無い厳重な結界の中にある。
「‥‥物々しいな」
「しかし、天魔の類は千里眼を持つというぞ。今の世で、密議など漏れるためにあるようなものじゃな」
議題は、関東侵攻の意思を明確にした源徳家康に対し、武田家として取るべき道。
無論、正式な会議ではない。然るべき評定は、後日、武田家士を集めて行われる予定である。
(「場違いですねぇ‥‥」)
伊勢誠一(eb9659)はくすりと笑う。
伊達家の下士に過ぎぬ己が同座することに、伊勢は違和感を覚えていた。
「ほう、ふむ」
伊勢の隣に座る巨漢の武士は虎魔慶牙(ea7767)。
剛力無双の男は先程から部屋のあちこちを眺めてしきりに感心したり、笑みを浮かべたりと落ち着きが無い。
(「落ちたる堅城、如何ばかりかと思ったが‥‥昔から武田の城であったみてぇに使ってやがる」)
小田原城は、十分余裕があるうちに開城した。激戦の末の落城とは趣が異なるのは当然だが。虎魔が思案していると、高名の志士が会議の口火を切った。
「先日、話した延暦寺の件の続きだが、俺にも協力させて貰いたい」
天城烈閃(ea0629)は馬二頭に積んできた品々を、武田家に献上したいと申し出た。寺社移転の資金の足しにというのである。
「魔法剣や秘蔵の酒等、正直、俺が今出せる範囲の余剰財産のほとんど全てだ。
そこらの商人に売ったところで、安く値をつけられるだけだしな。武田の武将の皆に使ってもらえば最良。ただし、受け取った者には寺社移転の資金繰りに可能な限りの協力を願いたいと、そう思っている」
冒険者稼業もピンキリだが、一流の冒険者はよほど稼ぐものらしい。天城の貯えは、個人の献金という範疇は超えている。
当然、天城には思惑がある。
志士の自分が延暦寺の甲斐移転に多額の寄付を行う事で、武田に世間の風評を買えというのだ。
「天城殿、有り難し。その志しのみ頂くとしよう」
信玄は天城の献上品を鄭重に断った。
信玄は延暦寺移転に乗り気だが、比叡山側ではさすがに有難迷惑に感じているらしい。話が進まぬうちに移転の寄進を募ったとなれば、信玄は延暦寺を盗む魂胆かと武田を頼る僧侶達の態度が硬化しかねない。
「特に平織を刺激するのは、避けねばなりませぬ」
武田の参謀であるカイザード・フォーリア(ea3693)が発言した。
「お屋形様、常々申し上げておりますが、平織と不戦の協定を結びなされ。武田家にとって尾張との戦は無用のもの、回避するが上策に思われまする」
カイザードが熟慮の末の献策を、信玄は黙して聞いた。
「そもそも平織軍の大義は西にあり、我が武田家と弓矢を交えるは理に合わぬこと。にも関わらず平織市が東に目を向けるは、恐れながら我らを侮ってのことにございます」
カイザードの見るところ、平織家の方針は西にのみあり、関東に進出する野心は少ないようだ。しかし、源徳が動いた今なら延暦寺に与する武田を攻められると考えた。この機に武田を黙らせ、源徳のために関東が乱れた方が平織の西進には都合が良い。
「ならば武田からは攻める気無き事を示し、その上で平織から手を出せば負けるか手痛い被害をこうむると思わせるが良いでしょう」
言うに及ばず、今の武田に平織侵攻など不可能。
源徳との戦が不可避である以上、平織家との二正面作戦は論外。延暦寺の手前もあり、平織と同盟は出来ないとしても、両家の優先事項を考えれば期限付きの不戦協定は落とし所として妥当である。
「良き思案じゃ。だが、賢しい」
「何と仰せられる」
黒騎士は身を乗り出した。信玄は手をあげて、
「人の慾を見よ」
信玄は武田から不戦協定を申し込んでも失敗すると見た。平織と武田には遺恨があり、カイザードの案は人の慾に勝てないと。
「しかし、間違ったものは看過できません。平織市は征夷大将軍を襲名したと聞き及びます。イザナミ征伐に西進したなら、当家も平織と敵対は出来ないのですから」
そう。
そのために秀吉は平織市に征夷大将軍を渡した。
関白は知恵者だけに最大の仮想敵である平織家に道を作っている。征夷大将軍として平織市がイザナミ討伐に乗り出せば、延暦寺も仏敵とは言ってられない。
だが家康は、関白の思惑に乗らなかった。お市も分からないと信玄は言う。都が未曾有の危機だが、あくまで戦国の計算が横行している。それが人の慾か。
「武田の敵は源徳だ。平織が来るとすれば南信濃だが、戦支度はするまいぞ。平織を見る。後詰は上杉じゃ、平織市が来たならばカイザードの申す通り、手酷い報いを受けさせるのだ」
越後の上杉謙信は反源徳の同盟国、また謙信は信玄以上に魔王を名乗った平織虎長を憎悪している。
「越後もこの時期は兵を集めにくいと存じますが、謙信公には今すぐ信濃の共同防衛を要請し、信濃に陣を張って頂くことは出来ますまいか?」
少数でも上杉軍が信濃に駐留すれば、北条や平織への抑えになるとカイザードは考えていた。
「いや少数ではいざという時に後れを取る。謙信は、上州でも問題を抱えておるゆえ、今は連絡を密にするに留めるが良かろう」
信玄はカイザードの策を修正しつつ、多くを武田の軍略に活かした。伊勢は先んじて武田信玄に対面した時を思い出す。
「お目通り有難う御座います。先の茶会以来ですな」
「ふむ。少し痩せたか?」
「いや太りました」
冗談ともつかない挨拶をかわし、
「信玄公は、自分など及びもつかぬ知勇兼備の士を得られた様で、誠におめでとうございます」
無味の社交辞令だが、あながち嘘でもない。
少なくとも伊勢が小田原城まで来たのは、目の前で信玄に次々と進言を繰り返すこの黒騎士が居たからだ。
「信濃は蕎麦が美味いそうですな。信玄公、江戸に卸す御助力を頂けないでしょうか」
頃合を見計らって伊勢が言うと信玄は自ら信州そばの講釈を聞かせた。信濃はそば作りに適しているらしく、蕎麦切りも信濃が発祥という。
「いわば蕎麦の本家じゃな」
「当方も江戸の商人に縁が有ります故、一つ如何ですかな?」
信玄は頷いた。江戸は蕎麦の一大消費地だ。その場で許可を与える。
「ははぁ。蕎麦もいいが、八王子はいつ討つのかねぇ?」
虎魔が物怖じしない視線を信玄やカイザードに向けた。カイザードはほぞを噛む思いだったが、発言したのは伊勢だった。
「八王子はある種の狂気の集団なれば、速やかに潰す他ありますまい。関白の和睦交渉すら意に介さぬ有様、小勢と侮っては、何をしでかすか判りません」
武蔵国は7、8割まで伊達政宗の傘下に入ったが、北武蔵など一部の小領主と八王子の源徳長千代が服していない。源徳きっての経済官僚である大久保長安は孤立無援の状態で八王子軍を維持し、神懸かりの神童、源徳長千代を軍神に祭り上げている。
「信玄公が動かれるなら、伊達も。及ばずながら政宗公に具申致す所存」
「いやわしの腹は決まっておる。武蔵の事ゆえ、武田からは仕掛けぬが、伊達殿より知らせがあれば、いつでも八王子攻めに加わる」
「心強い。その時が源徳の命日となります」
伊勢は更に、もし源徳・平織が共に武田・伊達を攻めるならと話を続けた。
「神皇陛下の御意は和睦のはず。都の窮状を知りながら私戦を仕掛ける平織源徳は逆賊、関白殿下と誼を通じるべきかと」
源徳平織が接近するほど、伊達武田と藤豊の距離は近くなる。信玄もそれを認めたが、課題は距離か。遠国の伊達武田は朝廷工作の面では畿内勢力より不利だ。
「そのための延暦寺だ」
と進み出たのは天城。
「現在の国難、敵は亡者。比叡山と仏教寺院の団結は勝敗を分けるぞ」
慈円という強力な指導者を失った天台宗は内部分裂し、いまなお平織家と反目して十分なまとまりを欠く。慈円も頼みとした武田は今も比叡山に大きな影響力を持つ。
「不死者に対抗するには大勢の侍と僧侶が要る。藤豊公は延暦寺の助けを必要としているが、同時に平織公の助けも欲しいために困っておられる」
そこで武田が延暦寺移転の資金援助を藤豊家に頼む見返りに、武田が延暦寺と朝廷の関係修復に尽力すれば、武田と朝廷の仲も深まり一石二鳥。
「延暦寺も平織の事があるとは言え、イザナミを捨て置けないはずだ」
「ふむ」
信玄は延暦寺に直接働きかける事には慎重だったが、天城の提案を重く受け止めた。
会議が終わると、虎魔は案内もつけずに城内を見廻った。
「あまり勝手に動き回られては困るな」
兵達の訓練を見物する虎魔を見つけて、カイザードが注意する。
「この俺が間者にでも見えるかい?」
「見えない。だが有り得る話だな」
黒騎士が真面目に答えたので、虎魔は大声で笑った。
「はっはー、兵達の様子を見ていたのさ。見所のある奴はいねぇかと思ってな」
「? 何を考えている」
虎魔はニヤリと笑う。
「戦だよ。決まってるじゃねえか、男が他に考えることがあるかよ」
「いや沢山あると思うぞ」
見解の相違だと云い捨て、虎魔は説明した。
武田にとって、本命は三河源徳軍。そして尾張平織軍。
となると現実的に考えて、八王子攻めに大軍を派遣するのは無理な相談だ。かといって伊達への義理で百や二百の小勢を送るだけでは芸が無い。
「大軍を動かせないなら、少数精鋭さぁ。俺達と同じよ。腕っ節と覚悟がありゃあ、覆せるもんだ。衆寡敵せず? おいおい定石は、崩してなんぼだろ。ゲラゲラ」
そんな真似は常人には出来んとカイザードは思ったが、虎魔の好きにさせた。
「ところで‥‥八王子軍の動きは読めねぇのか?」
「読んでいる。だが八王子は冒険者を重用するのでな。冒険者は読み難い」
近頃は冒険者を使う諸侯も増えてきた。戦の勝敗は如何に有能な冒険者を揃えるかだという者もいる。黒騎士は伊達武田が冒険者に不人気なのを気にしていた。気にするだけでなく、
「武田から水戸を助ける依頼をギルドに出せませぬか?」
と信玄に頼んでいる。
「伊達が良い顔をせぬぞ」
同盟国の結束を考える信玄は水戸には手をだしたくない様子。
「ギルドは伊達領内か‥‥」
今度の源徳戦、更に将来を考えれば他領にある江戸のギルドだけを頼るのでは心許ない。カイザードは浪士部隊を作ることや仕官学校の設立を具申した。
「学校と言えば、富士の学問所をご存じか」
高坂昌信が二年前に三条夫人が開いた学校を教えた。富士学問所は江戸の武田藩別邸に異国の学者や冒険者などを集めて作った。源徳を仲介に朝廷にも認可を得ている。その後は源徳と切れたり教師が居なくなったりと混乱したが、学問は続けている。最近はレミエラの研究も始めたと高坂が教える。
「早くから精霊技術に接した平織源徳藤豊等と比べれば、この分野は数段劣るがな。三条の方様の先見だ。今度の戦では武田軍もレミエラを揃えよう」
「詳しく聞かせてくだされ」
高坂の屋敷で色々と話を聞いたカイザードが資料を手に城に戻ると、百を超える足軽達が死屍累々と倒れている。
「八王子の奇襲か!?」
慌てた黒騎士は真ん中で突っ伏していた虎魔の胸倉を掴んだ。
「イテテ‥‥何をわめいてやがる、ただの訓練だぜ。日頃の憂さ晴らしにな、皆で殴り合いの大喧嘩よ」
実情は若干異なる。訓練がてらの大バトルロイヤルを虎魔が提案したが、足軽達が乗ってこないので、虎魔が近くの足軽達を襲い始めた。
「どうしたどうした、武田の足軽達は腰抜けかぁ!?」
「許せぬ雑言!」
「叩っ殺せ!」
そこは血気盛んの男達である。次々と虎魔に群がる。後は彼の思惑通り。
「死ぬぞ」
「死に損なって主と話している」
身体は動かない。散々に殴られ、二目と見られぬ形相である。
倒れている者の中には息をしていない者もいたが、武田家に身を寄せる僧侶達が可能な限り治療を施した。話を聞いた信玄が、
「次はわしも参加しよう」
「冗談ではございませぬ」
そして話は開戦前夜へ続く