●リプレイ本文
●萌こそ好きの?
それは、新年会が開かれる3日前の事。
冒険者達はパラメイドのミルク(毒入り)に呼び付けられ、珍獣屋敷へと向かって居た。
「説明は後回しです〜。 兎に角来て下さ〜い」
のんびりとした口調で捲くし立てる彼女に促されるまま、屋敷の中に通された冒険者達が見たものは‥‥固く閉ざされた一室の扉の前で、怒鳴り声を上げるツンたんの姿。
「ウルティム様!! いい加減観念して出て来て下さい!!」
「イ、イヤだっ!! ダイエットなんて辛くてきつくて無駄な事、絶対にしないもんっ!!」
「‥‥って言う訳なんですよ〜」
向き直って言うミルク(毒入り)に、一同は苦笑いを浮かべる。
「なるほど。ウルティム様はダイエットされる事を、頑なに拒んでいるのですね?」
腕を組みながら言うのはニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)。それに頷き。
「何にしても、一度部屋から引きずり出さないとな‥‥」
やれやれ、と溜息を吐きながら言うのは物輪試(eb4163)。当然、彼の意見に反対する者は無く――。
数分後、ウィルの一角に爆音が響き渡った。
「まったく。いくらダイエットが嫌だからって、自室に引き篭もるなんて‥‥子供ですか貴方は!?」
黒コゲの珍獣を前に、怒鳴りつけるのはルエラ・ファールヴァルト(eb4199)。
「でも、皆さんが来てくれて良かった。ウルティム様のダイエット、協力してくれるんですよね?」
確認する様に問うツンたん。それに頷く冒険者達に対して、案の定珍獣男は身を乗り出して反論する。
「ちょ、ちょっと!? だから、ボクはダイエットなんて‥‥!!」
「ウルティム様、男子たるもの身も心もたくましくなくてはなりません。さ、死なない程度に頑張りましょう」
その頭を押さえ付けながら、にこやかに諭すのはニルナ。それでも、やはり珍獣は半狂乱になりながら逃げ出そうとする。
――が。
「でも、ウルティムさん痩せたらきっとカッコいいと思いますの。メイベルも応援しますから、あまり無理はしないで頑張って下さいね?」
「まっかせて!! メイベルたんの為に、衝撃的ビフォーアフターをご覧に入れて見せるよ♪」
ぴっと親指を立てて前歯を光らせながら、メイベル・ロージィ(ec2078)に宣言する珍獣。
「萌こそ好きの上手なれ‥‥と」
緩みきった表情でメイベルと指きりをする‥‥何だか哀れにさえ思えて来た戦友の事を生暖かい目で見据えながら、アシュレー・ウォルサム(ea0244)は呟くのであった。
●ダイエット大作戦!〜珍獣鍛錬〜
と言う訳で、その日の午後から早速珍獣のダイエット大作戦は始まった。
「僕も新年太りを解消しなくっちゃ!」
意気込みながら珍獣と共にダンスのステップを踏み、汗を流そうとするのはソフィア・カーレンリース(ec4065)。
その傍らで、自前の銀のトレイを用意。もし彼がミスをしようものなら、容赦無く制裁を加えようとしているのだ。
――しかし。
「い、意外と上手ですね?」
そう、意外と‥‥いや、意外過ぎる程に、ソフィアをリードするウルティムのステップは優雅で軽やかものであった。
「まあね。小さい頃に、散々教え込まれたから」
「そう言えば、ウルティム様も貴族でしたっけ‥‥」
苦笑交じりで言うニルナ。まあ、普段が普段なので、忘れられていても仕方ない。
とは言え、やはり彼の丸々肥えた体躯では、スタミナも壊滅的な訳で‥‥早々にへばった彼に。
「雷光落とし〜っ!!」
――ゴバチッ!!
と、ライトニングアーマー&銀のトレイの制裁が加わる。
「まだです! まだ終わりじゃないですよ!」
そう言って、自分で沈没させた珍獣の身体を起き上げようとするソフィア。
だが、案の定重さの余りまったく起き上がらない彼に。
「ええい、珍獣さんの脂肪は化け物ですかっ?!」
等と文句を言いながら、顔を真っ赤にしてメロンをゆさゆさと(略)。
ともあれ、ソフィアを手伝う様な形で半ば無理矢理彼を起き上がらせたニルナは、庭の木に括りつけられた木の板をビシッと指差す。
「ほら、休んでいる場合ではないですよ? 次はアレに打ち込みです。男なんですから、プライドを見せなさい!」
言いながら、珍獣屋敷の倉庫で埃を被っていた木剣を手渡し、背中を押す。
だが、珍獣は既に虫の息。よれよれと得物を振るう彼に。
「そんな剣の扱い方がありますか! 私がお手本を示しますから、見ていて下さい!!」
そう言って、ニルナは引っ手繰る様に木剣を奪い取った。
「はっ! せいっ! それっ!」
掛け声と共に、水流の如く繰り出される連撃。それに合わせ、カッ、カッと軽快な音でリズムを刻む木と木。ブロンドの髪を優雅に、されど激しく振り乱しながら、舞踊の如く木剣を振るう彼女は、さながら陸空海の美をそのまま映し出した戦場の華の様な――。
「ふぅ、こんなものですね。‥‥ウルティム様、ちゃんと見ていらっしゃったのですか?」
なんて、見学そっちのけで頭の中で勝手なナレーションを付けている彼に、突きつけられる木剣。そして、背後からも。
「‥‥ウルティム様? 今、ニルナ様に見とれていらっしゃいましたよねぇ‥‥?」
と、殺気全開のツンたんが迫る。人の事言えるのか、と言う突っ込みは、傍観していたアシュレーの心の中だけに留まり――。
――冬空に阿鼻叫喚が木霊した。
「まあ、予想通りの展開だな‥‥」
ぷしゅうぅと煙を上げながら横たわる珍獣を見て、苦笑いする試。そんな彼の横からひょこっと顔を出したのは。
「あれ? 君は‥‥シエラ?」
「ああ。久し振りだな、アシュレー」
帽子を直しながら言うシエラ。彼女はベースボールチーム『グライダーズ』のメンバーであり、先日その試合の助っ人を務めた試とアシュレーの顔見知りである。
そんな彼女が、何故ここに居るのかと言うと。
「試に呼ばれてな。なんでも3日間で、ウルティム卿を痩せさせようとしているそうじゃないか。折角だから、私も力添えさせて頂こうと思ってな」
まあ、出来るか出来ないかは抜きにして、と付け加える彼女の手には、大量のバットとボール、そしてグローブが備わっていた。や(殺)る気十分の様だ。
「さて、それじゃあウルティムさん。前回から大分間が開いてしまったが、第二プログラムといこうか。基本的な動きは――」
どこからか軽快なリズムの音楽が流れてきそうな雰囲気の中、蟹股で身体を開いてブンブンと腕を振り回したり、かと思うと肩の高さでくるくると回してみたり‥‥と言った、奇妙な動きをし始める試。
それを強制的に真似させられる珍獣男と、何の疑いも無く(短期間エクササイズだと聞かされているので)動きについていくシエラ。傍から見ると、結構滑稽な事この上なかったりもするが‥‥まあ、気にしないが華と言う事で。
「ヴィクトリーー!! ‥‥っと、ウォーミングアップはこのぐらいにして」
ウォーミングアップだったらしい。
「ここからが本番だ。今から俺がノックをするので、ウルティムさんはそのグローブでボールを取っていってくれ。取ったボールは、シエラさんにすぐ投げる様に」
「ああ、言っておくが、勿論使うのは硬球だ。気を抜いて掛かったら歯の一本や二本は簡単に折れるから、そのつもりでな」
「えっ!? ちょっ、まっ――ふごっふ!?」
合掌。
●新年会準備
「いらっしゃいませ、ご主人さ‥‥あら?」
言い掛けて止めるのは、先日規格統一されたばかりのミスティ・フォルトレスの制服――すなわち、濃緑色を基調とした落ち着いたデザインのメイド服に身を包むレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)。
「やあ、頑張ってるね」
店に入って来たアシュレーは、微笑みながら言う。すると、レインは少し困った様な照れた様な表情を浮かべ。
「ええ、流石にウェリスさんのご厚意に甘えるばかりで、お店を貸し切らせて頂くのは良くありませんから‥‥。ところで、珍獣‥‥じゃなくって、ウルティムさんのダイエットの方は‥‥?」
「ああ、彼なら大丈夫だよ。イリュージョンでメイベルが応援している幻を見せたら、『息を吹き返してた』から」
思わず苦笑を浮かべるレイン。
ちなみに、当のメイベル本人は阿鼻叫喚するであろう彼の様子を恐くて見ていられないという事で、レイン達と一緒に店の手伝いがてら新年会の準備をしていたりする。
「まるで、眼前に吊るされた人参を追う驢馬、だな‥‥」
格言っぽく言いながら姿を現すのは、同じく規格統一された執事服にエプロンと言う格好のアルジャン・クロウリィ(eb5814)。
「ところで、レイン。新しい菓子の試作品が完成したのだが‥‥試食をお願い出来るだろうか?」
彼の言葉に、レインはぱっと表情を輝かせ。
「はい、喜んで! こんなに早く大ホールでのお願いを叶えてもらえて、嬉しいです♪」
言いながら、足取りも軽くアルジャンと共に店の厨房へと姿を消して行った。
「‥‥まるで新婚さんみたいだね」
ボソッ、と聞き捨てなら無い台詞を呟くアシュレー。しかし、彼におどけた様子は無く‥‥むしろ、何処か寂しげな表情をしている。
だが、それも数秒。
「っと、今は新年会の準備に集中しないとな。少しでも盛り上げられる様にしなきゃ」
そう言って、店の控え室へと向かっていく彼の顔には、既に先程の憂いは影も無くなっていた。
●花の妖精
「〜♪」
鼻歌混じりに、ミスティ・フォルトレスの控え室で作業をするのはメイベル。
ルエラも傍らで手伝っている中、そんな二人の様子を目に留めたアシュレーは。
「? 何を作ってるんだい?」
彼の言葉に、ふっと顔を上げる二人。
「あ、アシュレーさん! えっとですね、新年会の飾り付けに使おうと思って、フラワーアレンジメントを作っているんですの」
「とは言っても、この季節に手に入るお花は限られておりますので、造花が中心ですけれどね」
苦笑いを浮かべるルエラ。それでも、とても楽しそうに造花をこしらえるメイベルの姿に心惹かれたのだろうか。彼女も手を休める事無くせっせと作業を続けている。
「なるほど、それなら装飾には余り経費を掛けずに済みそうだね。じゃあ、宜しく頼むよ」
「はいですの♪」「任せて下さい」
そんな二人を邪魔するまいと、アシュレーは踵を返し――。
――カシャッ。
気が付けば、物陰に隠れながらフラワーアレンジメントを作る二人の姿を、携帯電話のカメラ機能を用いて収めていた。
「‥‥タイトルは――『フェアリー・ブラッサム』ってところかな?」
●珍獣変貌!?
そして、時は流れ会当日。
この日の為に、皆が皆それぞれの出来る事をもってして、入念に準備を進めてきた。
その甲斐もあり、本来は余り広くないミスティ・フォルトレスの店内は、今では鮮やかな造花の装飾が目を引く、立派なパーティー会場へと変化を遂げていた。
「やはり、冒険者の皆さんは凄いのですな。それにしても、準備に関しては私は何もお手伝いが出来ず‥‥申し訳ない限りなのですな」
そう言って顔を伏せるのは、ミスティ・フォルトレス店長のウェリス。そんな彼の横に立つアルジャンは。
「何。僕達としては、会場や料理を提供して貰えただけで十分さ」
「ですが、今回も店の手伝いまでして貰って‥‥。やはり、何か恩返しがしたいのですな」
彼の言葉に、苦笑するアルジャン。
「ならば、新年会を大いに楽しんで貰いたい、な」
「ええ、皆で楽しんで皆で盛り上がるのがパーティーですから♪」
彼に続くレインの言葉に、ウェリスは顔を伏せ――。
「‥‥分かりました。では、この新年会を成功させる為に、私も尽力させて貰うのですな!」
納得はした様だが、やはりお堅い感が抜けない彼に、アルジャンとレインは思わず顔を見合わせて笑みをこぼした。
その時、ミスティ・フォルトレスの入口の扉が開き、一人の青年が店内に入って来る。
「お帰りなさいませ、旦那様。申し訳ありませんが、本日は‥‥」
「‥‥」
アルジャンが営業していない旨を説明するも、慌てる素振りも見せず、無言で立ち竦む青年の様子に‥‥今度は逆に、レイン達が慌て始める。
「あ、あの‥‥失礼ですが、どちら様でしょうか‥‥?」」
すると、青年はすぅっと息を吸い込み――。
「レインたーん!! 会いたかったよ〜〜!!」
――ぞわわわっ!
凄まじい勢いで立つ鳥肌。そして、ほぼ生理的と言える様な動作でレインは踵を返し、店の奥へと駆け込んで行く。
「あ、待って! 感動の再会もげぷっ!?」
思わず、右腕を青年の顔面にめり込ませるアルジャン。それも、彼の愛娘のアリスとアルテミシアのフライングキックのオマケ付きで。
「あ‥‥すまない、つい‥‥」
尻餅を着いた青年にアルジャンが手を伸ばすと、騒ぎを聞きつけたメイベルとルエラが店の奥から現われ。
「‥‥え゛?」
「もしかして‥‥ウルティムさんですの?」
「そうだよっ!! メイベルたんの応援のお陰で、あの過酷な拷問(ダイエット)を耐え抜く事が出来たんだよ〜っ!!」
顔面を痛そうに摩りながら立ち上がり、涙混じりに捲くし立てる――えっと、ウルティム。
「こ、これは驚いたのですな‥‥」
隣で始終を見ていたウェリスも、目を丸くしている。
余分な肉を削ぎ落とした彼は、背が高く、どこかあどけない顔立ちをした、極普通の青年であった。見様によっては、美形と見られなくも無い。まさに、衝撃的ビフォーアフター。
メイベルは多少戸惑いながらも、彼の前に歩み寄り。
「ウルティムさん、本当に頑張ったんですね。嬉しいですの♪ それじゃあ、これはご褒美です」
そう言って、ウルティムの礼服に純白のコサージュを飾り付けた。本来は、彼女が女性陣の為に用意した物であったが、一個多く作ってしまった為‥‥まあ、所謂残り物である。
けれども、そんな事知る由も無いウルティムは。
「あ、ありがとうメイベルたんがろっ!?」
――ガッシャーーン!
案の定飛び掛ろうとした直後、彼の後ろで待機していた他の面々の鉄拳制裁によって、店の奥へと頭から突っ込んで行った。
「それにしても、まさか本当に3日でここまで痩せられるとは‥‥」
「こってり絞りましたからね。ですが、もう少し続ける事が出来れば、もっと痩せる事が出来たかも知れません」
等と試とニルナが話している横で、他の参加者達は思い思いに準備を進める。
「そう言えば、ツンさん。私、貴女の名前を考えてきたのですが如何でしょう? 嫌でなければ、ですが‥‥」
近くを通り掛ったツンたんを掴まえるや、そう前置きして『リリア』と言う案を出すニルナ。
「あ、実は僕も考えて来たんですよ〜」
そう言うソフィアからは、『レモン』と言う案が出てきた。
すると、何処からか湧いてきたウルティムが。
「それじゃあ、ツンたんの新しい呼び名は『レモン』たんで決定かな? 二人合わせて『ヨーグルト姉妹』って言う事でふぎゅるぶっ!?」
「誰が姉妹ですかっ(すか〜)!!」
ヨーグルト姉妹(決定らしい)のコンビネーション攻撃によって、床に沈没するウルティム。
‥‥それにしても、何故彼女達は本名を名乗らないのだろうか‥‥?
そんなこんなで、各自が衣装や化粧等の準備も終え、飲み物を持ってパーティー会場に集まる中、その中心に立つのは主催者であるアシュレー。
伊達眼鏡としっかり着こなされた礼服によって大人の男性といった雰囲気を醸し出す彼は、余興とばかりに取り出したカードによる簡単な手品を披露し。
「えー皆さん、今回は新年会に御集まり下さいまして真にありがとうございます‥‥と、堅苦しい挨拶はこれぐらいにして、今日は皆楽しんでいってね〜♪」
と、簡潔に挨拶を済ませる。
そして。
「A Happy New Year!!」
声と共に、缶やグラスをぶつけ合う乾いた音が響き渡った。
●ダンスパーティー
会場内に響くのは、リズムのはっきりしたポピュラーな曲。達人級の技能を持つアシュレーの竪琴の音色をベースに、ルエラはコーラスを、そしてウェリスやミルク(毒入り)が横笛を奏で、それに合わせて参加者達はダンスを踊る。
「お嬢さん、僕と一緒に踊って頂けますか?」
そう言って、レモンに手を差し出すのはブロンドの紳士――もとい、男性用礼服に身を包んで髪をオールバックにし、男装したニルナだ。
妙に違和感が無いのは、やはり元が良いからだろうか。
「で、でも私ダンスなんて‥‥」
対するレモンはと言うと、ニルナに貸して貰ったアフタヌーンドレスにフレイの首飾り、そして水晶のティアラに身を包み、小柄ながらも立派な淑女と言った様相をしている。本来ニルナはそれを彼女にプレゼントするつもりで提供していたのだが、流石に申し訳ないと言う事で借りるだけに留まっているのだ。
「大丈夫、僕がリードして差し上げますよ」
にこりと微笑んでレモンの手を取ると、曲に合わせて軽やかにステップを踏み始めるニルナ。
レモンはそれについていこうと必死だが、やはりぎこちない。
それは彼女に限った事ではなく‥‥この場に居る者の殆どが、ダンスに関して初心者同然であった。
故に、心得のあるウルティムはやたらに目立っていたりするのだ。勿論、良い意味で。
彼のパートナーを務めるメイベルも、新年会の準備がてら練習をしていた事もあり、多少は踊れているのだが‥‥。
「おっと、危ない」
足を踏み外してバランスを崩した彼女の身体を、すっと抱き留め支えるウルティム。すると、メイベルは少し頬を赤く染め。
「あ、ありがとうですの‥‥」
「良いの良いの。スリーピングビューティーで激萌えなメイベルたんに、怪我なんかして欲しく無いもん♪ ハァハァ」
台無しだ。
一方。
「足踏む危険が大ですが‥‥良いんですか?」
「そんな事気にしなくて良い。折角練習したのだから、踊らなければ損だろう?」
そう言って、レインの手を引くのは身嗜みを整えたアルジャン。
この二人もメイベル同様に手伝いの合間を縫ってダンスの練習をしていたのだ。加えて、リードするアルジャンに元々心得があったという事もあってか、このペアはいざ踊ってみると、かなり様になった動きをしていた。
レインの身を包むブラウライネとミスティックショールがキラキラと光沢を帯びながら舞う様は、気が付けば周囲の視線を集めていたりして。
「まあ、足なら練習の時にも散々踏まれた‥‥うぐっ!?」
「ああっ!? ごめんなさいごめんなさいっ!!」
故に緊張したのか、相当な勢いでアルジャンの足を踏んでしまった。
そんな二人を見ながら、苦笑を浮かべるのはアシュレー。
「まあ、形式は気にせずに楽しめれば良いんだよね。と言う訳で、俺も踊ろうかな。ルエラ、パートナーになってくれない?」
「えっ? あ、はい‥‥私で良ければ」
そう言って立ち上がるルエラは、何気に参加者の中で一番気合の入った格好をしている。言うならば『完全武装』。ハイヒールまで履いて居るので、足を踏まれでもしたら洒落にならなそうだ。
ところが、実際に踊ってみると、ルエラはウルティムに負けずとも劣らない様な優雅な動きを見せた。
対してアシュレーも、その身軽さを駆使したステップで、淀みなくルエラをリードする。何気に、最も見栄えの良いペアかも知れない。
「あれ? シエラさん、踊らないのか?」
声を掛けるのは試。ウルティムのダイエットに協力する最中、彼に招待されたシエラも、このパーティーに参加していたのだが‥‥先程から輪の外側で黙々と皆のダンスを眺めている、言わば『壁の花』になっていた。
「ん? ああ、どうも舞踏と言うのは苦手でな」
恥ずかしげに言うシエラ。とは言え、誘った本人としては、このまま放って置くのも気が引けたらしく。
「だったら、俺と踊らないか?」
「え?」
彼の誘いに、シエラは目を見開く。
「と言っても、俺も余り自信は無いのだが‥‥。迷惑でなければ‥‥」
少し俯きながら言う試に。
「ああ、私で良ければ。ただし、足を踏まないと言う保証は無いぞ?」
シエラは笑みをこぼしながら言って、試を引っ張る様に会場の中心へと躍り出ていった。
「ふふ、今夜の貴女は特に素敵ですね‥‥」
「ニルナ様ぁ‥‥んっ」
――いつの間にか姿を消している二人に、今は気付く者は無く。
●阿鼻叫喚の王様遊戯
ダンスパーティーも一先ずの纏りを見せ、その後は思い思いに食事を楽しむ一同。
店で取り扱っている菓子類やハーブティーの他にも、ホットケーキやクリスマスプディング、ミンスパイ、ジュースにビール、ワイン等、冒険者達が用意した物は様々で、誰しもがその種類の多さに目移りしていた。
「ふふ、折角のお祝い事です‥‥食べないと損ですよね」
言いながら片っ端から優雅に平らげていくのは、女性の姿に戻ったニルナ。先刻姿が見えなかったのは着換えの為だと言い張る彼女に、べったりとレモンがくっ付いて居るのはご愛嬌。ちなみに、『剣士の守り』と言う名のメダルを、レモンは終始大事そうに首から提げていた。
「ミートパイの他に、ソフィアや試が用意した新巻鮭を使ってサーモンパイ等も作ってみたのだが‥‥」
「ええ、とても美味しいです。ワインにも合うし、新しいメニューに‥‥」
ソフィアの用意した高級ワインを片手に、アルジャンの料理を摘むのはルエラ。
しかし、酒類を取り扱っていないミスティ・フォルトレスにおいては、ワインと合う料理を並べても需要があるかどうかは分からない。どうやら、多少酔いが回って来ている様子だ。
「アルジャンさんのお料理はいつも美味しいですね〜。 あ、ルエラさんもどうぞもう一杯♪」
酌をしながらあちこち回るのは、現役酒場店員にしてウェイトレス・エースのソフィア。ルエラが酩酊状態なのも、彼女のせいでもあったり。
「って、アシュレーさん何処見てるんですか!?」
横の視線を感じ、チャイナドレスの開きかけたスリットをササッと直すソフィア。するとアシュレーは、慌てて携帯電話を仕舞う。
「そんなアシュレーさんには、もう一杯注いじゃいます!!」
そう言って、彼のグラスに否応無くワインを注いでいく。そんな集中攻撃を、先程からずっと受け続けて居るのだが‥‥それでも酔った様子を見せないアシュレーに、ソフィアは地団駄を踏んでいた。
「うぅ〜、アシュレーさんがそんなにお酒強かったなんて‥‥。僕の方が先に酔って来ちゃいましたよ〜」
言いながら立ち上がり、フラフラと覚束無い足取りで店の奥へと消えていく。それを認めると――アシュレーは、口に含んでいた酒を隠し持っていた布に吐き出した。
「ふぅ。流石に主催者である俺が、まだ潰れる訳にはいかないからね‥‥」
言いながら、こっそりと厨房の桶に布を絞る。ホスト御用達のイカサマである。
「さて、それじゃあそろそろ王様ゲームを始めようか?」
事前に用意しておいた棒を手に、声を張り上げるアシュレー。
皆の注目が彼に集まる中。
「王様ゲーム‥‥。耳慣れない言葉ですが、何か不吉な予感が‥‥」
冷汗を流しながら、ぼそりと呟くルエラ。
彼女だけでなく、他何名か首を傾げているので、仕方ないとばかりに試は立ち上がる。
「王様ゲームと言うのは‥‥まず、アシュレーさんの持っている棒を、皆が引くんだ。その中には王様と書かれた物が一本だけ入っていて、他の物には番号が振られている。王様を引き当てた人は番号を指定して、好きな命令(拒否不可)をする事が出来るという‥‥まあ、宴会向けの遊びだな」
彼の簡単な説明に、それでも分かった様な分からない様な顔をする者‥‥と、何やら恥ずかしげに顔を伏せているのはレイン。
「まあ、取り合えずやってみようよ。それじゃあ、くじ持ちは‥‥」
‥‥ここで、誰に視線が集まったかは、割愛させて頂く事にして。(しくしく)
と言う訳で、一回目のくじ引き。
「あ、メイベル王様ですの!」
満面の笑みで、『王様』と書かれた棒を掲げるメイベル。だが、いざ命令するとなると何を言えば良いものか分からないらしく‥‥悩んだ末に出てきた言葉は。
「それじゃあ、5番の人はミスティ・フォルトレスの制服(女性用)を着て、王様と1番の人にお茶を入れて下さいですの♪」
「5番って‥‥お、俺っ!?」
声の上がった方に視線を向けると、その先に居たのは‥‥アシュレーだった。
仕方なく、彼が店の奥に姿を消してから数分後。あろう事か、メイク技術で完璧なメイドさんとなって現われたアシュレーは。
「お茶で御座います、王様」
声色まで女性の物に変えて、メイベルとウルティム(1番)にハーブティーを振舞った。
「ダメだ、萌えちゃダメだ、アレはアシュレー君なんだ‥‥」
頭を押さえながらブンブンと首を振るウルティム。
ともあれ、これでこのゲームが如何に恐ろしいものかを悟った一同。次のくじ引きの際には、誰しもが真剣な表情でもって望んでいた。
「ふん、私が王様か」
足を組みながら言うのは、先程着替えに行って戻って来て以来、目が据わっているソフィア。
「では、2、5、9番の者はお酒を一気飲みして貰おうか!」
指定されたのは‥‥ルエラ、ミルク(毒入り)、ウェリスの三名だった。
「うっ‥‥こんな時に‥‥」「あら〜、私もですか〜?」「ま、参ったのですな‥‥」
ともあれ、周囲の掛け声と共に、それぞれがグラスに口を付ける。
真っ先に飲み終えたのはミルク(毒入り)だった。しかも、全く酔った様子を見せず‥‥。
次いで、ルエラも何とか飲み終える。
「うぐ‥‥バッカスの指輪を着けていても、辛いものが‥‥」
目を回しながら蹲る彼女の横で――びちゃっと赤い飛沫が立った。
「こぼしたなウェリス!! お仕置きだ!!」
言いながら、二の足を踏むウェリスを蹴倒し、銀のトレイを構えるソフィア。
「こんな所で朽ち果てる己の運命を呪うがいい!」
バッチイィィン――!!
「そ、それじゃあ3回戦といこうか」
女王ソフィアの電撃トレイによって完全に再起不能となったウェリスを介抱し、戻って来たメイドアシュレーが言った。高笑いするソフィアを横目に、誰しもが緊張に胸を高鳴らせ、手に汗を握ってくじを引く。
「おや、俺が王様だね。それじゃあ、2番と6番はそこのアップルスティックパイを、同時に端から食べて行って貰おうかな♪」
「えっ、それってまさかラブラブポ(規制)‥‥」
「‥‥と言うか、そ、それはつまり僕とレインでキスをしろと、遠回しに言っているのか‥‥?」
ニヤリ、とアシュレーが口元を歪ませる。だが、この命令は周囲の弾圧により、結局却下されるのであった。
「それじゃあ、代わりに‥‥1番から11番の人達は、しっかりと声を揃えて貰おうかな?」
そう言って、アシュレーが周りの皆に目配せをすると――。
『試さん、ルエラさん、お誕生日おめでとう!!』
パーティー会場が祝福の言葉で満ち溢れ、対して二人は驚きの余り目を見開いた。
正確には試の誕生日は既に過ぎており、ルエラはこの新年会の1日後なのだが‥‥時期が近いので、折角だから一緒に祝ってしまおうと言う事になっていたのだ。
メイベルの作った造花の花束が渡され、二人は感動に浸る――間も無く、再開される王様ゲーム。
「おっ、俺が王様か。それじゃあ8番と2番は、ビ(ギルドにより規制)を1セット!」
「わ、私こんな恥ずかしい踊り出来ませんよ〜!」
「か、悲しいけど、もう身体が覚えちゃってるんだよね、この動き‥‥」
対象者はレインとウルティム。試自らが手本を示しながらのエクササイズに、会場内は笑いの渦に呑み込まれた。
「今度は私が王様ですね。それでは‥‥2が王様にあーんでモノを食べさせる」
「あ、2はメイベルですの。じゃあ、はいニルナさん? あ〜ん♪」
「ダメーっ!! ニルナ様には私が食べさせて差し上げるんだからぁっ!!」
レモンが半狂乱になりながらメイベルに飛び掛り、ミルク(毒入り)に撃沈させられる。
ある意味お約束な光景だ。
「ふう、僕が王様か。それじゃあ、5番と7番は3番を何かしら誉めるべし」
「痩へたウルリムひゃますれき(素敵)れす〜! 前とくらべはら美女と珍獣れすよ〜!」
「更に出来る様になったな、珍獣!!」
対象者は先程の一気飲みで泥酔状態のルエラと、未だ女王状態のソフィア。とは言え、余りに微妙な褒め方をされ、ウルティムは複雑な表情をしていた。
「今度は私ですか。では、7番と4番で衣装をチェンジして下さい」
「7番‥‥わ、私か? それで、4番は‥‥」
「あ、俺だね♪」
と言う訳で、レインの命令によってメイドアシュレーとシエラが衣装チェンジ。だが、胸元の開いたドレスに身を包む事になったアシュレーよりも、メイド服を着るシエラの方が、余程恥ずかしそうな表情をしていたりして。
そんなこんなで、大いに盛り上がった(?)王様ゲームも明け方が近付くと自然に幕を閉じ、その頃には参加者のほとんどが寝息を立てて居た。
そんな中、あちこちに散らばった棒を回収するアシュレーは。
「イカサマは、分からなければイカサマではないのだよね‥‥」
と呟きながら、『王様』と書かれた棒に刻まれた小さな傷を、指先でそっと撫でていた。
●祭りの後
二日酔いの為動けない者達以外で後片付けをし、パーティー会場が元の喫茶店の姿に戻る頃には、辺りは既に暗くなりかけていた。
未だに顔色の悪いウェリスに土産としてハーブティーを渡され、店を後にする一同。
「それにしても、たまにはこう言った形で騒ぐのも良いものだね。また機会があったら、催したいな」
「でも、王様ゲームはもうこりごりですけどね」
冬空に、乾いた笑い声が響く。そして、先頭を歩くアシュレーはふと皆の方を振り返り。
「それじゃあ、改めて。今年も宜しく!」