暗雲ルーケイ〜悪代官と空中観戦

■ショートシナリオ


担当:内藤明亜

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 49 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月23日〜11月26日

リプレイ公開日:2007年12月03日

●オープニング

●悪代官四人衆
 フオロ分国の四大王領代官といえば、王領北クイースの代官ラーベ・アドラ、王領南クイースの代官レーゾ・アドラ、王領アーメルの代官ギーズ・ヴァム、王領ラントの代官グーレング・ドルゴの4人。だが、人は彼らをして悪代官四人衆と呼ぶ。
 彼らが嫌われるのも無理はない。この4人が統治する代官領は、かつての大貴族の領地。フオロ分国王を兼ねる先のウィル国王エーガン・フオロは、自らの意のままにならぬフオロの大貴族の身分を片っ端から剥奪しその領地を取り上げたが、身分を失った本来の領主に代わってその領地の統治を任されたのが彼ら四大王領代官なのだ。
 とりわけ悪名高いのが、かつては一つの領地だったクイース領を南北に分割して統治するラーベとレーゾの兄弟である。領民を奴隷のごとくこき使い、富は独り占め。クイース領はフオロで有数の小麦の産地だが、民の困窮もお構いなしに小麦の値段を勝手につり上げてボロ儲け。果てはウィルの隣国ハンの悪徳商人ともつるみ、近隣領が飢饉で飢えている時でさえも、小麦をハンに横流しして大金をせしめる有り様だ。
 王領代官の全てが悪代官だったわけではないが、このレーゾとラーベの兄弟を始め、王領代官には民を搾取して私服を肥やす者が多かった。だから王領代官といえば、ろくでもないヤツの代名詞。しかし、それも冒険者出身の王領代官・新ルーケイ伯が登場するまでの話だ。
 当初、新ルーケイ伯をこれまでの王領代官と同じく、悪王エーガンに媚びへつらうゴロツキと見る者も少なくはなかった。しかし、新ルーケイ伯が成し遂げた数々の快挙により、人が彼を見る目も変わっていった。
 ──そして精霊歴1040年11月。王領ルーケイは最後の戦いの時を迎える。

●兄と妹
 トルクの正騎士エルム・クリークの屋敷は王都ウィルにある。ジーザム王のウィル国王就任後は自然と王都で暮らす時間が増えた。
 公務を終えて返って来たその日。屋敷でくつろいでいると、
「たっだいま〜!」
 玄関口から元気な声が響き、1人の少女がエルムの居室にばたばたと駆け込んで来た。
 少女はエルムの妹、レリーズ・クリークである。ウィルの貴族女学院で勉強中の17歳。とはいえその恰好、とてもおしとやかな女生徒には見えない。肩も露わなビスチェ風の胴着に、太股も露わな半ズボンとロングブーツ。おまけに腰には帯剣。寒さ避けに派手目なマントを羽織っていたり。
 どう見たってこの恰好、冒険者だ。
「遅いじゃないか。こんな遅くまで遊び回って」
「だって久々に取った外泊許可だもの。たっぷり羽根伸ばさなきゃ」
「女学院では元気にやってたか?」
「そりゃもう、毎日がお祭り騒ぎ」
 言って、レリーズはぷふふと笑った。
「お兄様の口調、何だかオヤジっぽく聞こえるよ」
「仕方ないさ。人はいつまでも子どもじゃいられない」
「ねぇ、お兄様」
 レリーズの顔がエルムにぐっと近づく。
「新ルーケイ伯の今度の戦いだけど、私も女学院のお友達を連れて観戦するわよ」
 マジ顔になり、何故か焦るエルム。
「ちょっと待て! 観戦って‥‥」
「王都で遊んでいるうちに王領代官のグーレング・ドルゴ様にばったり出会って、話し込んでいるうちに決まったの。グーレング様の紹介で、エーロン分国王陛下のフロートシップに乗せてもらうことになったのよ」
「よりにもよってあの男か」
 グーレング・ドルゴの噂をエルムは色々と耳にしている。年若い少女に執着する嗜好の持ち主、地球で言うところのロリコンだ。その館は少女の絵や彫刻で埋め尽くされているとか。
「レリーズ、危険だから観戦はやめるんだ」
「いや! もう決めたんだもの。それに将来の結婚相手を決めるいいチャンスだし」
「レリーズ、まさか‥‥」
 あはははは、レリーズは大笑い。
「お兄様ったら、何を誤解してるのよ。グーレング様の所に嫁入りする訳じゃなし。お目当ては観戦に集まって来るいい男よ。ルーケイ最後の派手な戦いなんだし、有名どころだってたくさん来るでしょう?」
「おまえ、何か勘違いしてないか? これはトーナメント(馬上試合)じゃない。れっきとした戦争だ。敵味方に死者だって出るだろう。つまるところは殺し合いだ」
 エルムのお説教口調にレリーズはムッとした顔。
「トーナメントだって死人が出ることもあるじゃないの! それに女の子にとっての毎日は、将来のいい人を捜す真剣勝負の連続なの! 貴族女学院に籠もってばかりじゃ、巡り会える人にも巡り会えなくなるわ! 男には男の戦場があるように、女には女の戦場があるのよ!」
「レリーズ! 世の中を甘く見るな! 観戦には悪代官だって集まって来るんだぞ! 復興の始まったルーケイに食らいついて利益を横取りしようと目を光らせているんだ! そんな危険な観戦におまえを行かせられるか!」
「私は悪代官の毒牙にかかって手籠めにされる程、ヤワじゃないわ! ‥‥どうしたの、お兄様?」
 エルムは脱力してテーブルに突っ伏している。
「‥‥嫁入り前の娘が、『手籠め』なんて言葉をあっけらかんと口にするんじゃない」
「もっと過激な言葉を使わせたい?」
「分かった、もういい!」
 気を取り直し、エルムはむくりと上体を起こした。
「気は進まないが、おまえの身の安全のためだ。私も一緒に観戦しよう」
 その言葉を聞き、レリーズはパチリとウインク。
「ついでに冒険者ギルドにも依頼を出さなきゃね」
 早速、レリーズは冒険者ギルドに出かけた。
「‥‥というわけで、私といたいけなお友達の女生徒たちが、悪代官の毒牙にかかって手籠めにされないよう、護衛してくれる冒険者を募集するわ」
「あの‥‥依頼内容はもっと遠回しな言葉使いで」
「それじゃ、万が一に備えての護衛ということで宜しくね。冒険者は来る者拒まず、真剣勝負でおつき合いしてくれるいい男なら文句なし! でも、遊び目的のナンパ男は張り倒すわよ!」

●王領代官ギーズの憤懣
 所変わって、ここはルーケイの隣領の王領アーメル。王領代官ギーズは不機嫌だった。
「なぜに、この俺に声がかからんのだ!」
 ギーズが怒っているのは、冒険者が根回しを行った立会人の人選に関してだ。騎士道に則った合戦では、信用のおける立会人が戦いの勝敗を公正に見定めるもの。だが、ギーズを立会人に選ばれず、代わりにイムペット艦長ヘイレス卿、ワンド子爵、冒険者ギルド総監カイン、それに騎士学院の面々が選ばれた。
 それがギーズは気に入らない。
「俺をのけ者にしやがって!」
 すると、ギーズの部下がやって来た。
「たった今、エーロン陛下から書状が届きました」
 書状は来る合戦の観戦へギーズを招待するもの。思わずギーズの目頭が熱くなり、書状を握る手に力がこもった。
「陛下だけは俺に目をかけて下さる」
 不機嫌は吹っ飛び、ギーズは部下に命じた。
「観戦には新調の鎧を着ていくぞ! ピカピカに磨いておけ!」

●新たなる戦いの始まり
 四大王領代官の全てに招待状を出し終え、エーロン王はフオロ分国の未来に思いを馳せる。
「ルーケイでの戦いの終わりは、新たなる戦いの始まり。これは次なる敵と冒険者が接するいい機会だ」
 狙いは既に定まっている。ルーケイの次にかかるべきは、フオロ分国を食い荒らす悪代官どもの討伐だ。
 観戦に集う悪代官と立会人のうち、次なる戦いでは誰がフオロ王家と冒険者の敵となり、誰が味方となるか? それはまだ定かではない。

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea5013 ルリ・テランセラ(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea8218 深螺 藤咲(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb4097 時雨 蒼威(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4248 シャリーア・フォルテライズ(24歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4304 アリア・アル・アールヴ(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)

●サポート参加者

李 双槍(eb0895

●リプレイ本文

●乗船
 ここは王都のフロートシップ発着所。冬の朝は冷えるが、観戦に向かうフロートシップの甲板上にはごっついストーブが幾つも置かれ、乗り込んだ観戦者たちが暖を取り合っている。そこへ冒険者達がぞろぞろやって来た。
「待ってたわ。こっちよ」
 依頼人レリーズに案内され、一同は貴族女学院の女生徒達とご対面。
「俺が来たからには安心しな。全員きっちり守ってやるぜ」
 まずオラース・カノーヴァ(ea3486)が砕けた口調で挨拶。すると女生徒の1人が訊ねた。
「もしかして男爵のオラース様?」
「ああ。それがどうかしたか?」
 女生徒達がさざめく。
「かっこいい!」
「マリーネ姫を守った勇者よ!」
 以前の依頼での活躍ぶりが知れ渡っているようで。
「見て見て! 男爵様がもう1人よ!」
「まあ、ステキなお方」
 着飾った礼服姿の時雨蒼威(eb4097)に気づき、またも女生徒がさざめく。実は男爵はもう1人、ベアルファレス・ジスハート(eb4242)がいるのだが、その鉄仮面ゆえか女生徒達は声をかけ難いようだ。
 しかし蒼威は女生徒に、さほど関心は無かった。
「グーレング殿はどちらに?」
「席はあそこよ」
 レリーズがずいぶんと離れた場所を指さした。
 グーレングとレリーズ達の席はうんと離され、逆にエーロン王にマリーネ姫の席はすぐ近く。これはエーロン王とコネのあるアリア・アル・アールヴ(eb4304)の計らいによる。これで悪代官の悪巧みもやり難くなろう。
 すると、グーレングの方からこちらにやって来た。
「まったく! 気の利かぬヤツのせいでこの有り様だ!」
 その場にいたエルムが真っ先に挨拶。
「妹が面倒をおかけしました」
「いや、気にするな」
 と、尊大に答えるグーレングに蒼威が告げた。
「魔物の事もあります。護衛の多い陛下の側に居るのはむしろ都合が良いかと」
「まあ、それもそうだが‥‥」
 蒼威がエルムに目配せし、エルムが言った。
「では妹と共にエーロン陛下そして立会人の方々に挨拶を」
「何? 陛下はもう来られたのか?」
「ええ。気の早いお方ですので」
 グーレングがその場を離れるや、冒険者達が女生徒達の周りをがっちり固める。これで切り離しは成功。
「あら? 誰か探しているの?」
 辺りを見回し人を捜していた深螺藤咲(ea8218)は、レリーズに訊ねられる。
「もしやプリシラ姫様が来られているかと思い‥‥」
「プリシラ姫って、ショアの?」
 今回の依頼、流石にショア領とは縁がない。

●船は西へ
 先王の寵姫マリーネ姫は、愛児オスカーを連れて一番最後にやって来た。待っていたエーロン王が小言を言う。
「遅いぞ。皆を待たせるな」
「申し訳ありません」
 恥じらいに顔を赤らめ姫は詫びるが、
「アリア、例の計測実験をやる。一緒に来い」
 エーロン王はアリアを連れてすぐにその場を離れた。姫は暫く表情を強張らせていたが、出迎えの冒険者の中に見知った者達の姿を見つけて笑顔になる。
「ルリ! 来てくれたのね! それにオラースも!」
 オラースは堂々と姫に歩み寄り、恭しく一礼。続くルリ・テランセラ(ea5013)は気後れしたような面もち。
「今日は護衛の依頼で来たの。‥‥でも、マリーネお姉ちゃんに会えて嬉しい‥‥あ、でも、お姉ちゃんって言ったら失礼かな?」
「貴方は特別、お姉ちゃんでいいわよ」
 姫の方が年上だが、細かいことは気にするまい。で、ルリは姫の隣、乳母に抱かれたオスカーの小さな姿に見入っている。
「赤ちゃん可愛いし、いいなぁ。るりも結婚したらコウノトリさん来てくれるのかな‥‥?」
 それを聞いてレリーズが言う。
「結婚するならがんばって、いい人見つけなきゃ!」
 出発の時が来た。船はふわりと空に浮かび、風を切って西に進む。
「カイン、ここは冷えるな」
「だからって、人前であまり密着しないで下さい」
 寒い甲板でエルムとカインが囁き合っていると、シャリーア・フォルテライズ(eb4248)がウォッカを持ってやって来た。
「これは天界の酒です。飲めば体が温まります」
「いや、遠慮しておきます。立会人が酔っぱらっては仕事になりません」
 と、カイン。
「私も、今はやめておこう」
 と、エルム。それではとシャリーアは引き下がり、代わりに王領代官達の席で酌をして回る。
「ゆくゆくはこのような品をルーケイでも生産したいと思っております」
 早くも代官ラーベが反応した。
「耳寄りな話に感謝する。では、美酒のお返しに私からも」
 ラーベが差し出した酒は上物のワイン。
「先王陛下の御用達、我が王領産のワインだ」
 飲んでみると実に美味かった。
 ウォッカの瓶も空になると、シャリーアは姫とレリーズの所に戻り、女性陣に地球産の菓子をふるまいつつ話し相手を勤める。
「私は学生時代おちこぼれで、今もおそらくウィルでゴーレムを最も壊した鎧騎士だろう‥‥」
「えー!? 嘘でしょ!」
「いや、恥ずかしながら‥‥だが、頑張ってナンとか与力男爵をやっています」
 話していると、嫌なヤツがのこのこやって来た。代官レーゾだ。好男子の兄ラーベと対照的に、レーゾは禿頭の貧相な男である。
「姫と同船致したる事、光栄の極め。そして女学院のご令嬢達にも‥‥」
 女生徒達に言い寄ろうとするや、オラースが丁寧口調で邪魔をした。
「気安く近寄らないでいただけますか? 他人の交際相手に」
 レーゾはムキになって言い返す。
「たかが男爵ふぜいが何を言うか!?」
「そんな大声を出されると、皆が怖がってしまいます」
 女生徒達は皆、オラースの後ろに下がっている。
「いい気になるなよ冒険者上がりめ!」
 すると、姫がぴしゃりと言った。
「貴方のせいで楽しい雰囲気が台無しです。レーゾ、自分の席にお戻りなさい」
 レーゾは顔色を変え、姫に一礼するとすごすごと去って行った。
「困ったものだわ‥‥」
 姫はため息一つつき、
「陛下はまだお忙しいの?」
 見ればエーロン王はアリアともども、冷たい風をもろに受ける甲板の最先端で自分の仕事をしている。道具を使って風速を計測中のようだが、それはカモムフラージュ。余人に声の届かぬ場所で、2人は密談の最中だった。
「問題なのは火の起こし方ではなく鎮め方でありましょうな。クレアなりカオス勢力なりが暗躍するのであれば、フオロ分国内のいざこざの炎に必要以上の油を注いで回りましょう」
 悪代官を単に罰すれば良いのではない。ただでさえ国の礎がぐらついているフオロ分国。下手を打てば悪代官と不平貴族が連合し、フオロ王家に反旗を翻しかねない。
「その見立ては良し。で、策は考えたか?」
 アリアの言葉を聞き、王が訊ねる。
「例えばギーズ殿なら代官ではなく軍務の名誉職につけ、二階に上げて階段を外すような人事を。また不和の噂されるアドラ家の代官兄弟は、片方の代官と取引してもう片方の代官の不始末を問う形でけりをつける手段があります。むしろ下手に出て仲を取り持てるグーレング殿が厄介かと」
「ギーズとグーレングはそれなりに役に立つ。レーゾとアドラの兄弟には一層の警戒が必要だが、代わりを果たせる人物はそうそう転がってはいない。新ルーケイ伯も今は自領の立て直しで忙しかろう」
 と、王は言った。かの四大王領代官は現状、それ相応の領地経営で王家に実利をもたらす存在でもある。
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず──これは天界の名軍師の言葉だが」
 天界知識の吸収に旺盛な王は孫子の言葉を引き合いに出し、先を続ける。
「今は悪代官どもに足をすくわれぬよう、王家の守りを固めるべき時。王家の礎が今だ盤石ならざれば、戦いに打って出ることは叶わぬ。特にマリーネ」
 エーロン王は離れた場所のマリーネ姫を見やって言う。
「銀の鎖の首飾りを左右から強く引っ張れば、最も輪の弱きところから千切れる。マリーネはフオロ王家という首飾りの最も弱き輪だ。あれにはもっと強くなってもらわねばな」

●歓談の時
 戦場までの短い道中、マリーネ姫や女生徒達のお喋りのタネは尽きることが無い。
「ちょっとー! 女生徒達にそんな事まで訊ねてどうすんのよ!」
 オラースの質問攻めに呆れ、レリーズが突っ込む。
「お互いの理解を深めるためだ、悪ぃか?」
 質問攻めはオラースにとって、女生徒同士の人間関係を把握するためでもある。
「もう! このスケベオヤジ!」
「‥‥しゃーねぇ。んじゃ、ギーズの所に行ってくるぜ」
 すたすたとその場を離れるオラース。
「あ‥‥本当に行っちゃった」
 とか言いながら、女生徒達は代官ギーズと話を始めたオラースを興味津々で観察。場の雰囲気が和やかなのには、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)が奏でるリュートの音色も一役買っている。彼はお気に入りのバードだから、マリーネ姫もすっかり上機嫌。
「ああ! ケンイチのリュートを聴くと、何だか生まれ変わったような気持ちになるわ!
 冒険者としての実績もさることながら、ケンイチの楽器演奏の腕前は今や国で5本の指に入ると噂される程。レリーズや女生徒達も、たちまちそのメロディーの虜に。
「まるでシーハリオンの高みから聞こえてくるみたい!」
「ほんと! 雲の上にまで上ってしまいそうよ!」
 数々の賞賛の言葉にケンイチは一礼し、次なる曲を奏で始める。
「この音色に素晴らしさに空飛ぶ竜が聞き惚れて、舞い降りて来てもおかしくないわ」
 それは聞き惚れた姫が口にした言葉だが、実際にケンイチは魔獣の森でリュートを奏で、シャドウドラゴンを招き寄せたことがある。その時にはルリも一緒にいた。
「あの時の黒竜さんも来てくれたら嬉しいけど‥‥」
 そんなルリの呟きを聞いてレリーズが笑う。
「ドラゴンが舞い降りて来たら、戦争どころじゃなくなっちゃうかもね」
 こうして和気あいあいで過ごしていると、まるで観戦ではなくピクニックに来たみたい。
「あら!?」
 さざめき合っていた女生徒達が一斉に押し黙る。
 ルリが甲板の手摺りから身を乗り出し、歌を歌い始めたのだ。その歌声はあまりにも澄み切って清らかで、そして物悲しい。歌詞のない哀歌だ。歌い終わるとレリーズが訊ねた。
「どうして、そんなに悲しい歌を?」
「アレクシアス様達と兵士さん達が命かけて戦うっていうのに‥‥国と家族‥‥そして未来に希望持って戦っている人達に失礼だと思いませんか‥‥? せめて‥‥見守って無事に帰ってくることを願う事はダメですか‥‥?」
「‥‥そうね」
 レリーズは真剣な表情になり、両手を胸の前に組んで言葉を唱えた。
「戦場で戦う者達に、竜と精霊のご加護を」
 他の女生徒もそれに倣う。
 ふと、ルリは物陰に立つ人の姿に気づく。
「スレナスさん‥‥」
 ルリの護り人は、密かに彼女を見守っていたらしい。
 一方、ギーズと話を始めたオラースは、妙にギーズと意気投合。
「冒険者なら気軽に話が出来るからいいぜ」
 話してみると、ギーズは領地経営で色々苦労しているようで。
「そろそろ観戦が始まります」
 シャリーアがやって来て告げ、さらにギーズに耳打ち。
「ギーズ殿の立会い人に関しては、伯に共感し過ぎて情に流される事を危ぶまれたのかと‥‥」
 ギーズは大声で笑った。
「わっはっは! ならばそういう事にしてやろう! これで恨みっこ無しだ!」

●観戦
 眼下の戦場には両陣営が勢揃い。
「東軍は現ルーケイ伯と冒険者、さらに旧ルーケイ伯の遺児マーレンとその兵200名。対する西軍は旧ルーケイ伯の遺臣50名。互いに身内を斬る戦いでしょうね」
 と、蒼威は女生徒達に戦いの経緯を解説。
「既に降伏の道は無く、遺臣達は遺児マーレン殿や旧ルーケイ伯への忠誠のため皆散る覚悟かと」
「それじゃ、全滅を覚悟で?」
「ええ。全て死にますよ、恐らくは。試合じゃないんですから」
 色を失う女生徒達に、蒼威はダメ押しの一言。
「戦争とは苛酷なもの。何か楽しい事でも期待していたのですか?」
 マリーネ姫も今は張りつめた表情で戦場を見つめ、ベアルファレスの言葉を聞く。
「負け戦だとしても民と誇りの為に戦う。これが騎士道というもの。勝敗だけが全てでは無いという事です」
 姫は頷き、竜と精霊に戦う者達の加護を祈った。
 そして戦いの時が到来。戦いは女学生達の想像を超えていた。
「見て! 霧の魔法が!」
「ああ! バガンが飛ばされる!」
 魔法で霧の砦を現出させ、魔法でゴーレムを吹き飛ばす遺臣軍。思わず目をつぶり目を伏せる女生徒達。しかし冒険者は全てを見届ける覚悟。藤咲もその一人だ。悲しい戦いだが、遺臣軍には誇りと未来への意思を、そして全力で見ている者に全ての思いを伝えようとする志を感じるが故に。その思いを受け取り、共に未来へ歩む為に力を尽さねば。
 やがて戦いは終わった。激しい戦いは新ルーケイ伯の勝利に終わった。
「全て、見届けました」
 毅然として言葉を発するマリーネ姫。再びルリが歌い始める。それは戦いで命を落とした者達への鎮魂歌。だが‥‥。
「ギェー! ギェー!」
 不吉な鳴き声が歌声を遮る。見れば、船の高所に一羽のカラスが。
「気をつけろ! あれは魔物だ!」
 指輪『石の中の蝶』によりシャリーアが正体を見破る。途端、カラスは羽根を持つ醜い子鬼に変じ、嘲り笑った。
「ウィルは滅ぶ! フオロも滅ぶ! 滅びをもたらすのはマリーネ姫、おまえだ!」
「魔物め! 妄言を!」
 ベアルファレスとシャリーアがスリングで攻撃。魔物は傷ついたが致命傷には至らない。
「その目で滅びを見定めるがいい!」
 捨て台詞を吐き、船から飛び去る魔物。
「逃がしはしません!」
 藤咲がファイヤーバードの呪文を唱え、炎の鳥と化して体当たりの連続攻撃。
「ギャアアアーッ!!」
 魔物は断末魔を上げ、消滅した。

●観戦の終わりに
「新ルーケイ伯がルーケイ平定の偉業を成し得たのも、ルーケイの民との協力が不可欠でありました。新ルーケイ伯と民との在り方は、領主として一つの理想の形であるといえるでしょう」
 得意の演説で観戦を締めくくり、ベアルファレスは与力男爵の爵位返上をエーロン王に願う。だが、王は答えた。
「今後も国政に関わるつもりなら、とりあえず爵位は持っておけ。あれば何かと役に立つ」
 ついでにベアルファレスは観戦に同席した親衛隊隊員カリーナとルージェに、増員の話を持ち寄った。
「募集するのは後2名、魔法に長けた者と治療関係に長けた女性を希望する。戦力面は貴公らで充分だが、サポート面で心許ないといった所なのでな」
 人材獲得に力を尽くすと2人は答えたが、実現まで先はまだ長かろう。
 観戦での出会いを記念に、シャリーアは色々な贈り物をした。エルムには栄養ドリンク剤、レリーズにはキューピッド・タリスマン、マリーネ姫親衛隊のカリーナとルージェにはシルバーナイフ。皆は笑顔でプレゼントを受け取ったが、エルムの笑顔だけはなぜか引きつっていたようなのは、なぜだろう?
 そして藤咲はプリシラ姫宛に、観戦の模様を書き綴った長い手紙を送った。