●リプレイ本文
●事前承諾
「屋敷の破壊? そんな話は聞いていないぞ!」
と、町長は叫んだ。
真夜中に目撃された『黒い光』。それが魔的なものならば、必ず排除しなければとコトセット・メヌーマ(ea4473)は考えた。
そのため『場合によっては屋敷を破壊することもある』と町長へ話を通しに来たのだが、何やら雲行きが怪しい。
呼び出された依頼人は町長を前にしどろもどろ。
「‥‥私どもも商売をでして‥‥はい、依頼の支払いはうちの自腹です!‥‥ええ、ええ。先に町長さんにお話をしなかったのは私の手落ちでして‥‥」
ペコペコ頭を下げる様は、見ていていたたまれないぐらい。
「もちろん! 私が頼んだのは掃除だけです。そうですよね?」
きつい口調で問いかける依頼人。
「しかし魔のモノが‥‥」
と言いかけたコトセットを軽く蹴っ飛ばし、一同はコクコクと頷いた。
掃除の許可だけなら町長もここまで激昂しなかっただろう。だが『破壊』ともなると‥‥万が一の心配をしすぎたようだ。
町長宅をあとにした依頼人は非難がましい視線を一同に向ける。
「私が頼んだのは掃除だけですよ? まったく‥‥何のためにわざわざよそ者を呼んだんだか!」
依頼の時からもってまわった言い回しの依頼人だ。おそらく事が大きくなることを望んでいなかったのだろう。
「でも‥‥」
確証はないのだが、今の依頼人の態度はどこかがおかしくなかっただろうか?
首を傾げつつも、一同は件の廃屋へと足をむた。
●甘酸っぱい季節
その廃屋は夏の日差しの中、やけにあっけらかんとした印象でたたずんでいた。
しかし印象とは裏腹に、異常なまでに強い異臭がその廃屋から漂い出ている。
冒険者たちは慎重に、屋敷の様子をうかがった。
「大きな生き物はいないみたい」
探索前、ブレスセンサーで屋敷の様子を探っていたリュリュ・アルビレオ(ea4167)が言う。
小さな生物はいるが、数もそう多くなく固まって居るわけでもない。危険なものではないようだ。
「アンデッドの気配もありません」
デティクトアンデットからの集中を解いたアリアン・アセト(ea4919)がホッと息をつく。
噂の『黒い光』は夜中に目撃されている。昼間にその力は働いていないようだ。
魔法での確認がすんだあと、盾をかざしたフォルテシモ・テスタロッサ(ea1861)と斥候役のマート・セレスティア(ea3852)が屋敷に足を踏み入れる。
「おいらもハンカチかなにか借りてくるんだったなー!」
おどけたように自分のハナをつまむマート。
彼の隣で周囲を警戒するフォルテシモの口元には、濡らした大振りのハンカチが巻かれている。
それでも臭いをわずかに和らげることしかできないのだろう、彼女は顔をしかめたまま店舗の窓を大きく開く。
「すごいニオイ! 匂いがついて嬉しいのは美味しい匂いとお酒だけよ〜!」
「本当にそうですわね」
タイム・ノワール(ea1857)の嘆きに、ギルドから借りた大振りのハンカチを口元に巻きつけたディシール・モルガン(ea5277)が苦笑して答える。
せっかくそろえた装備はシフールのタイムにとっては少々重すぎたよう。歩くことはできるが飛び立てないので、タイムはディシールの肩に座り、二人で一緒に廃屋の地図を描きながら移動していた。
シフールのルー・ノース(ea4086)は廃屋内の異臭を嗅ぐなり、
「ぼ、ぼぼ僕っ、外の様子見てきまぁす!」
と文字通り館の屋根の上に飛び出していってしまった。
「臭いのモトはこっちか」
「そのようじゃの」
彼女はマートにランプを渡し、盾を構えながら小倉庫へつながる扉を一気に開ける!
いっそう強くなる臭気。
通路には何もなかった。
斥候の二人が安全を確認したあと、リュリュは目に付く窓を片っ端から開けて回る。高いところにある窓は、装備を外したタイムが飛んでいって開けた。
新しい空気と差し込まれる光にフォルテシモとマートは一息入れ、それから仲間を下げて小倉庫の扉に手をかける。
『それ』は小倉庫の中にいた。
手前の倉庫に一体。真ん中に二体。奥に二体‥‥
丁寧に描写すれば『自粛』の文字で埋め尽くされんばかりの様態の、かつては『犬』であったものたちが横たわっていた。
予想通り、それが異臭のもとのよう。
「これか‥‥」
「待て」
本物の吐き気をこらえ、おどけながら近づこうとしたマートを止め、フォルテシモは携帯した剣を抜いて犬の体を突き刺した。
何も起こらない。
「‥‥大丈夫なようじゃ」
この確認は二度手間のように見えるが、慎重であることは冒険者にとって命を守る大切なことだ。
「誰かがここに入ったのは確かみたいだね〜」
床を眺めていたタイムがつぶやく。
ホコリのあとには仲間の者とは違う大きさの足跡と、無数の犬の足跡があった。
「そうだな。そして犬はここで殺されたわけではないようだ」
コトセットが頷く。
犬には先ほど刺した傷の他に外傷はなく、床には血だまりのあともない。犬は若く、しかも肉の腐り具合からほぼ同時期に死んだと推測される。
誰かが若い犬たちを殺してズゥンビ化し、ここまで歩かせた‥‥そう考えるのが自然だ。
中庭には何もなかったが、その先の倉庫には痕跡があった。
だだっ広い倉庫の床と壁に、木炭で無造作に円陣や文字が書きなぐられていた。
「何らかの儀式が行われたのは確かなようですね」
近隣の数ヶ国語を自由に操るディシールだったが、その文字はさっぱり読み取れなかった。
腕をさすりながら倉庫に入ってきたリュリュは、壁の文字を目にしたとたん硬直した。
「読めるのですか!?」
「う、うぅ〜ん‥‥インドゥーラの言葉みたいなんだけど‥‥」
『失敗の大地に成功の花は咲く』『試練』『根性』『努力』『やったれ!』
なんだろう。状況に反して、えらく気が抜ける内容なのは気のせいだろうか?
中庭と倉庫の安全を確認したあと、一同は手分けして掃除を開始した。
犬は中庭に埋めることになった。
安全確認のためとはいえ無抵抗な犬を剣で刺したことを詫びるように、ホーリーシンボルを手に祈りをささげるフォルテシモ。片手には持参のスコップが握られている。
「穴掘りは大変だろう」
と、コトセットがフレイムエリベイションをかけてくれた。
「ふむ。すまぬの」
埋めた後はニオイも大分おさまった。
アリアンとディシールは黙々と掃除をした。
時間がなかったので人が住めるまでとはいかなかったが、野営してもいいくらいにまでは片付いた。
アリアンはさらに夜に来た時のため、わかりやすい位置にたいまつを設置する。
「おま、今までどこいってたんだよ! サボりか?」
建物の陰で涼んでいたマート(掃除サボり中)が、ひらひらと降りてきたルーを見つけて声をかける。
「ちがいますぅ! 屋敷の上から怪しいところがないか見張っていただけですぅ!」
上から見る限り怪しい場所はなく、ニオイのきつい建物を知らせようとした時にはすでに探索が終わってしまっていただけだ。
頬を膨らませるルーを見ていたマートはニンマリと笑う。
「ところできいたか? 『黒い光』のためにここに泊まることになったって」(注:大嘘)
「えええっ! ととと泊まりたくないですぅ!! こんな可愛い僕ですよぅ! 襲われたらどうするんですかぁ〜!」
「まぁ‥‥助ける間もなく、パックンチョ!」
ルーをつまんで食べるまねをするマート。
「鬼―ッ、悪魔ぁ―ッ!!」
小さなサイズのルーにポカポカ殴られてもたいして痛くはない。
「ひひゃひゃひゃひゃ〜」
「そこっ! サボってないで働くのじゃ!」
見回りをしていたフォルテシモに一喝され、二人は「はぁい」と掃除に戻るのだった。
●上弦月夜の日は暮れて
掃除を終えた冒険者たちは、いったん依頼人の食堂へと戻って充分な休息をとった。
そして、『黒い光』が目撃される夜。
昼間と同じように魔法で屋敷の内部を走査するリュリュとアリアン。
その二人の邪魔にならないよう、タイムは声をひそめて仲間たちにささやく。
「あのね、噂の元を探ってたら、ヘンなこときいちゃったのよ」
タイムはバーストで過去見をしようとしていた。
過去見には『黒い光』が目撃された正確な時間が必要。そこでみんなが昼寝している間に、目撃者を探して聞き込みにいったのだが‥‥
タイムが行ったのは町に一軒だけの酒場。
「あそこの食堂に雇われてんの? アハー、お気の毒! あそこの女主人、人使い荒くて従業員がいつかないって評判だよー!」
とまくしたてた従業員に、目撃者の事を聞いてみたところ、
「よそ者の若いのが言ってたのを聞いたことはあるけど‥‥最近流れてきた冒険者崩れで、そこの角の酒造で働いているはずだよ?」
いわれた酒造に行ってみると、そのよそ者はネズミを捕りに行ったっきり戻ってないと言われた。
「ネズミ‥‥?」
「ほら、うちは酒を造るために麦芽を扱ってるだろう? だからネズミが多く出てねぇ」
そこで作っている酒を、話のついでに試飲させてもらったのはタイムだけの秘密だったりする。
確かにひっかかる話だ。
倉庫に残っていた異国の文字。酒場で噂を流しているよそ者。そのよそ者は結局戻らなかった。
そうこうする間に魔法の走査が終わり、二人は厳しい顔を仲間に向けた。
「倉庫に誰かいる!」
「かなり小さいですが‥‥多数のアンデッドもいます!」
一同に緊張が走る。
「‥‥行こう」
無用な光が漏れないように覆いをしたランタンを手に、一同は倉庫へと向かうのだった。
「待っていたよ」
倉庫の扉を開けたとたん、冒険者たちにかけられる声。
ランタンの覆いを外してその声の主を照らすと、想像以上に若くて貧弱な男が闇の中に立っていた。特筆すべきはその頭。
「禿頭(とくとう)‥‥死者を使役する神聖魔法‥‥あなたはもしかして、『僧侶』なのではないでしょうか?」
宗教知識のあるディシールがつぶやくように問いかけると、男はにっこりと笑った。
「ご名答」
「どうしてこんなことをなさるのです?」 と、アリアン。
「試練」
「は?」
「練習を重ねること幾年月。最近ようやく長い時間死体を動かせるようになった。すべては試練。『天』の後継者にふさわしいかどうか、この俺を見事倒し、その資質を示すがいい!」
「‥‥ん〜 結局どういうこと?」 と、タイム。
「練習を兼ねた宗教活動‥‥なのでしょうか?」
宗教は違えど神に使える者として、少々自信なく答えるディシール。同じくクレリックのアリアンはため息混じりにつぶやいた。
「他宗教の教えをとやかく言うつもりはありませんが‥‥神の真意を曲解なさっているような気がします」
「なんとでも言うがいい。さぁ、この俺を越えて行け! 俺が試練だ!」
とぁっ! と、異国の僧侶が取り出した袋から出てきたのは、ジャイアントラットでもなんでもない、何十体もの普通のネズミだった。
普通のネズミが集団で襲ってくる時、一番怖いのはその『すばやさ』である。
しかし、目の前にいるネズミ(アンデッド)はよたよた冒険者に向かって歩くだけ。子供でもこのネズミからは逃げられるだろう。
「‥‥‥‥‥‥」
「そ、そんな哀れんだ目で俺をみるなぁああああっ!」
そう。彼の主戦力は犬(アンデッド)だった。正直なところ、それしか用意していなかった。
しかし冒険者たちが昼間にやってきた挙句、懇切丁寧に埋葬してしまったのだ。貧弱な彼に掘り出す体力はない。
『ちくしょう‥‥もうちょっとわからないところに隠しておくんだった‥‥』
母国語でのつぶやきはリュリュにしか理解されなかったが、紛れもない彼の本音だろう。
にわか作りで集められたネズミ(アンデッド)集団。動きは鈍いがとにかく数が多い。すべてを倒すのは骨。
アリアンは倉庫内を見回したあと、そっと仲間に何事かをささやいた。
そして一斉に出口へと向かう一同。
「逃がさん!」
あとを追いかけてきた若者に、振り向きリュリュの「サイレンス!」。
さっさと外へと出てしまった冒険者たちは、呪文を封じられた若者を置いてパッタリ倉庫の扉を閉めた。
大倉庫の出入口・窓はすべて中庭に向いている。こちらを見張っている限り、中の若者を逃がすことはない。
あとは若者のかけたクリエイトアンデッドの効果が切れるのを待つだけだ。
そっと倉庫の中の音を聞いてみると‥‥
「いゃぁん! ち、ちかよらないでくださぁあああい!」
ドッカンドッカン、中で何かが爆発する音。ルーを中に置き忘れて来たみたいだ。
明かり取りの窓から逃げ出してきたルー「おいてくなんで、ひどいですぅ!(ポカポカポカ!)」と、「どうなったんじゃ?」と逃げ道に待ち伏せしていたフォルテシモの二人と合流して待つこと一時間。
静かになった倉庫の中を警戒しつつのぞいてみると‥‥
異国の若者は壁の隅っこでひざを抱え、シクシク泣いているのだった。
●そして
廃屋の『異臭のモト』はすべて排除された。
捕まえた男をつれて依頼人に内容報告をした一同は、依頼人につれられて町長宅でもう一度依頼報告をさせられた。
「なんて人騒がせな男だ。犬を殺して生き返らせるなんて! いっそ騎士団にでも突き出してやろうか‥‥」
「まぁまぁ、町長。確かに人騒がせでしたけれども、怪我人も出なかったことですし、無料の労働奉仕程度で勘弁してあげてはどうでしょうかねぇ? ちょうどうちの食堂の手が足りないですし‥‥どうでしょう? 私どもの給仕に‥‥」
「まってくれ!」
今までションボリしていた男がわめきだす。
「確かに死んだ犬は動かしたが、俺は殺していないっ! アレは町の外れで死んでいて‥‥ウソじゃない! 信じてくれ!」
その叫びは黙殺され、男は人使いが荒いことで評判の食堂で、強制労働三ヶ月の刑を申し渡されたのだった。
「ごくろうさま。これは‥‥まぁ、よくやってくれたお礼だよ。いやはや、予想以上によくやってくれたね。ありがとさん!」
冒険者の肩を叩きながら、意味ありげに笑う依頼人。
依頼人に見送られるまま、冒険者たちは食堂をあとにしたのだが‥‥どうもスッキリしない。
「‥‥‥あのさぁ」
「ん」
「もしかして、同じこと考えています?」
「ん〜‥‥」
「そうかもしれんのぉ」
犬が死んでいたことをほのめかし、自腹で依頼を頼んだ彼女。
そもそも、なんで腐臭のもとが犬だと断言できたんだろう?
深読みすればするほど、とってもいや〜んな想像が脳裏を駆け巡りまくる。
‥‥とにもかく、依頼は完了した。
冒険者は口止め料(かもしれない)のワインを手に、無事に帰路へとついたのだった。