●リプレイ本文
●決行日 前日
「狭いところですが、どうぞ」
依頼人にうながされ、冒険者たちは細工師の部屋へと足を踏み入れた。
「こまったのぅ」
と、メリル・マーナ(ea1822)。
「ああ、まさか工房と自宅が別とは‥‥」
ガユス・アマンシール(ea2563)は小さくため息をついた。
カレリア・フェイリング(ea1848)は、部屋の中にあった習作の細工を興味深げに眺めている。
時間は少しさかのぼる。
冒険者たちが最初にここを訪れた時、依頼人は留守だった。通りすがりの人の話では、昼間は工房に勤めているのだという。
「何かあったのですか?」
心配そうに訊ねる近所の女性に、「細工物を頼みたくて探しているんですよ」と、打ち合わせていた名目を答える。
「若いけれども彼、腕はいいですからね」
女性はほほ笑んで、依頼人の勤める工房を教えてくれた。
工房を訪ねると「わ! 早いですね! 明日かと思っていましたよ!」と、依頼人があわてて飛び出してきた。
工房の持ち主である依頼人の師匠に事情を話し(事情を知っていた彼は快く早引けを承諾してくれた)、冒険者と依頼人は打ち合わせのために自宅へと戻ったのだ。
「これでは商品に見せかけて荷物を運び出すことはできんのう」
依頼人の扱う品物は『細工物』。家具職人とは異なり、大きな商品を持ち出せばかえって目立ってしまうだろう。
「そうですね‥‥夜、一気に行くしかないでしょうね」
残念そうにガユス。
『あのー‥‥少しずつでも運び出せば、後で楽になるのではないでしょうか?』
カレリアは持参した自分の体より大きなかばんを引っ張って提案する。
手ぶらで家に入った者が荷物を持ってでるのは不自然だが、カラのかばんを持って入った者が荷物の詰めてでる分にはそう不自然ではない。
カレリアの提案に合理性を重視するガユスが真っ先に頷いた。そしてシフール語のわからないメリルに通訳する。
手荒に扱っても壊れない衣服は夜にまわし、今日は食器を鞄に詰めて運び出すことにする。荷物の詰め込みはメリルが担当した。
手馴れた手つきを感心して眺めるカレリアに、
「ふほほ、便利屋稼業が板についてきたかのう‥‥ふほほほほ‥‥はう」
なぜかため息のメリル。
その間にガユスは明日の段取りを依頼人に説明するのだった。
ちょうどそのころ。
ディノ・ストラーダ(ea6392)は依頼人の家の周囲を巡回していた。
周囲を警戒し、不測の事態に備えることで引越しの安全性を高めようと考えたのだ。
通行人を装いつつ家の周りをうろついていたのだが、近所の女性に目をつけられてしまったようだ。先ほどから何度もその女性に睨まれているような気がする。
女性の視線を避けて小路を曲がろうとした時、仲間と依頼人が家の外へと出て来たところを目撃する。
「それでは明日、細工のくわしい打ち合わせしましょう」
依頼人はエルフの男性と握手し、かばんを持つパラの女性とお供のシフールに会釈していた。
『かばんだけ‥‥?』
予定では商品を運び出す形になるはずだったが‥‥と、首をかしげるディノ。
荷物運びのために馬を引いてやってきたエルネスト・ナルセス(ea6004)も、ディノと同じ疑問を持ったようだ。片眉を上げて自分より背の高いガユスを見上げる。
ガユスは「ごくろう」と偉そうに頷き、当然のように馬に乗り込んでしまった。気難しい依頼人の演技を続けているらしい。
打ち合わせとは異なっていたが、そこは人生経験のあるエルネスト。何事もなかったかのように若い細工師に一礼すると、それが最初からの予定であるように馬を引いてその場を立ち去るのだった。
●決行日 昼
次の日、今夜決行する作戦のため、エリー・エル(ea5970)とリョウ・アスカ(ea6561)も同行して依頼人の家に向かった。黒畑緑朗(ea6426)はエルネストと共に馬番をしている。
家に入った一同は、テーブルの上に飾られた花を見つめて頭を抱える依頼人の姿を見つけた。
「? なんじゃこの花は」
昨日はなかったはずだが‥‥
「あ、朝起きて、ちょっと顔を洗っている間に置いてあったんです‥‥」
と依頼人が差し出した小さな羊皮紙には、かわいい文字が躍っていた。
『名指しのお客様がついたのですね
おめでとう とってもうれしいです
いつも応援しているあなたの支援者より』
「て、手紙がついてるなんて、はじめてて‥‥もう、どうしたらいいか!」
客として冒険者たちが依頼人を訊ねたのはつい昨日の事。一体、いつこの事実を知ったのか‥‥
見られてる。
前日、多量の荷物を運び出すことに成功していたら、逆に引越しに気づかれていたかもしれない。あの作戦は失敗して幸いだった。
謎の怪現象‥‥いやストーカーは、ついにその存在を主張し始めた。この後はどんどんエスカレートするだろう。
この引越しはなんとしても成功させなければ‥‥! このままでは依頼人に何が起こるかわからない。
「はぁい。あなたの恋人役をするエリーでぇす! よろしくねぇん」
手紙におびえる依頼人の気を紛らわせるように、ピッタリと体を寄せるエリー。
彼女を依頼人の恋人に見せかけ、自宅の外でデートすることによってストーカーの目をそらす作戦である。
「あっ、ハイ‥‥よ、よろしく」
「あらら、まっかになっちゃって‥‥可愛い!」
クスクス笑いながら、さらに体を密着させるエリー。
化粧をキメ、いつもより女っぷりをあげているエリーに、免疫のない依頼人は卒倒寸前。
「恋人なんだから何でも言ってね! お掃除でもなんでも!」
「お、お気遣いなく〜」
オロオロしつつも、まんざらでもない様子の依頼人。
二人がいちゃつく間、昨日に詰め込みそこねた食器をカバンに詰め込もうと用意していたメリルは、
『あのー』
窓の外からいきなりカレリアに声をかけられ、危ういところで食器を落としかけた。
「急に声かけないでくれんかの!」
『ごめんなさい! あの‥‥今、ここに入っていった女の子、お客さま?』
「‥‥女の子?」
ガユスが聞きとがめて部屋を見渡すが、冒険者と依頼人の他には誰も居ない。
『おかしいですね‥‥』
首をかしげるカレリア。
彼女は家を巡回するディノが家の裏手を通りすぎたとたん、すぐそばの小路から女性が現れ、細工師の家に入っていくのを見たのだ。変装もせずにうろつくディノを警戒していた女性は、しかし頭上にまで気が回らず、屋根の上のカレリアに気づかなかったらしい。
そんな中、依頼人とエリーはイスを眺めながらささやきあっていた。
「これが思い出のイスなのねぇん?」
「はい。俺が田舎を出るときに、親父がわざわざ手作りし‥‥あれ?」
「ん?」
「あ、あの‥‥イスが一つ多いような‥‥」
背もたれのないイスが2脚に、背もたれつきのイスが1脚‥‥
ハッと、何かに思い至ったメリルが背もたれつきのイスに触る。
生暖かかくて柔らかい‥‥どうひいき目に見ても木の感触ではない。
メリルに撫で回されたイスはブルブルとふるえだしたあと、ニョイン! と目を開けた。よく見ると背もたれに顔がついている。イス型のウッドゴーレムを模しているつもりなのだろうか。
イスは一同を見回し、エリーに特にきつい一瞥を投げかけたあと、皆が呆然としているうちにトコトコ歩いて部屋を出ていってしまった。
あまりに突然の出来事。最初に気を取り戻したのは、黒の神聖魔法『ミミクリー』の変装を予想していたメリルだった。
「追うのじゃ!」
その声に反応したのはストーカーを捕まえるつもりだったリョウ。
しかし相手がイスだった場合の心構えができていなかったために行動が遅れた。心構えさえできていれば予想が多少外れていたとしても対処できただろうに。
捕まえ「たい」希望だけでは行動はともなわない。捕まえるために何が必要かを考え、予測し、準備しておく必要があっただろう。
メリルの声に即座に反応したものがもう一人いた。外を巡回していたディノだ。
『俺の出番!』
と駆け出し、不審な影が逃げ込んでいった家の扉を、ノックもせずに引き開けた。
そこに立っていたのは裸の女性。
女性は悲鳴を上げてしゃがみこむと、叫び始めた。
「助けて! 誰かっ! ヘンタイっ!」
『ちょっと待てって! 俺の話を聞いて‥‥』
しかしここはゲルマン語が主流の国。ラテン語とシフール語しか話せないディノの言葉を、うずくまる人間の女性は理解していないよう。
また、女性の叫びを聞きつけて人が集まってきた。もし捕まれば依頼のことについて話さなければならなくなる。ここは引くしかないだろう。
ディノは小さく舌うちし、早々にその場を立ち去った。
家の中に忍び込んでいるとは思っていなかったので特に注意しなかったが‥‥
「引越について何も言ってないよな?」
と一同。
カレリアが目撃した時間を考えれば、重要事項は聞かれていないはず。
しかしもしディノとカレリアが外を警戒していなければ、謎の女性はもっとたやすく家の中に進入していていただろう‥‥危ないところだった。
『愛されるって試練なんですね』
うめき声を上げてイスに座り込んだ依頼人を慰めるように、カレリアは彼の肩をそっと叩くのだった。
●決行日 夜
・細工師の家
人通りがまばらになった夜の町を走る人影が四つ。
彼らは建物の陰に隠れ、そのうちの一人がすばやく魔法の印を結ぶ。淡い緑の光‥‥ブレスセンサー。
淡い光が収まった後、その人影は頷いた。頷き返した小さな人影が手持ちの鍵で目的の扉を開け、すばやく家の中に入る。他の人影たちもそれに続く。
時は満月。
窓からの月明かりだけが光源だったが、昼間のうちに目的のものの場所は確認してある。作業に支障はなかった。
荷物をまとめながら、一番背の高い人影がスペイン語でささやく。
『ストーカー‥‥いませんね』
『依頼人の後をつけていったのではないか?』
外の様子を窺いながらスペイン語で答えるエルフ。
室内では黙々と作業をしていた小さな人影が、「作業完了」と合図を出す。手元には綺麗にまとめられた荷物が三つ。
そうこうするうちに、屋根の上で外を見張っていたシフールから小さな合図。
道の奥から馬の足音が聞こえ始め‥‥人影たちが潜む家の前で止まる。
馬に乗った東洋人男性は頷き、馬の背を指し示す。
人影たちは周囲の目を気にしつつも、力をあわせて一気に荷物を馬の背にくくりつけた。
馬に乗っていた東洋人は荷物がすべて載せられたことを確認すると、足早にその場を立ち去った。人影たちもよけいな人目を引かないうちに、すばやくその場を後にする。
馬と人影が合流したのは流通業者の倉庫。先に着いた黒畑が、依頼人の荷物を馬の背から降ろしているところだった。リョウが母国語の歌を歌いながら、積み下ろしを手伝い始める。
イスも荷物も無事、倉庫へと運び終えることができていた。
「おつかれさまでした〜」
誰かにつけられた様子もなく、いつもは無愛想なガユスもほんの少し表情を和らげる。
「後は依頼人だけじゃの」
『無事だといいのですが‥‥』
変装用の帽子を取りながらホッと息をつくメリル。カレリアは彼女の肩の上で、別行動する仲間の安否を気遣った。
・町の食堂
街道筋ではあるがそう大きくはない町である。外で食事をしようとすれば、宿屋をかねた食堂しかなかった。
「こ、この店の、鳥のシチューは、美味しいんですよ!」
「まぁ‥‥それはぜひ、いただきたいわん」
いまだに緊張する依頼人の若者に、輝く笑顔を返すエリー。
食堂とはいえ、丁寧に掃除された店内は清潔感に溢れて居心地が良かった。宿の泊り客や近所の人たちも数多く、店内は活気に満ちている。
エリーたちの隣の席を陣取っていたパラの男性がふっと顔を上げ‥‥杯を置いてため息をつく。
「こんなところにいるわけない、か」
彼の視線の先には小柄な女性。髪の色が同じだったが、彼の探し人ではなかった。エルネストは頭を一つ振って、今うけている依頼に気持ちを集中させる。
楽しげに談笑する依頼人とエリー。ふと、エリーがエルネストに視線を向けた。
エルネストは何気ない風で席を立って裏口へと向かう。事前に下見をしてあるので迷うことはない。
エリーはエルネストが席を立つのを確認した後、依頼人の手をそっと握った。
「えっ! あの、そのっ!」
のぼせ上がる依頼人に、目で合図するエリー。
依頼人はハッと息をのんだ後、「あ、あの‥‥お手洗いに」と言って席を立った。
「ごゆっくり。ここでまってるわん」
笑顔のエリー。しかし次の瞬間、その笑顔は凍りついた。
ヘビのように長く白い手がにゅるっと伸び、テーブルの下からエリーのシチュー皿に黒い液体をたらしているのを見つけたからだ。
「‥‥イヤーっ! 何これ、気持ち悪いっ!」
「エリーさん?!」
悲鳴を聞きつけ、食堂に戻ろうとした依頼人を引き戻すエルネスト。
「大丈夫。彼女も冒険者だ! 対応できる!」
と請け負ったエルネストは、彼の服の中に隠していたマントや帽子を依頼人に身につけさせて変装をほどこしはじめた。
そしてエリーがストーカーをひきつけている間に無事、指定された倉庫へと依頼人を送り届けるのだった。
●旅立ちの朝
「誰がストーカーかわかんなかったわー」
仲間と合流した倉庫でエリー。
ストーカーはかなり慎重に居場所を隠して行動したようだ。白い腕も人ごみに紛れ、誰の腕なのか特定できなかった。
謎の女性の正体こそはわからなかったが、依頼人も荷物も無事に流通商人の倉庫へと運ぶことができた。依頼は成功である。
「エリーさんが無事ならそれで‥‥それに、お、おれ、エリーさんとなら!」
思いつめた表情の若者に、エリーは「やだなー」と手を振った。
「ごめんねー。あたし13歳の子供がいるから、本気なのはちょっと」
えへっと笑うエリー。
「えっ! 4歳の時の子供!」
驚愕を隠し切れない依頼人。
彼は童顔エリーの『(自称)17歳よん!』を、頭から信じていたようだ。
ガユスはため息をつき、エルネストは痛ましげに、ディノは肩をすくめ、リョウは頷きながら依頼人を見つめた。剣の道に生きる黒畑は今ひとつ興味がないようで、恋愛にうといカレリアは首をかしげている。
「そろそろ出発のようじゃの」
最後まで荷物まとめに余念のなかったメリルが茫然自失状態の依頼人の背を押し、そうして彼は新しい生活の第一歩を踏み出した。
冒険者たちはまばゆい朝日の中、流通商人の荷物にまぎれて新たな土地に旅立つ若者を見送る。そして‥‥
「女性って怖い‥‥」
と半べそだった青年の、明るい未来を祈るのだった。