OH MY P●●!

■イベントシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 99 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月20日〜04月20日

リプレイ公開日:2009年04月28日

●オープニング

●全ての根源
「――ん? こんな所にパンが二つ?」

 いつもと変わらぬ朝。
 ウィルの都の東端に位置するイムン系貴族ウルティム・ダレス・フロルデンの邸(通称珍獣屋敷)の一角で、響くのは家主(通称珍獣)の声。
 手に持ったデジタルカメラ(苦労の末漸く入手)を脇に、拾い上げられた丸いパンは、無造作に廊下の只中に転がっていた。
 まだ朝食前だと言うのに……どう考えても不自然な状況である。

 辺りを見渡すと、傍らの扉が僅かに開いている。
 もしかして、この部屋の中から隙間を抜けて転げ出て来たのだろうか?
 しかし‥‥此処は屋敷内の水浴場(女性専用)。その様な所にパンがある筈が‥‥。

 ――パシャ♪

 ふと室内から聞こえて来るのは、微かな水音と誰かの鼻歌。
「あれ? おかしいなぁ、メイドたん達はさっき入浴を済ませていた筈なのに‥‥」
 ――つまりウルティム様、貴方の顔面が今現在不自然に腫れ上がって居るのは『勲章』と言う訳ですか。
 入手したデジカメ、早速悪用され‥‥いや、まだ未遂で済んだ様だけれど。

 ともあれ、だとすれば今現在入浴しているのは一体誰なのだろう?
「‥‥万一『麗しき女泥棒三人組!』とかだったら困るよね、色々と」
 うん、困ったものだ、色々と。(ウルティムの頭の構造的な意味で)
 と言う訳で、恐る恐る‥‥‥‥寧ろ嬉々とデジカメ&パンを手に、水浴場へと足を踏み入れて行くウルティム。

 ――その背中は、心なしか何だか霞んで見えた。



●SOS
「はぁ、ウルティムさんが『また』居なくなった、と‥‥?」
 ハーブティーを片手に言うギルドの受付係、そんな彼と顔を合わせるアレックス・ダンデリオンは、反して動揺気味だ。
「うむ、私は今朝方ウィルに到着し、その足で真っ直ぐ御館へと向かったのだが‥‥その時点で既に、な。現在ウルティム様に仕えるミルクの先導の元、メイド達が必至に捜索を行っているが‥‥どうも屋敷の中にはいらっしゃらない様子なのだ」
「なるほど、では『また』ウルティムさんの為、冒険者の手をお貸しする必要が出て来そうですね」
「‥‥‥‥先程からまた、またと‥‥そんなに頻繁な事なのか?」
「ええ、私の知る限りでは」
「‥‥‥‥」
 思わず眉間を押さえるアレックス。
 主でありウルティムの父親でもあるエルガルド・ルオウ・フロルデン伯爵から、息子の助けとなる様にと命じられ、ウィルへ来たは良いが‥‥‥配属初日から、途轍もなく先行き不安と言うか何と言うか。

 既に疲労困憊な様子が表情に窺えるアレックスは、やっとと言った感じで口を開き。
「‥‥こう言った際にウルティム様が必ず行く場所とか、そう言ったものは無いのだろうか‥‥?」
「そうですね、時には喫茶店、時には此処冒険者ギルド、或いは郊外のパラの集落へ乱入なさった事もありましたね。ですので、何かしら足取りの手掛かりとなるものが無いと特定は難しいかと‥‥‥‥ア、アレックスさん?」
「い、否、済まぬ。少し眩暈がしただけだ」
 お察し致します。
「ともあれ、手掛かりか‥‥‥‥! もしかすると‥‥」
 言いながらアレックスが取り出すのは、極ありふれた丸いパン。
 彼の話によるとこれが屋敷の門前の片隅に落ちており、何だか不自然だったので拾っておいたらしい。
 受付係はそれを受け取ると、手の中で転がしながら色々と眺めてみる――と。

「――おや? これは‥‥」

 ふと見付けたのは、パンの底部に近い側面に穿たれた小さな丸穴。
 どうやら中に何かが入っているらしく、アレックスの許可の下それを二つにちぎると‥‥中から出てきたのは、小さく折り畳まれた白い物体。
「何だそれは?」
「う〜ん‥‥どうやら天界で作られていると言う紙煙草の紙の部分の様ですね。――おや? 何か書いて‥‥‥‥!!?」
「こ、これは‥‥!!」
 紙を広げた瞬間、二人は息を呑む。
 其処には、小さな紙にやっと書き込んだと言った様子で、こう書かれていた。


『たすけて ころされる』



●必至の捜索‥‥?
「‥‥う〜ん、喫茶店にも姿を見せてないですか〜。仕方無いですね〜、ウィル中を虱潰しに探しましょう〜」
「け、けどミルクさん。まだお屋敷のお仕事が‥‥」
「今はそんな場合じゃないです〜。何てったってウルティム様が居なくなっちゃったんですよ〜? 早くお探しして、連れ戻さないと〜」
「は、はい‥‥」
 口調自体はのんびりしているが‥‥その身体中から発するオーラに気圧しされ、二の句を告げられないまま引き下がるメイド。
「っとと、いけないいけない。またずれちゃいました〜」
 かと思えば、ミルクは誰も居なくなった事を見計らって――――。

(グサッ)

「ふふ、さぁて‥‥早く探してあげないとですね〜。何しろカメラまで使われちゃいましたから〜‥‥‥‥証拠は全て、闇に葬らないと」

●今回の参加者

アシュレー・ウォルサム(ea0244)/ ケンイチ・ヤマモト(ea0760)/ ディーネ・ノート(ea1542)/ 時雨 蒼威(eb4097)/ アリル・カーチルト(eb4245)/ シャリーア・フォルテライズ(eb4248)/ ルスト・リカルム(eb4750)/ リィム・タイランツ(eb4856)/ ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)/ モディリヤーノ・アルシャス(ec6278

●リプレイ本文

●ウルティムの人物像
「珍獣騒動‥‥久々に来たけど、相変わらずの人みたいね。あの人」
 眉間を押さえながら大仰な溜息を吐くのはディーネ・ノート(ea1542)。
 冒険者の身からも『珍獣騒動』と称され親しまれる(?)、それ程にウルティム関連のトラブルはことウィルにおいて日常茶飯事となりつつあったりする。
 故にディーネを始め、ウルティムと顔見知りの者、或いはその風評を耳にしている者であれば、この反応は至極当然なもの。
「‥‥すまぬ、我が主の子息様が日頃ご迷惑を‥‥」
「んにゃ、良いのよそんな事。それに、あんな人でもイムンの重要人物だもの。何かある前に探し出さないと、ね♪」
 パチンと指を鳴らすディーネに、アレックスは「かたじげない」と頭を垂れる。
「ま、あの珍獣の事だ。どうせロクでもない事が原因であろう」
 かと思えば、時雨蒼威(eb4097)は庭のテーブルに着いて早くもティータイム。(ちなみに自腹)
「って言うか、まだ探し始めてもいないじゃない‥‥」
「そう気張らんでも、奴は見付かるさ。下らん努力をする位なら猫を愛でていた方がマシだ」
 そんな彼の自信に満ちた言葉に、ルスト・リカルム(eb4750)は口を紡ぐ。
 彼女にとってウルティムと言う人物像は人伝に聞いた事によるものしかないが、それでも余り大真面目になってしまっては真相を知った時に大いなる脱力感を感じざるを得ないのだろう‥‥と言う事を予感してか、早くも寛ぎモードの蒼威を嗜める事は叶わない。
「って、貴女まで寛がないの! ほら、お屋敷の中を探すんでしょう?」
「ああっ、猫さ〜ん‥‥」
 ルストに首根っこを引っ張られ、ずるずると猫溜まり(with蒼威)から引き離されるディーネ。
 それに入れ替わり、一人の幼いメイドがおどおどと紅茶を運んで来るのを見届けた所で‥‥。

「あー、このパンは‥‥そうね、このお屋敷の物で間違いないわ」
 一方モディリヤーノ・アルシャス(ec6278)の手に持ったパン――アレックスがギルドに持ち込んだもの――を見るや、何処か不機嫌そうに言うのは実質メイド長のレモン。
 彼女は続ける。
「これはウルティム様の為の特注品と言う事で、ミスティ・フォルトレスのウェリスさんが毎朝焼いてくれている物よ。以前に喫茶店をどうするかと言う談義が行われた後、間も無く届けてくれる様になったのよ」
「成程、それじゃあこのパンはウルティム殿の物である可能性が非常に高い‥‥と言う事かな」
 確信を得たとばかりに、モディリヤーノは隣のアシュレー・ウォルサム(ea0244)と頷き合う。
「じゃあついでに、これも見て貰えないかな?」
 そう言ってアシュレーが差し出すのは、そのパンの中に捻じ込まれていたSOSのメッセージ。
 これを見るや、今まで気だるそうにしていたレモンの表情が変わる。
「え‥‥!? こ、これはまさか‥‥!?」
「パンの中に隠されてたんだ。これはウルティム殿の字で間違いないかな?」
 尋ねられるや、目を凝らして分析を試みるレモン。
 ‥‥だがしかし、メッセージの記された紙は明らかに字を書くには小さすぎる物。やっとの思いで書き込んだと言った様相の字体から、筆跡を割り出す事は出来そうに無かった。
「そうか‥‥けどまあパンの事もありきだし、これを残したのは珍獣って事で確定かな」
「他に何か変わった事は無かったかな? 例えば、ウルティム殿の様子とか‥‥」
「それが全く‥‥朝起こす時も『おはよう御座います、ご主人s』『レモンたーん!!』『鉄・拳・制・裁』って感じで、いつも通りだったし‥‥」
 ――身振り手振り物真似まで交えながらその様子を再現するレモン。
 実はこの子、面白い人なのかも知れない。
「‥‥強いて言うならば、今日はミルクが起きて来るのがいつも以上に遅かった気がするわ。そう言えば、そのパンもいつもミルクが喫茶店に取りに行ってゴフッ」

「な〜にサボってるですか〜、レモン?」

 いつの間にやらレモンの背後から後頭部をど突きながら現れるのは、彼女に同じくパラのメイドのミルク(毒入り)。
「い、いや、ウルティム様を探すの冒険者の皆さんも手伝ってくれるらしいから‥‥」
「その事なら、心配要りませんよ〜。今メイド達にウィル中を探させてますから〜。その間私達はお屋敷の仕事を済ませておかないと〜。ね?」
「‥‥は、はい‥‥」
 言葉では言い表せない様な迫力に気押されたレモンは、モディリヤーノとアシュレーに一礼すると、ミルクに促されるまますごすごと屋敷の中へと戻って行く。

「‥‥怪しいね」
「‥‥アシュレー殿もそう思ったんだ。ミルク殿‥‥あの態度からして、どうも何かを隠したがっているように思えるね」
「それもあるけど、何だろう、何て言うか‥‥‥‥‥いや、確証の無い事だから、今は黙っていた方が良いかな」
「? 何の事?」
「まあ、尻尾を掴めたら説明するよ。それじゃあ、俺はミルクの監視をするから‥‥」
「あ、ああ了解、屋敷の調査は任せてよ」
 顔を見合わせて頷き合うと、まだ「猫〜猫〜」と言っているディーネとそれを押さえるルストの方へ、足を進めて行くモディリヤーノ。
 そんな彼の背から目を離し、アシュレーは屋敷の方へ目を向けると――ふと手に持ったパンを握り潰す。

 それは時間が経っても尚、人肌の様な柔らかさと滑らかで上質な手触りを失っては居なかった――。
「良い仕事してますねぇ‥‥って、感心してる場合じゃないや」



●珍獣ホイホイ大作戦!(後の黒歴史的な意味で)
「‥‥また、いらっしゃいました。どうやらこの近辺で間違い無さそうです‥‥ははは」
 パースト→溜息→苦笑い。
 こんな事を屋敷の門前からずっと繰り返してきたケンイチ・ヤマモト(ea0760)。その目は、最早笑っていなかった。
 同じくパーストを繰り返しながらウルティムの足取りを追っていたゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)も、眉尻をしきりにピクピクと震えさせている。
 何しろその断片をファンタズムで映像化する度、仲間内からは笑い声だの悲鳴だのが響いているものだから‥‥‥‥。
 二人を『ご苦労様』と労ってあげたくならざるを得ない。
「で、今度は何が見えたのでしょうか?」
「‥‥‥‥荒ぶる珍j(ry)」


 一方、二人の佇んで居るのはとある施設の建物の前。その内部――丁度壁越しにゾーラクとケンイチの目前に当たる位置――では。
「畜生、なんでおれがこんな目に‥‥!」
 ぶつくさと呟きながら、椅子に腰掛け頭を垂れるのは金髪碧眼で長身の女性。
 長い髪は巷で流行の形に纏め上げられており、様相は何処か良家のお嬢様の様な雰囲気を醸し出しており、見た限りでは誰しもが疑うべくも無い美女である‥‥‥のだが。
 何だろう、今の呟きは明らかに男性の声によるものだった様な。
 そんな彼女の恨めしそうな視線の先には。
『わぁー、アリリン胸おっきぃー! ねね、ちょっと触ってみても良い?』
『え、そんな‥‥は、恥ずかしいですよ‥‥』
『良いじゃん、減るもんじゃあるまいしー。そぉれ、フニフニっと♪』
『やっ!? だ、誰も揉むなんて言ってないじゃないですかっ!!』
『良いじゃん良いじゃん♪ うふふ、この柔絹の様な触感‥‥パンなんかじゃぁ表現出来ないねぇ』
 ――その後も携帯電話片手に一人二役で声を吹き込んでいくパラの女性。
 それにしてもこのリィム・タイランツ(eb4856)、ノリノリである。
「なんでそんなエロ用語連発な台詞ばっかなんだよ‥‥演じさせられる俺の尊厳がドボドボじゃねぇか‥‥‥‥っつうか、アリリンって‥‥」(涙)
 椅子に掛ける女性はその様を見遣りながら、顔を伏せて投遣りな言を漏らす‥‥やっぱり男性の声で。
「そ、そのリィム殿?」
 ふと何やら悩ましげな声(シュチュエーション的に本当に必要な演技なのかは甚だ不明)をも携帯電話に吹き込んでいる所、そんな彼女を止めるのは赤面したシャリーア・フォルテライズ(eb4248)。
 対してリィムはケロッといつもの調子で。
「ん? なーに?」
「い、いえ、その、演技に熱が入るのは結構なのですが、先の『パン』の件はやめておいた方が宜しいかと‥‥」
 ちらと椅子で項垂れている女性の方を見遣るシャリーア。‥‥その胸には、実はパンが特盛。
 まあ、釣りのターゲットにとっては何の脈略も無い(筈の)事なので、変な疑念を持たせるべきではないと考えた上での進言である。
「やはり確実な成功の為に、不安要素は一切無くしておいた方が宜しいかと‥‥。アレックスもそう思いますよね―――――ア、アレックスウウゥゥゥゥゥ!?!?」
 当の堅物エルフ騎士、リィムの演技で卒倒中。
 どうも鉄分が足りていない様だ。
「くっそうウルティムの野郎‥‥覚えてやがれよ‥‥捕まえたらこの屈辱の分までギッタンギッタンにしてやらぁ!!!」
 そんな騒動は何処吹く風、長身の女性は只ならぬ憤怒を心の中で燃え滾らせていた。

「‥‥倒れましたね」
「ええ‥‥ちょっと介抱しに行って来ますね」
「はい、お気を付けて」
 壁の向こう側で聞き耳を立てていた二人、その内のゾーラクの背中を見送るとケンイチは建物の合間から空を仰ぎ。
「――どう見ても逆恨みです、本当に(ry)」



●ミルクの正体?
『この屋敷内はいつも空気が澱んでます』
 もしもステインエアーワードでそんな答えが返ってきたら、色々と終わっている気がする。
 が、幸いモディリヤーノに語りかける空気は、その様な事を言っては来なかった。
「はぁ、背丈が小さくて胸の大きな女性‥‥それは恐らくミルク殿だ。で、その後にすらっとした銀髪の男性‥‥アシュレー殿だね」
 空気の声を聞きながら、彼は屋敷内を進んで行く。
 ‥‥が、やはり屋敷内では事件のきっかけとなる様な情報を集める事は出来ず。
「困ったな‥‥ではやはり屋敷の外、ウィルの街中のどこかにいると言う事か」

 一方、気配を殺しながらミルクの様子を窺っていたアシュレーの方も、現状では未だ有力な情報を得るには至っていなかった。
「珍獣の捜索は他のメイド達に任せて、自分は屋敷の仕事に専念、か。俺の推測が正しければ、てっきり血眼になって自ら探しに出るものとばかり思ったけど」
 だが当のミルクにはそう言った様子が全く無い‥‥寧ろ、この事態の只中においても不自然な程に冷静さを保っている。
 ――アシュレーの推測、それは先に蒼威が何気なく放った一言より導き出された物だった。

『あの珍獣の事だ、人の知られたくない事まで知った挙句に怒りを買って殺されそうになっても不思議ではあるまい』

 その様子は、冒険者達が屋敷に訪れて間も無くゾーラクのパーストとファンタズムの併用によって見せられた、屋敷内でのウルティムの姿‥‥それが、何にも勝って証明していた。
 加えて、今回のミルクに対してある種の『違和感』を感じていたアシュレー。
 きっとそれは、『西萌不敗・マスターウィル』の称号を掲げる彼でこそ分かり得た事。
 でなければ、まず気付く者等――。

「んっ‥‥またずれて来ちゃいました〜。はぁ、やっぱし安物のパンじゃダメですね〜‥‥」
(「‥‥今だ!!」)

 ――――。

「知られたくない事? 知らんよ、俺はあの珍獣ほどデリカシーを無くしてはいない」
「そうですよね! 王子様はウルティム様とは全然違いますものね! もう月精霊と珍獣ってくらいに!!」
「おいおい、自分の主をそんな悪く言うものではあるまいよ、リトルレディ。とは言え、その主が珍獣となると、そうも言ってはいられないか。‥‥まあ」

「ミルク嬢が実は男だったとか、そんなレベルの話でも驚かんがね」



●そんな囮に珍獣が釣られ(ry)
 ――所変わって、ウィルの庶民向け公衆浴場。
 そこに向かって足を進めるのは、褐色の肌にスポーティッシュなショートヘアのパラの女性と高貴な佇まいの長身の女性の二人組。
 パラの方に目を遣れば、その体躯に似合わず豊満な体型を持ち合わせて居る事が、服の上からでも察知できる――――と言う人は恐らく西萌不敗レベル。
 そして長身の女性の方は、顔はしきりに俯けている為窺う事叶わないが、その様相から余程の美女では無いかと推測できる。
 そんな彼女達の後から、着かず離れず一定の距離を保って迫って来る一人の影。
 丸々肥えた身体、そして(ぶっちゃけ囮役の耳にまで届く程に)荒い息遣い。

 ‥‥彼は二人が浴場の更衣室へ消えていくのを認めると、今まで以上に足音を忍ばせて(でもやっぱり息遣いは荒いまま)半開きになった扉から内部の様子を窺う。
 すると、耳に届いてくるのは年若い女性の話し声。
 ‥‥が、携帯電話の音量の限界で、何を言っているのかまで聞き取らせる事は叶わなかった様だ。
 それでも扉の隙間からちらちらと白や褐色の肢体がちらつけば、身を乗り出したくなるのが珍獣根性。
 そっと扉を開き、その奥に広がっているであろう桃源郷(←天界表現らしい)を覗き見ようと。

「オゴプッ!!?」

 唐突に首根っこを引っ張られ、くぐもった声を上げる珍獣。と、そこに。
「しっ‥‥ウルティム様、私です。アレックスです」(小声)
「ア、アレックス君? 何でこんな所に‥‥」
「それは後ほど説明を‥‥いえ、それよりもウルティム様! 申し上げたい事は山ほど御座いますが、差し当たってこの様な所業は今すぐお止め下さい!」(小声)
「え? な、何の事さ?」
「お惚けになろうとも、全て存じ上げております! この中に居るのは実は冒険者達、突然に居なくなられた貴方様の事を誘き寄せる為、この様な芝居を打っているのです! よもやフロルデン家の跡継ぎともあろう方が、この様な作戦にお掛かりになるとは夢にも思っておりませんでしたが‥‥っ!」(小声)
 そう訴えるアレックスは、心底情け無さそうな表情をしていて‥‥そして必死だった。
 ――いや、必死な理由は、何か他にありそうな気もするが。
「兎も角、今はこの場からの撤収を! このままでは御父上のお顔を汚して仕舞われるばかりでなく、シャリーアの‥‥でなくて、御身に如何な災難が降り掛かるか――」
「いーや、退かないよ」
 返されるウルティムの言葉は、無駄に強い意思を持っていて。
「だって、この先には冒険者の皆が居るんでしょ? 冒険者といえば美女揃い! 可愛いちみっこから色っぽいお姉さんまでより取り見取り! それがこの先ですっぽ(ry)!! こんな据え膳を食わなきゃ『漢』が廃るよ!!」
「‥‥‥‥」
 眩暈を覚えざるを得なかったアレックス。
 大事な大事な恋人のすっぽ‥‥でなく伯爵の子息の御身を何とかして護るべく、独断で動いたは良いが、どうやら徒労に終わってしまった様s

「その意気やよし‥‥。覚悟は宜しいようですね」

「「‥‥はい?」」
 ウルティムとアレックスが振り返ると、其処には普段ど〜〜〜〜〜〜〜〜〜り(強調)に朗らかな笑みを浮かべた楽師風の男性の姿。
 ――ケンイチである。
「おーおー、見事にホイホイ釣れちまった様だな。‥‥おまけつきで」
「‥‥アレックスさん、あちらでお休みになって居た筈の貴方が、何故この様な場所に? まさか‥‥」
「なっ!? ち、違う、これはっ!!!」
「ア、アレックス‥‥!? あ、貴方と言う人はっ‥‥!!」
「ち、違うんだシャリーア!! 私はただ御身を――」
「はい、ご苦労さんだよ。ウルティムさんにアレックスさん、さ、ちょーっとボクらと屋敷の裏行こっか☆」
「さぁて‥‥覚悟しとけよ、てめぇら?」

「NOOOOOOOOOOOO!!!!」「誤解だぁーーーーーーーーーっ!!!!」



●色々と決着
「‥‥やっぱりね」
 ナイフの散乱した屋敷の廊下、その只中で悠然と立ち竦むのはアシュレー。
 彼は手に未だ温もりの残る丸いパン(市販品)を手の中で弄りながら、足下でがっくりと項垂れるミルクを見遣る。
 ‥‥本気と書いてガチと読む(違)程度に戦闘モードのアシュレーには、さしものミルクでさえも敵わなかった。
 数分前まで繰り広げられていた激しいナイフ投擲の応酬、その末にズタズタに引き裂かれたのはミルクのメイド服。
 ‥‥主に胸の部分が。
 そして、最早言い逃れさえも出来ない程に暴かれたミルク(の胸)の正体。
「君はパンを胸に詰める事で、豊満を偽っていたんだね。そして、それをウルティムに知られてしまった‥‥だから、表向きでは彼を心配する様に装いながら、見付けたらこっそりちゃっかり亡き者としようとしていた。‥‥違うかい?」
「う、うぅ〜‥‥‥‥」
 ミルクは何も言えない。
 彼女にとって冒険者――ましてや西萌不敗・マスターウィルたるこの男――が動き出すと言う事態は、最大の誤算であった。
 其処に至るまでも不運が重なったのはあるが、何よりも今回の騒動がこれ程までに規模を広げるとは、とても予想出来なかったのだ。
 恐らくこの事実を自分とアシュレーとの間でだけの秘密としておく様頼んだ所で、既にそれすらも叶わないのだろう。
 ついで後から聞いた話では、ウルティムがその姿を収めたデジカメは逃亡中になくしてしまった様子だが、同じくアシュレーに証拠を押さえられてしまっている訳で。

 ――――。

 屋敷裏から絶叫のコンツェルトが響き渡る中、庭先に集まる冒険者達の前に『ありのままの姿』で佇むのは最早観念したミルク。
「――と、言う訳さ。まあ、流石に彼女が男性だった、と言う事は無かったようだよ」
 説明しながらチラリ、と傍らで蹲るアリル・カーチルト(eb4245)を見遣るアシュレー。
 ‥‥思えば依頼中終始姿の見えなかった彼。一体今まで何処で何をしていたのか。そして、何故あんなに落ち込んでいるのか。

 ――言及しない方が身の為と結論付けた。

「いや、しかしミルクさんがそんなに自分の胸を気にしていたとはね‥‥」
 ふう、と紙巻タバコの煙を吐きながら、傍らで燃え盛る焚火(※良い子は真似しないでね)に灰を落とすルスト。
 ちなみに彼女と行動を共にしていたディーネはと言えば、少し離れた所で茶を浴びる様に飲み茶菓子を口に詰め猫を愛で。
 ‥‥完全に我関せず状態。現実逃避とも謂ふ。
 閑話休題、まるで死人の様な面構えで俯いているミルクの前に歩み出るはリィム。
 その曝け出した胸(天界製下着着用中)と自身の胸を見比べるや、得意げに胸を張る。
 明らかに戦力(←サイズと読む)に差がある‥‥とか客観的な感想ながら口に出すと、ナイフが飛んで来そうだ。
「だ、だって〜‥‥女の子なら誰しも気にする所です〜、小さいとコンプレックスばっかりで〜‥‥」
「それは、まあ‥‥」
 何となく分からないでも無いと言った様子で頬を掻くシャリーア。
 とは言え、かく言う彼女は実は絶賛成長中だったりするのだが。
「おまけにパラだともうほとんど成長しませんから〜、半永久的にこのままのサイズって言うか〜‥‥。だからパンで誤魔化してたら、周りが私を見る目も変わってきて〜‥‥でも、それもこれも全てお仕舞いです〜。うぅ、私はもう生きていけません〜‥‥」
 がっくりと地面に手を着くミルク‥‥に対し、リィムが口を開けば。

「そんなの気にしたら負けだって。大体パラなんかその位のサイズが普通なんだから。そんな小さい了見だからムネまで縮んでくんだよー」

 ――大・暴・言☆

 空気が凍り付く中、そそくさとその場を立ち去る皆々様。
「あ、最後にこれだけ。ちっちゃい方が好きという方もきっと何処かに居られますよ、うん。ではこれにてっ」
 言い捨て踵を返すシャリーア、だがミルクはと言えば全く耳を貸した様子も無く、ゆらりと言った動作で立ち上がりながら口元には笑みを湛えていて。
「あ、あれ? どしたのかなー、皆――」

「ふ、ふふ、うふふふふふふふふふふふ‥‥‥‥。あんたの乳‥‥‥半分よこせえぇぇぇぇぇぇえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

 ――この後、互いに身体の限界までナイフを交わした二人の間に妙な友情が芽生えたとも聞くが、それはまた別の話として。


「わぁい、ディーネたっぽぁーーーーー!!?」
 流石に心配になって、屋敷裏へと珍獣の様子を見に来たのはディーネ、ルスト、モディリヤーノの三名。
 ‥‥そして炸裂するウィンドスラッシュ。
「ああ、また派手にやってくれちゃって‥‥。やれやれ、相変わらずねウルティムさん」
「‥‥え? これ、じゃなくて彼がウルティム殿!? も、申し訳ない!」
 女性陣が近付くのを躊躇う中、歩み寄って肩を支えるモディリヤーノ。
 半ば本能的にウィンドスラッシュを放ったのも彼だったりするのだが、まあそれでもフォローを欠かさない辺り、中々のジェントルマンである。
「うぅ、すまない、僕はもうダメだ‥‥」
「そ、そんな‥‥お気を確かに! 貴方の様な方でも居なくなれば悲しまれる方が、それなりにいる筈だよ!」
 微妙にフォローになってもいない気がするが。
「僕、何だか眠いんだ‥‥ああ、この修羅場を乗り越えたら僕、ゾーラクたんの谷間にダイブするんだ‥‥」

 ――ピキッ。

 何かが聞こえた気がした。
「‥‥まあ、如何に珍獣言えど、このまま放置しては環境を乱しますね。仕方ないので治療をして差し上げましょう」(棒読み)
「あ、だったら私も――」
「私一人で結構です」
 強い口調のゾーラクに、ルストも引き下がらざるを得ず。

 ‥‥そして次の瞬間、彼女の身体が月魔法の淡い光を放ったのを、誰しもが見てみぬ振り。

「‥‥‥そう言えばディーネ殿、さっきの焚火は何を燃やしていたの?」(「ぎゃあぁぁぁーーーーー!!?」)
「ああ、あれね。‥‥屋敷の捜索中に見付けた、ウルティムさんのコレクションっぽい絵。その中で主にやばそうなのを処分してたの。と言っても、9割方だったけどね」(「おがまがオガマガOGAMAGAーーーーーー!!!」)
「まあ、いかがわしいことをしていた場合、証拠はなくすべきでしょうね。彼とて命は惜しいでしょう」(「マッチョハイヤーーーーーーーーー!?!?!」)
 既に命の危機に晒されている件について。
 ケンイチの朗らかな笑顔が、いっそ恐い。

 ――庭先で和やかなティータイムの談笑と阿鼻叫喚が響き渡る中、屋敷内部ではデバガメ(←天界の言葉らしい)の心配も無くリンゴチップスを食べ合ったりくっつき合ったりする二人のエルフの姿。
 ‥‥まあ、先の巻き添えフルボッコはスキンシップの一環と言うか。彼女とて彼の真意を分かっていながら、手当てを口実に二人きりになる辺り、画策めいたものが(ry)。


 ――春の暖かさは、良くも悪くも人々の心を浮き立たせる。
 外に居るだけでも、心地良い季節だ。
 冒険者達は(一部を完全に意識の外に置く事で)長閑な雰囲気の中、優雅にお茶会を愉しみ、来る苦難へ向けて鋭気を養うのであった。