【ベースボール】グラウンドの救世主
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■ショートシナリオ
担当:深洋結城
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月06日〜01月11日
リプレイ公開日:2008年01月10日
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●オープニング
ウィル近郊に、小さなグラウンドが在る。
木柵によって仕切られた簡素な物だが、フィールドを管理する者がこまめに整備をしているらしく、競技場内には石一つ転がっていない。
そこで日々繰り広げられているのは、主に天界から伝わった様々なスポーツの競技の数々。
ある日はサッカー、ある日はカバディ、ある日は屋外バレーボール‥‥。そして、この日はベースボールが行われていた。
木製バットの乾いた音と共に、冬晴れの空に飲まれて行く白球。
それを、皮製のグラブを手に嵌めた守備側の選手が追い駆け‥‥と言うよりも、遠ざかって行く。
――ポーン。
案の定、誰も居ない場所に落ちる硬球。それを慌てて近くに居た他の選手が拾い上げ、力いっぱい投げるも‥‥。
「って、何処投げてんだよーっ!!」
送球は誰もいない場所をコロコロと転がって行く。
そうこうして守備陣営が硬球と戯れている間に、球を打った本人はグラウンド上の菱形を一周し、悠々とホームベースを踏んで行った。所謂ランニングホームランと言う奴だ。
「くそっ‥‥なんてこった!!」
その様子をベンチで見ながら、頭を掻き毟るのは一人の青年。
彼の名は沢村一郎、ベースボールをこよなく愛する天界人である。
この試合、最終回に至るまでほぼ完璧な投球で相手の打者を抑え続けて来た一郎。
これにより、彼の率いる『グライダーズ』の勝利を誰しもが信じて疑わなかったのだが‥‥。ふとした相手選手との接触により右足を痛めてしまった一郎は、止む無くマウンドをチームの仲間に任せ、ベンチで成り行きを見守る事になってしまった。
そして気が付けば、繰り広げられていたのは最終回で1対7と言う、相手チーム『バガンズ』の大逆転劇。
ルール上、後1点でも取られてしまえば、コールドゲームと言う事でグライダーズの負けが確定してしまう。
おまけに、一郎が下がってからと言うもの未だアウト一つも取れておらず‥‥先程のランニングホームランに続いて、もう既にフルベースと言う追い込まれ振り。
(「ダメだ、イチロー! もう限界だ!」)
マウンドで泣きそうな顔をしながら荒い息を吐いているピッチャーを横目に、ベンチの一郎にサインを送るのは‥‥キャッチャーを務める女性選手シエラ・フォルスマン。
一郎の気迫の投球と相まって、ここまで完璧に相手打線を封じ込めた戦略家の彼女でも、今のままこの状況を切り抜ける方法は思い付かないらしい。
(「分かってる! だが、この場面を乗り切れば、まだチャンスはある! 何とかしてくれ!」)
とは言え、この状況を打開する事自体が至難の業。その先にあるチャンスの事など、考えられたものではない。
諦めかけたシエラが、投球を要請するサインをピッチャーに送ろうとしたその時。
「な、何だお前ら!?」
一郎の声に促され、ベンチの方に目を向けるシエラ。そこに居たのは――。
「タ、タイム!!」
高らかに叫ぶと、彼女はキャッチャー用マスクを外しながらベンチへと駆け寄った。
話は、数日前に遡る。
アトランティスに降りて来てからの初めての練習試合。その日程が正式に決まり、張り切る一郎。
そんな彼とは対照的に、シエラは一抹の不安を抱いていた。
と言うのも、現グライダーズは自分と一郎を除いて素人ばかりを寄せ集めたようなチーム編成‥‥。いくら一郎が優れた選手であったとしても、安心しろと言う方が無理な話である。
そこで、シエラは自腹を切り‥‥基本的なルールや技術等が分からない者には、試合当日までに彼女自ら教授すると言う条件付で、助っ人としてグライダーズに加勢してくれる冒険者を募っていたのだ。
そうして集まった彼等を、シエラは満面の笑みで出迎える。
「良かった、もう来てくれないかと思った! それじゃあ早速で悪いけれども、すぐにウォーミングアップを済ませて、試合に出る準備をしてくれ! その間に、審判に話を通しておく!」
そう言うと、再びグラウンドへと戻って行くシエラ。
冒険者達はそんな彼女を見送りながら、状況に付いて行けず呆然としている一郎を横目に、防寒服を脱ぎ捨て思い思いに身体を動かし始めた。
そして――。
「よし、皆頼む!!」
シエラの声と共に、グラウンドに上がるのはユニフォームを纏った冒険者達。
彼らは、窮地に追い込まれたグライダーズを救う救世主となり得るか?
誰しもが緊張に胸を高鳴らせる中‥‥。
「――プレイ!!」
審判の試合再開を告げる声が、グラウンドに響き渡った――。
【依頼内容まとめ】
状況としては、最終回ノーアウトフルベース、1対7で後1点でも取られればコールドゲームとなりグライダーズの負けが確定‥‥。
ここからまずはピンチを凌ぎ、そして次の回で同点にするか逆転が出来れば、依頼は成功で御座います。
交代するポジションや打順は、お好きな様に決めて下さい。
本文中の補足に従って、適役適所に付くと宜しいでしょう。
ちなみに次の回は1番バッターから始まり、シエラは7番に入っています。
また、ご希望とあればシエラ(7番キャッチャー)と交代する事も可能です。
そして、保存食は不要で、防寒具は今回に限りバックパックに詰めているだけでも、状況に応じて着用したものとさせて頂きます。
大変厳しい状況で御座いますが、頑張って下さいませ!!
●リプレイ本文
●プレイボール!!
出場を控え、ウォーミングアップをする冒険者達。その中の一人、加藤瑠璃(eb4288)がおもむろに口を開く。
「こんなピンチはめったに無いわね。‥‥面白いじゃない!」
意気込む瑠璃。だが、それに水を差す様に聞こえて来た声に、耳をピクリと動かす。
「‥‥誰? 女なんかにできるか、なんて言ってる人は?」
声の主は、一郎だった。
彼や瑠璃の故郷である天界では、グラウンドに立っているのは皆男性と言うのが一般的らしく、こうして男女交えて試合をする事などは、まず有り得無いのだ。とは言え、シエラも女性選手なのだが‥‥。
「怪我すんなよ、お嬢さん」
続け様の言葉に、憤慨する瑠璃。
そんな二人を横目に、ウォーミングアップを淡々と進める物輪試(eb4163)は。
「しかし、懐かしいな‥‥。少年野球以来だから、大体二十年振りか」
感慨深げに呟きながら、グラウンドを見据える。
彼も天界の出身で、当時は補欠だったらしいのだが‥‥今回の試合前日までの練習では、シエラと一緒になって冒険者達の指導に当っていた。彼が居なかったら、この短期間で彼らがグラウンドに上がれる様にさえもなって居なかったかもしれない。
そして、その横で。
「武術で鍛えた力がどこまで通用するか試すのも良いだろう」
言いながら、ウォーミングアップに武術の型も交える飛天龍(eb0010)。
食事担当を買って出た彼もこの試合に備え、栄養管理をしっかりと行ってきた。その甲斐あり、今日は皆が皆絶好調。
更に、事前にシルバー・ストームが相手チームの戦力を探ってきた事等もあり、冒険者達は皆準備万端であった。
「よし、皆頼む!!」
シエラの声に、グラウンドへ向かって行く冒険者達。
「俺はサードで四番か。責任重大だな」
武者震いをするキース・ファラン(eb4324)と。
「ち、力が溢れてくるんだよ!」
天龍に借りた魔法のアイテムを身に付け、奮い立つ江月麗(eb6905)。
皆が胸を高鳴らせ、それが最高潮に達した時――。
「――プレイ!!」
●マウンドの魔術師
グライダーズの新たなピッチャーはアシュレー・ウォルサム(ea0244)。
彼は、バッターボックスに立つ相手選手の表情を見据えると――。
(「なるほど、まずは様子を見るつもりの様だね」)
(「そうか。ならば‥‥」)
キャッチャーのシエラのサインに頷き、右腕を振りかぶるアシュレー。そして。
――パアァン!!
「ストラーイク!!」
相手打者に向かって行ったかと思うと、急激に方向を変えてストライクギリギリに飛び込む白球。速くないが、それでも打者は手を出せない。
(「良いぞ、キレのあるスライダーだ! 球速も80マイル前後‥‥この調子だ!」)
返球を受けながら、微笑を浮かべるアシュレー。そして、第二球は――。
ブンッ!!
空を切るバット。その遥か下を、ゆっくりと抜けて行くボール。
「サークルチェンジ‥‥!」
目を見開きながら呟くのは、ベンチに座る一郎。直球勝負の彼に対し、マウンドに立つアシュレーは、徹底した変化球投手なのだ。
その腕から放たれる魔法の様な球の数々に、キャッチャ−のシエラも最初は手を焼いていたが‥‥特訓の甲斐あって、今に至っては難なく捕球していた。
「さて、次は‥‥っと」
投げ放たれたのは、今までで一番速い球。
(「ストレート!」)
――スパァン!!
どよめくグラウンド。直球かと思われた球は、当てる為だけに構えられた打者のバットの横を、避ける様にして擦り抜けて行ったのだ。
「ストライク、バッターアウト!!」
「サードだ!!」
すぐさま腰を上げ送球するシエラ。まるで女性の放った物とは思えない様な速度で、キースのグローブに収まったボールは。
「アウトーッ!」
滑り込んだ相手の手に触れ、見事スクイズの為に飛び出していた三塁ランナーを刺した。
「よし、一気にツーダンだ!!」
沸き立つ守備陣営。その中で、アシュレーだけは帽子に顔を埋め、何やら不敵な笑みを溢していた。
「‥‥うん、相手を球ひとつでへこませるのって、なんかぞくぞくするね」
ぺろり――と舌なめずり。彼のサディスティックな雰囲気に竦み上がるのは、攻撃側のバガンズの面々‥‥だけでは無い。
(「ゆ、油断するんじゃない! まだピンチには変わりないのだから!」)
マスクの下で冷汗を流すシエラ。それに気付いているのか否か‥‥サインを確認するや、アシュレーは頷きもせずに、今度は左腕からリード通りに球を放る。
――カツッ!!
「ファール!」
バットに掠り、キャッチャーの後ろへと飛んで行く白球。
(「ふむ。ボール球にも手を出す程、相手は打ち気に逸っているって事か。それなら――」)
――カァン!!
乾いた音と共に、地面を転がっていく白球。それを。
「ファースト!!」
――パシッ!
軽やかな身のこなしで飛び込み、止めるのは一塁手の瑠璃。そして、カバーに回った二塁手の月麗にボールを送り‥‥。
「アウト! スリーアウト、チェンジ!!」
●反撃開始!
ノーアウトフルベースのピンチを、見事凌いだ冒険者達。だが、未だに敗色が濃厚な事には変わり無い。ここから、巻き返す事が出来るか――。
打席に立つのは、1番の天龍。
彼はシフールと言う種族柄である身体の小ささを武器に、出塁を狙っていた。そしてそれは的中し、ボール球を三連投する相手ピッチャー。
ここで慎重になった相手は、球速を抑えて何とかストライクに入れてくるも――ジャクリーン・ジーン・オーカーに投げ込んでもらった事により、打撃力を上げていた天龍にとって、打ち返せない球ではない。だがしかし。
――カッ!!
あえて天龍は、ファールになる様バットを振った。そう、相手に球数を投げさせて体力を消耗する為だ。
そして、そんな攻防が3球続いた末。
「フォアボール!!」
とうとう投手の狙いが外れ、出塁を認められる天龍。これで、ほぼ狙い通りである。
次いで打席に立つのは、2番アシュレー。
守備時には投手として大活躍だった彼だが、打者としては如何程か――。
コン。
「何っ!?」
いきなりのセーフティーバント。完全に意表を突かれた相手は、打球の処理に手間取り‥‥あろう事か、アシュレーの出塁を許してしまった上に、一塁ランナーである天龍を三塁まで進めさせてしまった。
そして3番試。
今のプレイで動揺するピッチャーは、人間サイズの試相手にも中々ストライクを投げる事が出来ない。そして、試もボール球には手を出さず、じっくりと球を選んでいた――。
「走ったぞっ!!」
捕球するや、慌てて二塁に送球するキャッチャー。だが間に合わず、結果アシュレーの盗塁は成功‥‥だけではなかった。
「油断したな」
その隙に、しっかりと走塁線上を『走って』来た天龍がホームベースを踏んで行く。これで、まずは一点だ。
そして。
――カンッ!!
試も一二塁間を破る強いゴロを放つ。これでまたノーアウト一三塁である。
次ぐ4番のキースは、長打狙い。
それに気付いていた相手バッテリーも案の定低目を狙って来るが、むしろそれは彼にとってど真ん中の絶好球。
カァン!!
見事ジャストミートさせ、右中間に抜ける当たりを放つキース。本人は二塁止まりに収まったものの、結果走者一掃の2点タイムリーを産み出した。
そして、五番加藤瑠璃(eb4288)。
彼女の狙いは、ゲッツーにならない様一塁方向に打ち流す事。‥‥だが。
「あっ‥‥!」
少々流し方が足りず、一直線に二塁手に向けて飛んで行く打球。拙いと判断したキースも、二塁に引き返そうとするが――。
「ひっ!?」
なんと、ライナーを怖がった二塁手は捕球する事無く、そのまま頭上越えさせてしまった。ともあれ、運良く再びノーアウト一三塁。
そして、六番は冒険者では無いグライダーズの選手。
ここまでノーヒットの彼も、押せ押せなムードに水を差すまいと意気込むが――打球はボテボテと三遊間へ。
それを捕球すると、素早くバックホームする相手。だがしかし。
「うぉぉぉっ!!」
――ドガッ!!
気迫の体当たりで飛び込んで来たキースに、たまらずボールを手放すキャッチャー。強引な気もするが、これで五対七である。
「悪いな。こっちもきれいごとが言える程、余裕がある訳じゃ無いんだ」
そして7番シエラも、この場面で交代したばかりの相手ピッチャーから、気迫のスイングでヒットを打つ。
これで、ノーアウト満塁――いよいよ大詰めと言った所で、打席に立つのは今回一番のパワーバッター、月麗。
彼女には、この時の為に備えていた秘策があった。
慎重にボールを投げ、様子を見てくる相手ピッチャー。そして、漸く打ち頃の直球が飛んで来た所で――。
「な、何だあの動きは!?」
バッターボックス内を縦横無尽に動き回る月麗。これぞ、十二形意拳が猿の奥義、猿惑拳。そして。
「胡瓜が食べたいんだよぉぉぉぉぉぉ!!」
――ガゴォッ!!
轟音と共に、見事に真芯に直撃した白球は‥‥グラウンドを超え、見えなくなる程遠くまで飛んで行った
「ゲームセット――!!」
●勝利の美鮭
「チクショウ、次は絶対勝つからなぁぁぁっ!!」
涙と共に去って行くバガンズの面々。
瑠璃が戦勝祝いにと振舞った新巻鮭を調理した天龍が、一緒に食べないかと差し出したのだが‥‥。
まあ、序盤と言い最後のサヨナラツーランホームランと言い、あれだけ見事に負けてしまえば、悔しがるのも無理は無い。
「ともあれ、君達のお陰で見事勝利を収める事が出来た。本当に感謝している」
「ああ。それに何よりも、熱いゲームを見させて貰ったしな。どうもありがとさん」
鮭料理を片手に頭を下げるシエラと、上機嫌なキャプテンの一郎。そんな二人に。
「なに、こっちこそ楽しかったぜ。こういう機会を用意してくれてありがとうな」
頬を掻きながら言うキースの言葉は、戦勝祝いで盛り上がる周囲の声に掻き消された。