救護院創始6〜希望の宴

■シリーズシナリオ


担当:内藤明亜

対応レベル:8〜14lv

難易度:易しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:7人

サポート参加人数:4人

冒険期間:12月12日〜12月17日

リプレイ公開日:2007年12月20日

●オープニング

●新領主を迎えて
 この物語は精霊歴1039年の9月、時のウィル国王であるエーガン・フオロが招集した賢人会議の席上で、とあるジ・アース人の冒険者がエーガン王への奏上を為した時から始まった。

 人は永劫には生きられぬ者‥‥だからこそ、後世の希望を育てる事に意義がある。
 最初はどれだけ小さな施設でも良い。
 それで救える命が在る。
 小さい事の積み重ねが、山の如く聳える為の礎となる。
 事が成せば、国王陛下も賢王として更に名を馳せる‥‥。

 詩を歌い上げる形で行われた奏上はエーガン王の心を動かし、王は救護院創設の事業を冒険者に託す。それから1年余りの時を経て、奏上を為したる冒険者は苦労の末にその功績を認められ、王都に近い場所に小さな領地を持つ男爵となった。領内の村はたった1つだが、領主の自由裁量に任された村だ。ついに念願の救護院を設立するための土地が手に入ったのである。
 村の住人は王都で食い詰めてこの土地に流れて来た貧民達で、それ故にこの村は長いこと貧民村と呼ばれて来た。しかし新領主の就任に当たって村の名はホープ村と改められた。村の復興も少しずつ進み、それまでには見られなかった活気が生まれつつある。
 12月になり、ホープ村の活気は一段と高まった。新領主の上位領主であるエーロン・フオロ分国王が村の視察に来られるのだ。村人達は新領主ともどもエーロン王を迎え、祝宴を開いて新領主とホープ村の門出を大いに祝うことになる。
「去年の今頃と比べたら大違いだよ」
「そうさね。去年の今頃は空きっ腹抱えて寒さに凍えてたのに、今年の冬はぽかぽかとあったけぇ」
「エーロン陛下に万々歳! 新領主様にも万々歳だぁ!」
 村人達は今のうちから浮かれ騒いでいるが、村の警備に携わる警備兵達は浮かれてばかりもいられない。
「村もずいぶんと景気が良くなったが」
「大変なのはこれからだぞ」
「村の名前は変わっても、ここはまだまだ貧しい村だからなぁ」
 警備兵達はかつてこの村を領有していたワザン男爵の配下の者達だ。ホープ村を含む一帯が新領主に割譲されてからも、警備兵達はこれまで通り村の警備の仕事をしている。だが、それもエーロン王の視察の時までだ。王の視察と祝宴が済んで新領主の本格的な統治が始まれば、旧領主のワザン男爵も村の面倒を見る義務は無くなる。
「俺達の助け無しで、この村はやっていけるのかねぇ?」
「村で自警団を作ろうにも、元々は貧民だった連中。働きはたかが知れてるぞ」
「なぁに、新領主殿には対価を払って隣領からの支援を仰ぐという手もあるさ」
「つまり、金を払って隣領の俺達を警備に雇い入れると」
「我等がお館様の懐も暖かくなるし、我等も給金が貰える。悪い話ではなさそうだね」
 警備兵達が話していると、みすぼらしい恰好をした流れ者の一家が村の入口にやって来た。
「あの‥‥ホープ村というのはこちらでしょうか?」
 おずおずと警備兵に訊ねた男は、長いことまともな食事にありつけなかった様子で顔色が悪い。男には妻と子どもの連れがいたが、みんな不安そうな様子で男と警備兵とのやり取りを見守っている。
「なんだ、お前達も王都で食い詰めたのか」
「‥‥はい。冬になってめっきり体が弱くなり、日雇いの仕事にもあぶれてしまい‥‥。家族に食べさせる物にも事欠く日が何日も続きましたが、私どものような困った者を受け入れてくれるというこの村の話を噂に聞き、訪ねて参りました」
「よし、入れ。この村の新領主殿は気前がいいからな。腹一杯食べさせてくれるぞ」
 警備兵は男を村へ通し、男は何度も礼を述べて村の中に消えた。
 警備兵達は顔を見合わせ、苦笑い。
「この冬になって、これで何人目だ?」
「ざっと30人は超えたかな?」
 冬になれば食い詰めて村に流れ込む流民が増える。これまでもずっとそうだった。秋の間は100名程度に落ち着いていたホープ村の人口も、今や130人を超えている。流民の流入は春まで続くだろう。
「いいのか? こんな調子で流れ者を受け入れたら、村は食い潰されるぞ」
「仕方あるまい? それが新領主殿のやり方なのだし」
「ここはもはや別領、もはや我々が口を出す筋合いは無い」
 などと話し合っていた警備兵達だが、1人が真顔になって言葉を発した。
「流れ者がホープ村に留まっているうちはよい。だが、ホープ村に受け入れた者達が我等が領地に迷惑をかけたその時には、新領主殿にも何らかの手立てを考えて貰わねばな」

●待ち受ける試練
 冒険者をホープ村の領主に据えたエーロン王にしても、ホープ村には気を配っていた。だからホープ村に幾度も使いの者をやり、村の現状を報告させた。
「正直に申し上げて、新領主殿の手には余るかと‥‥」
「勿論、俺としても最初から事が上手く運ぶとは思っていない」
 と、エーロン王は言う。
「ホープ村への流民の流入は、ホープ村だけでどうこう出来る問題ではない。フオロ分国全土を覆う窮状が、問題の根となっているのだ」
 フオロ分国の荒廃は、先王エーガンの悪政が残した負の遺産ともいえる。エーガン王が自分の意にそぐわぬ数多くの領主を廃し、代わりに目先の利益に走る追従者を土地の代官に据えたことで、地方の領民は困窮に喘ぐ結果となった。自らの土地で食っていけないから、仕事を求めて王都に流れ込む。王都で仕事を失えば、食を求めてあてもなく彷徨うか盗人にでもなるしかない。分国全体がこんな有り様だから、ホープ村へ流れ込む流民が絶えないわけである。
「分国の各地には今だ荒廃した数多くの領地が存在する。その立て直しが分国にとっての急務なのだ。俺があの冒険者をホープ村の領主に任じたのも、国を挙げてのこの大事業に協力させるためだ。この冬、ホープ村は忙しくなろうな」
 今のフオロ分国に求められるのは食料の増産。ホープ村もその例に漏れず、エーロン王はこの冬の間に農地の整備を行い、春の種蒔きに間に合わせる心づもりだ。
「だが前途が厳しいからこそ、今度の祝宴は存分に楽しませてやろう。その代わり、冬の間の仕事はきっちり監督するぞ。‥‥さて、1つ冒険者に渡す物があったな」
 エーロン王は部下に小さな小瓶を渡す。部下の顔つきが険しくなった。
「これは麻薬ではありませんか!?」
「そうだ。王領バクルの悪代官討伐の際、一味から没収した品だ」
 このウィルにおいても、麻薬の虜となる者は少なからず存在する。麻薬の流通には盗賊やカオスニアンなど裏世界の悪党どもが関わっており、当然ながらその使用や売買が発覚すれば厳しく処罰される。
「冒険者の中には麻薬を麻酔薬として医療に用いることを考えている者もいる。ならば手始めに、この麻薬をあのキラルという罪人に用いさせよう」
 背中に魔物の入れ墨を彫られたが故に、悪の世界から抜け出せなかったキラル。今、その身柄はホープ村領主に預けられている。麻酔薬の助けがあれば、痛み無しに背中の皮を剥ぎ取って、クローンの魔法で再生することも可能なのだが。
「しかし‥‥」
 部下は顔を曇らせて言う。
「麻薬の量を誤れば、眠ったまま二度と目覚めぬことも有り得ます」
「だからこそ罪人を使うのだ。もっとも俺としては、麻酔無しで皮を剥ぎ取る方が本人の為だとも思う。痛みに耐える覚悟無くして更正の道は有り得ない。‥‥が、それでは冒険者達の寝覚めが悪かろう。使用の判断については冒険者に任せる」

●今回の参加者

 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea9535 フィラ・ボロゴース(36歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb3033 空魔 紅貴(35歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 eb3838 ソード・エアシールド(45歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4750 ルスト・リカルム(35歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

ルクス・ウィンディード(ea0393)/ 倉城 響(ea1466)/ アレクシアス・フェザント(ea1565)/ 稲生 琢(eb3680

●リプレイ本文

●みんなで働こう
 村の立て直しに携わる冒険者も、常に村に留まっている訳ではない。そこでイシュカ・エアシールド(eb3839)は村人達を呼び集め、人員を募った。
「私達が居ない間、村の農地開墾、炊き出しして下さる方、食料の買い出し、倉庫番、各家の修繕や増築、新しい家の建設等の仕事をして下さる人を募集しております」
 募集に応じた者は多く、それぞれの体力や技能に応じて仕事を与えたが、倉庫番や買出しについては5人1組で仕事に就かせた。これは村人の交流を深めると同時に、相互監視による不正防止を図るためである。
 他にも冬の間に出来る仕事は無いかと探してみると、桶などの日用品を作る木工作業が出来そうだ。材料の木材は近くの雑木林から調達できる。
「さて、やる事がたくさんあるねぇ‥‥気張って行こうか」
 と、フィラ・ボロゴース(ea9535)も村人に混じって働き始めたが、農具を点検してみると錆だらけだったり、柄がボロボロな物も少なくない。聞けば、先に冒険者から贈られた農具一式では数が足りず、廃屋に転がっていた品までも使っているのだとか。とりあえず修繕できる物はフィラが修繕し、村人にも修繕のやり方を教えたが、ゆくゆくは村で働く鍛冶屋も必要になろう。
 お昼時、炊き出しが始まると村はなおさら賑やかになる。イシュカにとっては恒例の炊き出しだが、最初の頃とは大違い。これが同じ村かと思える程、村人達に活気が出ている。村の子ども達も大勢が炊き出しを手伝っているが、仕事が一段落すると幾人かの子どもがイシュカの周りに集まった。
「読み書き教えてよ!」
 これはイシュカが始めた授業。暇な時間を使って、文字の読み書きや算数を教えるのだ。1日1つでも何かを教え、子ども達の可能性の芽を少しでも伸ばせたら‥‥。そう思うイシュカだが、まだまだ積極的に学ぼうとする子どもは少ない。大部分の子ども達は遊びに夢中だ。しかしかつては村の嫌われ者だったリーサの弟達も、皆と一緒に遊んでいるのを見てイシュカは安心した。
 イシュカは村の戸籍作りも進めている。戸籍といっても板きれに村人達の名前を書き連ねたものだが、村人のほとんどは字が読めないので、あまり役には立っていない。大人よりもむしろ、字を習いたての子どもの方が、戸籍に書かれた文字を覚えるのに熱心だったりする。
 今日は1日だけの手伝いに来てくれた冒険者も多い。その多くは村人と共に野良仕事に精を出し、今は村人と食事を共にしている。が、中には威風堂々たるたたずまいで、村の新領主クレア・クリストファ(ea0941)と言葉を交わしている者もいる。
「あれは、どなたでしょう?」
「あれは、ルーケイ伯爵だ」
 ソード・エアシールド(eb3838)に教えられ、村人は目を丸くした。
「隣領のお殿様に続いて、今度は伯爵様が!? この村も格が上がりましたなぁ」
 ソードは食事を済ませると、新領主とルーケイ伯の話に加わった。話はホープ村領民の警備兵育成に関すること。ルーケイ伯はルーケイ領クローバー村での訓練指導を申し出たが、ソードもできるだけ指導に参加することを伝えた。

●みんなのお仕事
 次の日も村は総出で仕事である。お昼時になると、空魔紅貴(eb3033)とルスト・リカルム(eb4750)が村へやって来た。2人はホープ村の復興支援のため、商人との買い付け交渉に出向いていたのである。
「今度の祝宴には、商人達も大勢やって来ることになった」
 と、紅貴は新領主に報告する。
「見込みのありそうな商人は何人か見つかったけど。商人達が言うには新領主の力量がどれほどの物かまだ分からないから、本格的な商談を進める前に一度、新領主と直に対面したいって言うの。祝宴にはエーロン陛下も来られるし、領地の有様も見ることが出来るから、商人達にとってはうってつけという訳ね」
 と、ルストも言う。
 商人達にとっては取引相手の領主の情報を得ることは重要だ。領地の貧富もさることながら、領主が王族などの有力者とどれほどのコネを持っているかにも大いに注目する。有力なコネがある人間であれば、大きな金を動かせるお得意さんと成り得るのだ。
 傍でそんな話を聞いていた村人達も、がぜん張り切りだした。
「祝宴にはお客さんが大勢来られるんだ! 俺達もがんばるかぁ!」
 おかげで午後の仕事は大いにはかどったかに見えたが‥‥。
「あ痛ててててててて!」
 無理に体を動かしたものだから、早々に一人が腰を痛める。
「あらまあ、怪我人だわ」
 すぐにルストがリカバーの魔法で治してやり、男はぺこぺこ。
「すまんです。何しろ年なもんで」
「気にするな、あんたの分も働いてやる。重たい物運んだりとか、力仕事なら任せとけ!」
 と、フィラは張り切り、村人2〜3人分の重労働を一人でやってのけた。おかげで村人達の注目を浴びてしまった。
「どうしてそんなに力持ちなんですか?」
「そりゃ、日ごろの鍛え方が違うからな」
 夕暮れ時になると俄然、寒くなる。
「これだけ出来れば上出来かな?」
 畑を耕し土に肥料を混ぜ、放置されていた家畜小屋の修繕と、紅貴の仕事も一通り終わった。暗くなると仕事は野外から屋内に移るが、紅貴は衛兵と共に村の警備を続ける。
 外は寒いが家の中はあったかい。暖炉に薪をくべつつ、ソードは1本の薪を手に取って何やら細工をし始めた。
「それは何でしょう?」
「仕事を割り振りした簡易カレンダーです」
 と、問うた村人にソードが示した薪は片面が削られ、○と□の印が細かく彫られていた。
「□が仕事のある日です。1日が終わるごとに○か□を1つ消して下さいね。皆さんが数字が判れば村にカレンダー1つおいて、仕事のある日を書いた板渡せば済むんですけど‥‥」
 と、説明するうちに、ソードはふと思い当たる。
「これ体力ない奴や老人に出来そうな仕事じゃ‥‥!」
 これでまた一つ、村人に任せられる仕事が増えた。

●キラルの選択
 キラルに関しては、冒険者はキラル本人に選択させることにした。魔物の烙印を剥ぐ時、麻薬を使い大きなリスクを背負うか。それとも使わずに生まれ変わる覚悟を示すか。
「選びなさいキラル‥‥貴方の未来を」
 クレアは真剣な眼差しを注ぐが、キラルは視線を合わせず押し黙っている。
 決意を促すようにさらなる言葉をかけたのはフィラ。
「キラル、あんたは今まで辛い目にあってきた。そして今回、もっと痛い目にあうかもしれない。でもそれを乗り越えたとき、あんたは変われると思うんだ」
 キラルは顔を上げ、フィラの顔を見つめる。
「本当に‥‥変われると思う?」
 その言葉の答は、フィラの笑顔とさらなる励まし。
「痛みなんかに負けるな、今まで辛い目に合わせてた奴らに男を見せてやれ」
「やるよ‥‥麻薬なしで‥‥」
 声は小さかったが、キラルの決意は定まった。
 その言葉を聞き、クレアは微笑みぽんっとキラルの肩を叩く。
「進みなさい、貴方の未来へ」
「それで‥‥誰が背中の皮を剥ぐの?」
 一瞬、顔を見合わせる冒険者達。その役目を決めていなかったのだ。
「こういう場合、くじ引きか?」
 藁でくじを作って仲間同士で引き合うと、当たったのはイシュカ。
「これも、聖なる母のお導きでしょう」
 仲間から剣を借り、キラルの服を脱がせて寝かせる。
「お願い‥‥僕の手を握っていて」
 キラルの願いを聞き、フィラはぎゅっとキラルの手を握る。
「キラルさんが光の元で生きられるように‥‥聖なる母よ慈悲の力を‥‥」
 言葉を唱えるやイシュカは剣の刃をキラルの背中に押し当て、ぐいっと力を込めた。
「うあああああああああーっ!!」
 轟くキラルの叫び。それから後は大騒ぎ。それでも皮剥ぎの手術自体は、それほど時間をかけることなく終わった。剥ぎ取られた皮膚を再生すべく、イシュカはクローニングの呪文を唱える。魔法は発動したが、しばらくは安静が必要だ。

●王の視察
 今日はエーロン王が村に来られる日。朝も早くから村では祝宴の準備で賑やかだ。
「今回はお祭りのようなものですが、エーロン様の御前、節度ある楽しみ方をしましょうね」
 と、手伝いがてら村人に声をかけていたニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)は、人々の間に混じって働くリーサの姿に気づいた。
「リーサ、元気にしていましたか? ちょっと心配だったもので‥‥」
「元気です‥‥ありがとうございます‥‥。でも‥‥」
 リーサは小声で囁いた。魔物が怖い、そして魔物の誘惑に引きずられそうな自分が怖いと。ニルナはリーサを抱きしめ、言葉を返す。
「私たちが護ってあげますから‥‥」
 暫くして、衛兵達が告げ知らせる。
「エーロン陛下がご到着なされたぞ!」
 村人達も冒険者達も仕事から離れ、村の入口に集まってエーロン王を出迎えた。
 見れば、王の取り巻きがまた仰々しい。エーロン王には隣領のワザン男爵が付き従い、大勢の警備兵で王の回りをがっちり固めている。やや離れた場所には幾人もの商人達の姿。今更ながらに冒険者達は、分国王が視察に来られる意味の重さを実感した。
 警備を担当していた紅貴は、自然と真っ先に王の一行へ挨拶することになった。
「態々ご足労を。警備中ゆえ武装のまま拝礼させて頂く」
 そう言うと自分は警備を続け、後はクレアに任せる。
「人数が増えたが、宜しく頼むぞ」
「御意」
 王の言葉を受け、新領主クレアはエーロン王を村の中へと案内する。元からクレアは何も隠すことなく、今のホープ村の全てを王に見てもらうつもりだった。
 村のあちこちを見て回る王とクレアの後からは、村人達もぞろぞろとついて来る。クレアは一軒の家の前で立ち止まると、王に告げる。
「この家は病人の家です」
 そのままクレアは王と共に中に入る。家の中には病人がいた。最近になって村に流れ着いた流民の一人だ。クレアと王の姿を見ると、病人の男は慌てて起きあがり詫びを入れる。
「‥‥も、申し訳ありません!」
 自分を咎めに来たと思ったのだろう。しかしクレアは優しく言葉をかけた。
「先ずは身体をしっかり治して頂戴。家族は泣かせたら駄目よ?」
 さらに王とクレアは、村の周囲の土地を見て回る。復興の状況を確認した王はクレアに言った。
「これで村の現状は分かった。次に視察に来る時に村がどれだけ良くなっているか、楽しみにしているぞ」
 クレアは王に感謝の言葉を述べ、力を貸してくれる冒険者の友人達を讃えると、最後に言った。
「陛下‥‥私は、もう誰もこの手から零さない」

●誓いの式典
 視察が一通り終わると、王とクレアの前に村人達が呼び集められる。
 新領主は何を語るのだろう? 村人達は誰もがクレアの言葉を待っている。
 クレアは語り始めた。自らの胸の内を率直に。
「私はまだ良い領主とは到底言えない。これからは数多の苦難が待ち受けている。それを乗り越える為には皆の力が必要。貴方達の力‥‥貸してもらえるかしら?」
 言葉を発する者はいない。村人の誰もが、何と答えていいか迷っている。
 その様子を見て、クレアの傍らに立つニルナが言い添えた。
「私達は神ではありません、なにもかも思い通りにとはいかないでしょう‥‥ですが、皆さんが笑顔でこのホープで一生を終えれるよう、私も精一杯努力していくことを誓います」
 続いてルストが声を張り上げる。
「私も誓うわよ! みんなで力を合わせて頑張るの! さあ、みんなも誓って!」
 ルストの呼びかけで、村人達はようやく声を上げた。
「私も誓います!」
「おらも誓うだ!」
「あたしも誓う!」
「新領主様に力を貸すぞ!」
「新領主様、万歳!」
 高まりゆく声にクレアは感激。
「ありがとう」
 と、村人達に感謝の言葉を贈る。
「それではよく聞いて。これから貴方達が守るべき決まりを教えるわ」
 と、クレアはその場で領地の法を布告した。

 ・殺人等の、人の道に背いた行為をしないこと。
 ・盗み等の、自身がされて嫌な行為をしないこと。
 ・軽犯罪については領民達の意見を取り入れながら罰則を定める。
 ・悪意在る残虐行為に対する罰則は厳正に定める。

 以上が、領地の法の基本となる。
「この決まりを貴方達は守れるかしら?」
 勿論、村人達は声を張り上げて答える。
「守ります!」
「新領主様の決まりに従います!」
 ここにクレアは村人から新領主として認められた。
 そしてニルナが次の言葉で、誓いの式典を締めくくる。
「領主クレアと民、そしてこのホープに幸あれ」
 エーロン王もクレア達を褒める。
「初めてにしては見事なものだ」
 クレアの横からフィラが目配せ。
「さあ、いよいよ待ちに待った祝宴だね」
 フィラは村人達にも呼びかける。
「折角の宴だ、楽しむのも忘れちゃいけないさ。皆で楽しめる宴にしような!!」

●祝宴
 今回の祝宴は、どこの村でもよくやるような祝宴だ。村の広場の地べたに敷物を敷いて座り、そこかしこに料理の皿を並べ、酒を飲んで大いに盛り上がる。しかし、エーロン王と一緒にやって来たワザン男爵は渋面を隠さない。
「陛下を迎えての祝宴だというのに、回りにはむさ苦しい者だらけ。ジプシーの踊りもバードの歌も無しで、おまけに料理も不味いとは」
 男爵の目から見れば、冒険者達の歓待には至らぬところだらけ。だからそっとエーロン王に耳打ちした。
「そろそろ引き上げる潮時でございましょう。別所にて、贅を尽くした宴の席を用意してあります故」
 しかし王は答える。
「俺は十分に楽しんでいる。もう少しここでゆっくりしていこう」
 近くの席では村人達が冒険者と一緒に盛り上がっている。
「こんな美味い酒は飲んだことがねぇ!」
 そのうちにフィラと村人の間で飲み比べが始まり、イシュカの提供した酒も次々と空になる。ところが暫くすると騒ぎが起きた。酔っぱらった男同士の喧嘩だ。早速、警備担当の紅貴が止めに入って、軽くお説教。
「皆楽しんでる時に水を差すような事はするな」
 その有り様を見てワザン男爵はますます表情を険しくする。
「おい、誰か歌を歌い踊りを踊る者はいないか? 折角の祝宴に華が無いのは淋しいぞ」
 エーロン王が求めたが、回りにいた大人は誰もが物怖じ。その代わり、村の子ども達が王の前に進み出た。
「僕たちの歌でよければ」
「あたし達も歌います」
 そして始まった子ども達の合唱は調子っ外れで、
「下手くそな‥‥」
 と、ワザン男爵は呆れたが、エーロン王は気にしない。
「最初は誰だって下手くそだ」
 そう言って歌を最後まで聴き、歌が終わると盛大に拍手した。

●宴の終わりに
 楽しい宴にもやがて終わりの時が来る。
 エーロン王と客人達がぞろぞろ引き上げた後も、冒険者達はきっちりと後片づけの仕事をこなす。
 時が過ぎ、気がつけば夜。空を見上げれば満天の星。
 紅貴は一人、星を見上げながら呟いた。
「何もかも終わったんじゃなく、ここから始まり‥‥か、何処まで行けるかね」