庶民の学校4〜悪王の負債

■シリーズシナリオ


担当:内藤明亜

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月25日〜12月30日

リプレイ公開日:2008年01月04日

●オープニング

 今は12月。寒さはますます厳しくなるが、あと少し待てば新年祭。ここ王都ウィルの庶民達も浮き浮きしてくる。このところ王都の景気がいいから、今度の新年祭はさぞや賑やかになることだろう。
 そんな王都ウィルの一画に、ひっそりと立つ建物がある。建物の入口には『庶民の学校』と書かれた看板が掲げられているが、生徒は誰もいない。ただ、1人の老人が番をしている。
 老人の名はラーシェン・ラーク。先のウィル国王エーガン・フオロの不興を買い、その家族もろとも身分を奪われ領地も失った元騎士である。とはいえ、ラーシェンが騎士道にもとる振る舞いをなしたという訳ではない。その逆だ。王国の改革と称しながら、自分にとって都合の悪い貴族や騎士達を次々と放逐した先のウィル国王エーガン・フオロに対し、ラーシェン一家は騎士としての筋を通して王のやり方に異を唱えただけの話だ。
 その結果、ラーシェン一家は放逐された大勢の者達と同じ運命を辿ることになった。
 騎士身分を失った今では、ラーシェン一家は平民として暮らし、平民のやる仕事で日々の糧を得ている。そしてラーシェン老人は去年の終わりに、この『庶民の学校』の教師という働き口を得た。
 『庶民の学校』は先王エーガンがまだ王座にあった頃、とある冒険者の進言により設立された学校だ。王都の一画に土地を見つけて学校の校舎を建て、ルルン商会という後援者を得たまでは良かったが、その後が続かなかった。
 学校事業の推進者である冒険者は、事情あって冒険者稼業から身を退き、代わりの代表者はなかなか決まらない。学校事業は宙ぶらりんになったまま、生徒を募集することもなく時が過ぎ、まもなく精霊歴1041年を迎えようとしている。
 とはいえラーシェン老人は元騎士だけあって、実直な男であった。いつ学校が開かれてもいいように、まめまめしく学校に出向いては建物の手入れを続けてきた。
 その日も老人は学校の掃除に勤しんでいたが、そこへ珍しく来訪者がやって来た。
「はて、誰であろうな?」
 ドアをノックする音を聞き、世話になった冒険者でもやって来たかと玄関口に出てみると、外に立っていたのはなんと──。
「‥‥陛下であらせられましたか」
 数名の供を従え、馬に乗って駆けつけたフオロ分国王エーロンの姿を目の当たりにして、ラーシェンは深々と頭を垂れる。自然と、立て膝ついて身を低くする騎士の礼の形になった。もっとも、騎士であれば腰に帯びているはずの剣は無い。
「見事な礼儀作法だな」
 エーロン王の姿にラーシェンは畏まって答える。
「昔よりの習い性ゆえ。見苦しいとあらば‥‥」
「何が見苦しいものか。身分を失っても、騎士の魂は失わぬというわけだな」
「畏れ多いお言葉でございます」
「で、『庶民の学校』とはここだな?」
「はい」
「中の様子を見たい」
「畏まりました」
 一通り建物の内部を検分したエーロン王は、満足の面もちになった。
「手入れは行き届いているな。これならすぐに使えそうだ」
 そう言うと、王はラーシェンに言葉をかける。
「ラーク家の事情は俺も聞いている。かつての所領は王都の東であったな?」
「はい。ラーク家が代々、守り続けてきた土地でありました」
「最近になって、訪れたことはあるか?」
 王の問いにラーシェンは首を振る。
「先王陛下の元では、かの地を訪ねることも許されず‥‥」
「一族の土地に帰りたくはないか?」
 王の言葉にラーシェンは驚きを見せた。
「陛下、今のお言葉は‥‥」
「俺はおまえに対して、返さねばならぬ負債がある。我が父君であるエーガン王から引き継いだ負債だ」
 エーガン王の悪政は、息子であるエーロン王も認めるところだ。勿論、エーロンはその立場上、ラーシェンの前で名指しで先王を批判することはしない。その代わり負債という言葉で、先王の悪政の責任を取ることを言明したのだ。
「ところでこの『庶民の学校』だが、まだ代表者が決まっていなかったな? ならば、おまえの一族の者が代表者を引き受けてはどうだ?」
「ですが、今の私どもの立場を考えますに、そのような事が許されるとは‥‥」
「ならば、騎士見習いの立場を与えてやろう。おまえ達が望むのであれば、失った騎士身分を一から出直して取り戻すがいい。年老いて戦場に出向くことは出来ずとも、この学校で国の未来を担う者達を教え育てることは出来よう? 功績が成れば、その功績をもってフオロの騎士に再叙任することを、このエーロンが約束しよう」
 そもそも『庶民の学校』もフオロ王家の所有物である。王都ウィルがフオロ分国の首都でもあるからだ。城こそトルク王の所有となりトルク城と名を改められたものの、残る王都の大部分は今もフオロ王家の所有するところである。冒険者によって設立された『庶民の学校』も王都に建てられた物件である以上、エーロン王もその権限を行使することが出来る。
 ただし本来の所有権はフオロ王家にあるとしても、その使用権は冒険者に委譲されている。自腹を切って学校を建て、数々の根回しを行って来たのは冒険者なのだから、まずは冒険者達との話し合いの場を設け、今後のことを決めなければならない。
「近日中に冒険者を集めて学校の運営会議を開くが、ラーク家の者達にも会議に出席してもらおう。もちろん俺も出席する。エーガン王の頃は冒険者に任せっきりだったが、これからは違うからな。俺としては庶民への読み書きを教えるだけではなく、衛生知識の普及にもこの学校を役立てたい」
 エーロン王はエーロン治療院の院長でもあり、治療院の設立には少なからぬ冒険者が協力した。エーロン治療院が現在、最も力を入れているのが伝染病への対策だが、伝染病の防止には庶民の防疫意識を高めることが不可欠だ。
 帰り際、エーロン王はラーシェンに言った。
「ラーク家の旧所領についても、他の元貴族や元騎士の所領と同様、荒廃するがままに残されていると聞く。だが、俺は必ずそれらの諸領地を立て直す。時間はかかろうが、必ずな」

 さて、その夜。
「俺を学校の責任者に!?」
「儂(わし)ももう年だ。出来ることなら行き先も短い老人が学校を仕切るよりも、先の長いおまえに任せたいのだ」
 学校のことは息子であるアージェンに任せたい。それが父ラーシェンの意向だった。
「よりにもよって、あの悪王が建てた学校の責任者か‥‥」
 一族の者に非道い仕打ちをしたエーガンに対する恨みはまだ残っている。が、一族の復権がかかっているとなれば、エーロン王から持ちかけられた話を袖にするわけにもいかない。考えた末、アージェンは答えた。
「とりあえず、今度の会議には出席する。責任者を引き受けるかどうかは、冒険者達の意見を聞いてからにする」

●今回の参加者

 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1128 チカ・ニシムラ(24歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb7689 リュドミラ・エルフェンバイン(35歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●決意
 今回、エーロン王の招集に応じた冒険者の中にはクレア・クリストファ(ea0941)がいる。今は引退した庶民の学校の設立者とは、共に過去の賢人会議にて先王エーガンに進言を為した仲。
「マルト‥‥貴女が描いた理想に少しでも近づける為に、私は私に出来る限りの事をしよう‥‥。何時か貴女が戻った時に、胸を張って示せるように」
 共に思い描いた理想、その灯火を消しはしない。

●未来に託す思い
「初めて来たからわからないことだらけなのにゃー。とりあえず状況把握からなのにゃー」
 と、チカ・ニシムラ(ea1128)は学校に着くや、ちょこちょこ動き回ってラーシェン老人のお手伝い。
「これはこれは、気が利くな」
 運営会議に備えた教室のお掃除と整理整頓が終わると、学校の備品をチェック。
「お越しになるエーロン陛下にお茶くらい出さないとにゃ。とりあえず人数分のコップとハーブティーの茶葉はあるにゃ。‥‥あれ、水が無いにゃ」
 この学校の敷地内に井戸は無い。だから遠く離れた公共井戸まで水を汲みに行く。
 お仕事が終わると、導蛍石(eb9949)は皆にハーブティーを振る舞った。
「うにゅ‥‥この学校がちゃんと動き出して、少しずつでも全体の教育レベルが上がれば、ウィルはきっといい国になるのにゃ。いい国を作るのはそこに住んでる人たちにゃ。その人達の教育レベルが上がればその分技術や仕事がよくなるのにゃ、きっと」
 と、お茶の席で未来に託す思いを語るチカ。ラーシェンは微笑みながら相づちを打っていたが、アージェンはむすっとした表情で押し黙っている。彼の心中を察し、クレアは声をかけた。
「過去の遺恨は判りますが、この学校は上から指図されて始まった事ではありません。ホープ村で救護院事業に関わる自分と同じく、個人の理想によって始まった事。この国の子供達の未来の為に、この学校を引継いで欲しく。志半ばで去る事になった、あの人の想いを‥‥どうか‥‥」
 揺ぎ無いクレアの視線。暫し静かに目と目を合わせていたアージェンは、周りの冒険者達に問うた。
「俺がこの学校の責任者となることに異のある者は?」
 勿論、異のある者などいない。
「あたしたちの中で責任者になれる人がいないし、アージェンお兄ちゃん達がやったほうがいいだろうにゃ」
 チカのその言葉に、皆も頷いて同意を示す。アージェンは生真面目な口調で答えた。
「そういうことならば‥‥。いつぞやは保釈金を積んでもらい、牢から出してもらった恩義もあることだしな」
 ふと、イシュカ・エアシールド(eb3839)が言った。
「自分で子供達を教えてて思ったんですけど‥‥先生1人だと知識に偏りがありますし、大勢の先生から学べた方がいいと思うんです」
 『庶民の学校』の教師は今のところ、ラーシェン老人とアージェンの2名のみだ。
「冒険者の君もどうだ?」
 アージェンは試しに、お茶係の蛍石に声をかけたが、
「私の教えはちょっと、こちらの世界にはなじみにくいものかと存じますので」
 と、蛍石は断る。彼はジ・アースの華仙教大国を出自とする僧兵であり、精霊信仰の根強いアトランティスの人々とは宗派が違うと思っていたからだ。

●運営会議
 エーロン王の到着時は、ちょっとしたお祭り騒ぎになった。噂を聞いたご近所の住人達が、大勢で学校の前に詰めかけたのだ。
「本当に分国王様が学校に来られたんだ!」
 ほとんど人々から忘れられていた学校だが、今日は違った。
「とうとう学校が始まるのか」
「これから先、いい事があるかもね」
 人々から期待の視線を受けつつ、エーロン王が教室の扉をくぐると、そこにはラーシェンとアージェンの親子に冒険者一同が待っていた。ルルン商会からも会長と世話役とが共に来ている。
「よし、始めるぞ」
 席に着くやエーロン王は皆を促し、学校の運営会議が始まる。
「私は書類作成や契約書のチェックなど、事務的なものはお引受け致します」
 と、リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)はこの依頼でも祐筆役を勤めることにした。
 最初にイシュカが学校の現状を報告。それによれば最初に冒険者ギルド預かりとなった学校運営資金633G。これまでの出費は校舎の改築に100G、学習用教材に100G、水時計にチャイムといった学校の備品に8G、騒ぎを起こして牢にぶち込まれたアージェンの保釈金に100G。それらを差し引き、現在手元に残る資金は325Gとなる。
 また過去にルルン商会が集めた生徒候補者達だが、開校の遅れからその多くが奉公に出ているという。
「で、学校の責任者は誰がやる?」
 エーロン王の問いにイシュカは答える。
「私は責任者にアージェン様を推挙します。ただし、申し訳ないのですが‥‥荒れた事のあるアージェン様お一人に全て任せるのは不安があります。これはまだ先の長い事業‥‥今暫くはラーシェン様が補佐としていて下さった方が‥‥」
「その案に私も同意します」
 と、信者福袋(eb4064)が賛同する。残る冒険者達も賛意を示した。
「ラーシェンにアージェン、おまえ達自身の意志はどうだ?」
 王に問われ、ラーシェンは畏まって答える。
「異存はありませぬ」
 アージェンの方は淡々と。
「同じく異存はない」
「よし、これで決まりだな。では、アージェンを『庶民の学校』の校長に、ラーシェンを副校長に任命する。今すぐにだ」
 エーロン王は直ちに裁可を下し、その場で2人の叙任を行った。

●運営方針
「そういうわけで、今この瞬間から俺が学校の校長となった訳だが‥‥」
 と、話を始めたアージェンは気後れ気味。
「いささか急な話で、まだ気持ちの整理がつかない」
「大丈夫だ、すぐ慣れる」
 と、エーロン王。
「それではまず‥‥学校の運営について話し合いたい。何か意見のある者は?」
 アージェンの言葉に福袋が応じた。
「私としては『広く王都の市民に基礎教育を授ける』という当初の趣旨に、多少の修正を加えた方がいいかと思うようになりました。今までは目標が漠然としていたと感じます。むしろルルン商会様やクリストファ様のような、明確な教育理念と目標をお持ちの領主や商人の方々を募って『皆様が育てたい人材を育て上げて派遣する』という形でいかがかと」
「ハケン? ある種の奉公のようなものか?」
「そんなところてせす、ですが教育を授けるとはいっても、目標がなければ人は自主的に勉強しづらいですよね。天界でも初等教育は義務化されているからこそ、誰もがやらざるを得ないわけですし」
「天界のことは良く分からんが、我々が生きているこの世界では全ての者に等しく学ばせる余裕はまだ無い。家の暮らしのために子どものうちから働かねばならぬ者も大勢いる」
「ごもっとも。まぁ、学校の運営としては騎士学院に近いかもしれません。才能ある者や勉強する熱意のある者に対し、派遣する側が金を出して必要な知識や技術を教え込み、一人前の人材とするわけですから。この体制を整えるためには、人材を派遣する側である領主や商人の皆様の間に意見調整の場が必要です。責任者の元で合議する理事会が必要ではないでしょうか?」
「リジカイ? まあ、支援者同士が話し合う場は必要だろうな」
 一部、理解の及ばぬ部分はあるにせよ、精霊力による自動翻訳のお陰でアージェンは福袋の話をおおむね把握した。
「あと、エーロン様の『医療知識の普及』という目標も歓迎です。そちら方面からもどなたか理事会入りしてくださればいいのですが‥‥」
 と、福袋は話を続けてゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)に視線をやる。
「他になり手がいなければ、自分の出来る範囲で」
 女医であるゾーラクは答え、さらに自分の所見を述べる。
「衛生知識の普及は私も達成したいところですが、地域に根付く町医者の方々の権益を思わぬ形で損ねる可能性もありますので、そこはしかるべき方々と協議して決めたいところです。自分は他にも案件を抱えているので学校への常勤は無理ですが、自分の都合がつく限りにおいて、非常勤の講師として衛生知識を生徒達に教える用意はあります」
 続いてイシュカがアージェンに問う。
「学校の教育方針はどうなさいます? 責任者が元騎士の方である以上、立ち位置が多少国寄りになるのは仕方ないですけれど、実際生活していると負債の事も考える必要性はありますし‥‥」
 かつてラーシェン老人は、負債さえも簡単に会計処理できる計算法を教えようとした冒険者を叱ったことがある。そもそも負債という物を作らぬことが肝心なのだし、学校では道徳的に適うことのみを教えるべきだというのがラーシェンの考えなのだ。アージェンもその事を知っていたが、彼はラーシェンとルルン商会会長の顔を見比べながら言った。
「人として守るべき道徳は同じでも、騎士の生き方と商人の生き方は違う。騎士学院では騎士を目指す者に騎士の手本を示すが、この学校では商人を目指す者に商人の手本を示さねばならぬ。単に計算法を学ばせるのではなく、人としての行き方を学ばせるのだ。俺はこの学校をそういう場にしたい。‥‥肝要なのは教師の人選だが、誰か適任者はいるか?」
 アージェンはルルン商会会長に問う。会長は、近いうちに候補者を送るので審査を願うと答えた。

●ホープ村の子ども達
 ホープ村の領主となったクレアは、会議の場でアージェンに要請した。
「ホープ村の子ども達で、勉強したいと希望する子ども達を週に何度かこの学校に通わせたいの」
 新たなる出逢いと交流は、子ども達にとって大事な経験になる筈。一ヶ所で学ぶよりも、時には別の場所で学ぶ事も重要だ。そう考えてのクレアの要請である。
「互いに協力し合う事、それが未来を築く上で重要だわ。勿論、一度に全員ではなく最初は少しずつ。移動に馬車を使うなら費用はこちらで負担するわ」
 イシュカも言い添える。
「元々は貧民村と呼ばれていたホープ村ですが、再起しようとする人も沢山います。そうした方の意欲を挫くような事はしたくないのです」
 アージェンは快く同意した。
「分かった。ホープ村の子ども達もこの学校に受け入れよう」
 イシュカはさらに、隣家の購入を進言する。学校の校舎は元々、売りに出されていた館に付属する倉庫であり、館と共に売り出されていたものだ。
「衛生管理を学ぶ際、水場がないのは困ります。ホープ村の子ども達にとっても、ここは毎日通うには遠すぎます。隣館を寮に出来るなら、他の村から代表者が衛生管理の講習に来ても宿を取る必要がないですし、長時間学べます」
「隣の館か‥‥。確か、売値は400Gと聞いていたが‥‥」
 アージェンが口にすると、ルルン商会の世話役が言う。
「いいえ、隣の館はなかなか買い手がつかないもで、今ではさらに値引きされていると聞きます」
「そうか、館であんな事件が起きては‥‥やはりな」
 アージェンのその言葉に冒険者達は耳をそばだてる。そんな話は初めて聞いた。
「あの館で何が起きたのですか?」
 尋ねたイシュカにアージェンは答える。
「知らなかったのか? あの館の主は何者かに惨殺されたのだ。しかも犯人は未だに捕まっておらず、魔物に殺されたという噂さえある」
 聞いていた福袋は思わず呟いた。
「やれやれ。隣の館はオカルト物件だったというわけですか」

●衛生知識の普及
 会議では衛生知識の普及についても話し合われた。積極的に意見を出したのはゾーラクで、庶民に対しては次のことを教えるよう提案した。
・簡単な止血方法
・包帯の煮沸消毒
・傷口のワイン消毒による化膿防止
・日々の食事を疎かにせず栄養をきちんと取る
・井戸など水場とトイレを離して設置する
・生水を飲まず湯冷ましを用いる
 これらはゾーラクが地球人として習得している一般的な衛生知識である。ゾーラクがエーロン王に許可を求めると、王は直ちにこれを許可した。
「詳しくは治療院の副院長ランゲルハンセルと相談して決めるがよい」

●贈り物
 会議の内容はリュドミラの手によって丁寧な記録にまとめられた。
 会議が終わると、蛍石は学校に100Gを寄付。そしてアージェン個人にも十手と毛皮のマントをプレゼント。十手についてはこう説明する。
「これは私のいた世界で、帯剣が許されてなかった人が、武器を持った相手に立ち向かう際に使っていた道具です」
 さらにルージュハム、ハーブワイン、シードルをプレゼントした。
「ありがとう。これで新年を暖かく楽しく迎えられそうだ」
 と、アージェンは礼を言った。

●隣の館
 チカは管理者の商人に頼み、隣の館に入ってみた。
「うにー、ここ使うとしてどれくらいの人数なら受け入れることができるんだろうにゃー?」
「そうですね。以前は20人ほどの使用人が働いていたと聞きますから‥‥」
 と、一緒に付いてきた商人の使いが言う。
 今は冬。火の気のない館の中はがらんとしていて寒い。そして、しんと静まりかえっている。
 どん!
 いきなりの物音。商人の使いはびくっとする。
「今のは何だにゃ?」
「さあ‥‥ネズミでもいましたか」
 どん!
 またしても物音。
「ネズミにしては音が大きすぎるにゃ」
 物音は地下室から聞こえてきたようだ。
「地下室に行ってみるにゃ?」
「生憎と、地下室の扉の鍵を用意しておりませんので‥‥調べるのはまたの機会に」
 と、商人の使いが言うので、仕方なくチカは館から引き上げた。
 それにしても、あの音は何だったのだろう?