●リプレイ本文
●屋根修理
トンテンカン、トンテンカン。
かなづちをふるう音が、村はずれの屋敷の上に響き渡る。
「そこそこ〜 もうちょっと右!」
「ん〜‥‥ここか?」
タイム・ノワール(ea1857)の指示で、ガゼルフ・ファーゴット(ea3285)と相馬 景滋(ea3350)が屋根板を張り替えている。
タイムがいるのは屋根の上ではなく、屋根裏部屋。薄暗いそこから屋根に当たる天井を見上げれば、雨漏り穴は光となって見えるのである。西洋瓦を取り払い、屋根板だけにされていればなおさらよくわかる。
背中の羽根でハタハタと飛んだタイムが、家の内側から光が漏れている場所をコツコツと叩く。その音を場所の目安にして、屋根の上にいるガゼルフと相馬が屋根板を張り替える。
どうやら割れた瓦の間から染みた水で、木材が腐っていたようだ。
「材料は足りておるかの」
はしごを上って顔を出したのはメリル・マーナ(ea1822)。手には屋根板用の木材を抱えている。
「あー。今のところ、間に合ってる」
と答えたガゼルフは、新たに手に取った木材をみて少しだけ苦笑する。
はしごや作業用の道具はメリルがそろえたが、この木材は彼が調達したものだった。
前日、修理用の木材を手に入れようと村の近くの森で木を伐っていたガゼルフは、村人に見つかって怒られてしまった。
「ここは村の共用地だ。勝手に木を伐っちゃいかん! いったい何に使うつもりなんだ?!」
正直にわけを話したら、「ああ、あそこの旦那には世話になったからなぁ」と、伐った木と引き換えに加工済みの木材を分けてくれた。
「切ったばかりの木には水分が多いんで、すぐに建物に使うのには向かんのだよ」
水分が多い状態で板状に切られた木は、乾くと反り返ってしまうと村人は教えてくれた。
「んー‥‥っしょ‥‥うん‥‥重い‥‥はぁ!」
よろよろと、西洋瓦の山を運んでいたキセラ・ヴァーンズ(ea4027)が、はしごの下にへたり込む。
「む。大丈夫かの? 重いものはわしが運ぶからの」 と、はしごの上からメリル。
「疲れたら休んでていいぜ」 と、屋根の上から下をのぞき込んでガゼルフ。
「なんの! あたしだって冒険者なんですから、受けた仕事はちゃんとやります!」
とはいえ、『適材適所』という単語がキセラの脳裏に浮かぶ。どんなに大人びていても、キセラはまだ10歳の子供なのだ。
「やっぱり無理はいけませんよね、うん」
力仕事に向いていない自分ができることは‥‥と考えながら、キセラは行動を開始した。
「ねぇねぇ! ガゼルフ君! 相馬君! 聞こえてる? 修理をサボんなーっ!」
屋根板越しのタイムの怒鳴り声に、「へいへい」と軽く答えつつも、あわてて修理に戻るガゼルフ。
しかし相馬は持ち場に戻らず西洋瓦を小脇に抱え、屋根のてっぺんで仁王立ちしたままだ。
「いかんな‥‥この家は隙だらけだ。このまま襲われればひとたまりもない‥‥」
「‥‥はい?」
問い返すガゼルフに答えることなく、相馬は至極真面目な表情で遠くを見つめるのだった。
●修理視察
依頼された家の屋根は広かった。
依頼人の伯父は村の実力者でもあったらしい。村の中心からはややはずれたところにあったが、小さいながらに立派な屋敷の様相であった。
それでも、作業を続けていればやがて終わりは見えてくるもの。
腐っていた屋根板の張替えも終わりに近づいたころ、修理資材と西洋瓦、はしごが乱雑に置かれた作業場の合間をぬって、依頼人の伯母が作業場に顔を出した。
品の良い老婦人の手を取ってお供をするのは、クレリックのパーナ・リシア(ea1770)。後ろに控えるのは、龍 麗蘭(ea4441)。
パーナは老婦人にやさしくほほ笑み、声をかける。
「足元にお気をつけて」
老婦人はありがとうとパーナにほほ笑みかけ、そして作業中の冒険者たちに深々と頭を下げた。
「皆様、おつかれさまです。足りないものはございませんか? ありましたら、何でもおっしゃってくださいませね」
と言いつつ、ウロウロソワソワの老婦人。
「本当はもっと早くにご挨拶したかったのですけれども‥‥わたくしもお手伝いした方がよろしいのではないでしょうか? あ。瓦を上にお運びすればよろしいのかしら?」
「近寄るとあぶないよ、伯母さま〜!」
「ばーさん、そこは危ないから、見るならこの辺な!」
タイムとガゼルフがあわてて声をかける。
「皆様だけを働かせて、わたくし一人が何もしないのでは心苦しくて‥‥」
持ち上げた瓦を一枚抱きしめたまま、しゅんとなる老婦人。
「ふむ‥‥そうじゃ。近所の方を誘って、お茶会を開くのはどうじゃろう?」
「え?」
メリルの提案に顔を上げる老婦人。
「ちょうど農作業のいそがしい時期じゃから、そのねぎらいも兼ねてのう」
「でも‥‥忙しい時期だからこそ、前もっての連絡もなしにお呼びするのは先方の迷惑に‥‥あら! やだわ、あたくしったら! 村の皆様に連絡するのを忘れていたわ!」
修理にあたってはかなり大きな音が出る。なのに前もって修理が行われることを、村の人たちに知らせるのを忘れていたのだという。
いきなり騒音を上げてしまっては迷惑になるのに‥‥と、気にやむ老婦人。
「心配ないです。作業を始める前、ご近所の方にご挨拶しておきました」
慎ましやかに控えていたパーナが、そっと声をかける。
まだたどたどしさが残るゲルマン語。だがそのほほ笑みには、誠実さがにじみ出ている。
「お茶会かぁ‥‥いいな。あたしはしたいな〜」
「ふむ。それでは、作業を終えたわしたちのねぎらいとして、するのはどうじゃろう? 準備にはわしも手伝うでの」
タイムとメリルは視線をあわせて一つうなづくと、たたみかける様に言葉を続ける。
「あ。それいい! 伯母さま〜 ぜひお願いするわ! 修理の出来上がりはあとの楽しみにしてね!」
「それではさっそく、準備にいこうかの〜!」
「あ。あら〜?」
老婦人はメリルに手を引かれて屋敷の中へと連れ戻されてしまった。
「む。しまった」
連れ去られた老婦人を見送りながらうめく相馬。
「壁をぶちぬく許可をもらいそびれた!」
「‥‥なんで壁?」
俺たちは屋根修理に来たはずでは? と首をかしげるガゼルフ。
「ああ。やはり隠し通路と隠し扉は基本中の基本だろうからな。うむ。防犯・防衛上、必要な処置だ」
『忍び返し』や『鳴子』など、専門用語(?)を交えた相馬の解説は続く。
聞いているうちになぜか脱力を覚えたガゼルフは、とりあえず相馬を置いて屋根上の作業を再開することにした。
トンテンカン、トンテンカン。
「材料は足りているかな?」
と、はしごを上って顔を出したのはメリルではなく、麗蘭。
「あれ? おまえさん、ばーさんの話し相手してるんじゃなかったのか?」
「メリルが中にはいったんで、代わりにね」
これからの資材運びは彼女がするらしい。
女性とはいえ、さすがは武道家。西洋瓦を持ち運ぶ姿は頼もしいくらいに危なげがない。
「ん。んじゃ、頼むわ」
ニヤリと笑ったガゼルフは立ち上がり、場所を移動しようとして‥‥こけた。
「どわーっ!!!!!!!!」
屋根の急な斜面を転がったガゼルフは、すんでのところで屋根の端にしがみつく。
彼の視線の先には、目立たないように色塗りされた細い細いロープの影。どうやらアレに足を引っ掛けたらしい。
「誰だーっ! あんなところにロープ張ったのは!」
「大丈夫か?」
屋根の下の資材置き場から声をかけたのは相馬。
彼はガゼルフがしがみつける位置にはしごを移動させ、どこで覚えたしぐさなのかグッと親指を立ててさわやかに笑った。
「一般客のことを考えるなら、罠は捕縛系にしたようがよさそうだな!」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥」
「‥」
「おまえかぁああああああっ!」
ドンガラガッシャン!
「もー 暴れるのはいいですけれど、屋根壊さないでくださいねー」
騒ぐ二人に声をかけるキセラ。
彼女は重たい資材運びをあきらめて、みんなが動きやすいように小まめな整理整頓の真っ最中。
(大立ち回りはあったけれども)なんとか屋根板を換え、西洋瓦を固定して、屋根の修理は終わった。
「‥‥ん。水漏れもないみたい」
と、ジョウロで屋根に水をまいて確かめたタイムが太鼓判を押す。
「あ〜‥‥終わった終わった!」
「あとは茶会だけだな」
大工道具を片付け、立ち去ろうとするガゼルフと相馬。
「まって!」
自分の二倍はあろうかという身長のその二人に、キセラはしがみついて引き止める。
「掃除が終わるまでが依頼です! そんなわけで、お掃除しましょう!」
いやいや、まてまて。どんなわけだかわからないのだが‥‥
何故だかキセラの勢いに押され、掃除まで手伝わされてしまう二人であった。
●お茶会
「お茶葉は買うと高いですから」
と、老婦人が戸棚から取り出したのは、彼女が自分の手で栽培したハーブと野草から作った自家製のお茶。
「む‥‥これは」
味見をしてみたメリルはなんとも微妙な表情。野趣あふれる独特な風味のお茶なのだ。まぁ不味くはないのでよしとしよう。
「お茶会なんて久しぶりだわ。部屋のお掃除までしていただいて、悪いぐらい」
老婦人におっとりとほほ笑んだパーナは、なんでもないように首を振った。
「私、お掃除が好きですからお気になさらないでください。おうちが綺麗になってゆくのは、とても気持ちがいいことですから」
メリルとパーナと老婦人の三人でお茶会の準備を終えたころ、修理組の屋根裏掃除も終わったようだ。
「やはり天井に脱出口の一つぐらいは‥‥」
「ヤメレって!」
「あー‥‥重かった〜!」
などと言いあいながら戻ってきた。
老婦人は冒険者たちを満面の笑顔で迎え入れた。
「皆様、おつかれさまです。さぁさ、お好きなだけ召し上がってくださいね!」
勧められた席の前には、あふれんばかりのお茶うけが盛られた皿がもりだくさん。
甘い焼き菓子。ドライフルーツ。カリッと炒られた豆菓子。自家製アプリコットジャムを添えた、ライ麦の薄切りパン‥‥
あたためたカップになみなみ注がれるのは、老婦人特製の自家製茶。
冒険者たちはわいわい話をしながら即席の茶会を楽しむ。
「はー‥‥やっぱり、ティーはいいですねぇ‥‥(まったり)」
「(ほほ笑みながらお茶をいれて回っている)」
「うんうん。お仕事のあとの一杯は格別よね〜‥‥これはお茶だけど‥‥」
「俺、実は家族の顔って見たことなくてさ。本当のばーさんって、こんな感じかなって」
「ビザンツからの旅はたいへんじゃった。海がやたらキレイだったのは覚えて‥‥」
「労働のあとはやっぱり、美味しいエールかお酒をキュゥウッと‥‥え? ダメ〜?」
「お茶のおかわりはいかがですか?(ほほ笑み)」
「最上級のロープというのは‥‥む、いやなんでもない(ふむ。ロープの話は専門的すぎたかの)」
「ジャパンの家屋は木でできていていてな。よく燃える」
「この家ができてから、どのぐらいたつのかな?」
「屋根裏は全ての戦術の基本なんだ(真顔)」
「やっぱり人の歴史って凄いですね‥‥」
「だから‥‥なんだってそこで戦術がでてくるんだぁああああっ!」
「伯母さんは一人ですんでいるのかな?」
冒険者たちの話をほほ笑みながら聞いていた老婦人は、ゆっくりと頷いた。
「旦那さまが先にいかれたあと、屋敷がこんなににぎやかだったことはありません。とても長い間ひとりでいました」
老婦人は冒険者の一人一人をまっすぐに見つめ、そして深く頭を下げる。
「今日は楽しい時間を‥‥ありがとう」
お茶会が終わったあと、老婦人は仕事を終えた冒険者たちをわざわざ村の外れまで出向いて見送ってくれた。
老婦人に手を振りかえすキセラを眺めながら、一同は漠然と考える。
依頼人の甥が本当に望んでいたのは屋根の修理屋ではなく、老婦人と茶飲み話する相手ではなかったのだろうかと。
「やっぱり人助けはいいものですよね、うんうん」
キセラのつぶやきに、それぞれに思いを込めて笑みを浮かべる一同。
冒険者らしくなくない依頼もたまにはいいものだ。まぁ‥‥たまには、ね。
何となくそう思う、夏の夕暮れ時であった。