●リプレイ本文
●情報収集
クマ探しに必要な情報を聞くため、冒険者たちはまず依頼人である町長のもとへと足を運んだ。
住人にせっつかれていたらしい町長は、喜んで一同を迎え入れた。
「『毛皮夫人』に関することなら何でもお答え‥‥」
「『毛皮夫人』?」
「ああ、年寄りの迷信でしてね。『クマ』と口にすると本当に出るから言うなとね」
「これはまた高貴そうな呼び名じゃな。わしの故郷では『山の親父殿』と呼んでおったよ」
と、ヘラクレイオス・ニケフォロス(ea7256)。
「ところで先に確認しておきたいのだが‥‥『夫人』をどうにかできれば、必ずしも殺さなくてもいいのだろうか?」
「は?」
思いがけない言葉に首をかしげていた町長だったが、まぁ結果的に町に来なければいいかと承諾してくれた。
「毛皮夫人なんて、ごーじゃすなんだねぇ! 『夫人』って言うからには女性なのかな? そのク‥‥(ムグッ!)」
「口にするのはだ〜めなのね」
ラフィー・ミティック(ea4439)の口を押さえて、マギウス・ジル・マルシェ(ea7586)。
「『夫人』の性別はこちらでも調べるつもりでおるよ」
と、マルト・ミシェ(ea7511)が請け負う。
「そういえばこちらに高齢の聖職者さんがいたと聞いたのね」
ギルドでその情報を聞いていたマギウスは、ジタバタするラフィーの口を押さえたままさりげなく居場所を確認するのだった。
町長宅を出た一行は、二手に分かれることにした。
「わしらは目撃者に話を聞いてから、現場に向かうよ」
と、ヘラクレイオス。正確な目撃場所を確認したいマルトもこれに同行した。
「私たちは教会に行くのね」
マギウスとラフィーは町外れへと向かった。
教会では、噂の老聖職者が快く二人を迎えてくれた。
彼に町長からの紹介であることを説明して、単刀直入に用件を言う。
「私たちクマ退治に来たのね。聖職者先生には魔法でご助力を頼みたいのね」
「‥‥わたしは『聖なる母』の名において、罪のないものと救いのない者のために力を尽くすのです。危ないかもしれないだけで、罪のないものを殺すことに手を貸して欲しい‥‥そうおっしゃるのですか?」
否定的に首を振る聖職者に、あわててつけ加えるラフィー。
「クマさ‥‥じゃなくて、『毛皮夫人』にはきっとワケがあるんだよ! だから皆でそのワケを探してる! 殺さないために!」
「‥‥そうですか。皆様は最善をつくしてくださっているのですね」
老聖職者は非礼をわびたあと、クマ退治への同行を承諾した。
「しかし、わたしは怪我を治すことしかできません。戦闘での助力は期待なさらないでくださいね」
●町の外で
一方、目撃者から詳しい情報を確認したヘラクレイオスとマルトが町の外へ出たその時。
町の外の木陰で小さなシフールたちが、早めのお昼をとっている光景に遭遇した。
「聞き込みの時にいないと思ったら、こんなところに!」
「だって〜 急いでクマを探さなきゃと思ったんですよー!」
あきれる二人に首を縮めて弁解するのは、ロジャ・アクロイド(ea7634)。彼は町に着いてすぐ、クマを探して文字通り飛び出していったのだった。
しかし大きくはない町といえども、町は町。その周りをすべて見回るとなればかなりの範囲になってしまう。
大まかな場所も知らずに闇雲に飛び続けた彼は、クマを見つける前につかれきって休息していたそうだ。
「で? 結局どんなことがわかったんですか?」
「うむ。クマが出るのはこのあたりのだな‥‥」
ロジャとヘラクレイオスが情報交換をしている間、マルトはグリーンワードで周囲の木に聞き込みを開始していた。
「クマは雄か?」
木々は答えた。
『クマ』
性別は木の感知できることではなかったらしい。続けて問いかける。
「こどもを連れていたか」
小さな爪あとのある木が答えた。
『クマ』
「クマは何かを探していたのか?」
クマの爪あとらしい傷のついた木が答えた。
『クマ』
樹液の固まり具合からみて小さな爪あとには新しいものがない。大人のクマがつけたものだろう新しい爪あとは、当り散らしてあるかのように荒々しかった。
おそらく親グマの側から子グマがいなくなってしまったのだろうと推測される。
クマは情の深い生き物。確証は取れなかったが、この予想にほぼ間違いはないだろう。
「それより‥‥クマはかなり気が立っておるようじゃ。気をつけねばな」
傷ついた木の表面に手のひらをあて、マルトは小さくつぶやいた。
クマが目撃されるのは、朝夕の時間帯。
最近はかなり町の近い場所でも目撃されている。
今のところ人の姿をみればおおむね姿を消すクマだが、これからはどうなるかわからない‥‥現時点でわかっているのは以上のことだ。
「できれば避けたいことだが、万が一の時は刃をもって解決する必要がある。適度な障害物があって、斧が振り切れるような場所があるといいのだが」
「それなら、この先にありましたよ」
と、ロジャ。
森での土地勘に優れた彼は、このあたりを飛び回っているうちに大まかな地理を把握していた。
ロジャはその場所を教えるためにも現場に留まり、またクマ探しを続けることにした。
「ホントーは町に戻ってコグマ探しに行きたいんですけど」
親グマにはまだあっていない。それにもしかしたら自分の魔法で親グマを説得できるかもしれない。
「‥‥長くても今日の夕方までだな」
依頼された日数から数えれば、それが子グマ探しにあてられるギリギリの期限。
ヘラクレイオスは厳しい表情で空を見上げた。
●町の中で
とある食堂をかねた酒場にて、シフールのマギウスが客に手品を披露していた。
大仰に取り出したシマシマのハンカチを一振りしてみせるマギウス。
「で、これををこうするとね‥‥アラ不思議! 一瞬のうちに、横縞が縦縞に!」
すっとぼけた表情で客をじっと見つめたあと、おもむろに芝居がかったため息を一つ。
「‥‥イマイチね。これ、パリのガルデニア通りの食堂のママさんには大うけだったんだけどね」
手品というよりは話術の勝利か。マギウスは笑いと共になぜかおひねりをもらってしまった。
「情報収集しておると思えば‥‥なにをやっておるのじゃ?」
うれしそうに硬貨を数えるシフールを見つけ、マルトは深ぁくため息を付くのだった。
マルトから子グマの情報を聞くなり、腕を組んで唸るマギウス。
「町でクマを飼うなら、果物がたくさん必要なはずなのね」
「うむ。果物についてはすでに市場で聞き込みをしてきたぞ」
しかしおり悪く祭が近いこの時期である。ごちそうの準備のため、いつもは買わない所にも果物の需要が急に多くなっている。そのため怪しい場所をただ一箇所に絞り込むことはできなかった。
それならと、サンワードで『この町で茶色の子熊を所有する人間』を問いかけてみたマギウスだったが、太陽の答えは『わからない』とのこと。
「ん〜‥‥一人じゃないのか、日陰にいるのかもなのね」
「お互い、魔法を使いこなすのに精進せんといかんのう‥‥」
木との会話で手こずったマルトは、がっかりするマギウスの隣でしみじみつぶやくのだった。
マギウスとわかれたマルトは、新たに「檻を買った人物」に焦点をあてて聞き込みを開始した。
この町で檻を売っている店はなかったが、家具を作るための工房がたくさんある。直接工房に注文したのかも知れない。
マルトは一軒一軒、地道な聞き込みを開始した。
「さぁ? そんな注文はなかったなぁ‥‥ところで、何でそんなことを聞きまわってるんだい?」
何軒目の工房だっただろうか。同じ答えに肩を落としたマルトは、根気よく工房の男に説明する。
「誰かがコグマを町に連れ込んだらしくてのう」
「え! そ、そりゃぁ大変じゃないか!」
「うむ」
何かがわかったら町長宅に連絡して欲しいと言い置いて、マルトは次の別の工房へと向かった。
彼女をにこやかに見送った男は、彼女の姿が見えなくなると一変して顔をしかめた。
「くそっ、町長が動いているのか‥‥他の連中に知られる前に、さっさと売っぱらっちまったほうがいいかもしれんな」
男は厳しい視線を工房裏の倉庫へと向けた。
「マギウスおじちゃん! あのね、お客さん連れてきたの!」
酒場で待機していたマギウスの元へ、勢い込んだラフィーが飛び込んでくる。
真っ先にクマのところへ飛んでいって話をしたかったラフィーだったが、人の体は一つ。同じ時間に別の場所で行動することはできない。
町に残ることを選択した彼女は、街角で歌を歌いながら噂を流していた。
いわく‥‥『見世物用のクマを飼いたがっている人がいる』と。
ラフィーが指し示した先には、一人の男が立っていた。
男はごく普通の一般人に見えた。節くれだった手を見るに、何かを作る職人なのかもしれない。
値踏みするような視線を向ける男に、飄々と話かけるマギウス。
「クマを売ってくれるって話なのね?」
「ああ、売りたいって人がいるそうでね」
男は慎重に、自分が売り手であるという言質をとらせない話し振りで答える。
「手付けにはコレを用意しているのね。あとは現物を見てからなのね」
銀製のネックレスをテーブルに置くマギウス。
「おいおいおい。モノはクマだぞ? こんなんじゃ少ない‥‥って、言うんじゃないかな? その人は」
あわてて言いつくろった男は、ごまかすようにあいそ笑い。
「ところであんたら、シフールだけか?」
「今のところはそうなのね」
「運び出しとかはどうするんだい? 小さいとはいえ‥‥あ、いや‥‥クマをシフールだけで取り扱うのは難しいんじゃないかな?」
「その時はまた人を雇うつもりなのね」
「ふぅん‥‥」
男は口の中で「金、あんまり持ってそうじゃないしな‥‥」とつぶやくと、にっこり笑った。
「うん‥‥それじゃぁ売りたいって人に会うことがあったら、あんたのことを言っておくよ」
かなりいいところまでいったが、残念ながら信頼を取るには偽装が足りなかったようだ。
●『隣村の毛皮夫人』
ちょうどそのころ。目撃された地帯を警戒して飛んでいたロジャが、問題のクマを発見した。
「やった! 第一山クマ発見!」
喜びの歌を歌いながら、そっとクマに近づくロジャ。クマに向かってチャームの魔法をかけ、それからテレパシーで会話を試みた。
「どうして町に近づくの? 僕にできることはある?」
しかし‥‥
『こども。こどもどこ。さがす、さがす、さがす』
「ダメだって! 町に行ったら危ないんだよ!」
なんといっても相手は獣。言葉による難しいやり取りはできないようだ。
森に戻るように諭しても、クマは聞く様子もなく町へ近づくことを主張するだけだ。
「大丈夫! 僕の仲間がコグマを見つけてきてくれるから‥‥」
親グマをなだめすかしながら足止めをしていたロジャは、枝を踏みしめる音にハッと振り向いた。
そこにいたのは完全武装したヘラクレイオス。そしてマルトとマギウスの姿。
町から戻った二人の表情は暗い‥‥それが意味することは一つ。
ロジャは否定するように首を振った。
「‥‥被害が出てからでは遅いのだ。察せよ」
その言葉にうなだれたロジャはおとなしくその場を退いた。
オーラエリベイションで士気を高めたヘラクレイオスは、右手一つで軽々と大斧を振り上げ、そして一気に振り下ろした!
先制の一撃は‥‥命中!
クマの鼻面に綺麗に決まる大斧。
攻撃を受けたクマは一声ないて爪持つ腕を振り回した!
ヘラクレイオスは盾でこれを受けた‥‥が、重い。
もしロジャがチャームでクマの気持ちをなだめていなければ、最初の一撃でヘラクレイオスは瀕死になっていてもおかしくなかった。
盾で攻撃を受け流しつつ一撃一撃、確実にクマの体力を削る。
冒険者としては経験の浅い彼が、クマ相手にここまで粘れたのは驚きだ。
おそらくは高い戦闘技能と、徹底的に攻撃に特化した装備のおかげだろう。
そして、戦っているのは彼一人ではない。
「ウォールホール!」
クマの足元に穴を開けるのはマルト。
思わぬ落とし穴に足をとられたクマの頭めがけ、大斧の重さを加えた渾身のスマッシュが振り下ろされる!
クマは吼えた。
「しかたないことなのね‥‥っ、サンレーザー!」
マギウスから収束された太陽光が放たれる! が‥‥弱い。
本気を出せば有効なダメージを与えることができたはずだった。
だが彼は優しすぎた。
手加減してしまったやさしさの代償は、死の一撃となって彼に振り下ろされた。
「ぐあっ!」
「ヘラクレイオス!」
小さなシフールをかばった彼は盾ごと吹き飛ばされ、したたかに木に打ち付けられる。
勢い込んで迫るクマを、
「ウォールホール!」
落とし穴で牽制するマルト。
クマの移動速度は予想以上に速い。高速詠唱でなければ、間に合わなかったかもしれない。
ふらつく足で立ち上がるヘラクレイオス。
「大丈夫だ」
手負いとなったクマは人を襲うだろう。ここで仕留めなければ被害は甚大なものになってしまう。
「『大いなる父』よ‥‥我が戦いをごらんあれ!」
死んでもここで食い止める! 突撃しようとしたヘラクレイオス。その腕にしなびた手が添えられた。
白い光が彼を包み込み、すべての傷が癒される。
老聖職者はかすれた声でささやいた。
「せめて‥‥苦しませずに」
「‥‥承知」
大斧を握りなおし、ヘラクレイオスは最後の一撃を振り上げた。
そして森に静寂が戻る。
もうここに害をなすクマはいない。
依頼人は感謝するだろう、町の人も喜ぶことだろう。だがこの勝利の味はとても苦い。
歯を食いしばる冒険者に向かい、老聖職者は語る。
「わたしたちは彼らと同じ場所に住むことができない‥‥だからわたしは彼らが不用意に近づかないよう、あの名前で呼ぶのです」
たとえ迷信だとしても‥‥
老聖職者は目覚めのない眠りについた『毛皮夫人』のため、静かに祈りをささげるのだった。
●知られざる終幕
祭の準備で浮かれる町の一角で、馬車に荷物が積み込まれている。
大きな木箱の中身は相当重いのか、三人がかりでやっと持ち上がるほど。
「ふぅ‥‥意外とおとなしいもんだ。なぁ、今度の祭には間にあわんだろうが、次の祭までには間にあわせたいよな」
「そうだな。さあて、どんな芸を仕込もうか‥‥」
旅芸人の男たちは笑いあい、町を抜けて収穫祭のある都市へと向かう。
手作りの木の箱を載せた馬車は行く。
箱の中からはカリカリと木底を引っかく爪の音と、母を呼ぶ獣の声がした。
その後、毛皮夫人の子供たちの姿を見た者はいない。