【ベースボール】vsオーガズ

■イベントシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:11人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月02日〜02月02日

リプレイ公開日:2009年02月10日

●オープニング

 とある日の昼下がり。
 ウィル近郊のグラウンドには、キャッチボールをする二人の人影があった。
 一人は、故郷の天界においてはプロの野球選手にして、剛速球のエースであった青年、沢村一郎。
 そしてもう一人は、地元騎士団所属の鎧騎士であり、一郎率いるベースボールチーム『グライダーズ』の正捕手を務める女性、シエラ・フォルスマン。
 二人はアトランティスにおいて、天界の遊戯であるベースボールを広めようと活動を続けている、根っからの野球人である。
 とは言っても、やはり他のものに比べて比較的ルールが複雑なこのスポーツは、中々受け入れられずにいたのだが‥‥。
 それでも、以前から微妙な交流を持っていたとある貴族が、最近になってこのゲームの面白さに目覚めたらしく、ベースボール専用グラウンドの確保等を取り計らってくれた為、割と先行きは明るい感じではあった。
「けど、近頃は対戦相手さえも見付からなくなっちまってたからなぁ。まったく、腕が訛っちまうっつうのっ!!」

 ズバァン!!

「まあ、仕方ないだろう。寧ろこのくらいのペースだからこそ、普段の職務とベースボールを両立できると言う物だ」
「んな事言っても、俺は元々これで飯を食ってたんだぜ?」
「それは天界での話だろう。残念ながら、アトランティスにはベースボールチームを選手ごと抱えようと言う組織は無いからな」
「ちっ‥‥分かっちゃいるがな。しかし、だからってこう何ヶ月に一回ってペースでしか試合が出来ねぇんじゃ、退屈で気が狂っちまう。しかも、何処もかしこも新興チームってレベルだからな‥‥俺が先発すりゃ九割以上は完全試合かノーヒットノーランだなんて、まるで俺一人で試合してるみたいで面白みがねぇだろ? あーあ、たまには歯応えのあるチームと試合がしたいぜ――」

 ――ズシン。

 唐突に響くのは、何やら鈍い足音。
 その出所の方向に二人が視線を向けると、そこに居たのは――。



 ――――。



「‥‥オーガ8名にバグベア2名、そしてミノタウロスが1名と言う無茶苦茶な面子で編成された、野球チームだったと言う訳ですか‥‥」
 ギルドのカウンター越しに尋ねる受付係に、小さく頷くのは何処か疲れた顔つきのシエラ。
 加えて言うのならば、それらオーガ族を従える男性が一名‥‥彼は元はバガンズと言うチームのキャプテンだった人物で、以前にグライダーズとの試合において、冒険者達の活躍により屈辱的な敗北を喫してしまった事を未だ根に持っている選手であった。
 今回オーガ族の選手を集め、『オーガズ』を名乗りグライダーズに試合を申し込んできたのは、そのリベンジのつもりであったらしいのだが。
「当の本人は既に満身創痍‥‥まあ、連中を手懐けるに至るまでの苦労が窺える様子だったな。あの様子じゃあとてもグラウンドになど立てはしない。恐らくは、試合はオーガたちに任せて、自分はベンチから指示を送ろうというのだろう」
「‥‥と言うか、よくまあ手懐けられたものです」
 呆れた様に苦笑を浮かべながら言う受付係。
 ――と、ここで一考。
 ここまでにシエラから聞かされたのは、『オーガズ』がグライダーズに試合を申し込んでくるまでの経緯。だが、普通に考えればそんな試合を受ける筈も無い。無いのだが。
 ならば何故、シエラは今此処に居るのだ。
「‥‥‥‥‥‥‥あ、あの、それで、本日は何用でギルドに訪れたのでしょうか‥‥?」
 受付係が尋ねれば、シエラは深ーーーーい溜息を吐き。
「‥‥オーガズと対戦するにあたり、冒険者達にグライダーズの助っ人をお願いしたい。イチローの奴が二つ返事で受けてしまったからな、仕方ないんだ‥‥」
 ――――。

 と言う訳で。
「相手が相手なだけに、怪我をしても大丈夫な様リカバーを使役できる私が呼ばれた、と言う訳か‥‥」
 その翌日、ギルドのカウンターにはエルフの神聖騎士アレックス・ダンデリオンの姿があった。
「はい、シエラさんのお話によれば、貴方の主のルオウ伯のご子息であるウルティムさんが、最近ベースボールにはまっていらっしゃると窺いましたので」
「‥‥た、確かにその通りではあるが」
 とは言え、そのきっかけは‥‥。まあ、知らぬが花と言った感じに、笑い合う二人。
「しかし、私は神聖魔法に関しては修行中の身。余りに酷い怪我を負ってしまった場合には、私では対処し兼ねるな」
「ええ、存じております。ですが、それとは別に貴方には主審を務めて頂きたいとの事でしたので‥‥。ルールはご存知なのでしょう?」
「うむ、まあ、ウルティム様から教え込まれたからな。しかし‥‥」
 その後も何かと渋るアレックスに受付係が食い下がり、何とか主審を確保する事には成功した。
 何しろ、今回の試合は普通では無い。審判もある程度自己防衛の出来るものでなければ‥‥。

 ともあれ、後確保すべきはグライダーズの助っ人。ピッチャ−の一郎とキャッチャーのシエラは居るが、最低後7名は集まらなければ、チームとして成り立たない。
 よって求む、ベースボールでオーガ族に挑もうと言う猛者!!

●今回の参加者

アシュレー・ウォルサム(ea0244)/ ソウガ・ザナックス(ea3585)/ 飛 天龍(eb0010)/ フルーレ・フルフラット(eb1182)/ 物輪 試(eb4163)/ シャリーア・フォルテライズ(eb4248)/ 鳳 レオン(eb4286)/ 加藤 瑠璃(eb4288)/ キルゼフル(eb5778)/ ラマーデ・エムイ(ec1984)/ ミーティア・サラト(ec5004

●リプレイ本文

●試合前の
「さあ、いよいよやって参りました! グライダーズ対オーガズのベースボールゲームっ! 実況は不本意ながらこのウチ、ティーナ・エルフォンスが務めさせて貰うでー!」
 ウィル近郊のベースボール用特設グラウンド、その只中に甲高い声が響き渡る。
 そんなティーナの背後から、ヌッと現れたるはキルゼフル(eb5778)。
「ほほぅ、不本意ねぇ‥‥だったら降りて良いんだぜ? その代わり、あのチャイナドレスを珍獣に売ってかまわねぇならな」
「‥‥粉骨砕身の覚悟で実況を全うさせて頂きましゅ‥‥」
 ダーっと涙ながらに言う彼女に、キルゼフルはニヤニヤ。
 弱味を握られると、人はこうも従順になる‥‥と言うか何と言うか。

 けれど、声を張り上げたのは良いが、オーガズの姿は未だグラウンド上に無い。
 止む無く試合が開始されるまでの時間を、グライダーズの面々は思い思いに過ごしていた。

「野球も久しぶりだねえ‥‥さて、また討取らして貰おうかな」
 ――ピクッ。
 柔軟体操をしながら、サディスティックな笑みを浮かべ呟くのはアシュレー・ウォルサム(ea0244)。
「? どうかした、シエラさん?」
「‥‥いや、何でもない」
 そんな彼らから少し離れた所で、シエラと組んでストレッチを行っていた加藤瑠璃(eb4288)が、相方の様子がおかしい事に気付いて声を掛けるも‥‥返ってきた答えははっきりしないもので。
「ま、まあ、程ほどになアシュレーさん? ああ見えて、昨日までの練習の間もシエラさん、かなり怯えてたぞ‥‥」
 物輪試(eb4163)がそう釘を刺すも、アシュレーは鼻歌交じりで不敵な笑みを浮かべていた。

「ヤキュウ‥‥べーすぼーる? 同じなの?? 球を投げて棒で打ってあの四角い処を走ってでもずっと走ってちゃ駄目で‥‥えーっと??」
 一方、少し離れた所で鳳レオン(eb4286)からベースボールのルールの説明を受けて居るのはラマーデ・エムイ(ec1984)。
 彼女はグライダーズ側の応援、俗に言うチアリーダーとして此処に訪れていた。
 とは言え、ルールを知らないと何と応援したものかも分からないし、見ている方も存分には楽しめないだろう。
 かと思えば、その一方でラマーデと同じくルール説明を受けていた筈のミーティア・サラト(ec5004)の興味は、別の物に向けられていて。
「そのバットという棒には、金属のものもあるのね? そんな重い物であんなに小さくて早い球を当てるなんて‥‥‥‥まぁ重たくはないの?」
 手渡された金属バットを持ち上げ、驚きの声を上げるミーティア。
 試しにその中腹部分を拳で叩いてみると、コンコンと言うくぐもった音が響く。
「なるほど、中が空洞なのね? でも丈夫なんて、どうやって作ってるのかしらね? 天界の技術はやっぱり凄いのね」
 鍛冶を嗜み、卓越した技術を持っている彼女の目は好奇心で光り輝いていた。
 そして、良い物を見せてくれたお礼とばかりに、手伝いとして塁審務める事を申し出てくるミーティア。
 確かに一般人に比べて視力も良い様子だし、何よりも今回の相手を考えれば、願ってもいない申し出である。
 快く任された所で、彼女はニコニコと笑みを浮かべながら。
「それで、もう一度ルールを教えて頂けないかしら? バットにばかり気が行ってたものだから‥‥」

 ―――。
「あはは、アレックス、さすが強肩だ」
 一方、ベンチ裏の目立たない所で、キャッチボールをしている二人のエルフの姿があった。
 今回主審を務めるアレックスと、グライダーズの控え投手として試合に参加するシャリーア・フォルテライズ(eb4248)である。
 最初はシャリーアの肩慣らしを兼ねた投球練習だった筈なのだが‥‥。
「‥‥いつか私達の子供達ともこうして楽しみたいですね。二人で‥‥」
「う、うむ。まあ、何だ‥‥私ならば何時でも」
 ――以下略。
「いやはや、相変わらず微笑ましいというか、羨ましいというか‥‥ッス!」
 そんな二人の様子を傍目に見ながら、素振りをするのはフルーレ・フルフラット(eb1182)。
 先程からかなり洒落にならない風切り音を響かせているのだが、それでもあの二人のキャッキャウフフは止まらない。
「取り敢えず集中集中‥‥剣でなく球を交わす戦い、と思えば。オーガなら達なら相手にとって不足無し‥‥ッス!」
 ビュゴウン!!
 意気込みと共に振るわれるバット――その弾みに目に入ったのは、ぞろぞろと巨体を揺らして此方へ近付いて来る集団。
「来たッスね‥‥あれがオーガz」
 硬直。
 と言うのも、チームの先頭を歩くはミノタウロス、その姿を見た途端につい最近の蔦がアレな依頼の時の事が脳裏を過ぎってしまったが故で。

「あ、あれはまさか‥‥!」
「知っているのかティーナ!」
「知っとるも何も、ミノさんがいるなんて聞いてへんっ!! 詐欺やっ、コーシューワーセツ罪とか言う天界の法規違反や!!」
「‥‥突っ込み所満載だが、何なら止めたって良いんだぜー? あーあ、可哀想に。あのチャイナドレスは今後永きに渡ってむさ苦しい男の――」
「ひーん‥‥鬼ー、カオスー」

 少なくとも鬼(オーガ)は今、グライダーズの前に整列している訳だが‥‥。
 ともあれ、両チームとも試合を前にし、まるで決闘でも行うかの様な闘志を剥き出しにしていて。
 かくして、選手たちが各々の位置に着くと、アレックスは天界製の特殊なマスクを被り、力強く宣言した。

「双方、準備は宜しいな。では――プレイボール!!」



●オーガのエース
 ズドォン!!
「ストライク! バッターアウトッ!!」
「うわぁ‥‥早いわねぇ」
 グライダーズの先発投手は沢村一郎。
 先攻オーガズの上位打線を、自慢の剛速球でまずは三者三振に切って取る。
 さしものオーガも、彼の球には掠る事も出来ず‥‥悔しげにバットを地に叩き付けていた。
 その様子を彼のすぐ後ろで見ていた二塁審のミーティアは、思わず感銘の声を上げる。
 これならば、簡単には点を取られないだろう。

 そして攻撃権は移り、グライダーズの先頭打者は一番センター、飛天龍(eb0010)。
 本試合で出場している唯一のシフール、その体躯故に投手はコントロールを定め難い――と思いきや。
「ストライク!」
 マウンドに立つはオーガの投手、彼の放つ球は、天龍の膝上を正確に突いてきた。
(「成程、サイドスローか。あの体躯の割に球威は然程でも無いが‥‥思った以上にコントロールはあるな。だが、それなら‥‥!」)
 ――カッ。
「ファウル!」
 相手がなまじストライクを取ってくるならば、カットしてスタミナを削ろうという算段である。
 ‥‥と思いきや、その後はボールが続き、呆気なく天龍は出塁する事となった。

 そして続くは二番サード、アシュレー。
 彼はネクストサークルに居る間も、素振りを繰り返して相手チームにアピールをしていた。
 ――こいつはきっと長距離打者だ。
 そう思ったオーガズ監督は、投球を低めに集めて様子を見る様に指示を。

「!? 走ったぞ!!」

 監督が声を響かせるも、もう遅い。
 天龍はその俊足を存分に生かし、完璧に二塁を盗んで見せた。
 悔しがる様子を隠しもせず、オーガはアシュレーに第二球を‥‥。
 ――コンッ!
(「!? しまっ‥‥」)
「バント!? 急げ!!」
 横に構えたバットはボールの下に当たり、小フライとなってピッチャーの前に落ちる。
 全力で塁間を走る天龍とアシュレー、だが。
「セーフ!!」
 三塁審のウルティム(本人の希望により参加)の声が響く。
 オーガは三塁に送球するも、天龍を刺すには至らず‥‥結局アシュレーも進塁となった。
 いきなりのチャンス、ベンチが押せ押せムードで沸き立つ中、唯一アシュレーだけは、怪訝な表情を浮かべ。
(「おかしいな‥‥どうしてさっきの球、ちゃんと転がせなかったんだ‥‥?」)

 胸騒ぎを覚えながら、続くバッターは三番ファースト、加藤瑠璃。
(「あの二人の足ならシングルヒットでも十分間に合うわ。相手は処理も上手く無さそうだし、此処は右打ちで少しでも‥‥!))
 ――カッ、ガキィッ。
「ファールっ!!」
 ‥‥瑠璃が打った球は、二球ともストライクの直球。だがその二球とも、大きく右側にそれて飛んでいってしまう。
 練習においても、それに以前の試合においても、彼女は恙無く安打を繰り出す優秀なスラッガーだった。なのに。
(「そんな‥‥二球も続けて振り遅れ‥‥!?」)
 焦る瑠璃、そして驚き目を見開くグライダーズの選手達。
 ――オーガズの監督が口元を歪ませると同時に、放たれた直球は。

「ス、ストライク、バッターアウト!!」

「なにっ!?」「そ、そんな‥‥!」
 気が付けば、天龍は既にホームベースの間近まで来ていた。まさか彼女が三振してしまうとは、思いも因らず‥‥。
 此処で天龍もキャッチャーのオーガにタッチされアウト、一気にツーアウト二塁となってしまった。
 ちなみにこの間にアシュレーは足を忍ばせてちゃっかり進塁していたのだが、敵味方共に誰も気付いて居なかったり。

 続く四番ライト、フルーレは何かおかしいとは分かりつつも‥‥凡打をしてしまい、結局点を取れないままグライダーズは攻撃を終えてしまった。
「参ったな‥‥あの状況で得点無しかよ。どうなってんだ?」
「分からないわ‥‥けど、何だか想像していた以上に手元でボールが伸びてきて‥‥」
「ああ、二塁でどんな握り方をしているのか見てみたけど、特に何の変哲も無いストレートだったよ。俺もバントを完璧に決められなかったし‥‥あのオーガのピッチャー、何かありそうだね」
 揃って頭をもたげるグライダーズ陣営――と思いきや、ガンッと音を立てながら立ち上がるのは一郎。
「おいおい、まだ初回だぜ? 今からそんな暗い顔してどーすんだよ。心配すんな、お前らが点を取るまで、俺が抑え続けておいてやっからよ!」
 彼の言葉で、一同の表情に活気が戻ってくる。
 やがて「オウッ!!」と声が響くと共に、守備に着いて行くグライダーズ陣。

 宣言通り、彼の剛速球には4番のミノさんも、続くオーガ達もバットに掠らせる事さえ出来ず、攻撃権はあっと言う間にグライダーズへと舞い戻ってきた。
 この回の先頭打者は五番レフト、ソウガ・ザナックス(ea3585)。
 だが。
「くっ、ピッチャーフライか!!」
 悔しげにバットを地面に叩き付けながらベンチに帰って行く彼の背中を、オーガズの監督は嬉しそうな笑みを浮かべながら見送って――。
「‥‥どうだった?」
「ああ、少しだけ正体が掴めたな‥‥恐らく、試の言っていた通りだ。あの球は――」

 ネクストサークルでソウガと言葉を交わし、バッターボックスに向かってくるのは六番ショート、試。
 そして放たれる一球目は。
「ストライーク!!」
 高め一杯に決まり、思わず試はよろめいてしまう。
(「やはり‥‥! これは‥‥この球はッ!!」)

 ――カァン!

「ガゥッ!!?」
「なにぃっ!!?」
 放たれた打球は、見る見る飛距離を伸ばして行き‥‥レフトのバグベアの頭上を超えた所で、漸く地面に落ちた。
「おおーっ!? ナイバッチー!」
「走れ試ーっ!!」
 ズサアァーッ!
「セーフ! ‥‥で、良いのよね?」
 恐る恐る尋ねてくるミーティア。彼女が言うまでも無く、誰の目から見ても送球がグラブに収まるよりも、試が塁に着く方が早かった。
 沸き立つグライダーズベンチ。加えてチアリーダーのラマーデと、彼女と共に応援している珍獣屋敷のメイド達も歓声を上げる。
 試は右手でガッツポーズを作りながら、ヘルメットを被り直し。
(「あれはジャイロボール‥‥いや、厳密には違うが、あれと同種の球だ。きっとオーガのあの特殊な投げ方が、偶発的にボールをジャイロ回転させているんだろう。スコアで見た限りの振り遅れの多さ、そして皆ボールの下を叩いていた事‥‥それをソウガさんが見極めてくれたから、打つことが出来た様なものだな」)
(「いや、それも試のセンスがあってこそだ。このヒットを無駄にしない為にも、私が続かなければな」)

 迎えるバッターは七番キャッチャー、シエラ。
 ‥‥だが、ジャイロは分かっていてもそう簡単に打てるものではない。
(「きちんとストライクに決まる時のこの球は、確かに打ち辛い‥‥だが、やはりオーガは不器用なのか、失投が多い。それを狙い打てば‥‥!」)
 ――ガッ!
 高めのボール球を無理矢理打ち抜いたシエラ、その打球はセンター前に運ばれ、ヒットとなる。
 これでワンナウト一塁三塁、再びグライダーズに先制のチャンスが訪れた。

(「これで上位打線なら良かったんだが‥‥」)
 苦笑いを浮かべながらバッターボックスに立つのは八番セカンド、鳳レオン(eb4286)。
 彼は守備に関しては非常に優秀なのだが、事前に仲間達にも言っていた通り、打撃に関しては自信が無いらしく。
(「とは言え、このチャンスを潰す訳には行かないな‥‥だったら、取る選択は――!!」)
 コンッ。
「なっ‥‥初球スクイズだと!? 急げ!」
 ジャイロ回転の球を打ち損じ、打ち上がってしまう打球。だがそれが逆に功を奏し、ボールはピッチャーの頭を超えて地面に落ちた。
「やったッス!! 一点先制ッス!!」
「良くやった試! それでこそチームキャプテンだ!!」

 意気込みと共に、バッターボックスへ向かうのは九番ピッチャー、一郎
(「‥‥最高だぜ! 試達の活躍に応える為にも、俺も全力で打たないとな!!」)
 ガッ!!
「あっ‥‥!?」
「走れ沢村さん!!」
 力みすぎたのか、打球はボテボテと内野を転がる。だがアウトになってたまるものかと、一塁へ向けて全力疾走をする一郎‥‥そして。
 ――ドゴォッ!
「‥‥アウトーッ! スリーアウト、チェンジ!」
 一塁審を務めるサマエル(彼はウルティムに誘われ参加)の声に、ヘッドスライディングをした一郎は口惜しげに地面を叩く。
 ――だが、この時は誰も気付いていなかった。
 この時、オーガに対して強引に飛び込んで行った一郎。その際の接触が、後に影響を及ぼしてくる事を。



●エース負傷
 その後暫く、互いに点が取れないまま進行する試合。
 ――そして異変は、四回の表に現れた。

 ドォン!

「ボール! フォアボール!」
「タ、タイム!」
 響くシエラの声に、グライダーズの面々がマウンドに集まってくる。
「如何したんだ、イチロー? もう満塁だぞ。この回殆どストライクに投げていないじゃないか」
「チッ‥‥分かってるって。後三人、打たせなきゃ良いんだろ? その位、何てこと――」
「‥‥沢村さん。もしかして、何処か悪いんじゃないか?」
 試が尋ねると、大きく目を見開く一郎。
「‥‥んな訳ねぇだろ。仮にも俺は元プロだぜ。自分の体調管理ぐらい自分で出来るっつーの」
「でも、確かに顔色も良くないわ。もしかしてさっきのラフプレーで‥‥」
「んな事ねぇって、大丈夫だよ。それより、満塁だ。万一打たれて抜かれでもしたら、あっと言う間に追い付かれちまうからな。皆、気を引き締めて行けよ!」
 手で集まって来た者達を追い払うようにしながら、マウンドに立ち竦む一郎。
 ――その弾みに、ユニフォームの下の二の腕が痛み、思わずしかめた顔を帽子の鍔で隠す。
(「‥‥そう、プロっつぅ世界を経験してきている俺が、此処で音を上げる訳にはいかねぇ‥‥。この回だけでも、無失点に抑える!」)
 ――ドオォン!!
「ストライク!!」
 放たれた剛速球は、本来の球威を取り戻し、シエラのミットの中心に収まる。
 なんだ、やはり杞憂だったのか‥‥一同が胸を撫で下ろしながら、二球目を投げる一郎の姿を見遣ると――。

「あ‥‥」

 バキィィッ――――ドスッ。
 鈍い音と共に、柵を蹴って跳ぶソウガの頭上さえも超え、外野の観客達の只中に落ちる打球。
 代償とばかりにミノさんの振るった木製バットは粉々に粉砕されており‥‥決して打ったのが失投では無かった事は、誰の目にも明らかで。
「‥‥!? イ、イチロー!!?」
 慌ててマスクを脱ぎ捨て、マウンドに駆け寄るシエラ。‥‥一郎は、右腕を押さえながら蹲っていた。

 ――アトランティスにおけるローカルルールにより、リカバーの治療があったとしても、大事を取って怪我人は交代しなければならない。
 加えて、彼の怪我は無茶な投球により悪化してしまっていたらしく、アレックスの技量で治せる域を超えてしまっていて‥‥どちらにしても、彼の代わりに誰かが登板しなければならなかった。
「私の出番か。思ったよりも早く来てしまったな」
「‥‥いけるか、シャリーア?」
「うむ、試合前にアレックスに受けて貰ったからな。‥‥それよりもシエラ殿、貴女こそ無理はなさらぬ様。沢村殿が心配ならば、何時でも言って下され」
 シャリーアに肩を叩かれ、小さく頷くシエラ。‥‥何故もっと早く気付いてあげれなかったのかと、自責の念に駆られているのだろうか。
 ともあれ、ピッチャーは代わってシャリーア・フォルテライズ。
 皆の注目が集まる中、彼女の放つ第一球は――。
「む、ボール!!」
「ふむ‥‥」
 シエラから投げ返されるボールをグラブで受けながら、続くもう一球、大きく振り被って。
「‥‥‥‥ボール!」
「そうか、まだ内側か。――しかしアレックス、投手が私でも、私情を挟まずしっかりと見ている様だな」
 口元に微笑を堪えながら、放たれる第三球。

 ――パシィッ!!

「‥‥うむ。ストライク!!」
 響く声に、シャリーアは小さくガッツポーズ。
 そう、彼女は卓越した射撃技能に加えてシューティングPAを用い、ストライクゾーンギリギリのコースを正確無比に狙い、投げ込んでいるのだ。
 球威は然程でも無いが、ボールかストライクか判断し難い球をヒットにするのは、かなり高度な選球眼を求められる。
 ましてや、それが変化球となれば――。
「スリーアウト、チェンジ!!」
「やったー、三者凡退!! ナイスピッチングーッ!」
 ラマーデ達の歓喜の声が響く中、グライダーズの面々はベンチへと戻って行く。
「‥‥へっ、頼もしい中継だな。頼んだぜ」
「うむ、任された。沢村殿は安心して休んでいてくれ」



●疾く、強く、華麗に
「本当はわし、代打要員だったんだが‥‥まあ、この際仕方あるめぇな」
 場面は六回の表、本人の反対を押し切り一郎を教会へ連れて行く事にしたシエラに代わり、ライトのフルーレがキャッチャーに――そして、ライトには控えのキルゼフルが着く事になった。
 シャリーアのピッチングは、精密なコントロールによる癖球を駆使し、打たせて取る投球。
 よって必然的に野手に頼る事になる為、少しでも守備力を上げておいた方が良いだろうと言う、シエラなりの采配である。
 ともあれ、その甲斐もあってか。
「うおぉぉっ!!!」
 ――パシィ。
「アウト! スリーアウト、チェンジ!」
「よし! ナイスキャッチー、レオン!!」
 この回のオーガズの攻撃も三者凡退で終わり、代わるグライダーズの先頭打者は四番キャッチャー、フルーレ。
 ――ゴゥッ!!
 彼女の凄まじいスイングと共に放たれた打球は、左中間の柵に当たり跳ね返る。
 その間にフルーレは二塁へ。真芯に当てていれば、間違いなく柵を越えた所だっただろう。

 そして続く五番レフト、ソウガもライトの頭上越えのパワフルな打球を放ち、ツーベースヒット。
 だが跳ね返った球は強く、捕球したバグベアは思ったよりも前に出ていて。
「くッ‥‥間に合えーーーッス!!!」
 ズサアァァァ!!!
 形振り構わず、土埃を上げながらホームに飛び込むフルーレ。
 そして、土埃が晴れると、アレックスの下した審判は――。
「‥‥アウトーッ!!」
 キャッチャーのオーガの巨体に阻まれ、僅かにホームに手が届いていなかった。
 あーっ、惜しい! と言った声がグライダーズベンチに響く。

 続くは六番ショート、試。今試合でヒットを放っている彼だが、ここはバントで走者を送る。
 ――かと思えば、三塁手のオーガが取ったは良いが、ピッチャーのベースカバーが間に合わず、結果フィルダーズチョイスでワンナウト一三塁と言う状況となった。
 ここで迎えるは七番ライト、キルゼフル。
 ‥‥彼は何故か一般的なバットの代わりに、物干し竿と言う長尺の棒に酒飛沫を吹きかけたものを構え、打席に立っていた。
 審議の結果、アレックスは渋い顔をしていたがまあ取り敢えず良しと言う事で、ゲーム再開。
 ――かと思えば、物干し竿を高々と外野の柵の上へ向けて掲げるキルゼフル。
 所謂ホームラン宣言と言うものだが。
(「奴のオーガジャイロを打つのは大変だからな‥‥。せめてこいつで惑わされて、失投してくれる事を期待するぜ!」)
 ――彼の読み通り、オーガから放たれたのは高めの甘い球。
 キルゼフルはこれをすかさず狙い打つと、見る見る打球は内野手の頭上を超えて行き‥‥そして、センターのグラブに収まった。
「今だソウガーッ!!」
 声と同時にタッチアップで三塁を蹴り、ホームへと向かってくるソウガ。
 だが、然程打球が深くなかった故か、送球は彼が辿り着く前にキャッチャーのミットへ――。

「グゥ!?」

 捕球したキャッチャーの視界から、ソウガの姿が消えた。
「上だッ!!」
「!!」
 声が掛けられるよりも早く、巨体をオーガの頭上に舞わせ、その身体を飛び越えていたソウガは‥‥華麗な着地と同時に、悠々とホームベースに触れる。
「セーフ!」
 アレックスの声と共に、沸き立つベンチ。これで4−2‥‥何とか一点を取り返す事が出来た。
 ソウガは犠牲フライを放ったキルゼフルと腕を打ち合わせると、悔しげなオーガズ監督を一瞥して。
「ジャイアントだから鈍いなどと思われると心外だ‥‥レンジャーをなめるなよ」
 得意げに言い残し、ベンチへと戻って行った。



●遅れて来た応援者
 その頃、グライダーズ側の応援席に、一人の少女が息を切らせながら駆け込んで来ていた。
「あれ? キミは確か‥‥ミーヤちゃんだよね? そんな慌てて、どうしたの?」
「はぁ、はぁ‥‥その、アシュレーさんに呼ばれていたのですが、遅れてしまいまして‥‥。アシュレーさんはまだ登板していないですか?」
「うん、してないね。今のピッチャーはシャリーアで、彼はまだサードを守ってるよ♪」
「そうですか、良かった‥‥」
 ほっと胸を撫で下ろすミーヤ。‥‥だが、ラマーデから今の状況を聞かされ、直後その表情から笑顔が消える。
 彼女達の他にも多くの者達の期待が集まる中、果たしてグライダーズは逆転出来るのだろうか――。



●そして切り札は
 前の回、一点とは言え失点を許してしまったオーガ投手。
 彼が疲労していた事もあるが、それ以上にグライダーズの勢いを察していたオーガズ監督は、彼を継投させるか否か悩んだ末‥‥次の回の攻撃から、今までショートを守っていたミノさんを投手として起用してきた。

(「成程、こいつは緩急を駆使して引っ掛けさせるタイプか。体格の割に、細かい投球をしてくる奴だ」)
 前の打順のシャリーアはあえなくこの球に打ち取られてしまったのだが、登板して間も無く天龍をバッターに迎えてしまったというのは、ミノさんにとってこれ以上無い不運だったかも知れない。
 ――カッ、パスッ、カッ、ガツッ、パシィ。
「ボール、フォアボール!」
 何球とも知れないファールとボールの応酬の末、最終的に彼の出塁を許してしまうミノさん。
 そして迎えるバッターはアシュレー。
(「さっきは打ち損じたけれど‥‥ミーヤの前で無様な真似は見せられないね!」)
 コッ。
「くっ‥‥ファースト!」
 パシィ!
「セーフ!」
 見事にセーフティーバントが決まり、一二塁にそれぞれアシュレーと天龍と言う、グライダーズにとって理想的な状況を迎える。

 そして三番ファースト、瑠璃。
 ‥‥マウンド上で鼻息を荒くしているミノさんに若干悪寒を感じるも、すぐにそれがランナーを抱えたが為の動揺故と気付く。‥‥と言うか、そう言う事にしておきたい。
 ともあれ、第一球を――。
「ま、待て! ウェストしろっ!!」

 ズサァッ、ザザッ!

 気付いた頃には、時既に遅し。
 ダブルスチールを敢行した天龍とアシュレーは二人共華麗に進塁、キャッチャーにボールを投げさせる事さえ許さなかった。
(「これで一気にチャンスね。次に控えるのは主砲のフルーレさん‥‥逆転する為にも、この勢いを途絶えさせる訳には――行かないわ!!」)

 カァン!!

「よし、ライト前ヒット! 回れ!!」
 瑠璃のヒットにより、三塁の天龍は悠々生還。続くアシュレーもホームを目指そうとしたが、それよりも早く送球が返って来た為、素早い判断で三塁に落ち着いた。
 そして、迎えるのは4番キャッチャー、フルーレ。
(「登板したばかりだというのに、連打を喰らって‥‥ミノさんは動揺しているッス! 此処で打たずに、何時打つのか‥‥ッス!!」)
 仲間達が繋げ、作ってきたチャンス。
 それを無にしない為にも――騎士として、そして一プレイヤーとしてのフルーレの心に、炎が燃え上がった。
 対するミノさんもそれを察してか、はたまた女性のフルーレや瑠璃に興奮してか(ぇ)投げ込む球の一球一球には、凄まじいまでの気迫が篭められていて。
「‥‥だが甘いッス! これぞコナン流打法が真髄――必殺スマッシュヒッティング!!」

 ゴオォゥッ――――。

 マウンドにまで届かんばかりの、スイングによる風圧。
 そして、白球は――グラウンドから見えなくなるほど遠くまで、運ばれて行った。
「やった!! 一気に逆転だ!!」
「これでミノさんへの禊が果たせたッスーっ♪」
 感極まって、フルーレを胴上げする仲間達。
 これで4−6、グライダーズはこの回でとうとう逆転に成功する。

 そして続く七回、オーガズの攻撃。
「――さて、後は俺が6人抑えれば勝ちだね。ミーヤも見てるし、しっかり締めないと‥‥ね」
 この回でシャリーアに代わり、マウンドに登るのはアシュレー。
 そう、彼こそがこのチームにおける抑えの切り札である。
 彼がチラリと応援席に視線を向ければ、ラマーデの隣には自身の用意したチアガール風の天界衣装を身に纏い、必死に声援を送るミーヤの姿があって。
 その様子に満足気に笑みを浮かべると、一転して明らかな動揺を浮かべるオーガの打者に、冷酷な視線を向けてみせる。
 そして、放たれる球は――。

「ストライク、バッターアウト! スリーアウト、チェンジ!!」
 それは、まるで手品でも見ているかの様な感覚だった。
 オーガ達は誰一人掠る事さえ出来ず、三者共三球三振に切って取られ‥‥。
「そう言えば、そっちの先発もジャイロ回転の球を放っていたけれど‥‥俺のは、更にその上を行くよ。さあ、君達に打てるかな――?」
 マウンドを去る間際、不敵にオーガズベンチに言い放つアシュレー。
 そう、彼はジャイロボールとナックルボールと言う、大変に難易度の高い球種をマスターしているのだ。
 その上、キレや変化量は生半可な物とは桁違い‥‥打者からすれば、ジャイロは消える魔球、ナックルはバットを避ける魔球と捉えられてしまう事だろう。
 もう少し練習すれば、間違いなく初見では誰も打てない球となる――そんな彼の投球に、敵味方共に戦慄にも似た身の震えを覚えながら。

「――ゲームセット!!」

 アレックスの宣言と共に、波乱に満ちた異種族間試合は幕を閉じるのであった。



●試合後の打ち上げ
 その後、シャリーアの計らいで川原に両チームの選手が集まり、焼肉パーティーが催された。
「しかし、オーガにまともな野球が出来るのかと思ったが‥‥思った以上に手強くて、驚いたな」
「ホント。あんな複雑なスポーツをオーガ達に完璧に教えるなんて、キミって実は凄い人よね♪」
 レオンとラマーデが言えば、恥かしげに頭を掻くオーガズ監督。
「俺だって、最初はチームが出来るとは思ってなかったさ。けど、それもこれも、あいつと出会えたからこそだな」
 言いながら彼が指差すのは、一心不乱に肉を頬張る一人のオーガ――そう、先発のピッチャーを務めていた者である。
 どうやら、彼がこのチームを作るに至ったのには、そのオーガとの出会いから始まる小さな物語があっての事だったらしい。
「そのお話、いずれお聞かせ願いたいわね。それにしても‥‥間近で貴方達の試合を見て居るのも、中々迫力があったわね。‥‥本当は怖かったけれど、無事にこなせて良かったわ」
 そう言うミーティアに、両チームの選手達は労いの言葉をかける。(無論ミノさんは除外)
「そうそう、ミーティア殿も頑張ってくださったが、アレックスの審判も完璧でしたぞ。名審判に感謝を♪」
 チュッ。
 と、シャリーアが不意打ち気味にアレックスの唇にキス。
 途端に周囲の者達が沸き立つが、次の瞬間にはミノさんが(以下略)。
「いや、しかし本当に良い試合だった。俺もこの怪我さえ無ければ、グラウンドに立ってお前達の相手がしたかったよ」
「ああ、いつでも申し込んで来ると良い。もっとも、一郎の怪我が治り次第、となるだろうけどな」
「勿論だ。その時は必ず、イチローやアシュレーの球をヒットにしてやるからな!」
「へぇ、俺に挑戦する気? 良いよ、ただしその時には俺ももっと投球に磨きをかけているだろうけどね♪」
 焚火を囲う一同を、堪えない笑い声が包む。

 ベースボールは出身や種族さえも超え、選手達の心を繋げる。
 それは、言葉をも超えたスポーツと言う名のコミュニケーション。
 そんなベースボールを、沢村一郎と言う人間が何故心から愛して止まないのか――その理由が、皆にも分かった気がした。

 そしてそのコミュニケーションは、後にとんでもない所にまで影響を及ぼす事になるのだが‥‥それはまた、別の話。