●リプレイ本文
●発着場にて
活気に溢れる喧騒の中、荷物を積み込みあるいは運び込んでくる馬車が行きかっている。
依頼人が所有する倉庫の前、冒険者たちは目玉商品の到着を待っていた。
「はじめまして。私、セイロムと申します」
セイロム・デイバック(ea5564)は待ち時間を利用し、御者を含めた同行者に挨拶する。
「レイさん! お久しぶりです」
「あ。あの時の‥‥」
レイ・ファラン(ea5225)に声をかけてきた御者は、前回の隊商護衛で一緒に旅したことがある若者だった。
「これも貴婦人のお導きですね」
十字をきるブノワ・ブーランジェ(ea6505)の肩をポン、と叩く小さな人影。
「ブノワ『さん』。今回もよろしゅうなぁ!」
ヴィエラシュカ・ジゼル・ユリシュ(ea7414)はニヤリと笑った。
「地図を持ってきたんやけど」
手描きの地図を取り出して、クレー・ブラト(ea6282)。
「あー‥‥これ、図書館の写しでしょう?」
と、御者。
図書館の地図は全体を描くために想像で補われた部分が多く、残念ながら参考程度にしか使えない。実際に道を行く商人が手描きした地図の方が実用的である。
クレーと御者と『道の近くに村がありますか?』とのぞいてきたブノワと地図を眺め、馬車交換地や襲撃されやすそうな地点を吟味する。
やがて荷下ろし場が騒がしくなってきた。キャメロットからの荷が届いたらしい。
ジャパン生まれの御影 紗江香(ea6137)と鑪 純直(ea7179)が母国語でささやきあう。
『烏天狗といいますと、あの‥‥?』
『うむ。羽団扇には魔力が宿ると言われているな』
二人には専門知識がなかったので、それは伝え聞いた昔話からの知識であるようだ。
「いよいよ出発だね! どんな町なのかな〜 ドレスタット!」
リセット・マーベリック(ea7400)はウキウキと隣の相 樹樹(ea2893)に声をかける。
『そうやなぁ。気ぃひきしめんとな』
ゲルマン語はわからなかったが、地名だけは聞き取れた。樹樹は護衛する馬車を見上げながらつぶやいた。
「ワシ等の飯の種じゃ、丁重にのぅ」
紅い布で小粋に飾られた黒い木箱をもって、ルーロ・ルロロ(ea7504)が現れた。いち早くキャメロットの荷から目玉商品を引き取ってきたようだ。
仲間に箱を見せびらかし仰々しく先頭の荷馬車に納め、自分も馬車に乗り込む。
「アヴィルカ! 出発するわよー!」
リュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)に声をかけられ、先頭の馬車で荷運びを手伝っていたアヴィルカ・レジィ(ea6332)が、木箱を一つ抱えて後尾の馬車に乗り込む。
馬車に積まれた木箱には、開けなくても中身がわかるようにそれぞれ羽が一枚ずつフタにつけられていた。
アヴィルカは黄色い羽が二枚つけられた木箱をそっと置き、ふわふわした鳥の羽をホンワリと眺めていた。
「好きなのねぇ」
微妙な彼女の表情を読み取り、リュシエンヌは笑った。
●ドレスタットへの道
「強盗も追いつけないくらいかっとばしてね、御者さん!」
「おまかせあれ!」
前を行く馬車に追いつくまでだったが、リュシエンヌの言葉通りに走る馬車。
先頭馬車には、セイロム、ヴィエラシュカ、ルーロ、リセット、樹樹が乗り、レイは御者台で御者を護衛する。
後続馬車にはブノワ、アヴィルカ、クレー、御影が乗り、盾を持った純直が御者台で警護。そしてリュシエンヌが馬車をつける不審な影がないかを警戒した。
ロバに荷物をのせて徒歩で行くつもりだった御影は、『ロバも人もつぶれますよ!』と依頼人の従業員に諭され、結局馬車に乗り込むことになった。
「クッションを持ち込んで正解でした」
と、しゃべりかけて舌を噛んだブノワは涙目で十字をきる。
実用一辺倒の馬車の中にワラをつめこんだクッションを持ち込み、少しでも乗り心地がよくなるように工夫していた。
後続車ではアヴィルカが毛布などを使い、乗り心地をよくしていた。
長い道のりには悪路もある。商品は羽毛なので衝撃に強いが、護衛は人間。何の工夫もされていなければかなりの体力を削られていただろう。
乗り物酔を警戒したリセットは、乗り込んでからずっと夢の中。
「港町はおさかないっぱいだぁ‥‥うへへ」
そこで一足先にドレスタットに到着しているよう。彼女の胸には貝殻で作られたお守りが光っていた。
走りつめて昼ごろ、最初の馬車換え地点に到着した。
「つっかれたー!」
勢いよく馬車から飛び出し、伸びをしながら深呼吸するヴィエラシュカ。
「おつかれさまです」
馬車から降りた冒険者たちに、馬を連れてきた男たちがねぎらいの言葉をかける。
御者が男たちと商売的な手続きをする間、周囲を警戒するレイとアヴィルカ。
リュシエンヌが荷物の積み替えを手伝いながら、換えの馬車に不審なところがないかをチェックする。
馬を連れてきた男たちに厳しい目を向けていたクレーは、新しい馬を見てふと愛馬のことを思い出す。
「馬は責任を持ってご希望の場所にお届けしますよ」
といわれて預けたのだが‥‥今頃はどのあたりにいるのだろう?
最後にルーロがこれ見よがしに黒い木箱を馬車に納め、最初の馬車換えは完了した。
もう一人の御者が予備馬車から調理道具を取り出しているのを見つけた樹樹は、駆け寄って荷運びを手伝い始めた。
どうやらここでお昼になるようだ。
午後の行程も野営準備も滞りなく進んだ。
雲ひとつない夜空。欠け始めた月が中天に浮かんでいる。
夜間は当番制で見張りをすることになっていた。この時間の担当は、クレー、リュシエンヌ、御影の三人。
「自分のにも火ぃいれよか?」
あくびをかみ殺しながらランタンを取り出すクレー。
「この油がなくなってからにしましょう」
ルーロのランタンを確かめながらリュシエンヌ。
皆で持ち寄った油で6日分の明かりはまかなえるが、節約できるものはした方がいい。ブノワのものも使えるようにだけしてそばに置いた。
二日目、三日目の夜も異常なかった。四日目の夜も。
そして最終日の夕暮れ、野営地にはいつもの光景があった。
セイロムと純直の手によって馬車から外された馬が一番最初に水を飲み、ふきだす汗を丁寧にぬぐわれる。
「鳥肉の香草包みを焼いたものに、鳥とカブのスープ。酢漬けキャベツに今が旬のイチジクを添えて‥‥なーんてどうでしょう?」
「いいですねー」
予備の荷馬車からライ麦パンを取り出しつつ会話する御者とブノワ。
その横で調理を手伝う樹樹に通訳しているのは、ノルマン料理を覚えようとしている御影。
御者の料理法を身につけようとしている樹樹の視線は真剣そのもの。
野営地に美味しいにおいが漂いはじめると、リセットがはしゃぎ始める。
「ごはんごはんーっ!! やたーっ!!」
「元気だなぁ」
その日はやや遅めに戻ったレイが苦笑する。
彼は毎日、野営する場所の周囲に鳴子を設置していた。いつもは御影も手伝うが、今日は調理の方に行ってしまったのでレイ一人での作業。
「猫舌なんで、冷ましてもらえんかの?」
「自分で冷ましてくださいね、ルーロさん。というか、商品を尻に敷かないでください!」
と、よそったスープを手渡す御者。
「ホッホッホ、手厳しいのぉ‥‥(黒い木箱を膝に抱きなおして) ところで依頼人の依頼人、ドレスタットの貴族っちゅうんはどんなお人なのかのぉ」
「そうですねぇ。ブタがお好きな方だとは聞いていますが‥‥」
話しながら新たなスープをアヴィルカに差し出したが、彼女はこれを辞退した。
かわりに受け取ったブノワが問う。
「それでは、僕たちを雇った依頼人はどんな方なんですか?」
「いい方ですよ。日用品に関してなら気前もいいですからね」
この食事もこちら持ちですと言ったあと、そういえばとつけ加える。
「まぁ上手くいけば妬みもある商売ですからね。なんだかんだと突っかかる同業者もいるようですよ」
食事が終わっても、襲撃者は姿を見せなかった。
だが最後まで気は抜けない。いつもと同じように、当番が夜の見張りに立つ。
「時間ですよ。起きてください」
アヴィルカ、ブノワ、純直にかわって、樹樹、セイロム、リセットが夜番となる。
ブノワの用意してくれたホットワインを飲みながら、周囲を警戒する三人。
「うー! さすがに夜は冷え込みますね〜‥‥あ。それいいなぁ!」
防寒服を用意していた樹樹に、『それ、あったかそー!』と身振りで示すリセット。
樹樹はにっこりと笑った。
●峠を走る影
夜も深まり、誰もが寝静まる真夜中‥‥その異変に最初に気づいたのは夜番のヴィエラシュカ。
木陰で耳を澄ます彼女に、声をひそめた会話が聞こえてくる。
「‥‥まて。罠だ」
「ち‥‥さすがに警戒してやがるか。だが、見張りは二人だ。一気に行くぞ」
「「「「おう」」」」
「‥‥ここに三人目がおるんやけどなぁ♪」
夜闇に紛れ仲間のもとに戻ったヴィエラシュカは、声の主に気づかれないよう木の実をルーロとレイに投げつけて合図し、それから眠る仲間を起こしに向かう。
ルーロがブレスセンサーで人数を確認している間に、残りのランタンに火を入れるレイ。
「前に8人、後ろに3人じゃな」
「それなら‥‥」
レイが何かを言いかけたとたん、二人の前にある焚き火が吹き飛んだ。
しかし焚き火は複数用意してあり、予備のランタンにも火が入っている。視界に何の不都合もない。
その音を合図に、ヴィエラシュカに起こされた冒険者たちが飛びだしてくる。
寝込みを襲ったはずなのに‥‥襲撃者に動揺が走る。
予備の焚き火に照らされた襲撃者は、あいも変わらず粗雑な犬の被り物をしていた。
「‥‥こりてないな」
と、レイ。
「ふん! 前任者と同じにしないでもらおうか」
胸を張る襲撃者。
「だからそこでコボルトいわな!」
と、ヴィエラシュカ。
「かまうな! やっちま‥‥エブッ!」
「あらら」
襲撃者のリーダーを狙ったムーンアローが予想以上にすんなりと決まり、放ったリュシエンヌの方が驚いた。
「先こされちゃったね〜」
同じ的を狙っていたリセットが残念そうに弓を下ろす。
ややひるんだものの襲撃者は手に手に武器を持ちなおし、冒険者めがけて踊りかかった。
御影は春花の術で相手を眠らせようとした。しかし先ほどの爆風のために風が乱れている。
「うらぁっ!」
襲撃者はこちらと同じく術者を狙う作戦だったらしい。術を使おうとした御影に容赦なく振るわれる剣。
迎え撃ったのはクレー。
力任せに振り下ろされた剣をかろうじて受け流し、防具に覆われていない足を狙ってレイピアを一閃。
「ぐっ!」
相手に傷を負わせたが、同時に彼も傷を負った。
だが治せない傷ではない。クレーはレイピアを握りなおした。
拳一つで奮戦する樹樹の隣では、純直がダガーを振るう。
純直のフェイント攻撃。相手はひるむものの決定打にはならず、一歩一歩前進を続ける。
「‥‥強い」
隙あれば一人確保しようとしていた純直だったが、わずかに相手の力量が上のようだ。足止めするだけで精一杯。
そんな彼をかすめるように真空の刃が襲撃者を襲う。
ヴィエラシュカのウインドスラッシュ!
夜空に視線を向ける純直。しかし夜空に溶け込む小さなシフールの姿は容易に判断できない。
魔法の援護攻撃を受け、冒険者と襲撃者は一進一退の攻防を続けた。
だがこれは襲撃者の目くらましだった。
ハデに正面から襲い掛かって護衛をひきつけ、その隙に馬車と荷物を襲うことが本命の作戦。
しかしその作戦を冒険者たちは読んでいた。裏から近づく襲撃者の前に立ちはだかる人影。
「!」
「ここは通さん!」
ロングソードを抜きはらって、レイ。
「姑息ですね。しょせん悪党は悪党‥‥というところですか?」
口調だけは丁寧に。だが笑わぬ目で襲撃者を見つめるセイロムが、スピアをヒタと構える。
襲撃者たちは後ずさった。
手ごわそうな二人と、その後ろで馬車を守るブノワと、馬をなだめるリュシエンヌへと走る視線。
そして伏兵を警戒したアヴィルカが配置したアッシュエージェンシーでの身代わりをあわせ、襲撃者の目に6人の護衛が映っていた。
「くそっ! 二対一じゃぁ分が悪すぎだ!」
彼らの狙いは積荷の破壊。捕まったり命のやり取りをするつもりはない。
三人の襲撃者はお互いに顔を見合わせると、脱兎のごとく逃げ出した。
「あっ! こら!」
「なんとすばやい‥‥」
馬車を置いて追うわけにもいかず、一同はあっけにとられて逃亡者を見送った。
一方。
最初の打撃から復活した襲撃者リーダーは焦っていた。
こちらで護衛をひきつけている間に、手下が馬車を燃やすはずだった。だが、いつまでたっても火の手は上がらない。
死人が出てはまずい‥‥そう思いながら引き際を探っていた時、視界の端に白髪の人影が映った。
大事そうに黒い木箱を抱え、そっと馬車から離れようとしているエルフの男。明らかに高価な商品を運んでいる。
「バカなじぃさんだ‥‥オーラーショット!」
容赦のない光の弾に、木箱と共に吹き飛ばされるルーロ。
壊れた木箱からばら撒かれた中身が土に汚れ、あるいは焚き火の火で燃えるのを確認した襲撃者のリーダーは吼えた。
「撤収だ!」
襲撃者たちは、それこそ後ろをみることなく逃げ出した。
戦闘が終わり、ただ一人突っ伏すルーロに駆け寄る仲間たち。
「に、荷物は‥‥?」
「黙って! かなりの傷です」
立ち上がろうとするルーロにあわててリカバーをかけるブノワ。その後ろで、肌身離さず持っていた木箱を見せつつアヴィルカがコクコク頷く。
そう。商品は届いた初日、中身を入れ替えてあったのだ。
偽物作戦は成功。ルーロはすすけた顔にニッカリと笑みを浮かべた。
●港町にて
依頼の品を届けると、依頼人は飛び上がって喜んだ。
お祝いのワインを振舞ってくれる依頼人に、『噂の烏天狗の羽を一度みてみたいのだが』と頼む純直。
依頼人は快く『烏天狗の羽』を見せてくれたのだが、どこをどう見ても普通のカラスの羽にしか見えない。
「『月道を通ってジャパンからとりよせた』‥‥付加価値とはそんな所にもつくのですよ」
ニヤリと笑う依頼人。
「ホッホッホ。なかなかおもしろい御仁じゃのう」
依頼人と親しげに話し始めたルーロを見ながら、ハタリと途方にくれるヴィエラシュカ。
「ところで僕ら、どうやって帰ったらええんやろ?」
勢い余ってここまできてしまったはいいが、帰りのことを考えていなかった。
とりあえず、間もなく始まる開港祭を堪能しつつのんびりしてみてはどうだろう?
港町ドレスタット。大きな祭を前に、町は華やかな喧騒に包まれていた。