シンプルケース7 逃亡者狩り
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■ショートシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:1〜4lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 20 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月26日〜07月31日
リプレイ公開日:2004年07月30日
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●オープニング
「ふー、疲れた疲れた」
一日の仕事を終えた男達が酒場へ入ってくる。
冒険者の酒場、ではない。
街で働く人々が馴染みにしている一般向けの酒場だ。
冒険者が殊更に彼らから敬遠される事は無いが、やはりアウトサイダーという印象が強いので、こういった酒場へはあまり入らない。双方にとって若干気まずい。
その日はイギリスでは珍しく暑い日だったので、エールが飛びように売れた。
ノルマンから来た商人がワインを注文し、給仕が無いというと怒り出した。イギリスは寒いので葡萄は育たず、ワインは造られていない。貴族なんかが輸入する事はあるが、もっぱら庶民の口には入らないものだ。
どこにでもある酒場の光景。
だが角のテーブルに、冒険者ギルドの仲介人と、彼に呼ばれた冒険者達が座っていた。時折、酒場へ入ってきた者達が一瞥を向けるが、すぐに興味を無くして視線は離れる。
「依頼の話なら、いつもの酒場でいいのに」
冒険者の一人がぼやいた。
「冒険者がいる所では話したくない内容なんだ」
仲介人の言葉に、冒険者達は息を飲んだ。
ここに罪を犯した一人の冒険者がいる。
罪名は傷害。酒癖の悪い人物で、在る時にちょっとした口喧嘩から相手を殴り倒してしまった。相手は職人で一ヶ月の怪我を負い、当然の如く加害者を訴えた。
冒険者はアウトサイダーだが、法の外にある訳ではない。冒険者仲間でも過去に鞭で打たれたり牢屋に入った経験の持主は多い。この時も酒場での事で証言者も多く、罪状も明らかなので街の警備兵は翌朝には容疑者の家に捕まえに行った。
だが、これが逃げられた。
どうやら仲間が手引きし、逃したようだ。
これまでも容疑者は何度か同様の揉め事を起こしていたので、悪くすれば長い牢獄生活や追放も有り得ると恐れたのだろう。
「そこでギルドに依頼だ。依頼主は警備隊、目的は容疑者の捕獲。受けてくれるか?」
仲介人は冒険者達の顔を見渡した。
存外、この手の話は良くある事だった。
ギルドとしても、逃亡した冒険者が盗賊にでも変貌されると困るので(実際にその手のドロップアウトは枚挙に暇が無い)、依頼されれば普通に依頼として受けた。
冒険者ギルドは独自の調査で、逃亡者達が立ち寄りそうな場所を突き止めていた。
容疑者には郊外に暮らす猟師の弟がいるので、おそらくそこを訪れるだろうとの事だ。
先回りして捕まえる必要があった。
●リプレイ本文
●追跡道中
酒場の喧嘩が元で追う者と追われる者。
追手は10人、罪を背負った同胞を捕まえるために街道を下る。
「お酒って身を持ち崩してまで飲みたいもんなんかなー」
馬の背に揺られながら、クィー・メイフィールド(ea0385)は呟いた。
「酒は飲んでも呑まれるな、‥‥そういう事だな」
クィーを後ろに乗せ、手綱を操る永倉平太郎(ea4743)は厳しい表情で言う。
「そもそも酒癖が悪いのなら、お酒飲まなきゃいいのに」
とは並行して歩くカシム・ヴォルフィード(ea0424)。
「そやなー」
馬上でクィーは女顔のウィザードの言葉に相槌を打っているが、心中は同じ名字のエリザベスに複雑な気分だった。奇しくも共にファイター。
「だよね、僕だってお酒弱いから飲まないのに」
酒飲みがいれば異論も聞けたろうが、今回どちらかというとメンバーが堅い。これもギルドの人選か、単なる偶然か。
「‥‥」
その中で、武道家の空魔玲璽(ea0187)は我が身の戒めと思う所が大きかった。殴ってから考えるタチの空魔は、明日は自分の番となっても不思議でない。
(「冒険者っても、悪漢やら泥棒やら色々だからなぁ‥‥こういう依頼は面倒くせぇ」)
「何か言ったか?」
手綱を握るアレス・メルリード(ea0454)が後ろに乗る空魔を振り返った。
「別に。うーん、‥‥馬はいいなぁ」
今回は追跡行というので何人か馬に乗っていた。乗り慣れないので少し腰が痛いが、歩くよりは楽だ。何より普段より一段高い景色が気持ちよい。
「何で俺がこんな事を‥‥だりぃ」
神聖騎士のスタール・シギスマンド(ea0778)も不平不満をこぼしながら、皆から遅れがちな姉のユージ・シギスマンド(ea0765)を己の馬に乗せていた。
しかし、スタールとユージは良いとして戦士や武道家が馬の背に乗って、体力に劣るバード達やカシムが徒歩なのは何故だろう。何かの苛めか?
「バードを迫害すると、あとで汚名が鳴り響くことになるけどね」
チェルシー・カイウェル(ea3590)はボソリと呟いた。
「仲間を脅かすものではないぞ。我が輩の馬に乗れ」
シャルグ・ザーン(ea0827)は愛馬に荷物だけ載せて自分の足で歩いていた。ジャイアントの中でもシャルグは大柄な方で、体重は人間の2倍はある。馬の負担を減らそうというのだろう。
「それならレインさん、乗りなよ」
「いいんですか?」
チェルシーが頷くので、エルフのレイン・シルフィス(ea2182)は躊躇いがちにシャルグの馬に跨った。体力的には彼が一番不安だったから、間違いではない。それ以外でもチェルシーはこの依頼の間、何かとレインを立てていた。
●容疑者捕獲
10人は寸暇を惜しんで街道を進んだ。
彼らは逃亡中のエリザベスが立ち寄るであろうオーソン邸の直前で事を決する腹積もりだった。
「どうだ?」
泥の中に両手をついて、玲璽は地面を睨んでいる。
「‥‥急かすな、ぶん殴るぜ」
オーソンの小屋を前にして、冒険者達が知りたいのは一点。追い越したか越されたか、狩猟の経験がある玲璽が道の足跡を調べている。
「ッ! ‥‥隠れろ」
物音に気づいて小屋から男が出てきた。年恰好から、おそらくオーソン本人だろう。冒険者達は彼とは接触するつもりが無かったので、慌てて姿を隠す。
ヒュンッ。
「‥‥!」
風切音と共に何かがチェルシーの頬を掠めて後ろの樹に当たる。
小屋の中から声がして、弓を構えて薮を睨んでいた男がそれに大きな声で答える。
「心配ない! またゴブリンどもかと思ったが、気のせいだったらしい」
口振りからして、この森にはゴブリンが出るようだ。
冒険者達はエリザベス達が早く来てくれる事を願った。オーガと間違えられて猟師に射殺されては冗談にもならない。
間も無く、森には雨が降り始めた。
「待ち兼ねたぞ」
雨の中、近づく二頭の騎馬の進路を塞ぐように、シャルグと空魔、カシムが姿を現した。
「もう逃げられへんで」
同じくクィーとスタールは騎馬の横手から現れる。反対側からもアレス、そして永倉は騎馬の後方を塞いだ。レイン、ユージ、チェルシーはシャルグ達の後ろだ。
「‥‥」
相手は無言で冒険者達の姿を見つめている。
「お願いです! 大人しく投降して下さい!」
叫んだのはレイン。
本当は不意打ちの予定だった。しかし、説得に望みをかける者の意見を入れて姿を現した。血を流さない事が最良であるのは間違い無いし、この戦力差では投降は十分に有り得る事だ。
「僕達は、貴方達と争いたくない。刑罰は辛いのは分かります。ですが、逃げて許されるのなら法など無意味になるでしょう? お願いです‥‥これ以上罪が重くなる前に!!」
レインは育ちが良いのだろう。その弁舌は甘い。
冒険者達の殺気に反応して怯える馬を、エリザベスは何とか宥めている。
「まっ、そいつの言う通りだ。大人しく出頭しとけば良かったんだ。今からでも遅くはないぜ?」
空魔も投降を促す。
「悪い事は、やっぱり悪いんです。ごめんなさいしないといけないんです!」
とはユージ。思わず脱力する喋り方だが、これでもクレリックである。日頃、どんな風に説法をしているのか気になる所だ。
エリザベスの表情は雨と距離の為に分からないが、逡巡しているように見えた。あと一押しと、説得に後方の永倉も加わる。
「あなたはまだ若い。罪を償ってもまだやり直せる。このまま一生を逃亡者として逃げ続けるのは哀し過ぎる。あなたの仲間を苦しみの日々に巻き込んでしまってはいけない。あなたを慕ってくれる仲間や大切な弟を想うなら罪を償おうではないか」
「‥‥」
「返答が頂けぬなら、剣で話をつける事となるが?」
シャルグはよもや時間稼ぎかと訝って催促する。あまり手間取ると、かけておいた魔法が切れてしまう。そうすれば負けないまでも被害は増える。
「元は酒場の乱闘とはいえ、罪は罪。これ以上仲間や家族に迷惑をかけぬよう潔く降伏いたせ」
それが最後通牒だった。
●捕物始末
「逃げて下さい!」
沈黙を破ったのはエリザベスの仲間の矢村千里。
その言葉と同時に、矢村の後ろに乗るソフィー・ハスローがローブを脱いでシャルグ達に向けて腕を突き出した。
ごぅっ。
高速詠唱による氷の吹雪が冒険者達を襲う。
「奴らは私達が引き付けます」
矢村は刀を抜く。ソフィーの魔法は完全な不意打ちになった。冒険者達はこの時、エリザベスが投降すると半ば確信していた。或いはそれは事実であったかもしれない。但し、事態は違う方向に流れた。
「クソだりぃ‥‥」
ソフィーの腕は90度曲がって、横手のスタールとクィーにも二発目のアイスブリザードが浴びせられる。スタールは凍傷で軽傷を負う。
「させんぞ!」
「待って‥」
エリザベスの馬が戦闘に耐えられなくなって自ら踵を返した。シャルグはチャージをかけるが僅かに届かない。
「永倉っ! 止めろ!」
一人後方の永倉はアイスブリザードを連発するソフィーを止めようとサイレンスの呪文を詠唱していた。駆けてくる騎馬に気づいて呪文を中断し、すり抜けざまに日本刀で馬の胴を薙ぐ。
ギィィィン。
エリザベスの長剣が永倉の刀を弾く。彼女の馬は一刻も早くこの場から逃げ出そうと全速力で駆けていた。旗手は殆ど、振り落とされないようにするのが精一杯の様子だ。
「やられた‥‥」
チェルシーは唇を噛む。冒険者達の馬はここから遠い。ムーンアローを撃った所で、逃げる馬に鞭をくれてやるようなものだ。
「うちの前で、これは何の騒ぎだ!」
騒ぎに気づいたオーソンが弓を持って出てくる。
「つめたぁ‥‥風邪ひくやないか」
クィーは魔法を浴びながら接近し、ソフィーの体にロングソードを叩き込んだ。一撃では死なないと推測しての攻撃だが、魔法使いは倒れて呻き声をあげる。
「これで彼女が逃げられると思っているのか? すぐに追いかける、止めたいなら全力で来い!」
アレスは矢村の前に立った。踏み込みをずらした攻撃が志士の服を切り裂く。
「‥‥行くぞ」
反撃は二段階、下段から一撃を受けてアレスが仰け反った所に変化した刀の峰が足を払った。堪らず転倒するが、その頃には矢村は冒険者に囲まれている。
「ここまでだ」
玲璽の言葉と倒れるソフィーの姿に、矢村は刀を捨てた。
冒険者達は事情をオーソンに説明した後、矢村とソフィーを連行してキャメロットに帰った。
エリザベスの追跡を断念したのにはソフィーの傷が思ったより深いのを心配した事もあるが、これ以上は期間オーバーの懸念があった。追えば捕まえられる可能性もあったが、そのために一週間余計にかかるなら追わない。それが冒険者の依頼だ。
「気に病むな。このような時もある」
シャルグは悔しがる仲間達を慰めた。中年騎士の人生経験には当然、数多の失敗の記憶もある。今回は問答無用で斬り付けるべきだったのか、それとももっと容疑者を調べるべきだったか、或いはオーソンの協力を仰ぐべきだったか‥‥後悔はあっても、どれが正解という事はない。
「次の依頼が待っておる‥‥」