花売りの憂鬱
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:深洋結城
対応レベル:8〜14lv
難易度:易しい
成功報酬:2 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月05日〜11月09日
リプレイ公開日:2007年11月08日
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●オープニング
ウィルの一介に、レミィ・ブラッサムと言う名の花売り娘が居る。
彼女は、その可憐な容姿と、庶民ながらにも優雅な振る舞いから、知る人ぞ知る花売りのマドンナと謳われていた。
そんなレミィに交際を申し込む男性は数知れないが、彼女には幼い頃から心に決めている人物が居た為、そのいずれにも応じる事は無かった。
その人物とは、カロッゾ・ピータルという名の鍛冶屋の青年である。
彼は物腰が柔らかで優しく、そして何よりも努力家で、最近ではその鍛冶の腕前を買われて数多くの騎士達の支持を集めている、先行き有望な青年だ。
そんな二人が休日に並んで歩く姿は誰の目から見てもお似合いで、このまま二人はその天命を全うするまで添い遂げるのであろうと、疑う者は居なかった。
――そう、この依頼がギルドに張り出されるまでは。
それは、ある日の昼下がりの事。
ランチタイム後特有の長閑な時間が流れていた冒険者ギルドに、突然泣きじゃくるレミィが訪れたのだ。
誰しもが何事かと目を丸くする中、あくまで冷静に応対するのは、ギルドのカウンターを預かる受付係。
「落ち着いて下さい。 何故泣いているのですか?」
しかし、余程の事があったのだろう‥‥レミィが落ち着きを取り戻すまでには、それからかなりの時間を要した。
それでもまだ涙が止まらないと言った感じで、彼女はしきりにしゃくり上げながら、ようやく口を開く。
「ひっく‥‥も、申し訳ありません‥‥。 私、何が何だか、ひっく‥‥分からなくなって‥‥」
その言葉には、いつもの明るい雰囲気は影も無く‥‥事情を尋ねる受付係の顔にも、自然と真剣な表情が浮かぶ。
「何があったんですか?」
「ひっく、彼が‥‥幼馴染のカロッゾが‥‥」
話の内容は、こうだった。
この日もいつもの様に、カロッゾと一緒に街の中を散歩する約束をしていたレミィ。
だが、待ち合わせの時から、どうも彼の様子がおかしかったらしい。
まずは時間に正確な筈の彼が大幅に遅刻してきた事に始まり‥‥それから一緒に歩いている間も常に眉間に皺を寄せていて、レミィが話しかければ適当に相槌を打つか聞き流すが、その一点張り。
一体何があったのかは分からないが、きっと機嫌が悪いだけなのだろう。レミィはそう自分に言い聞かせながら、気まずいながらもカロッゾと一緒の時間を過ごしていた。
ところが‥‥。
「もう、やめにしないか?」
カロッゾが突然言い出したのは、昼食をどこで食べようか相談している時。最初レミィは何を言われているのか分からず、立ち竦むばかりだったが‥‥。
「いい加減、迷惑なんだ。 こうやって、並んで歩いたり、話し掛けられたりするの。周りから変な目で見られるだろ?」
カロッゾの一言一言は、レミィの心を深く深く抉って行く。まるで窒息しそうな感覚に囚われながら、やっとの思いで彼女は口を開く。
「ど‥‥どうしたの、カロ君? 何か‥‥私、何か怒らせる様な事した‥‥?」
だがしかし、カロッゾは問い掛けにも答えず、脇を見ながら頭を掻くばかり。それでも、レミィは必死に続ける。
「一緒に居ると迷惑って‥‥も、もしかして、カロ君好きな人が出来たの? それで、私が一緒に歩いてたら、その人に勘違いされちゃうって事? そ、それだったら……」
「ああもう、うるせぇな! お前には関係ねぇだろ!!」
生まれて初めて聞く彼の怒声に、思わず竦み上がるレミィ。周囲の通行人達も、何事かと足を止める。
「ともかく、もうお前と関わるのは一切御免だ。 金輪際、俺に話し掛けるんじゃねぇぞ。分かったな?」
そう良い残し、カロッゾは足早に立ち去ってしまった。その背中を呆然と見送りながらレミィは‥‥その後は良く覚えていないものの、気が付くとギルドに向かって足が動いていたのだと言う。
彼女の話を終始真剣な面持ちで聞いていた受付係。
対して話しながらすっかり泣き止んでいたレミィは、少し恥ずかしそうに顔を伏せていた。
そのまましばらく続いた沈黙‥‥それを破ったのは、受付係が羊皮紙を捌く音だった。
「大体の事情は分かりました。では、依頼として承りますが‥‥一先ずの目的は、カロッゾ君の豹変の理由の調査、と言う事で宜しいでしょうか?」
受付係の言葉に、レミィは静かに首を縦に振る。
「はい‥‥。カロ君はきっと、何か重大な隠し事をしているんだと思います‥‥。差し出がましいかもしれませんが、それが一体何なのか‥‥それだけでも知りたいんです。あ、でも私、皆様に報いる程のお金が‥‥」
少し言いにくそうに言葉を濁すレミィ。そんな彼女に、受付係は顔を上げて精一杯の笑顔を見せた。
「いえ、報酬などは気持ち程度で結構ですよ。 冒険者は、金だけの為に動く者ばかりではないのですから。では、正式に依頼を受理致しましょう」
レミィは、しきりに「ありがとうございます」と頭を下げる。
かくして、花売り娘の儚い願いは、依頼としてギルドに張り出される事となった。
その頃、ウィルの一角の工房で、鍛冶台に向かって槌を振るう一人の青年が居た。
鍛冶とは、槌の一振りにも繊細な技術と力加減を要するもの‥‥にも関わらず、彼の振るうそれはまるっきり力任せで、まるで何かを振り切るかのようなものだ。
――ガイィン!
次の瞬間、手からすっぽ抜けた槌は正面の鎧に当たり、けたたましい音を立てた。
驚いた表情を浮かべながら、槌を持っていた自分の左手に目を落とす青年。
「‥‥レミィ‥‥」
思わず口から出たのは、自分の想い人の名‥‥。
青年は、意思とは関係なく小刻みに震える自分手指を見詰めながら、涙を流す。
もう二度と、この手に触れる事さえも叶わないであろう彼女‥‥その可憐な笑顔を濁してしまった自身の運命を、心底悔やみながら。
●リプレイ本文
●花売りの不安
「にしても不自然極まる唐突な話だな。よほど切羽詰ってたか?」
そう言って腕を組むのは陸奥勇人(ea3329)。彼の言葉に同意する様に、炎龍寺真志亜(eb5953)も首を縦に振る。
「うむ、男が好きな女と別れる時には大抵、訳ありじゃな。あたいは犯罪が関わっているかと言った線で、調べていくかのぅ」
「えっ、カロ君が犯罪に‥‥!?」
真志亜だけでなく、ここに集まった冒険者達全員が、外部からの理不尽な圧力が原因なのではないかと考えていたのだが‥‥レミィにとってそれは、衝撃的な事だったらしい。
胸元で手を組みながら青ざめる彼女の様子を見兼ねたディーネ・ノート(ea1542)は、その肩をぽむぽむと叩く。
「大丈夫。カロッゾさんはちょっと虫の居所が悪かっただけよ。だから安心して♪」
「犯罪がどうかはともかく、人には色々な愛の形があると思います。心配しないでください」
優しく嗜める淋麗(ea7509)の言葉に頷くレミィの顔は、それでも青い。
彼女をこのまま放っては置けないと思った富島香織(eb4410)は、調査がてらその心のケアを引き受ける事にした。
ちなみに、先刻から一人、ミミクリーによって人間サイズの鳥や犬に変身しながら試行錯誤している白銀麗(ea8147)を、勇人は生暖かい目で見据えていた。
●手掛かりは『騎士」
ディーネと勇人の二人はカロッゾの仕事仲間に、加藤瑠璃(eb4288)と真志亜は彼の客に重きを置いて、それぞれ聞き込みに当たる事になった。
「カロッゾ? ああ、よく知ってるぜ。あいつのドワーフの名工直伝の技は、俺らにゃとても真似できたもんじゃねえからな」
「そのくせ鼻に掛けた訳でもなく、大きな仕事を終えた後にゃ、酒を奢ったりもするんだぜ? まったく、あいつにゃ頭が上がらねえ」
ガハハと豪快な笑い声を上げるのは、酒場の卓を囲んだ鍛冶仲間の男達。彼らの話からは、豹変の理由を窺い知る事は出来ないが‥‥。
「少なくとも借金をしてたり、金に困ってた訳じゃ無さそうだな」
確認する様にディーネに言う勇人。何かを奢るのは、懐が肥えている者の特権である。
「それじゃあ、最近の彼の身辺で、何か変わった事は無かったかしら?」
ディーネの質問に、頭を抱える男達。
「そう言やぁ‥‥」
「彼が鍛冶屋をお休み‥‥ですか?」
卓を挟んだ鎧騎士の言葉を、繰り返す様に問う瑠璃。
「ああ。ここ一週間ぐらいであったか? 今はもう再開している様だが」
「その予兆などはあったのかえ?」
縫い包みを抱え身を乗り出す真志亜の問い掛けに、騎士は腕を組む。
「そう言えば、とある騎士から大きな仕事を承ったと言って、しばらく注文を受け付けていなかったな。休業したのは、丁度その直後だったか‥‥」
瑠璃と真志亜は互いに顔を見合わせると、大きく頷いた。
「色々とありがと♪ それで一杯ひっかけて」
指をぱちんと鳴らしながら、銀貨を3枚酒場の卓に置くディーネ。そんな彼女を促す様に、先を行く勇人は言った。
「恐らくは、その大きな仕事を持って来た騎士が何か知っている筈‥‥早速割り出すぞ!」
●鍛冶屋の憂鬱
一方、香織はレミィと共に、カロッゾが彼女を突き放した現場へと訪れていた。
「この辺で間違いないですか?」
多くの人で賑わう路地、その中央で向き返りながら尋ねる香織に、相変わらず青い顔のレミィは力無く頷いた。
やはり先程の事が、彼女の不安を煽ってしまったのだろう。レミィはしきりに自身の身体を、庇う様に抱いている。
そんな彼女の手に、香織はそっと自分の手を重ねた。
「大丈夫です。きっとカロッゾさんは、他の何か止むを得ない理由があったんです。それを今から調べますから、安心なさって下さい」
貴女には笑顔の方が似合ってます。言いながら、自身も明るい笑顔を作って見せる。
そんな気遣いが功を奏したのか、僅かに表情を緩ませたレミィは‥‥香織がパーストで例の場面を垣間見ている間も、冷静にその様子を見守っている事が出来た。
やがて、月魔法による過去視を終えて顔を上げた香織は――満面の笑みを浮かべて見せた。
●心理戦
仲間達が調査を進める中、カロッゾの工房を訪ねていた麗、銀麗、本多風露(ea8650)の三人はと言うと‥‥。
「魂たる剣を預ける者に邪念がある様な事など、あってはなりません。もし貴方に何か邪念がおありなら、それだけの為に全てを失う事になっても‥‥」
「‥‥これでも、私の心に邪念があると仰りますか?」
差し出された刀は、しっかりと打ち込まれ、刃は研ぎ澄まされ、まるで新品かそれ以上の状態で持ち主の風露の手元に戻って来る。
仕事で潔白を語っている。そんな彼に発破を掛けた風露も、口を紡がざるを得なかった。
「大した腕ですね。それ程の職人でありながら、何を思い悩んでいるのですか?」
それでも尚尋ねるのは麗。そんな彼女を、カロッゾも不本意そうな眼差しで見つめる。
「‥‥どういう意味でしょう?」
刀の手入れは引き受けてくれたものの、麗が出会い頭にレミィの名を出した時から、彼はずっとこの調子だ。とは言え、それでも説き伏せる自信があっての事だけれども。
「申し上げた通りです。お仕事は完璧でも、その沈んだお顔を見れば分かります。後ろめたい事がないのでしたら、少しお話しても問題はないのではないですか?」
口ごもるカロッゾ。やはり、何か隠している事があるのだろう、表情には焦りの色が浮かんでいる。
その瞬間銀麗の身体が光ったのは、幸いにも気付かれなかった様だ。
「例えば、借金をなさっているとか、権力者に脅されているとか‥‥」
あと一息とばかりに、自分達の推測を述べる麗。だがしかし、それらは全て見当違いな様で‥‥例を挙げる毎に、カロッゾの表情には安堵の色が浮かぶ。
「はは、そんな人聞きの悪い。ヒュージドラゴンに誓っても、私にそう言った事情はありませんよ」
「ですが、何かあるのは事実の様ですね。それも外部ではなく、貴方自身に‥‥」
唐突な銀麗の言葉に、硬直するカロッゾ。
先程彼女の身体が光ったのは、ある魔法を発動した為だった。リードシンキング。本来ならば最後の手段にと考えていたのだが、余りに頑なな彼の様子を見て強行策に出たのだ。
そして、銀麗が読み取った思考は‥‥。
「‥‥出て行って下さい」
俯いたまま呟き、ふらふらと腰を上げる彼を。
「待ってください!」
「カロッゾさん!」
風露と銀麗が止めたものの、その姿は既に工房の奥へと消えてしまっていた。
●繋がった想い
その翌日。
冒険者達は各々集めた断片‥‥それらを繋ぎ合わせて形を成した『事実』を胸に、レミィを連れて再びカロッゾの工房へと赴いた。
漸く掴んだそれは、へち潰せば丸く収まる様なものではなく‥‥もっと切なく、そして抗えざる問題。
「ごめんなさい。勝手に身辺を探っちゃって」
開口一番、そう言って頭を下げるディーネ。
だが、カロッゾは焦点の合わない虚ろな眼を泳がせるばかり。
「それで分かったんだが‥‥おまえ、不治の病を抱えているんだってな?」
構わず続けた勇人の言葉に‥‥カロッゾは観念した様に頷いた。
彼の抱える問題、それはいつ消えるとも知れぬ命の灯火。
仕事中に倒れた彼の身を案じた騎士の顧客、その知人である天界人の医師により告知された病は――天界の医療技術をもってしても、延命すら難しいものだったのだ。
「ひとつだけ聞いても良いかしら?」
口を開くのは、瑠璃。
「病の事を知ったのは良いとして、どうしてレミィさんにあんな事を言ったの?」
カロッゾは俯き、静かに答える。
「‥‥分かるでしょう? 俺にはレミィを幸せにする事が出来ない、だから‥‥」
「それは‥‥違います!! 貴方にしか、彼女を幸せに出来ません!!」
思わず声を張り上げる銀麗。そして、香織も後に続く。
「確かに、遺される者の悲しみは計り知れません。ですが、もっとレミィさんを信用してください。カロッゾさんは配慮のつもりだったかもしれませんが、彼女を苦しめただけですよ」
「‥‥仰る通りです。でも、俺にはどうしたら良いか分からなくて‥‥」
うな垂れるカロッゾを見下す様に、今度は真志亜が口を開く。
「それは、あんたが未熟だからじゃ。他の何のせいでもない」
そして、歩み出るのは麗。
「彼女にとっての幸せって何か、分かりませんか? 何より貴方と居る時が幸せなのです。今の貴方はレミィさんを不幸にしているんですよ?」
「そうです。先が長くないのなら尚更、少しでも多くの思い出を残す‥‥それが、レミィさんの為に出来る、最善の行為です」
風露の想いが紡がれると、工房に訪れたのは静寂。
やがてゆっくりと上げられるカロッゾの顔。それは、彼らの間を縫って歩み出るレミィに向けられ。
「カロ君、私‥‥」
「‥‥何も言うな。皆の言う通りだ、俺が悪かった‥‥ゴメン、な‥‥」
涙を流しながら、しっかりと抱き合う二人。
そんな彼らを思い思いに見守る冒険者達。その中で。
「‥‥百年以上も片思い中の私には、偉そうな事は言えませんね」
自嘲気味に笑う、麗の姿があった。
●そして――
冒険者ギルドにシフール便が舞い込んで来たのは、それから数日後。
手には、レミィからの手紙。あれからカロッゾを一緒になって看病してくれた顧客の騎士に、代筆して貰ったらしい。
内容は――カロッゾの逝去を報せる物であった。
しかし、その文面に未練や憂いは見受けられず‥‥むしろ、その後二人で過ごした短くも幸せな日々の事が、延々と書き綴られていた。
そして――。
『カロ君は、最後の瞬間まで幸せそうな顔をしていました。二人の幸せを取り戻してくれた事‥‥心から、感謝しております。本当に、どうもありがとう御座いました。――レミィ・ピータル』
表情を綻ばせながら手紙を読む受付係の傍らでは、彼女にお礼にと貰ったラベンダーウォーターの小瓶が、光を受けて輝いていた。