悩める紳士 〜珍獣経営〜

■ショートシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 97 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月29日〜01月05日

リプレイ公開日:2008年01月04日

●オープニング

 それは、ある日の昼下がりの事。
 冒険者ギルドの受付係は、書類を捌きながら優雅にハーブティーを啜って居た。
 そこに。
「おや? これは、また珍しい香りの一品ですな。特注品ですかな?」
 掛けられた声に、受付係が顔を上げると、カウンターの前にはすらっとした体型の優雅な青年が、腕を組んだまま立ち竦んでいた。その視線の先にあるものは、受付係の左手のハーブティー。
「ああ、いえ、これは一般的な物に料理用の香草等を少々加えて、独特の香りを出す様にした物なのです」
「ほう? と仰いますと、察するに‥‥」

 すっかり意気投合した二人が、ハーブティーの話題で盛り上がる事数十分。
 漸くギルドのカウンターを預かる者としての仕事を思い出したのは受付係。
「ところで、何か御用ですか?」
 彼の質問に、「ああ、これは失礼」と言って外套を直す青年。
「実は‥‥少々困っている事が御座いましてな。お話を聞いて頂けますかな?」
 そう前置きすると、青年は自身の身の上から順を追って事情を話し始めた。

 青年の名は、ウェリス・フォルトナム。
 かつてジ・アースはイギリス王国にて貴族として育てられた彼が、侍者数名と共に月道を渡ってアトランティスに来たのは、今から一年程前の事。
 その後、大のお茶好きである彼は、自らの茶淹れの技術を生かす為、アトランティスのとある貴族にオーナーになって貰い、喫茶店『ミスティ・フォルトレス』を構えたのだ。
「ところが、開業してしばらくは一向に売り上げが伸びなかったのですな。当時は内装に全く手を加えていなかった為、装飾した方が良いと言う声もあったのですが‥‥」
 自分達の納得できるお茶と料理を出し続ければ、いずれ受け入れられる様になる。そう言って、聞かなかったのだそうだ。
 ところが、そこに現われたるはオーナーの貴族。それまで彼は資金援助だけをして、経営をウェリスに任せ切りにしていたのだが‥‥話を聞いて、視察に訪れたのだと言う。それが、今から約2週間前の事。
「‥‥それからなのです、店がおかしくなったのは‥‥」
 当然の如く、店内の殺伐とした雰囲気を真っ先に指摘したオーナーは、従業員一同を郊外に佇む自分の屋敷に引き連れて行った。そして、戻って来た一同は‥‥。
「‥‥全員、獣耳付きのメイド姿だった、と‥‥?」
 受付係の言葉に、力無く頷くウェリス。ちなみに、男性は執事服(これも獣耳付き)だったらしい。
 とは言え、確かにそれから客足は以前とは比べ物にならない程伸びたらしいのだが‥‥どうにも、来る客の皆が皆、お茶を嗜むと言うより従業員(メイドさん&執事さん)に会いに来たと言った様相の者ばかりになってしまったのだそうだ。
 そして、それに気を良くした従業員達も従業員達で、オーナーから様々なデザインのメイド服を借りて来てみたりと‥‥どうにも、真面目に働く意識が薄れてきてしまったらしい。
 それに加えて、ウェリスに対しては更なる災難が降り掛かって来たのだとか。
「もう、うんざりなのですな‥‥『どっちの服が似合ってると思いますか?』とか『店長は丈の長いスカートと短いスカート、どっちが好きですか?』とか、毎日の様に聞かれるのは‥‥」
 何となく、その光景を思い浮かべ‥‥納得してしまう受付係。
 と言うのも、容姿だけ見ればこのウェリスと言う青年、実は相当な美形なのだ。癖のついたブロンドに、切れが長くも大きな瞳、そして整った顔立ち‥‥。だが、本人はそう言った事に関しては大分無頓着らしく、必要最低限の手入れしかされていないのはあからさまである。それでも、特に異性の目を引くには十分過ぎる程に端麗な容姿で、実際先程から話をしている間にも、何人かかこちらを窺っている者が居たりするのだ。
 恐らくは、そのメイドさん達も何とかしてウェリスの気を引こうとしているのだろう。
 だが、そんな事はどうでも良い‥‥と、首を振る受付係。と言うのも、彼には先程から、少し気になっている事があったのだ。
「ときに、そのオーナーの方のお名前など、窺っても宜しいでしょうか?」
 受付係の質問に、ウェリスは首を傾げ。
「名前、ですかな? 彼は『ウルティム・ダレス・フロルデン』‥‥と、申しましたな」

 ‥‥やっぱり。
 間違いない、今までに何度かこのギルドの報告書にて名前を出された問題貴族こと、珍獣男だ。
 まあ、彼が関わっていると言うならば、大体の対応方針は決まったも同然。
「分かりました。では、後の事は当方にお任せ下さい」
 受付係の言葉に、話の見えていないウェリスは首を傾げる。
 とは言え、仕事中の最中に抜け出して来ていた彼は「宜しくお願いしますな」と一言残し、ギルドを飛び出していった。



 それから更に数刻後‥‥ウェリスの依頼内容を纏めた書類が出来上がろうとしている頃。ふと、カウンターを一際大きな影が覆った。
 受付係が顔を上げると。
「‥‥あっ、貴方は!!」
 そこにいたのは、珍獣‥‥もとい、肥満した身体を揺らすウルティムだった。
 丁度良かった、貴方に言いたい事が――と捲くし立てようとする衝動を、寸での所で抑える受付係。と言うのも、どうやら彼も用があって、ここに居る様子だったからだ。

 気は進まないながら、話を聞いてみると‥‥その口から出たのは例の喫茶店『ミスティ・フォルトレス』の事であった。
 なんでも、少しでも客を集められる様にする為、今天界で流行っていると噂の『メイドカフェ』のスタイルを取り入れて、店内の雰囲気向上を図ったのだが‥‥どうも、店長のウェリスはそれを不服に思っているらしく、浮かない顔をしているので何とかしてやって欲しいとの事。
「どうせなら、皆が楽しく働ける様にしないとね」
 と、何やら色々と前提を無視した意見を付け加える珍獣。
 そう思うのなら、貴方が営業指針を変えれば良いだけの話でしょう。
 ‥‥と言う突っ込みは、受付係の喉下まで出掛かって胸の中に仕舞われる。

 と、ふとウルティムの丸〜い顔が、不意に真剣なものになり。
「まあ、確かに無茶な手段だったかなとは思ってるんだけどさ。僕としても、コレクションを汚されるのはイヤだったけど‥‥」
 かと言って、他の改装をしようにも、それまで赤字の営業を続けて来た故、店に回せる資金は限られていた。そこで、ウルティムは涙を飲んで、メイド服(獣耳付き)を無償で貸し出したのだと言う。ちなみに、執事服はコレクションでは無いらしい。
「‥‥何故、そこまでしてあげたのですか?」
 受付係の質問に、ウルティムは。
「ウェリスくんの淹れるハーブティーは、本当に美味しいんだよ。僕としても、少しでも多くの人にあのお茶を味わって欲しくて、ね。でも、その為にはやっぱりきっかけが必要だったと思うんだ。だからさ‥‥」
 そして、実際彼の狙い通り‥‥いや、狙った以上に、一風変わったスタイルの喫茶店は口伝に広まりつつあり、段々と売り上げも伸びて来ている、と言う訳だ。

「要は、双方が納得できる妥協策を考えれば良いのですね‥‥」
 ウルティムをカウンター越しに見送った受付係は、出来上がりかけていた依頼書を傍らに退け‥‥そして、逐一頭を抱えながら、新たな羊皮紙に依頼内容をしたためていった。


「あ、それとついでだから、店の手伝いもしてあげてね? 新年とかで忙しいみたいだし、それに目の保養‥‥げふんげふん」

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1542 ディーネ・ノート(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4248 シャリーア・フォルテライズ(24歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb5814 アルジャン・クロウリィ(34歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 ec2078 メイベル・ロージィ(14歳・♀・ウィザード・エルフ・アトランティス)
 ec4065 ソフィア・カーレンリース(19歳・♀・ウィザード・エルフ・アトランティス)
 ec4112 レイン・ヴォルフルーラ(25歳・♀・ウィザード・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

●魂の共鳴‥‥?
 依頼初日。冒険者達は一先ず、件の喫茶店『ミスティ・フォルトレス』へと赴いた。
 だが、扉を開けて早々彼らが見たものは‥‥想像していた以上に殺風景な店内と、不自然な笑顔で客を出迎える獣耳メイド、もとい従業員。
「これは‥‥ちょっと、喫茶店としてどうだろうな‥‥」
 思わずこぼすのはシャリーア・フォルテライズ(eb4248)。彼女は別店にて接客の経験がある故か、余りにも酷い店内の雰囲気に、口角を引き攣らせていた。
「私も美味しいお茶を静かなところでゆっくり味わいたい方ですけれど‥‥この環境では少し厳しいですね」
「ええ。ウルティムさんと言いウェリスさんと言い、二人とも喫茶店の事が分かってないわね。これは、全員の意識改革が必要かしら」
 ここまで防寒具として着用してきたまるごとばがんくんをもぞもぞと脱ぎながら、苦笑いを浮かべるレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)。その横で、加藤瑠璃(eb4288)が腕を組みながら言う。そして傍らでは、今回依頼を請けた数少ない男性の一人であるアシュレー・ウォルサム(ea0244)が、握り拳をワナワナと震わせていた。
 そこに現れたるは、珍獣男‥‥こと、この店のオーナーであるウルティムと、彼の侍女であるパラのミルク(毒入り)。
「やあ、待ってたよ皆。集まってくれて、どうもあり――」

「歯ぁ食いしばれ! そんな珍獣、修正してやるーーっ!!」
 ドガッ!! ゴロゴロガッシャーン!!

 出会い頭、珍獣の球体顔面にめり込むのはアシュレー渾身の右ストレート。
 狭い店内を弾む様に転げ周り、挙句片付けの終わっていない一席に派手に突っ込んだ珍獣。その胸倉を、アシュレーは掴み上げて壁に押し付ける。
「獣耳メイドカフェだと? 愚かにも程がある!! ここは喫茶なのだ、ならば喫茶店であることを忘れない上での行動でなければいけないのだ。そもそもメイドとは何か、それは奉仕するものではないか? ならばこそ奉仕を前面に‥‥」
 と、口調ガン無視で説教を始める彼を横目に‥‥苦笑いを浮かべながらミルク(毒入り)に歩み寄るのはニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)。
「また会えて嬉しいです、ミルクさん。今回も、宜しくお願いしま‥‥」
「あ、は〜い。ごめんなさい〜、ちょっと店長にお呼ばれしちゃったみたいです〜」
 彼女の言葉が終わらない内に、ミルク(毒入り)は足早に店の奥へと姿を消してしまう。
 と言うのも、実は彼女は同僚のパラメイドであるツンたんの前例を知っていて‥‥故に、彼女を虜にさせたリリー・メイデンことニルナを、今回最も警戒していたりするのだ。

 一方、そのツンたんはと言うと‥‥。
「あーもうっ!! ニルナ様がいらっしゃるって言うのに、どうして私は留守番なのよーーっ!!」
 と愚痴を漏らしながら、他のメイド達と一緒に珍獣屋敷の掃除をしていた。

 何とはなしに寂しげな表情をするニルナ。その顔を見上げながら、ソフィア・カーレンリース(ec4065)は苦笑を浮かべ。
「あはは‥‥ニルナさんは、いつも女性と仲良しですね〜」
 そして、その傍らでは。
「「ジーク、萌っ!!」」
 と言って、いつの間にやら珍獣ウルティムとその戦友アシュレーが、がっしりと握手をしていたりする。

「‥‥何やら、のっけから賑やかですな」
 眉間に皺を寄せながら現われるのは、店長のウェリス。彼の呆れた様な声に、一同は思わず硬直した。



●極上の香り
 ――カタン。

 卓に着く冒険者達に振舞われる、ウェリス特製ブレンドのハーブティー。
 立ち上る薬草の香りが適温を知らせるそれを、各々が一口啜り‥‥。

「!!」
「これは‥‥!」
「美味しいーっ!!」

 目を見開き、或いは満面の笑顔を浮かべながら、唸り声を上げる冒険者達。
 紅茶とは違い、ハーブティーは種々の薬草から淹れられる為、そのまま飲んでも余り美味しい物ではない。故に、雑味や渋味等を掻き消す為に蜂蜜等を入れるので、一般的な物では本来の味が消えてしまっている事が大半なのだが‥‥。
「これは、余り蜂蜜が入っていない筈なのに、全く飲み難さが無い‥‥」
「ああ。それでいて、薬草の味がしっかりと引立っている‥‥大したもの、だな」
 調理を嗜む者としての味覚を生かし、評論するルエラ・ファールヴァルト(eb4199)とアルジャン・クロウリィ(eb5814)。
 傍らでディーネ・ノート(ea1542)とニルナが、嬉々として付け合せのバノック(大麦から作られた焼菓子)とハーブティーを口に運ぶ中――不意に椅子をカタンと鳴らし、立ち上がるのはシャリーア。
「ウェリス殿。僭越ながら、私を是非スポンサーに加えて欲しい」
 彼女の言葉に、ウェリスは驚いた様に目を見開く。
「この味の更なる発展には、大いに期待が出来そうだ。微力ながら、500G程投資をさせて頂きたい」

 ――ぶーーーーーーっ!!

 盛大に噴出される、特製ハーブティー。それはそうだ、500Gと言ったら‥‥下手をすれば、ウィル近郊の地域では栽培されておらず、大変に高価な逸品である紅茶を仕入れて商売をする事すらも可能に成り得る様な大金である。
 驚きの余り、ウェリスやウルティムを含む数名が言葉を失っている最中‥‥更に数名の冒険者達が、続く様に立ち上がる。
「私も、この様な美味しいハーブティーは生まれて初めて口にしました。もし宜しければ‥‥」
 そう前置きして、500Gの投資を持ち掛けるルエラ。そしてもう一度「ぶーーーーーっ!!」。
 次いで、アシュレーからは200G、ニルナからは100Gの投資を受け‥‥合計で1300Gもの大金が集まってしまった。恐るべし、冒険者の資金力‥‥。
「こ、これは‥‥ボクも少し頑張らないと、かな‥‥」
 そう言って、ミスティ・フォルトレスへの投資上限額の引き上げを約束するウルティム。冒険者達の投資額には及ばないものの、それでも店の改装をするには十分な金額である。
「皆さん‥‥ありがとうなのですな!」
 切れ長の瞳に漂う驚きの色は消せないまま、やっとこさウェリスの口から紡がれたのは感謝の言葉。
 その後、各々の投資額を店の書類に控えていた冒険者達は。
「さて、前提も揃った事だし‥‥ウェリス氏の淹れる茶に相応しい店に仕立て上げねば、な」
 ふとしたアルジャンの言葉に、大きく頷いた。



●お客体験
 僅かな灯りが灯す店内の一席に、手持ち無沙汰で掛けて居るのはウェリス。
 静まり返った質素な空間で、唯一人ぽつねんと待たされた末‥‥漸く店のキッチンからアルジャンと瑠璃が、ハーブティーを持って現われる。
 それを、ウェリスの前に置くと――。
「如何だったかしら?」
「‥‥思っていた以上に、辛かったのですな」
 彼の言葉に、大きく頷く瑠璃とアルジャン。
「そう言う事。紅茶を楽しむには適度な会話は不可欠って言うでしょ?」
「ああ。茶という物は、味や香りだけでなく、その場の雰囲気や楽しい会話もひっくるめて味わう物だ。故に店内の明るさや清潔感、店員の容姿とて、茶を楽しむ為の要員に成り得る」
「そう。店内を会話を楽しめる明るい雰囲気にする事と、従業員の身なりや接客態度を保つ事は、結果としてお客様に美味しく紅茶を飲んでもらう事につながるのよ」
 ランプの灯りの下で、ウェリスに掛けられる言葉。そして、ウェリスは一口淹れたてのハーブティーを一口啜り。

「‥‥美味しいのですな」



●擦れ違い
「ウルティム様、やはり今までの方法は強引だった気が致しますわ‥‥」
 一方同じ頃、店の奥でウルティムと向き合って居るのはニルナとメイベル・ロージィ(ec2078)。
「お二人とも望んでいる事は同じなのに、擦れ違ってしまうのは悲しいですの‥‥」
 そう、二人とも美味しいお茶をお客さんに飲んで貰いたいと言う意思は同じ。にも関わらず、何故か食い違ってしまった意思。
 それを正す為に‥‥健気な天使メイベルとリリー・メイデン・エルナは、瑠璃やアルジャンと手分けして、それぞれの説得に当っていた。
 ‥‥いや、ニルナの称号は関係ないかも知れないが。
「メイベルのお師匠さまは、お料理でもお茶でもその人の心が表れるものですって言ってました。ですからウェリスさんの美味しいお茶を守る為にも、お力を貸して欲しいんですの」
「で、でも‥‥」
 彼にしては珍しく、躊躇いと迷いの表情を顔に浮かべるウルティム。
 すると――そこに、瑠璃がひょこっと顔を覗かせる。
「あ、瑠璃さん。‥‥如何でしたか?」
「こちらは大丈夫よ。ウェリスさんも、内装に手を加える事や、従業員の制服を統一する事とか、概ね承諾してくれたわ」
 彼女の言葉に、胸を撫で下ろすニルナとメイベル。
「けどね、ウルティムさん‥‥お茶の飲み時は一瞬なのよ? その一瞬を逃してしまい得ない原因に成り得るとなれば‥‥。ウェリスさんが悩んでいた理由も、分かるでしょう?」
 続く言葉に、ウルティムは戸惑いながら頷く。
「ここは、ウェリスさんとちゃんとお話することが大事だと思います」
「そうですの。皆さんが笑顔で居られる様にするには、まずお二人が分かり合う事が必要です」
 ニルナと、何よりもメイベルに諭されたウルティムは――。



 翌日、首尾を聞かされた冒険者達‥‥その中のソフィアは、明るく笑いながら言った。
「ウルティムさんもメイベルさんには、頭が上がらない様ですね♪」



●新しい制服
「んー。私としては少し落ち着いた感じで良いかな、と思うんだけど‥‥」
 郊外のフロルデン邸、通称珍獣屋敷に集まった冒険者達は、統一する事に決定したメイド服のデザイン‥‥それに関する論議を繰り広げていた。
 一同の中心に居るディーネが、ウェリスの用意したハーブティーとリンゴチップス(リンゴを薄く切って焼いた茶菓子)を頬張りながら、自身の考えを口にする。
「具体的には、深い緑色のロングスカートメイド服ね。どうかしら?」
「そうですね。それと、やはり黒は多めに使った方が‥‥。後は、フリルを少し少なめにして、動き易く‥‥」
 書記の役割を務めるウェリスは、ディーネとソフィアの案を羊皮紙に書き込んでいく。それを目で追いながら、口を開くのはメイベル。
「でも、やっぱり常に同じデザインばかりだと、お客さまも飽きてしまいますから‥‥季節ごとにデザインを変える様にすればどうでしょう?」
「そうだねー。季節によって旬のハーブがある様に、時期柄でデザインを変えれば、もっと萌え‥‥いや、趣もあるだろうし」
 アシュレーの口を滑らせた言葉に、一瞬集まる視線。

 ともあれ、そんなこんなで着実に規格が決まっていく中‥‥一つだけ、最後まで纏まりを見せない案件があった。
 それは、スカートの丈に関する事。
 長いのが良いの、短いのが良いの、膝上か膝下か、絶対領域がどうこう‥‥。
 散々白熱した挙句、漸く論議が纏った頃には、誰しもが疲弊の色を浮かべていたと言う。



●意識改革
 一方、休業札を下げたミスティ・フォルトレス。その店内のホールでは、瑠璃、ニルナ、ルエラ、シャリーア、アルジャン、レインの6名によって従業員の指導が行われていた。
「良い? お茶は、適温になる短い時間に飲んでもらう事が大事なの」
 そう言って、『熱すぎる紅茶』『冷めた紅茶』『適温の紅茶』の三種を従業員に振舞う瑠璃。
 お茶を出すに当たり、如何に時間が大事かを教える為である。

 と言うのも、今までの行動を見ると、4人中3名の女性従業員(メイドさん)は皆が皆、仕事そっちのけでウェリスに構ってばかりで‥‥結果的に、唯一人の男性従業員(執事さん)がフル稼動している様な状態だったのだ。
 それでは、適温にお茶を出せなくなるのも無理は無い。

「浮ついているより、落ち着いた接客であってこそ茶ものんびり楽しめる。」
「皆さんがきちんとした接客を身に付けて下さらなければ、お客さん達はお茶を味わうどころでは無くなってしまいます。ウェリスさんの為にも、心を入れ替えて頂かなければ」
 真面目に指導をするアルジャンとレイン。その脇で。
「‥‥殿方もお仕事熱心な女性の方が、きっと良いに決まっていますからね」
 ぼそりと呟かれたニルナの言葉に、メイドさん3名の目の色が変わった。
 以後、ずっと冒険者のターン‥‥もとい彼らの指導を、漸く従業員達は真摯な態度で聞き入れる気になった様だ。

 と言う訳で、教育者としての経験もあるレインを中心に、作法や言葉遣いを教え込む冒険者達。
「宜しいか? お客様がいらっしゃったら必ず笑顔で‥‥」
「いくら急いでいるからと言って、無理して料理を持ち運んでは行けない。万一ひっくり返しでもしたら‥‥」
「ええ、お客様にお願いする時は、必ず婉曲話法を‥‥」
「何をするにもご主人s‥‥いえ、お客様の身の安全を第一に‥‥」
 彼らの言葉遣いと業務の指導は、夜まで続いた。

 そしてその翌日、彼らがミスティ・フォルトレスに訪れると――。
「お帰りなさいませ。ご主人様、お嬢様♪」
 出迎えたのは、3名のメイドさんと1名の執事さん。
 見違える様に改善された従業員達の姿勢に、誰しもが目を見開いていた。

「‥‥と言うか、昨日は普通に『いらっしゃいませ』で指導した筈なのに‥‥」
 首を傾げながら呟くルエラ。まあ、メイドカフェでありながらそれでは納得しない者が、後付で指導したのだろう、多分。



●今年最後の日
「そう言えば、今日は今年最後の日ですの」
 瑠璃、ソフィアと並んで歩きながら言うのは、メイベル。彼女達は、張り紙による喫茶店の宣伝と、物資の買出しを行っていた。
「うん。他のお家はでは、暮れのお祝いをする日ですね〜。もっとも、今回はそれどころじゃ無くなっちゃったけど」
「とは言え、私の居た天界では、この日は大晦日と言って、年越しに間に合う様に大掃除をするのが一般的だったのよ」
 と言った感じに、女性3名が話に華を咲かせている頃。

 店の方では、設計に関して専門的な知識を持つアシュレーと、心得のあるレインの指示の元、ルエラと従業員一同が改装を行っていた。
「折角のハーブティーなんだ。全体的に風通しを良くして、お茶の香りを外まで流す様に‥‥」
「このクロスは、少し華美過ぎますね。出来れば、もう少し落ち着いた色の‥‥」
「お手洗いや水周りなどは、特に清潔に保っておかなければ。この辺りが汚れていると、全体の美観にまで‥‥」
 資金的にも余裕がある故か、改装は手際よく進められ、見る見る内に明るく清潔感のある喫茶店へと生まれ変わって行くミスティ・フォルトレス。

 そしてそのキッチンでは、アルジャンとウェリスが手分けして、サイドメニューや新しいブレンドのお茶の開発に当っていた。
 ウェリスの傍らではシャリーアが付き添い、手伝いがてら茶淹れの指導を受けている。と言うのも、彼女は以前働いていた他の食事店にて技術を生かさせて貰うべく、ウェリスに教授を願っていたのだ。
「ネックは、渋味とえぐ味なのですな。ルエラさんに頂いたこの唐物茶釜で蒸らせば大分消えはしますが、それでも完全には‥‥」
「では、果物の香り等を加えてみるのは如何だろうか? 例えば‥‥」
 と言った具合に、試行錯誤を繰り返す二人。
 その横で、アルジャンは借り物の鉄人のナイフを振るう。
 だが、調理に関して専門的な技術を持つ彼でも、中々思う様に完成品を上げられずに居た。と言うのも、喫茶店のメニューとして店頭に並べる以上、余りに時間が掛かり過ぎてしまったり、卓越した技術を要する様なレシピで作る訳にはいかないのだ。
 手軽に作れる物で、尚且つ味も合格点の茶菓子の開発‥‥それが、パティシエとしての彼に求められた仕事であった。
「‥‥よし、完成だ」
 何度目とも知れない呟きと共に、出来上がったスティック型のアップルパイと苺のチーズケーキを、店の奥へと運んで行くアルジャン。
 そこで待ち構えるは、ディーネとニルナの大食淑女二人組。
「いや〜、お茶菓子を好きなだけ食べ‥‥じゃなくて、試食を担当させて貰えるなんて。来て良かったわ♪」
「ええ。美味しいお茶に美味しい食べ物。考えるだけでも生唾もの‥‥ではなく、心躍りますよね♪」
 かく言う二人は、今までに作られたお茶と料理の試作品を、ことごとく平らげていた。と言う訳で、洗い場は既に食器の山‥‥。
 ともあれ、二人とも優雅に、そして本当に美味しそうに食べるものだから、作る方としても悪い気はしない。
 そして、本日第4回目のサイドメニュー試作品を眼前に並べられた二人は、黙々とそれを口に運び――。

「‥‥うん、これ美味しい!!」
「そうですね。この味ならば、お店に並べても十分通用すると思います」

 舌鼓を打つ二人の言葉に、アルジャンはふっと表情を緩ませた。

 かくして、ルエラによって描かれたイラスト付きのメニューブックも揃え、翌日の営業再開に向けての準備を整えた喫茶店ミスティ・フォルトレス。
 ‥‥だが、ここまでの展開がまとも過ぎる(?)余り、この時には誰しもが忘れていた。

 ここ3日間、鳴りを潜めていた珍獣の存在を――。



●営業再開!
「A Happy New Year!!」
 高らかな声と共に、様相も新たに明るい雰囲気となった喫茶店の入口を潜る客を迎えるは、従業員一同‥‥もとい、メイドさん&執事さん。
 スカートの丈はギリギリ膝下の高さを維持しながら、濃緑を基調としたメイド服に身を包み、頭の上には獣耳‥‥では無く、フリルカチューシャを装着した女性陣。そして、同じく濃緑色を基調とし、レースが所々にありながらゆったりとして落ち着いた優雅なデザインの執事服に身を包んだ男性陣。
 目にも美味しい彼&彼女達を見るや否や、客の多くは驚きに目を見開き‥‥そして、以後何とも心地良さそうに店長特製ブレンドのハーブティーを愉しむ。ここに、ある意味での娯楽の完成形が在った。



 ――遡る事、数刻前。
「アシュレーさんは撮るの禁止ーっ!!」
 ソフィアの声と共に、取り上げられるアシュレーの携帯電話。
 達人級の理美容術を持つアシュレーにより、見ているだけで思わず溜息を漏らしてしまう様な容姿にメイクアップされたメイドさん一同。その出来栄えの良さの余り、彼は携帯電話のカメラ機能を用いて、片っ端から撮影しまくっていたのだ。
「え〜っ、良いじゃんちょっとぐらい。減るもんじゃ無いんだしさ〜」
「精神が磨耗するんですっ!!」
 めしゃり。
 ルエラの拳が、アシュレーを床に叩き伏せる。
 ちなみに、以前には献身的(と言うか生贄的)にスク水着用でメイド業をしていたルエラは、今回は本人の強い希望により一般規格のメイド服を着用していた。まあ、確かにこちらの方が落ち着いた感じで似合っているかもしれない。
 だが‥‥もう一方のソフィアはと言うと、赤を基調とした少しデザインの違うメイド服。即ち、異様に胸が強調されるビスチェに、丈が膝上のミニスカートと太腿の高さの白いニーソックスと言う所謂絶対領域を完備した、エース仕様の物に身を包んでいる。
 彼女は他の店員達の規範となるべく、その様な格好をして居るのだが‥‥フリルカチューシャの代わりに、角を付ければ3倍(以下ギルドにより規制)。

 そして同じ頃。
「店長たるものきっちり皆の手本にならないと」
「何よりも、ウェリス殿が常に美味しいお茶をお客様にご提供すると、店長として胸を張って言える姿勢で臨むべきだ」
 と、アシュレー及びシャリーアの二人に諭されて、身嗜みを整えさせられたウェリス。
「うむむ‥‥動き辛いのですな」
「文句を仰るな。良く似合っている」
 青いゴスロリ服(これは彼女の働いていた店の制服らしい)に身を包んだシャリーアが、彼の姿を見て大きく頷く。
 元が良いからか、店長使用の礼服風な制服は、似合い過ぎる程にウェリスにフィットしていた。
「女性陣が騒ぎ立てる様が、目に浮かぶな」
 微笑みながら言うシャリーアも、完璧なメイクに姿勢が良い事も相まってか、周囲の目を引くに足る容姿。
 この二人が並んでいると、背景までもが上品に見えてしまう。



「色々ありましたけど、お客さんの入りも上々の様で良かったです♪」
 場面は戻って営業中。規格通りの制服に身を包む清楚系メイドのレインが、トレイを胸元に抱えながら表情を綻ばせる。
 宣伝の甲斐もあってか、開店と同時にほぼ満席状態となった店内。最も忙しくなる昼近くになると、冒険者達も総出で店を手伝っていた。
「しかし、婦人方は皆似合っているなあ。うむ、眼福眼福」
 キッチンとホールを行き来しながら頷くのは、自分も結構女性客に引っ張りだこな執事姿のアルジャン。幸か不幸か、そんな彼の呟きは、近くに居たレインには聞こえていなかったらしい。

 一方で。
「お待たせ。味わって飲んでね、お薦めよ♪」
 そう言って、シャリーアに提供された大理石のチェス一式で対局を楽しんでいた貴族風の客の卓に、ウィンクしながらハーブティーを差し出すのはディーネ。愛想は高が知れていると自称しているものの、そんな彼女の砕けた対応は、随分と受けが良かったりしていて。
「ディーネさんは、すっかりメイドが板についてきましたね〜」
「をぉっ!? い、いや、その‥‥」
 不意に褒められ、照れている間に‥‥横を擦り抜けて行くソフィア。
 彼女は流石に現役酒場店員と言うだけあって、かなりなれた動きで手際よく仕事をこなしている。‥‥のだが。
「いらっしゃいませ、だんなさっ」
 ――ガゴッ。
 90度のお辞儀を勢い良くやるものだから、時たま卓とかに頭をぶつけては目を回していた。
 その様を、甘いフォルムの執事姿で女性客を虜にしているアシュレーが、懲りずにこっそりと取り返した携帯電話に収めていたりもするのだが‥‥まあそれは知らぬが花。

 ともあれ、昼のピークを過ぎても活気に満ち溢れる店内。その時を見計らったかの様に――『奴』が現われた。



●珍 獣 暴 走
「うおぉぉー!! これは何と言う桃源郷っ!! 溜まっている仕事をツンたんに任せてまで来た甲斐があったよー!!」
 扉を潜るや一番に、高らかな叫び声を上げる珍獣。これにより、店内の空気は一変した。
「レインたんも瑠璃たんも、メイド服よっく似あってるよ〜♪ ほら、もうちょっとこっちに‥‥」
「いやあぁぁぁぁ!!」
「――ご注文を繰り返します、リンゴのスティックパイが2点と‥‥」
 案の定、一目散に逃げ出すレインと、青筋を浮かべながらガン無視スマイルの瑠璃。

 と言った感じで、のっけから壊れ気味なテンションの珍獣を。
「ウルティム様〜、もう少し落ち着いて下さい〜」
 付き添いのミルク(毒入り)が嗜めるが‥‥もはや珍獣に説教。
「おお〜、ディーネたんももうすっかり立派なメイドさんじゃん〜♪」
「だっ‥‥ご主人様〜? ご注文はお決まりですか〜?」(「だ か ら!! たん付けすんなって言ってんでしょがっ!!」)
 ――ギリギリギリ!!
 他の客には見えない位置で、腕を捻り上げるディーネ。けれど、やっぱり不必要にタフな彼には効く筈も無く。

 そうこうしている間に、徐々にエスカレートしていく珍獣の暴走。
「や、やめて下さいですの、ウルティムさん!!」
 そんな彼の前に立ち塞がるは、健気な天使ことメイベル。すると、さしもの珍獣も彼女には弱いらしく、少し表情に戸惑いの色を浮かべる。
「あ、余りはしゃぎ過ぎてはいけませんの!! 何なら、後でメイベルがお話し相手になりますから‥‥」
「ほほう、メイベルたんがお相手を‥‥羨ましい限りですねぇ、ウルティム卿」
 気付けば、二人の周囲を取り囲む複数の影。それは、今の今まで牙を収めていた善良‥‥な筈の一般客が、暴走する珍獣に感化されて何かを覚醒させてしまった姿であった。
「我々も是非ご同席させて頂きたいものです」
「そうですよ! メイベルたんはウルティム卿だけのものではありません!! 我々にも彼女と語らったり、見詰め合ったり、ちょこっと手を触れて恥らってみたりする権利はある筈です!!」
「ちょっ‥‥お、落ち着きなよキミ達!!」
 只ならぬ周囲の雰囲気に怯えるメイベルを庇う様にしながら、制止を呼び掛けるは珍獣。そもそもの根源とは言え、意外に紳士的(?)な彼は、メイベルの危機となれば冷静になるだけの理性は――。
「そんなんじゃ生温いってば! せめて(ギルドにより規制)とか(規制)くらい‥‥!!」
 無い様だ。

「ウルティム様? 粗相はいけませんよ? 特に可愛らしい女性には‥‥ふふふふふ」
 そこに現われるは、ニルナ。ミルク(毒入り)に呼び付けられたか、自身で只ならぬ雰囲気を察知したか‥‥怯えて涙目になっているメイベルを抱きかかえる様にしながら、空間をも淀ませかねない程の殺気を放っている。
 それでもやはり、命知らずな珍獣及びその取り巻き達は。
「うおぉぉー!! 清純お姉さんなニルナたんと、無垢な妹系のメイベルたん!! これは何と言うコンビっ!!」
「こんな姉妹に峡殺されるなら、カオス界に落ちても良いっ!!」
 姉妹じゃない姉妹じゃない‥‥。
「あら、こんな、所に、珍獣、達が、放し、飼いに、されて、ますねっ!!」
「稲妻重力落とし〜ッ!!」
 そこに割り居る様にして飛び込んで来る、ソフィアとルエラ。いつの間にか彼等以外の客の姿が見当たらなくなったのを良い事に、片やバラの茎から作られた魔法の鞭ローズホイップを振るい、片やライトニングアーマーを纏った状態で銀のトレイ(シャリーアの私物)を振り下ろし‥‥。
 手加減抜きで、次々と珍獣達を撃沈して行った。


「‥‥そう言えば、先程からアシュレー殿の姿を見掛けないな?」
 店内の騒ぎを余所に、首を傾げながら呟くのはシャリーア。当の珍獣の戦友であるアシュレーはと言うと‥‥気配を殺して物陰に隠れながら、激しいアクションをするメイドさん達の姿を、やはり携帯電話で撮影していた。



●大繁盛
「お陰様で、この4日間だけで凄い売り上げを出す事が出来たのですな! 皆様には本当に、感謝の言葉もありません!!」
 営業再開から4日目の閉店後。ホールに集まった冒険者達を前にしたウェリスは、恭しく礼をしながら言った。
「けれど‥‥何だか、前以上に妙な客層を増やしてしまった様で、申し訳ない気も‥‥」
 瑠璃の言葉に、ウェリスはゆっくりと首を横に振り。
「なに、気にする事はありません。それ以上に、またより多くの方にお茶を味わって頂ける事への喜びの方が、今では遥かに勝って居るのですからな」
 にこり、と微笑むウェリス。もう彼の顔には、一週間前までの様な憂いは影も無い。
 どうやら――今回の依頼は本当の意味で、成功を収める事が出来たと言える様だ。
「いえ、私達はほんのきっかけを作っただけに過ぎません」
「そうだな。今後このミスティ・フォルトレスがどうなるかは、貴方の双肩にかかっている。これからもしっかり、な」
 そんな彼に微笑み返すレインと、その横で腕を組みながら言うアルジャン。その言葉に同意する様に、他の冒険者達も大きく頷く。

 そして、彼ら一人ずつに特別ボーナスと言う事で、渡された麻袋には――。
「うわっ、こんなに!? 良いんですか、ウェリスさん!?」
 驚きの声を上げるソフィア。と言うのも、その中を覗き込んで見えたのは、一度には数え切れない程の量の金貨だったからだ。
「ええ。今回の収益から算出した、妥当な額なのですな。どうぞ遠慮なく、受け取って下さいな」
 本当はもっと良い物をお出ししたかったのですが‥‥と付け加えるウェリスに、首をブンブンと振る一同。とは言え、やはり大金を投資して貰った挙句、唐物茶釜や大理石のチェス一式と言った備品まで提供して貰っている身の上である彼からすれば、この程度では本当に申し訳無いのだろう。
「その代わり、また何時でも店に遊びに来てくださいな。精一杯持て成させて頂きます」
「なら、早速で悪いんだけど‥‥」
 そう言って、ウェリスの前に歩み出るアシュレー。と言うのも彼は、少々時期がずれ込んでしまったが、仲間を集めての新年会を催したいと考えていたのだ。その会場として、このミスティ・フォルトレスを貸し切らせてくれないか、と。
 すると、ウェリスは。
「ええ、その位でしたらお安い御用なのですな」
 そう言って、満面の笑みを浮かべた。



 帰り道、従業員達に見送られながら喫茶店を後にする冒険者達。
 ――と。
「そう言えば、あれからウルティムさんを見掛けませんでしたけれど‥‥どちらへ行ってしまわれたんでしょう?」
 小首を傾げながらのメイベルの言葉。それに一部の者は答える事が出来ず‥‥冬空に、乾いた笑い声が響き渡った。

 ――思えば、人通りの少ない路地裏を歩いていると、何かの呻き声が聞こえて来ると言う噂が真淑やかに囁かれる様になったのは、この頃からだったかも知れない。