あなたの面影に恋焦がれ

■ショートシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月18日〜03月23日

リプレイ公開日:2008年03月25日

●オープニング

 ――私は悩んでいた。
 幼い頃から共に時間を過ごして来た、幼馴染の彼。
 今まで隣に居るのが当たり前過ぎて、全く意識する事さえも無かった彼。
 そんな彼が騎士としての修行の為、地方の貴族の元に仕えるべくウィルを離れたのが三年前。
 その時に覚えた、埋め難い虚無感。そして気付いた、自分の本当の気持ち。
 そして一ヶ月前、彼が帰って来た。騎士として一段と逞しくなって。
 けれど、私は素直に喜ぶ事が出来なかった。
 何故なら‥‥彼は三年間仕えていた貴族の娘に見初められ、婚約をしてしまっていたからだ。
 彼が騎士になると言い出してから、いずれこうなる事は分かっていた。分かっていた筈なのに。
 私は泣いた。憤慨し、慟哭した。
 そして、気が付くと‥‥彼と顔を合わせる事が出来なくなってしまった――。


 ――僕は悩んでいた。
 幼い頃から共に時間を過ごして来た、幼馴染の彼女。
 小さい頃から勝気で高飛車で、素直じゃなくて‥‥でも、本当は凄く寂しがりやな彼女。
 そんな彼女を護りたいと言う一心で、僕は騎士になるべく修行に打ち込んできた。
 そして従騎士としての責務を負え、正式に騎士としての叙勲を受ける事が出来た。
 けれど、僕はウィルに帰るのが怖かった。
 何故なら‥‥僕が三年間使えた貴族、そのお嬢様と婚約を交わしていたからだ。
 恩義と建前、その鎖に縛られ本当の気持ちを殺さなければならなかった。彼女に対する想いを。
 僕は悩み、迷いながら、帰って来た。
 そして、気が付くと‥‥彼女は段々と僕から遠ざかってしまっていた――。



「‥‥何とも切ない詩ですね」
 謡い手クミ・エスタ。ギルドに来るなり「まずはこれを聞いて下さい」と切り出した彼女の詩に耳を済ませていた受付係が、終わりを見計らって呟く。
「はい。最近喜劇ばかりを謡っていたので、そろそろレパートリーを増やさなきゃと思いまして♪」
 にこやかに言いながら、先日冒険者に作って貰ったばかりの不思議な棒をゆらゆらと揺らすクミ。
「成程、日々精進と言う訳ですか。ところで、お聞き受けした所、今拝聴しましたのは詩の前半だけの様ですね。その後はどうなるのですか?」
 受付係が尋ねると、クミはばつの悪そうな表情を浮かべ。
「あ〜‥‥それが、分からないんですよね〜」
「‥‥はい?」
 彼女の言葉に、首を捻る受付係。
「ええと、つまりですね。この詩、実はまだ未完成なんです。と言うのも、この間ちょこっと御呼ばれしたアニス家って言う貴族宅のメイドさんから、『ルーベルお嬢様はお食事も喉を通らないご様子で』って感じの愚痴感覚で聞いたお話なので‥‥」
 何となく、話が掴めて来た受付係は。
「あの‥‥と言う事はもしかして、その詩は現在進行中の実話なのですか?」
「ええ、その通りです。それで、ここからが本題なんですけど‥‥」
 そう言うと、一つ息を吐き直して口を開くクミ。
「このまま放っておけば、待って居るのは『望まない結婚で引き裂かれた二人』って言う結末だと思うんです。そんなの悲劇的な上に安易で、謡ってる方も聴いてる方も楽しくはならないでしょう? だから冒険者達の皆さんには、この詩にどんでん返しを加えてハッピーエンドに仕立て上げて貰いたいんですよ♪」
 つまりは詩に登場した二人の主役たる男女、その仲を取り持って欲しい。そう言う事なのだろう。
「しかし‥‥少々難しい問題かも知れませんね。お聞きした限りでは、その騎士の男性が婚約した貴族令嬢の気持ちもありますし‥‥」
 ここだけの話、騎士の本名は『ジャック・ブリューグナル』と言うらしい。
 それに何より、詩にもあった貴族と騎士としての建前がある。
 その辺りを真っ当な手段でもって、如何に収めるか‥‥それが、一番のキーポイントとなるだろう。
「あ、勿論私に何か出来る事があれば、協力を惜しみませんよ。何せ詩の続きの為ですから、生活懸かってます♪」
 言いながら、依頼料として金貨をカウンターに置いて行くクミ。

 ――素直じゃないのは、彼女とて同様かも知れない。

●今回の参加者

 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1542 ディーネ・ノート(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1782 ミリランシェル・ガブリエル(30歳・♀・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ec4600 ギエーリ・タンデ(31歳・♂・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

●新曲披露!
 依頼最終日。冒険者ギルドにはクミを囲う様に、人だかりができていた。
「皆さんのお陰で、無事新曲が完成しました! お披露目しますので、どうぞ聴いていって下さい♪」
 そう言う彼女の横に並ぶのは、作詞に携わった冒険者の一人ギエーリ・タンデ(ec4600)。
「自分の登場する詩を詠うと言うのも、恥ずかしいものですな‥‥」
 そう言って苦笑いを浮かべる彼の肩を叩き。
「まあ、良いじゃない。折角詩人が二人も揃っているのだし♪」
 ミリランシェル・ガブリエル(ea1782)は明るい調子で言ってのける。
 だがしかし、恥ずかしげに顔を伏せるのはニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)とディーネ・ノート(ea1542)の二人は。
「とは言え、やはり気恥ずかしいものがありますよね」
「うみゅ‥‥悪い話じゃないから良いんだけどね。あ、そう言えばクミさん。初日に預かった棒を返しておくわね」
 そう言ってディーネは不思議な形をした棒を差し出す。クミはそれを受け取ると‥‥。
「それじゃあ、始めますね〜♪」
 声に続いて紡がれるのは、騎士とその幼馴染の事情を示す詩の序盤部分。
 ギエーリとの合唱により、そこまで詠い終えた後、二人は大きく息を吸い込み。

 ――そして、何も知らぬは騎士の婚約者。
 一途に恋して騎士と婚姻の契りを交わしたが、ある時彼女は気付いてしまった。
 その本当の心が、自身には無い事に。
 騎士への恋しさと騎士への愛。
 自身は身を引くべきかと言うジレンマに挟まれ、故に彼女さえもが悩んでいた――。



●今こそ素直に
 ルーベルの元へ訪れたるはニルナ。
 彼女はお節介な詩人の紹介で、その知人として接触を試みていた。
 事情を使用人に話すと、快く通してはくれたものの‥‥実際に顔を合わせたルーベルは、ニルナの想像していた以上に落胆していた。
 事があってから既に何日か経っていると言うのに、未だに涙が止まらないといった様子で、顔には色濃くその跡が残っており‥‥そして本当に食欲が湧かないのだろう、どこかやつれ気味。
 だが、それでも幼馴染の騎士の事を尋ねると、帰ってきた答えは。
「あんな薄情者、さっさと結婚でも何でもしちゃえば良いのよ!!」
 そんな彼女を前に、ニルナはすっと眼を閉じ。
「ルーベル様‥‥いえ、ルーベルさんは本当にそれでよろしいのですか? ジャックさんに貴女の気持ち、伝えないままで‥‥。このままでは貴女も彼も心に何かを残したまま永遠の別れが来てしまうかもしれないのですよ?」
 紡がれた言葉に、思わず口ごもるルーベル。ニルナは構わず続ける。
「私とて騎士の身‥‥。彼が騎士で忠誠心厚く、尽くした家の娘と結婚することはしごく当然のことだとは分かってはいます。しかし、それでもなお人と人の想いの繋がりは切っても切れないものです‥‥」
 俯いたまま、ニルナの言葉を聞き入れるルーベル。いつの間にか、その眼からは涙が零れ落ちていて――。
「今こそ自分の気持ちに正直にならねばならない時だと‥‥私はそう思います。もし彼を信じているなら今一度会って頂けませんか? 彼もそれを望んでいる筈です」
 その言葉に、ルーベルの気持ちが大きく動いた。
 今会わなければ、絶対に後悔する。例え彼の婚約が覆せないものだとしても、この気持ちに区切りを付けなければ――。
 ニルナを見ると、彼女はにっこりと微笑んでいた。
 そしてその二日後、ニルナに言われた言葉を胸に漸く決心をしたルーベルが、外行きの支度を整え始めた――その時、飛び込んできたのはミリランシェル。

「大変! 彼が‥‥ジャックが!」



●覚悟
 ジャックの下へ訪れたるはディーネ。
 彼女もニルナに同じく、お節介な知人の名を出して接触しようとしたのだが‥‥実の所ジャックは詩人の事を知らなかった。
 その代わりと言う事でルーベルの名を出すと――案の定、彼はディーネに食い付いて来た。
 そして一番、ディーネがジャックに問うた事は。
「まず、これだけははっきりさせないとね。それは、ジャックさん自身の気持ち。勿論、幼馴染の彼女への気持ちをっ!!」
 ‥‥‥。
「‥‥はっ! 私が照れてどーする!?」
 単刀直入に問うた本人は、真っ赤になっていた。まさに自爆。
 ともあれ、それに対するジャックの答えを聞けば‥‥やはりルーベルに対する彼の想いは相当なもの。しかも、ジャック自身も彼女の気持ちを分かっていたと言うのだ。
 それでありながら、他の女性と婚約を交わしてしまったのには‥‥勿論世話になった貴族への建前もあるのだが、それによって今までに築き上げてきた騎士としての立場を失い兼ねなくなると言う事への恐怖心が、彼の本当の気持ちを押し殺してしまったらしく。
「僕は‥‥騎士失格です」
 うなだれて言うジャックを――ディーネは一瞥しながら。

「そうね、いっそ失格になっちゃえば?」

「‥‥え?」
「そりゃそうよ。騎士としての資格を停止させられる事が恐いなんて言っておきながら、それで居て幼馴染の彼女の事を振り切る覚悟も無いなんて‥‥そんな騎士、聞いたこと無いわ。どっちを取るにしても、そのくらいの覚悟は決めるっ!」
 ディーネの叱咤に――ジャックは、大きく目を見開き。



●婚約者の気持ち
 そして、ギエーリはジャックの婚約者の住まう地方へと足を運んでいた。
 彼は酒場などで高貴な者の詩を集めていると語り、持ち歌を披露しながら情報収集の為に渡り歩いていたのだが‥‥何処をどう巡ったか、気が付けばなんと婚約者本人の屋敷へ招かれてしまっていた。
 ともあれ、これを好機と見たギエーリは‥‥半ば覚悟を決め、お節介な詩人の未完成の詩を披露してみた。
 すると――。

「僕の付け加えた3番‥‥つまり、かのご令嬢の気持ちの部分に入ったところで、彼女は耳を塞いでしまいました。どうやら、彼女も気付いていた御様子です」
 その後貴族の家を後にし、急ぎでウィルへと戻ってくるとジャックの下を尋ねて来たギエーリが言う。
 それを聞いても尚‥‥否、だからこそジャックの心は変わらない。
 騎士として身嗜みを整え、貴族の下へ赴く準備を整えたジャック。そんな彼に。
「しっかりやんなさい。ただし、幼馴染との恋愛貫くならちゃんとケジメはつけてからよ?」
 ディーネはウインク一つして、背中を叩いた。
「ミリランシェルさん、この事をルーベル嬢にお伝え願えますかな?」
 傍らで様子を見守っていたミリランシェルに言うのはギエーリ。
 彼の言葉に頷くと、ミリランシェルは愛馬のホワイトに跨り、ルーベルの元へと向かって行った。



●二人の気持ち
 そして、ルーベルは急いだ。疾風の如く駆ける白馬ホワイトの背に揺られ、ジャックの居る貴族の下へ。
 されど、それでもやはり何処か不安げな表情をしている彼女に。
「自分の思いを隠して生きたらこれから先もずっと隠し続けるだけよ。言いたい事は言わなきゃダメですよ。女は生きてるだけで偉いんだから‥‥」
 背中越しに掛けられるミリランシェルの言葉。
 そう、女として生まれた彼女が今すべき事。それは、心の底から愛する者を――愛しぬく事。
 そこに意地は要らない。今まで彼女の気持ちを押し込め続けてきた、プライドさえも。

 ミリランシェルに勇気付けられたルーベルが、やがて目的の場所へ辿り着くと‥‥ジャックは婚約者の父との決闘に敗れ、傷だらけになっていた。
 その様子を見守るのは、彼の婚約者たる令嬢に、三人の冒険者。
 その中のディーネはと言えば声高にジャックに声援を送り続けているものの、既に何度地に伏せたとも知れない彼は、未だに一矢さえも報いれてはいない。
 それでも尚諦めずに立ち上がろうとするジャック。何度突き倒されようとも立ち上がるジャック。
 そんな彼を、婚約者の父は一瞥し。
「何故、貴様は立ち上がる? 自らの行いが不義と知りながら、何故そうまでして‥‥」
 彼の問いに、ジャックは荒い息を吐きながら。
「それはっ‥‥僕を愛してくれたお嬢様に。そして、僕の愛する幼馴染へ。騎士として責任を取り、そして一人の男として愛を掴み取る‥‥その為だけに、僕は立って居るのです!」
「たわけっ!」
 婚約者の父は渾身の一撃を浴びせ、ジャックの身体が宙を舞う。
 周囲からどよめきが上がる中――彼に向かって一直線に駆け寄る姿があった。
 それは、ルーベル。彼女は地に伏したジャックを無我夢中で助け起こし、そして婚約者の父を睨み付けた。
 そして、訪れたのはしばしの沈黙。やがて、それを破ったのは――。
「‥‥貴様の様な愚か者を、騎士として認めた私が一番の愚か者であったようだ。良かろう。貴様との主従関係は、これきりとさせて貰う。‥‥その娘と、何処へでも行くが良い」



●現在(いま)を詠う詩
「と言う訳で、ジャックは晴れてルーベルと婚約。今年の6月には正式に式を挙げる事になったそうです♪」
 全てを詠い終えたクミがそう付け加えると、ギルド内は盛大な拍手で包まれた。
 余談だが、ジャックは騎士としての資格を停止される事無く、例の貴族とも今後は友人として交流を続ける事になったらしい。
「一時はどうなるかと思いましたが‥‥大団円に収まって良かったです」
 ほくほく顔で言うのはニルナ。それは今回携わったディーネやギエーリ、ミリランシェルも同様で、これから恋愛譚として広く詠い継がれていくのであろう詩の背景を思い出しながら、嬉しげに顔を綻ばせていた
「遥か過去ではなく現在(いま)を生きる方々の物語なれば、現実はどうあれ‥‥いやさ現実も含め、皆が幸せになってこそ詩は美しく結ばれる。僕はそう思うのですよ」
「その通りよね。それじゃあ、私も過去ではなく今を生きようかな?」
 そんなミリランシェルの言葉に首を傾げる一同。
 それから間も無く、過去に得た名誉を示す呼び名全てを破棄する事を表明した彼女に、一同は仰天する事になるのだが‥‥それはまた、別の話。