試練の姫君〜レーガー卿の忠告

■ショートシナリオ


担当:内藤明亜

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月25日〜05月30日

リプレイ公開日:2008年06月04日

●オープニング

●姫の務め
 精霊歴1041年4月、アネット男爵領にて騒擾事件発生。酒浸りの生活を続けていたマリーネ姫の父親、モラード・アネット男爵が乱心し、王都でかき集めた100人もの使用人たちを人質に取って領主館に立て籠もったのだ。
 事件は冒険者の活躍で解決し、人質の犠牲も2名に留まったことは不幸中の幸いというべきか。
 騒擾事件が終結すると、マリーネ姫は熾烈な戦闘の舞台となった領主館を訪れた。事件の解決に力を尽くした冒険者たちへの労いと、解放された人質たちへの見舞いも兼ねてだ。現地はまだ戦いの爪痕生々しい。
「姫様だ!」
「姫様がお越しになられた!」
 解放された人質たちは着の身着のままの姿で姫を迎え、姫は努めてその1人1人に声をかけた。
「辛かったでしょう。もう貴方を危険な目には遭わせません。安心して休みなさい」
 マリーネ姫親衛隊隊員のカリーナ・グレイスは、姫の隣を歩きつつ報告する。
「冒険者からの報告によれば、今回の事件の背後でやはりカオスの魔物どもが糸を引いていたとのこと。屋敷に火を放った大物は退治されましたが‥‥」
 姫の足が止まる。そこは現地に設営された救護所の外れ。そこに2体の亡骸が安置されていた。1人は老人、長年に渡って屋敷で働いてきた召使いだ。もう1人は男の子。周りの者に聞いてみると、男の子は王都の周旋所で仕事を紹介され、アネット男爵領にやって来た少年少女の1人だった。魔物が火を放った屋敷の中で、2人は煙に巻かれて窒息し、抱き合うようにして亡くなっていたという。
「この子の家族は?」
 呼びかけると、1人の娘がおずおずと姫の前に進み出た。
「この子は‥‥あたしの弟です」
「他に家族は?」
 その問いかけに娘は首を振る。姫は告げた。
「この子の葬儀は私が執り行います。それが私の務めです」
 亡くなった2人はアネット領内の墓所に埋葬され、葬儀に立ち会った姫は2人の冥福を祈って祈りを捧げた。

●封印されし過去
 その後、姫は領主館の中を見て回る。ここは姫が生まれ育った屋敷だけれど、今の姫の目にはひどく荒れ果てた場所に見えた。
「大広間に飾ってあった、あの絵はどうしたのかしら?」
 屋敷の大広間に飾ってあった絵のことを、姫はよく覚えている。父モラードと母マルーカ、そしてマリーネ姫自身を1つに収めた絵だ。姫にとっては大切な思い出の品だけれど、幼い頃にこの屋敷を離れて王都に移ってから、姫はずっとあの絵を見ていなかった。
 だが、足を運んだ大広間にその絵は無かった。侍女に命じて探させると、絵は物置の中で見つかった。その絵を見た途端、姫の顔は怒りに紅潮した。
「なんて酷いことを‥‥!」
 絵の2ヶ所、マルーカの顔の部分とマリーネ姫の顔の部分がごっそりと削り取られている。
「男爵の仕業ね!」
 怒りの冷めやらぬまま、姫は同行する親衛隊員たちに告げた。
「この絵の代わりに新しい絵を絵師に描かせて飾るわ。でもアネット男爵は抜きにして、代わりに先のウィル国王エーガン陛下を絵の中にお入れするのよ」
「エーガン陛下を?」
 姫の言葉が唐突に思え、親衛隊員の1人ルージェが問い返す。すると姫はあっけらかんと言葉を続けた。
「私、屋敷を離れてエーガン陛下のお側で暮らし始めてからは、ずっと陛下を実の父親のように思っていましたもの。それにこのお屋敷も模様替えしましょう! 家具をそっくり入れ替えて、綺麗な絵や彫刻をたくさん飾るのよ!」
「姫?」
「男爵のせいで荒れ果ててしまったお屋敷だけど、ここは私のお屋敷なのよ! この私が宮殿のように見違えるような場所にしてみせるわ!」
「姫!」
 我知らず、ルージェは大声を出していた。
「今は屋敷を飾ることよりも、魔物に害された民を救うことを先とすべきではありませんか!」
「ルージェ! 貴方‥‥」
「姫、お心をお鎮め下さい!」
 諫めの言葉に、感情の赴くままに喋り続けた姫も、ようやく自分が興奮気味であることに気づいた。
「‥‥そうね。屋敷のことよりも、苦しむ民を救う方が先。‥‥でも、私は子どもの頃から夢みていたの。国王陛下のお妃になって、宮殿のように素晴らしいお屋敷に住み、沢山の侍女達にかしずかれている自分を。その夢はもう叶ったのだけれど‥‥」
「姫、夢に囚われすぎて現実を見失いませぬよう」
「分かっているわ。でもこのお屋敷にいると、子どもの頃に見ていた夢を思い出してばかりだわ」
 ふと、ルージェの耳にあの忌まわしき言葉が甦った。ルーケイ最後の平定戦の折り、フロートシップから観戦中のマリーネ姫に魔物が投げつけた言葉だ。
「ウィルは滅ぶ! フオロも滅ぶ! 滅びをもたらすのはマリーネ姫、おまえだ!」
 たかが魔物の戯れ言、そう思いたいが‥‥。

 なおマリーネ姫の父親にして騒擾事件の首謀者であるモラード・アネット男爵は、領主の地位を放棄させられ、今はアネット領内の別荘に軟禁されている。別荘の警備はアネット騎士団が行い、冒険者は別として外部の人間は近づけない。
 アネット領は今後、フオロ王家が所有する王領となり、先王の寵姫として王族に加えられたマリーネ・アネット姫を領主に据える方向で、話が進んでいるという。

●レーガー卿の依頼
 冒険者ギルドの前に1台の馬車が止まり、3人の男が下り立った。先王エーガンに楯突いた謀反人にして、今はエーロン王がその身柄を預かるレーガー・ラント卿、そして彼を監視する2人の衛士だ。3人がここに来たのは、レーガー卿を依頼人とする依頼を冒険者ギルドに出すためである。
「依頼を出したらさっさと戻れ」
 衛士はそう言うが、レーガー卿は覚悟を決めている。
「悪いが依頼書の作成にかなり時間がかかりそうだ。冒険者たちに依頼内容を伝えたら、すぐに戻る」
 そう言ってレーガー卿は建物の中に入る。
「あの謀反人め!」
 衛士は忌々しく毒づくが、フオロ分国に所属する王都ウィルにあって、冒険者ギルドの敷地内はトルク分国の飛び地扱いだ。これは先王エーガンの統治下、トルクの王ジーザムがスポンサーとなってギルドが発足した時から変わらない。フオロの衛士たちにしても、他領である冒険者ギルドの中ではレーガー卿を取り押さえることは出来ないのだ。
 ギルドの一室に籠もると、レーガー卿は覚え書きをしたためる。
「この覚え書きを冒険者に手渡して忠告を為すまでは、ここからは出られんな」
 レーガー卿は呟いた。

【マリーネ姫の母君、マルーカ殿についての覚え書き】
 フオロ王家の者にとっては、触れられて欲しくない過去を蒸し返すことになるが、私はあえてここに記す。誰もが触れたがらない隠し事を明らかにせねば、隠し事に付け込もうと企む邪悪な者どもを退けることは出来ないからだ。
 これまでも密かに噂されていたことだが、マリーネ姫の出生には疑惑が付きまとう。果たしてアネット男爵はマリーネ姫の実の父親なのか?
 姫の母君のマルーカ殿は、ウィルの貴族界でのし上がる為に手段を選ばず、己の美貌と色香を武器としてフオロの王族たちに接近。ついにはエーガン陛下の愛人の立場を得るに至った。この事が何を意味するかは、懸命な冒険者ならお分かりのことだろう。
 六分国から成るウィルにとって、一番の急所は疲弊著しきフオロ分国。フオロ分国の一番の急所は、苛酷な宿命を背負うマリーネ姫だ。冒険者諸君、心せよ。魔物は急所を狙って攻撃を仕掛けてくるものだ。姫を魔の手から救え。

●今回の参加者

 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●レーガー卿との対面
 2人の衛士は相変わらず、冒険者ギルドの出入口に立っている。レーガー卿はまだ中から出て来ない。
「いったい、いつまで待たせるつもりだ!?」
 いい加減、しびれを切らした頃。
「おい、あれを‥‥」
 衛士たちは気づいた。こちらに来るクレア・クリストファ(ea0941)の姿に。救護院男爵の異名を持ち、小さいながらも領地を有する冒険者。しかもエーロン王が目をかけている人物だから、衛士たちもそれなりの敬意を払う。
「これはこれはクレア殿」
 サッと敬礼する衛士たちをクレアは一瞥。
「あなた達、ここで何を?」
「実は‥‥」
 中へ入ったまま出て来ないレーガー卿のことを衛士たちから知らされると、
「そう。レーガー卿には私がきつく言っておくわ」
 クレアは衛士たちに告げ、1人でギルドの中に入る。
「来たかクレア。ここに居れば、誰かが来るとは思っていたが‥‥実は渡す物がある」
 クレアと対面するなり、レーガー卿は自らの手で書き記した覚え書きをクレアに手渡す。それを一読するなり、クレアは頭に血が上るのが分かった。
(「こんな時にこんな真似をしてくれるなんて」)
 内心、クレアは憤り呆れている。
(「でも、自分も人の事は言えないわ」)
 微かに苦笑を浮かべて一言。
「忠告はお聞きするわ」
「では聞き給え。カオスの魔物とその手先どもは狡猾極まりない。この世界を破滅に導くためならば、ありとあらゆる忌まわしき手段を使って攻撃を仕掛けてくる。マリーネ姫の波乱は今後も続こう。これは長い戦いになるぞ」
「分かり切ったことよ。それで、姫を魔の手から救うにはどうしたらいいと考えるの?」
「およそ人として許されるあらゆる手段を用いて、姫に王族たる者の正しき道を歩ませ続けることだ。所詮、出生の秘密など王侯貴族には良くありがちな話に過ぎん。マリーネ姫が良く国を導き、良く民の為に尽くすならば、国は栄え人心も姫から離れることはない。出生の秘密がもたらす黒い影など、姫の威光の下では消え去るのみ。だが姫が道を踏み外すなら、国は傾き人心は姫から離れ去る。姫は憎まれ嘲られ蔑まれ、姫の出生の秘密は黒い噂となって姫を飲み込み、計り知れぬ程の大きな傷を姫とこの国にもたらすだろう。そしてカオス勢力は間違いなく、その傷に汚らわしき爪を突っ込み、さらに傷を押し広げようとするだろう」
「そうならないために、私たち冒険者が姫を支えろということね」
「そういうことだ」
 一呼吸置き、レーガー卿は言葉を続ける。
「実は、君たち冒険者に保護してもらいたい者がいる」
「それは誰?」
「それは、実際に会った時に分かる。私の友人の1人であり、カオスとの戦いに大いなる力を発揮するであろう者だ。その時が来たら、君たちの元に知らせが届くだろう」
「さて、忠告も聞いたことだし‥‥」
 クレアはギルドのカンウターに向かうと、インク壺を持って戻ってきた。
「何をする気だね?」
「こう見えても、私は秘密主義なのよ?」
 言うなり、クレアは覚え書きをビリビリに破き、細切れになったそれをインク壺に浸した。
「これで、たとえ魔法を使っても何が書いてあったか判らないわ」
 そしてクレアはレーガー卿に向き直り、
「先に謝っておくわ。御免なさい、ねっ!」
 ビシィ!!
 派手な平手打ちの音が響いた。

 数分後。クレアとレーガー卿は冒険者ギルドから出てきた。
「終わったわ」
「は!?」
 2人の衛士は唖然として、クレアとレーガー卿を見比べる。レーガー卿の顔にはくっきりと手形の跡が。
「後はよろしくね」
 去りゆくクレア。衛士たちは釈然としない顔でつぶやく。
「いったい、中で何があったんだ?」

●アネット男爵との対面
 覚え書きは始末されたが、レーガー卿が語った内容はクレアを通して仲間の冒険者たちに伝えられた。
「隠され続けてきた姫の出生の秘密‥‥それが事実であったとしても。姫もオスカー殿下も竜の祝福を受けた身、まっすぐに生きて欲しいと願うばかりだ」
 しかしレーガー卿が懸念するように、姫は本当にアネット男爵の娘ではないのか? 事実を知り陰謀への対策を練るため、アレクシアス・フェザント(ea1565)はディアッカ・ディアボロス(ea5597)、ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)、オラース・カノーヴァ(ea3486)と共に、アネット領を訪れる。
 アネット騎士団の首長となた騎士ボラット・ボルンは、礼儀正しく一行を迎え、そんな彼にオラースは魔力を帯びたダガーを贈る。
「幸か不幸かわからんが新たな門出だ」
「かたじけない。有り難く拝受つかまつります」
「ところで、俺が以前に預けた骨董品はどこにある?」
「全て屋敷の倉庫に」
「では、男爵への手土産に持っていくか」
 ボラットの案内で、一行はアネット男爵が軟禁されている別荘に向かう。
 かつては見栄えの良い別荘だったのだろうが、手入れが行き届いていないせいか、冒険者たちの目にはみすぼらしく映った。
「男爵はこちらの部屋に」
「そうだ、あれを食わなきゃな」
 オラースはバックパックから怪しげな干し肉を取り出し、むしゃむしゃやり始めた。怪訝な顔をしてボラットが問う。
「何ですかなそれは?」
「スネークタングと呼ばれる食い物だ。一時的だが話術が上手くなるんだぜ」
 部屋に入ると、男爵は安楽椅子に座っていた。以前よりもずっと老けてみえる。
「よぉ男爵、手土産を持ってきたぜ。あんた、こういうのが好きだったろう?」
 真っ先に話しかけたのはオラース。持ってきた骨董品の一つ一つを見せながら話し続けると、最初は落ち込んでいた男爵もすっかり気を良くした。
 頃合いを見て、オラースは本題を切り出した。
「ところで以前、マリーネ姫のことをこう言っていたよな。『あれは私の娘ではない』と。本当なのか? 何か、そのことを証明するものがあるのか?」
 男爵は急に押し黙った。
「我等とて徒に事を暴こうとは考えていない。願うは姫とオスカー殿下、そしてフオロを魔物の陰謀から護る事‥‥」
 と、アレクシアスも男爵に発言を促す。
「マリーネ姫の誕生からこれまでの経緯についてお尋ねしたい。マルーカがエーガン陛下に近づいた理由、姫が生まれた時の様子、姫がエーガン陛下の寵姫となった経緯、などを‥‥」
「帰ってくれ、話すことは何もない」
 男爵は掠れた声で言葉を返す。
「姫が実の子ではないと認識したきっかけは?」
「姫の生まれる1年も前から‥‥夫婦の交わりはなかった‥‥」
 アレクシアスの質問が続く間、ディアッカはリシーブメモリーで男爵の記憶を探る。
(「マルーカは今夜も王城だ」)
(「マルーカは今夜も王城だ」)
(「マルーカは今夜も王城だ」)
(「マルーカはもう、私の元には戻らない」)
 男爵の記憶によれば、今は亡きその妻マルーカが王都ウィルの王城に通い詰めていたことは事実だ。まだ王城の主が先王エーガンだった頃の話だ。
 が、結局のところ、男爵もマリーネ姫の実の父親が誰なのか、明確な答を知っているわけではなかった。
「マルーカ殿とマリーネ姫、そして男爵殿の姿を1枚に収めた絵のことを知っているか?」
 アレクシアスが新たな質問を向ける。
(「私はあの絵を傷つけた」)
(「2人の顔を削り取った」)
 魔法で男爵の記憶を探っていたディアッカは、絵を傷つけたのが男爵であることを知った。
 一連の質問を終えると、アレクシアスが男爵に告げる。
「今回、この部屋で話されたことについては、決して外部の人間に口外しないことを約束しよう」
「長々とお邪魔したな。良かったらこれを受け取ってくれ」
 オラースが男爵の手に握らせたのは『七徳の桜花弁』。
「このアイテムは、人に必要な七つの徳が集まったものといわれている。退魔の魔力を帯びているらしい」
「そうか‥‥」
 男爵は、じっと手の中のそれを見つめていた。

●ゴブリン
 男爵との対面を終えた一行は、かつて男爵が住んでいた屋敷を目指し、荒涼たる景色の中を進む。
「絵を傷つけた犯人は男爵だったのじゃのう。もしや男爵に雇われた者に、カオスの魔物やその息がかかった者がいるのかとも思ったのじゃが‥‥」
 話をしながら進んでいたユラヴィカだったが、その隣にいたディアッカが、離れた藪の中からこちらをうかがう姿に気づく。
「気をつけて下さい。魔物かもしれません」
 仲間に注意を促し、ディアッカはその手にする『石の中の蝶』に目をやるが、宝石の中の蝶は羽ばたかない。
「あれはデビルに類する魔物ではなさそうですが‥‥」
 ディアッカが飛ぶ。空から藪の中に近づくと、中から醜悪な姿が飛び出した。
「ギャアッ!」
 ゴブリンだった。ディアッカはシャドウバインディングでゴブリンを捕らえ、魔法で記憶を確かめる。が、そのゴブリンはカオスの魔物と関係なさそうだ。
「しばらく前から土地に住み着いているゴブリンのようです。他にも仲間がいるようです」
 捕まったゴブリンはさっさと退治されたが、ボラットがぼそりと言う。
「1匹のゴブリンを見つけたら、近くに10匹は隠れていると思え。──とかいう言葉がありますからなぁ。この土地もすっかり荒れ果てたものです」

●心からの助言
 その頃。クレアはマリーネ姫の屋敷に赴き、マリーネ姫に助言をなしていた。ふとした切っ掛けで道を誤りかねない姫へ、忠告の意味合いを含めて。
「幾ら煌びやかに着飾っても、それは所詮上辺だけの物にしか過ぎません。それに惑わされることなく、余計な着飾りを排し、姫ご自身がかねてから備えたものを磨くべきです」
「同じことを双武という武人にも言われたわ。倹約と質素な暮らしをせよと。民のことを思えば、それも道理に叶っていることだけれど‥‥」
 そう口にした姫の表情に、先の定かでない未来への不安を感じ取り、クレアは姫に言い聞かせた。
「貴女は成長しなければならない‥‥。私が、その道標となりましょう。不安なら頼ってくれて構いません」
 姫は微笑みを見せる。
「いつか、ジーザム陛下がおっしゃったわ。民を率いて王道を行くとは、重き馬車を牽きて長き道を歩むが如しだって。長い道のりになりそうだけど‥‥でも、あなたが共にいてくれるなら嬉しいわ」
 それから暫くすると、アネット領から帰ってきたユラヴィカとオラースが姫の元にやって来た。
「あら、あなた達まで私に忠告を? いいえご心配なく、しっかり聞きますから」
「姫には、色々しんどいとは思うのじゃが‥‥」
 努めて柔らかな口調で、ユラヴィカも忠告する。
「公人であるがゆえになされる事が色々と注目されたり、影響を及ぼしたりするということは重々心してくだされ。お子様の為でもあるしの。わしらもでき得る限りのお手伝いはするのじゃ」
 ふと、姫は尋ねる。
「そういえばアレクシアス殿は?」
「エーロン陛下に話があるとかで、今は陛下の館だろう。ところで、実は姫に贈り物を持ってきたんだが」
 そう言ってオラースが姫に差し出したのは、アネット男爵に渡したものとお揃いの『七徳の桜花弁』。男爵にそうしたようにその由来を説明すると、姫は感謝の言葉と共にそれを受け取った。
「ところでお二方とも、これから一緒にお茶でも如何かしら? アネット領の様子を色々と聞きたいの」
 勿論、2人が嫌と言うはずもない。
「それはかたじけない」
「喜んで」

●王の逡巡
 一方、アレクシアスはエーロン王の館で王と対面していた。人払いが命じられ、部屋にはアレクシアスと王の2人きり。
「恐れながら──アネット男爵が立て籠もり事件を引き起こしたのも、男爵の心中にマリーネ姫との血のつながりに対する疑念が存在したため」
「それを男爵が口にしたのか?」
「はい。男爵の世迷言、と聞き流すには重い問題かと──。仮に姫の出生に秘密があるとしたならば、姫の為にも秘密を守り通す事が望ましいのですが、もし魔物の陰謀で明るみに出た場合の対策も必要となりましょう」
 アレクシアスはそのままエーロン王の言葉を待つが、返事はなかなか来ない。王の顔を見れば、焦燥のような困惑のような、何とも言いがたい表情が浮かんでいる。
 かなりの間をおいてから、王の返事があった。
「おまえが心配するまでもない。たかが酔いどれ男爵の世迷い事、それだけの話だ。この件についてはこれ以上気にするな。今後もマリーネのことを頼むぞ」

●軋轢
 去年の親善訪問から1年ぶりに、ハンの国の王女ミレム・ヘイット姫が訪ウィル。今回の訪ウィルには海路が使われ、ショアの海に面した港町ラースへの到着後は、大河を通って王都ウィルに至るコースが取られた。
 途中、ミレム姫の率いる親善使節団は休息を名目として、マリーネ姫の故郷であるアネット領に立ち寄る。
 予定ではクレアも、マリーネ姫とミレム姫に同行することになっていた。
 アネット領への出発前、クレアは豪華な川船の上でミレム姫と対面して礼儀正しく挨拶。ここまでは良かった。
 だが、その後がいけなかった。
「姫、お聞き下さい。私は己の力及ばず、悪に連れ去られてしまった民達を1日でも早く救いたいのです。願わくば、お力を貸して頂ければと‥‥」
 クレアの言葉に、ミレム姫の取り巻きが色めき立つ。
「その民は、今どこに?」
 姫に問われ、クレアは答えた。
「恐らくは、ハンの国のどこかに?」
「え!?」
 姫の顔色が変わった。
 途端、ハンの国の騎士が声を張り上げる。
「姫! これ以上、この者の言葉を聞いてはなりませぬ!」
 ぞろぞろと現れたハンの国の衛士たちが、クレアとミレム姫の間に割って入る。そしてクレアはミレム姫から引き離された。
「この者をこれ以上、ミレム姫殿下に近づけるな!」
 ハンの国の騎士が強行に訴え、クレアは随行者から外された。

 騒ぎの知らせはエーロン王の元にも届き、後になってクレアは王に呼び出された。
「まったく、とんだ無茶をしでかしてくれたな」
「処罰は何なりと」
 潔く頭を下げるクレアに、王は言葉を下す。
「では今後、ミレム姫並びに親善使節団との接触を禁ずる。それが処罰だ」