疑惑の少女
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■ショートシナリオ
担当:深洋結城
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月13日〜10月18日
リプレイ公開日:2008年10月21日
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●オープニング
昼下がりのウィルの街。
その大通りを行き交う大勢の人々の間を縫う様に、一人の少年がぶらぶらと歩いていた。
彼は退屈そうにあちこちを見回しながら、ふとその視線を約10m先に居る女性に合わせ‥‥かと思うと、首をぶんぶんと横に振り。
「いや、駄目だ駄目だ。また悪戯してばれたりでもしたら‥‥」
思い出す様に呟きながら身の毛をよだたせる緑髪(少し色が落ち始めている)の少年は、韋駄天小僧の颯。
天界人である彼は、アトランティスに召喚されたは良いもののちょっとした手違いで国からの保護を受ける事が出来ず、冒険者達に保護(と言うよりも捕獲)されるまで女性を困らせる悪戯ばかりを繰り返していた。
あれから比べれば、今は随分と大人しくなったのだが‥‥。
「‥‥っあーー! 退屈だ退屈だ退屈だぁーっ!! 何か面白い事は無いんかぁぁっ!!」
白昼堂々人混みの中で叫び出す辺り、そろそろ我慢の限界らしい。
こう言う時、彼は決まって街中の犬や猫などを捕まえては、小突いたり追い掛け回したりして憂さを晴らして居る。
いくら心を入れ替えて冒険者を目指しているとは言っても、悪戯小僧の性根と言う物はそうそう簡単に抜け切らないもので。
この日も同じ様に、施設へ帰りがてら猫でも居ないかと周囲をキョロキョロと見回していると――ふと、その視線は一人の少女に向けられる。
「‥‥ん? なんだ‥‥?」
それは、一見して何の変哲もない街娘と言った様相の少女。
だが、その挙動は見るからに不審で、その手に書類の束を抱えながら、何かに怯える様に周囲を見回し‥‥路地裏に滑り込む様に姿を消して行く。
――颯の野次馬根性に火が点いた瞬間だった。
「何か良く分からんが、これは事件の予感! よーし、調べ上げてとっちめたる!」
一言高らかに叫ぶと、颯はさっ人混みを抜け、そして少女の消えた路地裏へと足を踏み入れて行くのであった。
「アンさんが行方不明ですか?」
ギルドのカウンターには、以前にギルドで世話になった双子の鎧騎士姉妹の姉アステルの姿。
毎度の事ではあるが、普段が元気一杯な彼女は、慌てている時も元気一杯で。
「そうなんですっ! 先日ウィルの孤児施設に正式に引き取られる事が決まって、今日まさにそちらへ移る予定だったんですけど‥‥今朝になって、急に居なくなっちゃったんですっ!」
狼狽えながら、ギルド中に響く程の声量で喋るアステル。
ちなみに、アンと言うのはおよそ四ヶ月程前に採石部隊が盗賊に襲撃された際、アジトに取り残されていた所を保護された15歳程の少女の事である。
以来アステルの所属する騎士団の保護下に置かれながら、空戦騎士団の演習に同行して見学したりもしていたのだが‥‥。
「そうですか。ところで‥‥」
「あ、姉さん! やっぱりここに居たのね! 緊急事態よ!!」
受付係が何かを言おうとしたその時、それを遮る様に飛び込んで来るのはアステルの双子の妹アレミラ。
普段冷静な彼女が慌てている事から察するに、どうやら只事ではない様子で。
「ど、どうしたの? もしかして、アンちゃんが見付かった?」
「それ所じゃないのよ! ウィルの詰所にある団長の部屋から、ゴーレムの演習資料とかがごっそり抜き取られていたの!!」
「ええっ!? そんな、一体誰が‥‥!?」
「それは今調査中! けど、今ウィルで動く事の出来る騎士達だけでは手が足りないの! だから‥‥」
そこまで言って、顔の作りの同じ二人が受付係に目を向けると‥‥彼は既に、羊皮紙の上にペンを走らせていた。
●リプレイ本文
●現場検証
「私は空戦騎士団副長末席に名を連ねるトルク家が騎士、エリーシャ・メロウと申します」
依頼を申請してから間も無く、一足先に詰所へと戻っていたクラディア姉妹。
そんな彼女達に顔を合わせるや、丁寧に挨拶をするエリーシャ・メロウ(eb4333)。
彼女が副長を務める空戦騎士団、その演習に関わった事のある二人の事は団長から聞き及んでいたらしく、エリーシャは本来散歩の途中であったにも関わらず、依頼に応じて現場へと急行していた。
「多数の、また鉄以上のゴーレムを擁してはおられぬにせよ、演習資料となれば他国や賊に漏らす訳にはいきません。それも、中には我が空戦騎士団と共に演習を行った際の、ドラグーンの資料も混じっているとなれば尚更です。僭越ながらご助力しましょう」
彼女の心強い言葉に仲間の冒険者達も頷き、かくして盗難に遭った詰所の現場検証が始められた。
「団長様は昨晩夜遅くまで、この部屋にて作業をなさっていたのですね? その際に鍵を掛けたかどうかは良く覚えておらず‥‥そして、アレミラさまが異変に気付かれたのは、アステルさまがギルドにいらっしゃるべく此処を後にした直後‥‥」
荒らされた団長の部屋で、話を聞きながら考え込むのはゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)。それらの状況から、盗難のあった時刻の見当を付けた彼女は、早速過去視の魔法パーストを詠唱する。
その様子を横目に、怪訝な表情でふと口を開くのはフレッド・イースタン(eb4181)。
「‥‥それにしても、事件発生と同時に居なくなったアン嬢の事が気に掛かりますね」
「ええ、本当ですっ! こんな賊がうろついてるかも知れないって言う時に、何処へ行ってしまったのか‥‥」
本気でうろたえながら言うアステル――と言うか、この場において彼女を除く全員が、薄々気付いていたりする。
そう、状況から鑑みて、この盗難事件の犯人は。
「‥‥犯人が分かりました。今、その光景をお見せします」
そう言って、ゾーラクがファンタズムの幻影によって映し出したのは、卓上の資料を漁る少女――アンの姿であった。
●行方を追って
「それじゃあ、私とフレッドさんは先に行って聞き込みをしてるわね」
アンの似顔絵を小脇に抱えるラマーデ・エムイ(ec1984)を、詰所の入口で送り出すのはエリーシャ。
「はい、宜しくお願いします。私達も現場の検証が済み次第、直ぐに後を追いますので」
「うん、こっちは任せたわよエリりん!」
ラマーデが明るい調子で言うと、途端にエリーシャは顔を真っ赤に染めて俯き。
「あ、あの、ラマーデ殿? せめて人前ではその呼び方は‥‥。母の買い物中お世話になっていた子供の頃とは違うのですから、その‥‥」
「やーねぇエリりん、照れなくってもいいじゃない。ホンの少し前まで『ラマおねーちゃん』って呼んでくれてたんだし。相変わらず可愛いわねー☆」
と言うのも二人には、ラマーデの実家の店における20年来の付き合いがあるらしい。
エルフと人間と言う時間の差異を鑑みると、彼女の言う『ホンの少し前』と言うのは、実際は結構な年月だったりもするのだろう。
それにしてもうん、可愛い云々に関しては同意せざるを得n(ごしゃり)。
と言う訳で、詰所を後にしたフレッドとラマーデは、似顔絵を片手に聞き込みを始めた。
何しろ元来アンと面識のあったゾーラクによって作り出された幻影を基に、描き上げられた似顔絵だ。
百聞は一見に如かず、更にはラマーデの美術の腕も相まって、その出来栄えはかなりの物。‥‥の筈なのだが。
「お忙しい所失礼、この様な少女を見かけませんでしたか?」
フレッドが道行く人や露天商等に手当たり次第に尋ねれど、返ってくる答えは否ばかり。
「おかしいねー? 詰所から出て行ったとすれば、必ず通ると思われる道は全部調べてみたのに‥‥」
ラマーデは聞き込んだ子供達にお菓子を買い与えるとフレッドの方を向き直り、訝しげに呟く。
この時間は人通りが多いと言えど、擦れ違う人の顔も見れない程と言う訳ではなく‥‥これだけ聞き込んでも全く手掛かりが掴めないと言うのは、どうにも不可解である。
二人が頭を抱えて立ち竦んでいると、ふと其処に降り立つのはフレッドの従える陽のエレメンタラーフェアリー。
「おや、ライオネル。ご苦労様です。それで、上空からは何か見付かりましたか?」
フレッドが尋ねると――唐突に、その裾を引張るライオネル。
二人は顔を見合わせ頷き合い、彼の導くまま路地裏へ向けて足を進めて行った。
●月魔法の敏腕捜査官
一方その頃、ゾーラクとエリーシャも詰所を後にして、アンの行方を追っていた。
四頭の犬にその匂いを辿らせつつ、それでも迷ったらゾーラクがパーストによってその足取りを追ってと言った合わせ技で、かなり正確にその軌跡を辿って行く。
流石に人通りの多い大通りに至ってからはゾーラクの魔法に頼りきりに成らざるを得なくなったが、それでも二人はアンが人目に着き難い裏路地へと抜けて行った事までを、突き止める事が出来た。
「この様な街の中心地に逃げ込むと言う事は、きっとアンさんを手引きした人物が居るのでしょう。恐らくは、この先に‥‥」
「ええ、みすみす資料を持ち去られる訳にはいきません。急ぎましょう!」
二人は頷き合うと、犬達と共に狭い路地裏を駆け抜けて行く。
――そして、探していたものは思いの外直ぐに見付かった。
ドンッ!
「おっと‥‥おや? 君は‥‥」
「ちょっ、邪魔だよおっさん!! 急がないと逃げられちまう!!」
唐突に路地裏の影から飛び出してきた緑髪の少年におっさん呼ばわりされた25歳のフレッドは、思わず青筋を立てる――が。
「ねえ君、どうしたの? そんなに慌てて‥‥誰を追ってるの?」
「男だよ! 真っ黒なマントを着てる、金髪の! そいつがさっき、向こうで女子から何かを奪って逃げて行きやがったんだ!!」
「女子‥‥?」
少年の言葉に、思わず目を見開くフレッドとラマーデ。
「ねえ、もしかしてその女の子って‥‥この絵の子じゃなかった?」
「そう、そいつ!! その女子が持ってた紙みたいのを、男が奪って‥‥!!」
「‥‥間違いありませんね。どうやら、手引きした者との接触は避けられなかった様ですが‥‥」
「でも、捕まちゃえば同じよ! ねえ、あたし達は冒険者ギルドの大切なお仕事で、その男の奪って行った物を探してるの。お願い、協力して!」
すると、少年はこれ以上無い程に大きく目を見開く。
「お、お前ら冒険者だったのか! 丁度良かった、それじゃあ俺はこっちから回り込むから、お前らは向こう側から挟み込んでくれ!」
二人は少年の言葉に頷くと、少年とは別方向の道へと散開して行った。
「‥‥見付けましたよ、アンさん」
エリーシャとゾーラクが見付けた時、アンは路地裏で尻餅を着き、手の中に数枚の羊皮紙を握り潰したまま放心していた。
その肩を優しく、けれど逃げ出さない様にしっかりと掴み、振り返った彼女にエリーシャが語り掛ける。
「アステル卿が心配していましたよ。この様な所で何をしていたのです?」
「あ‥‥あぁっ‥‥!?」
見る見る内に、青ざめていく顔色。そして、心底怯えきった表情を浮かべたまま、いつしかその目には大粒の涙が込み上げて来て――。
「ご、ごめんなさいっ‥‥アンは、アンはっ‥‥!!」
●奪った者、奪われた物
「父親の身柄を盾に、脅されていた、ですか‥‥」
その後、詰所に集った冒険者達と緑髪の天界人、颯。
今は別室で休ませているアンから聞かされた事情を説明すると、一同は物憂げに目を伏せる。
「随分前の話になりますが‥‥アンさんは、以前にアレミラさんを初めとする採石部隊が行方を晦ませた折に、一緒に捕まっていた娘さんなのです。その当時には、行商人である父親の安否は定かではなかったのですが‥‥」
ゾーラクが付け加える様に言うと、その表情に窺える感情は様々。
ある者はアンの身の上を気に病み、ある者は騎士達の油断を誘う為に未だ年若いアンを利用した者の狡猾さに憤慨し‥‥。
「とは言え、今回アンちゃんの身柄が確保された事によって、相手にとって彼女の父親を生かしておく理由が無くなった。加えて言うならば、それはアンちゃんも同様、ね」
「つまりは、いずれ彼女を始末するべく、刺客を送り込んでくるかも知れない‥‥そう言う訳ですね」
その可能性も見越して、尚且つ監視すると言う意味合いも篭めて、アンの身柄は引き続きクラディア姉妹の所属する騎士団の元に置かれる事が決まっていた。
何はともあれ、依頼としての最低限の目的、即ちアンの身柄の確保には成功したのだ。
「取り敢えず、アンさんに関しては良しとしましょう。それよりも‥‥」
ゾーラクが言うと、一同は再び目を伏せる。
そう、フレッドにラマーデ、そして颯が追跡した黒マントの男‥‥。
真っ先に追い付いた颯は魔法で軽くあしらわれ、結局その身柄を確保する事は叶わなかった。
勿論資料も取り返せず仕舞いである。全て奪われたわけではなかったが、半分は持ち去られている。
「すまない、俺が情けないばっかりに‥‥」
「ううん、颯くんは良くやってくれたよ。君があの場に居なかったら、アンちゃんも無事だったか分からないし、それにあの男を追い詰める事も出来なかったと思う」
ラマーデが颯の頭をグリグリと撫でると、彼は真っ赤になりながらその手を振り払う。
だがしかし、もしかするとあの場に居合わせた颯に巧い事指示を出せていれば、或いは資料を取り返す事も可能だったかも知れない。ラマーデは、少し口惜しげに唇を噛んだ。
「しかし、颯さんの視界を突然に奪った闇と言い、腕がロープの様に伸びた事と言い‥‥あの男は、一体何者だったのでしょうか?」
フレッドの言葉に、頭を抱えてしまう一同。
――だがしかし、その中でエリーシャだけはラマーデの描いた似顔絵を、険しい表情で食い入る様に見据えていた。
「‥‥『L.D.』! やはり、今回の事はこの男が‥‥!」