暗雲ルーケイ10〜最後の戦い

■シリーズシナリオ


担当:内藤明亜

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 97 C

参加人数:15人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月18日〜11月25日

リプレイ公開日:2007年11月29日

●オープニング

●ルーケイ概史
 王都ウィルの西方に、フオロ王家の直轄領である広大なルーケイの地は存在する。ここは長らく荒廃の極みにあった土地である。だが精霊歴1039年3月、当時のウィル国王にしてフオロ分国王たるエーガン・フオロの王命によって、一人の冒険者の男が王領代官ルーケイ伯(新ルーケイ伯)としてこの土地の統治を任されたことは、ルーケイにとって大きな転機となった。
 ルーケイには苦難の歴史がある。かつてこの土地にはルーケイ伯爵家が存在し、その所有する強大な兵力はウィルの国の覇を競い合うトルク分国の軍勢から、王都かつフオロ分国の首都であるウィルの都を守る盾の役割を果たしてきた。
 だが精霊歴1035年、エーガン王の治世下で悲劇は起きた。王妃シェーラ・フオロと国王の愛人マルーカ・アネットの暗殺である。当時、フオロ分国内ではエーガン王の政治を巡って、王に取り立てられた新興勢力と、王のやり方に反対する守旧派の貴族達が激しく対立していた。その最中に起きた暗殺事件である。フオロ分国は大きく揺さぶられた。
 暗殺の黒幕は、守旧派の代表格たる時のルーケイ家当主マージオ・ルーケイ(旧ルーケイ伯)とされ、マージオは王の手の者に捕らえられ反逆者として処刑される前に、自ら死を選んだ。以後、ルーケイはエーガン王の任命した代官の統治する地となったが、最初の代官ターレン・ラバンは苛酷なる圧政によりルーケイ領民の叛乱を招き、その叛乱の最中に殺害される。その後のルーケイは王に怨みを抱くマージオの遺臣達や、数々の盗賊団が割拠する、正当なる統治者なき無法の地と化した。
 冒険者より2代目の王領代官に取り立てられた新ルーケイ伯は、ルーケイにおいて度重なる平定戦を繰り広げ、ルーケイ各地をその支配下に治めていった。非道なる盗賊団は情け容赦なく討ち滅ぼしたが、任侠の筋を通す義賊や、騎士の誇りを失わない反逆者に対しては、寛容を示してこれを傘下に収めた。
 ルーケイ平定の山場となったのは、精霊歴1040年の夏に繰り広げられた毒蛇団討伐戦である。この戦いには大型フロートップ・イムペット、ウィングドラグーンなど強力なゴーレム戦力が投入され、西ルーケイに巣くい人々を苦しめた大盗賊団は1日にして壊滅した。
 残すは、今だルーケイ中央部を実効支配する旧ルーケイ伯の遺臣のみである。
 ──そして、時は精霊歴1035年11月。

●マーレンへの手向け
 ここは東ルーケイのクローバー村。この村に居住する警備兵の間では、一風変わった訓練が行われている。
「やあっ! やあっ!」
「うおおおーっ!!」
 飛び交う雄叫び。繰り広げられているのは実戦さながらの模擬戦だ。
 だが、この訓練の本領は戦いとは別のところにある。
「急げ! もたもたするな!」
 模擬戦が一段落するや、担架を抱えた医療兵の出番がやって来る。さっきまで剣を打ち合っていた警備兵達は、今はあちこちにうずくまったり倒れたりして、負傷者の役を演じている。医療兵はその合間を駆け回り、傷の様子を確かめたり応急手当を施したり。身動き出来ぬ程の重傷者は手早く担架に乗せ、間近に設けられた救護所へと運んで行く。
 これは、来る合戦に備えての医療訓練だ。
 離れた場所で、その光景を食い入るように見つめている者達がいる。彼らはこの夏の懲罰戦で新ルーケイ伯の捕虜となった、旧ルーケイ伯遺臣軍の兵士達だ。
「驚いたな」
 と、その1人が感想を漏らす。
「流石というか、天界人は考えることが一味違う」
 そもそもこの医療訓練は、冒険者である地球人の女医によって計画され実施されたものだ。今もこの女医はクローバー村で医療指導に当たっている。医療兵から成る救護隊を組織し、戦場での救援活動に投入するという発想は、文明度の進んだ地球人ならではのものだ。
 休憩の時間になると、警備兵達が捕虜たちに話しかける。
「どうだ、次の訓練にはあなた方も加わらないか?」
「我々は捕虜の身だが、構わないのか?」
「既にエーロン陛下からお言葉があったそうだ。あなた方、懲罰戦の捕虜については、ウィンターフォルセ事変での捕虜に準じた扱いをして構わぬと」
 クローバー村に住む警備兵達も、元はといえばウィンターフォルセ事変に荷担した反逆者達。新ルーケイ伯と一戦交えた後に恭順の意を示したことで、警備兵の役割を与えられたのだ。
「女医殿が言うには、将来において医療兵という道を選ぶことも可能だそうだ」
「将来のことはともかく、医術の心得を身につけて損は無い」
 捕虜達は意欲を示す。憎きエーガン・フオロ王が任じた王領代官ということで、これまで新ルーケイ伯を悪王の手先の悪代官と見なして来た者は、捕虜達の中には多かった。だが新ルーケイ伯の統治する地において、こうして好待遇を受けてる身になって、これまでの評価ががらりと変わった。統治者に仕える者の人となりを見れば、自然と統治者の人となりも推し量れる。
「大変だ!」
 急を告げる叫び。駆けつけて来たのは、遺臣軍の動きを見張っていた警備兵達だ。
「中ルーケイとの境から遺臣軍が現れたぞ! 軍を率いているのは老騎士ユーゴン・レンヌだ! しかも白旗を掲げているぞ!」
 白旗は抗戦の意志なきことを示す目印。
 急遽、医療訓練は取り止めになり、警備兵達は遺臣軍の現れた場所へと急行。現れた遺臣軍の数はおよそ200人。対するクローバー村警備兵の数は80人にも満たない。交渉に赴いた警備兵がユーゴンの真意を問う。
「ユーゴン殿、かかる軍勢を率いて来たのはいかなる事か?」
「これは、我等がマーレン殿への手向けだ」
「マーレン殿への?」
 警備兵の頭の中に、凛々しい少年の顔が浮かぶ。
 年若きマーレンは旧ルーケイ伯の遺児。彼は無法の地と化したルーケイの現状を憂い、遺臣達の反対を押し切って、1人の従者のみを引き連れて新ルーケイ伯に身を寄せた。
 その後、マーレンは退位したエーガン王の息子にして現在のフオロ分国王エーロンと対面。エーロン王はマーレンを味方に取り込もうと図り、その忠誠心を試すべくマーレンに遺臣軍の討伐を命じたのだった。苦汁の選択だったがマーレンは戦うことを選び、冒険者の主導で遺臣軍との戦争協定が結ばれ、決戦の日が定まった。
 老騎士ユーゴンを始め、遺臣軍の重鎮にとっては自らを滅ばさんとする戦い。しかしユーゴンはマーレンに花を持たせるべく、その戦力の大部分をマーレンに預けたのだ。
 別れ際。警備兵達の中に地球人の女医の姿を認めると、ユーゴンは歩み寄って告げる。
「あの者達はマーレン殿にとっては大切な兵士達。来る戦いが初陣となる若者も数多い。一人たりとも死なすな」

●冒険者の選択
「そうか、ご苦労」
 報告を受けたエーロン王は部下を下がらせ、考えを巡らせる。
「来る戦いが終わればルーケイ平定は成る。ここに至るまで長き道のりだったが‥‥冒険者達には次なる身の振り方を決めさせねばな」
 このままルーケイの統治に関わるもよし。だが、安定化したルーケイでは冒険者の出番は少なくなろう。先王の悪政で荒廃したフオロ分国の建て直しは始まったばかり。冒険者を必要とする土地はまだ数多く、冒険者の出番を待っている。
 冒険者自身が望むなら、遠き地の探索や遺跡巡りに赴くもよかろう。長い目で見れば、それもフオロの為になる。どの道を選ぶも冒険者次第だ。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1819 シン・ウィンドフェザー(40歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3866 七刻 双武(65歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4857 バルバロッサ・シュタインベルグ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・フランク王国)
 ea9515 コロス・ロフキシモ(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・ロシア王国)
 eb2259 ヘクトル・フィルス(30歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4578 越野 春陽(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●200人の兵士
 マーレンが遺臣軍から預かった200人の兵士は、概して若い者が多かった。かつての同胞を敵に回しての戦い、心に痛みを感じぬわけがない。
 だが、一度戦うと決まった以上、迷いは許されない。
 だからコロス・ロフキシモ(ea9515)は200人の兵士達に実戦にも劣らぬ激しい訓練を課し、徹底的にしごき抜いた。
「甘いわっ!」
 ぼがあっ!! 挑みかかった若い兵士が、コロスの模擬剣に吹っ飛ばされる。刃無しの模擬剣でも相当な打撃。痛みのあまり起きあがれぬ者は数知れず。
 十人ばかりの兵士を薙ぎ倒すと、コロスはマーレンに挑んだ。
「どの程度腕を上げたか俺が見てやろう。来るがいい」
「では、参ります」
 一礼するや打ちかかるマーレン。以前に訓練した時よりも剣の技が冴えている。ほう、見事なものだ。そう思いながらもコロスはその事を口に出さず。暫し剣を交えた後、勝負を決さんと強烈な一撃を加えるや、マーレンはひらりと避けた。
「何っ!?」
 隙を狙い、突き出されるマーレンの剣。それを鎧で受け止めたコロスは、右手の盾でマーレンを弾き飛ばす。転倒したマーレンはすぐに起きあがったが、その時にはコロスの模擬剣が喉に突きつけられていた。
「まだまだ甘いな」
 もちろんマーレンにしてもその他の兵士達にしても、そう短期間で腕は上がらない。そこは闘志で補わせる。陸奥勇人(ea3329)はかつての捕虜ラージバルとルーゼルの2人を戦闘訓練の指導役とし、また自らも訓練を指導。弓の訓練はアシュレー・ウォルサム(ea0244)が担当し、適性のある者を見定めている。バルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)は自費の300Gで盾を揃え、兵士達に与えた。
 戦闘訓練だけではない。ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)は先の懲罰戦で捕虜となった兵士達を相手に、医療訓練を行っている。既にエーロン王には話を通してあるが、今度の戦いが終われば彼らには医療兵への道も開けよう。
 冒険者達による訓練は合戦の日の前々日まで続いた。その日の夕刻。七刻双武(ea3866)は兵士達と夕食を共にし、彼らと話す。
「討つべき相手は、技と心を鍛えて頂いた先達達。故にこの戦に悩む者や、フォロ家の者にルーケイ遺臣の心意気を見せるつもりじゃった者もおるじゃろう」
 頷く者、ただじっと見つめる者、言葉は返って来なくても双武には彼らの気持ちが分かる。
「じゃが我等は、これより先のルーケイの未来を託されたのじゃ。過去に捕われていては未来は掴めぬ。此度の戦いにはゴーレムも加わるとはいえ、先達達によりその力は封じられるじゃろう。その先達を超え、この戦を見る全ての者に、遺恨を棄て新しき道に歩む姿を見せねばならない。先達の思いを受け止め、前に進む戦じゃ。心して行こうぞ」
 翌朝。新ルーケイ伯アレクシアス・フェザント(ea1565)の前に呼び集められた200人を前にして、勇人は言った。
「ユーゴン卿はお前たちが生き抜く事を望んでいるが、確たる決心無くばそれも叶わない。迷いがある者は今回の戦から外れて良し」
 だが、兵士の中に立ち去る者はいなかった。
「新ルーケイ伯の旗の下、マーレン殿と共に立つ者は一歩前へ!」
 足音が一斉に鳴り響く。兵士全員が参戦を表明した。
 アレクシアスはマーレンの名を呼び、進み出たマーレンに一言。
「彼らは、お前の兵士だ」
 兵士達に声をかけるよう促すと、マーレンは高らかに宣告した。
「これは新ルーケイ伯とマーレンの戦い! ルーケイに平和の礎を定め、ルーケイの未来をここに決す! 我等に勝利を!」
「おおーっ!!」
 兵士達の盛大な歓呼の声が返って来た。

●空からの偵察
 合戦の日が到来。アシュレーは朝方からグリフォンに乗って空を飛び、遺臣軍の動きを偵察している。
 冒険者仲間のシン・ウィンドフェザー(ea1819)も、やはり自分のグリフォンに乗り空を舞っている。
 見えた! 中ルーケイの奧から合戦場所へと進軍して来る遺臣軍の隊列が。総勢50名ほど、付き従える馬の数は10頭と、迎え撃つ新ルーケイ軍と比べたら遙かに規模は小さい。それでもアシュレーとシンは、遺臣軍の中にウィザードの姿を確認した。
「3人か」
 一目でウィザードと分かるローブ姿の者が3人。うち1人は、先の懲罰戦でシンが遭遇したウィザードに違いない。
 アシュレーとシンは本陣への報告に戻る。途中、空から合戦場所を見下ろすことが出来た。そこは東ルーケイと中ルーケイの境。草の生い茂る平野が延々と広がり、今は使われなくなった街道が通っているだけの場所。軍を自由自在に展開することが出来る反面、身を守る遮蔽物という物が存在しない。
 マーレンは数を頼みとする戦いを望まず、新ルーケイ伯側は200人の兵士と冒険者、そして冒険者の操るゴーレムのみで戦うことになった。ゴーレムの役割は遺臣軍の魔法攻撃に対する盾。それでも戦場となる場所を見るに、数で遙かに上回る新ルーケイ伯軍が圧倒的に有利と思えた。だが‥‥。

●ゴーレム到着
「勝てぬ戦いを挑むとは‥‥愚かだな。だが、それが騎士道というものか。俺には理解できんが、戦う以上は全身全霊をもって叩き潰すのみだ‥‥」
 集結しつつある遺臣軍を新ルーケイ伯軍の陣営から見やっていたコロスだが、ふと空を見上げてつぶやく。
「それにしても遅い」
 王都からのゴーレム輸送が遅れている。が、やがてゴーレムを乗せたフロートシップが到着。運んで来た4体のゴーレムと共に、ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)と越野春陽(eb4578)が船から下り立った。
「遅れてすまない。グラシュテの持ち出しに手間取った」
 と、ルエラが事情を説明する。ゴーレム保管所の者にグラシュテの割符を見せたはいいが、『個人所有で自由に持ち出せるグラシュテなど1つもありゃしない』と保管所の者は言い張るばかり。先王の時代にルエラが所有を認められたバガンはともかく、冒険者個人による購入や王家からの寄贈例がないグラシュテの割り符が何故に存在するのかは謎だが、恐らく割符の配布担当者の手違いだろう。仕舞いに話はエーロン王の耳に入り、王の采配で王都ゴーレム工房からグラシュテを2体、借り受けることが出来て事なきを得た。
 なお今後、冒険者の使用するゴーレムは王都ゴーレム工房で一括管理されるから、今回のような無用のトラブルも無くなるはずだ。
 ついでとばかり、個人所有だけどやたら重たい大盾ゴーレムブロッカーを、5つも引っ張り出して来たのは信者福袋(eb4064)だ。
「いよいよルーケイ最後の戦いですからね。ずっと戦闘を避けてきた私ですが、最後は体を張るのが筋というもの。私も敵の心意気に殉じたく思いますよ。で、搭乗させてもらえるのはグラシュテですか?」
 グラシュテの数はある。福袋が試し乗りしてみると、難なく動かせた。
「でも、私には戦闘能力がありませんから、完全に壁役です」
 でかくて重たいゴーレムブロッカーも、グラシュテなら楽々と両手持ち。まさに鉄壁の防御だ。
 運ばれてきたバガンのうち1台は、足の裏に尖ったスパイク付き。春陽が提案してゴーレム工房に作らせた特別装備で、魔法攻撃による転倒を防ぐものだ。さらに大型盾を持たせて重量を増やす。改造に手間はかかったが、合戦までには間に合った。

●開戦
 全ての戦力は揃い、合戦の時が訪れる。遺臣軍は平野の西側に、新ルーケイ伯軍は平野の東側に陣を張る。
 戦いの布陣は、かくのごとし。

 (遺臣軍)
 ________________
 ______■中央隊______西
 ___■右翼隊__■左翼隊___側
 ________________
 ________________
 ________________
 □遊撃隊________□遊撃隊
 ______□ゴーレム隊____
 _□左翼隊_□中央隊_□右翼隊_東
 ______□本陣_______側

 (新ルーケイ伯軍)

 新ルーケイ伯軍の左翼隊・中央隊・右翼隊の各々は冒険者が指揮し、各隊が50名の兵を率いる。
 ゴーレム隊は冒険者の操るバガン2体にグラシュテ2体で編成。
 遊撃隊は戦場を縦横無尽に動き回る。グリフォンとグライダーに乗る者はここに所属する。
 本陣には新ルーケイ伯軍の総指揮官アレクシアスがマーレンと共に陣取り、50名の兵士がここに待機する。
「この戦いを確り目に焼き付け、忘れるな!」
 アレクシアスの激励の言葉を受け、兵士達は開戦の時を待つ。
 時が来て開戦の合図は発せられ、戦いは静かに始まった。
 歩むペースでゆっくりと進軍する両軍。空には観戦のフロートシップ。観戦するエーロン王にマリーネ姫、それにワンド子爵を始めとする立会人の目は、全てこの戦場に注がれているはずだ。

●序盤戦
 真っ先に敵へ接近したのは山下博士(eb4096)のグライダー。その後にアシュレーとシンを乗せたグリフォンが続く。
「さって、久しぶりの戦場だ。今回は好きに暴れていいよ、マガツヒ」
 愛獣に囁き、アシュレーは攻撃のタイミングを計る。博士のグライダーは石灰散布装置付き。ただし今回は目潰し石灰の代わりに、小麦粉を詰めてある。敵が魔法攻撃をかける直前に空中から散布するのだ。盗賊相手に行うような目潰しのダメージは与えないが、視界は遮られるはずだ。
 敵は左翼隊・中央隊・右翼隊と3つに別れ、どの隊にも1人のウィザードを抱え込んでいる。地上からの目線では多数の兵士の陰に隠れてしまうその姿も、空から見れば一目で分かる。
「おや? あれは何だ?」
 シンは気づいた。敵の右翼隊と左翼隊の間に、等間隔で結び目が付けられたロープが張られている。
「何のつもりだ?」
 右翼隊と左翼隊のど真ん中、やや引っ込む形で進軍する中央隊を守る防御線のようにも見えるが、たかがロープ1本で何が出来るというのだろう。
 後方に目をやれば、左右に大きく広がる包囲体制を作って進軍する新ルーケイ伯軍の雄姿がある。総数は200名を越え、さらにゴーレムも参戦。4倍もの戦力比で遺臣軍を圧倒している。
 博士の小麦粉散布が始まった。グライダーは敵の右翼隊・中央隊・左翼隊の頭上をひとっ飛びで通過し、小麦粉のカーテンを広げる。
 と、同時にシンは見た。敵の右翼隊から左翼隊へと馬が走り抜ける。その背中にウィザードを乗せて。
「何っ!?」
 ロープに沿って走る馬の馬上から、ウィザードは立て続けに呪文を放ったのだ。ミストフィールドの呪文である。ロープの結び目を目印の位置として、次々と生じた霧の球が一列に並び、視界を遮る霧の壁を作る。ロープはさらに前進し、そこをまたもウィザードを乗せた馬が駆け抜け、さらなる霧の壁が作られていく。

●ゴーレム狙い撃ち
「私は陣地の中央正面で本隊への攻撃を防げばいいですね。さあ、24時間戦えますかー?!」
 と、張り切ってグラシュテを進ませていた福袋だったが。
「あれ? 目の前が霧で塞がれちゃいました。どうしましょう?」
 やむなく移動停止。
「敵の中央隊は霧の向こう側ですか?」
「全員、その場に踏みとどまれ! 両翼からの攻撃に備えろ!」
 ゴーレム隊の隊長、ルエラがグラシュテから命じる。
「来たわ!」
 左翼を固める春陽が、霧の壁の左側から進撃する敵の右翼隊に気づく。春陽はバガンの歩を速め、味方の左翼隊を守るように立ちはだかる。
「敵の魔法は私のバガンで受けます!」
 兵士達を魔法の攻撃に晒させはしない。その決意を胸に抱き、魔法の衝撃に備えるや‥‥来た! グラビティーキャノンの衝撃波が!
「おっと! これは強烈ですね」
 と、グラシュテで踏ん張る福袋。春陽はバガンのスパイクをきかせ、何とか持ちこたえる。ルエラのグラシュテもぐらついた。
「一直線に並ぶな! ばらけるんだ!」
 直線上にゴーレムの壁を作ると、直線上の物を撃破するグラビティーキャノンで狙われやすい。ルエラの声で皆のゴーレムはばらばらの配置になる。
「ウィザードはどこだ!?」
 見回すとウィザードを乗せた軍馬がいた。操馬は手練れの兵に任せ、自身は相乗りして魔法を放って来る。それもゴーレムが一直線に並ぶ位置を狙って。
 博士のグライダーとシンのグリフォンが、上空からウィザードに迫る。博士は小麦粉をまき散らし、シンはラーンの投網の狙いを定める。と、ウィザードを乗せた馬は霧の壁の中に突っ込み、姿を消した。
「右からも来ます!」
 右翼のセオドラフ・ラングルス(eb4139)が叫ぶ。彼も味方の盾となるべく、自らのバガンで迫り来る敵・左翼隊の前方を塞いだ。
 出し抜けに、霧の壁の中からウィザードの馬が出現。バガンの後ろを駆け抜け、放たれた魔法はローリンググラビティー。
「うわあっ!」
 重力反転。バガンが空へ向かって落下し、続く地上への落下で盛大な地響きを立てる。
「ウィザードは!?」
 ルエラがその姿を追い求めるが見つからない。また霧の中に隠れたか? そう思った刹那、右手にウィザードが出現。今度はルエラのグラシュテが宙に持ち上げられて墜落する。続いて福袋のグラシュテも。
「うわぁ、これは強烈です!」

●激戦
 どおおおん!
 またも鳴り響く地響き。今度は春陽のバガンが宙に舞い上がり落下した。
 ローリンググラビティーによる狙い撃ち。味方の盾になるはずが、これでは味方を押し潰しかねない。
「味方は押されています! 早く我々も加勢も!」
 はやるマーレンだが、アレクシアスは本陣からの出撃を押し止める。
「今はまだ出るな。やがては敵の魔法も底をつく。そこが狙い目だ」
 だが見たところ、敵ウィザードは馬で戦場を駆け回り、近距離からの攻撃で魔法の消費を抑えている。しかも平野だったはずの戦場には、霧の壁という遮蔽物が出現した。魔法攻撃は長引くだろう。
 中央隊ではバルバロッサが体勢の建て直しを図る。
「ゴーレムから距離を取れ! いつまた吹っ飛ぶか分からんぞ!」
 眼前に広がる霧の壁、その中から敵・中央軍が姿を現し突進して来た。味方50人に対し敵は30人弱。
「迎え撃て!」
 声を張り上げて号令を飛ばすや、
「何っ!?」
 周りの兵士ともどもバルバロッサの体が宙高く持ち上がる。
「やられたか!」
 落下する刹那、下界に目をやれば馬で駆け抜ける敵ウィザードの姿。
 どおおおん! 落下の衝撃は強烈だった。
「バルバロッサ様!」
 その身を案じて味方兵が駆けつけたが、バルバロッサは平然と起きあがる。
「なんの、これしき」
 だが、巻き添えをくらって落下した味方兵はそうもいかず。
「敵も憎い手を使ってくれる」
 攻撃魔法から身を守るために与えた盾も、これでは形無しだ。
「これ以上、ふざけた真似はさせぬぞ!」
 コロスが怒声を上げ、随伴獣のグリフォンにウィザードを追えと命じる。そして自らは攻め寄せる敵・中央軍の前に立ちはだかった。
「このコロス・ロフキシモに恐れをなさぬのならかかって来るがいい! おぬしらの腐抜けた剣なぞ痛痒とも感じぬという事を教えてやろうッ!!」
 コロスの得物はリーチの長いランス。
「ムンッ!」
 軍馬を巧みに操り、馬上から繰り出す連続攻撃。その勢いに敵は一人また一人と薙ぎ倒される。
「ムウゥ‥‥ぬるい」
 預かった50名の兵士を背に奮戦するコロス。するとあたかも潮が引くように、敵・中央軍が霧の中へ退いて行く。
「どうした、もう終わりかっ!?」
 コロスはしゃにむに追撃しようとしたが、それをバルバロッサの声が止める。
「深追いはするな。どうもこの霧の壁は怪しいぞ」

●老騎士ユーゴン
 左翼隊を率いる双武はきつい戦いを強いられていた。ぶつかり合ったのは敵・右翼隊で、人数は10人強。だがその半分は機動力のある騎兵で、素早い馬の動きで左翼隊を翻弄。おまけに残りの敵兵はいきなり霧の中から現れて矢を放ったかと思うと、あっという間に霧の中に隠れる。
 またしても騎兵の攻撃が始まった。
「剣を外に向けて固まるのじゃ!」
 騎兵に攪乱されてなるものかと、双武は味方兵に密集形態を取らせる。そこへ迫って来たのが敵ウィザードの馬。
「しまった!」
 密集したところへローリンググラビティーを放たれてはたまらない。
 だが、空より舞い降りたグリフォンがウィザードの行く手を阻む。グリフォンの背には勇人。その峰打ちが決まり、ウィザードは落馬。そしてグリフォンの足に押さえつけられた。
「殺すな、生かしておけよ」
 勇人はグリフォンに言い聞かせる。こうして、ローリンググラビティーで散々に味方を苦しめた地のウィザードは捕虜となった。
「勇人殿! 気をつけられよ!」
 双武が駆け寄り声を飛ばす。霧の壁は勇人の間近。霧の壁に向かって双武がストームの魔法を放つと、一斉に飛び出して来た敵兵達が暴風をまともに受けてばたばた転倒する。いや、1人だけ倒れず、落ち着き払って立ち続ける老騎士がいた。
「俺はルーケイ伯与力、陸奥勇人だ! 我と思わぬ者は掛かって来いっ!!」
 サンソード「ムラサメ」を手に勇人が言い放つと、老騎士も自らの剣を構えて勇人に歩み寄り、名乗りを上げる。
「我は真のルーケイ伯マージオ・ルーケイが家臣、ユーゴン・レンヌ。勝負は望むところだ」
 勇人が剣を交えたいと願っていた相手だ。
「では、参るぞ!」
 叫んだ次の瞬間には勝負が始まっていた。
(「やるな!」)
 剣を交えた瞬間に、勇人は相手の剣の力量を悟った。老齢ゆえかユーゴンの剣さばきは若き勇人に比べてやや鈍い。とはいえ、油断すれば即座に首を刎ねられるのは間違いない。並はずれた剣の腕を持つ勇人だからこそ、受けて立つことが出来る相手だ。この技量に達するまで、ユーゴンはどれだけの年月を重ねたことか。その皺深い顔には闘志がみなぎっている。この老人は最後の力を振り絞り、勇人に戦いを挑んでいるのだ。
(「ここで死なすには惜しい」)
 そう思った勇人はユーゴンの腹部を狙い、渾身の力で峰打ちを放った。
「うっ‥‥!」
 強烈な打撃を受け、ユーゴンが微かに呻く。そのまま倒れると思いきや、ユーゴンは倒れず。鷹のような目で勇人を睨みつけて言い放った。
「この儂(わし)に情けなどかけおって。それが命取りになると知れ!」
 打撃をくらったことなど嘘のように、稲妻のごとき素早さでユーゴンが動く。その刃が勇人を狙って突き出される。
 ガッ!!
 刃が首筋を貫き、おびただしい鮮血が吹き出す。だが、それはユーゴンの方だった。勇人の首筋を狙ったユーゴンの剣はぎりぎりでかわされ、逆に勇人のサンソードはその狙いを外すことはなかった。
 巨木が倒れるように老騎士は地に倒れる。勇人が駆け寄った時、ユーゴンは絶命していた。が、その死に顔は微笑んでいた。最後に良き敵と出会えたことを喜ぶかのように。
「今度は私が相手です」
 出し抜けの声に振り返れば、そこに敵ウィザードが立っていた。戦場に霧の壁を張り巡らせた水のウィザードだ。
「お主の相手は拙者がいたそう」
 双武が太刀「三条宗近」を構え、ウィザードと対峙する。勝負は一瞬にしてつく、そんな予感がした。
「だあっ!」
 双武が突撃。同時にウィザードも高速詠唱で魔法を放つ。次の瞬間、双武の峰打ちが決まった。双武の気迫がウィザードの呪文をはねつけたのだ。
 倒れたウィザードの口から、途切れ途切れの言葉が漏れる。
「氷漬け‥‥叶わなかったか‥‥」

●霧の砦
「これは霧の砦じゃないか!」
 地上からの視点では分かり難いが、アシュレーが空から見ればその全貌は一目瞭然。敵ウィザードがミストフィールドの魔法を何度も連発して造り上げた霧の壁は、こんな全体像を形作っていた。
 _________
 __○○○○○__
 _○○○_○○○_
 __○___○__
 _○○○_○○○_
 __○○○○○__
 ___○_○___

 まさしく霧の砦である。ミストフィールドを最低レベルで発動すれば、直径15mの霧の球が発生するが、それをつなぎ合わせた砦には霧の厚い部分と薄い部分とが意図的に作られている。霧の厚い部分が砦の壁 薄い部分が砦の門の役割を果たすのだ。
 霧の球の位置を決めるにも、左右にぴんと張ったロープを持つ兵士の歩数を合わせ、等間隔に作られたロープの結び目を目印にすれば、霧の砦を整然とした形に作り上げるのは造作ない。敵兵はあらかじめ砦の形を頭に叩き込み、霧の薄い門の部分から霧の内と外に出入りすることで、霧に紛れての攻撃と退却を繰り返して来たのだ。
 味方兵が霧の中に踏み込もうにも、全体の構造が分からなければ右往左往するばかり。同士討ちの危険もある。
 空からの視点で状況を察知したアシュレーは本陣に飛ぶ。総指揮官アレクシアスに掴んだ事実を知らせるために。
「霧の砦は全体ではこんな形で‥‥」
 と、アシュレーが地面に図を描いて説明すると、アレクシアスも即座に理解した。
「そういうことか。時に、霧の砦が出現してからだいぶ時間が経つな」
 アレクシアスは本陣に待機中の兵士達に告げる。
「戦いに備えよ。出陣の時は近いぞ」
 アシュレーはグリフォンの背に乗り、再び空へ。
「敵のウィザードは残り1人。決着を着けてやる」

●シャザーンの最期
 最後の敵ウィザードは敵の左翼にいた。それまで隠れていた霧の砦の中から現れ、ヘクトル・フィルス(eb2259)率いる右翼隊に馬を進める。率いる敵兵は僅かに数人。味方兵との距離も十分にある。
「狙うなら今だ」
 博士のグライダーが空高く舞い上がり、降下の勢いでスピードをつけて急接近する。グライダーには固定ランスの装備。このランスで敵ウィザードを狙うのだ。ランスは試合用の砕けやすい物で、刺さらぬように先を切り落として分厚く布を巻き付けてある。当たれば致命傷には至らぬが、魔法は妨害される。
 スピードが博士の視界を狭める。その視界の中の敵ウィザードが高速詠唱で呪文を放つ。
 ゴオオオオーッ!!
 突風がグライダーを直撃した。ストームの魔法だ。
「うっ‥‥!」
 グライダーが減速し風に流される。突風は瞬時にして止み、何とか体勢の立て直しに成功したが、突撃のタイミングを逃した。
 博士は再び突撃を試みる。急上昇から急降下に転じ、地面すれすれの位置を保って突撃を敢行。敵ウィザードはまたも高速詠唱でストームの魔法を放った。グライダーは煽られて機首が持ち上がり、運の悪いことに胴体後部が地面と接触。はずみでグライダーはひっくり返り、博士は座席から投げ出された。
「これでは、うかつに近づけんな」
 シンが歯がみする。ラーンの投網が届く距離まで接近しても、ストームの強風に煽られては狙いも定まらず。グリフォンの背中からも転げ落ちかねない。
「ならば、ストームの届かない距離から狙えばいいんだ」
 空飛ぶグリフォンの背中からアシュレーが射撃を試みる。先程のストームの魔法が届くか届かないかのぎりぎりの距離、手にする天鹿児弓の最大射程から敵ウィザードに狙いを定めて矢を放った。
 放たれた矢は幾本も敵ウィザードに突き刺さる。遠方からの攻撃ゆえに急所狙いは困難だったが、ウィザードの注意を空へと逸らすのには十分に役立った。
 この時、地上では右翼隊を率いるヘクトルが敵ウィザードに肉薄。
「‥‥っと、進みすぎだ」
 履いていたセブンリーグブーツを脱ぎ、ヘクトルは裸足で大地を踏みしめる。高速移動には役に立つアイテムだが、戦闘の時まで履いていると間合いを誤ったり物に蹴躓いたりで、ろくな事にはならない。
 続いて長渡泰斗(ea1984)が馬で駆けつけ、馬から下りてヘクトルと並ぶ。さらに遅れて右翼隊の兵士達が追い付いた。
「我々も加勢を!」
 だが、泰斗は兵士達に言ってやった。
「ローゼン殿からは『死なせるな』との言葉を頂いているからな。ここは戦い慣れした者が前へ出るしかあるまいて。なあに、初陣の者など生きて帰ればそれが立派な手柄となるよ。それより、横槍を入れてきそうな邪魔者への警戒を頼む」
 泰斗が言う邪魔者とは、油断ならぬヴァイプスやクレアのことだ。
 この時には既に、シンもグリフォンから下りて敵ウィザードの顔が見える距離まで接近。確かにその顔には見覚えがある。
「また会ったな。今回はせめて名を名乗れ」
「我はシャザーン・ジェス。真のルーケイ伯に忠誠を誓う者なり」
 シンを睨むウィザードの目が細まる。
「その身に大いなる力を秘めし者よ。その力で我を斃(たお)すか?」
「いいや。何でもかんでも紋章頼みにしてりゃ、加護も無くなるってもんだしな」
 シンは炎の紋章をその身に帯びし者。だが、かつてシンの身を守ったあの力を、ここで発動させるつもりはない。
「その代わり、おまえは生かして捕らえる」
 ラーンの投網を構えるや、シャザーンを取り巻く敵兵の1人が襲ってきた。
「ええい! 邪魔するな!」
 ラーンの投網は敵兵に投げつけられ、その自由を封じる。
 残る取り巻きの敵兵もヘクトルと泰斗に倒されたが、彼らが時間を稼ぐ間にシャザーンは魔法の呪文を唱えきっていた。
 シャザーンの手の中に剣が現れる。稲妻を束ねたような光り輝く剣が。ライトニングソードの魔法が発動したのだ。
「なあに、心配はいらんよ」
 ヘクトルが鷹揚に言う。彼は神聖騎士。ホーリーシンボルである十字架のネックレスを握り、レジストマジックの呪文を唱えると、その体が一瞬だけ白く淡い光に包まれた。
 稲妻の剣でシャザーンが打ちかかる。渾身の力を込め、幾たびも。だが剣はヘクトルに傷一つ与えない。シャザーンの顔に狼狽の色が浮かび、やがてそれは諦めの表情に変わった。
「我が命運もここに定まりしか。我は真のルーケイ伯の元へと旅立つ」
 言うなりシャザーンは稲妻の剣を逆さに構え、その切っ先で自身の喉を突いた。
「よせっ!」
 シンが取り押さえようとしたが、叶わず。
「我に‥‥生き恥を‥‥さらさせるな‥‥」
 シャザーンはなおも剣を深々と自らに突き入れ、鮮血がさらにどっと溢れ出す。そしてシャザーンは自らが作った血の池の中に倒れた。
「おい、勝手に死ぬなよ!」
 駆け寄ったシンと冒険者達は、シャザーンの最後の呟きを聞いた。
「これで‥‥よい‥‥」
 そのままシャザーンは目を見開いたまま絶命。その目に手の平を当てて閉じてやったヘクトルは、雄叫び上げて進撃する兵士達の声を聞いた。本陣に待機していた兵士達が、ついに出撃の時を迎えたのだ。
「生者に誠意を、死者に敬意を」
 泰斗は目の前の亡骸に合掌。ヘクトルは静かにつぶやく。
「せめてこの地くらいは、血なまぐさいのもこの辺で終わりにしたいものじゃのう」

●一騎打ち
「我等が心意気を示せ! 霧の砦が消え去る前に!」
 軍馬に乗って先頭を駆けるアレクシアスの声に、兵士達は奮い立つ。本陣から出撃した軍勢は霧の砦に正面から突っ込んだ。勿論、霧の薄い門の部分からだ。
「このまま一気に突っ走れ!」
 内部の敵兵を薙ぎ倒して砦を東西方向に突破。続いてぐるりと方向を転じ、霧の砦を南北に貫く形で突破する。
 霧の砦からかなり離れた場所まで来ると、アレクシアスは馬を止めた。
「そろそろ、頃合いだ」
 魔法の効果時間が過ぎた。霧の砦は消滅し、中にいた兵士達と彼らを率いる老騎士ローゼンの姿が丸見えとなった。
「勝負は大方、決したようだな。後は一騎打ちで片を付けよう」
「よかろう」
 勇人の求めに老騎士は応じ、ここにアレクシアスとローゼンの一騎打ちが始まる。
 ぶつかり合い、雷鳴のごとく鳴り響く剣と剣。先のユーゴンと勇人の戦いにも劣らぬ激しい戦い。ローゼンは深く傷つきながらも、幾度もアレクシアスに挑みかかる。だが、ついにアレクシアスの最後の一撃が放たれる時が来た。
 老いた体に深々と埋まるサンソード。倒れるローゼンに真っ先に駆け寄ったのは、マーレンだった。
「ローゼン!」
「マーレンよ‥‥よくぞ、勤めを果たした」
 ローゼンは微笑む。まるで愛する我が子に対するように。そしてローゼンは一塊りの土を掴み取り、それをマーレンに握らせた。
「この地を‥‥託す‥‥。生き残りの‥‥者達を‥‥頼むぞ‥‥」
 それが、ローゼンの最期の言葉となった。

●二つの指輪は輝く
 アレクシアスは観戦のフロートシップにエーロン王を訊ね、勝利を報告。
「‥‥そうか。よくやった」
 王の言葉は短かったが、その顔はいつになく綻んでいた。
「時に、おまえはこれからどうする?」
 アレクシアスは畏まり、王に願う。
「ルーケイ平定が成った今こそ、正式にルーケイ領を賜りたく」
「俺も、この地をおまえに任せるのが一番良いと思っていた。いつぞや俺に献上しようとした指輪があったな。あれを寄越せ」
 アレクシアスからルーケイの指輪を受け取ると、エーロン王は厳かに宣告した。
「我は汝、アレクシアス・フェザントをルーケイ王領代官の地位より解く。そしてここに改めて、汝をルーケイ伯爵に叙任する」
 指輪は王の手でアレクシアスの指にはめられた。
 王の前を辞すと、アレクシアスはルーケイ水上兵団のリリーンを呼び寄せる。
「これを、お前に」
 手渡したのは、銀色に輝く気品ある指輪。
「ルーケイも、フオロも新しい道を歩み出した。その道を、お前にも歩んで貰いたいと思う。‥‥出来れば、俺の隣で」
「伯がお望みであるなら‥‥どこまでも一緒に」
 答えるリリーンの顔は微かに朱を帯びていた。

●ルーケイの明日
 この戦いの後、バルバロッサ、泰斗、春陽の3人は与力男爵の爵位を返上。今後、ルーケイに関わる時には一介の冒険者の立場でということになる。もっとも、彼らがいかにルーケイに尽くしたかを忘れる者は、ルーケイの民の中にはおるまい。
福袋の調べたところでは、ルーケイ関係の次なる仕事はロメル子爵領と王領バクルの後始末、そしてゾーラクの進める医療計画への支援だ。近々、関連の依頼が出ることだろう。

●ピンナップ

アレクシアス・フェザント(ea1565


PCパーティピンナップ
Illusted by 咲嶋らく