精霊歴1041年の新年祝い〜姫の巻

■ショートシナリオ


担当:内藤明亜

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月31日〜01月03日

リプレイ公開日:2008年01月09日

●オープニング

●姫の1年
 もうすぐ新年がやって来る。さようなら精霊歴1040年、早く来い来い精霊歴1041年。
「今年は色々なことがあったけれど‥‥」
 お屋敷のバルコニーに立ち、夕暮れ空を見上げながらマリーネ・アネット姫は思いを馳せる。
 先のウィル国王にしてフオロ分国王エーガン・フオロの寵姫である姫は、今年の1月に難産と暴徒の襲撃という試練を乗り越えて、エーガンの御子を出産。御子はオスカー・ルーネス・アネットと名付けられた。ちなみにオスカーの名は冒険者出身の新ルーケイ伯が贈った名。ルーネスは出産の折りに姫が垣間見た、聖竜ルナードラゴンにちなんで姫が贈った名である。
 2月になり、王都の城は新ウィル国王ジーザム・トルクに引き渡されることになった。それに伴い、姫はそれまで慣れ親しんだフオロ城を離れ、貴族街にあるロイ子爵の屋敷に仮住まいの身となった。というのも、本来の住居となるアネット家のお屋敷が長いこと無人のままで放置され、大がかりな手入れが必要だったからである。折りしも、過激な思想にかぶれた地球人の娘が貧民を率いてお屋敷を占拠するという事件が発生したが、冒険者の活躍で事件は無事に解決した。
 3月になると、王都にて人間界の事情を学ぶ竜族ナーガの特使3人が、シーハリオンの麓からやって来た2匹のドラゴンパピィを連れて姫を訪ねて来た。あれは姫にとっても、今年のうちで最も楽しい思い出の一つ。
 4月になってアネット邸の改築も終わり、姫は今のお屋敷に引っ越した。姫を憎む連中がお屋敷の門の前にゴミをぶちまける騒ぎもあったが、冒険者の計らいでルージェ・ルアンにカリーナ・グレイスという頼もしい2人の女性がマリーネ姫親衛隊に加わった。そう言えば姫はあの頃、地方貴族の娘に変装して王都のあちこちを見て回ったりもした。姫にとってはちょっとした冒険だったけれど、付き合ってくれた冒険者達が色々と気を利かせてくれて、この冒険は姫にとっていい勉強になった。
 5月は新ウィル国王ジーザム・トルクの戴冠式。隣国ハンからもミレム=ヘイット王女を代表とする使節団がやって来て、ウィルの新国王を祝福した。祝賀行事も盛りだくさんで、フオロ城からトルク城へと名を変えた王都の城の大広間では盛大な舞踏会。マリーネ姫も久々に訪ねた城で、ミレム姫と楽しく語り合ったものだ。これも、今年のうちで最も楽しい思い出の一つ。
 6月から7月にかけては戦争の季節。猛威を振るう大盗賊団『毒蛇団』を攻め滅ぼすための大きな戦いが行われ、毒蛇団は壊滅した。姫もフロートシップに乗って観戦に与ったが、毒蛇団の首領はカオスの魔物。魔物は姫の座乗艦も進入し、姫も危ないところだったが、冒険者の活躍で魔物は討ち滅ぼされた。
 9月になり、姫はあのナーガの特使達やドラゴンパピィ達と再会した。場所はトルク城。その日はナーガの特使達がドラゴンパピィと共に、ウィル国王ジーザムへの拝謁を果たした日だったのだ。その日の祝宴で姫は特使達と一緒にダンスを踊ったが、これもまた今年のうちで最も楽しい思い出の一つ。
 10月になって、姫は信頼する冒険者から処断を求められた。夏に行われた合戦の折り、悪人にそそのかされて姫の命を狙った少年に対しての処断である。
「私の命を狙う者はすぐに処刑なさい!」
 思わずそんな言葉が口から出たが、その後で姫は考え直して付け加える。
「でも‥‥犯人はまだ少年。罪を悔い改め、もう二度と命を狙わないと誓うなら減刑を」
 さらに11月。冒険者出身の新ルーケイ伯が長らく携わってきた、王領ルーケイ平定戦を締めくくる最後の戦いが行われた。戦いは新ルーケイ伯の勝利に終わったが、姫が乗船した観戦のフロートシップで嫌な事件が起きた。
 カオスの魔物が船に侵入したのだ。
「ウィルは滅ぶ! フオロも滅ぶ! 滅びをもたらすのはマリーネ姫、おまえだ!」
 そう叫んで船から逃げ出した魔物は冒険者に討ち取られたが、魔物の言葉は忘れようにも忘れられない。
 そして、気がつけばもう12月。
「姫、ここは寒くなってきました。そろそろ部屋にお戻りを」
 ずっと物思いに耽っていた姫は、常に側に付き従う親衛隊員カリーナ・グレイスの言葉で我に返る。さっきまでの夕焼け空は、夜の闇の色に染まりつつあった。
「ああ、すっかり寒くなってしまったわ」
 物思いに耽っていたら、こんなに時間が経ってしまった。バルコニーから部屋に戻ろうとした姫は、ふと足を止めてカリーナに訊ねる。
「ねえカリーナ、訊いてもいい?」
「あの魔物の言葉のことですか?」
 図星だった。
「訊ねる前から、どうして分かったの?」
「私への質問はこれで4度目です。これまでの質問は3回とも、魔物の言葉についての質問でした。訊ねる時間も決まって、今のような夕暮れの頃合いです」
 カリーナの言う通り。姫はカリーナに同じ質問を繰り返して来た。
 カリーナも答える。これまで姫に繰り返して来た同じ答えを。
「私の答は変わりません。魔物の言葉など信ずるに足らず」
「でも‥‥その答では納得いかないの。魔物があんな事を言ったのには‥‥何か理由があるような気がして‥‥。ねえ、もしも魔物の言葉が本当だとしたら‥‥」
「魔物の言葉が本当か嘘か、それは自分の人生を最後まで生き抜いてみれば分かることです。そして姫、このカリーナは人としての貴女の歩みを、常に見届ける所存」
 その言葉に安心したのだろう。姫の顔から不安の色は消え、代わりに微笑みが浮かんだ。
「そうね。魔物の言葉に惑わされることなんかないわ」
 部屋の方からオスカーの笑い声がする。もうすぐ満1歳になるオスカーだが、今日は随分と機嫌がよさそうだ。
「オスカー、オスカー、今そっちに行くわよ」
 愛する我が子の名を呼びながら、姫は寒いバルコニーから暖かい部屋へ駆け込んだ。

●姫の視察と新年会
 次の日。先王エーガンからフオロ分国の王位を引き継いだエーロン王が、マリーネ姫に命じた。
「城でジーザム陛下に新年の挨拶を済ませたら、おまえは冒険者と共にフオロ分国内の視察を行え。3日の間に行える範囲でいい。最後の日に俺はおまえの報告を受けるとしよう」
 さあ、どうしよう? 姫は考える。視察する場所は冒険者に訊いてみるのが一番よさそうだ。
 勿論、マリーネ姫という王族が視察に来るのだから、迎える側の準備も大変だ。姫をただで帰す訳にはいかないから、土地の領主は新年会という祝賀の場を設けて、姫を歓待することになる。豊かな土地の領主ならいいが、貧しい土地の領主は歓待の準備で少なからぬ負担を強いられることになる。冒険者が資金や物資を提供するなどして歓待の手助けをしてやるのもいいが、領主の面目を潰さぬよう、そこは十分な配慮が必要だ。
 そうそう。視察は王都のみで済ませ、その代わり王都のあちこちをじっくりと見て回り、新年会はエーロン王の館で行うという手もある。これなら地方の領主に余計な負担をかけることはない。

●今回の参加者

 ea1643 セシリア・カータ(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3727 セデュース・セディメント(47歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea5013 ルリ・テランセラ(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4304 アリア・アル・アールヴ(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb7689 リュドミラ・エルフェンバイン(35歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

●視察日程
 色々あって視察の日程が1日早まった。
 今日は精霊歴1040年の大晦日。さて、どこへ行こう?
「基本は王都周辺の視察のみにしたい。それ以外に特に行きたい場所があるか? 会いたい人物があるか?」
 ベアルファレス・ジスハート(eb4242)は仲間の冒険者に意見を求める。
「個人的には貴族女学院がよろしいかと。以前、依頼で臨時教師をしたこともありますし」
 これはセシリア・カータ(ea1643)の希望。
「個人的にはしふ学校などもお目にかけたいところじゃが」
 これはユラヴィカ・クドゥス(ea1704)の希望。
「エーロン陛下お墨付き『エーロンお掃除隊』の年末年始活動を視察されては? 私自身、サヨリーナさんと近所ということもありますが」
 これはシャルロット・プラン(eb4219)の希望。
「サヨリーナ、あのお騒がせ地球人か。今も冒険者街のグラシュテ通りに住んでいるのか?」
 と、ベアルファレスが問う。
「ええ。時々、私に挨拶を‥‥」
 続く仲間は、特に希望なしと意志表明。最後に残ったのはルリ・テランセラ(ea5013)。
「ルリ、何か希望は?」
「その‥‥マリーネお姉ちゃんと一緒に、いろいろみられたらいいなって」
「‥‥分かった。なるべく希望に沿うようにする」
 続いてベルファレスは、マリーネ姫の希望を伺う。
「今回のご視察、特に民と接する機会を増やすのが望ましいかと。さすれば姫に対する民衆の好感度も上がりましょう」
「そうね‥‥」
 しばらく考え、マリーネは答えた。
「いつかお忍びで訪れた下町の酒場、『妖精の台所』がいいわ。もちろん、オスカーも一緒よ」
 こうして全員の希望が取り入れられ、視察のスケジュールは次のように決定した。

 1日目(大晦日):『エーロンお掃除隊』『しふ学校』『妖精の台所』の視察。
 2日目(元日):ジーザム陛下に新年の挨拶の後、『学園祭』の視察。
 3日目:『エーロンお掃除隊』の視察の後、エーロン陛下への報告会。

●大晦日の視察
 そして視察の1日目。準備が慌ただしく進む中、シャルロットは『スィーツ・iランドinウィル店』に足を運ぶ。開店していれば視察先に加えようと思ったのだが、生憎と店の玄関口にこんな木札がぶら下がっていた。

『年末年始は本店閉店。代わりに学園祭へ出張します』

 ついでにサヨリーナの住処にも行ってみると、そちらにはこんな木札が。

『王領代官グーレング・ドルゴ様の所で修行してきます。探さないで下さい』

「はぁ?」
 グーレングといえばロリコン疑惑で悪名を馳せた(?)男。一体、何があったのだろう?
 急ぎシャルロットはマリーネ姫の元へ引き返し、そして視察が始まる。最初は王都にて、エーロンお掃除隊の奉仕活動の視察。
「年末も、我々は王国への義務を果たすのだ!」
「おいっちに! おいっちに!」
 お掃除隊はエーロン王のお声掛かりで結成されたご奉仕集団。掛け声も勇ましく王都を闊歩し、町の隅から隅まで掃除して歩く。いやそれだけではない。
「清掃活動だけでなく日々地道な奉仕活動も続けているようです。例えば、火事や魔物への注意を促したり‥‥」
 シャルロットが姫に説明するそばから、お掃除隊所属の見回り係が通りかかった。
「火の用心!」
 カンカン。
「魔物用心!」
 カンカン。
 ‥‥おい君はどこの出身だ?
「いや、何でも天界知識の吸収に熱心なエーロン陛下が、さる天界人の話にヒントを得て実施している見回り作業だとか。拍子木を鳴らすのは天界の伝統だそうで」
 姫の姿を見るや、お掃除隊は作業を中断。
「マリーネ姫殿下に、敬礼っ!」
 と、直立不動でサッと見事な敬礼。
 マリーネ姫とお掃除隊の間には、過去に色々あったけれど、この一年で彼らも色々と学んだようだ。公衆の面前で姫に無礼を働く者など一人もいない。
「ご苦労様」
 マリーネ姫も笑顔で手を振る。そしてシャルロットはお掃除隊のリーダーに、そっと菓子折を手渡す。
「これは姫からの差し入れです」
「有り難き幸せ」
 小さなことでも交流の切っ掛けを作っておけば、後の助けとなるものだ。

●しふ学校
 ここはウィルの下町、とちのき通り。
「た、助けてくれぇーっ!!」
 人混みをかき分けて逃げて行くのはケチな盗人。
「うわっ!」
 いきなり足が動かなくなる。足元の影から引き剥がせない。その頭上から容赦なく降り注ぐのはサンレーザーの光。
「ひええええ!」
 頭を抱えて蹲ると、目の前に警備兵が立っていた。
「さあ、詰め所まで来てもらおう」
 しょっ引かれる盗人を背後から見やるのは、シフールのディアッカ・ディアボロス(ea5597)とユラヴィカ。そして、とちのき通りの顔役であるゴドフリーの旦那。
「いや、ご苦労」
 と、ゴドフリーはお手柄を立てた2人を労う。
「これで怪しい連中も、しばらくは通りに近づかんだろう」
 姫の視察に備え、通りを空から偵察していた最中の出来事だった。魔法で撃退した不審者はこれで5人目。
「それにしても‥‥」
 と、ユラヴィカは通りを見回して言う。
「去年の夏に卒業式があったのに、通りで暮らすシフール達の数があまり代わりませんね。いや、かえって増えているような‥‥」
「ああ。あれからシフール流民が幾度となく流れ込んでな」
 と、ゴドフリー。新参者の面倒を見ているのは、かつてシフール冒険者達が関わったしふ学校の卒業生だったりする。
 すると1人のシフールが、ほとほと参った様子で飛んできた。
「兄貴ぃ〜! 何とかしてよ〜! あのおっさんの身体検査が厳しすぎだよ〜!」
 シフール達の身体検査を担当しているのは、マリーネ姫お付きの衛士長。視察に備えて警戒厳重なのは冒険者達も同じだが、この衛士長はことに熱心な警戒ぶりだ。
「この中に姫様を狙う刺客やカオスの魔物が混じっていたら、取り返しがつかぬからな」
「じゃが、尻尾の有る無しまでその目で確かめるのは、ちと遣りすぎかとも思うが‥‥」
 ユラヴィカが言うと、衛士長はムキになって言葉を返す。
「嫌な奴は視察の間、通りから出ていけばいいのだ!」
 ちなみに普通のシフールに尻尾は無い。カオスの魔物である黒いシフールだけが、尖った尻尾を持つのだ。
 やがて、姫様ご一行がご到着。
「マリーネ姫様、とちのき通りにようこそ!」
 大勢で出迎えたシフールの姿に、マリーネ姫の顔がぱっと綻ぶ。
「まあ‥‥!」
 ゴドフリーはじめ通りの住人達もにこにこ顔で姫を出迎え、とちのき通りはお茶会の場に早変わり。お茶と焼きたてのパンとお菓子が出されたが、それらは通りの人々とシフール達が一緒になって作ったもの。
 通りに出されたテーブルに着くと、姫は右隣の席に乳母とオスカーを、左隣の席にルリを座らせた。とちのき通りの皆はオスカーのことは知っていても、ルリのことはまるで知らない。
「こちらのお方は?」
「天界の伯爵令嬢、瑠璃姫よ。でも、今日は堅苦しい挨拶は抜きにして、楽しく過ごしましょう。大晦日なのだし‥‥」
 早速、シフールが2人、3人とルリのすぐ側に寄ってきた。
「ねえ、お話しよっ」
 そしてルリの連れて来たペットのエレメンタラーフェアリーとケット・シーを見て、
「あれ? こんな所に精霊がいるよ!」
 と、驚いた顔になる。
 姫はお茶を楽しみながら、暫くシフール達と語り合ったが、
「ところで、どうしてみんなはこの通りに住んでいるの?」
 ふと尋ねるとシフール達は顔を曇らせ、口々に答える。
「実は、住処の森が枯れ果てて‥‥」
「私の森には魔物が住み着いて‥‥」
「俺の森は悪代官に焼かれちまった‥‥」
 姫も悲しそうな顔になり、傍らに控えるリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)に頼んだ。
「シフール達の言葉をしっかり書き留めておいて」
「心得まして」
 リュドミラは護衛兼記録係として姫に同行している。お陰でシフールの言葉を記録として残すことが出来た。

●姫の誓い
 続いての視察先は下町の酒場『妖精の台所』。ここでは酒場の人気者であるセデュース・セディメント(ea3727)が一足先にやって来て、色々とお膳立て。
「この店に姫様をお迎えするなんて、とんでもなく名誉なことだよ。でも万が一、姫様の前で不始末をしでかしたら‥‥」
 心配する女将をセデュースを励ます。
「ご心配なく。後のことは、このわたくしめにお任せを」
 やがてマリーネ姫ご一行が到着すると、セデュースは芝居っ気たっぷりに姫を出迎えた。
「これはこれはマリーネ姫。庶民の心の拠り所、『妖精の台所』にようこそおいで下さいました」
 その姿を見て姫はくすっと笑い、
「ここは前にも‥‥」
 来たことがあると言いかけて、以前はお忍びで来たことを思い出し、慌てて言い直した。
「前にも噂を聞いています。とっても楽しい酒場だと」
「いかにもその通りで。ささ、中へ」
 姫が中に入るとまずは歓迎の一曲、そして女将や酒場の客達を紹介し、さらにもう一曲。場が盛り上がってきたのを見計らい、セデュースは真剣な面もちで皆に語り始めた。
「既にお聞き及びの方も多いとは存じますが、先のルーケイでの戦いにおいて魔物騒動がございました。姫様の座乗艦たるフロートシップの上での出来事でした」
 例の事件は庶民の間でも色々と噂になっていたのだ。それを知ったセデュースは、事の顛末を包み隠さず自らの口で語り聞かせることにしたのだ。それも、ルーケイの戦いを讃える詩の形で。勇敢なる新ルーケイ伯とマーレンを讃え、遺臣軍を讃え、冒険者を讃え、だけど卑劣なる魔物はこき下ろし、そして次の言葉で詩を締めくくる。
「ウィルは栄える! フオロも栄える! 繁栄をもたらすのはマリーネ姫、貴女です!」
 その言葉で詩を締めくくると、セデュースは姫の顔を覗き込む。
「如何なされました、姫? お顔色がすぐれませぬが?」
「だって‥‥この私に‥‥できるのかしら?」
 するとセデュース、大げさな身振りで嘆く素振り。
「嗚呼‥‥姫様は魔物のいうことはお信じになっても、この誠実な詩人の申すことを信じては下さらぬとは!!」
 その言葉に周りの者達がどっと沸き立つ。
「姫様、もっと自信を持って!」
「マリーネ姫様、竜と精霊が導いてくださいます!」
 人々から暖かい言葉を投げかけられ、マリーネ姫も自信が湧いてきたようだ。
「そうね。‥‥繁栄をもたらすのは、この私です」
 人々の盛大な喝采が湧き起こる。そして、『マリーネ姫様、万歳!』の連呼。するとセデュースは手を上げて人々を鎮め、真剣な表情になって姫に告げる。
「あの魔物めの言葉は、単なる負け惜しみ。対して、わたくしめの言葉は、ここにいる我々の『決意』でございます」
 そして幾分、表情を和らげて言葉を続けた。
「もっとも、耳に心地よい味方の言葉だけしかお聞きにならぬようになったら、それこそ大問題というものではありますが」
「いいえ、決してそうはなりません。私は耳に心地よい言葉も、耳に痛い言葉も共に聞き入れましょう。そのことを竜と精霊にかけて誓います。そしてここにいる皆は、私が誓った言葉の証人に」
 マリーネ姫も真剣に言葉を返す。再び盛大な喝采が姫とセデュースを包んだ。
 そして姫の誓いの言葉は、リュドミラによって記録に残された。

●大晦日の夜
 大晦日の夜。視察から自分の館に戻った姫は、気心の知れた冒険者達と共にくつろいだ。やはり例の魔物の事件を気にかる冒険者は多く、色々な助言が為された。ベアルファレスにリュドミラにシャルロットにアリア・アル・アールヴ(eb4304)、その数々の助言の言葉を聞いて、姫は言った。
「ずいぶんと色々な考え方があるのね。でも、これで魔物の言葉など気にする必要はなくなったわ」
 助言が一段落した後は、ルリが姫に過去の冒険の話を聞かせる。魔獣の森で出合った黒いドラゴンの話だ。姫はルリの話に夢中になり、晩餐の後もずっとルリの話を聞いていた。その話が終わると姫はセシリアにも話をせがみ、貴族女学院での冒険の話を夜遅くまで話を楽しんだ。
 姫が床に就くと、ベアルファレスは親衛隊員のルージェとカリーナを呼び寄せた。
「様々な事が起こった一年であったが、貴公等の働きによりマリーネ様、オスカー様の御身に大事もなく新年を迎える事ができた。感謝する。来年もマリーネ様、オスカー様の護りは貴公等に任せるぞ」
 そう労いの言葉をかけ、2人にそれぞれ50Gを手渡す。
「この金は貴公等の働きを私が正当に評価したものだ。快く受け取ってくれ」
 2人は感謝の言葉と共にこれを受け取った。

●元日の朝
 年が明けて精霊歴1041年の元日。姫は賑やかなベルの音で目を覚ました。ベッドを出て広間に行くと、そこではユラヴィカが新年の踊りを踊っていた。伴奏はディアッカ。
「今年は朝から楽しいわね」
 姫はくすっと笑い、そして客人の姿に気付く。
「‥‥グラン!」
 久しく見なかった冒険者だ。
「新年、おめでとう」
 メイの国帰りのグラン・バク(ea5229)は姫に挨拶。朝食の場で彼は大いに話を咲かせた。メイの国の虹竜の話に巫女の話。
「‥‥結局、虹竜も月竜の異変の詳細を知らなかった」
「それは妙な話だな、世界の監視者とあろう者が」
 カリーナが疑問を呈する。
 姫も、かつて見た月竜の夢の話を聞かせたが、話の最後でグランは感心したように笑った。
「‥‥で、忘れてしまったと、それは剛毅」
 出かける間際、グランはベアルファレスに一言。
「今更だが、姫の護衛の任宜しく頼む」
 マリーネ姫は今後、今後この国を左右する鍵かもしれないとグランは思う。

●新年の挨拶
 ジーザム陛下に新年の挨拶を行うため、マリーネ姫がトルク城に登城すると、そこには4大王領代官の面々もやって来ていた。ラーベ・アドラとレーゾ・アドラの兄弟、ギーズ・ヴァム、そしてグーレング・ドルゴ。
 アリアはラーベに対してのみ、ごく普通の儀礼的な挨拶を。残る3人に対しては、挨拶ついでにそっと耳に吹きこんでおいた。
「エーロン陛下も皆様を頼りにされていますからな。ギーズ殿やグーレング殿は、適職が代官ではなく軍務や実務の方面であっただけ。実のところレーゾ殿も、ラーべ殿と対抗さえしていなければ今ほど悪評はなかったでしょう」
 3人はこの言葉に気を良くしたようで、近いうちに姫へのご挨拶に伺いたいと申し出た。よかれ悪しかれ、アリアのこの行動は何らかの結果をもたらしそうだ。

●追記〜記録係より
 他に特記すべき事としては、メイ帰りのグランよりジーザム陛下に対し、メイの国での虹竜の件が報告された。が、その詳細はここでは省く。
 元日、貴族女学院の視察では、マリーネ姫はとても楽しい時を過ごした。その詳細はリュドミラの手で記録に残されたので、いずれ改めて報告申し上げる。
 1月2日、マリーネ姫は再び王都の視察を行ったが、その際に予想もしなかった事件に遭遇した。このことはその後の姫の人生に大きな転機をもたらすことになった。