●リプレイ本文
大通りの雑踏の中に、一人の人影。
純白のドレスと銀色のコートを身に纏い、壁にもたれて道行く人を目で追う彼女。
掌に吐かれた息は、真っ赤に上気した透き通る様な肌色よりも白くて。
「遅い‥‥な」
暫くその場で立ち竦んだ後、吐きだされた溜息も白くて。
寂しげに踵を返し、歩き出そうとしたその刹那、背後から蹄の音が響き。
振り返ればそこには、馬上から手を伸ばす『彼』の姿があって。
「――迎えに参ったぞ」
●宴も酣
「えー、本日はお日柄もよく、女性陣は相変わらず綺麗に着飾って実に眼福で‥‥(うんたらかんたら)」
ダンスパーティーが一先ずの纏まり見せて間も無く。
数名の参加者達が集まる中、その前面に立って挨拶を始めるのは信者福袋(eb4064)。
だが、連日の準備によるものか‥‥近くでその顔色を伺えば、明らかに疲労困憊といった雰囲気が色濃く滲み出ている。
と言うのも、彼は此度の聖夜祭において準備やイベントに力添えをするべく、駆け回っていたが故で。
まさしく24時間戦えますか。ここ数日間彼は自身の掲げるキャッチフレーズを、体現する事となっていたのだ。
「けど、これも『楽しいクリスマス』を掲げる事で消費行動を過熱させ、ウィルの経済活性化を図るという目標、いや野望のための一歩な訳です」
フラフラになりながらも尽きる事の無い商魂逞しさは、流石と言わざるを得まい。
そして実際彼の司会の甲斐あり、催し物も円滑に進める事が出来そうだ。
無論、この日の為に力を尽くしてきたのは、彼だけではない。
「会場のイメージプランを起こしたのはあたしだけど‥‥うん、いい出来栄えね♪」
満足気に頷きながら、会場の中に堂々と佇むツリーを――そしてそれを基点に会場の全体をぐるりと見回すのは、ラマーデ・エムイ(ec1984)。
話に因れば彼女は建築設計に関わっていた事もあるらしく、今回の会場設営にはその経験が遺憾なく発揮されている。
一度も使われないまま長らく埃を被っていた珍獣屋敷のダンスホールも、今ではそんな気配など微塵も感じさせない華やかさだ。
「こーいうのは率先して動くのが一番だし、目一杯楽しみましょ☆」
陽気に言いながら、取り敢えずは着飾るべくとスキップ交じりで別室へと向かって行くラマーデ。
そして一方では
「あ、神父様にミーヤさん! それにシエラさんにクーさん、それに颯君も! こんばんは〜、楽しい夜になりそうですね!」
今回のパーティーにスタッフとして従事した二人に加え、後の二人は物輪試(eb4163)に招待されたゲストの面々。
‥‥いや、最後の一人は呼ばれた訳では無い様だが。
ともあれ、面々にニコニコと笑顔を向けながら、ペコリと元気よく挨拶をするのはソフィア・カーレンリース(ec4065)。
その身を包むセクシーパラダイス等の衣装は、若干胸元とかが大きく開きすぎている感が――。
「うわー! ソフィアねーちゃんスゲー!! メロンがメロンが」
ゴバチィン!!!
‥‥珍獣とはまた違う意味での問題児である。
「野球もいいが、たまにはこういうのも悪くはないでしょう?」
惨状から目を逸らしながら尋ねる試に、シエラは何処か恥ずかしげに頷く。
と言うのも、彼女も彼女で普段からは想像もつかない様な大胆なドレスを着込んでいるからで‥‥。
以前は壁の華となっていたシエラだが、今回ばかりは放っては置かれないだろうな、等と心の中で思いながら――。
「そう言えば、沢村さんはどうしたんだ‥‥?」
試が尋ねるのは、天界人の元野球選手、沢村一郎の所在。普段はベースボール一筋な彼も、今回においては渋る事無く招待に応じて来た筈なのだが‥‥。
するとシエラは、何処か呆れた様な表情でついっとある卓を指す。
「‥‥ああ言うのを、ハナヨリダンゴと言うのだろう?」
「‥‥だな」(汗)
見えたのは普段着の一郎の後姿、その正面の卓には、山積みにされたローストチキン、ガーリックトースト、燻製肉etc.
人それを、色気より食い気とも言う。
何にせよ、一先ずは催し物を行うだけの人数は集められた所で、福袋は一つ咳払いをし。
「それでは、早速始めて参りましょう。最初のプログラムは、此方です!」
●ミニスカサンタコンテスト&大合唱
アシュレー・ウォルサム(ea0244)がバイオリンで持って緩やかな演奏を繰り広げる最中、急造のステージ上で続々と並んで行くのは‥‥ミニスカサンタな皆々様々。
ある者は恥じらい、ある者はアピールする様な姿勢を取り‥‥もう眼福を通り越して、ゴクラクジョウドと言った所か。
外は寒いし、屋内パーティーで本当に良かtt(さくっ)。
――その少し前。
「わたくしは各催し物にお手伝いと言う形で参加致しましょう。ふふ、皆様にお楽しみ頂く事こそわたくしの幸せですゆえ」
そう言って清楚な笑みを浮かべるジュディ・フローライト(ea9494)。
だが、だからこそ珍獣達の毒牙が――。
「‥‥え? お手伝いならば衣装の着用は義務、と‥‥? あ、あの‥‥脚やお腹を出す様な衣装は、こんな痩身ではやはり見苦しいかと‥‥って、聞いていらっしゃいます?」
と言う訳で、もはやお約束な感じでミニスカサンタ姿のジュディ。
しかも、あろう事か‥‥。
「あ、あの、お手伝いと申し上げましたのに‥‥何時の間にわたくしまでステージに立つ事に‥‥」
「良いじゃないか、折角ミニスカサンタ着てるんだしさ♪」
アシュレーは言いながら、その卓越した技術を持って鼻歌交じりに彼女をメイクアップしていく。
そんなこんなで気が付けば、ジュディは健康的な肌色に清楚で魔性な雰囲気を併せ持つ、天界曰く『小悪魔的』ミニスカサンタへと変貌していた。
そして仕上げた姿は、当然の如くデジタルカメラでパシャリなアシュレー。
一方のソフィアは、此方もやはりミニスカサンタ‥‥否、他の方々のものに比べても幾分か丈が短い?
こ、これはもはやミニスカサンタではない‥‥そう、言うならば絶対領域サンタ!!(ぁ)
しかもタンクトップで肩の辺りから大胆に開けた上着を併せ着なんて‥‥それはそれは、規格外な煽情性である。
「ちょっと恥ずかしいですけど折角ですものね」
たはは、と言った感じに笑みを浮かべるソフィア。
そんな彼女が通った後には、誰しもが振り返り――(紆余曲折)――メイド達が飛び交って、主に男性陣の屍山血河が築かれていたりする。
「はぁ、お二人とも本当に綺麗‥‥」
溜息を漏らすミーヤもミニスカサンタでコンテストに出ていたりもするのだが、此方はどちらかと言えば『マスコット系』。
それはそれで(主に女性陣から)受けが良かったのだが、そこは華とは違うと言うべきか‥‥やはりグラマラスなソフィアとスリムなジュディの二極が、視線を集めまくっていた。
その様子を、ステージの前からはしゃぎながら見届けて居るのはお洒落したラマーデ。
‥‥って、あれ? お姉さん、貴女は何故此方側に?
「へ? 私? あー、アレ(ミニスカサンタ)はちょっと恥ずかしいからパス」
と、あっけらかんと言ってのける。
中々に飄々としている方の様で。
「いや、しかし、これは‥‥こう言った公衆の面前で行って宜しいものか‥‥」
ふと目を向ければ、何だか目の遣り場に困るとでも言った様相でしきりに顔を俯けるアレックスの姿があった。
かと思えば、その傍らで純白のドレスのシャリーア・フォルテライズ(eb4248)がむすっとした表情で頬を膨らましていて。
「‥‥アレックス殿。やはりソフィア殿の様に、胸が大きい女性の方がお好きなのですか?」
「なっ‥‥!? そ、その様な事ある訳ないではないかっ!!」
傍目にも分かる程慌てながら、必死の弁明。対してシャリーアはプイッと余所を向いてしまい、ウィンクしながら舌をぺろり。うん、分かり易い二人である。
ともあれ、コンテストはソフィアにジュディの二極のまま満場一致で『甲乙つけられず!』と言う結果で纏められ‥‥。
そして、一同は合唱を始めた。
歌われるのは、天界においてメジャーな曲と言われる聖歌。
聖職者であるジュディやヨアヒムが執る音頭に合わせ、皆が皆厳かな歌声を――。
「さーいっれんなーいっ♪ ほーりぃなーいっ♪」
かと思いきや、若干音程を外しながらも元気一杯に歌声を響かせるのはラマーデ。彼女に習って他の者達も、好き好きに声を張り始める。
考えてみれば確かに、今の時間は静かに聖夜を楽しむ雰囲気では無い。
「諸君、気持ちを込めて歌い、参加者の方々にいいとこ見せようか?」
試も合唱団として新生した『嫉妬団』を率い、曲そのものがごちゃごちゃにならない様、旋律やリズム等を巧い具合に合わせている。
思わずジュディとヨアヒムの二人も顔を見合わせて一つ苦笑いを浮かべ‥‥そして、この賑やかな合唱を楽しむ事にした。
●聖人の誕生劇
「始まりは、とある預言者の下へ『お告げ』が授けられた事――」
合唱の時とは打って変わって、会場が静かな雰囲気に包まれる中‥‥。
用意された台本通りにナレーションをするのは、福袋。
場面は劇のプロローグ、聖人の誕生を予言する場面。
演じるのは主に地元の子供達、中にはミーヤや颯、クーの姿もある。
対して、天界で曰く天使や神と言った役割は、主に冒険者をはじめとする大人達が演じていた。
特に第二幕において、後に聖人となる子を身篭ったと知らされる母親役のミーヤ、その受胎告知をしに来る天使の役がアシュレーだったりするのは‥‥‥‥きっと他意は無いのだろう。うん。
「って言うか、この配役を決めたの誰だよ‥‥」
舞台裏で手っ取り早く着替えながら、愚痴る様に漏らすアシュレー。
台本を見るに、大筋はヨアヒムだった様なのだが‥‥何だろう。一部に巧妙な改竄の痕跡が見られる様な。
「まあ、後で分かったら〆ておくかな♪」
‥‥何となく、分からないままの方が良い様な気がするのは何故だろう。
ともあれ、アシュレーはそれでも何処か機嫌が良さそうに鼻歌を歌いながら身支度を整えると、更に準備の為屋敷の庭へと向かい――。
演劇は一先ずの終盤、福袋のナレーションと共に、聖人の降誕が多くの人々に知らしめられる場面へと差し掛かっていた。
厩において産まれた後、羊飼いの元に天使が訪れ救世主の誕生を知らせ、そして人々の間に喜びが広まって行く――。
もっとも、アトランティスの者達にとっては馴染みの無い内容である上に、ほとんど練習時間も取れないままに敢行した劇であった為、質を問えば若干拙いものになってしまった感は否めなかったが‥‥。
それでもこの聖夜祭と言う行事の起源を知る上で、劇を演じると言う方法自体はとても有効であったらしく、演じる側の子供達も見る側の者達も、共に真剣な表情をしていて。
結果として、神を称える聖歌と共に、劇は大成功のまま幕を閉じるのであった――――?
「メリーーーー! クリスマーーーーーース!!」
唐突に頭上から響く声に会場中の者が顔を上げると、そこに居たのは空を駆る怪物‥‥グリフォンと、その後方を付いて飛ぶ長方形の布の様な物体。
「いやあぁぁーー!!? へんなのが居るーっ!!!」
「こわいよーーー!! うえーーーん!!!」
途端に悲鳴で満たされる会場内。子供の中には、泣いてしまっている者も居たりして‥‥。
「あ、あれー? ちょっと失敗だったかな‥‥?」
グリフォンの後ろの空飛ぶ絨毯の上で、ポリポリと頬を掻くのはアシュレー。
この演出、元来聖夜祭と言う文化も無ければトナカイの引くソリに乗ったサンタクロース像も然程浸透していないアトランティスにおいては、どうも受け入れられなかったらしい。
それこそジ・アースや天界チキュウ出身の者達が見れば、その凝り具合に大喜びだった事は間違い無さそうだが‥‥。
予定変更、阿鼻叫喚の中アシュレーはグリフォンを連れて退散すると‥‥ほとぼりが冷めた頃を見計らい、今度は陸路を徒歩で持ってして再び子供達の前に現われた。
「ほっほっほ。メリークリスマース♪」
その格好たるや真っ白な付け髭にサンタクロースハット、そしてウルティムがミニスカver.とは別に用意した赤い衣装と、もはや天界曰くサンタクロース宛らである。
そんな彼が配るプレゼントに、子供達は大喜び。
その一人ひとりの笑顔を見ながら粗方用意した分を配り終え、さて引き返そうかとプレゼントを仕舞っていた白い袋を抱えると――ふとその中から零れ落ちるのは一つの小箱。
「おっと」
地に着く前にそれをキャッチしてみれば、そこには拙い字でこう書かれていた。
『サンタさんへ』
「‥‥颯君? どうしたの?」
「ん? ‥‥な、なんでもねぇよ!!」
ラマーデに尋ねられるや、逃げる様に駆け出し人混みに紛れてしまう天界人の少年颯。
彼の視線が、小箱を手に表情を綻ばせながら会場を去って行くサンタクロースの背中をじっと見詰めていた事は、誰も知らない。
●ゲームタイム!
かくして――。
「此処からはお待ちかねのゲームタイム! 皆さん、大いに盛り上がって参りましょう!!」
――福袋さん、ナイス司会進行!
と言う訳で、最初に催されるのは『フルーツバスケット』と言う天界の遊戯。
とは言っても。
「フルーツバスケットって何ですか〜?」
と首を傾げるソフィアをはじめ、やはりルールを知らない者も多い様子で‥‥。
その只中、一つの咳払いと共に口を開くのは試。
「フルーツバスケットとは、一種の椅子取りゲームの様なものだ。参加人数マイナス一人分の椅子を用意し、円状に並べる。そして座っていない者‥‥即ち『鬼』はその中央に立ち、何かしらの条件を言う。該当する者は即座に席を立ち、別の席に座らなければならない。そして座れなかった者が次の鬼となり、次の条件を言う、と言った具合だな。尚、二回鬼になった時点でその方は脱落し、椅子の数も一つ減らす。最後まで残る事のできた方が、優勝と言う訳だ」
彼の説明に、それでも他の者達は分かった様な分からない様な表情を浮かべる。
何にせよ取り敢えずはやってみようと言う事で、並べられるのは大量の椅子。
その奇特な光景に参加しない者達も『何事か』と言った感じで寄り集まり、気が付けばかなり大規模な円形がパーティー会場に出現していた。
その中心に佇むのは、最初の鬼として推された企画者のミーヤ。
「ええと‥‥それでは、ミニスカサンタを一度でも着た事のある方っ!!」
――――。
一瞬の間。次いで、四方八方から響く「ガタタタッ!!」と言う音は、主にメイドや女性参加者を中心とした者達によるもの。
その中で空いた席に向かい、ミーヤは一心不乱に駆け出し、そして無事席に着く事が――。
「って、ジュディ殿!? しっかりなされっ!!」
「あはは、平気ですよ、ちょっと急に動いたものですから‥‥このくらい大事ありまsげふっ」
‥‥‥‥。
何故か薬草を持ち込んでいたヨアヒムに彼女の事は任せ、ゲームはジュディを介抱していたシャリーアがペナルティ無しの鬼を請け負う事で再開された。
「では‥‥先のダンスパーティーで意中の方と踊れた者っ!!」
――――。
やっぱり一瞬の間。そして何故か椅子から崩れ落ちるのはアレックス。その隙に他の者達は恥ずかしげにしながらも席の移動を済ませ、彼の元居た席には‥‥。
「シャ、シャリーア殿‥‥」
「ふふ、そう言う事で、アレックス殿の鬼ですぞ♪」
‥‥‥‥。
「それにしても、天界の人って面白いゲーム考えるのねー。それじゃあ、月道を潜った事のある人〜!」
「僕が鬼ですね〜。じゃあ、今日お酒を飲んだ人〜♪」
「俺が残されるなんてね‥‥。それじゃ、今天界製品を一つでも持っている人っ!」
ゲームは着々と進行して行くが、何にしても人数が多い為、二度の鬼で脱落する方式では中々終わらない。
そんな中、駆け回る余り息を上がらせていたのはミーヤ、彼女の肩をアシュレーはポンと叩き。
「大丈夫かい?」
「あ、はい‥‥すみません、ちょこっとはしゃぎ過ぎちゃって‥‥」
「そっか。まあ、楽しめている様だから何より♪」
言いながら、屈託ない笑顔を浮かべているミーヤの頭を、優しく撫でておいた。
そうこうしている内に、残る者の数もどんどん減って行き。
最後に残っていたのは、試と颯と‥‥それと、ええと、彼女は確か、冒険者ギルドの受付嬢?
けど、当記録係がいつもお世話になっている男性ではない。そう、彼女は確か今回の聖夜祭における料理を揃えるべく、レモンはじめ珍獣屋敷のメイド達に無理矢理連れてこられたと言う‥‥。
ま、まあ何にせよ、歴戦の冒険者達は互いを意識しあう余り足を引っ張り合って早々に脱落して行き(特にアシュレーとミルクの席の取り合いはハイレベル過ぎた)残ったのは堅実に立ち回っていた試と、足の速さを存分に生かした颯、そして完全にダークホースな受付嬢と言う訳だ。
最後の一戦は、三人で一席を取り合うサドンデス。ただしこのままフルーツバスケットのルールで行うと、鬼が圧倒的に有利になるので‥‥ここでルールの変更が入る事になった。
即ち、フルーツバスケットの他に天界において椅子取りゲームと言えば、一般的に思い浮かぶのが流れる音楽に合わせて椅子の周囲を回り、音楽が止まったのと同時に着席すると言う、アレである。
‥‥既に遊戯としての原型は留めていない気もするが、このゲームの決着はそれで付ける事となった。
嫉妬団+アシュレーの演奏のもと流れるのは、天界人ならば恐らくは誰しもが聞いた事のあるであろう、軽快な音楽。
それに合わせて、三人は唯一つの椅子の周りをくるくると回る。
(「颯君は俺の後ろか‥‥。反射神経もさることながら、先までの立ち回りを見るに何かを仕掛けて来そうだ。用心しておかないと‥‥」)
(「試のオッサンは、これと言って付け入る隙が無いからな‥‥。ここは邪魔してやらないと、勝てねぇだろな」)
(「うぅ、耳が‥‥耳が‥‥」)
――音楽が、止まった。
椅子は、試の正面を向いている。後は座ってしまえば‥‥。
「てえぇい!! 」
次の瞬間、椅子は元あった場所から消え失せ、颯の手元へと手繰り寄せられていた。
だがしかし、この程度の妨害ならば予測していた試。その顔は椅子ではなく後ろの颯の方へと向けられていて――。
「甘いぞ颯君!!」
「なにっ!?」
試が蹴り出した足により、颯の手元から離れガラガラと転がって行く椅子。‥‥口を聞けたら、絶対に「アッー!? YA☆ME☆RE」とか悲鳴を上げていそうだ。
ともあれ、二人は離れた位置に鎮座している椅子へ向けて、一斉に駆け出し。
「‥‥あ、あれ? 私が優勝ですか‥‥?」
――既にその上には、忘れ去られた受付嬢が腰を掛けていた。
「「‥‥‥‥」」
思わず互いに顔を見合わせる試と颯。
人、それを漁夫の利と言う。
かくして、会場中を興奮の渦に巻き込んだ大規模椅子取りゲームは、何とも呆気ない幕切れを持って、終止符を打つのであった。
尚、時間の都合によりダウトゲームは結局無しとなった模様だ。
●聖職者の影
「‥‥あら? 此処は‥‥」
「気が付かれましたか?」
目を覚ますと、ジュディは若干狭いながらも厳かな礼拝堂、その長椅子の一つに横たえられていた。
‥‥いや、よく見るとそこは珍獣屋敷の一室に設けられた即席の聖堂。そう、ヨアヒムが特別にこの会場でミサを行うべく、用意してもらった空間である。
途端に申し訳無さそうな表情で、縮こまってしまうジュディ。そんな彼女にヨアヒムは優しげな笑みを浮かべ。
「御身体の方は如何です? 御気分が悪かったり等は致しませんか?」
「ええ‥‥‥‥はい、お陰様でもう大丈夫です。すみませんでした、わたくしとした事がこの様な場で‥‥」
「いえ、どうか御気になさらず。病魔と言うものは、全く空気を読みませんからね」
ははは、と冗談交じりに言うヨアヒム。
――けれど、気のせいだろうか。その物言いには、何か得体の知れない影が掛かっているかの様な‥‥。
何かを言おうとして口を開くジュディ、けれどそれは次いで込み上げてきた咳に遮られる。
「‥‥御辛い様でしたら、どうかご無理はなさらず。幸いミサを行うまでには未だ時間が御座いますので。それまではお休みになっていて下さい」
「はい‥‥すみません、何から何まで‥‥」
毛布を身体に掛け直し横たわるジュディ、彼女に向けたヨアヒムの表情は、やはりいつも通りの笑顔。
そして即席の祭壇に向かい作業をする彼の背中を見据えながら――。
断末魔の如き悲鳴が、聞こえた気がした。
●心のふれあい
「‥‥盛り上がっている様ですね、王様ゲーム」
所変わって、珍獣屋敷の庭の只中。窓から漏れる明かり以外に光の無い暗闇の中を歩く二人の影。
その内一人――恐らくはパーティー会場からの物であろう悲鳴に耳をピクリと動かすと、白い息を吐き出しながら苦笑いを浮かべるのはシャリーア。
そしてもう一人は、次いで聞こえてくる高笑い――恐らくは酔ったソフィアだろう――から意識を逸らす様に、シャリーアへ視線を向けると。
「‥‥宜しかったのか? 輪の中に加わらず、この様な場所へ‥‥」
「良いのです。仲間達との交流も大事ですけれど‥‥今はアレックス殿、貴方とお話がしたかったのです」
シャリーアは言いながら一歩前に踏み出し――そして話し始めたのは、自らの事。
自分には兄や姉が居る事、男爵と言う位を授かっていながら、その実家事等も自分でしている事、仲間達の事、主君の事、そして自ら冒険者として思う所‥‥。
世間話から真面目な話まで、思い付く限りありとあらゆる事を。
まるで、今までこうして話す事の出来なかった時間を、取り戻すかの様に――。
アレックスは話に耳を傾け‥‥いつしか庭の精霊像に背をもたれる様にしながら。
シャリーアも彼の隣にもたれ、そして身を寄せていた。
「‥‥私の話はこれ位にしておきましょうか。今度は、貴方の事を教えては頂けませんか?」
「‥‥‥‥」
――予想していた言葉だった。
けれど、それでも思わずアレックスの表情が曇る。
いつかに尋ねた時には、微妙にはぐらかされる様にして、結局教えて貰えなかった彼の過去。
その扉に、今再び手を掛けた――。
そっと握り締めた手は、まるで何かに耐える様に強張っていて。
「――私は」
そしてゆっくりと、口が開かれた。
「‥‥‥‥否。昔ある所に、とある騎士の一家が暮らしていた。元は貧しいながらも大変に円満で、常日頃神の愛にも満たされ、とても幸せな家庭であったそうだ。ところがある日、貧困極まって生計に行き詰ってしまい、止む無く主人は都へ出稼ぎに行く事になった。彼が志したのは冒険者‥‥仕事の内容によっては大変な収入を得る事が出来ると聞き及んでいた為、手っ取り早く稼いで即座に戻るつもりだったらしい。‥‥ところが、そう巧く行くものでも無かったそうだな。幾度も失敗を繰り返しては、準備の為に掛けた経費さえも賄えぬ始末に陥り‥‥。それでも何とか仕事をこなすべく、そしてその為の力を得る事が出来るとでも思ったか‥‥元来聖なる母を崇めていた宗派までをも、彼は変えてしまった。それからだ、彼が家族に連絡を寄越さなくなったのは」
そこで一度言葉を切ると、シャリーアの方を見遣る。
彼女は彼の長話にもしっかりと耳を傾けていて‥‥。アレックスは安堵の息を吐きながら、ゆっくりと続けた。
「‥‥一方その頃、残された夫人は夫の身を案ずる余り、重い病に掛かってしまっていた。唯一人の息子は懸命に看病をしながら、何とか父に戻って来て貰おうと奔走するも‥‥そもそも、其処とは違う世界に発ってしまっていた者を連れ戻せるべくも無く。そしてとうとう、彼の母親は息を引き取ってしまった。最期の瞬間まで、生涯愛した男の名を口ずさみながら‥‥。その日から、残された息子は、とある強い意志を胸に鍛錬を始める様になった。そう、彼とその母親を見捨てた男を探し出し、手袋を投げ付ける為に‥‥」
‥‥話し終えると、静かに目を伏せるアレックス。
その横顔を見詰めながら‥‥シャリーアの胸の中には、様々な想いが巡っていた。
彼の冒険者嫌いの理由、そうでなくとも何処か一線を越えない様な態度、そして堅物とも言える生真面目さ――その正体が、今、初めて姿を現した。
湧き上がってくるのは同情もある、彼の身になっての憤りも分からないでもない。
‥‥けれど、それ以上に。
嬉しかった。
彼の事を知れた事が。彼の中に触れられた事が。
思わず綻ぶ顔、そして何故だか高鳴る胸、上気する頬。
気が付けば、ちらりほらりと辺りを舞うのは、儚い雪の粒。
純白の雫が、彼女に語り掛けている気がした。背中を押している気がした。
「アレックス殿‥‥」
目を開けば、いつの間にか息の掛かるくらい近くに、シャリーアの顔があって。
「教えて下さり、ありがとう御座います。また‥‥時が来たら、今度は必ず私もお連れ下さいね」
「‥‥ああ。頼りにしている」
そう言って。会話が途切れれば、ゆっくりと近付く互いの瞳。
「アレックス殿‥‥私はあなたをお慕いしています。あなたは私の事をどう思われますか?」
「――――」
声にならない声。
短い沈黙。
そして‥‥アレックスは、口を開いた。
「私も――私にとっても、貴女の事は、既に無くてはならぬ‥‥‥‥否。一言で例えるならば‥‥」
「好きだ、シャリーア。愛している」
「ッ‥‥。アレックス殿っ‥‥」
彼を呼ぶ声は、近付く吐息と吐息に呑み込まれて。
そして――――唇が、重なった。
「んっ‥‥ふっ‥‥」
僅かに漏れる声。
一生懸命背伸びした彼女が、愛おしくて。
耐える様に息を止める彼が、愛おしくて。
お互いの髪や顔に掛かる雪を、取り払う事さえも忘れて。
唯お互いを感じあって。
長い、長い口付けを交わすと。
どちらとも無く唇を離し。
「‥‥顔、真っ赤ですよ」
「お互い様だろう‥‥」
照れ笑いを浮かべ、俯きながら。
二人はそっと、抱き合った――。
●宴の後
――酒の入った女王ソフィアは、今宵も大活躍だった。
もう肌蹴切ったミニスカサンタを気にもせず、電撃付与な銀のトレイ二刀流でウルティムを撃沈させたと思えば、足蹴にして躍らせたり。
王様を引き当てたラマーデの指令した
「5番が3番に膝枕☆」
を、『胸枕』に改変して実行したり‥‥。
試の注意も聞かず、アシュレーのイカサマにも気付かず。
そして、今では寝倒れた所をメイドさん達によって運び出され、別室で安らかにお眠りになっている。
一方で、即席の聖堂においても、ミサが一先ずの纏まりを見せていた。
「行きましょう。主の平和のうちに」
ヨアヒムの言葉と共に会が締められる頃には、多くの者が寝息を立てており‥‥特に福袋に至っては、かなり深い眠りの中へと落ちてしまっていた。
彼は野望の為にこの日までずっと駆け回っていた為、疲労困憊も致し方ない。
同じくミサに出ながら、疲れの為か舟を漕いでいた試やラマーデ。
欠伸混じりの彼らによりゆっくりと運び出された福袋の背を見送って‥‥聖堂の中は、神父ヨアヒムとジュディの二人だけが残された。
「‥‥私の声は、それ程に眠くなりますか?」
「その様な事御座いませんよ。優しげでとても安らぐ御説教でした」
「そ、そうですか。ありがとう御座います」
それは微妙にフォローしていない様な‥‥と言うツッコミは心の中に仕舞っておき、一先ずは壇上の神事用具を片付け始めるヨアヒム。
するとジュディは彼を手伝おうとその横に立ち――。
「あ、大丈夫ですよ。今日はここを片付けて、少し掃除をしたら終わりですので」
「いえ、どうか手伝わせて下さいな。ミサを立てられた神父様もお疲れでしょうし‥‥」
それに――。
「それに、何と申しましょうか‥‥落ち着く、のです」
それは、この聖堂の雰囲気故か。手伝いをしていると、と言う事か。それとも、ヨアヒムと言う人物と居ると、か。
「そう言う事でしたら‥‥。ですが、ご無理はなさらないで下さいね」
「はい、承知しております」
ふふ、と微笑み、長椅子に残された聖書の回収などを手伝うジュディ。
手を動かしながら、思うのは――今日この日の為に、駆け回ってきた此処一ヶ月の事。
「‥‥思えばお屋敷をお借りする所から始まり、飾り付けもこなして‥‥此処でやっと一息、です。そう思いますと少し、疲れ、が‥‥」
――。
「ありがとう御座います、お陰様で‥‥‥‥?」
「‥‥すぅ‥‥」
声を掛ければ、ジュディは集めた聖書を握り締めながら、微かな寝息を立てていた。
そんな彼女に毛布をそっと掛けると、ヨアヒムはそっと微笑み。
「お疲れ様、です」
天界で曰く神を賛美し、聖人の生誕を祝う日、聖夜祭。
アトランティスには元来無いこの行事、それだけに今回の大規模な催しは、この地の者達の記憶に深く刻まれる事であろう。
願わくば、聖なる夜にあらゆる人々へ祝福を。
そして、素晴らしい思い出を来年からも紡ぎ続けて行かん事を。
――メリー・クリスマス♪