【ベースボール】精霊達に捧げるゲーム

■イベントシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 99 C

参加人数:11人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月17日〜03月17日

リプレイ公開日:2009年03月26日

●オープニング

 ――聞こえていますか。
 私の声が、聞こえていますか?
 目覚める必要はありません、そのままで聞いて下さい。
 ‥‥大変な事になってきてしまいました。
 遥か異界にて猛威を奮う、邪な存在達‥‥彼等が跋扈し始めた事を契機に、アトランティスの破壊を目論む者達までもが、更に活発に活動を始める様になってしまったのです。
 或いは、冒険者の方々ならば其処までの経緯を、ご存知かも知れません。
 ですが、最近になり‥‥彼らの魔の手が、各地の精霊達にまで及び始める様になりました。
 このままでは、いずれアトランティスの精霊のバランスが崩れてしまう‥‥。
 そうなる前に、精霊達を奮い立たせ、カオスの魔物への抵抗力を高めるべく‥‥お願いしたい事があるのです――。



「‥‥夢枕に立った精霊から、ベースボールの試合を申し込まれた‥‥ですか」
 冒険者ギルドの受付係が尋ねれば、カウンターの前に立つシエラは小さく頷く。
 ‥‥だが、双方とも表情はこれ以上無いほど訝しげ。まあ、事が事なだけに無理は無い。
「それで、精霊とはどの様な方だったのですか?」
「そうだな‥‥実を言うと、姿形はどうしても思い出せないのだが‥‥。けれど、声だけは異様な程鮮明に頭に残っている。彼女は自らの事を『アルテ』と呼ばれる一介の月精霊だと言っていたな」

 ――――。

「アルテ‥‥!? 本当に、その様に言っていたのですか!?」
 身を乗り出して尋ねる受付係に、シエラは少したじろぎながらも首を縦に振る。
 アルテ――そう名乗っていた所から察するに、恐らくは以前ウィル近郊の月精霊遺跡に封印されていた所を、冒険者達により解放されたアルテイラ‥‥彼女に間違いないのだろう。
 だとすれば、願い出てきた内容にも合点がいく。彼女が遺跡を出たのは、アトランティスに轟き始めた邪悪な存在――即ち、カオスの魔物に対抗する手段を模索する為であった筈なのだから。
「‥‥話を続けるぞ。向こうのチームは、主にアースソウルで編成されているそうだ。けれどその他にも、ぽつぽつ違った選手が居るかも知れない。‥‥それと、これは少々信じられない事なのだが‥‥」
 其処で言葉を切ったシエラは、声を潜める様にして受付係の耳元に顔を近付け。
「‥‥彼女の話によると、相手チームの中には『ヴァルキューレ』なる者も居るらしい」

「―――――――ゲホゲフガハッ!?!?!?!?」

 思わず口に含んだハーブティーを噴出しそうになるのを何とか堪え‥‥るも、代わりに顔色が真っ青になるまで盛大に噎せる受付係。
 ヴァルキューレ――それが一般的に知られるあの『ヴァルキューレ』であるならば、それは伝説的な高位精霊の名に他ならない。
 そんな者が、ベースボールの試合に参加するなど‥‥普通に考えれば有り得ない話だが、アルテが嘘を吐くとも考えにくい。
 それが本当ならば、此方も全力を持って臨まなければならないだろう。
「宜しく頼んだぞ。後、可能であれば盛大な試合演出とする為に、審判や塁審は当然だが、他にジッキョウやカイセツ、チアリーダー等も居た方が良いかも知れん。無論、冒険者の方々にやって頂いても良いが、他に心当たりが居れば私から声掛けをする事も可能なので、考えておいてくれ」
 シエラの言葉に相槌を打ちながら、依頼書をしたためて行く受付係。
 つまりは、今回はベースボールを行う最低人数9人に加えて、その他の人員も可能な限りで募集すると言う事である。
 無論、ベースボールのルールをよく知らない者でも構わない。
 精霊を鼓舞するべく、ゲームを盛り上げる為だ。人手は多ければ多いほど良いだろう。

 かくして、仕上がった依頼書を確認すると、当日の準備に向かう為と踵を返すシエラ――は、ふと足を止めて。
「‥‥そう、それと今回の投手なのだが、実を言うとイチローは投げる事が出来そうに無いんだ――」



 ――薄暗い室内で強く握り締めた白球を、食い入る様に見詰めるのは天界の元プロ野球選手沢村一郎。
 彼はそれを持った右手を振り上げ‥‥かと思うと、小刻みに震える腕を、ボールごと床に叩き付けた。
「‥‥っくそっ、何だってんだ! オーガと試合した時の怪我は治ったってのに‥‥! あれからボールを持つと身体が重い、腕が上がらない、コントロールは定まらない、球威も出ない‥‥! シエラに精霊と試合をすると聞いてから、尚更だ‥‥! 如何しちまったんだ‥‥如何しちまったんだよ、俺は‥‥っ!」
 まるで死人の様に顔面を蒼白させ、一人呟く一郎。
 ‥‥確かに今のままの彼では、とても登板など出来る筈も無いだろう。

●今回の参加者

アシュレー・ウォルサム(ea0244)/ ケンイチ・ヤマモト(ea0760)/ ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)/ シン・ウィンドフェザー(ea1819)/ グラン・バク(ea5229)/ ディアッカ・ディアボロス(ea5597)/ シャリーア・フォルテライズ(eb4248)/ 鳳 レオン(eb4286)/ 加藤 瑠璃(eb4288)/ キルゼフル(eb5778)/ ラマーデ・エムイ(ec1984

●リプレイ本文

●来たれ応援団!(追加人員も募集中?)
「へー、またヤキュウの試合をするのね」
 白昼の冒険者ギルド、その張り紙を見るや、興味深げに声を漏らすのはラマーデ・エムイ(ec1984)。
 彼女は前回に行われたグライダーズのベースボールの試合においても、応援に参加していた。
「それじゃ今回も応援に‥‥って、えぇ!?」
 そんなラマーデの口から驚きの声が上がる。
 と言うのも、今回の相手は、精霊達によって結成されたチームが相手との事だからだ。
 おまけにその中には、ヴァルキューレまでも馳せ参じて居ると言うのだから‥‥驚かない方が無理である。
「ヴァルキューレとかホントに来るなら、それだけでも見に行く価値があるわねー。で、試合はいつ?」
 つつつーっと、羊皮紙の表面に走らせる視線が、日程の記された部分で止まり。
「‥‥‥今日!? うわ、大変! 急いで行かなくちゃ!」
 途端にラマーデは、慌ててギルドを飛び出して行った。



●試合前の空気
 天気は雲一つ無い晴天。
 明るい光が照らすグラウンドの周囲は、物珍しさで集まって来た観客達で溢れかえっていた。
「さー、いよいよこの日がやって来たでー! 御馴染みグライダーズに対するは、なんと精霊によって結成されたチーム! 今回の試合もこのティーナ・エルフォンスが解説をー(ry)」
 そんな中、持ち前の大声を高らかに響かせるのはティーナ。
 すると彼女の横から、ヌッとキルゼフル(eb5778)が顔を出し。
「っつぅかおめぇ、明らかに前回のオーガズの時よりテンション高くねぇか?」
「んー? 気のせいや気のせい♪」
 絶対気のせいでは無いだろう。

「はは、流石に相手が精霊ともなれば、自ずと気持ちも昂ぶって参りましょう。かく言う私も、興奮を抑えきれずに居ますからな」
 そんな様子を遠目に見ながら言うのは、アレックス・ダンデリオンに手作り弁当を振舞っていたシャリーア・フォルテライズ(eb4248)。
 だが、アレックスからしてみれば、試合よりも何よりも弁当とかシャリーア(ユニフォーム姿)にばかり意識が行っている様子で。
「‥‥で、如何ですか? 腕によりをかけて作ってきたのですが‥‥」
「う、うむ、いずれを取っても非の打ち所が無い。流石はシャリーア、これから更に成長して行くのだろうな」
 ‥‥アレックスさん、主語をきちんと入れましょう、はい。

 ともあれ、精霊側の選手で今見受けられるのはアースソウルばかり。
 未だヴァルキューレの姿はこの場に無く‥‥誰しもが彼女の到着を心待ちにしている最中。

「エロイのかな?」「エロイんじゃろうか?」

 ボソボソッ。
 シエラ相手にキャッチボールをしていたアシュレー・ウォルサム(ea0244)と、集まった観客達と共に応援の仕方について相談していたユラヴィカ・クドゥス(ea1704)。
 期待半分と言うか不安半分と言うか‥‥主に前者、後者的な意味で。

「――お待たせしたわ」

 そんな中、ふわりとグラウンドの中央に降り立つのは――白銀に輝く鎧を身に纏う、背の高い女性。
 その神々しさ、とでも言うべきか‥‥その姿は美しいだけでなく、確かに露出は少し多いものの、それを忘れさせる程の威厳と勇壮さを醸し出していて。
 この女性こそ、紛れも無く風の高位精霊ヴァルキューレに間違いないと――言葉は無くとも、誰しもが確信していた。
「お初お目にかかります、ヴァルキューレ様。我々は――」
 思わず彼女の前に跪く冒険者の選手一同。
 その中のシエラが口を開けば、ヴァルキューレはスッと手を前に突き出し。
「良いのよ、そんな改まらなくて。今は私も、そなた達と同じ一選手。儀礼を重んじるよりは、寧ろ試合に集中してくれないと困るわ」
 そう言って微笑む。
 ‥‥何て言うか、ヴァルキューレと言うと何処か厳しそうな性格をしていそうなイメージが強いが、彼女は何だかフランクだ。
 だからこそ、冒険者達も割と気軽に接する事が出来た。

「さぁ、いよいよ世紀の一戦が始まるでー! ヴァルキューレがユニフォームに着替え終わって来はったら、試合開始や!」
 ――ちなみに、この時アシュレーを押さえるのに動員された人数は(以下略)。
 高位精霊相手に流石に命知らずと言う事もあってか、アシュレーも若干自重していた事もありき‥‥無事に精霊チームのユニフォームに着替え終えたヴァルキューレも、アースソウル達同様グライダーズの前に整列する。
 そして、双方礼をし、良い試合とする事を誓い合った後、各々がポジションに着くと――。

「プレイボール!」

 主審の声が、高らかに響き渡った。



●オーガ再び
 今回の先行はグライダーズ。
 ベンチに集まる冒険者達は――マウンドに登った相手チームのピッチャーを見遣り、驚きの声を上げた。
「あ、あれは‥‥この間のオーガ!?」
「どうやら、その様だな。あの投球フォーム‥‥間違いない」
 そう、前回グライダーズと対戦したオーガ族により編成されたチーム、オーガズ。
 そのエースを務めていたオーガが、どう言う訳か今回もマウンドに立っているのだ。
「恐らくは、私と同じくアルテに呼ばれたのだろう。‥‥ときに、向こうのベンチに座っている女性は誰だ?」
 そう言ってシエラが指し示すのは――。

「あ! あれは‥‥!」
「知ってるのか、ティーナ!?」

 お約束となりつつあるキルゼフルとティーナの遣り取り‥‥は良いにして、ティーナが彼女の事を知っているのは当然である。
 何しろ、その女性こそ以前月精霊の遺跡に封じ込められていた『アルテ』に他ならないのだから。
「月の精霊ですか。となると、私と同じくテレパシーを用いて、ノーサインによる指示などを行う算段なのでしょうか」
 ディアッカ・ディアボロス(ea5597)の推測通りだとすれば、相手陣営の密な意思疎通から成る高度な連携が予測される。
 ヴァルキューレやオーガもだが、チーム全体で警戒して臨まなければなるまい。

 かくして、バッターボックスに立つグライダーズの先頭打者は一番セカンド、キルゼフル。
 彼はマウンド上に山の如く聳えるオーガを睨み付ける。
(「奴は確かジャイロ回転の球を放ってくるんだったか。手の内が知れている分、与しやすいっちゃぁ与しやすいな」)
(「けれど、厄介な事には変わりありません。前回の試合のスコアを見た限り、最初の段階では殆ど誰もまともに打てていなかったのですから‥‥油断は禁物ですよ」)
(「わぁってるって。まあ、任せときな」)
 この場に居る者達全員の注目が集まる中、放たれる球は――――。



●盛大な応援
「それにしても、相手側の選手一同‥‥。すごいですね」
 初回のグライダーズの攻撃が終わり、ベンチへと戻って行く精霊チーム。
 彼らを見遣りながら、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)はポソリと呟く。
 無理も無い、チームの大多数を占めるアースソウルはもとより、ショートの守備に着くヴァルキューレの他、ベンチには何時か会ったアルテことアルテイラが居て、尚且つマウンドを守って居るのはオーガと言う‥‥見れば見る程混沌としたチーム編成なのだから。
「まあ何にせよ、応援曲で試合を盛り上げましょう。良い試合を見たいですしね」
 言いながらケンイチはローレライの竪琴を取り出すと――奏で始めるのは、淑やかながら戦意を奮起させる勇猛な曲。
 その旋律は月精霊のアルテ‥‥いや、精霊のみならず回りの人間達をも魅了させ、いつしかグラウンドを取り囲む観客席の全方位からは、彼の演奏をベースにした応援曲が聞こえる様になっていた。
 その中で――。
「んー‥‥この場合、どっちを応援したらいいのかしらねー。グライダーズには頑張って欲しいけど、精霊には感謝と尊崇の気持ちを持って接するものだし‥‥」
 頭を抱えながら一人悩むのはラマーデ。
 彼女の言う事はもっともで、興味本位で試合を見に来ていた観客達の多くが、同じ事を考えていた。
 が、ここは物事を前向きに考え、余り悩まないラマーデ。すぐさまポンと手を打つと。
「ん、よし、決めたわ。どっちも応援する! 点が入ったり上手いプレーがあったら、どっちのチームでも拍手して声を出して‥‥」
 ‥‥‥‥。
「‥‥応援って言うより観戦かも?」
「ま、まあ、その様な感じで良いと思いますよ」
 傍らのミーヤ・フルグシュタインは苦笑を浮かべながら言う。
 ――ちなみに、周囲はユラヴィカの手配によって学ランと言う天界流応援正装(らしい)を羽織った者達ばかりなのに対し、彼女は妙に際どい天界流チアリーダー衣装。
 何があったのかはお察し。



●投手戦――と思いきや
 一イニングが終わり、互いに出塁を許さないまま迎えた二回。
 再度攻撃権はグライダーズへ移り、打席に立つのは四番ライト、グラン・バク(ea5229)。
「ライト‥‥右と言う事か」
 まあ、もっと言うならばホーム側から見て右なのだが、今は打撃なので余り関係ないとして。
 マウンドに立つオーガは、何処と無く感じていた。
 打席に立つグラン、その身体から放たれる主砲たる雰囲気を――。

「ストライク、バッターアウト!!」

「むぅ‥‥やはり実際、向かってくる球に当てると言うのは難しいものなのだな‥‥」
 確かに素振りをするのと実戦球を打つのとでは、大きな違いがある訳だが。
 しかし、打ち取った後でも尚、オーガはその視線を彼から離せずにいた。

 そして五番センター、シン・ウィンドフェザー(ea1819)。
 彼もまた、グランと同じく今回でベースボール初挑戦の選手なのだが。
(「こっちはこんだけ手練揃いだと言うのに、あのオーガの投げる球に誰もまともに当てられてないんだ。此処は限界まで引き付けて、慎重に球筋を見極めないとな‥‥」)
 ――。
「ボール!」
 カウントはツーストライクツーボール‥‥此処まで一度もバットを振ってこなかったシン。
 だが、決して手が出なかった訳ではない。
(「――捉えた!!」)

 キィン!!

「おおっ!? ナイバッチー! 今試合初ヒットー♪」
 打球はセンター前へ、彼の出塁で応援席が大いに沸き立つ。

 そして続くは六番サード、アシュレー。
 彼にしてみれば、このオーガと相対するのは二度目なのだが。
(「ふむ、了解」)
 ディアッカからのテレパシーに応えると、放たれたジャイロ回転の球を前に。

 ――ブゥン!!

 思い切って空振りをするアシュレー。そのスイングに惑わされ、キャッチャーを務めていたアースソウルは気付けなかった。
 この隙にシンが、盗塁によって二塁へと進んでいた事に。
「ふぅん、忍び足か。中々大したものじゃない」
「‥‥どうも」
 ヘルメットを被り直しながら、ヴァルキューレに小さく返すシン。
 ――彼は悟っていた。
 二塁、即ちショートを守る彼女の目の前に居る限り、どうにも同じ手は通用しそうに無いと。
 ならば、ここは手堅く。

 キンッ!

 アシュレーのスイングは甘く入ったオーガのスライダーを捉え、ショートの方へと飛んでくる。
 それを見てリードしていたシンは、慌てて二塁へ‥‥。

 ――ポス、シュッ!!

「‥‥あ?」
「アウト!!」「アウトーッ! スリーアウト、チェンジ!!」
 一瞬、何が起こったか理解できなかった。
 シンが二塁に触れるよりも早く、ヴァルキューレは彼の肩に触れ‥‥かと思えば、すぐさま一塁へとボールを送ったのだ。
 だが、二塁のベースカバーをしていたのはセカンドのアースソウル。ショートのヴァルキューレは、とてもシンをタッチ出来る様な位置には居なかった筈なのだが‥‥。
「‥‥へっ、流石に風の高位精霊って肩書きは伊達じゃない、ってことか」
 ベンチへと去って行く彼女の背中を、シンは悔しげに見送った。

 そしてこの回の裏、試合は動いた。
 四番のアースソウルは難なく仕留められ、いよいよ迎えるは五番ショート、ヴァルキューレ。
(「気を付けて下さい。さっきシンさんを刺したプレイを見るに、彼女の敏捷性は半端ではありません。此処は何としても抑えて下さい」)
(「ああ、分かってる」)
 ベンチからの指示に頷くバッテリー、
 ――だが、迂闊であった。
 ボール球を投げて慎重に様子を見るつもりが、二球目の外側の球を無理矢理打たれてしまったのだ。
「よし、サードゴロ‥‥なっ!?」
 捕球して顔を上げたアシュレーは、思わず目を見開く。
 何故なら、その頃には既にヴァルキューレは一塁を踏んでいたのだから。
 その疾風の如き身のこなしに、観客からは歓声と同時に吃驚の声が上がる。

 そして、それだけの足を持ったランナーを背負ってしまったと言う事実がピッチャーに与える影響力と言うものも、絶大であった。
 リードを大きく取るヴァルキューレ――バッテリーの意識が彼女へ行ってしまう余り、自ずと組み立ては速球中心となり‥‥。
「しまった、一二塁間を‥‥‥っ!? グラン、バックホーム‥‥待て、駄目だ!!」
 ――間に合わなかった。
 アースソウルの放ったライト前へのシングルヒットは、ヴァルキューレをホームへ帰還させるのに十分な時間を稼ぐ結果となってしまう。
 この失点で、グライダーズの面々は驚嘆の余り集中力を殺がれてしまい‥‥。
 気が付けば、ヴァルキューレほどでは無いにしろ同じく足の速いアースソウルにもホームを踏まれ、このイニングだけで二点を取られてしまっていた。
(「まずいな、このままでは‥‥」)
 足の速い相手ばかりで編成されたチーム。その相手をするのが、こんなに大変な事だったとは‥‥。
 歯噛みするシエラの頭の中は、次に取るべき戦略で一杯だった。何しろ投球のリードだけではいずれまたヴァルキューレに打ち崩されてしまう。そうなると‥‥。

「アウトッ! スリーアウト、チェンジ!」
「――悪いな、精霊さん。ひっかけさせてもらったぜ」

 瞬間、フィールドの空気が固まる。
 二塁では、得意げにボールを指先で回すキルゼフル。
 どうやら彼は、隠し球を持ってして二塁ランナーのアースソウルを刺したらしい。
「お、おいおい。そんなのありなのか?」
「ルール的には問題ねぇぜ。もっとも、大抵はコーチャーとかに見破られて失敗するらしいんだが‥‥どうも相手は、アルテとか言う奴が一人で指示を出してる様子だったからな」
 ――その次のイニングから、精霊チームもしっかりとコーチャーを配置し始めたのは、言うまでも無い。



●ピッチャー交代
(「登板直後でヴァルキューレ殿が相手、か‥‥」)
 場面は4回ワンナウト。
 グライダーズ側の先発のピッチャーに大分疲れが見えて来た為、ここでショートのシャリーアが登板する事となった。
 そして、迎えるのは今試合ニ打席目のヴァルキューレ。
 前打席が前打席であった為、ここは何が何でも抑えなければならない。
(「良いか、シャリーア。彼女相手に、いくら慎重に散らした所で意味は無い。ここはお前の出せる全力で、捻じ伏せてくれ!」)
(「分かってる――」)
 ふとレフトに目を向ければ、其処にはこの回の表に一郎と交代したアレックスの姿。
(「行け、シャリーア。貴女ならば‥‥必ず抑えられる!」)
(「あなたの前でだけは‥‥絶対負けられないっ!」)

 ――スパァン!!

「ストライク!」
「‥‥へぇ、完全に外れたかと思ったのに。随分と曲がるスライダーね」
「スラーブだ」
 無言でシエラの返球を受け、マウンドのプレートを足で払うシャリーア。
 そして、続く第二球は――。
「ッ!?」
「ファール!!」
 先のスラーブよりも格段に遅いスローカーブ。
 完全にタイミングを外されたヴァルキューレの打球は、大きく一塁方向へと逸れて行く。
「おお、追い込んだのじゃ!!」
 観客席から上がるのは、どよめきとも歓声ともつかない声。
 心なしかケンイチの演奏のテンションも高まる中、放たれた球は。

「――ス、ストライク! バッターアウトッ!!」
「そ、そんな‥‥!?」

 ヴァルキューレの膝元、コーナーギリギリの位置に決まった決め球のVスライダー。
 彼女のバットは縦に大きく変化するその球を捉える事叶わず、三球三振に切って取られてしまった。
 そして後続のアースソウルも難なく打ち取り、再びグライダーズに攻撃権が移る。

 この回の先頭打者であるシンがバッターボックスへ向かうと。
「えー、精霊チーム、ピッチャーの交代をお知らせするでー。ピッチャー、オーガに代わりましてー‥‥ヴァルキューレ!」
「‥‥はいっ!?」
 驚き目を見開く一同。
 そして交代したオーガはと言うとキャッチャーに入り、ヴァルキューレの球を受ける事となるらしい。
 ――恐らくは、アースソウルの捕球能力では対応し切れない様な球を投げるのだろう。

 かくして改めてバッターボックスに立ち、マウンド上のヴァルキューレを見据えるシン。
 その口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
「こんな形でとは言え、あのヴァルキューレと戦えるとはねぇ? さっきの借りもあるし、思いっきりやらしてもらおうか」
「プレイ!」
 主審の合図と共に、ヴァルキューレは大きく振り被り――。

「‥‥ファウル!」
 これで何球目だろうか。
 右目に眼帯をしている為、球の見易さを考慮して右打席に入っているシン‥‥即ち、右投げのヴァルキューレから放たれる変幻自在の変化球には、大分対処し難い筈なのだが。
 それでも彼は球筋を見極めカットを繰り返し、徐々に彼女の投球に合わせてきていた。
「‥‥仕方ないわね。本当はもう少し取っておくつもりだったのだけれど――」
 溜息交じりに、ヴァルキューレから放たれた球は。

 ――スパアァァン!!

「!?」
「ストライク、バッターアウト!!」
 ――ボールはシンのスイングの遥か上を通り、キャッチャーのミットへと納まっていた。
(「な、何だ今の球は!? まるで――」)
 どよめくグライダーズベンチ‥‥何しろ、明らかにその軌道は。
「‥‥今の球、有り得ない勢いで昇って来てたよね?」
「うん、横からでもそう見えてたで。あれはストレートとか、そんなチャチなモンじゃないわ‥‥」
「知っているのかティーナっ!」
「いや、良く分からへんけど」

 むぎゅ〜〜〜〜〜〜〜。(←ティーナの頬が抓られる音)

 まあ兎も角、ヴァルキューレの放った球‥‥その正体は恐らく、凄まじい回転数のストレートでは無いかと言う結論に至った。
 ストレートも言わば一種の変化球の様な物。そのキレを極限まで高めれば、手元で伸びるどころか登る様な球にもなる筈である。
 もっとも、これは理論上の話。それ程まで回転する球を放るなど、一般人には到底達し得ない境地であるのだが。
「まさに『魔球』って事か。まったく、打って走って守って投げて‥‥とんでもない相手だな」
「確かに‥‥相対するのがベースボールと言う遊戯の場であって良かったと、つくづく思わざるを得まい」
 マウンドに凛と立つヴァルキューレの姿を見遣るグライダーズの面々‥‥その誰しもが、苦笑を禁じえずにいた。



●追い付け追い越せ!
 その後もシャリーアとヴァルキューレの両投手の好投が続き‥‥2−0で精霊チームがリードする中、場面は七回表。
 この回の先頭打者として打席に立つグランの様子は、今までとは何処か違っていた。

 ――話は数日前に遡る。
「ルールは理解したつもりだ。基本の型、ご指導願えると幸いだ」
 彼はあえてスランプに陥っていた一郎の元を尋ね、共に練習に励んでいた。
 とは言っても、一郎は殆ど動ける状態でなかった為‥‥バッティングの型や送球フォームの基本などを教えて貰ってからは、殆ど素振りや壁当てなどで自己練習をするしかなかったのだが。
「――面白いものだな」

「‥‥面白い、か」
 ベンチで項垂れながら、ふと呟くのは一郎。
 実際彼がこの日――レフトですぐにアレックスと交代してしまったとは言え――それでも試合に出場する事が出来たのは、グランとの練習ありきだった。
 手探りで、無邪気にベースボールを楽しむグランの姿に‥‥心の奥底で燻っている何かを掻き立てられたらしく。
 ‥‥そして今、バッターボックスでヴァルキューレと対峙しているグランも。
(「相手投手‥‥ヴァルキューレを打ち砕く。それこそが、四番の俺の仕事だ‥‥!」)
 前打席では、引き付けて打つ事を覚えた。素振りも手に肉刺が出来る程、愚直なまでに繰り返して来た。
 何処か一郎のフォームと似通った、彼の構え。そして、向かってくるのはヴァルキューレの魔球。
 バットの先端が、ピクリと動き。

「その恋の名は――ハリケーン!!!」

 ―――――コーン。
「は‥‥入ったあぁぁ!! グライダーズ4番グラン・バグ!! ヴァルキューレのライジングボールをファウルポールの内側に当て、見事外野の柵の向こう側まで運んだぁーーっ!!!」
 今までになくエキサイトするティーナの実況解説。
 するとユラヴィカの指示の下、それに応えるように観客席では盛大なウェーブが巻き起こった。
 試合を盛り上げる上で、何とも粋な演出である。
 そして歓声は応援席やグライダーズベンチのみに留まらず、精霊チームの方からも上がり始める。
 それ程までに劇的なホームラン‥‥何しろ、今まで誰一人として掠る事さえも出来ずにいたヴァルキューレの魔球を打ち砕いたのだ。
 予想外と言った感じで呆けていたマウンド上の彼女も、何処か清々しげな表情を浮かべながら彼に拍手を贈る。
「‥‥ナイスバッティング」
「ああ、君のお陰だ。感謝している」
「へっ‥‥」

 これで両チームの点差は1点、まだ精霊チームの有利に変わりは無いが、もう先程までの様な敗色ムードは欠片も無い。
(「まさかあの球をホームランにしちまうとはな‥‥! こうなったら俺も、続かねぇ訳には行かないだろ!!」)
「フレーフレー、グライダーズ!! かっ飛ばせー、シン!!」
 ――キィン!!
 最高潮まで高まる声援の中、シンから放たれた鋭い打球は、一塁線上を走って外野の柵に直撃する。
 この間にシンは三塁へ。これにはさしものヴァルキューレも苦い表情で。
「手加減したつもりはなければ、さっきのホームランを引き摺っているでもないのにね‥‥」

 かくして状況はノーアウト三塁。グライダーズにとって、同点に追い付く絶好のチャンスである。
 そして続くバッターのアシュレー。
(「さて、ここで確実に点を取るには――!」)
 コンッ。
 彼が初球をバントで転がすよりも早く、三塁を飛び出すシン。
 スクイズである。
 だが、精霊チームにとってもこれは読めていたらしく‥‥投球後素早く駆け出していたヴァルキューレによって拾われたボールは、そのままキャッチャーのオーガへ――。

「うおおおぉぉぉぉぉッ!!!」
「ガウッ!!?」

 ドゴォッ!!

 チャージングの要領を持って、全力でホームベースへ飛び込むシン。
 その激しい突進にさしものオーガも耐え切れず、ミットの中のボールを手放してしまい。
「セーフ!!」
「やった! ついに同点よー!!」
 グラウンドは、更に大きな歓声で包まれた。



●抑えの魔術師
「此処まで良く抑えたね。後は俺に任せて」
「はい‥‥お願いします、アシュレー殿」
 7回の表、とうとう2−2の同点に追い付いたグライダーズ。
 だがその裏、疲れの余り崩れ始めたシャリーアは、二度目の対決でヴァルキューレの出塁を許してしまう。
 それでも不屈の闘志で何とかツーアウトをもぎ取り‥‥ここで、登板するのはグライダーズの守護神アシュレー。
「‥‥さて。ランナーを背負っても、後アウト一つ取れば関係ないんだよね」
 呟きながら、ふと視線を応援席で必死の声援を送るミーヤへと向ける。

 ――試合前。
 彼は、ミーヤにある約束を取り付けていた。
 それは。
「俺が登板した場合、もしゲームセットまでノーヒットノーランナーに抑えられたら‥‥」

「‥‥どんなお願いでも聞いてくれる、と。約束の為にも――ここから誰一人として、塁を踏ませはしないよ」
 ぺろり、と舌なめずりをするアシュレー。
 そして、大きく振り被り――。
「――ストライク、バッターアウト! スリーアウト、チェンジ!!」
 彼の得意とするのは、ジャイロボールとナックルボール。
 その魔球とも言うべき二種類の球種の前に、アースソウルは全く手を出せない。

 その後も下心‥‥もとい、強い意思を持ったアシュレーは、まさに守護神と言うべき働き振りを見せた。
 対する打者は軒並みアースソウル。最初の投球でも実証した通り彼等を三振に切って取るのは難しくないが、延長も見据えてシエラが要求するのは、覚えたてのスプリットフィンガードファストボール。
 (ジャイロに比べて)甘いストレートと見せかけながら僅かに落ちるこのボールであれば、打たせて取る省エネ投球をする事ができる。
 その読みは見事に的中し、9回ツーアウトまで殆どスタミナを使わずに乗り切った末――。

「さて、いよいよだね‥‥」

 打席に立つのは、ヴァルキューレ。
 彼が野望を達する上で、最大の障害となり得る打者である。
 ここで彼女を抑えて試合終了では無いが、実質この対決が今試合における最後の山場とも言えるだろう。
 ――ふとアシュレーの目付きが変わり、サディスティックな眼光の中に只ならぬ闘志を宿し始める。
「ふふ、良い目をしているわね。さあ、来なさい。ここでサヨナラにして見せるわ!」
「生憎と、そうも行かないんだよね。俺には俺なりに負けられない理由がある。‥‥悪いけど、全力で討ち取らせて貰うよ!!」

 ――スパッ!

「ストライク!」
 思い切ったスイングはナックルの前に空を切り、カウントはツースリー。
 アシュレーとヴァルキューレは互いに視線を合わせながら、口元に笑みを浮かべる――そんな二人に、もはや勝利や約束等と言ったものはあって無い様なもの。
 打つか打たれるか、ただそれだけの駆け引きに昂ぶる闘争本能の中、純粋にこの勝負を楽しんでいて――それは、周囲の者達も同じ。
 選手一同は皆が皆ベンチから身を乗り出し、観客達も総立ちで一球一振にざわめく。
 ケンイチに至っては、竪琴を演奏するのも忘れて必死に声援を送っている。
 この場にいる皆の心が一つになった瞬間――そして、腕を振り被るアシュレーのモーションが、誰の目にもゆっくりに見えて。

 ――キィンッ!!

「あっ!?」
「打たれ‥‥セ、センターッ!!」
 打球はセンターのシンの頭上を超え、柵に直撃する。
 その間に、ヴァルキューレは一塁、二塁、三塁――も蹴り、一気にホームへ。

「――させっかよ! でりゃあぁぁぁぁぁッ!!!」

 シンから放たれる渾身のバックホーム。
 コントロールは良くないにしろ、肩の強さは抜群な彼の送球は、運が味方したかまるでサンレーザーの魔法の様に、真っ直ぐキャッチャーのシエラのミットへと吸い込まれた。

 ――ズザアァァァッ!!

 それでも形振り構わず、頭からホームベースへ飛び込んでくるヴァルキューレ。
 辺り一面に土煙が舞い‥‥そしてそれが晴れると、主審は手を高らかに掲げ――。

「――ホームイン! ゲームセットッ!!」



●宴の後の静けさ
 試合後間も無く、精霊達は各々消える様にして人々の前から去って行った。
 残されたのは、閑散としたベースボールグラウンド――だが、何だかその全体が、誰しもの目にも輝いて見えていて。
 きっとそれは、精霊達が真に満足したが故、その証なのだろう。

 彼等が去る間際、ヴァルキューレと交わした遣り取りを思い出す者が二人。
 ユラヴィカはその手に、彼女から渡された品を握り締めていた。
 ウェーブやその他、盛大な応援をもってして試合を大いに盛り上げてくれた事に対する、感謝の印らしい。
 そしてシャリーアは、ヴァルキューレに尋ねた幾つかの事柄、その答えを。
 まず、カオスの魔物達の動きについて。
 これは彼女の知る限り、最近になって至る所の精霊にまで実害を及ぼす様になっており‥‥それも人間達を誑かすなどして、より盛んに、狡猾になってきているらしい。
 そしてもう一つ、シャリーアの連れている二人の精霊‥‥その進化について。
 それに対するヴァルキューレの答えはこうだった。

「ウンディーネとアースソウル‥‥いずれも私の専門外ね。しかし、我ら精霊は元来このアトランティスを維持する存在。そなた達の手元にいる精霊も、危機を前に力を貸しているに過ぎないわ。即ち、もし必要に迫られる事があり、尚且つ相応の条件を満たしていれば、或いは秘めたる内の力を解き放つ可能性は有るでしょう。それが『進化』なのか否かは、私にも存じ得ぬ所だけれど」

「何とも、はっきりしない答えでしたね」
 ディアッカが声を掛ければ、シャリーアも小さく頷く。
 とは言え、時が満ちればいずれその答えも出て来るだろう。
 それまで、自らの傍で力を貸してくれている精霊達‥‥彼等と共にこのアトランティスを守り抜いて行こうと、改めて心に誓い――。

「‥‥ん?」
 ふとグランのユニフォームの裾が引っ張られ、視線を降ろすと‥‥其処に居たのは、先の試合に出ていたアースソウル。
「どうした、仲間とはぐれたのか?」
 彼が尋ねれば、ブルブルと首を横に振るアースソウル。
 その瞳は、憧れによるものかキラキラと輝いていて――。
「もしかして、一緒に連れてって欲しいって言ってるんじゃない?」
 ラマーデの言葉に、アースソウルは大きく一つ頷く。
 すると、グランは驚きに大きく目を見開きながら。
「そうか‥‥」
 一つ呟くと口元を綻ばせ、精霊の頭を肉刺だらけの手でわしわしと撫で遣った。