大地の兆し

■ショートシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:7 G 47 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月24日〜10月07日

リプレイ公開日:2008年10月02日

●オープニング

「‥‥して、如何であったか? 例の村は‥‥」
「ええ、干ばつにより作物はほぼ全滅、更には水源までも枯れてしまって‥‥もはや人が住める様な環境ではなくなってしまっておりました」
 イムン南部に位置する一地域ルオウ、その領主であるエルガルドの前に跪き、報告をするのは彼のお抱えの騎士アレックス。
 以前に折った両足もすっかり完治し、騎士としての努めに走る最中‥‥そんな彼の耳に届いたのは、領内のとある村からのSOSだった。
 ルオウの最南端に位置するその村が、急激な環境変化に見舞われたのは夏も終わりに近付いた頃の事。
 どう言う訳かその周辺は一向に暑さは引かず雨は降らず‥‥アレックスが視察に向かった頃には、既に悲劇とも言える様な光景が広がっていたと言う。
「左様か‥‥。で、住人達はどうしておる?」
「それが、やはり住む場所を変える事を頑なに拒んでおりまして‥‥。住み慣れた村と共に朽ち果てる事こそ本望と言わんばかりの姿勢なのです」
 口惜しげに目を伏せながら告げるアレックス。
 本来であれば、無理矢理にでも退去命令を出して、住人達を移動させるべきであった。
 だがしかし、彼にはそれが出来なかった。
 ――その心根に、自身の忠義と同質の物を見出してしまったから。

「‥‥‥‥」
 アレックスの伏せた顔に堪えるのは後悔の念。
 自身の選択の過ちを反芻しながら、僅かに震えるその肩に――。
 ポンと、エルガルドは手を置いた。

「‥‥視察、ご苦労であった。そこまで事態が深刻化しているとなれば、どの道御主一人に任せる所では無い。とは言え、我の元から手勢を回そうにも、余りにも人手が足りん。そこで‥‥」
 そこまで言って、言葉を淀ませる。
 その先の台詞は――村から身を翻して来た時から、予想していた。
 正直、気に喰わなかった。認めたくはなかった。
 だが、それでも‥‥。
「‥‥御意。冒険者と連携して、一刻も早く件の村の住民達を移動させましょう」
「うむ。移住先に関しては期間中に此方で手配しておく故、説得はお主達に任せたぞ」
「はっ‥‥」
 深く頭を下げると、踵を返して部屋を去るアレックス。
 そんな彼の背中を見据えながら、エルガルドは――物憂げな表情を浮かべ、呟いた。

「‥‥あ奴の事だ。万一手が遅れて犠牲者が一人でも出てしまえば、途轍もない重圧を感じてしまうであろう。そうなる前に‥‥‥‥頼んだぞ、冒険者よ」

●今回の参加者

 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4245 アリル・カーチルト(39歳・♂・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4248 シャリーア・フォルテライズ(24歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4287 結城 敏信(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●南の地へ
「北のハンが騒がしいってのに南でも災害ってたまんねぇな」
 イムンのルオウへ向かうフロートシップに乗る為に、一旦ギルドに集った冒険者達とアレックス。
 その中のアリル・カーチルト(eb4245)が頭を掻き毟りながらぼやくと、セオドラフ・ラングルス(eb4139)は顎に手を当てながら思案顔で。
「治まらぬ暑さと干ばつですか。何か精霊に異常でも起きているのでしょうかな」
「そうだな。ま、考えられる事態に備えては来たが‥‥出来ればこいつの出番が無ぇ事を祈りてぇな」
 そう言ってアリルが取り出すのは石の中の蝶と呼ばれる魔法のアイテム。
 所謂カオスの魔物が近付くと羽ばたく宝石の中の蝶は、今は静かに羽を佇んでいる。
「まあ、今に限って原因はともかく‥‥まずは村人の救出を最優先にせねばなりませぬ」
「だな。対災害にゃ素早い初動が最重要だし、バッチリやんぜ」
 何しろ、今回の仕事における敵は言わば自然。素早く事を済ませなければ、人命にも関わる。
 その事を再認識し、意気込みを改める二人‥‥を、壁にもたれながら見据えるのは、今回の直接の依頼人とも言えるエルフの騎士、アレックス。
 冒険者嫌いと言う事で通っていた彼が「冒険者の力を借りたい」と言ってギルドに現れた時には、受付係含めその場に居合わせた者の誰もが仰天していたが‥‥その事情を知って、手を差し伸べてくれる者も少なくは無かった。
 その中の一人、エルフの鎧騎士シャリーア・フォルテライズ(eb4248)が一本の剣を手に、彼に歩み寄る。
 それは、シンプルながら魔力を湛えた逸品で。
「あくまで念の為の用心ですが、良ければお使い下さい」
 そう言って差し出された剣を、アレックスは首を振りながら突き返した。
「私とて聖なる母に仕える神聖騎士。デビルと渡り合う為の備えは欠かしておらん。案ずる必要は無い」
 その口調は、どこか辛辣。
 やはり、まだ彼が冒険者達と打ち解ける事はなさそうだ。



●子供の心を掴む方法
 ――パチン。
「やったぁ! 僕の勝ちッ!!」
「はは、飲み込みが早いね。次は僕も本気を出さないとな」
 村の少年と共に、切り株を挟んで向かい合うのは結城敏信(eb4287)。
 何をしているのかと覗き込んでみると、そこにあるのは大きさや形の似通った石が数個。
 敏信は天界で曰く『おはじき』と呼ばれるゲームで、子供達と遊んでいる様だ。
 かと思えば、他の女の子達が輪に結ばれた紐を手に寄って来て。
「見てみて! ほら、出来たよ『トーキョータワー』!」
「おお、上手だね」(ちなみに、トーキョータワーとは天界にある巨大な塔の事なのだとか)
「ほらほら、こっちは『ちょうちょ』!」
「へぇ。こんな難しい物まであっさり覚えるとは‥‥大したものだね」
「ねぇねぇ、私は『犬の散歩』を作ろうとしてるんだけど、どうやるの?」
「いえ、それはあやとりじゃない様な‥‥(汗)」
 そう、彼は『あやとり』と呼ばれる天界の遊びを、彼女達に教えていた。
 一本の細い紐を指で引っ掛けて様々な形を作るという、織布の原型の様なシンプルな遊びは、それでも少女達の興味を引くには十分で。
 結果として、敏信の『遊びを通じて子供達の気を引く』と言う計らいは、見事に成功していた。
 本当は『お手玉』と呼ばれる物も用意していたのだが、この二つだけで十分に事足りた様子だ。
「‥‥君達は、まだ遊びたい盛りだからね。どうしてもここを出たがらない両親と離れたくは無いし、それにやっぱりここが好きだから、残りたい。その気持ちは良く分かるけど‥‥。もしここから避難して逃げれば、もっと面白い遊びだってできるんだよ?」
 すっかり懐いた子供達を集め、中腰になって視線の高さを合わせながら、そう諭す敏信。
 そんな彼の説得に、子供達は皆顔を俯けて――。

●生き延びろ
 一方その頃、村の大人や老人達を集め、食卓を囲むのはセオドラフ、シャリーア、アリルの三名。
 アリルとアレックスがサイレントグライダーによって先行し、皆の体調管理を買って出ていたので、他の仲間達が到着する頃には全員この談義に出席できる程度には元気を取り戻していた。
「いやはや溜め込んでいた食料も底をついて久しかったので‥‥助かりました。どうもありがとう御座います」
「いえ、お礼ならば領主様に言って下さい。これらは全て、この村を想ったエルガルド伯爵から提供されたものですから‥‥」
 笑みを浮かべながら言うのはシャリーア。
 実は彼女とアリルの二人は、ウィルを発つ前からこの村に供出するべく余分に食糧を持参していたのだが‥‥此度の事で世話を掛けてしまうと言うのに、そこまでして頂いては申し訳ないと言うエルガルドの申し出により、物資全般に関しては彼に一存する事にしていた。
 故に、現在9名の村人達が囲んでいるのは、紛れも無く領主から提供された食糧である。
 また、アレックスに加えて領主の子息であるウルティムも、冒険者達とエルガルドの計らいにより、時間を見てこの村に訪れている。
 それ程までに、領主はこの村の事を想ってくれている――その事実が、頑なな村人達の心を、少しずつ揺さぶり始めていた。

「‥‥どうしても、あんた方は避難するつもりは無いのかい?」
 唐突に切り出すのはアリル。
 一斉に彼に集る視線。かと思えば、すぐさまそれは村の村長らしき老人の方へ向きを変え‥‥そして、是の意思を認識した。
 途端に、重苦しくなる空気。その中で、口を開くのはセオドラフ。
「皆様方は、本当にこの場所が好きなのですかな?」
 彼の質問に、当然首を横に振る村人は居ない。全員が全員、彼を睨み付ける様な勢いで頷くと――。
「俺には、そうは見えねぇな」
 口を挟むのはアリル。
「故郷がホントに大事なら一端離れてでも復興に力を尽くすべきだぜ。そりゃあ故郷を護りたいって気持ちは素晴らしいぜ、あんたらの心の中の故郷の姿はそりゃあさぞ立派で綺麗なモンだろうさ。だけどな、あんたらが意地張ってつまんねぇ理由でくたばってみろ、そんな綺麗な景色を知る人間は誰も居なくなっちまうんだぞ。悲しいが人間は知りもしねぇモンをイチから作るのはスゲぇ難しいし、復興できる可能性も低くなる‥‥」
 彼の言葉に、村人達の視線は泳ぐ。けれど、アリルは構わず続ける。
「つまりはあんたらが故郷に殉じるって行為は、実際には故郷を二度と復興できもしないつまんねぇ荒地に変えても全然かまわねぇと言ってるも同然なんだよ。そんなんであんたらは自分は故郷を愛してるって胸張って言えんのか? 別に故郷は逃げねぇし、いつでも此処にあるんだ、命尽きるまで故郷の為に尽力してぇってなら、一時期避難するのが正しい道だと思うがね」
「左様‥‥。無論私達も、この異常気象の原因を調査し、再発の防止と復興に向けての支援は可能な限り行えるよう努力する。あなた方が命を落として故郷が荒廃するとなっては、精霊界で亡き親御殿に見えた際にも胸を張れまいよ」
 アリルに続けて口を開くシャリーアの言葉に、多くの村人達の心は揺らいだ。
「我が名はシャリーア・フォルテライズ、騎士としての誇りにかけて、決してあなた方の故郷を蔑ろにはせぬと此処に誓おう。辛いだろうが、今はまずあなた方ご自身の身を第一に考え、避難して頂くようお願いしたい」
 だがしかし、それでも尚依然としてその瞳に未だ頑なな意思を宿している者も居た。村長とその妻の老夫婦である。
「‥‥最初に言ったじゃろう。残りたい者だけ残ればよい、と。わしとて、村の全てを心中させるつもりはない。じゃがの、わしにとってここは全てであり、ここを失う事は死と同義なのじゃよ。じゃから‥‥わしは最後の一人になろうとも、ここを離れん」
 そう言って、顔を伏せる村長。
 冒険者達は理解した。今此処に居る村人達が、村と運命を共にする事を決意した理由、その大き過ぎる一端を――。
「(ですが、だからこそ‥‥)」
 そんな彼の前に、ゆっくりと歩み出るセオドラフは。
「‥‥貴方ならご存知のはずです。自然というものは強く、たくましい事を。たとえ一年、雨が降らずとも、次の年には精霊の恵みにより大地の渇きが癒えることもあります。わたくしもエルフの身なれば、そのような場面を目にした事もございます。今ここで貴方が命を失ってしまえば、此度の干ばつが治まった時、誰がこの村を立て直すのですか? 察するに、この村の事に一番詳しいのは村長たる貴方でしょう?」
 村長は答えない。だが、少しずつその意思に亀裂が入りつつある事を雰囲気で感じながら――セオドラフは続ける。
「たとえ土地が癒えたとしても、貴方の知識なくして村の復興はありえませぬ。もしもそれが遠い未来の事だとしても、その時が来るまで若輩者らに知識と経験を受け継がせる事が務めではありますまいか。この場は耐えて――」

「生き延びてくださいませ」
「生き延びては頂けまいか」
「生き延びるべきだぜ」
『生き延びるんだよ』



●大移動
 翌日から、チャリオットを用いた村人達の移住が始まった。
 サイレントグライダーを駆って上空から誘導するアリルの指示の元、地上車の操縦に関して卓越した技能を持つシャリーアが敏信を先導しながら、まずは村人達を運ぶ。
 その後三人は村に戻り、今度はセオドラフも加えて三台のチャリオットで荷物を運ぶと言う、言わばピストン輸送をもってして移動する事となった。
「僕の技術は最低限なので、人を乗せて運転するのは少し自信ないですが‥‥」
「なに、そう不安に思う事は無い。何しろ、親を説得するまでに子供達を手懐けられたのだから。貴方なら出来るさ」
 シャリーアに励まされ、少し頬を染める敏信。
 その手には、子供達からの感謝の気持ちと言う事で贈られた宝物‥‥近隣で拾ったという天界製品の磁石が、しっかりと握られている。
 彼女の言う通り、やはり大人達に対しては子供や孫からの説得と言う物が、もっとも功を奏した様で――その証拠に、チャリオットに乗り込んだ村長含む村人達の顔には、もう進んで命を投げ出そうという憂いは、影も無い。
 皆故郷との一時の別れを惜しみつつも、生き延びようと言う強い意志が、その表情に窺えた。
 ――ただ一人の少女を除いては。

「本当に一人で残って大丈夫ですか?」
「ええ、心配には及びませぬ。未だ荷物の整理も完了してはおらぬ事ですし‥‥それに、気になる事もあります故」
 そう言って、真夏の如き日差しに照りつけられる村を見遣るセオドラフ。
 彼が言う気になる事、その内の一つはその日の朝から姿を晦ませたウルティム。
 ‥‥まあ、これに関しては余り気にする事でも無い様な気がしないでもないが、もう一つは村の少女の飼っていたという猫の事だ。
 何でも、昨日の夜から行方を晦ませてしまったのだとか。
 猫であればそう珍しい事でもないが、何しろこの環境下ではやはり飼い主の少女も不安を拭い去れず‥‥。
「‥‥そうですか。でも、無理はしないで下さいね」
「存じておりまする。其方こそ、道中お気を付けて」

 ――そして二日後。
 村に戻って来たアリルに敏信、そしてシャリーアが見たものは、セオドラフに介抱されるウルティムの姿であった。
 この厳しい環境下で余程の長時間、外を出歩いていたのだろう。その身体は見るからに衰弱していて。
「ど、どうしたんだ!? 何でこんな状態に‥‥」
「‥‥何でも彼は、例の居なくなった猫を探して居たそうです。村人の移住と言う大事な役割を持った私達に知られない様、たったお一人で‥‥」
 ふと目を向ければ、部屋の隅には一匹の黒猫の姿。
 此方は全く弱っていない所を見るに、どうやら村の何処かに潜んでいたらしい。
「‥‥まったく、この方も無茶をなさる」
 深い眠りに就いているウルティムを見ながら、何処か呆れた様に言い放つシャリーア。
 それは皆も同じ事――だが、自然と彼等の口元は、綻んで小さな笑みを湛えているのだった。