精霊歴1041年の新年祝い〜竜の巻
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■ショートシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月19日〜01月22日
リプレイ公開日:2008年01月29日
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●オープニング
●楽しい新年祭
精霊歴1041年がやって来た。新年おめでとう。
王都ウィルはもとより、国中のあちこちで新年が祝われる。
豊かな領地では盛大に。前々からおいしいご馳走を沢山用意し、ジプシーの踊り子やバードの歌い手を呼んで、華々しくお祝いをする。
王都のずっと西にあるワンド子爵領もそんな豊かな領地の一つ。大晦日、領主館の前の広場は賑やかに飾り立てられ、着飾った人々で埋め尽くされる。夜が来ても人々の熱気は冷めやらず。今宵は朝まで食べ飲み歌い、語り明かし踊り明かすのだ。
そして夜明けが訪れる。空が綺麗な虹色に染まるアトランティスの夜明けが。
新年を迎える厳粛な時間。バードの歌は止み、ジプシーの踊りも止まる。浮かれ騒ぐ人々のざわめきも静まり、広場を沈黙が支配する。
その沈黙を破るのは朗々たるジプシーの乙女の声。
「時は過ぎ行く。新たな年は去りゆき、新たな年が来る。今は厳しき冬の最中、我等は竜と精霊のご加護を祈り、ひたすら待とう。命芽吹く春の訪れを‥‥」
年の初め、竜と精霊とに捧げられる詩。その最後の言葉が終わると、乙女は見守る者達に告げる。
「さあ、共に祝おう! 新しき年を!」
人々はどっとどよめき、広場は再び熱気あふれる饗宴の場に。バードは新年初めての歌を歌い、踊り子達が新年初めての踊りを舞う中、領主ワンド子爵は広場の中央に進み出て、手に持つワインの瓶を高々と掲げて人々に告げる。
「新しき年、精霊歴1041年がやって来た! わしは新年初のワインの封を切り、皆で乾杯するとしよう! 大ウィル国と六分国、そして我がワンド子爵領に乾杯!」
皆に回った杯が打ち鳴らされると、子爵は杯になみなみと注がれたワインを一気に呷った。祝いの宴はまだまだ続く。
●わびしい新年祭
所変わって、ここはワンド子爵領の北側に位置するロメル子爵領。当たり前だが、ここにも新年は来ている。だが、ロメル子爵領の新年祝いはなんとわびしいことか。
「祝いの酒だ、さあ飲め」
警備兵が勧める酒に村人はおずおずと手を伸ばし、景気悪そうな顔して飲み干すと張りの無い声で一言。
「新年、おめでとうごぜぇますだ」
「何だ、その元気のなさは? 折角の祝宴だ、もっと楽しく騒げ」
一応、ここにもワンド子爵の金でバードとジプシーが使わされ、新年祝いの歌や踊りを披露してはいるが、盛り上がっているのはワンド子爵領から派遣された警備兵ばかり。
元から住んでいる村人達は、申し訳程度に酒を酌み交わしたり、喝采を送ったり。だけど盛り上がっていない様子は誰の目から見ても明らなのだが、そりゃ無理もない。
去年まで、ロメル子爵領は凶悪な盗賊団『毒蛇団』の支配化にあった。毒蛇団が巧妙に村人達を騙し続けたお陰で、村人達は毒蛇団を義賊と信じ込み、我知らずその悪事に加担してしまった。
ところが冒険者によって毒蛇団が倒されてみれば、その首領はカオスの魔物と判明。しかも討伐戦では空から降って来たゴーレムに家を潰され、麻薬に冒された領主一家は他所に移されてしまう。そして領主不在のロメル領の治安を維持するため、ワンド領から大勢の警備兵が送り込まれた。
その後、隣領であるルーケイ領とワンド領の領主の間で協定が結ばれ、ロメル領復興に向けた支援を双方が行うことになったのだが。
「‥‥いつまでこんなのが続くのかねぇ」
浮かれ騒ぐ警備兵を横目で見ながら、村人はぼやく。かつて領地の主が住んでいた領主館は、今もガラガラだ。
●竜人と竜の子
さらに所は変わって、ここは王都ウィル。
「新年明けましておめでとうございます。‥‥あれ、お留守かな?」
冒険者街のとある家の門の前。やって来たのは冒険者ギルドの連絡係である知多真人だが、家の中には誰もいない。ここは聖山シーハリオンの麓から、人間界を学びにやってきたナーガ族の特使達3人が暮らす家なのだが。
「どこへ行っちゃったんだろう?」
だが暫く待っていると、特使達は連れだって帰って来た。
「おや、皆さんおそろいでお出かけでしたか」
しかも、一緒にシーハリオンの麓からやって来た、2匹のドラゴンパピィも一緒にいる。
「アギャ! 新年おめでとう!」
「アギャ! 今年もよろしくね!」
だけど、特使3人にパピィ2匹が両手にぶら下げたり、背中に背負ったりしている大荷物は何だ?
「そのお荷物は?」
真人が問うと、特使3人は口々に答える。
「おお、これは人間達からの貢ぎ物だ」
「実は我等3人、幼き竜の子ともども年末年始の見物で王都を歩き回っていたのだがな」
「いつの間にか王都の人間達に取り囲まれ、おめでたがられるやら拝まれるやら」
「こと、竜の子は人間の子ども達に人気でな」
「そこで我等3人も、竜の前に恥じぬ人の道をあちこちで説いて回ること、かれこれ3日間」
「仕舞いには人間達に大いに感謝され、斯様に沢山の貢ぎ物を受け取った次第でな」
いや新年早々、景気のいいことで。流石は竜と精霊を崇めるアトランティス。
「何だかその景気のよさを、ロメル子爵領の皆様にも分けてあげたいですよ」
「何!? ロメル子爵領とな?」
「ええ、実は‥‥」
かくかくしかじか、真人はロメル子爵領の現状を聞かせてやる。
「‥‥というわけで、ロメル子爵領はとっても景気が悪いです。冒険者の皆様の間でも、景気づけにロメル領で新年祭を催そうという話が出ていましたが、この様子では果たしてうまく行くかどうか‥‥」
ナーガ達は大いに驚き呆れた。
「なんと! その土地の人間達はそんなにも元気をなくしているとは!」
「そこまで話を聞いては放っておけぬ。是非とも我等が勇気づけてやらねば!」
「我等は是非ともロメル子爵領の新年祭に加わらせてもらうぞ!」
何でこんなに話が急に進むんだ?
「あ、あの‥‥皆さん本当にロメル領まで出張するんですか?」
真人は半信半疑だが、ナーガの特使達はやる気満々。
「そうとも、これぞ正に特使の仕事だ」
「勿論、竜の子達も一緒に連れて行くぞ」
「では真人よ、冒険者ギルドでの手続きを任せたぞ」
思わず真人はぶつぶつ独り言。
「だけど竜人様に竜の子様がそんなにちょくちょく人前に姿を見せたら、ありがたみが薄れるような‥‥」
「何をぶつぶつ言っておるのだ?」
問い詰められ、真人は慌てて誤魔化す。
「あ‥‥何でもありません」
●招かれざる客
「そうか! それは有り難い!」
王都の真人から問い合わせのシフール便が届き、喜んだのはワンド子爵。子爵もロメル領の景気の悪さを何とかしたいと思っていたのだ。
話はトントン拍子にまとまり、再度の新年会をロメル領で催すことが決定。ロメル領の村人達もそれまでの不景気はどこへやら。俄然、張り切り出した。
「ナーガ様に竜の子様を村にお迎えするだ。2度目の新年祭は村を上げて頑張るべぇ!」
話が伝わったその日から準備が始まり、警備兵達は呆れるやら感心するやら。
「いやはや、竜族のご威光は凄いものだ」
ところが数日後。ロメル領に見慣れぬ3人組がやって来た。流れの傭兵っぽい女2人に、浅黒い肌の少女。
「この村に何用だ?」
「ナーガの特使が来るというので見物にやって来た」
警備兵の誰何に対し女はそう答えたが、何かが警備兵の記憶に引っかかる。やがて警備兵は思いだした。
「あの3人組は、かつてシャミラと行動を共にしていたナーガ娘に地球人じゃないか!」
知らせは直ちに冒険者ギルドへと伝えられた。
●リプレイ本文
●祭の準備
「流石、竜の方々は話がわかる」
知多真人から話を聞いたグラン・バク(ea5229)は感心し、すぐさま馬を飛ばしてロメル子爵領へ向かおうと思ったけれど、あいにく王都からだと馬で1週間近くかかる。だから人集めは王都でやることになった。
「これで人手を集めてくれ」
その筋に顔が利く者に50Gを渡し、歓迎の舞いを踊る踊り子達を募集。さらに炊事用の薪などの物資を仕入れ、特使達には再会の挨拶。
「お久しぶり。お三方ともお元気そうでなによりだ」
「おお、おまえはいつぞやの‥‥」
特使達もグランの顔は覚えていた。
ヴェガ・キュアノス(ea7463)も野菜やら牛乳やら、食材をしこたま買い込んで、ついでに季節の果物もたくさん買おうと思ったけれど、今は冬の最中。新鮮な果物なんて、王都の市場のどこを探してもありゃしない。‥‥と思ったら、あった! ジェトの国から月道経由で輸入された南国のフルーツが。ただし月道商人の方も、金持ち冒険者とみれば吹っかける。
「しめて20Gでございます」
こうしてヴェガが食材に費やした金は、総額30G。
買い出しが終わると、ヴェガは貴族街に足を運ぶ。訪ねたのはロメル子爵の孫達が暮らす館だ。ロメル領での新年祭に孫達を同行させたい旨を伝えると、孫達の面倒を見る侍女は快く了承した。
さて、フオロ分国王エーロンの館では、コロス・ロフキシモ(ea9515)を前にしたエーロン王が難しい顔をしている。無理もない。王がコロスから求められたのは、万が一の時にナーガ娘を殺害する許可なのだから。
「かの者達には竜に変身して暴れた前科があるからな。民の命に関わるようなら、俺はナーガの命を奪う事も厭わぬ。あくまでも最悪の場合の対処だが、願わくば陛下にその許可を」
暫し考え、王は答えた。
「許可する。但し、あくまでも最後の手段だぞ。そして一つ条件を付ける。新年祭にはナーガ族の特使達も同席するのだから、まずは特使達に事態の収拾を任せろ。特使達の手に負えなくなった場合にのみ、おまえが手を下せ。特使達にはおまえの処断を見届けてもらう。同族たるナーガの特使達が見届け人となれば、ナーガ族との軋轢も回避できよう。尤も、ナーガ娘を最初から暴れさせぬ事が最良の策だ」
●お年玉
ロメル領まではフロートシップに乗って行く。
「お久しぶりなのじゃナーガの方々。今年もよろしくお願いしますなのじゃ」
と、ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)は船上で特使達に挨拶する。今年はこれが初の顔合わせ。
「どらぱぴー達にも、ちょっと遅いがお年玉をあげるのじゃ」
と、彼が竜の子達に差し出したのは、1G入った熨斗付お年玉。冒険者の間ではこういうのが流行っているらしく、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)も同じお年玉をパピィ達に差し出した。貯金箱としてミニ賽銭箱も付けて。
「アギャ?」
貯金箱? パピィ達にはまるで馴染みがない。
「まあ、人間の間で暮らすならお金の使い方や計画的な使用なども覚えて損はないでしょうし‥‥」
イコン・シュターライゼン(ea7891)もパピィ達にお年玉を贈ったが、こちらは変わっている。唄を記した羊皮紙の巻物で1Gの金貨を包み、レインボーリボンで結んで贈ったのだ。王都の店で買った羊皮紙は1枚1Gもした。
●村は賑わう
フロートシップを使えばロメル子爵領までは一っ飛び。昼に王都を発ち、夕方には現地に到着した。
「どれ、村の様子を見に行くとするか」
気が早いもので、ナーガの特使達3人は2匹のドラゴンパピィを連れて、村の家々を回って歩く。喜んだのは村人達で、新年祭が始まる前から祭の真っ最中のような盛り上がり様。勿論、冒険者達は警戒も怠らない。コロスはギルゴートと名付けたグリフォンに乗り、空から偵察を行う。その目に3人組の姿が映る。変身して人間に化けた2人のナーガ娘に、浅黒い肌をした地球人の少女。熱狂する村人達をよそに、3人組は特使達とパピィを離れた場所から観察している。
コロスの乗るグリフォンは3人組の前に舞い降り、コロスは彼女達に告げる。
「妙な真似はするなよ。俺はおぬし等に対して容赦などしないからな。もし暴れる事があってもこの俺が止めてやろう。その為にこの剣を用意して来たのだしな」
竜を打ち倒す力を秘めた「ネイリング」ドラゴンスレイヤーを示すと、ナーガ娘達は露骨に嫌な顔になり、感情を押し殺した言葉を返してきた。
「ここで人間どもとやり合うつもりは無い」
そこへやって来たのがグラン。
「サッカーボールで一撃を加えたいつぞやの無礼、改めてお詫びする」
頭を下げて詫びを入れると、ナーガ娘達はふてぶてしくも要求。
「詫びを入れるなら、ついでに貢ぎ物も持って来い」
「貢ぎ物の代わりと言っては何だが、宴では主賓席を用意した」
「そうか。楽しみにしているぞ」
翌日。村の広場では朝早くから準備が始まる。
用意された大鍋は、兵士達の野営に使われる物を借りてきた。ぐつぐつ煮だった熱湯の中に放り込まれる新巻鮭、新巻鮭、新巻鮭‥‥。
「またずいぶんと鮭が多いのだな」
ナーガの特使は妙に感心。
「だって新年だから」
そう言ってイコンも自分の新巻鮭を鍋に放り込んだ。
鍋には新巻鮭だけではなく、野菜もどっさり、牛乳もたっぷり。
「これが冒険者鍋だ」
グランの命名である。
料理の采配を振るうのはヴェガで、手伝いに集まってきた村の女達にパンを焼いてもらったり、南国の果物のジュースを絞ってもらったり。
「こんな真冬に果物なんて、100年に一度あるかないかの出来事だよ!」
「へえ! こりゃ変わった味だ!」
ジュースを味見した村人も、初めて味わう南国の味を珍しがったり感激したり。
宴会だけあって酒も出る。ワンド子爵が提供したワインに、冒険者が持ち寄ったベルモットと缶ビール。だけどイコンは村人にそっと耳打ち。
「シーハリオンの麓に住むナーガの方々は『お酒を嗜む』と云う事はしない故、あまりお酒を勧め過ぎない方が‥‥」
だから、酒の代わりのハーブティー。自家栽培のものをどーんと用意してあるのだ。
●みんなで歌おう
「宴の始めにはやはり、ナーガ達のありがたーいお言葉をロメルの民達に贈っていただこうかの♪」
ヴェガがそう言わずともナーガの特使達はやる気満々で、
「おお、任せておくがよい」
ヴェガに勧められるまま、3人並んで村人達の前に立ち、
「よいか皆の者、古き日は過ぎ去り新しき日は来る。竜の踏み出す大きな一歩も、人の踏み出す小さな一歩も、同じ一歩であることに変わりは無い」
偉そうにかつ大まじめで語るその言葉を、村人達は神妙に聞いているけれど、この調子だと演説が何時間も延々と続くんじゃなかろうか? いや、そんな心配は無用だった。
「ごちそう! ごちそう!」
「はやく! はやく!」
2匹のパピィが後ろから急かす。その場に流れてくる美味しそうな匂いを嗅いで食欲をそそられたか、特使も急いで演説を切り上げた。
「‥‥とまあ、堅苦しい話はこのくらいにして、皆で宴を楽しもうではないか!」
村人は歓声を上げる。さあ宴の始まり始まりだ。楽しく鳴り響く鈴の音はディアッカのフェアリー・ベル。それに会わせて踊るのはユラヴィカだが、トカゲみたいな6本足の生き物もくっついていたり。
「ちょっと育児中で手が離せなくてペット連れで失礼するのじゃ。この子もいつか立派などらぱぴに成長するかのう」
シフールの2人は空中で楽を奏で、舞いを披露。王都からやって来た踊り子達も舞い踊り、ヴェガは作りたてのスープを皆に大盤振る舞い。
「さあ召し上がれ♪ ほっかほかで身体も温まるし美味じゃぞ♪」
最初の踊りが一段落すると、ディアッカとユラヴィカはナーガとパピィに誘いをかけた。
「イコンさんが歌と演奏を披露されるそうなので、ご一緒にいかがですか?」
「よければドラパピ達も一緒に歌ってみるかの?」
じゃあ、やってみるか。ということになり、最初にイコンがリードを取って歌い始める。
♪新年に僕達が唄を贈るから
みんなで声合わせ唄おうよ
俯いているだけじゃ何にも変わらない
笑顔が幸せを呼ぶから♪
♪歌おうよ歌おうよ みんなで声を合わせ
唄おうよ唄おうよ 幸せを呼ぶ唄♪
♪希望を胸に持ち 力を合わせれば
輝く明日はきっと来る♪
続いてナーガが歌い出す。竜が吠えるような力強い声で。
♪新年に我等は唄を贈るのだ
みんなで声合わせ唄うのだ
俯いているだけでは何にも変わぬぞ
笑顔が幸せを呼ぶのだ♪
そしてパピィ達も。これはもうメロディーが付いた竜の吠え声。
♪ア〜〜ギャ ア〜〜ギャ ア〜〜ギャ〜〜
ア〜〜ギャ、ア〜〜ギャ、ア〜〜ギャ〜〜♪
踊り子達も歌い出す。宴には慣れっこだから、しっかりした歌声で。
村人達も歌い出す。やたら声がでかかったり、調子っぱずれだったりするけれど、そんな事に構うもんか。楽しければそれでいいのだ。
さて、歌に続いては。
「私の番か」
iランドの制服、青のゴスロリ服を着て給仕していたシャリーア・フォルテライズ(eb4248)は、村人達の前に進み出て芸を披露する。軽業にダーツ投げ。ペットの忍犬と組み、投げた皿を空中で犬にキャッチさせる。
ウケた。すごくウケた。喝采を浴びて退くと、シャリーアはグランとの会話を楽しむ。
「ミハイル教授があのナーガの御三方をお連れになった頃は驚きでしたが、今も互いに良好な関係を続けていられる事は大変嬉しいです」
元々は勝手に山を下りたナーガの若者達も、今ではナーガ族の代表たる特使である。当然、宴の主賓席は彼らの為に用意されていたが、特使達はパピィと一緒になって歩き回り、あちこちで村人達に声をかけている。それが彼らにとっては楽しいのだ。
で、2人のナーガ娘は貴賓席に陣取って、目の前にでんと置かれた豚の丸焼きをひたすら食いまくっている。
(「子牛の丸焼きのはずが、豚の丸焼きに化けたか」)
グランの当初の予定では、メインディッシュは子牛の丸焼き。しかしウィルでは、牛は食べるための家畜ではない。乳を搾り農耕に使役するための貴重な家畜だ。だから子牛の代わりに豚。
やがて特使達が貴賓席に戻って来ると、シャリーアは畏まって彼らに告げる。
「特使の皆様には、地球のインドの神の名にちなんだ呼び名を贈りたく」
3人の特使達の真の名はガワン・ガロム、ズアン・ゼラブ、ガン・グラバ。しかし彼らの習慣上、真の名で気安く人間に呼ばれるのを快しとせず、通り名を求めていたのだ。
こうしてシャリーアから特使達に贈られた3つの名はインドラ、アグニ、ヴァルナ。
「うむ、力強い響きのある名だ」
特使達もこの通り名に満足。そしてシャリーアは2人のナーガ娘にも通り名を贈る。赤い髪の娘にはヴァレリー、黒い髪の娘にはキリーナ。
「それが私達の名か?」
ナーガ娘達は奇妙な顔をしていたが、一緒にいるカーラに問う。
「おまえはどう思う?」
「とても素敵な名前だと思います」
その返事を聞いて、ナーガ娘達は満足したようだ。
「この名前、人間からの貢ぎ物として貰っておこう」
シャリーアの貢ぎ物はまだ続く。キリーナにはサンドレス「藍」、ヴァレリーには紅絹の装束、そしてカーラにはブラック・プリンセスと京染めの振袖。
「この黒のドレスは、フレイ殿もかつて似た品を気に入られたし。こちらはキリーナ殿らとのお揃いという事でいかがか?」
「ありがとう」
カーラは感謝の言葉と共に、黒のドレスと振り袖を受け取った。さっそく着替えのために席を外し、戻って来た時にはゴスロリ姿。
「似合うかしら?」
うつむき加減ではにかむ姿が愛らしい。キリーナとヴァレリーも、それぞれの貢ぎ物に着替えてみた。
「人間の服は変わっているな」
「だが、悪くはない」
2人とも意外と貢ぎ物を気に入っている。
「ではお二方、おみくじ代わりにタロット占いはいかがかの?」
いいムードになって来たので、ユラヴィカはタロット占いを勧めてみた。
「このカードの束から、これと思うカードを1枚引くのじゃ」
ところが占ってみると、キリーナが引いたカードは『死神』でヴァレリーが引いたカードは『悪魔』。
「‥‥ううむ、何でこうなるのじゃ?」
どちらも最凶と呼ぶべきカード。いいムードぶち壊しだ。
●新年祭の終わりに
不吉なカードのせいで悪くなりかけたムードも、冒険者達の頑張りで何とか持ち直し、気がつけば祭も終わり。締めの役目はロメル子爵の孫達にと、ヴェガは幼い2人の背を押してナーガの特使達の前へと導く。
「練習通りで良い。頑張るのじゃぞ」
孫のうち、まず男の子が挨拶する。
「僕は‥‥ロメル家当主の孫、ページェ・ロメルです。特使の皆様には‥‥厚くお礼申し上げます」
続いて女の子。
「同じく‥‥私はリューナ・ロメル。特使様と竜の子様の‥‥ご来訪で‥‥、この地は‥‥大いなる喜びを得ました」
言葉遣いは辿々しいが、表情は真剣そのもの。特使達も心を動かされ、2人に祝福の言葉を贈る。
「幼き人の子よ。竜の前に恥じぬよう、人の道をしっかりと歩め。人の子達に大いなる竜のご加護とお導きを」
こうして新年祭は終わった。心配されていた魔物の襲撃は無く、シャリーアのデジタルカメラには皆で一緒に写した記念写真の画像が残された。ナーガ達にはシャリーアの出費で贈り物の塩が贈られ、村にはグランの手になる絵画が寄贈されたが、聖竜の姿を描いた絵の見事な出来映えに村人達は感じ入り、これを村の宝にしたという。
この後、一行を乗せたフロートシップはワンド子爵領に立ち寄り、ナーガの特使達はワンド子爵と話し合いの場をもった。これは儀礼的なものだが、ワンド子爵が何気なく口にした魔獣の森の話に、特使達は大いに興味をそそられた様子だった。
「成る程。領地の西に広がる魔獣の森には、竜の住む遺跡があると」
「もしや、そこは竜の聖地ではないかな?」
この話し合いはリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)によって記録に書き留められたが、いずれこれに関連した依頼が出るかもしれない。
事のついでに、リュドミラはワンド子爵に尋ねてみる。
「天界人の友人から聞いた話ですが、地球には『輪栽式農業』というものがあるそうです」
簡単に言えば、これは小麦などの穀物を、クローバーなど地力を回復させる性質の牧草と組み合わせ、ローテーションを組んで交互に栽培することで収穫を増すやり方だ。
すると子爵は答える。
「似たような話を以前に聞いた事がある。元ラント領の領主、レーガー・ラント卿が試みて成功させたやり方だ」
一行が王都に戻ると、冒険貴族ロイ子爵からの手紙が冒険者ギルドに届いていた。まだ詳しくは明かせないが、ドラゴンとナーガを巻き込んだ大事件が起きつつある。──そう手紙は告げていた。準備が整い次第、ロイ子爵は依頼を出すという。