街中に漂う死の香り
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■ショートシナリオ
担当:深洋結城
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月17日〜10月22日
リプレイ公開日:2008年10月25日
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●オープニング
白昼のウィルの大通り。
今日も今日とて商人やその他、多くの者達で賑わい、この国の豊かさを窺わせる街の中心地――その中を、一人の線の細い男が練り歩いていた。
教会の神父、ヨアヒム・リールである。
その手には食料の詰められた籠が提げられている事から、どうやら彼は余った食材を各施設に寄付しに回っている最中の様だ。
だがそのしゃなりしゃなりとした歩き方や重苦しげな表情から、何処か近付き難い雰囲気を漂わせる彼――の視線が。
「うえぇぇえん!! 痛いよーー!!」
地面に座り込みながら、大声で泣きじゃくる少年の姿を捉えた。
途端に目を大きく見開くと、そんな少年に向かって進める足を速めるヨアヒム。
「どうしたんです?」
彼が優しい口調で問い掛けれど、少年は泣くばかりで答えようとはしない。
だが、その理由は直ぐに分かった。と言うのも、ふとヨアヒムが向けた少年のすねの部分が、真っ赤に腫れ上がっていたからだ。
恐らくは転んで‥‥運悪く、石畳の飛び出した部分等に打ち付けてしまったのだろうか。下手をすれば、何日も安静にしなければならなそうな容態だ。
けれども、ここで彼に出会う事が出来たと言うのは、ある意味もの凄い幸運であろう。
「おやおや、これは痛そうですね。でも、大丈夫。聖なる母の御力を持って、直ぐに治して差し上げましょう」
言いながら、十字架のアクセサリーに手を伸ばすヨアヒム。そして、その身体が白く淡い光を纏い――。
「‥‥‥‥っ!?」
「ぐすっ‥‥? どうしたの、おじちゃん?」
「あ、いえ、何でもありませんよ。すみません、直ぐ治しますからね」
笑顔を作るヨアヒム、だが明らかにその表情には先程までとは違う何かが混じっており‥‥。
やがて、改めて掛け直されたリカバーの魔法によって怪我を治して貰った少年が、嬉々と走り去った後にも‥‥彼の眉間から、皺が消える事は無かった。
その暫く後、ギルドのカウンターでは。
「ごふぅっ!!!? ゲホガホゴホッ!!!!」
受付係が、盛大にハーブティーで噎せていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「っ‥‥え、ええ。大変失礼致しました。‥‥それよりも、そのお話は本当ですか!?」
受付係が身を乗り出しながら尋ねると、ヨアヒムは深刻な面持ちで深く頷いた。
「残念ながら、間違いありません。場所はウィルの大通りから通じる東側の路地裏を80mほど進んだ場所の何処か‥‥数は7体で、大きさは人間大の物と小動物並の物が入り混じっている、と言った感じで御座います。残念ながら、時間が許さずそれ以上の事は調べるに至らなかったのですが‥‥」
「い、いえ、それだけの情報があれば十分でしょう。では、依頼として受理致します」
「はい、どうかお願い致します。出来れば速やかかつ、騒ぎが徒に大きくならない様、内密に‥‥」
――それから間も無く、ギルドに張り出された依頼を確認した冒険者達は、誰しもがその目を疑っていた。
『ウィルの街中に巣食う、カオスの魔物の討伐』
●リプレイ本文
●死の香りの出所
人々で賑わうウィルの大通り。
その只中を、深刻な表情をして歩くのは二人の冒険者。
「神父に教えられた場所は、この辺りか‥‥」
事前に教会を尋ね、ヨアヒムに用意して貰った手書きの見取り図と周囲の地理を見比べながら呟くのは、長渡泰斗(ea1984)。
その横で晃塁郁(ec4371)は小さく頷く。
「此処から80mの範囲内の何処かに、カオスの魔物が居たと言うのですね。とは言え、私のデティクトアンデットで感知できる範囲は15m程度‥‥もう少し詳しく場所の見当が付けられれば、助かるのですが」
「まあ、あの二人が何かを見付けてくれれば手掛かりが掴めるかも知れんが、今は仕方が無い。取り敢えずは思い当たる区画を、虱潰しに探して行くしか無いだろう」
そう、調査の基本は足を使った地道な情報収集。
長きに渡る冒険者としての経験上、その事を良く分かっていた泰斗の言葉は、これ以上無い程の説得力を有している。
塁郁もそれに同意して頷くと、周囲の人目から姿を掻き消すかの様に、路地裏へと足を踏み入れて行った。
一方その頃、ウィルの上空には羽ばたきながら街を見渡す、二人のシフールの姿があった。
ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)とディアッカ・ディアボロス(ea5597)の二人である。
「ここが、現場周辺の裏路地の上空ですね。けれど、石の中の蝶も龍晶球も反応無し‥‥やはり今回のカオスの魔物は、所謂デビルでは無くアンデッドの方なのでしょうか?」
「まだそうとは決め付けられないぞえ。神父が感知した時には同じ場所で固まっていると言っていたが、もしデビルだとしたならばその後に動いたと言う可能性も、十分に考えられようぞ。それこそ、何かそれと言った痕跡でもあればやり易いのじゃがの‥‥」
ぼやきと共に、陽の精霊魔法テレスコープを詠唱するユラヴィカ。
同時にエックスレイヴィジョンも唱えようとするが、この魔法を一度使う毎に透視できる対象は一つだけ。対して、眼下に広がる路地裏の建造物は多数。
いくら範囲を絞って、初級レベルで連続発動しようとも、それだけでは直ぐに気力が持たなくなってしまうだろう。
どうしたものかと頭を傾げていると、その横で目を瞑っていたディアッカが口を開く。
と言うのも、彼は月の精霊魔法テレパシーを用いて、地上の二人と思念による連絡を交わしていた様で。
「‥‥塁郁さんと泰斗さんが、あの辺りで異臭を感じたそうです。近辺の建物を透視して貰えませんか?」
「よし来た、任せておくのじゃ!」
ディアッカの指差した方面へ目を向けると、エックスレイヴィジョンを連続で使用し、視界上の遮蔽物をどんどん透かしていくユラヴィカ。(勿論本人の感覚上でのみだが)
そしてその頃、地上の塁郁もヨアヒムがカオスを感知したのと同じ魔法、デティクトアンデットを唱え――。
「‥‥様々な位置で試してみましたが、どうやら間違い無い様です」
「見付けたぞい、魔物はあの建物の中なのじゃ!」
「この中に、カオスの魔物が‥‥!」
●蠢く屍達
路地裏の奥に佇む民家跡や、その他諸々の無人の家屋――其処は、その中の一つであった。
長い年月に蝕まれたか、壁の表面の所々は欠け剥がれ、触れば崩れる程に風化しきった木扉は、長らく使われていない事をアピールしている。
そして、古びた物品から発せられる独特の香りを掻き消す程に、周囲を埋め尽くすのは鼻を曲げる様な異臭。
そう、恐らくこの臭いの出所こそが――。
「ふむ、わしのブレスセンサーで感知できる範囲内には、人はおらん様じゃの」
念の為に発動した魔法によって得た結果を、仲間達に知らせるユラヴィカ。
どうやら今回に関しては、内部に居るであろうカオスの魔物達の討伐に専念する事が出来そうだ。
「行くぞ‥‥!」
泰斗が力強く呟くと、後続の仲間達も小さく頷き――次の瞬間、勢い良く開け放たれる扉。
彼らの視線にまず飛び込んで来たのは、思いの外広いホールからも見て取れる程に荒らされた各室内、叩き壊された様にして原形を留めていない家具、乱雑に散りばめられた小物の数々。
「‥‥もはや廃墟ですね」
ディアッカの呟き、他の者達もそんな彼と思う所は同じであった。
だが、辺りを見回せど、不可解な事にカオスの魔物の姿は無く‥‥それが、一同の不安を徒に煽る。
「何処に潜んでおるか分からぬ、慎重に進むのじゃ」
ユラヴィカの声に頷き、ゆっくりと屋内に向けて足を進める一同。
その最後尾で、ふと塁郁がデティクトアンデットを唱え――。
「‥‥っ!? 上です!!」
ボトボトボトッ!
鈍い音と共に、一同の頭上から降り注いでくるのは小さな塊‥‥否、鼠が四匹。
「‥‥違う! コイツは‥‥アンデッドの鼠だ!!」
暗くて視界が利かないながらも、塁郁の警告により寸での所で魔物の奇襲を避けた一同。
その中の泰斗が優れた視力を持って、逸早くその身体が腐敗して崩れている事を見抜くと、飛び掛ってきた鼠の死体を蹴り飛ばし、左手に構えた小脇差で素早く追い討ちを加える。
カオスの魔物とは言え元が小さな鼠。彼の攻撃で呆気なく崩れて動きを止めた一匹を見遣ると、一同はちょこまかと動き回る他の三匹に目を向けた。
「くっ‥‥こう暗いとシャドウバインディングが‥‥!!」
口惜しげに唇を噛みながら、上空に逃れる事で鼠の攻撃から免れるディアッカ。
すると、その横から死体の鼠に向かって一直線に飛んで行くのは、炎の塊‥‥いや、ディアッカの従えるエシュロンのイグニス。
その燃え盛る身体を持ってしての体当たりの前に、死体の鼠は炎を上げながら燃え尽きていった。
その後残る二匹も恙無く仕留め、やれやれとばかりに息を吐く一同――だが。
「‥‥囲まれてしまった様じゃの」
鼠との騒動を聞き付けたか、それぞれ違う部屋からのそのそと這い出してくるのは、人間の死体――カオスの魔物、動く屍。
数は三体‥‥その所々の肉が腐敗して崩れ落ち、もはや元の姿さえも留めていない外見を見れば見るほど、痛々しさを感じざるを得ない。
だが、目を逸らす訳には行かない。何故なら、彼らは本能的に生物を求め、牙を向けて来るのだから。
「このままの位置だと拙いな‥‥仕方ない、まずはこっちの奴を一気に倒すぞ!」
声と共に飛び出すと、右手の太刀で素早く正面の屍に斬り掛かる泰斗。
彼の胸の前でレミエラによる光点が光り輝き、伝説の名工「天国」の名を冠する片刃の長刀が、一度、二度と腐敗した身体を深く抉る。
そして塁郁の細身の身体が淡く光ると同時に放たれたホーリーが敵を捉えれば、更に追い討ちを掛ける様に、屍に向かって飛び掛かるエシュロンのイグニス。
だがしかし、それでも倒れる気配を見せない屍。それ程までに、敵はタフであった。
とは言っても、死んでいる故か屍達の動きは非常に鈍く、反撃とばかりに振るわれる爪も空を切るばかりで、獲物を傷付けるには至らない。
そして、閑散とした廃墟に物音が響く事数分。
開け放たれた扉を潜って外に出て来た冒険者達は――皆が皆、悲愴感に満ち溢れた表情を浮かべていた。
●弔い
「そうですか、魔物は全て退治して頂けたのですね。どうもありがとう御座います」
教会に訪れた冒険者達を迎え、ヨアヒムは深々と頭を下げる。
ちなみに、念の為現場周辺をデティクトアンデット等を用いて調査してみたが、彼らの倒した動く屍三体と死体の鼠四匹以外にはカオスの魔物は見付からず、所謂ジ・アースで言うデビルの類だけとは言え更に広範囲を探知できる龍晶球にも、反応は無かった。
一先ずは、被害が出る前に魔物を討伐すると言う目的は達したのだ。
けれど、何故この様な街の只中にカオスの魔物が居たのか。
それを突き止めるべく、冒険者達も出来る範囲で検証をしてはみたが‥‥現場には何者かの意図を感じさせる様な不審な痕跡等は特に見付からず、加えてディアッカも自身の能力限界のパーストで過去視を試みたが、その時点で既にカオスの魔物が存在していたらしく‥‥結果として、真相は何も分からず仕舞いであった。
「けど、あの状況からして、恐らくは何らかが原因で死んだ人間が長い事放置された結果、化けて出たんじゃないかと思うんだがな‥‥」
泰斗の言葉に、一同は思わず目を伏せる。
死して魔物となっても尚、誰にも気付かれずに彷徨い続けるしかなかった‥‥いや、もしかすると不審に思って訪ねる者もあったのかも知れないが、そんな人達も巻き添えにしてしまっていたのだろうか。
何とも言えない悲しさ、遣る瀬無さを感じながら、ふと顔を上げるのは塁郁。
「‥‥神父様。もしお時間がおありでしたら、共に現場へ来ては下さいませんか?」
それは、死者を弔う為。
長すぎる時間を魔物として過ごして来た人間の成れの果てを、安らかな眠りに着かせる為。
それが、彼女に出来る最大限の供養であった。
そんな塁郁に、ヨアヒムはニコリと微笑む。
「はい、勿論です。彷徨っていた死者達を、しっかりと天へ送り届けて差し上げましょう」
もっとも、アトランティスで言うなら精霊界の方が正しいかも知れないが――。
かくして、ウィルの街に漂っていた死者の香りは、冒険者達と神父による丁重な供養により、跡形無く掻き消されるのであった。