●リプレイ本文
●麦刈り日和
青い空は晴れわたり、白い雲はゆったりと流れていく。
絶好の麦刈り日和。
「よぉっし、がんばるぞーっ!」
眼前に広がる黄金の麦穂に叫ぶのは、ミサリス・クレプスキュール(ea1668)。
「張り切ってやるよー おー!」
ミサリスの肩の上、シフールのリィル・コーレット(ea2807)が合いの手を入れる。
「刃には気をつけて。研いだばかりだそうだから」
エリック・レニアートン(ea2059)が麦畑の前、村人から借り受けた鎌を仲間に渡していく。
いつもは吟遊詩人らしく華やかな装いの彼だが、今日は農作業をするために動きやすく地味な服装。
「へぇ‥‥台車も借りれたんだな」
ややひょうし抜けにつぶやいたのはメルヴィン・カーム(ea1931)。彼はミサリスと共に、一から台車を作るつもりだったのだ。
資材調達を頼まれていたエリックは肩をすくめた。
「木材をわけて欲しいと言ったら、何に使うのか聞かれてね」
人のいい村人は、「台車ならあるよ」と、快く貸してくれたのだ。
「でも、作る手間が省けてよかったよ!」
台車使用案を出したミサリスが笑う。
『ふん。だから言っただろう』
アマツ・オオトリ(ea1842)は肩越しにラテン語の一言を残し、一足先に麦畑へと乗り込んでいった。
彼女には持参の農機具がある。村から調達した鎌を受け取る必要はない。
防具を脱ぎ、上着を脱ぎ、動きやすい薄着姿となって麦刈りを開始する。
「えーと‥‥彼女は今なんて?」
ミサリスの問いに、ラテン語のわかるエリックは沈黙した。
まじめすぎるのか直球すぎるのか、アマツはとにかく口が悪かった。
エリックとクリシュナ・パラハ(ea1850)が、麦刈りの道具を借りに村に出向いた時もそう。
『考え違いをしてもらっては困る』
村人たちの前、彼女は開口一番にそう言った。
『我々は冒険者だ。できることはたかが知れている。日ごろ農業に従事し、知恵と経験をつんだ貴方たちに勝る働きができるはずもない。そこのところをわきまえていただきたいものだ』
頭ごなしに決めつけられれば、大抵の人間は不愉快に思うもの。考えを改めさせるという着眼点はいいのだが、ものにはやりようがある。
正論とはいえ、相手の感情を逆なでするのは考えものだ。依頼人がヘソを曲げれば、報酬が減ることだって考えられる。
金を払うのは村人なのだ。
「なぁ‥‥あのねぇちゃん、何て言ってるんだ?」
ラテン語で話されたアマツの言葉は幸いにも、ゲルマン語しか話せない村人には理解されなかったのだが。
「アマツさ〜ん! よかったら、馬を貸していただけませんか?」
荷台を馬で引いたらもっと効率が上がると考えたクリシュナが、仲間内で唯一の馬の持ち主に声をかける。
呼びかけに顔をあげようともせず、アマツは一心不乱に麦を刈り続ける。
「アマツ!」
メルヴィンは少しだけ考えて、ラテン語で言葉を続けた。
『馬を貸してくれないか? 村から借りた台車を動かしたいんだ』
アマツは作業の手を止めて顔を上げた。
『‥‥いいだろう。我が愛馬『鳳天号』を貸し与えよう』
「彼女、何て言ってるんですか?」
「ん〜‥‥貸してくれるってさ」
「わぁ、よかった!」
まぁそのまま伝える必要もないだろう。
アマツは再び黙々と麦を刈りはじめている。
口は悪いが有言実行。それだけは素直に認められる彼女の美点だ。
『魔物や悪党を狩る‥‥命を奪う事よりも、大地の恵みである麦を刈る事。それは命を繋ぐ尊い行為だ。剣を携え戦場を駆ける我が身だからこそ、この依頼を受けたのだ。華美な服装、貧弱な体のお前たちには、分からぬだろうがな』
しかし、見事なまでに口が悪い。
ここまでスッパリ言い切られると、いっそ気持ちがいいぐらいだ。
やがては戦士の後ろを守るであろう魔法使いたちの神経を逆なでるのはどうかとも思うが、彼女はまだ若い。そのあたりのバランスは、これから学ぶこととなるだろう。
●初級 麦刈り講座
「農業については多少の知識がありますから、わからないことは聞いてくださいね!」
借りてきた麦わら帽子を配りながら、クリシュナが気さくに笑う。
「あの‥‥実は私、こういう農作業というものをしたことがないんですが‥‥」
おずおずと申し出たのはお嬢様育ちのフィーラ・ベネディクティン(ea1596)。
彼女にとって、『農作業』は一種あこがれの仕事でもあった。
「大丈夫ですよー 簡単ですよー こう‥‥左手で麦の根元をまとめて、鎌をまわすようにして、なるべく根元の方から切るだけです」
「こ‥‥こんな感じでしょうかぁ?」
おっかなびっくり実演してみるフィーラに、「そうそう、そんな感じです」とクリシュナ。
「刈り取ってすぐは水分が多いんです。だから、『刈り干し』‥‥こう、一束づつまとめて畝にそって並べて置いてください。半日ほど乾かしてから運ぶと、運びやすいんですよ」
「まぁ‥‥それでは刈る人と運ぶ人と、作業を手分けするわけにはいきませんね」
困ったわと、首をかしげるアンジェリーヌ・ピアーズ(ea1545)。
彼女は作業分担することで、麦刈りの効率を良くしようと考えていた。
「ええ。でも後の作業がラクにできるよう、根元の端をそろえておく必要がありますから!」
それなら『刈る者』と『端をそろえて並べる者』とに作業分担できる。アンジェリーヌは安心して頷いた。
基本的な麦刈り方法を習った一同は、お互いの邪魔にならないように散らばって作業を開始する。
お嬢様育ちのフィーラがなれない手つきながら一束一束、確実に麦を刈りとっていた。
「‥‥ふぅ!」
「おつかれさま。上手に刈り取っていますね。とても初めてとは思えませんよ」
刈られた麦を丁寧に並べつつ、アンジェリーヌがおっとりと声をかける。
「そうですか? やっぱり『習うより慣れろ』、ですね」
うれしそうに笑ったフィーラは次の瞬間、困ったように首をかしげた。
「でも‥‥あれだけは慣れそうにありません」
「そうですねぇ」
アンジェリーヌも小首を傾げて苦笑する。
彼女たちが向けた視線の先では‥‥
「やー 結構普通だな〜」
「魔法はいつ出るんだ? 魔法」
「いや、俺は必殺技が先だと思うね」
「ああ‥‥あんなへっぴり腰じゃぁ、夜になっても終わらんざぁ?」
「出し惜しみしなくてもいいのに‥‥」
ガヤガヤガヤガヤ。
村に続く道の上。麦畑のすぐ横の木陰で、暇そうな村人たちが冒険者たちを見物していた。
「悪い風邪がはやってるんじゃなかったのか?」
とはエリックの談。
確かに風邪ははやっていたが、軒並み倒れたのは働き手の『若い衆』。それ以外の村人は、実はぴんぴん健康体だったりする。
「あのー‥‥よろしければ手のあいた方に、麦刈りを手伝って欲しいのですが‥‥」
クリシュナの申し出に、村人たちはただ笑うだけ。
「いやいや、ご謙遜を。オレらなんかが手を出したら、お邪魔になるでしょう?」
「なんたって冒険者さまだもんな〜!」
冒険者に対する妙な期待と誤解は思いのほか根深いよう。これを解くには少々時間がかかりそうだ。
それにしても、期待に満ちたまなざしが痛い。
「‥‥今は私たちにできることだけをやりましょう。誠意を持って仕事を続ければ、きっと彼らもわかってくれるはずです」
アンジェリーヌは殉教者の面持ちで語り、再び作業をはじめるのだった。
●麦刈り作業中
一足先に作業を開始していたアマツは、すでに一畝の麦を刈り終えていた。
気合満タンのミサリスが、ひそかに対抗意識を燃やしだす。
「よおし! 刈って、刈って、刈りまくるぞっ!」
エルフである彼はお世辞にも体力があるとはいえない。しかしヤル気だけはヒト一倍。足りない分は熱意と根性でカバー! とばかりに、猛然と麦を刈りはじめる。
「お。やるな、ミサリス!」
その気合につられたメルヴィンも、負けてはなるかと麦刈りを開始する。
さて。
麦刈りに限らず単調な作業を長時間続けていくと、一定のリズムが生まれてくるものである。
踊りの心得のあるメルヴィンはいち早くそのリズムを感じ取り、体中で拍子をとりながら麦刈りをし始める。
サク、サク、サク、サク。
「なんかさ、こういう仕事も意外と楽しいもんだね」
ハナ歌まじりのメルヴィンに、ため息でこたえるエリック。
「メル。そんなにはしゃいでると怪我するよ‥‥まったく」
刈られた麦の束を綺麗に並べなおしていく幼なじみを眺めていたメルヴィンは、ニヤリと笑って軽口をたたく。
「エリックも、そういう格好してたら男に見えるよなー」
「‥‥‥‥‥‥」
しばしの沈黙の後、白い拳がメルヴィンの脳天を直撃した。
ゴチッ。
妙にいい音が畑に響きわたる。
耳元で聞こえた羽音と笑い声に、ふと顔を上げるミサリス。
「‥‥え? なに?」
伝令係をかって出ていたリィルが、クスクス笑いながらミサリスの肩にとまる。
「あのねー、メルヴィンとエリックがねー」
クスクス笑いながら二人のやり取りを報告するリィル。つられて笑うミサリス。
笑うと作業の疲れが癒されるような気がするから不思議。
「あ、ミサリスさん。何か他のヒトに伝言ある? あったら伝えるよー」
「じゃぁ‥‥みんなに『がんばろー!』って」
「ん。わかったー」
リィルはクスクス笑ったまま、ふわりと飛び立った。
●灼熱の太陽
照りつける初夏の日差しの中、作業は続けられていった。
「みなさーん、ムリしないでくださいね〜 アマツさんも体力があるからって張り切り過ぎないように!」
「クリシュナもね〜!」
彼女の頭上から聞こえたリィルの返事に、胸をはるクリシュナ。
「大丈夫です。こう見えてもギルドの冒険者。プロです。受けた依頼は必ずやり遂げますとも! ほ〜ら、まだまだこーんなに元気‥‥」
パッタリ。
「あーっ! クリシュナさんが倒れた!!」
麦刈りに借り出された冒険者の半数以上が体力のない者たちばかりだった。
それでも気力とヤル気で持たせていた体力。それが今になって、本当に尽きてきてしまったようだ。
クリシュナの次にはミサリスが倒れた。最初から全力で飛ばしていたからだろう。体調の調節を取りながら作業内容を変えていたフィーラには、まだ少し余力が残っていた。
昼に近づくにつれ、気温もジリジリあがっていく。
冒険者たちはロクに休もうとはせずに作業を続けていく。
このころには見物人の村人たちはヤジりもせず、決まり悪げに作業を続ける冒険者たちを見つめていたる。
その時。
「‥‥もう、我慢できない!」
見物人の中、一人のオバさんが立ち上がった。
「こんな小さな子たちだけで働かせるなんて、大の大人がそろいもそろって恥ずかしくないのかい?!」
『小さな子』と指差されたミサリスは、実際年齢45歳。
頭をなでられたフィーラの実際年齢ろくじゅう‥‥(以下略)
「あたしは子供じゃ‥‥っ」
ない! と、叫びかけたフィーラの口をとっさにふさぐクリシュナ。このまま黙っていればいい方に話が向いていきそう‥‥
「あたしは手伝うよ! ほら、鎌を貸してごらん」
「でもこれは、俺たちが受けた仕事だから」
断ろうとしたミサリスをキッと睨みつけるオバさん。
「子供が遠慮するもんじゃないよ! 夜までに刈り終らないと、依頼料は出ないんだからね! あんたたちのへっぴり腰じゃぁ、明日の夜にも終りゃぁしない。さぁ、あたしに手伝わせるのか手伝わせないのか、どっちだい?!」
「まぁ、しょうがないかねぇ」
「アレだけのガンバリを見せられちゃー、手伝わんとなぁ?」
見物人たちもボチボチと腰を上げはじめた。どうやら皆、刈入れを手伝ってくれるようだ。
無言で示す意志を持った行動、それ自体が力を持って人を動かすこともある。
「でもなぁ‥‥」
見覚えのある男性、ギルドに直接やってきた男性がこっそりつぶやく。
「ちらっとでもいいから、魔法の一つぐらいは見たかったよなぁ」
そんな村人の呟きを聞いたリィルは、小首をかしげて考えた。
「ねぇねぇ、あんなに魔法を見たがってたなら、実際使える魔法を実演してみて、『麦刈りの魔法なんて、ありませーん』って説明して、一生懸命お手伝いをお願いしてたら‥‥すぐに手伝ってもらえたんじゃないかなぁ?」
「あ」
と声をあげたのは誰のものか。
依頼に正解はない。可能性だけならばいくらでも考えられる。
今回、遠回りな方法ではあったが、結果的には村人に手伝ってもらうことには成功したのだ。
次があればもっと上手くやれるだろう‥‥
新米冒険者たちは決意も新たに鎌を構えなおすのだった。
●戦い終わって日が暮れて
村人たちの手伝いのおかげで、日暮れ前に麦刈りは終了した。
あとは刈り干ししてあった麦を一抱えずつに束ねて、『鳳天号』が引く荷台にのせて運んだ。
麦はこのあと半月ほど乾燥させてから脱穀される。そのため、本当の収穫は半月先ともいえる。
「じゃぁこの時期、麦刈りの収穫祭なんてしないんですか?」
「そうだねぇ‥‥収穫祭ってったら普通、ぶどうの採れる秋だわなぁ」
というのが村人の答え。
「だけど、わざわざ村にまで手伝いに来てくれた客人だからね。夕飯はごちそうさせてもらうよ。今の時期、大したものは出せないけれどね」
その夜、村人たちはそれぞれ一人一品の料理を持ち寄って、冒険者たちをもてなしてくれた。
収穫祭とまではいかなくとも、人が集まりわいわい騒ぐ様はちょっとした宴のよう。
「カンパーイ!」
「おつかれさま」
「お疲れさま〜!」
井戸水でつめたく冷やしたワインと果汁。具の詰まったパン。湯気のあがるできたての料理。甘い焼き菓子。
「今の季節はアプリコットが美味しいんだ」
と勧められる果物は、胸がすくようにさわやかな味。
話し声は絶えずざわめき、村人たちは冒険者たちの話を聞きたがった。
リィルはミサリスの頭の上で上機嫌。
「‥‥あのさ、リィル。ずっと乗っかられてると、重たいよ〜」
「あ‥‥あはは。ミサリスさんの頭の上って、居心地よくって!」
ほめられているのだろうか‥‥ミサリスはちょっぴり複雑な気分で苦笑した。
やがて宴の喧騒をわって、甲高い横笛の音が響きはじめた。
作業着から普段の華やかな服に着替えた、エリックの演奏。
笛の音にあわせてメルヴィンが民族舞踊を踊る。幼なじみだけあって、息のあった演奏と踊り。
いつしかざわめく話し声はたえ、村人たちはゆったりと異国の舞踊を楽しむ。
横笛の音だけが響く親密な沈黙。心穏やかな時間の中、アンジェリーヌは言葉もなく、そっと密やかに祈りをささげる。
大地の恵みに感謝を込めて‥‥
宴の夜はまだ終りそうもない。