●リプレイ本文
●立ち塞がる者
雨水でぬかるむ街道を、ゆっくりと進むのは人間達の軍勢。
馬車の轍は歩く者の足を取り、進み難い事この上ない。
「ったく、いきなり降り出すんだもんなぁ‥‥やってらんねぇ」
一人が天を仰ぎながら溢せば、周囲の者達もざわめき立ちながら同じ様に力を抜く。
そんな彼等の丁度中頃に居る者は、雨音にも負けない程の声を張り上げ。
「文句言わない。こんな羽振りの良い仕事、他に無いわよ?」
「だよなぁ。森を焼き払うだけで一人頭50Gだもんなぁ」
「50Gもありゃ、当分生活には困らねえ。まったく、アラド卿は俺ら貧民の救世主だな」
「しゃあねえ。その救世主様の為にも、泥に塗れて来っか」
モチベーションを取り戻した軍勢は、先程よりも速いスピードで行軍を始める。
‥‥そんな彼等の只中、目を背ける様に革の兜を深く被り直すのは先程声を張り上げた女性。
一軍を任された将たる彼女を除き、此処に居る者は何も知らないのだ。
自分達が今為そうとしている事、その本当の意味を。
やがて見えてくるのは、鬱蒼とした森林地帯。
この奥にこそ彼等の目指す場所、『太古の樹海』がある。
後僅かと鼓舞され、沸き立つ軍勢――。
「止まれ! 止まるんだ!!」
突然、雨を裂く様に響く大声。
気が付けば、彼等の正面には一人の青年が立ち竦んでいた。
身体付きはそれなりに良く、下町風の気の良さそうな顔に浮かぶのは厳しい表情。剣は提げて居るものの抜いていない。
青年は今一度腹に力を込めると。
「――アラド・シグラル男爵の手勢で、間違いないか?」
「‥‥如何にも。かく言う貴方は何者ですか?」
将の女性が尋ね返せば、青年は一歩前に踏み出しながら高らかに名乗り出る。
「おいらはレオン・バーナード。ウィルの冒険者ギルドの依頼で、貴方達の説得に来た冒険者だ」
●奔走する者
――それよりも少し前。
レオン・バーナード(ea8029)(以下レオたん)他、樹海を護るべく集まった冒険者は多数‥‥。
そして各々が所持する空飛ぶ絨毯等の様な魔法のアイテムや俊足の騎乗動物、サイレントグライダーの割符等の移動手段を持ち寄った所、なんと全員が足並みを揃えて樹海に急行する事が出来るという事が判明。
かくして彼等は速やかにウィルを発ち、そしてアラドの軍勢が到着するよりも随分前に目的の樹海へと到着出来た。
だがしかし、或いはアラドの手の者は、今尚緩慢に行軍を続けている軍勢のみでは無いかも知れない。
つまりは、伏兵を先に遣わしているかも知れない――その可能性も考慮し、一部の冒険者達はアースソウルの案内の元、手分けして樹海内部及び周辺の探索に当たっていた。
「‥‥たく、誰に唆されたか知らんが、結果的に自分の首を絞めるって事に気付いてねぇみたいだな。あの男爵はよ?」
「まあ、大方カオスの魔物なんだろうけど‥‥全く、困った問題を引き起こしてくれたものだね。早くどうにかしないとまずいことになりそうだ」
その最中に合流したシン・ウィンドフェザー(ea1819)とアシュレー・ウォルサム(ea0244)は互いに難しい顔で言い合う。
或いはその魔物が樹海に来ているのではないかと、アイテムを使って調査をしてみたものの、反応はなし。
また雀尾煉淡(ec0844)などは超越級のデティクトライフフォースを使ってそれ以外の伏兵の反応も探ってみたが、不審な生命反応は見当たらず。
‥‥よくよく考えてみれば、これだけの規模の樹海を燃やすのに、伏兵を仕掛けるのはさして効果のある行いでは無いかもしれない。
ならば、大量の油を積んだ馬車の行軍に全力を注ぐ方が、戦術としては適切だ。
その事に気付いた冒険者達は、各々精霊達の集まる樹海内部の広場へと戻って行った。
一方、アラド勢の迫る北東方向を中心に、精霊達の力を借りながら倒木や石等でバリケードを作ったり、放火されても延焼させない様にと簡易ダムを築く等しているのは倉城響(ea1466)とテュール・ヘインツ(ea1683)。
相手は50人程の軍勢と聞いているものの、それに比べて此方の冒険者勢は20人程度。
かなりの人数差がある為、地の利は最大限に生かさねばなるまい。
「この時期になってまだ、カオスと手を結ぼうとしている人たちがいるのですね。精霊と縁を結ぶ魔術師の身として、断固として阻止しないと」
そしてその頃、精霊達の集まる広場に同じく集う冒険者達は、来る戦いに向けて各々準備を進めていた。
その中のアリシア・ルクレチア(ea5513)が呟けば、他の仲間達も厳しい表情で頷く。
「『妖精』さんたちがすんでるもりには、ぜったいてだしさせないのー」
「‥‥精霊たちが住まう樹海‥‥決して荒らさせる訳には行きません。私達を頼ってくれたアルテさんの信頼に報いる為にも!」
レン・ウィンドフェザー(ea4509)やアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)も、それぞれ拳をグッと握り締めたり、或いは静かにされど強い口調で呟く。
特にアレクセイはアルテと少なからず面識が有るので、落ち着き払いながらもその言葉尻には強い意思が窺えた。
「それにしても‥‥アルテさんは一体何処へ行ったのでしょう?」
同じくアルテと関わりのあるケンイチ・ヤマモト(ea0760)は、周囲を見回しながら呟く。
彼等が樹海を訪れた時、迎えたのはアースソウル達の様な地精霊ばかり。
前回はアルテも彼らと一緒に此処に居た筈なのだが‥‥どう言う訳か探せど探せどその姿は見当たらなかった。
何となく胸騒ぎはするが、今は迫り来るアラドの軍勢を退ける事に全力を尽くさなければならない。
ケンイチは頭を振るって不安を払うと、今一度状況確認のため仲間を集めて円陣を組んだ。
「一先ず分かって居るのは、アラド・シグラル男爵は何とかしてこの樹海を壊そうとしている、と言う事くらいですね。その目的などは一切不明‥‥ただし、カオスニアンが関わっている辺り、何かしら裏がありそうではあります」
「ああ、それとカオスの魔物が関わっているかもって言うのは、現時点ではあくまで推測に過ぎないんだよね。そこの所は注意しないと」
アシュレーが言えば、仲間達も複雑な表情をして頷く。
「‥‥そう言えば、彼等がこの精霊の森を狙う理由ってなんでしょう? 何か深い理由があるのでしょうか?」
そう言うアリシアが視線を向けるのは、身長が実に7m‥‥ジャイアントを更に大きくした様な姿の巨大な地精霊、フィルボルグス。
彼は実質この樹海に住まう精霊の長の様な立場にあり、アースソウル達も彼の言う事ならば聞く様だ。
ちなみに、アリシアの疑問はテュールも同じく気にしていた所。彼ならば、何か知っているかもしれない――そんな期待も篭めて尋ねてみたものの、フィルボルグスはゆっくりと首を横に振る。
「わ、わがらない。ここ、人間、欲しがるもの、なにも無い。あるの、おれだぢ精霊と、トレントと、太古の霊樹だげ」
太古の霊樹とは――この樹海の最も深い所に聳えている、別名『生ある者の秘宝』とも呼ばれている大樹の事であろう。
だが、アラドはそれさえも燃やしてしまおうとしているのだから、それが目的とは到底考えられない。
一同が怪訝な表情で頭を垂れていると‥‥シンが傍らの獲物を引っ手繰りながら立ち上がる。
「ま、本人に直接聞いてみるしかねぇな。もっとも、男爵が直々にお出まししてくれるとは思えねぇが」
●説き貫く者
――テュールのウェザーコントロールの魔法によって招かれた雨の降りしきる中、対峙するアラドの軍勢と冒険者達。
互いに睨み合ったまま膠着する中、ぬかるんだ地面を踏みしめ前に歩み出るのは、冒険者の一人。
「俺はオラース・カノーヴァ‥‥あんたらがこっから先へ進むつもりってんなら、まず聞かせて貰いたい。その目的は、一体何だ?」
オラース・カノーヴァ(ea3486)の言葉に、将の女性は僅かに目を伏せた後。
「‥‥口外無用の極秘任務です。無用心に口に出してしまえば、民の不安を煽るばかりですので」
淡々と紡がれた言葉に、どよめく冒険者陣。その中で、オラースに代わりディアッカ・ディアボロス(ea5597)が前に出る。
「では、質問を変えましょう。これから貴方達は、この先の樹海に入るつもりなのですか?」
「っ‥‥」
にわかに雨脚が激しくなりきちんと窺う事叶わなかったが、確かに将の表情に一瞬、驚嘆の色が浮かんでいた。
それからたっぷり間を置いた後、出てきた言葉は。
「――だったら、どうだと言うのです?」
「知れた事。あんたらを止めるだけだ」
言いながらオラースは軍勢に背を向け、樹海に向けて手を広げながら言葉を紡ぐ。
「考えたことがあるか? 樹海には地の精霊が多く住んでる。あんたらが勝手に踏み込んだ腹いせに、魔法をかけられたら? ‥‥火を放ったあと森を出られなかったら?」
「!?」
どよめくアラド勢。まさかこの樹海に火を放とうとしていると言う事を、知られているとは思っていなかったのだろう。
乱れ始めた士気を持ち直す為、取り繕おうと口を開く将――よりも早く、オラースが二の句を継ぐ。
「これから命を落そうという者を見過ごすわけにはいかない。どうしても行くなら実力を行使しても止めさせてもらう」
キッ、と鋭い眼光で睨み付けられ、兵の一人ひとりは思わずたじろいでしまう。
「‥‥大方、おぬし達は『この樹海の奥に潜むカオスニアンを炙り出して来い』と命令されて、来ているのじゃろ?」
代わって口を開くのはユラヴィカ・クドゥス(ea1704)。
「‥‥もっとも。そこまでご存知なのならば、最早問答は不要。精霊達の所存も私達の目で見極めます。さあ、其処を退いて――」
「その前に、これを聞くのじゃ」
ユラヴィカが取り出すのは、メモリーオーディオと言う天界製品。(雨に濡れて壊れない様布で上部を覆っている)
そのスイッチを起動すれば、流れてくるのはアラドの声。
「‥‥これは、おぬし達の主とカオスニアンとの会談記録じゃ。アラド男爵はカオスニアンを討伐するどころか、寧ろ手を組んでおるのじゃよ」
彼の言葉に、いよいよ動揺を隠しきれず、兵たちは隊列までをも乱してしまう。
案の定、自らの主の背後関係に関しては、知らされていなかった様だ。
「動揺しているな‥‥」
その様子を、両勢の間に聳える木々の枝上から窺っているのは鳳レオン(eb4286)(以下鳳)。
話し合いを聞きつつも、手に持ったスリングはいつでも馬車に投げ込める様、常に狙いを定めている。
同じ様に、説得に当たる仲間達が勢の足を止めている隙に、その背後に回りこむのはアレクセイに煉淡、そしてキルゼフル(eb5778)。
ディアッカやケンイチとテレパシーで連絡を取り合いながら、各々定位置に辿り着くと、三人は息を潜めつつ『その時』を待つ。
「――鎮まりなさい!」
途端に、声を張り上げる将の女性。その声量たるや、一部の冒険者達をも怯ませてしまうほどだ。
「惑わされてはなりません。確かにあの声は男爵の物に違いない‥‥けれど、だからと言ってカオスニアンとの関与を証明するものではありません」
「で、では、あいつ等の言う事は‥‥」
「デマカセです。討つべきカオスニアンは私達の背後でなく、前方にこそ在り。なれば、すべき所は決まっているでしょう!」
将の言葉に、オオーと声を上げて再び奮い立つアラド勢の兵達。
言葉一つで彼等の迷いを断つ辺り、かなりの手腕の様だ。
「笑止! これが証拠の全てとお思いか!?」
上空から響く声に顔を上げれば、其処にはグライダーを駆るシャリーア・フォルテライズ(eb4248)の姿があった。
「あなた方がカオスニアンを雇い、精霊の森周辺で殺害事件を起こしていた事、既に証言も証拠も揃っている! この上、無関係の精霊の森を焼き払おうなどとは言語道断! 大人しく投降し裁きを受けよ!」
「ならば、その証拠とやらを見せて頂きましょう! さすれば、私達も大人しく引き下がります! ‥‥もっとも、この場でそれをすぐに提示できるのであれば、ですが!」
言葉と共に、将は剣を振り上げ――そして、高らかに号令を掛けた。
「全軍突撃!!」
●暴かれる者
激しく水音を掻き鳴らしながら、樹海へ向けて進軍を開始するアラド勢の兵士達。
――だがしかし。
「そうはさせないのッ!!」
その先頭集団が突然激しい地面の揺れに襲われ、立つ事もままならずぬかるんだ地面に倒れ伏す。
これにより、全軍の足が一瞬止まり――その隙に、唐突に現れた石壁が彼等の前後を塞いだ。
「よーし、成功なの! こっちも突撃なのー!!」
クエイクの発動後、アラド勢後方のアレクセイと連動してストーンウォールを設置したのはレン。
これでアラド勢は進路どころか退路さえも絶たれ、袋小路に閉じ込められる形となった。
彼女の声と共にディアッカがケンイチも共に促し、メロディの魔法による演奏を開始。そして空陸に控えていた冒険者達は、一斉に動きを封じられたアラド勢へ向けて飛び掛かって行った。
樹海方面から、倒れた先頭の兵士達へ向けて一斉に放たれるのはアシュレー、シャリーア、ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)による弓の弾幕。
――いや、その一矢一矢が巧みに狙い済まされている為、弾幕と言う表現は適切では無いかも知れない。
ある者は手足を射られ戦闘能力を無くし、ある者は矢を番えるよりも早く弓の弦を射断たれ、ある者は武器の柄を弾き飛ばされ‥‥。
「貴方達では私たちには敵いませんよ」
弓を引きながら、それでも尚武器を取ろうとする兵士の前に立ちはだかるジャクリーン。そしてディアッカのメロディにより戦意を完全に喪失させられた兵は。
「う‥‥うわあぁぁぁぁぁ!!!」
途端に顔面を蒼白させながら、泥の中を転げ回る様にして逃げ出して行った。
先頭集団の壊滅により、既に二台の馬車の制圧に成功した冒険者達。
そして前方中腹から後方に掛けて、側面上空から迫り来るのは複数の影。
「‥‥人間相手に戦端を開くことになったら‥‥ウィルでは随分と久々だな‥‥最近は魔物が直接動くことが多かったからな‥‥」
呟く様に言いながら『魔の投擲槍』たる槍を構え、馬車目掛けて投げつけるのはヒポグリフに跨るオルステッド・ブライオン(ea2449)。
彼の放つ三本の槍は見事に馬車とその御者、そして車上で護衛に務める者に命中し、彼らを叩き落す。
「‥‥その程度では死にはしない‥‥生きながらえたくば、そこで大人しくしていろ‥‥」
降下しながら馬車に刺さった彼の愛槍『刺し穿つ死棘の槍・ゲイボルグ』を引き抜く間際、泥の上をのた打ち回る御者に向けて冷たく言い放つ。
そして先端で油の軌跡を引く槍を振るいながら、周囲の兵達への応戦を始めるオルステッド。
その光景が繰り広げていたのが、樹海から向かって左舷方向。すると将の指示の元、右舷方向の馬車を護っていた者達が救援に向かうべく動き出した瞬間。
――ガシャァン!!
「動くな!!」
けたたましい破裂音と共に、傍らの木上から響く声。
それは、スリングを手に松明を掲げる鳳のものだった。
「武器を捨て、直ちに投降しろ! さもなくば、こいつを馬車の中に投げ込むぞ!」
彼が松明で指し示すのは、先に破裂音の響いた馬車――その中では瓶の一つが割れており、油が車内に飛び散っていた。
もし此処に松明など投げ込まれれば、瞬く間に馬車は炎上‥‥最悪他の油にも引火して爆発する恐れさえもある。
途端に恐れを為し、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出して行く周囲の兵達――だが、その近隣の弓兵からしてみれば、鳳は格好の的であり
「なっ‥‥!? うぐっ‥‥!!」
だが、次の瞬間弓兵の視界は極光に満たされ、引き絞った弓をそのまま降ろしてしまう。
その正体は、グライダーを駆るリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)の掲げるサンシールドの効果によるものだった。
「大丈夫ですか、鳳さん!?」
「ああ、すまないリュドミラ。助かった」
彼が木上から飛び降りたのを認めるや、リュドミラはシールドを仕舞い、そして代わりに事前に用意しておいた砲丸や、雨水を含んで重くなってしまった石灰袋等を手近の馬車へ向けて投げ付ける。
周囲を飛び回りながらの彼女の爆撃に、陸上の歩兵達は為す術も無く‥‥護衛さえもろくに行届かないまま砲丸を受け続けた馬車は、やがて詰まれた油の樽や瓶諸共粉々に砕け散った。
残ったのは後方寄りの馬車三台に、将の直下にある馬車一台、それらにも冒険者達は空から攻撃を仕掛けていた。
「フォデレ!」
気合の篭もった掛け声と共に、馬車へ向かって急降下突撃を繰り出すのはペガサスを駆るルエラ・ファールヴァルト(eb4199)。
上空からのチャージングとバーストアタックの複合による突進、それに加えあらゆる物を薙ぎ倒すスレイヤー能力を持つ魔剣テンペストの嵐の様な斬撃の前に、馬車・馬・人を問わず悲鳴を上げながら吹き飛んで行く。
何とか攻撃を免れた者も、反撃に転じようとした時には既にルエラは上空へ舞い上がっており、槍を届かせる事叶わない。
そんな彼女を援護するべく、煉淡は上空を見上げる兵士に向けてミミクリーを行使す‥‥る‥‥?
「あ、あれ? ‥‥しまった!!」
術を掛けてから気が付く。と言うのもミミクリーはあくまで『身体を変形させる能力を付与する魔法』。
術を発動した本人の望む形に、対象を変形させる事は出来ないのだ。
「くっ‥‥!!」
――ドゴォッ!!
ミミクリーが付与された兵士の身体を、咄嗟に蹴り飛ばすルエラ。
スタンアタック狙いの蹴撃の前に、そもそも自身に何が起こったのか理解していなかった兵士は、無防備のまま意識を飛ばす。
「助かりました‥‥すみません」
頭を下げる煉淡に、ルエラは片手を挙げて応えると、再び上空へと飛び去っていった。
そして彼女の程近くでは、シンがグリフォンを駆りながら応戦を続けていた。
「くっ、奴を馬車に近付けさせんな! 降りてきたら槍で追っぱらえ!!」
わらわらと眼下で生き物の様に蠢く複数の槍の穂。
その上空で停滞しながら、シンは獲物の通連刀を振り上げ。
「甘ぇんだよ! うらあぁ!!」
胸元でレミエラの光が浮かぶと、振り下ろされた刃から伸びる斬撃が兵士達の合間を縫い、馬車の車輪を粉々に吹き飛ばした。
連動的に近くに居た兵達は倒れる馬車に巻き込まれ、抵抗力を無くす。
残った者達も峰打ちによるスタンアタックで順次仕留め、瞬く間に陣後方の部隊もほぼ壊滅状態となっていた。
だがしかし、それでも尚乱れぬ陣形‥‥見るからに場慣れしておらず、然程士気も高くない彼等が尚、勢としての形を乱さないその理由は、やはり中央の将の存在がある故なのだろう。
彼女の足下に残った馬車は最後の一台、それさえ押さえてしまえば――。
「‥‥あれ?」
ふとここで、違和感に気付くのはアレクセイ。
彼女は今一度無力化した馬車の台数を数え始めると‥‥。
「!! まずい‥‥ここはお願いします!!」
間近の煉淡に告げるやユニコーンに跨り、樹海へと通じる迂回道を駆けていった。
「気付かれた、か‥‥」
呟くのは馬車の上でその様子を見ていた将。
遣わした別働隊には然程人数を割かなかった為、恐らくはアレクセイ一人に為す術無く抑えられてしまう事だろう。
となれば、実質この馬車こそが最後に残された本命となる。
何としても樹海まで到達させたい所なのだが‥‥正面に立ちはだかるのはオラースにレオたんと言った、陸上で応戦する冒険者。
二人とも撤退を呼び掛けつつ、並み居る兵士達を殺さず薙ぎ倒しながら真っ直ぐに此方へ向かって来る。
どう考えても、戦局は芳しく無い。
「くっ、隊列を乱さないで! かくなる上は―――ぅっ!!?」
「かくなる上は‥‥まだ何か隠し球があんのかい?」
ピタリ、と喉元に当てられた刃。
いつの間にやら背後に肉薄していたキルゼフルが、押し殺した声で将に尋ねる。
「だが、そいつもおたくを抑えりゃ関係ねぇな。ま、本当はアラドを止められりゃ一番手っ取り早かったんだが」
「‥‥っ」
「で、どうする? まだやるかい? 次は目玉か指を頂くぜ‥‥がっ!!?」
――ドゴォッ!!
瞬間、キルゼフルの刃は皮兜の緒を斬り、同時に将の肘が彼の鳩尾にめり込んだ。
溜まらず飛びそうになる意識を踏鞴を踏んで堪え、歪む視界に相手の姿を捉える。
瞬間、緒の切れた兜がはらりと地面に落ち――。
「「「――えっ?」」」
驚きの声を上げるのは、リュドミラ、鳳、シャリーアの三名。
それもその筈、何しろ分厚い兜の下から現れたのは――。
「ア、アステルさん‥‥!? どうして貴女が‥‥!!」
「っ!!」
すると、馬車の上で踵を返すと横たわるキルゼフルの上を跳び越し、乱戦の只中へと身を投じて行くアステル。
「ま、待って下されアステル殿!!」
「くっ‥‥ダメだ、逃げられる!!」
既に兵士達の中に塗れて、その姿を見失ってしまった冒険者達。ルエラやシンが後方の残党を制圧しても、それらしき者は――。
「!! あそこです!!」
煉淡が指を差せば、遥か遠くの橋の辺りに、走り去っていく人物の姿が小さく見えた。
今ならまだ間に合う――空を駆る冒険者達は、各々頭をその背に向けて。
そして、息を呑んだ。
●迫り来る者
「!!?」
冒険者達は驚き目を見開きながら、遥か先に見える橋のその更に先を見据える。
と言うのも、見据えていた先に認めていたアステルの背、それと入れ替わりに巨大な影が、此方へ向けてゆっくりと迫って来ていたからだ。
徐々に近付くにつれて、その正体が明らかになってくる。
「バ、バガンだと‥‥!? まさか、アラド男爵の‥‥!」
「お、おいおい、マジか‥‥こちとらほとんど生身でおまけに大分消耗してるってのに、ゴーレムの相手までしなきゃなんねえのかよ‥‥!」
数にして三体、それらが陣形を組んで真っ直ぐに此方へと向かって来ている。恐らくは、アラド勢の増援‥‥あれこそが『隠し球』に相違ないのだろう。
そもそも歩兵と馬車だけの軍勢の行軍がこれほどに遅かったのは、きっとバガンを巧みに隠蔽しながら関所を抜ける為だったのだ。
誰しもが打ちひしがれるような気持ちでその巨体を真っ直ぐに見据え、如何に対処するかと思案を巡らせる。
「近付かせたら不利だ。あの橋を渡られる前に、こっちから仕掛けるよ‥‥!!」
そんな仲間達の間を縫い、グリフォンを駆ってバガンへと向かっていくのはアシュレー。
確かに遠距離武器を持っている彼ならば、川を挟んで相対した方が余程有利に戦う事が出来るだろう。
「一人では危険です! 私達も援護します!!」
彼に続いて続々とバガンへと向かって行く仲間達。
やがて、その姿が丁度橋に差し掛かった、次の瞬間。
――ミシッ。
「‥‥へ?」
――メキッ、バリバリ、ガラガラガラ!!!
なんとバガンが足を掛けた瞬間、見るからに真新しい筈の木製の橋は軋みを上げ、あっと言う間に崩れ落ちてしまった。
その弾みで先頭のもののみならず、後続のバガン二体も雨で増水した川の流れに呑まれていって‥‥。
「‥‥‥‥」
何が起こったか分からないと言った様子で、その場に立ち竦む冒険者達。
そんな彼等の後方から、韋駄天の草履を泥だらけにしながら走り寄って来たのは響。
「あら〜? 橋が崩れちゃってますね〜? 時間が無くてきちんと仕上げられなかった筈なのですが‥‥」
――彼女の話に因れば、森林にバリケードを作るついで行軍経路上にあるこの橋を、精霊達の力も借りながら崩す事によって通行不可にしようとしていたらしい。
だが、手を付けたは良いものの余りに時間が足りなかった為、中途半端に柱を傷付けた段階で中断してしまっていたらしいのだが。
「それでもゴーレムの重さに耐え切れず、結果として罠となった‥‥と言う事か。ま、まあ、お陰でこっちは助かったけどな」
乾いた笑いを上げながら、三体のバガンが流れていった濁流の先を見詰める冒険者達。
ちなみに対岸に取り残されていたゴーレムブロッカーと言う名の大きな盾は、バガンを退けた功を踏まえて響に譲与される事となったそうな。
●企む者
「‥‥そうか、貴殿に預けた手勢はあえなく全滅した、か」
「はい‥‥ごめんなさい‥‥」
「いや、寧ろ良くやってくれた」
「‥‥え?」
「なに、妨害が入った時点で既に成功するとは思っていなかったからな。それでいながら相手の実力を推し量りつつ、加えて貴殿だけは無事に帰還した。客将を預かる身としては、これほどありがたい成果はあるまい。加えて貧民共も蹴散らされたお陰で、余計な出費も無くて済んだしな」
「は、はぁ‥‥」
「しかし、バガン三体の損失は痛いな‥‥。それに、全滅したといっても双方共に死者が皆無とは‥‥相手はまだまだ余力を残しながら、数の不利を押し切ったと言う事か。さて、如何すべきか」
「‥‥‥」
「ふむ、この様な時こそ、貴殿の主の知恵を借りるべきだな。疲れている所すまぬが、呼んできてはくれまいか?」
「は、はい‥‥」
――アラドに言い付けられるまま、ポタポタと水滴を滴らせながら部屋を後にするアステル。
その後姿を見送ると、彼は再び思案を巡らせながら、ふと窓越しに館の正門を見遣る。
――と、そこには。
「‥‥? 何だ、あの娘は?」