謡い手の不思議な棒

■ショートシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月20日〜02月24日

リプレイ公開日:2008年02月26日

●オープニング

 ここ最近、ウィルの街中で密かに注目を集めている謡い手が居る。
 彼女の名はクミ・エスタ。
 その何とも不思議な形に彫り出された木の棒を両手に持ち、振りを付けながら謡うと言う独特のスタイルは、始めたばかりの頃こそ奇異の眼差しを集めるばかりであったが‥‥。
 持ち前の可愛いらしい容姿と歌声が幸いしたらしく、『一部』の者達の熱狂的な支持を集めた事をきっかけに段々と名が知られる様になり、最近に至っては酒場と言う酒場から引っ張りだこなのだとか。

 ところが――。
「こないだ謡ってる最中に、棒が一本折れちゃったんです! 小さな頃からずっと使ってる物だから、きっと古くなって‥‥!」
 見るからに慌てた様子で冒険者ギルドの受付係に事情を説明するクミ。その折れた棒を見せて貰うと、砕ける様に中折れしていて、とてもではないが修復は無理そうな状態になっていた。
 と言う訳で彼女は、冒険者に依頼して棒の替えを作って貰おうとしているらしい‥‥のだが。
「えーと、その、申し上げ難いのですが‥‥謡うのにどうしても棒が必要なのでしょうか?」
 すると、クミは憤りの表情を前面に浮かべ‥‥たかと思うと、直ぐに萎み。
「べ、別にどうしても必要って言う訳じゃ無いんですけど‥‥無いと落ち着かないと言うか、気が引き締まらないと言うか‥‥」
 俯きながらの彼女の答えに、そんなものなのだろうかと首を傾げる受付係。
「それに、この棒はちょっとだけ特別な物なんです。ウィルから歩いて1日くらいの場所に大きな木があって‥‥その一番高い枝から削りだした物なんです」
 何でも小高い丘の上に一本だけ生えていて、見れば直ぐにこれと分かる程に大きな木なのだそうだ。
 まあ、彼女が何故冒険者に依頼しようと考えたのか、何とはなしに察しが付いた受付係は。
「分かりました。それでは、新しい棒の作成のお手伝いと言う事で、依頼を受理致しましょう」

 かくして、新たな依頼がギルドに張り出される事となった。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1466 倉城 響(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 eb4097 時雨 蒼威(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb7898 ティス・カマーラ(38歳・♂・ウィザード・パラ・メイの国)

●リプレイ本文

●男爵は可愛い娘が‥‥?
「では、私の馬へどうぞ」
 戦闘馬の闇凪に跨りながら、クミの手を取り微笑むのは時雨蒼威(eb4097)。
 だがしかし、顔を俯けながら戸惑っている彼女の様子を窺うと。
「‥‥ああ、何でしたら私は下りて馬を引きますが」
「い、いえっ! 大丈夫ですっ!」
 闇凪から降りようとしている蒼威を引き止め、促されるまま彼の前に跨るクミ。
 その後目的の場所に辿り着くまで、彼女は幾度と無く漂って来るラベンダーの香りに酔う様な感覚に陥りながら、顔を赤らめ俯いていた。
 ‥‥とは言え、蒼威からしてみれば「綺麗好きで善良な男爵の基本スタイルと営業スマイルですが、何か?」だそうだ。
 そんな二人の様子を苦笑しながら見据え、足を進めるのは他の冒険者達。その中のアシュレー・ウォルサム(ea0244)は、しきりにクミに目を向けながら。
「うーん、なんだろう。彼女を見てると何か言いたくなるような‥‥。でもそれ言うといろんな意味でまずいことになりそうな‥‥」
 そう言って、何やら考え込んでいた。そんな彼の横に並ぶのはティス・カマーラ(eb7898)。
「‥‥言っちゃだめだよ、アシュレーさん。間違っても『不思議な棒って実はネギの事なんじゃないか』なんて‥‥」
 言っている、言ってしまっている。
「しかし‥‥君を見て一目で判ったがファンが多いのも納得」
 修正寸前の彼等二人と、そのやり取りに首を傾げるシルバー・ストーム(ea3651)から視線を外しながら、前に居るクミに語り掛ける蒼威。
 かと思うと、彼は僅かに顔を俯け。
(「一部の熱狂的な支持は‥‥奴が絶対混じってるな。容易に想像が付くのが、呆れを通り越して悲しい‥‥」)
 眉間に指を当てながら溜息を吐く。そんな彼の様子に首を傾げるクミに対し。
「レディ、稀に観客の中に珍獣が混じる事があると思うが‥‥興奮させると飛び掛ってくるから、その場合はすぐに衛兵に通報を」
「ああ、大丈夫です。こないだネギ‥‥じゃなかった、棒で迎撃しておきましたから♪」
 ‥‥聞く所によると、その後間も無く棒は折れたらしい。
「ところで、そろそろご飯にしませんか?」
 いつの間にやら近くの日向に正座し、一同を手招きするのは倉城響(ea1466)。
 かくして、蒼威が事前に用意した食材を用いて作られた簡単な料理を囲い、冒険者達は昼食にありつくのであった。



●不思議な棒
 ウィルを発ってから一日。
 漸く冒険者達は、丘の上に聳える巨木の元へ辿り着いた。
「高い木の上で作業するのは大変でしょうが、やり易くする事は出来るかも知れませんね」
 シルバーは言いながら、プラントコントロールのスクロールを取り出す。
「仕事としては簡単だけど、それだけに怪我したりしない様、細心の注意を払わないとね」
 ティスもリトルフライの魔法の詠唱を終えると、ぐっと握り拳を作り気合を入れる。
「クミの『非常に簡潔かつ分かり易い説明』のお陰で、大体どんな枝が良いのか見当も付いたし‥‥それじゃあ始めますか」
 ちなみに、その『説明』と言うのは以下略。
 アシュレーはレビテーションのスクロールを広げ、3mの高さまで浮き上がるとすぐ傍にある枝に捕まり、クライミングブーツと技能を駆使してするすると木を登って行った。
「ふぅ、結構高いんだな。さてと、棒の素材となる枝は‥‥‥これが良いかな?」
 一言呟くとダガーofリターンを取り出し、枝を削り始めるアシュレー。
 彼の作業の助けとなる様に、シルバーもプラントコントロールをもって枝を動かしながら、落ちない様にその身体を支える。
 その様子を見上げながら、寒さの余りに思わず身震いするクミ。
 と、そこに。
「そんな薄着じゃ寒いでしょう? 良ければこれを」
 言いながら、自分の防寒服をクミの肩に掛ける蒼威。そして、自分は予備の防寒服を羽織った。
 ‥‥最初から予備をクミに貸せば良いのに、と言う指摘は野暮らしい。
 実際、防寒具に染み付いたラベンダーの香りと蒼威の残り香が、クミを多少メロメロ(死語)にしていたりする。
「‥‥こほん。はい、枝を採って来たよ」
 空中から降り立ったティスが、アシュレーから預けられた枝を蒼威に渡す。
 それを受け取るや蒼威は目付きが変わり、細工用具片手に早速棒の加工に取り掛かり始めた。
 ちなみに、その見本はもう一本の折れていない方の棒。この際だから両方新調してしまおうと言う事になり、その後も予備用の枝を運搬する為ティスは何度もアシュレーの居る場所と地上とを往復していた。

 取り合えず枝採りの作業が一段落し、アシュレーとティスが地上に降りて来ると、思い思いに草原に腰を下ろし歓談を始める一同。
「棒が出来上がるまでハーブティーでも‥‥って、しまった。お湯が無い‥‥」
 火を使おうにも周囲は見渡す限り草原なので躊躇われ‥‥泣く泣く、アシュレーはハーブティーを諦める事にした。
「そう言えば、クミさんはどの様な詩を謡うのですか?」
 シルバーの質問に、ふっと顔を上げるクミ。
「え〜っと、そうですね。私の場合は色々な人から聞いた話に音階を付けて、それを謡ってる感じです」
 特に冒険者の方の活躍は謡い易いし評判も良いんですよ、と付け加える彼女に。
「あ、それじゃあちょっとだけ詩のネタになりそうな、面白い話があるんだけど‥‥」
 そう切り出すティスが話したのは、メイに居ると言うカオスニアンの幼女『かおすにゃん』の事だった。
 字が良くわからなくて、カオスニアンを『かおすにゃん』と書いてしまうようなおっちょこちょいな娘だが、暴走すると結構暴れてたそうで‥‥。
 ティスも退治しようとしたものの、未だに決着が付いていないのだそうだ。
「こんなんでどう?」
 話を終えたティスの問い掛けに、クミは顔を上げ。
「そのネタ、頂きます!」
 満面の笑みで言うと、ティスもつられて笑みを浮かべた。
 と、そこに輪から離れ黙々と作業を続けていた蒼威が。
「やはり、緑と白に塗ったほうが良い?」
「是非お願いします」
 ――即答。
 色まで付けてしまえば、もはや彼女の棒は何処からどう見てもネギにしか見えず‥‥。
 こうして完成した物は、まるでネギにリボン等を飾り付けた様な何とも奇妙な逸品となっていた。



●くっみくみにしてやんよ?
 ――屋敷に踏み込んだ 勇敢な冒険者達。
 ――捕われの娘は王子の腕に。
 ――純朴エルフは空気を読んで。
 ――ころころ転がる珍獣を。
 ――くっみくみにしてやった♪

 出来上がった棒を手にするや、早速最近受けの良かったと言う詩をアシュレーの伴奏に乗せて披露するクミ。
「‥‥」
「‥‥」
 その内容に心当たりのあるシルバーと蒼威の二人は、思わず目を点にして‥‥。
「‥‥あの時の依頼が、こんな喜劇チックに語られて居ようとは‥‥」
「何とも‥‥微妙な気分だな‥‥」
 二人の様子を横目に見ながら、響とアシュレーの二人も苦笑いを浮かべる。
 ‥‥と言うか『くっみくみ』って何‥‥。(汗)

 やがて、クミが歌い終えると口を開くのはアシュレー。
「詩の内容は兎も角、良い声してるね。うーん、それにしても音楽はいいねえ。こんなにも心を豊かにしてくれるのだから」
「あはは、そうですよね。クミのお父さんも同じ事を言ってました」
「え? お父さん?」
 ティスが聞き返すと、クミはハッと目を瞬かせ、慌てて口を押さえた。‥‥どうやら、触れられたく無い事だったらしい。
「それにしても、謡い手の方はたくさんいますがクミさんの芸風は良く分からないですね‥‥」
 腕を組みながら言うのはシルバー。それはそうだろう、彼女は謡っている最中終始蟹股で、一瞬たりとも休む事無く不思議な棒(ネギにしか見えない)を激しく振り回して居たのだから。
 下手すれば、何処かの民族の豊穣祈願の舞踊に見られなくも無いかも知れない‥‥そんな雰囲気である。
 普通の感覚を持つ者であれば、この振り付けと詩の内容に首を傾げている所なのだが‥‥。
「そうですか? 賑やかで良いと思いますよ〜」
 さも普通に言ってのけるのは響。
 確かに芸術的観点から見れば大分問題がありそうだが、聞いている者を引き付け、虜にし、元気にさせる様な魔力を彼女の歌声は持っていた。
 それが、この芸風を多くの者達に受け入れさせた一番の要因であろう。
「まあでも、棒を持っていい感じに演奏されるなら、それが一番だと思うよ。それで聞いてる人が楽しめれば、言う事無いよね♪」
 ティスが言うと、クミは恥ずかしげに顔を俯ける。
「よし、それじゃあもう一曲行こうか。次はどんな雰囲気の演奏が良い?」
 アシュレーの言葉に、クミが答えようと口を開いた――次の瞬間。

「うおーーーーー!! クミたんのプライベートライブが聞けるなんて!! ウィルからこっそり尾行して来た甲斐があったよーーー!!」
「さあクミたん!! 次は是非とも『珍獣支援』をっ!!」
 突然に飛び出して来た、クミの追っ掛けらしき濃〜い二人組。
「「さあ、さあ、さあっ!!」」
 異様な威圧感を放ちながら、迫って来る彼等を。

「慎みなさいっ!!」
「謡い手に触らないで下さいっ!!」
 ――ドゴッ! ベキッ!!

 響による居合い抜き(峰打ち)とクミによるネギ(棒)二刀流の一閃が、交差を描く様に打ち据えた。
 きっとこれからも、クミの不思議な棒は振り付け道具でありながら護身用の武器として、彼女の身を護り続けていく事だろう。

 ――合掌。