おてんば恋シフ・神父の心理戦?
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■ショートシナリオ
担当:深洋結城
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:4
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月01日〜10月07日
リプレイ公開日:2008年10月10日
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●オープニング
何だろう、この感じ。
あたいはいつも通り気ままに飛び回って、気ままに鳥とかを凍らせて遊んでるだけなのに‥‥。
何か物足りない。心の中にぽっかりと穴が開いちゃったみたい。
けど、胸の辺りはきゅ〜って苦しくて、何だか顔まで熱くなって。
こんな事、初めて。あたい、病気になっちゃったのかな?
‥‥気が付いたら、あいつらの帰って行った方に向かって、羽ばたいていた。
そう、あの時蛙に食べられそうになっていたあたいを助けてくれた、あいつらに会う為に‥‥。
「うぁ〜‥‥暑いったらないわ〜‥‥」
ウィルに佇むジーザス教の教会、その礼拝堂の長椅子に横たわりながら唸り声を上げるのは、パラの自称トレジャーハンター、ティーナ・エルフォンス。
「暑いって‥‥もう夏は終りましたよ? 最近では残っていた暑さも引いて、大分涼しくなってきましたし」
そんな彼女に優しげな様子で声を掛けるのは、神父のヨアヒム・リール。
ここ数ヶ月、布教の為に殆ど不休で活動し続けていたにも関わらず、それを表に出さない辺りは流石神父と言った所か。
そんな彼に対して、ティーナはと言えば完全にだらけた表情で。
「ウチにはそうは思えへん‥‥。こない暑いと、文献を解読する気さえ起きへんわ‥‥」
言いながら、何やら古い書物でヒラヒラと自分の顔を扇ぐ。
ティーナはどうにも暑さに弱いらしく、夏の間の彼女はずっとこんな調子だった。
それも外に比べて比較的涼しかったからか、決まって寛ぐ場所は教会の礼拝堂。
追い出しこそしないものの、これにはヨアヒムも困り顔で。
「やれやれ‥‥此処に居座る分には構いませんけれど、『アルテ』さんとやらと約束したのでしょう? 『瞳』なる物を探す、と」
「あー、せやかて次の場所の目星はついてはんねん。ほら、これがやっとの思いで見付けた『宝島』に関する文献や」
そう言ってついっと突き出すのは、先程まで扇同然に扱われていた古びた書物。
一緒に取り出したメモを見てみれば、何気に解読も随分進んでいるらしく、大体の場所の見当まで付けていたりする。
「けど、こない暑いと動く気が起きへん言うか〜‥‥。あーもう、あついあついあついあついーっ!! 何とかしてな、ヨアr」
カキーン。
コミカルな擬音と共に、氷漬けになるティーナ。
突然の事に何事かとヨアヒムが目を見開くと、いつから居たのか長椅子の後ろには青い髪のシフールの姿があって。
「まったく、五月蝿い奴ね。そんなに暑いんなら、氷の中で涼んでなよ」
言いながら、ティーナの氷像の上で胡坐をかいてしまった。
どうやら、このシフールの少女が彼女を氷漬けにしたらしい。
かと思うと、少女は口を開けたまま立ち竦むヨアヒムの方へ向き直り。
「で、『しんぷ』ってのは何処にいるの? この建物の中に居るって聞いたんだけど」
「あ‥‥はい、私が神父を努めておりますヨアヒムと申します」
「ふ〜ん、あんたが? 何だか弱っちそうな男ね」
「‥‥‥‥」
「ま、いいや。それよりさ、しんぷって人の話を聞いてあげるのが仕事なんでしょ?」
「はあ‥‥まあ、当たらずとも遠からずと申し上げますか。何か悩み事でも?」
「んー‥‥ちょっとね。実は、あたい変な病気に掛かっちゃったみたいでさ‥‥」
と言う訳で、シフールの少女‥‥クーの相談に乗る事になったヨアヒム。
だが、話を聞く内に、彼女の悩みが病気ではないと言う事に気付き‥‥。
「ねぇ、しんぷって病気とか怪我なんかを治せるんでしょ? だったら、あたいの事治してよ」
「ははは、残念ながら聖なる母にお仕えする身でしかない私では、病気を治す術はありませんよ。ですが、そうですね‥‥私で宜しければ、クーさんの容態が良くなる様手助けをして差し上げましょう」
「ホント!? ありがとう!!」
言いながら、ヨアヒムに飛び付いてくるクー。
そう言った面に無頓着であるが故の病なのであろうと‥‥彼は、苦笑いを浮かべていた。
同日の夕刻過ぎ、冒険者ギルドにはヨアヒムの姿があった。
「夕食会ですか?」
「ええ。近頃はどうもご無沙汰してしまっておりましたし‥‥。それに布教の甲斐あって、今秋は沢山の食材を頂けたのです。必要最低限の分を確保して、それ以外は孤児等に寄付して差し上げたりもしているのですが、それでも日を持たせるにはやはり量が多くて‥‥。ですから、普段頑張っていらっしゃる冒険者の皆様に振舞いたく思いまして」
とは言ってもやはり教会で催す物の為に、質素な菜食中心の料理しか御用意できない上に、尚且つ会自体もささやかなものとなってしまうので、申し訳ないのですが、と付け加えて苦笑する彼に。
「いえ、それでもきっと十分皆喜びますよ。では、依頼と言う形で参加者を募ると言う事で、宜しいですね?」
「ええ。その方が当方としても都合が‥‥いえ、何でも御座いません」
「?」
何やら彼らしからぬ神父の言葉に、受付係は怪訝な表情で首を傾げていた。
●リプレイ本文
●神父、隠し事三分持たず
招待に応じて、一先ず教会へと足を運んだ冒険者達。
そんな彼らを迎えたのは、ヨアヒムとティーナの二人だった。
「おや、いらっしゃいましたね。皆様、ご無沙汰しておりました。此度は唐突な催しに応じて下さり、どうもありがとう御座います」
「神父様にお会いするのも久しぶりですね〜♪」
「そうですね、お二人ともお元気そうで‥‥。またよろしくお願いしますね」
ソフィア・カーレンリース(ec4065)は元気よくペコリと、倉城響(ea1466)は恭しく頭を下げ、挨拶を交わす。
と、その後ろから何者かの手が、唐突にヨアヒムの顔に向かって伸びて行き。
ぐわしっ。
「久しぶり、とりあえず隠してること洗いざらい吐こうか♪」
ギリギリギリギリ。
「いだだだだだっ!!? な、何の事ですか隠し事とh」
グググググ。
「ヒイィィィトオォォォ」
「とっ‥‥と、取り敢えず私の考えて居る事はお話し致しますから!! ですからそれは止めてくださいっ!!」
と言う訳で、アシュレー・ウォルサム(ea0244)の握力の前に屈したヨアヒムが、冒険者達を前にして話し始めたのは――。
「恋煩い、ですか?」
「ええ。当人から話を聞いた所、どうやら以前に冒険者の皆様に危ない所を助けられた事があるらしく‥‥その時からずっと想い続けて今に至るそうです。もっとも、本人はそれがどう言った感情なのかと言う事を理解しておらず、病気だと思い込んでいる始末なのですが‥‥」
「へぇ〜、初心な人なんですね〜♪」
響とソフィアがホクホクとした微笑を浮かべる中、ふと口を開くのは腕を組んで話を聞いていた物輪試(eb4163)。
「つまり、今回俺達冒険者を夕食会に招待したのは、それが誰かを割り出す為だった‥‥と言う事か?」
「‥‥と言うよりも、心当たりが無いかお伺いしようと思っていたのですが‥‥あわよくばこの中に意中の相手が居ればと言う考えもあった故、否定できませんね。ですが、あくまでも皆様をお呼びした最たる理由は、申し上げました通り皆様との親睦を深める為と言う事に、嘘偽りは御座いません」
とは言え、結果として勘ぐる為に皆様をお集めする形となってしまい、申し訳ありません、と言って、深々と頭を下げるヨアヒム。
そんな彼に、アシュレーは苦笑いを浮かべ。
「いやいや、こちらこそ無粋な事を聞いちゃったみたいで‥‥すまなかったね。で、その『恋する乙女』とやらは何処に居るんだい?」
彼の問いに、周囲をキョロキョロと見回すヨアヒム。――が、ふとその首を傾げ。
「う〜ん‥‥おかしいですね。さっきまでは礼拝堂に居たのですが‥‥。まあ、暫くすれば戻って来るでしょうし、それまでは――」
がしっ。
「ヒィィィトォォォォ」
「ほ、本当ですってば!! 隠してなどいません、信じてくださいだだだだだ!!!」
●宴は準備から
「ご迷惑でなければ、皆様が楽しめるよう微力ながらがんばりたいと思います」
「いえ、ご迷惑だなんて。同じ冒険者仲間なのですし、そんなに畏まる事ありませんよ〜」
教会に足りない物資の買出しに出て間も無く、そんな事を口走る晃塁郁(ec4371)を響が優しく嗜める。
実はこの役割を真っ先に買って出たのも彼女で‥‥普段神父のヨアヒム等に余り関わりが無かった事を気にしているのだろうか、それとも性分故なのか、何処か献身的なまでに縁の下の力持ち的な仕事を進んでこなしていた。
「折角の宴なのですから、それ程遠慮は必要ありませんよ〜。ヨアヒムさんもフランクな方ですし、ティーナさんは寧ろ無遠慮な位ですし〜」
「は、はあ‥‥」
のんびりと言う響に、塁郁は分かった様な分からない様な表情を浮かべる。
けれども、折角の機会なのだ、もっとはっちゃけるくらいに思い切って楽しんでしまうのも有りだろう。
そう、仲間内の彼の様に――。
「ハクション!」
「? アシュレーさん、風邪ですか?」
「んー‥‥どうだろ? そんな不摂生はしてない筈だけど‥‥」
鼻を啜りながら言うアシュレーに、ソフィアは首を傾げる。
「‥‥いや、やっぱ風邪かも。そうしたらソフィア、俺の事看病してくれる?」
「そうですね。冗談も言えない位に酷い容態だったら、考えてあげます♪」
と言った感じに、挨拶程度のナンパスキルのせめぎ合いが行われたところで。
前を歩く試が木製の扉を開くと、中から一斉に掛けられる声。
「お帰りなさいませ、ご主人さ‥‥あ!」
「ええと‥‥お邪魔する。店長はいらっしゃるかな?」
そう、一行が訪れたのは喫茶店のミスティ・フォルトレス。
折角なので、ここの店長であるウェリス・フォルトナムも誘おうと最初に言い出したのが誰だったかは知れないが、兎も角3人が3人とも同じ事を考えていた。
加えて、彼らにはどうにも気になっている事があり‥‥。
「先日の冷製ハーブティーだが、その後どうなっている?」
「ええ、お陰様で茶葉のブレンドに関しては大分煮詰まってきたのですな。とは言え、水の問題は未だ解決出来てはいないのですが‥‥」
「それはしょうがないですよ〜。安定して綺麗な水を供給するなんて、簡単な事じゃないですから〜」
「そうだね。まあ、いずれ取り組まなければならない問題だろうけど、今は気にせずにハーブティーの淹れ方や茶葉の方の研究に専念した方が良いと思うよ」
アシュレーの励ます様な言葉に、力無く頷くウェリス。
――その顔色は、前回に比べても明らかに良くなっており‥‥ふと傍らのテーブルに目を遣れば、大分減ってはいるもののまだ半分以上の量を残して佇む『例の薬』の入った小瓶。
彼はその薬を提供した人物の言いつけ通り、毎晩欠かさずに服用している様子で。
「と、ところで、ウェリスさん。前回も言ったが、余り根を詰めすぎるのも良くない。と言う事で、中間発表をしてみないか?」
試の申し出に、ウェリスは目を瞬かせた。
「只今戻りました」
「お帰りなさいませ。わざわざ申し訳ありません、買出しまでして頂いて‥‥」
「いえ、良いのです。楽しい夕食会にする為‥‥いえ、私も皆様と一緒に会を楽しみたいが故ですから」
塁郁はそう言って微笑むも、やはり自分が催した会の準備の手伝いをさせてしまうと言う事に、未だヨアヒムは抵抗を感じてしまっているらしく。
するとその横から、ぴょこんと顔を出すのはティーナ。
「そうそう、それにアシュレんも言っとったやん。『こういう準備もするのも親睦を深めるよ』て♪」
声真似をしながら言う彼女に、塁郁と響が笑みを浮かべながら頷く。
「さて、それでは材料も揃った事ですし、早速調理に取り掛かりましょうか。肝心の夕食が無ければ、『夕食会』にはなりませんからね♪」
「おおぉっ!!? 響んが料理作ってくれるん!? やったー! えらい楽しみやわっ!!」
嬉しげにぴょんぴょんと跳ね回るティーナの頭を撫で繰ると、ヨアヒムと共に厨房へと向かって行く響。
と、彼らに入れ違って教会の木戸が開き、アシュレーが姿を現した。
「ただいま〜っと。おや? 神父は何処に行ったのかな?」
「丁度今、響さんと厨房に向かいましたよ」
「そう、それは丁度良かった。助っ人を連れてきたからさ、俺達も手伝うよ」
そう言うアシュレーの後に続いて礼拝堂に入ってくるのは、ウェリス。
成程、普段喫茶店の店長をしている彼であれば、強力な助っ人になりそうだ。
アシュレー本人も写本「食卓の賢人たち」を手に、鼻歌を歌いながら厨房へと姿を消して行く。
――そんな彼らの様子を、天井の梁からじっと見据える影があった。
「っ‥‥!? まただ、この感じ‥‥」
途端に、彼女は真っ赤に顔を染めながら梁に座り込み、そして天井を見上げる。
「はぁ‥‥本当になんなんだろ、これ。あのヨアヒムって奴は、何か分かってるみたいだったけど‥‥本当に、治せるのかな‥‥?」
●おてんば恋シフール
「クーさん? どちらにいらっしゃるのですか?」
「ん‥‥ここだよ」
誰も居ない礼拝堂で、ヨアヒムの声に応える様にパタパタと梁から降りてくるのはシフールのクー。
「おや。いつからそこに居たのです?」
「ずっと。でも、ついさっきまで寝てたんだけど‥‥」
そうでしたか、と朗らかに笑うヨアヒムに対し、クーはと言えば喋っている間も顔を俯けたまま。
見れば彼女の顔は先よりも赤く火照っていて、どこか心地悪そうにもじもじと身を捩じらせている。
「‥‥クーさん。一つお尋ねしますが、先程この礼拝堂に集っていらっしゃった方の中で、見覚えのある方はいらっしゃいませんでしたか?」
ヨアヒムが尋ねると、クーは一瞬大きく目を見開く。
今朝方までと比べても明らかに様子の違う彼女。その理由といえば、一つしか考えられまい。
即ち――今回招かれた冒険者達の中に、彼女の『意中の人』が居るのだ。
思わぬ事態の進展に、満面の笑みを浮かべながら答えを待つヨアヒム。そして、考え込んだ末にクーの口から出てきた答えは。
「う〜んと、そうだね。3人かな?」
「‥‥‥‥‥‥はい?」
「いや、だから3人だってば」
――流石に、この答えは予想外だったらしい。
今回集まった冒険者は5名‥‥その内半数以上が、クーと依頼で関わった事のある者達だと言うのだ。
‥‥絞り込めやしない。
(「はあ、仕方ありませんね‥‥。こうなれば、実際に会って頂くのが一番でしょうか」)
‥‥‥‥。
「あれ? 君は確か‥‥」
ヨアヒムに促されるまま各々準備する手を止め、礼拝堂に集った冒険者達。
その中のアシュレーが、長椅子にちょこんと座っているシフールの少女の姿を認めるや、記憶を辿る様に口元に手を当てる。
「ほら、この間の蛙退治の時に知り合ったクーさんですよ〜」
「ああ、あの時の! 元気だったかい?」
ソフィアの口添えで思い出した様にポンと手を打つと、のほほんとした表情で尋ねる。
だが、クーはと言えば俯きながら「あー、うー‥‥」と唸るばかりで、以前に彼等が会った時の様な覇気は無い。
ここで、アシュレーが二度目のポン。
そう、神父と再会して早々、握力に物を言わせて聞き出した情報。彼女こそその当事者なのだろうと考えに至るのに、時間は掛からなかった。
(「‥‥って、待てよ? と言う事は、この娘を助けた冒険者って‥‥俺達、だよね? 尚且つ、一目惚れした相手って言うと、女の子のソフィアは違うとして‥‥‥‥‥‥‥(汗)」)
ふと隣に目を向ければ――試も同じ考えに至っているのか、考え込みながら口元を引き攣らせていたりする。
二人の乾いた笑い声が、礼拝堂に響き渡った。
「と、ところでクーさん。丁度良かった、実は俺達『も』貴女の事を探して居たんだ。少し頼みたい事があってな」
しどろもどろになりながら試が切り出すと、「ほえ?」と目を見開きながら、真っ赤になった顔を向けるクー。
初心よのう。
そして、彼がクーに頼んだ事とは――。
●招かれた者達
夕食会の準備も殆ど済んだ頃。
礼拝堂に教会の木扉を叩く、乾いた音が響く。
そして現れたのは――。
「おお、シエラさん! 来てくれたのか!」
アトランティスにおいてベースボールを普及させようと奔走する二人組。
彼らを招待した試が嬉々と声を上げながら近付くと、シエラが帽子をクイッと直しながら。
「ああ、もっともイチローは『そんな事よりもトレーニングだ!』と言って聞かなかったから、置いて来たが。ん、アシュレーも元気そうだな」
「うん、久し振り。どう、グライダーズの皆は? 少しは上達したかい?」
と言った感じで世間話を交わしていると、また教会の扉を叩く音が響いた。
次いで入って来た人物に、響は目を見開き。
「あら、サマエルさんではないですか。こんにちは♪」
「ええ、どうも。つい先刻依頼から戻って来たので、ギルドに立ち寄ってみたら、何やらソフィアさんからお言付けを頂いていましたので」
そう言う彼の後からぞろぞろと続いて来るのは、ウィルにある通称『珍獣屋敷』に遣えるメイドのミルク(毒入り)、レモン、そしてノラの三名。
どうやら彼女達もソフィアによって招待されたものらしく、各々がいつものメイド服では無く相応のお洒落をしていた。
「ああ、それと義兄様はイムンにて体調を崩してしまった様ですので、まだウィルには帰って来ておらず‥‥お呼びする事は出来ませんでした」
「そうですか。それは残念ですね‥‥」
サマエルの言葉に、目を伏せるソフィア。
例え珍獣と言えど、やはり宴は人数が多い方が楽しいだろうと言う考えありきなのか。その表情は、本当に残念そうなものだった。
‥‥いや、もしかすると先日ミスティ・フォルトレスにて繰り出した新必殺技を試したいだけなのかも知れないが。
「ちなみに、アレックスに関してですが、一応書状で招待はしてみましたが‥‥」
その先は、言わないでも分かる。
まあ、ともあれこれで冒険者達が各々招待した客人は、ほぼ全員揃ったと言う訳だ。
「本当は、以前に会った天界人の颯君も呼びたかったのですが‥‥」
だが、彼の世話になっている施設に言ってみれど、その姿は無く‥‥一応言付けも頼んでは居るのだが、準備を全て終えて食卓を囲んだ今に至っても、来る気配は無い。
彼に関しては諦めるしかないだろうと言う事で、肩を落とすソフィアを横目に、口を開くのはヨアヒム。
「では‥‥本日は、お集まり頂きありがとう御座います。本来であれば、これよりも大分質素な会になる筈だったのですが‥‥皆様のご協力のお陰で予想外にもこの様に大勢で、大変に豪華な料理を囲む事が出来ました」
そう前置きした後、彼が食前の祈りを捧げると、一同もそれに倣う。
元来神を崇拝する習慣の無いアトランティス出身の者の多くは見様見真似であったが、要は食物、それを養った全ての者達、そして今食事にありつけると言う事に感謝する気持ちがあれば良いとヨアヒムが言えば、彼らも何処と無く理解した様子で首を縦に振っていた。
かくして、ここから先はお堅い儀礼など必要ない。
「いただきます」の声と同時に、ある者は食べ、ある者は飲み(酒類は塁郁が買出しの際に用意した)、ある者は騒ぎと‥‥思い思いに、夕食会を堪能し始めた。
●水出しハーブティーの中間発表
「そう言えば、冷製のハーブティーの方は完成致しましたか?」
塁郁が隣に座るウェリスに尋ねると、彼は思い出した様に手を打ち、一旦席を離れる。
そして、戻った彼が抱えて来たのは、外面に水滴の滴っている大型の茶釜。
「いやはや、響さんの手伝いのお陰で、冷製茶の中では今までで最高の物が完成したのですな」
「そんな、私は殆ど何もしておりませんよ」
言いながら、照れ笑いを浮かべる響。
だが、その手並みは誰の目から見ても、熟練のそれと言うべきもので。ウェリスの茶淹れに大いに貢献したであろう事は、想像に容易い。
「あたいも手伝ったよ! ほら、その変な入れ物を冷やすの!」
そう言って「えっへん」と胸を張るのはシフールのクー。
――実は、精霊魔法[水]の中でも特にアイスコフィンの魔法を得意とする彼女に冷製茶の製作を手伝わせる様仕向けたのは、試だった。
天界で曰く『レイゾウコ』に代わる様な、低温の氷室を作る事。それは、水出し法を用いて冷製茶を作る上で、立ちはだかった課題の一つ。
前回研究の為に水出し法を試みた際には、アシュレーがスクロールのアイスコフィンを用いる事で凌いだが‥‥それでは安定して冷製茶を供給する事は出来ない。
また、同時に試が大変に断熱性の高い構造の氷室の製作を提案したが‥‥室内そのものの温度を下げる手段が無ければ、意味は無い。
それを補う手段として、クーが喫茶店で働きながら、アイスコフィンでもって手伝いをすれば良いのではないかと‥‥彼は、そう考えたのだ。
物輪試、彼こそアイディアマンと呼ぶに相応しい。
だがしかし、クーの返事はと言うとこれまたはっきりしないもので‥‥。
一先ず今回の夕食会での茶淹れに関しては協力を得られたものの、まだ店に居着いて氷室の温度調整を手伝ってくれるかまでは、分からなかった。
ともあれ、こうして淹れられた冷製茶は全員に配られ‥‥そして一口啜れば、皆が皆目を丸くしていた。
「これは‥‥。普段私達の飲むハーブティーと言えば暖かい物が主ですが、これはこれで乙な物ですね」
「‥‥うん、僕がアイスティーの話をしてからそれ程日も経っていないと言うのに、ここまで仕上げるとは‥‥大したものです」
「へぇ、これは大分前に店長のブレンドしたアップルハーブティーだね? 水出しすればえぐ味はほとんど消えるから、かえってこの茶葉の香りが生きる訳か‥‥考えたね」
「ええ、これならばジュース感覚で飲めますね。ただ、やはりホットで飲むのとは要領が違う為か、蜂蜜を入れないと味が足りない感もありますけれど」
苦笑いを浮かべながら、少しずつ蜂蜜を足して行く塁郁。
加えて挙げるなら、以前より香りの強い茶葉を使って誤魔化した所で、未だ水の味は消し切れて居ない。
以前よりはブレンド面において確実に進歩はしているものの、まだ完成には程遠いだろう。
それが、現時点での冷製ハーブティー研究に対する一同の見解であった。
●ビックリ人間?
そんなこんなで談笑しながら食事は進み、宴もたけなわになった頃。
この頃になると、そろそろ誰かが「何かをしなきゃ」と思い始めるものだ。
とは言っても、こう言った場で披露出来る様な芸を身に付けている者等、そうそう居たものでは――。
「あ、だったら王様ゲームしません?」
――ピシッ。
ソフィアの提案に、場の空気が凍り付いた様な錯覚を覚えたのは、一人ではない筈だ。うん。
「あ、ああ、それなら俺が軽く手品でもやって見せようか」
「えー? 王様ゲームはやんないんですか〜?」
どうやら酔いが回って来ているらしく、セクシーパラダイスと言う名のドレスに身を包んだ文字通りセクシーパラダイスなソフィアは、絡む様にしてアシュレーの身体を揺さぶる。
それを彼は努めて流すと、コホンと一つ咳払いをし‥‥そして何処からとも無く一枚の大きな布を取り出した。
「取り出したるは、神父からお借りしたテーブルクロス。この中に俺が入り、三つカウントすれば――」
1、2、3‥‥‥‥バッ!
「ジャジャーン!! あっと言う間に美女の出来上がりぃ♪」
ぶっ!!?
ごふっ!!
パリーン!!!
穏やかでない擬音があちらこちらで響いた。
何しろ、布を被った筈のアシュレーの代わりに現れたのは、全く別人の銀髪美女と言うのだから‥‥此処まで派手な手品に慣れていない面々が、驚くのも無理は無い。
だが、そのタネを知っている者にとっては割とツッコミ所満載な手品だったりする‥‥と言うのも、彼が指にはめている『禁断の指輪』、これは持ち主の性別を変えてしまうと言う、(ある意味)恐るべき魔法のアイテムなのだ。
どの様に恐ろしいかと言うと。
「ねえ、神父さぁん? 最近私ぃ、恋人に会えなくて寂しいの。慰めてぇ♪」
「だ、ちょっ‥‥信じていればいずれは‥‥と言うか、引っ付かないで下さいっ!!」
とまあ、こんな具合に。主に精神面において、破壊力抜群である。
とは言っても、塁郁が事前に施した化粧(男性時にはそれ程目立たなかった)の効果もあって、素性にさえ目を瞑ればどう見ても可憐な美女なのだが。
‥‥何も知らないウルティムだったらならば、普通に息を荒げて飛び込んできそうだ。
と、アシュレーの身体をはった一発芸である意味盛り上がりこそしたものの、残されたのは何とも微妙な空気。
それを振り払う様に、道化棒を手にして立ち上がるのは塁郁。
「では、未だ未熟ながら‥‥私が簡単な大道芸を披露致しましょう」
「あ、そう言うんやったらウチも得意やで!!」
言いながらティーナは塁郁の横に並ぶ。
かくして、二人はその持ち前の身軽さをもってして、一同に身体と道化棒を使ったアクロバティックな芸を披露した。
とは言え、塁郁は大道芸に関しては未だ修行中の身の上である上に、ティーナは正直単に身軽なだけ。
二人とも若干垢抜けない感こそあったものの、この場においてはそんな事気にする者も無く、一芸を成功させる度に皆が皆大きな拍手を送っていた。
●宴の終わり
塁郁の大道芸のレパートリーが尽きる頃には、夕食会もそろそろ終わりの兆しを見せ始めていた。
そこで塁郁は、更に用意していた竪琴を手に取ると、その場の雰囲気に沿う様な静かな曲を奏で始める。
本人曰く、楽器演奏も修行中の身の上なそうなのだが、それでも選曲が良かったのか、はたまた場の空気がそう感じさせているのか。彼女の演奏は誰の会話も邪魔せず、それでいて高揚した気分をゆっくりと鎮めていく様な感覚を、一同にもたらした。
準備の時に始まり、今に至るまで皆が会を楽しめる様尽力する。彼女こそ、今回の宴会の立役者と言われるに相応しいであろう。
そんな演奏をBGMに、ぽけ〜っとハーブティーを啜りながら和んでいた響は、ふと向かいに座っていたティーナに声を掛ける。
「そう言えば、ティーナさん。例の遺跡でアルテさんに言われた『精霊の瞳』についてなんですけど〜」
「ん、それやったらもう次の場所の調べは大体ついてはるで。場所も大体絞り込んではるんやけど、何しろウィルから遠いねんからなぁ。また近い内、そこの下見言う事で響ん達に手伝いをお願いするかも知れへん。その時は、宜しく頼むで♪」
響はまだ言葉を最後まで言いきっていないと言うのに、割り込む隙も無い程の早口で説明を始めるティーナ。やはり彼女は相変わらずである。
だが響はと言えばそんな彼女の相手にも慣れていると言った感じで、終始笑顔を絶やさず話に耳を傾けていた。
「そうそう、君達の方では何か問題は無いのかい?」
隣に座っていたサマエルに対しアシュレーが問い掛けると、傍らの試もそれに反応して近寄ってくる。
「ああ、それは俺も伺おうと思っていた所だ。イムンの近況なども気になる所ではあったからな」
「それに、体調を崩したって言うウルティムも心配だしね。まあ、彼の事だから平気だとは思うけど」
二人が尋ねると、サマエルは僅かに困った様な笑みを浮かべながら。
「いやはや、それがここ一ヶ月程実家には帰れていないので、余り詳しい事は分からないんですよ。ですが、ギルド伝に聞いた話ですと、何でもルオウの南西部が急激な干ばつに見舞われたとか‥‥。まあそれを除けば、ベルドーラ様が僕の実家に根を生やしてしまっていたり、それでお世話役を任された義兄様がこき使われていたり、従者のアレックスに『デレ』の兆しが見えていたりと、お話しする事はその位‥‥まあ、要するにここ最近は割と平和でしたね」
言いながら朗らかに笑い声を上げるサマエル。
――とある一部分で、誰かの長い耳が『ピクリ』と動いたりした事には、誰も突っ込まず。
かと思えば、不意にサマエルは表情を曇らせ。
「ですが‥‥そうですね、これは聞き流して下さっても結構ですが、これからイムンにおいて何やら起こりそうな予感はしています。もしかすると、先の異常気象による干ばつは、その前兆だったのではないかと‥‥まあ、あくまでも僕の勘なのですが」
「ふ〜ん、勘ねぇ‥‥。まあ、ともあれ何かあったら言いなよ。面白そうだったら介入するからさ」
と言った感じで、取り留めの無い会話と共にまったりと過ぎて行く時間。
その様子を遠目に見ながら‥‥何やら話し込んで居るのは、ヨアヒムとクーの二人。
だが、彼らのそんな様子を気に留める者は無く――。
そして、夜が耽るにつれて神父のささやかな夕食会も、静かに幕を閉じていった。