●リプレイ本文
●集え助っ人
シエラからの依頼を請けたと言う形で、ギルドに集まった冒険者達。
その中の物輪試(eb4163)は、ぐるっと一同の顔を見渡すと。
「‥‥これじゃあ、どう考えても人数が足りん」
だーっと涙を流しながらぼやいた。
そう、グライダーズとの試合に臨むべく集まった冒険者は5人。だがしかし、ベースボールをするには一チームで最低でも9人のメンバーが必要となる。
それに加えて。
「今回は9回って長丁場だから、投手の継投は必須なのよね。最悪守備を流動的にして対応する事は出来るけど‥‥やっぱり控えの選手は居た方が良いわ」
腕組みしながら言うのは加藤瑠璃(eb4288)。
「となると、まずは助っ人探しから始めた方が良さそうだな」
鳳レオン(eb4286)の言葉に頷く一同
そして三人はそれぞれ知り合いをチームに誘うべく、ギルドから発って行った。
「で、集まったのがサマエルにレモン、それと‥‥ミーヤにティーナか」
フリーバッティング練習の合間、ベースボールのルールの説明を受ける4人に目を向けながら賽九龍(eb4639)は呟く。
まず瑠璃と試が赴いたのは、珍獣ことウルティム・ダレス・フロルデンの住まう屋敷。
だが、珍獣本人は案の定留守にしており‥‥彼の代わりと言う事で、実質メイド長であるパラのレモンが参加する事になった。
「ミルク(毒入り)に言われたから手伝ってあげるだけで、別に他意はないんだからねっ!?」
だそうな。
そして冒険者業の為ウィルに滞在していたサマエルも運良く見付かり、彼に訪ねる事によって、最近見付かったジプシーの師の下で修行に勤しむミーヤの居場所も掴む事が出来た。
一方その頃、レオンが探していたのはティーナ。
彼女はウィル中を歩き回った末、教会の書庫で見付かったそうな。
「普段あいつがどこにいるか分からないから、苦労したな‥‥」
ぼやきながら、ルールの説明を受けているティーナに目を向けるレオン。
かくして人数も揃った所で、一同は本格的に練習を始めた。
「俺が抑えのピッチャーか‥‥。打撃と守備の練習は前回にしているので、今回は投球練習をメインにするかな」
言いながら、硬球を指の上でくるくる回すのは飛天龍(eb0010)。
だが、彼の身長はシフールと言う種族柄、59cm程。故にベースボールで使われる硬球は身体に比べて明らかに大きく、天界の他のスポーツで現すならば、バレーボール並である。
その様な体躯で果たしてまともな投球ができるのであろうかと、本人を含む誰しもが不安に思っていたのだが‥‥どうやらそれは杞憂だったようで、持ち前の器用さと射撃の腕前、そしてシフールらしからぬ体力を駆使し、僅かな投げ込みの末には立派な変化球投手に仕上がっていた。
とは言え、やはりその小柄な体躯でのピッチング技法と言うものは確立されていない為、球速や変化球のキレの面などで多少劣ってしまう。
だが、彼にとってはそれ程大きな問題ではない様子で‥‥それどころか、シフールの体躯故の意外な長所を見出していた。
「成程。バッターの視点からすると、俺の球は低い位置からボールが登って来る様に見えるんだな?」
「ええ、所謂アンダースローみたいにね。これならきっと、経験者でも打ちにくいと思うわ」
と言う訳で、それらの要素を鑑みながら綿密なリードの打ち合わせをする二人。
そして練習の為の3日はあっと言う間に過ぎ――依頼4日目、グライダーズとの練習試合の日がやってきた。
●先発投手の実力
ウィルから僅かに離れた平原に広がる、多目的グラウンド。
そこに集ったグライダーズと冒険者チームの選手達総勢19名は、静かに試合の開始を待つ。
マウンドに立つのは、冒険者チームの先発ピッチャー、レオン。
「これで、俺も豪腕投手の仲間入りだな」
呟きながらグローブの下のオーガパワーリング(天龍からの借り物)を確認し直すと、彼はホームベースの先を見据え――。
「プレイボール!!」
審判の声を合図に、目付きが真剣なものへと変わった。
バッターボックスに立つのは、グライダーズの選手。トップバッターと言う事もあってか、その表情には明らかな緊張の色が浮かんでいる。
「さて、最初は余り体力を使わない様、軽く流して行くとするか」
レオンは一言ぼやくと、大きく腕を振りかぶり――。
――パァン!
「ストライーク!」
放たれた直球に、グライダーズの面々は驚きの表情を浮かべる。
それは想像を遥かに上回る速度でキャッチャーのミットへと収まり、バッターボックスに立つ選手は怯んで手を出せなかったのだ。
「ナイスボール! 良い調子よ!」
球をマウンドに投げ返しながら声高に言うのは、キャッチャーを務める瑠璃。
そして二球目の直球は高めに外す事でバッターの空振りを誘い、三球目はチェンジアップを使いタイミングを外す事で――。
「ストライク、アウッ!!」
見事、三球三振に仕留めた。
「へぇ。あいつ、やるじゃねぇか」
「ああ、コントロールも悪くない。序盤はそう簡単に点を取れないだろう」
「だな。となると、投手戦になるか。面白え‥‥!」
ベンチの一郎とシエラが話をする間に、三者凡退に抑えられたグライダーズ側の攻撃。
審判の「チェンジ」の声と共にベンチに戻って行く冒険者達は、思い思いにレオンに駆け寄り肩を叩く。
「鳳れん、ナイスピッチングやわ! あっと言う間に交代やない!」
「ええ。球数も8球と抑えられた方だし、上々の出だしね」
「なに、天龍の指輪や瑠璃のリードのお陰さ。だが、まだ始まったばかりだ。油断せずに行こう」
レオンの声に「おうっ!」と応える冒険者達。
そして、マウンドの一郎に相対する様にバッターボックスに立つ冒険者チームの先頭打者は、守備でセンターを守る天龍。
「以前の試合で見た時には、彼は速球を中心に組み立てていたからな‥‥」
恐らくは余程球速に自信を持って居るのだろう。その推測に基づき、初日にバッティングピッチャーを務めたジャクリーン・ジーン・オーカーは、近距離からの打ち込みと言う練習法を取り入れていた。
実際に速球を相手にするのとは勝手が違うものの、反射神経を鍛えるという意味では有効な手段であっただろう。
――だがしかし。
ズッドォォン!!!
「!!?」
白球がミットに収まると同時に、思わずよろめいて尻餅を着く天龍。
バッターボックスに立って見るその速度は、想像を遥かに凌駕するもので――それが彼の視点からすると、顔面に向かって一直線に飛び込んで来る様に見えたのだ。
万一頭部に当たりでもしたら、怪我では済みそうもない。
だが、判定はストライク‥‥達人級の優良視力を持ってしても、初見では錯覚を与えられてしまう程の剛速球に、天龍は身の毛の弥立つ感覚を覚える。
それは、恐怖と言うよりも。
(「は、ははっ‥‥これは面白い!」)
自然に吊り上がる口元を引き結びながら、しっかりと一郎のモーションを見据える天龍。
――ドコォン!
「ストライク、アウッ!」
「よっしゃ、ツーダンツーダン!! この調子で行こうぜっ!!」
天龍に続くレオンも、塁を踏む事を許されないままあえなくベンチに戻ってくる。
「参ったな。カットやバントさえもろくに出来無い剛速球なんて‥‥」
「流石一郎さん、元プロと言う肩書きは伊達じゃないって所だな‥‥」
静まり返る冒険者側ベンチ。
そんな彼らの会話からあえて意識を背け、ネクストサークルからバッターボックスに向かうのは3番の瑠璃。
その目に浮かんでいるのは――並ならぬ闘志。
「あの時の女か。前回の試合では随分と活躍してた様だが‥‥」
一郎は独り言を呟きながら、大きく腕を振り被り。
(「だが、それでも俺の球は打てっこねぇぜ!!」)
――ガキィン!
「!?」
鳴り響く金属音。だが、打球はキャッチャーのシエラの後ろへと飛んで行く。
「ファ、ファウル!」
審判の声が響くと、瑠璃は思わず顔をしかめる。それは、バットを通じて一郎の直球のパワーが手に伝わって来ている故。
「くぅっ‥‥思った以上に強烈ね‥‥」
手をパタパタと振る彼女を、シエラは横目に見据える。
(「瑠璃は女性だからと言って油断出来ない、要注意だぞイチロー」)
(「だな。もっとも、今の一球だって手加減してなかったんだが‥‥」)
サインで意思を疎通させると、一郎は再び振り被り――。
キィン! ボスッ!
「アウトっ! スリーアウト、チェンジ!」
三球の勝負の末、打球は一直線にショートのグローブへと収まった。
瑠璃は再び静まり返っている冒険者ベンチに俯きながら戻り‥‥かと思えば、メットを取って上げられた顔は至って明るいもので。
「勝負はこれからよ! まだ初回じゃない! いくら一郎さんの球が有り得ない位速いからって、諦めるには早すぎるわ!!」
●エースで4番
瑠璃の鼓舞によって奮い上がった冒険者達は、気迫の篭もった掛け声と共に守備位置に着いていく。
そしてマウンドに登ったレオンに相対する4番バッターは‥‥なんと、一郎であった。
「あいつ、エースで4番なのか‥‥!」
レオンは目を見開きながら、その姿を見据える。
天界で言うプロの投手は投球練習を中心とする為、多くの者が打者としての腕を鈍らせてしまうと聞くが‥‥それでも尚4番の座に着いていると言う事は、恐らく相当な強打者なのだろう。
(「油断は禁物だな」)
レオンは緊張の余り乾いた下唇を舐めると、大きく振り被り――。
――二球目、カウントを取りに行った直球を狙い打たれ、センター前へのヒットを許してしまった。
思わず歯噛みするレオン。だがしかし、悔しがっていられない。
何故なら、次のバッターはシエラだったからだ。
『シエラさんは打撃も巧い上に、策略家だ。何か仕掛けてくるかも知れない、気を付けてくれ』
試からのアドバイスを思い出しながら、レオンは再びミットへ向けて白球を投げ放つ。
そして――二人の攻防は、十球にまで及んでいた。
(「駄目‥‥3ボールだから下手にコースは狙えないし、かといってストライクだとカットされる‥‥。何とかして打ち取りたいけど‥‥」)
僅かな焦りを覚えながら、チェンジアップを要求する瑠璃。
それに頷き、放たれたレオンの球は。
――コンッ。
「えっ‥‥!?」
「バント!? くっ!!」
不意を突くバントに咄嗟に反応し、駆け出すレオン。
その間に、一郎は二塁へ。
「ファーストだ!!」
試の声に反応し、一塁へと球を放るレオン。それにより辛うじてシエラはアウトにできたが、結果として送りバントを許してしまった。
「ごめんなさい、私のリードミスね‥‥」
「いや、瑠璃は悪くない。それに、この後をしっかり抑えれば大丈夫だ」
バッテリーが気を取り直したところで、迎えるのは6番の打者。
レオンがミットを見据えながら、左足を上げた瞬間――。
「走ったぞっ!!」
響く九龍の声に、思わずコントロールを崩してしまうレオン。
放たれた白球はストライクゾーンを大きく外れながらも瑠璃のミットに収まるが、一郎の進塁を止めるには至らなかった。
これで局面はワンアウト三塁。グライダーズからしてみれば、絶好の先制のチャンスと言った状況だ。
「シエラさんのことだ、ここは手堅く来ると思う」
「となると、スクイズか‥‥?」
九龍の言葉に、小さく頷く試。
と言う事で、スクイズ対策として投球後すぐにバントシフトをする事に決まり、一郎の動きを注意しながらレオンは直球を放つ。
――キィン!
冒険者達の予想を裏切り、振り抜かれたバットは白球を捉える。どうやら、犠牲フライ狙いだった様だ。
だがしかし、打ち損じられた球は外野までは届かず、三塁を護るサマエルによってしっかりと捕られた。
「サードフライじゃ、いくら一郎さんでもホームに帰れませんね♪」
言いながらレオンに球を投げるサマエルを、見据える一郎。
そして迎えるは七人目の打者。
(「今度こそ来ると思うわ。まずは、ウェストで‥‥」)
(「いや、ここは『あの球』で行くぞ。巧くいけば確実に一郎を刺せる!」)
サインによる相談の後、レオンは瑠璃のミットをしっかりと見据えながら、渾身の一球を放つ。
直後、ホームベースの上で構えられるバット。そして、三塁を飛び出す一郎。バッテリーの予測は当たった。
マウンドから高速でホームベースへと向かう球は、バットに当たる軌道に入る直前――。
「!」
「何っ!?」
突然にその方向を変え、バットに当たらないままミットへと吸い込まれて行った。球速が速いレオンのウィニングショット、高速スライダーである。
そしてホームベース近くまで来ていた一郎は、慌てて踵を返そうとするが。
――ぽふっ。
「アウッ! スリーアウト、チェンジ!!」
瑠璃のミットに押し倒され、悔しげに拳を握り締める。
そんな彼を見詰めながら、瑠璃は勝ち誇った様に豊満な胸を張っていた。
‥‥プロテクターで、目立たないけれど。
●猛攻
その後、どちらも決め手に欠くまま試合は進み、場面は4回。
この表でレオンは再び一郎やシエラと相対する事になったが、天龍の飛行による守備で何とか抑え、攻撃権は冒険者チームへ。
ここで打者が丁度一巡し、先頭バッターは天龍。
(「天龍か‥‥。イチローも少し息が上がってきたからな、ここで彼に粘られては拙い。全力で抑えるんだ」)
シエラのサインに、笑顔を作って見せながら頷く一郎。
だが、天龍は見逃さなかった。彼の一挙一動から伺える、疲弊の色を。
――キィン!
「ファウル!!」
気が付けば二人の勝負は八球にまで及んでいた。
疲労の為に制球、球威共に衰えてきた一郎と、それでもカットするだけで精一杯な天龍。
両者共に肩で息をしながら、ふと視線が合えば何とも不敵に楽しそうに笑みを浮かべる。
誰しもが固唾を呑みながら見守る中、投げられた九球目は――。
「フォアボール!!」
天龍の肩の高さの僅か上を行き、出塁を許してしまう。
「よし、天龍が出たな」
「ああ、この回点が取れそうだ。続けレオンさん!」
ベンチから掛る声に、バットを振り上げて応えるレオン。
だがしかし。
(「ここまでの投球で、レオンも大分疲れているな。よし、ここは出来るだけスタミナを温存して‥‥」)
シエラのサインに頷き、要求された通り球威を抑えた低めの直球を放る一郎。
(「頼むぞ、天龍‥‥!」)
――コンッ。
「はっ‥‥送り!?」
「任せろ!」
彼はバントを読んでいたらしく、バッターボックス目前で球を拾うとそのままレオンにタッチする。これでワンアウト。
そして続け様に二塁へと送球するが‥‥。
「セ、セーフ!!」
いくら読んでいたとは言え天龍の俊足には敵わず、結果的に送りを許す形となった。
(「拙い‥‥天龍の足だと、二塁は文字通りスコアリングポジションだ。ここはしつこく牽制して、釘付けにするべきか‥‥って、イチロー?」)
シエラのサインを送れども、上の空で一点を見据える一郎。彼の視線の先を辿ると、そこに居たのは――。
「来たな‥‥。さっきの借りを返してやる!」
同じく一郎を一直線に見据える瑠璃の姿があった。
どうやら、彼は疲れの無い前打席でショートライナーとは言えバットに当てられた事、そして先程のスクイズ失敗で刺された事を根に持っているらしく。
――ズバァン!!
(「球に気迫が篭もっているな‥‥これなら抑えられる!」)
僅かな高揚感を感じながら、リードによって瑠璃を2ストライク2ボールと追い込むシエラ。
だが、この勝負に思い入れがあるのは一郎だけではなかった。
(「この前『女に野球が出来るか』とか馬鹿にされた借りは‥‥これで返すわよ!!」)
――キィィン!!
「!? セ、センター!!」
金属音が響くや、一郎の頭上を越えて行く白球。
それは前進するセンターの手前で落ちると、同時に主審の「ホームイン」の声が響く。
ここに来て、先制したのは冒険者チーム。
歓声を上げながら生還した天龍を迎えるベンチに向けて、一塁の瑠璃はピッと親指を立てる。
「やれやれ、参ったな。まさか本当に女に打たれちまうとは‥‥」
苦笑いを浮かべながら言う一郎は、それでもどこか清々しげ。失点を引き摺っている様子も無さそうだ。
「流石冒険者、と言った所だな。だが、まだまだ勝負はこれからだ。これ以上点は取らせないぞ」
そう言ってホームへと戻って行くシエラを見送ると、視線は次のバッター、4番の九龍へ。
前の打席、彼は一郎の生きた球にあえなく三振させられたのだが。
(「その後に浮かべていた不敵な笑み‥‥あれは一体何だったのだろうか。今ひとつ、彼のスタイルが読めない‥‥」)
悩みながら組み立てを考えるシエラの目の前で、九龍は一郎を見据えながら――また、笑みを浮かべていた。
彼は天界において格闘技の為に色々なスポーツを嗜んでいたらしく、棒球(彼の故郷で言うベースボール)もその内の一つだったらしいのだが‥‥アトランティスに訪れてからと言うものその腕前を振るう事無く、日々その身に降りかかる過酷な経験に鬱々となっていた。
今回彼がこの練習試合に参加したのも、溜まりに溜まったストレスの発散が目的であったらしい。
故に試合開始直後こそ、未だ沈鬱な雰囲気を引き摺っていた彼であったが‥‥グラウンドに立って必死に白球を追う選手達に紛れている内に、彼の心の奥底である変化が起こり始めていた。
この時には未だ、前面にこそ出されていなかったが。
(「何だろう、前打席とは微妙に雰囲気が違うな‥‥。兎も角、何も考えずに行くのは危険だ。まずは‥‥」)
長考の末、シエラが一郎に要求した球は――。
「あ、危ないっ!!」
シュンッ――!
九龍の顔面のすぐ横を掠めて行った。だが、どう言う訳か九龍はピクリとも反応せず‥‥味方陣営どころか、一郎やシエラまでも肝を冷やしてしまう。
(「なんだこいつ‥‥ボール見えてねぇのか?」)
(「わ、分からない。ともあれ、インハイの脅しは効果が無かった様だ。ここは、慎重にストライクを取って行くんだ」)
サインによる意思疎通の後、一郎の右腕から投げ放たれる直球――を。
「クックック‥‥聞こえたぜ。ボールの音がなっ!」
――カキィン!!
「あっ‥‥!?」
振り抜かれたバットが捉え、上空に打ちあがる発給。
それは見る見る小さくなって行ったかと思うと、ライトの頭上へと迫って行き。
「ちっ、下を打ったか‥‥」
長い滞空の末、グラブへと吸い込まれて行った。
悔しげにベンチへと戻って行く九龍の背中を、目を見開きながら見据えるのはシエラ。
「くっ、まさかあのインハイの後に振って来るとは‥‥全く予測が出来なかった。次から彼も気を引き締めて抑えないと‥‥!」
そして、ツーアウト一塁で迎えるバッターは試。
彼はここに至るまでも、コーチャーを務めたり守備時に声を張り上げる等して、一際強い存在感を放っていた。
彼の声出しのお陰で、急造の冒険者チームがここまで安定したプレーをしてこれた言っても過言では無い。
(「恐らくは、このチームを纏めているのは試だろう。あらゆるプレイに関して安定した動きをする為、出来るならば塁に出したく無い相手だな‥‥」)
思考を巡らせながら一郎に目を向けると、気が付けば彼は大分息を上がらせている。
それは、試の目にも明らかで。
(「前打席では、手が出なかったからな‥‥。そのリベンジも兼ねて、この回は打たせて貰うぞ、一郎さん!」)
気合も新たにバットを握り直すと、一郎の右腕から投げ放たれた球を凝視し――。
キィィン。
「やった! これで一二塁ですよ!」
「ナイスバッティング、試さん!」
ベンチから上がる歓声に手を上げて応えながら‥‥さり気なく冷汗を拭う試。
(「焦った‥‥まさかカウンターの要領が使えないとは‥‥」)
彼は、カウンターアタックをもって長打を放とうとしていた。
だがしかし、ピッチャーから投げ放たれるボールは射撃扱い。故に、格闘攻撃に合わせて攻撃を放つカウンターアタックでは、ボールを捉える事は出来なかったのだ。
それでも、練習の甲斐あって何とか三遊間を抜く打球を放つ事は出来たので、結果オーライである。
そして次のバッターのレモンが呆気なく打ち取られた事により、攻撃権はグライダーズへと移る。
だがこの回、冒険者チームは貴重な1点を取る事が出来た。
この1点の存在感は大きく、この後更に加熱しながら試合は進んで行く。
だが、双方共に惜しい場面はありつつも得点には繋がらないまま‥‥とうとう最終回9イニングを向かえるのであった。
●奇跡の逆転劇!
マウンドに立つのは、6回ツーアウトからマウンドに上がった天龍。
彼は練習時に見出したシフールならではの投球法をもって、グライダーズ打線を抑えて行く。
特に人間の様にはボールを握れない事を逆に利用して放たれる、無回転に近い球――仮称『シフールナックル』の不規則な変化を捉える者は無く、ここまでほぼ完璧な投球をしていた。
そして、最終回ワンアウト一塁の局面で、バッターボックスに立つのは‥‥。
「ぜぇ‥‥ぜぇ‥‥! くそっ‥‥俺は諦めねぇぞ‥‥っ!」
ここまで一人で投げ切り、見るからに息も絶え絶えな一郎。
天龍にとっては、最初の一球目から最後まで、それぞれマウンドとバッターボックスの上で相対したライバル。
「‥‥漸く決着を付ける時が来たみたいだな。ここであんたを抑えて、俺達は勝つ!」
天龍はグローブを向けて高らかに宣言すると、同じく真剣な眼差しの瑠璃の構えるミットへ向けて、渾身の球を放つ。
「ストライーク!」
一郎が追い詰められた事を示す、審判の声。
3イニングの間誰しもが打つ事の出来なかったシフールナックル(仮称)の前に、一郎のバットは空を切るばかり。
キャプテンであり、同時にチームの主戦力である彼が打てなければ、グライダーズが勝つ事は非常に厳しくなる。
そして天龍としても、ここで一郎を抑えなければ次に控えるのはシエラ‥‥いくら有利な局面とは言え、気を抜けば逆転さえもされ兼ねない相手だ。
(「絶対に打つ!!」)(「打たせはしない!!」)
「「うおおぉぉぉぉっ!!!」」
――――。
気が付けば、窮地に立たされていたのは冒険者達の方であった。
一郎が死ぬ気で放った逆転ツーランホームラン‥‥これで1対2となり、両チームの士気と得点は逆転した。
それでも何とかそれ以上の失点は抑えたのだが‥‥最終回における逆転リードと言うのは、良い意味でも悪い意味でも選手に与える影響は余りに大きい。
皆が皆頭を垂れ、冒険者側ベンチが反省会の様な雰囲気に包まれ始め――たかと思うと。
「諦めるな! 一郎さんは仕方ないにしても、他の打者はレオンさんに天龍さんがしっかり抑えてくれたから、まだ1点差だ! その努力を無駄にしない為にも、この最後の攻撃で絶対に取り返すんだ!!」
渇を入れる様に叫ぶのは試。
その言葉で一同は多少息を吹き返すも‥‥やはりどこか重たい空気は拭い去れないまま、瑠璃はバッターボックスへと向かう。
(「逆転しなきゃ‥‥その為にも、絶対に打たなきゃ‥‥!」)
念じる様に頭の中で復唱しながら、鋭い視線でマウンドを見据える瑠璃。
(「一郎さんは、もうバテバテの筈。甘い球を狙って‥‥!?」)
ズドォン――!!
直後にマウンドから放たれた球は、彼女の予想を遥かに上回るスピードで、シエラのミットへと収まった。
(「な、何この球威‥‥!? まさか、あんな状態でこんな球を‥‥!?」)
驚き目を見開きながら、瑠璃はマウンドへと目を向ける。
すると、そこに居たのは――荒い息を吐き、辛そうに足腰を震わせながら、笑みを浮かべる一郎。
その表情には、不敵さや優越感と言ったものは微塵も無い。
ただ純粋にベースボールを愛し、ライバルとの勝負を楽しみ、そして仲間達との協力を喜び――まるで、ひたむきにゲームを楽しむ少年の様な笑顔。
「イチローは‥‥沢村一郎と言う男は、本当にベースボールが好きなんだ」
ふと口を開くのはシエラ。
「私もな、最初言われたんだ。『女が俺の球を受けるなんて、無理に決まってる』って。それが悔しくて、ついムキになってな。イチローの球を捕れる様に特訓して‥‥ちゃんと捕れる様になるまで、1ヶ月くらい掛ったかな。で、イチローの本気の球を受けて、初めて認められて‥‥気が付けば、私もベースボールが好きになってた。きっと、イチローに感化されたのだろうな‥‥」
そこで言葉を切ると、シエラは顔を上げ――真剣な眼差しでマウンドを見据える。
「瑠璃、今のイチローは本気だ。本気で勝負を楽しむ為だけに、マウンドに立ってる。だから、お前達も本気で立ち向って‥‥そして、互いに本気で楽しめる試合にしてくれ!!」
普段淡々と喋る彼女にしては珍しく、強い語気で紡がれる言葉。
そして、僅かに俯いた後に一郎へ向けられた瑠璃の顔からは――先程までの様なプレッシャーによる憂いは、一切消えていた。
「へっ、そうこなくっちゃな‥‥!」
一郎は尚も嬉しげに鼻を鳴らすと、その腕を大きく振り上げ――。
――キィィン!!
響く金属音。放たれた打球は、レフトの前へ。
「よしっ! 同点のランナーが出たぞ!! さあ、次で逆転だ!!」
力の限り叫ぶレオン、その声を背にバッターボックスへとゆっくり歩み寄る4番の九龍は、バットをしっかりと握ると。
「ククク‥‥楽しい、楽しいぜ。あんた達との棒球は、最高に楽しいぜ!」
言いながら、バットを高く掲げる。所謂、ホームラン宣言と言うものだ。
選手達の驚きの視線が彼に注がれる中、まるで炎が宿ったかの様に目が大きく見開かれ。
「俺は‥‥俺達は負けない! さあ、来な! この熱血台風サイクロンが特大アーチをお見舞いするぜ!!」
今まで沈み気味だった彼の心の奥底で燃え上がった炎。その熱が大気を伝わり、マウンドにまで伝わってくる様な感覚を覚えながら、奮い上がる一郎。
「上等だぁ!! この俺の魂の篭もった剛速球で、捻じ伏せてやるぜっ!!」
燃え上がる二人の選手、その闘志は何者も寄せ付けない様な威圧感をグラウンド全体に放ち――見ている者全ての息を呑ませた。
そして、グライダーズのエースと冒険者チームの4番との真剣勝負が始まった。
ここに至って更に勢いを取り戻した一郎の直球は、ホームベース上の空間を鋭く豪快に抉る。
だが、それ故にバッターへと伝わる風切り音もかなり物々しいものがある。九龍はその音を聞き取り、一球一球正確に当てながら徐々に芯へと合わせていく。
キィン、カキン――!
何度目とも知れない鈍い金属音が響き、あらぬ方向へと飛んで行くボール。
マウンドの一郎も、バッターボックスの九龍も、互いに肩で息をしながら視線を合わせ、ニヤリと笑みを浮かべる。
「頑張れ九龍!! タイミングは合ってきてるぞ!!」
「もう少しですっ!!」
「私はいつでもスタートできるわ!! 後は打つだけよっ!!」
「キャプテン、負けるなぁー!!」
「相手もバテてる!! もう少しだっ!!」
「打てぇーっ九龍さーん!!」
「かっ飛ばせーーっ!!」
「飛んで来た球は身体を張ってでも止めるっ!! だから踏ん張れー!!」
「イチロー――っ!!」
グラウンドから、ベンチから飛び交うのは、両チームの選手達の声援。
その全てを一身に受けた二人は、最後の力を己が腕に込めて――。
「でやああぁぁぁぁっ!!」
「うおおおぉぉぉぉっ!!」
――キィン。
グラウンドに響くのは、澄んだ金属音。
直後水を打った様に静まり返る選手達、白球は一身にその視線を集めながら――外野の後方にある柵を、ゆっくりと越えて行った。
●逆転勝利!
奇跡的な逆転に逆転を重ねた上での勝利に、沸き立つ冒険者チーム。
審判の「ゲームセット」の声さえも聞えない程の歓声に包まれる一同を、シエラは遠目に見据えながらマウンドに歩み寄り。
「負けた、な」
シエラの声に、片膝を着いていた一郎はゆっくりと顔を上げる。
「‥‥ああ、惜敗だな。まったく、とんだ強敵(ライバル)だぜ」
吐き捨てる様に言うと、ふらふらしながら立ち上がる一郎。咄嗟にその身体を支えるのは、集ってきたグライダーズの面々。
「キャプテン! お疲れ様でしたっ!!」
「最高のゲームでしたっ!! 俺、ベースボールをやってて良かったです!!」
「これからも、チームの為に頑張りましょうっ!!」
口々に掛けられる声に、一郎は目頭が熱くなる物を感じる。
そこに、人並みを掻き分けて歩み寄るのは冒険者達。その先頭に立つ瑠璃は。
「良いゲームだったわ。どうもありがとう」
言いながら、手を差し出す。
すると一郎は、恥ずかしげに鼻を掻きながらその手を握り返し。
「へっ‥‥こっちこそな。しっかし、女は怒らせると恐えや」
直後に響く怒声は、いつしか笑い声にとって代わり‥‥。
そして、弱まりつつある陽精霊の光を浴びるグラウンドには、両チームの選手達の声が高らかに響き渡った。
『ありがとうございましたっ!!!』