酔いどれの船〜酒飲み魔物を倒せ!
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■ショートシナリオ
担当:内藤明亜
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 49 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月15日〜03月18日
リプレイ公開日:2008年03月24日
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●オープニング
●魔物の宴
春が来た。
寒さは和らぎ、北風も衰え、凍てついた大地も少しずつ温もりを増す。
木の芽、草の芽が芽吹き、枯れ草色に緑がとってかわる。
今や、時は春。希望あふれる春がやってきたのだ。
だけど、春になっても不景気のドン底にいるヤツもいる。
「ちくしょ〜この不景気はいつまだ続くんだぁ〜」
ぼやく男は盗賊だった。
王都に近い南ルーケイの地に居座って、ずっと盗賊稼業に励んでいたが、羽振りが良かったのは昔の話。
荒れ果てたルーケイの地が冒険者のテコ入れで復興すると共に、土地の治安は昔と比べてはるかに良くなり、盗賊にとって仕事はますますやりにくくなった。
大勢いた盗賊仲間も一人また一人と減って行き、気がつけば残ったのは男一人。
「誰でもいい〜金持ってるヤツ出てきやがれぇ〜!」
叫んでみても、人通りの多い場所はルーケイ水上兵団の警備兵がガッチリ守っている。仕方なく盗賊の男は人気のない辺鄙な場所を一人とぼとぼと歩くばかり。
やがて大河の畔に出た。南ルーケイの北側を流れ、ウィルの一大交通路となっている大河だ。大河の川面はうっすらと霧で覆われている。この辺りでは春先になると、よく霧が発生するのだ。
「ちくしょ〜」
歩き疲れた男は岸辺にしゃがみこみ、目の前の大河に石を投げ込みながら呟く。
「ぱーっとやりてぇよな。昔みたいに、ぱーっと景気良く」
やがて夕暮れ時がやって来た。
「‥‥おっ、何だありゃあ?」
夕闇の中、霧の中からこちらに近づいてくる船影がある。しかも船からは景気のいい声が響いてくる。
「酒を飲めぇ〜! 酒を飲めぇ〜!」
その声を聞くうちに、男の心の中にむらむらと欲望が湧いた。
「酒、飲みてぇ‥‥。酒が飲みてぇよぉ‥‥」
霧の中から現れた船は、男の目の前で止まった。長さ10m、幅2mほどの川船で、船の両側にはオールを握った漕ぎ手の姿がある。見れば、船の上では賑やかな宴会の真っ盛り。
「こいつは景気がいいじゃねぇか!」
誘われるように男は水の中にじゃぶじゃぶと踏み込み、川船に乗り込んだ。
「この船にようこそぉ〜お客様ぁ〜まずはお近づきのしるしにぃ〜」
船に乗り込むや、ケバい化粧の中年女が男に酒の杯を差し出す。中味はなみなみと注がれたエール酒。
「酒を飲めぇ〜! 酒を飲めぇ〜!」
さっきから聞こえるこの声は何だ? 聞いているだけで、まるで命じられたように体が独りでに動く。なに構うもんか、俺は酒が飲みたいんだ。男は船の中にどっかり腰を下ろし、周りから勧められるまま酒を飲み、出される料理には片っ端から手を伸ばし、飲むうちに相当に酔いが回ってきた。
「どれ、ちょっと用足しに‥‥」
船の上から用を足そうとして立ち上がりかけ、うっかり足を滑らせた。
ごんっ!!
男は思いっきり頭を船縁にぶつけた。
「あ痛てててて‥‥」
男は血の出た額を手で押さえてうめき、その視線が船の中を向く。途端、男の顔から血の気が引いた。
「‥‥ひいっ!」
男は見てしまった。船の中で繰り広げられる、世にもおぞましい光景を。
「酒を飲めぇ〜! 酒を飲めぇ〜!」
さっきから聞こえている声の主は、コウモリみたいな翼を生やした毛むくじゃらの魔物だ。エール酒の大樽の上に乗っかっているのが1匹に、宙を飛び回っているのが1匹、そして、さっきまで一緒に酒を飲んでいた酔いどれの背中にへばりついているのが1匹。
「酒を飲めぇ〜! 酒を飲めぇ〜!」
「馬肉を喰らえ〜! 馬肉を喰らえ〜!」
その声に命じられるように、ひっきりなしに酒を飲んでいるのはボロ服をまとった、見るからに食い詰めた連中。そして彼らが喰らう料理はバラバラに解体された馬の生肉だ。
「うまうまぁ〜、うまうまぁ〜」
「美味馬ぁ〜、美味馬ぁ〜」
食い詰め者達はひっきりなしに馬肉に食らいつく。すぐ側には切断された馬の生首がごろりと転がり、生気の無い目でこちらをにらんでいる。
「げぇへぇへぇへぇへぇ!!」
酒樽に乗っかった魔物がダミ声で笑い、手に持つ杯の中のエール酒を一気に飲み干した。
「うあああああああーっ!!」
盗賊の男は絶叫し、川の中に飛び込んだ。水の冷たさもお構いなし。そのまま岸辺にたどり着くと、逃げて逃げて逃げまくり、気がつけば男は人家のある場所まで辿り着いていた。
「お前、何者だ?」
土地を守る警備兵が誰何するが、男は逃げもせず救いを求める。
「た、助けてくれぇ! 魔物が出たぁーっ!!」
●ケルピーの怒り
南ルーケイの北側を流れる大河には幾つかの漁場があり、今日もあちこちに漁船の船影が見える。
その中の一隻の船が不幸に見回れた。
漁師の親子が働く小船だ。昼間の間は仕事に励み、夕方になって引き上げようとすると、川を泳いで何かが近づいてくるではないか。
水面から突きだした馬の頭が二つ、三つ、四つ。
漁師の顔から血の気が引いた。
「あれはケルピー様!」
ケルピーとは馬の姿をした、悪意ある水精霊。しばしば人間を水の中に引きずり込んで殺すので、土地の者には恐れられている。もっとも南ルーケイにはより高位の水精霊であるフィディエルも住んでおり、こちらは人間に対して割と好意的だ。ケルピーはフィディエルの従僕であり、フィディエルの言葉には逆らわない。
しかし今、漁師の目の前に出現したケルピー達は、その目に怒りを宿しているではないか。
「愚かしい人間どもめ!」
「よくも我等が主の土地に、汚らわしき魔物を呼び寄せたな!」
怒りの言葉を浴びせるや、ケルピーの群れは小舟に体当たりをかまして転覆させる。弾みで漁師の子どもが船から落ち、その衣服の端が一匹のケルピーの口に捕らえられた。
「お父ちゃん、助けてぇ!!」
「ケルピー様、どうかお許しを!」
子どもは叫び、漁師は懇願する。だが、ケルピー達は無情に言い放つ。
「人間どもよ! おまえ達が呼び込んだ魔物はおまえ達の手で退治しろ!」
「それまで子どもは預かっておく!」
ケルピー達が小船から離れていく。
「助けてぇ〜!! 助けてよ〜!!」
浚われた子どもが助けを求めるが、漁師は為す術もなく小舟にしがみついたまま。
●魔物退治の依頼
今日も魔物の船は、水精霊の支配域に近い大河の川面に居座っている。幾人もの食い詰め者達を虜にしたまま、魔物の声が川面に響く。
「酒を飲めぇ〜! 酒を飲めぇ〜!」
「馬肉を喰らえ〜! 馬肉を喰らえ〜!」
ケルピーに子どもを浚われた漁師からの訴えを受け、南ルーケイの治安を預かるルーケイ水上兵団は冒険者ギルドに依頼を出した。南ルーケイに居座る悪しき魔物どもを退治せよと。
盗賊の男の話によれば、魔物の数は3匹。いずれも言葉で人を操る魔法を使うらしい。他に船には魔物の虜となった食い詰め者達が、10人ほど乗り込んでいるという。
●リプレイ本文
●南ルーケイへ
「‥‥何処から湧いたのかは知らないが、領民の安全と、水精霊達との良き関係を護る為にもこの事態を収めねば、な」
全ルーケイの統治者、新ルーケイ伯アレクシアス・フェザント(ea1565)は動き出した。依頼には気心の知れた冒険者仲間が集まり、作戦がまとまるとルーケイ水上兵団の船で南ルーケイへ乗り出す。
「最近は私にとっての景気が良くなったようです。自分の望む依頼がこうも続くとは」
やる気満々のピノ・ノワール(ea9244)、クレリックである彼は魔物にとっての天敵だ。逃げてきた盗賊の話を聞くに、ピノには思い当たる節がある。
「毛むくじゃらのカオスの魔物でエール好き。まるでジ・アースの悪魔グレムリンそっくりではないですか。確か、消える事が得意で頻度も多かったはずです」
神聖騎士アトス・ラフェール(ea2179)も同感だ。
「今度はグレムリンに似た魔物とは。改めてジ・アースとアトランティスが不思議と繋がっているように感じます」
船の上から大河の川面を眺めていると、水面からぬうっと突きだした馬の頭が近づいてきた。
「あれはケルピーか」
こちらを監視しているようだ。その視線が長渡泰斗(ea1984)と合った。過去の依頼の縁で、泰斗は南ルーケイの水精霊と面識がある。
「これは、お久しゅう」
船の上から挨拶したがケルピーは不機嫌そうな様子。そのうちに船から離れ去った。
「やれやれ、知らぬ間に涌いて出たものの事まで此方のせいにされては堪らんな。ま、サクサク終わらせて水姫様の御機嫌伺いに向かうかね」
するともう1頭のケルピーの頭が、すう〜っと水面を移動していく。
「おい、あれは‥‥」
アレクシアスの連れてきたペットのケルピーじゃないか。連れてきたのはいいが飼い主との絆がまだ十分でなく、勝手に船から抜け出したのだ。
「バーラム! 戻って来い!」
船の上からアレクシアスが叫ぶが、ケルピーは仲間と一緒にいるほうがいいようで。
‥‥まあいい、気が向いたらそのうち戻って来るだろう。
●誘き出し
南ルーケイの船着場では現地の警備兵が、捕らえた盗賊と共に待っていた。冒険者達は盗賊を取り調べ、魔物の船が現れた現場の大まかな場所を突き止めた。船着場から5kmほど離れた岸辺だ。
予め立てた作戦に従い、冒険者達はルーケイ水上兵団に小さめの川船を用意してもらい、現地に赴く。冒険者達の立てた作戦は川船の上で宴をやっていると見せかけ、魔物をおびき寄せるというもの。だから川船には酒好き魔物の好みそうなエール酒の樽が幾つも積まれている。
「どれ、味見を‥‥ちと気が抜け過ぎておらんか?」
なにも魔物ごときに美味い酒をくれてやることはない。ということで、水上兵団が用意した酒の多くは気の抜けきったエール酒ばかり。だけど冒険者用の酒はこれとは別に、上物が用意されている。さらに宴会用の食い物の数々も。
ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)はこっそり、手持ちのウォッカを酒樽の1つに混ぜ込んだ。
「どうしてそんなことを?」
端で見ていたディアッカ・ディアボロス(ea5597)が尋ねる。
「何、魔物への嫌がらせじゃ。悪酔いしそうじゃろ? ディアッカの持っている聖水を混ぜたら腹でも壊すじゃろうか?」
「もったいないことしないで下さい」
川舟の後から着いてくる馬はアレクシアスのペット。馬といっても空を飛ぶペガサスである。
やがて川舟はまだ明るいうちに、魔物の船が現れた場所に着いた。
「以前の依頼では姿を変えた鷹に痛めつけられましたが、今回は多勢に無勢です。これだけ集まれば魔物も下手に手出しできないでしょう」
そう言ってピノは川舟を降り、岸辺で待機。岸辺には枯れ葦が茂り、身を隠すには具合がいい。周囲に生き物の姿は見当たらない。魔物が変身している姿なら、デティクトライフフォースの魔法で正体を見破れるのだが。
「となればデビルを探れる他の方々の魔法が頼りです」
「お前は空から守ってあげなさい」
マリー・ミション(ea9142)はペットの鷹を空へ放つ。
「そろそろ始めようかしら?」
マリーは杯に上物のエール酒をなみなみと注ぎ、まずは1杯。ぐいと飲み干す。
「では、わしも」
宴の景気付けとばかり、ユラヴィカが踊りだす。
「あなたもいかが?」
マリーが泰斗が酒の杯を差し出した。
「まあ、程々にな」
泰斗は杯に口をつけ、つまみを食べながら思いを巡らす。
「魔物は酒を飲むのと馬の生肉を食うのを強制してくると‥‥。今は酒よりも茶の方が恋しいのだがな。馬肉は‥‥兵糧攻めでも無ければ食う気にならんし‥‥」
泰斗の隣ではアトスがエール酒を飲んでいる。傍目には酒を楽しんでいるように見えても、心では魔物の出現が待ち遠しい。かつてジ・アースで戦ったグレムリンにそっくりな魔物が相手とあっては、なおさら闘争心が高まる。
「‥‥この状況、嫌でも思い出します。ジ・アースで駆け出し冒険者だった頃の自分自身や、道を示してくれたヴィンセンスさんの事。恩師に再び会えるなら、私の成長を見て貰いたいものです」
やがて夕暮れ時になり、マリーが空へ放った鷹が戻ってきた。鷹は鳥目だから夜目がきかない。川面にはうっすらと霧が漂い始めている。
「そろそろ現れる頃だな。頼りにしているぞ」
「はい」
アレクシアスがディアッカに微笑みかけ、ディアッカは神妙にうなづく。
「あれを見て!」
マリーが皆に注意を促す。霧の中から1隻の船が近づいて来るではないか。船からは賑やかな声が聞こえてくる。
「酒を飲めぇ〜! 酒を飲めぇ〜!」
魔物の船に間違いない。
「過去の感傷に浸るのはもう終わりです。私は私の出来る事を精一杯やるだけです!」
酔いつぶれた振りをしながらも、アトスは心を引き締めて仲間達に警告。
「戦闘になれば、奴らはきっと自分達の姿をくらまして逃げるでしょう。ですが、今までのどんな冒険でも私や仲間達が奴らを逃がした事はありません」
「魔物は3匹じゃ。こっちの船に注意を向けておるのじゃ」
テレスコープの魔法を使ったユラヴィカが、早々と仲間達に警告。
「とうとう現れたわね。さぁ、いらっしゃい!」
マリーは酒の杯を手から離さず、魔物を待ち受ける。
「では、いきます!」
ディアッカが自分とアレクシアスにレジストメンタルの魔法を付与。幾度か失敗して魔法を無駄に消費したので、ソルフの実を1個飲み込む。
向こうの船からこちらの川舟へと、魔物どもが飛び乗ってきたのはその時だった。
●魔物
「酒だぁ〜! 酒の臭いだぁ〜!」
酔っ払った振りをしている冒険者達にはお構いなしに、魔物どもは川舟に詰まれた酒樽を片っ端から開けて回る。
「なんだぁこの酒はぁ〜!? 気が抜けてるじゃねぇか!」
などと言いながらも、魔物は頭から酒をじゃあじゃあ浴びまくり。そのうちに1匹が、ウォッカ入りのエール酒に口をつけた。
「ぐああああ〜っ! 効くぜぇ〜!! この酒は効くぜぇ〜!!」
悪酔いするどころか、魔物はめったやたらに興奮。他の魔物もウォッカ入りの酒に目をつけた。
「こんな酒は飲んだことがねぇ〜!」
「混じり物たっぷりで美味いぜぇ〜!」
どばっしゃー!
ぐびぐびぐびぐび。
どぶどぶどぶどぶ。
酒樽をひっくり返して中身を撒き散らし、浴びるように酒を飲みながら大騒ぎ。ところが、急に1匹の動きが止まる。
「な、何だぁ!? 足が動かねぇ!」
「何やってんだおめぇ。うがっ、俺の足も動かねぇぞ!」
物陰からディアッカがシャドゥバインディングの魔法をかけたのだ。月精霊の光がその足元に作りだした影が、魔物を捕らえて離さない。
それにしても魔法のかかりが悪く、1回や2回では効果が出ない。魔物が酒に気を取られていたせいで、何度も魔法をかけることが出来たが、1匹だけは魔法をかけそこねた。そいつは船上でめらめら燃える篝火に突進した。
「動けねぇなら船ごと燃やしちまえ!」
だが、篝火と見えたそれはディアッカのペットのエシュロン。火を悪事に使う者を攻撃する鬼火だ。篝火を倒して船を燃やそうとした魔物に、エシュロンが体当たりをかます。
「ぎゃああああっ!」
魔物はダメージを受けて絶叫。と、その姿がすうっと消える。透明化したのだ。
「どこだ!?」
その位置をアトスが魔法で突き止めた。
「船の舳先に‥‥って言っている間に自分で行った方が早い様ですね。ならば私が仕留める!」
だが、アトスはまだまだ魔法の初心者。デティクトアンデットの魔法では短時間しか魔物を追跡できず、加えて高速詠唱も使えない。直ぐに魔物の位置を見失う。
「お先に!」
より魔法能力の高いマリーが魔物の位置を突き止め、素早く高速詠唱でホーリーを放つ。淡い聖なる光が透明化した魔物を包み、魔物が叫ぶ。それはアトスにとって恰好の目印になった。
「そこか!」
魔力を帯びたノーマルソードをアトスは叩きつける。
「ぎゃああああっ!」
重傷を負った魔物は水の中に飛び込んだ。
「魚に化けて泳いで逃げる気よ!」
デティクトアンデットの魔法で、マリーには魔物の動きが分かる。だが傷のせいで動きが鈍っているとはいえ、魔物はどんどん魔法の効果範囲から離れていく。
「早く仕留めないと逃げられるわよ!」
「オフェリア!」
岸辺に待機させていたペガサスをアレクシアスは呼び寄せ、その背に跨るとマリーにも求める。
「俺の後ろに乗って追跡を頼む!」
2人を乗せたペガサスは水面すれすれを飛び、マリーの言葉を頼りに逃げる魔物を追う。
「岸辺に向かって直進して! もっとスピードを落として!」
魔物に狙いを定め、マリーはホーリーで攻撃。
ざばっ! 川面から黒いカラスが飛びだした。魔物はカラスに姿を変えたのだ。
「今度は空を飛んで逃げる気よ!」
だがマリーがホーリーを放つよりも早く、川辺から黒い光が飛んだ。
「ぎゃああああああっ!!」
黒い光は魔物を直撃。魔物は断末魔と共に絶命し、その体は灰となって四散した。
「仕留めました」
川辺の葦の茂みから、隠れていたピノが立ち上がる。川辺から魔物の姿を認めるや、ピノはありったけの力でブラックホーリーを放ち、魔物を仕留めたのだ。
さて、船の上では。
「ぎゃあああああっ!!」
魔法で動きを封じられた魔物を、泰斗は魔力を帯びた刀でめった斬り。やがて魔物は絶命し、この世から消滅した。
残る1匹にとどめを刺そうとすると、
「待ってください」
ディアッカに止められた。
「魔物の記憶をのぞいてみます」
ディアッカはリシーブメモリーの魔法を使い、魔物の記憶を読みとる。
「あっ!」
シャドゥバインディングの魔法が切れた。
「がああああっ!!」
魔物がディアッカに襲いかかる。だが飼い主の危険を知るや、エシュロンが魔物に襲いかかる。鬼火の火に焼かれて魔物は絶叫し、とどめを刺したのはアトスの剣。絶命した魔物は灰の塊が崩れるように消滅した。
「人間どもよ、おまえ達の働きは見届けた」
川面から声が響く。いつの間にかケルピーが水面に頭をのぞかせている。
「子どもは返す。フィディエル様の元へ向かうがいい」
ユラヴィカがディアッカに尋ねる。
「で、魔物の記憶はうまく手に入ったかのう?」
「はい。魔物はずっと遠くにある東の森からここにやって来ました。さる男の命令で」
「東の森と?」
どうやらそこは、ドーン伯爵領の辺りと思われる。
●食い詰め者たち
朝がやって来た。
「おい、起きろ」
川辺に寄せられた魔物の船の中。魔物にたぶらかされていた食い詰め者達が、泰斗の声で目を覚ます。
「あ‥‥ここはどこだ‥‥」
食い詰め者達は目を覚ますや、ガチガチと震え始めた。
「寒い‥‥寒いよぉ‥‥」
「魔物にたぶらかされて酒ばかり食らうから、こうなるのだ」
「ま、魔物だってぇ?」
冒険者の説明を受け、やっと食い詰め者達は自分達の身に起きた出来事を知った。
暖かい飲み物と食べ物を与え、ユラヴィカが聞き取りをしたところ、彼らは王都の近辺でケチな悪さを働いてきた連中ばかり。
「これに懲りたのなら性根を入れ替え、悪事からは足を洗うのだな」
「へぃ、これからは真面目に生きやす」
アレクシアスに言い聞かされ、食い詰め者達は約束した。
「あの食い詰め者達の様子を見るに、ルーケイ全体の治安が良くなった代りに、前みたいに稼げなくなった連中が昔の栄華を求めたところをカオスに付込まれた、ということか? 働き口を世話した方がいいのかね?」
「行くあてがあればよし、なければ開拓村やら職業訓練やら斡旋する必要があるやもしれぬのう」
「条件付で兵団に組込むとかな。ナントかは使いようって言うし」
泰斗とユラヴィカの会話を聞いて、アレクシアスは答えた。
「彼らには奉仕活動で償いをさせ、その後はルーケイでの働き口を示してやろう」
ルーケイのみならず、復興中の王領バクルに王領ラシェットと働き口は色々あるし、アレクシアス配下のルーケイ水上兵団は彼らのような者達の扱いに馴れている。
「さて、残るは水姫様への詫び入れか」
と、泰斗。
「最近温くなってきたとは言え、まだ水は冷たい。そんな水の元締めみたいな所に、いつまでも子供を留め置く訳にもいかんだろうよ」
●水精霊の地
ここは水精霊の住む地。土地の支配者であるフィディエルが、謝罪のために訪れた冒険者達の前に姿を現す。
冒険者達の謝罪を聞き届けると、フィディエルは告げた。
「あなた方は我等の土地を汚す魔物を見事に退治しました。その功績に免じ、子どもを返してあげましょう」
一行は子どものところへ案内された。さぞや寒がっているのではないかと泰斗は案じていたが、子どもは山と積もった枯葉の山に身を埋め、中から顔だけ出している。それほど寒がってはいなかった。
子どものそばにはフィディエルの姉妹達。ずっと子どもの話し相手をしていたようだ。
「さあ、お迎えが来たわよ」
「お父ちゃんの所に帰れるの?」
「ええ、帰れるわ」
自由の身になった子どもは、迎えに来た冒険者のところへ駆け寄る。そして冒険者達は水精霊の土地を後にした。
「ずっと怖い思いをして大変だったでしょう?」
ディアッカが問いかけると、子どもは笑顔を向ける。
「ケルピーは怖かったけど、フィディエル様はとても優しかったから‥‥」
帰り道でディアッカは、メロディーの魔法を込めた曲を奏で、子どもを元気づけてやった。無事に家族の元へ子どもを送り届けると、ディアッカは家族に詫びを入れる。
「今回の事件の責は、魔物を呼び込む隙を作ってしまった自分達にあり、ケルピーは彼らの論理でそれに対して怒ったまで。今回のような事に巻き込んでしまい、申し訳なく‥‥」
「いえいえ滅相もない。子どもをお助け下さいまして、有り難う御座います」
子どもの父も母も深く頭を下げ、冒険者に感謝した。