●リプレイ本文
●迫る軍勢
――遥か荒野の彼方を見据えれば、目の良い者には既に捉えられる、アラド勢の姿。
今回は相手がフロートシップを駆ってくる事も考慮して、冒険者達は樹海より大分前の方に陣を布いていた。
各員共に準備は万端、今すぐに接敵しても問題ない様子だ。
それは、アラド勢襲来の報せを逸早く察知したが故、余裕を持って準備を進めることが出来たが為なのであるが。
――ふと、ここで考える。
果たして、そんな縁の下の力持ちの役目を果たしたのは誰なのであろう、と。
もしアースソウルの一人がアラドの領地内に潜伏して偵察していたのだとしても、情報伝播の速度には疑問を感じざるを得ない‥‥。
「‥‥いや。詮無い事だな」
冒険者は首を振り考えを払うと、目前に迫った軍勢を前に改めて敵の出方に関する推測を始める味方の話に耳を傾ける。
「やはり怪しいのはフロートシップごと火達磨にして樹海に放り込むことでしょうか? こちらは火の密度を油と助走時間で上昇させられるので、例え雨を降らされても可能ですから」
アラドの軍勢の狙いがフィリッパ・オーギュスト(eb1004)の言う通りであったとすれば、一定距離以上樹海に近付けさせる訳には行かない。
陣の後方を流れる川‥‥これが敵の陸上勢力をある程度塞き止めてくれるにしても、空を往くフロートシップが強行突破を図れば、このラインを超えてしまうとそれを止める術が無いのだ。
状況はまさに背水の陣‥‥しかし余り樹海から離れる訳にも行かないし、今はこの場所が最も適切な布陣位置と言えるだろう。
「‥‥またもアラド男爵か‥‥ここまでの勢力を用意するからには、よほど周到に用意したか、或いは裏に誰か大物がいるのか‥‥」
オルステッド・ブライオン(ea2449)が推測交じりに呟く。
確かに不審な点は残るが、万一アラドの背後に相応の物が居たとすれば――恐らくは今回、別方面で動いている仲間の行動の副次効果として、その抑制も出来るだろう。
もっとも、それがあくまで『人間の大物であったならば』ではあるが。
「‥‥しかし、あちらさんも形振り構ってられなくなったみてぇだな‥‥つか、ここまでやったら申し開き効かねぇぞ」
シン・ウィンドフェザー(ea1819)が吐き捨てるように呟く。それは相手の目的が明確に分かっていないが故。
――もしアラド男爵の目的が考えられる最悪の物であったとして、その上で本当に形振り構わなくなったのだとすれば‥‥恐らくは今尚、歩兵やバガン等の様な人間としての戦力を主体にした編成で攻め込んでくる事は無いのだろう。
何しろ――。
「厄介な巨人がいるようだな。それが、カオスゴーレムならば、完全な犯罪者で捕らえられるんだがな」
ライナス・フェンラン(eb4213)が言うのは、ミーヤが未来視で見たモノの事。
とは言え、当然の如く今現在遠目に見えている軍勢の中には、バガンこそあれどそれらしき姿は見受けられない。
「ミーヤさんのお話を伺った限りですが、恐らくカオスゴーレムに間違いないでしょう。翼の無力化が鍵となります」
「念の為私もフォーノーリッジで確認しようとしたのですが‥‥スクロールが初級しかなかった為叶わず、残念です‥‥」
シファ・ジェンマ(ec4322)が言えば、その後に肩を落としながら口を開くのは土御門焔(ec4427)。
きちんと確認・断定こそ出来なかったが、とは言え漠然にでもそれらしき存在が居ると言う事実は、仲間達全員の意識を高めていた。
それだけで、一先ずはよしと言えるだろう。
「それにしても、フロートシップにバガンにカオスゴーレム‥‥ウィル近郊でこんなにも大規模な戦いが起きてしまうとはね。まるで、エーガン王の統治時代、荒れた時代の頃のようですわ」
それは、地獄から湧き出してきたデビルやカオスの魔物の影響か。はたまた、人間同士の戦乱の時代の再来と言う事か。
何処か不安げに肩を竦ませるアリシア・ルクレチア(ea5513)、その華奢な肩を夫のオルステッドはそっと抱き寄せた。
「何が出てきてもぜったい、『樹海』はまもってみせるのー」
そんな大人な雰囲気とは一転、無邪気に口走りながらグッと両拳を握り締めるのはレン・ウィンドフェザー(ea4509)。
精霊と共に戦う者――その二つ名に違わぬ意志の強さは、並みの眼を持つ者では彼女のキュートな外見に惑わされ、計り知る事叶わぬであろう。
間近までに迫った敵勢を前に、思い思いに意を決していく仲間達――その横顔をバガンの制御胞から見据え、何処か悟った笑みを漏らす者が一人。
「今までの未来視は変えてきた。ならば今回も変えてみせるさ。うむ」
そして何より、自分達は生きて帰る――無事を願う者、帰りを待つ者達の為にも。
「――アルジャン・クロウリィ(eb5814)、バガン、行くぞ!!」
「全軍攻撃開始ッ!!」
彼の声を皮切りに、大地を覆う両勢の姿が波立ち‥‥そして周囲の空気は甲高い剣戟の音に満たされた。
●大地を揺らす
歩兵戦において、ストーンゴーレム・バガンは非常に強力な兵器である。
だがそれ故、突出してしまえば真っ先に狙われ集中攻撃を受けてしまい得る、諸刃の刃である。
それを相手側も分かって居るのか、先陣を切って冒険者勢に飛び込んできたのは軽装の歩兵軍団であった。
その後に続くバガンが、相対する者に威圧感を与える‥‥並の練度の軍容ならば、それだけで恐怖心を煽られてしまいそうだが。
――ザッ、ズサァッ!!
一直線に突貫していた歩兵達の進軍が止まる。
その只中、舞う砂埃が穿風に巻き上げられ、浮かび上がるのは流れる様に棚引く鮮やかな銀髪――剣を振り抜くセシリア・カータ(ea1643)の姿。
先頭の数名が瞬く間に彼女に切り伏せられ、後続の歩兵達はたじろぎ足を止める。
だが、今周囲にフォローできる仲間がいないと知るや、槍を構え――。
「この程度では私を抜く事は出来ませんよ。‥‥お下がりなさい」
気が付けば、向けられた槍の全ては穂先を薙ぎ払われ、棒切れと化してしまっていた。
時々その身に攻撃を受けながらも、凄まじい程の攻撃能力を持ってして行軍を押さえ込む彼女は、まさしくアラド勢の出鼻を挫く存在であった。
そこで勢は陣を左右に大きく展開、数に任せ挟撃をする心積もりの様だが。
「あ、そこのお方。足下注意ですよ」
「え――」
――ドザザザッ!!!
陣を広げた兵達の足下が抜け、落とし穴の中へと引きずり込まれる。
或いは絡まった草に足を取られ、派手に横転‥‥それがバガンともなると、回りの歩兵さえも巻き込んで大地を無様に転げ回った。
それらの罠を設置したのはオルステッドにアリシア、そしてアルジャンの精霊達だ。
足下に注意しながらの行軍は、アラド勢の布陣展開を大いに鈍らせる。
この隙に冒険者陣営では、レンとリマ・ミューシア(eb3746)によるストーンウォール設置が大方完了していた。
そこで更に襲い掛かるのはリマのローリンググラビティーに、レンのクエイクの魔法。
地精霊魔法は、まさに大人数戦の華。彼女達の行使した魔法が味方を有利に導き、尚且つ大いに敵の隊列を乱したのは言うまでも無い。
だがそれでも、敵の全てを抑え込める訳では無い。
先発の部隊を完全に抑えられたアラド勢の兵士達は、ピタリと進軍を停めるとバガンを中心に細々と陣を築き始める。
元々数の利で言えば大きく冒険者達を上回っていた彼等、まだまだ勢力は衰えていない。
「参りやしたね‥‥。この陣形、此方が下手に突っ込むと、あっと言う間に狭殺されてしまいやすぜ」
「だな。焦って一塊になってくれれば、まだ遣り易かったのだが‥‥どうやら指揮者は相応の切れ者の様だ」
両手に剣を携えたバガンの制御胞の中から利賀桐真琴(ea3625)の威勢よく歯噛みする声(?)が聞こえると、ライナスもその隣でゴーレムの巨体を左右に揺らしながら呟く。
「うーん、ストーンウォールを設置し直して、此方の戦線を押し上げますか?」
「それも良いけど、まだ罠も残ってるだろうし、それにレンとリマおねーちゃんの気力が持つか不安なのー」
「うむ‥‥悔しいがどうやら最初の敵に惑わされて、前線を見誤ってしまった様だ、な」
冒険者達が敵の陣を見遣れば、どうやら相手も大きく動いてくるつもりは無い様子で‥‥このまま膠着状態の様相を呈する雰囲気となっていた。
だが、それこそが相手の狙いだったのかも知れない。何しろ、相手の本命はどちらかと言えばフロートシップの樹海到達。
陸上戦力もまだ無視できる様な状態に無い為、地上の冒険者側も下手に動けず‥‥彼等は祈る様な気持ちで、視線を上空へと向けるのであった。
●空を裂く
「敵フロートシップ、動き始めました!」
前方を見据えながら声を上げるのは雀尾煉淡(ec0844)。
彼の報告に、冒険者側のフロートシップを操船する鳳レオン(eb4286)は大きく頷く。
「よし、これより敵艦に攻撃を仕掛ける! 空戦各員は援護を頼む!!」
声が響けば、風を切り前進を始めるフロートシップ、そしてその甲板からグリフォンやグライダー、ペガサス等を駆る冒険者達が飛び立って行った。
幸い、敵には対空迎撃を行う様な戦力は殆ど無い。
強いて言うならばフロートシップにはバリスタが多く搭載されていたが、それでも一斉に向かって来る冒険者達を迎撃するには余りにも過小な戦力。
「フォデレ!」
ペガサスを駆るルエラ・ファールヴァルト(eb4199)は、掛け声と共にテンペストを振るい、精霊砲に勢いを乗せた突撃を繰り出す。
続け様に振るわれるバーストアタック込みの斬撃に、間も無く精霊砲は原型を留めない程に粉砕され、機能を失った。
そしてそのままの勢いで、甲板へ躍り出る冒険者達――。
「えっ‥‥!?」
想像だにしない光景に、言葉を失った。
其処にあったのは、鱗状に規則正しく並べられた大量の金属板。それらがびっしりと甲板上を埋め尽くしていたのだ。
かと思えば、その表面に開けられた小さな穴から、一斉に冒険者目掛けて放たれる矢の弾幕。
これにはさしものルエラも往なしきれず、不意打ちだった事もあり数本の矢を受けながら、味方フロートシップへと後退して行った。
「チッ、小賢しい真似を!!」
舌打ち一つと共に、グリフォンを駆って船の下へと潜り込むのはシン。
そして彼は反対側の船壁に沿って上昇し‥‥視界が開けると同時に、通連刀を振り上げながら甲板へと躍り出た。
「――!!?」
グリフォンの背を離れ、金属板の一枚の上に足を着いた瞬間、シンはバランスを崩し甲板上を転げ回ってしまう。
「くっ‥‥板に油を塗ってやがったのかッ!!」
すぐさま体勢を立て直そうとするが、油塗れではフロートシップの上で立ち上がる事さえも出来ず‥‥。
それでも転がりながら振るった通連刀により数名の弓兵を薙ぎ払うと、矢を受けふらふらになりながら何とか船縁から空へと飛び降りるシン。
そんな彼の身体をグリフォンのヴァルグリンドが空中で受け止め、味方のシップへと引き返して行った。
「厄介な‥‥こうなったらッ!」
グライダーの騎首を返し、甲板の上空へと躍り出るのはリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)。
すると当然の如く彼女へと殺到する矢の弾幕――それをあるものは避けあるものはサンシールドで往なし、あるものはダズリングアーマーで視界を奪って遣り過ごし、それでも避けきれない矢を一、二本身体に受けながら立ち回って行く。
やがて、甲板中の注意が全て正面の彼女に向けられると。
「――今です!」
「えぇいっ!!!」
その時を待っていたかの様に、シップの右舷方向から高速で向かって来るグライダーが一騎。
操縦者のシファはそのまま甲板擦れ擦れの位置を滑空しながら、事前に用意した石灰を撒き散らし始めた。
途端にピタリと止む弾幕、そしてそのままグライダーは急上昇すると、同じく搭載しておいた砲丸を甲板へ向けて放つ。
リュドミラとシファによるグライダー連携『機織り』戦法の成功、それは甲板上の戦況を一気に覆し、冒険者達を有利へと導いた。
「よし――これより当艦は敵シップとの接舷を試みる! 各員、白兵戦用意! 煉淡の治療が済んだ者は迎撃に当たれ!!」
艦長のレオンの声が響けば、慌しく船内を動き回る冒険者達。
ゆっくりとフロートシップ同士が近付けば、飛んでくるバリスタの矢をフィリッパのホーリーフィールドが弾き返す。
「ッ!」
衝撃に震え上がり、堪らず甲板上に倒れ伏してしまうミーヤ。
「だ、大丈夫ッスか!?」
そんな彼女をフルーレ・フルフラット(eb1182)が助け起こすと同時に――二隻の船が、接舷した。
「よぅし‥‥アシュレーの手伝いのつもりだったが、この際あいつが来る前に終わらせてやるぜ! 掛かれぇーッ!!」
瞬間、シップに繋がれた鎖を手に先陣を切って敵シップへと飛び移って行くセイル・ファースト(eb8642)。
そして敵が積極的に乗り込んで来ないと知るや、ルエラやシンも続いて敵シップへと乗り込んで行く。
「――さ、ミーヤさんは安全な場所へ。己の剣の形を見極め、活かし、貴女も良き剣を心へ抱かん事を!」
強い決意を秘めた眼光で言い残すと、フルーレも彼らに続いて敵シップへと飛び移って行った。
そこはかとなく死亡フラグっぽかったのは気のせいだろう、うん。
ともあれ、既に先の『機織り』によって抵抗力を殆ど失っていた弓兵達を薙ぎ払いながら、シップの船室へと向かって行く冒険者達――。
ガィィン!!
突然、その進行方向上にあった金属板の一枚が跳ね上がり、彼等の前に一騎のバガンが立ちはだかった。
これには、冒険者達も驚きを隠せず――。
ガァン!!
「!? まさか‥‥!?」
後方から同様の金属音が聞こえ、振り返れば‥‥其処には彼等の退路を断つ形で出現した、もう一騎のバガン。
『どうした!? 何があったんだ!?』
「ッ、拙い事になっちまった‥‥レオン、すぐに鎖を切り離せ! 急がないと敵のバガンがそっちに乗り移るぞ!!」
携帯風信器を通じての遣り取りの後間も無く、リィム・タイランツ(eb4856)達によって二隻の船は引き離された。
かくして敵船の上にて孤立無援となってしまった四名の冒険者――シン、フルーレ、セイル、ルエラ。
フィリッパやリュドミラ、シファが応援に駆け付けようにも、船縁の弓兵やバリスタは未だ健在の為、思う様に近付けない。
「やるしか‥‥ありませんね」
「ああ。ったく、アトランティスに来て早々、人の乗ったゴーレムを生身で相手にする事になるとは‥‥難儀な事だな」
「同感ッス。けど、この船は何としても沈めなければ‥‥ッ!!」
各々が背中を合わせながら、思い思いに武器を構える。
そして――彼等はバガンへ向けて一斉に飛び掛って行った。
●奇襲、そして――
一方、膠着状態の続いていた地上前線から離れ、樹海の精霊達の元へと戻ってきたリマ。
彼女に同じく、申し合わせていたキルゼフル(eb5778)、そして敵味方問わず負傷者の治療に当たっていたゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)が、この仮拠点とも言える場所に集まっていた。
その理由はと言うと、事前にアルジャンがミーヤに頼んで確認してもらったある未来視‥‥その内容にある。
「『樹海防衛戦での奇襲』と指定した所、バガンが木々を掻き分けている場面が見えた、と言う事でしたわね」
「ああ、それで目ぼしい場所は見回ってきたが‥‥それらしいモンや痕跡は見当たんなかったな」
「ええ、この樹海を良く知る精霊達の方も、特に変わった様子はなかった、と‥‥」
目を伏せる一同。
無論、フォーノーリッジによる未来視は自分達の努力次第で変わる事も往々にして有り得る。もしそれでバガンによる奇襲が無くなったのであれば、それは喜ぶべき所ではあるが。
「逆に悪い方に転んだ可能性もあるのですわよね‥‥。奇襲役のバガンが、現状で所在不明の『巨人』に取って代わった、とか」
「そんな、縁起でも無い事を――」
そう言うゾーラクも、その可能性を否定し切る事は出来ない。
何しろ、陸上戦線側に居る焔のテレパシーや風信器等による通信機で連絡を密にしているものの、未だそれらしい存在は一切確認されていないのだ。
「ま、兎に角精霊さん達よ。ヤバそうな事はわしらがなんとかする。なんかヤベーって事があったり感じたりしたら些細な事でもいい、教えてくれ、逃げる前に一言告げる程度でもかまわねぇから頼む」
キルゼフルがそう言うと、フィルボルグスを始めとする地精霊達は一斉に頷く。
そして、偵察に向かうべく一同が立ち上がると――。
「ん? どうじだ、そんな慌でで――」
何処からとも無く現れた一人のアースソウルが、フィルボルグスに駆け寄った。
そして、ニ、三言何かを言ったかと思えば‥‥途端に、彼の顔に浮かぶのは焦りの表情。
只ならぬ様子に、冒険者達が何事かと伺ってみれば――それは、バガン襲来の報せであった。それも、敵は既に樹海間近を通る街道へと差し掛かっているとの事で。
「な‥‥!? し、しかし、一体何処から!?」
「わ、わがらない。けど、森の中、ほとんどやづら通っでない。通ればアースソウル、すぐ気づぐ」
「‥‥野郎、森を避けて来やがったな! くそっ、すぐに増援を――」
「けど、今からだととても間に合いませんわ! 何とか私達で時間稼ぎをしないと‥‥!!」
かくして拠点にゾーラクを残し、アースソウルの案内の下フィルボルグスと共にバガンの出現地点へと向かうキルゼフルにリマ。
だがしかし、目の前に繰り広げられていた光景に、彼等は絶句した。
「お、おいおい‥‥聞いてねえぞ、こっちにこんなにバガンを寄越して来るなんてよ‥‥」
「ざっと見た限りでは四騎‥‥これは、フィルボルグスさんのお力を借りても、厳しいかも知れませんわ」
思わず苦笑いを浮かべる二人、それでもバガン達は邪魔な木々を薙ぎ倒しながら、のそりのそりと此方へ向かって来る。
「チッ、だが来ちまったモンは仕方ねぇ。助けが来るまで持ち堪えっぞ!」
「了解ですわ。‥‥はぁ、このまま結婚も出来ず死んだりしたら、化けて出ますわよ」
恨めしそうに呟きながらエックスレイヴィジョンのスクロールを広げ、念の為ゴーレムの操縦者の中にアステルが居ないか確認しようとするリマ。
だが、ゴーレムの騎体には魔力が満たされている為か透視する事が出来ず、改めて深い溜息を吐――――いた瞬間。
「せやあぁッ!!」
――ガキィン!!
枝葉が揺れる音の後、飛び降りると共にバガンへ斬撃を放つのは倉城響(ea1466)。
日本刀の弾かれる甲高い音が鳴ると同時に彼女は飛び退き、それに入れ替わり更に頭上から躍り出てくるのはオラース・カノーヴァ(ea3486)。
彼の放つ規格外の威力を持った斬撃の前に、バガンは轟音を立てながら盛大に砕け散った。
「良かった‥‥間に合った様ですね」
呆気に取られる一同、その背後から現れるのはディアッカ・ディアボロス(ea5597)とティーナ・エルフォンス。
そして、彼等の後ろに連れられた者の姿を見るや、フィルボルグスはパッと表情を輝かせた。
「アルテ!! 無事だっだが!!」
「ええ、冒険者の皆さんのお陰で、この通り‥‥。ご心配をお掛けしました」
ドスドスと巨体を揺らしながら歩み寄り、アルテの手を取るフィルボルグス。
その様子を見ながらリマとキルゼフルもほっと胸を撫で下ろし、歩み寄ってきたティーナとディアッカの方を向き直る。
「其方も成功したみたいですわね」
「当然や。ウチ等『ティーナと愉快な仲間達』に不可能はあらへん!」
「しかし、手違いがあって少し到着が遅れてしまいましたが‥‥」
「いやいや、お陰で助かったぜ。ま、美味しいトコ取りされちまったって感はあるがな」
言いながら、破壊されたバガンの制御胞から操縦者を助け出す響、そして残ったゴーレムと対峙するオラースを見据えるキルゼフル。
するとバガンは、手に持った斧を振り上げながらオラースに迫り。
「――防御の必要はねぇ。俺が先に攻撃して終わりだ。何体でも――ッ!!」
一方、未だ空陸においてせめぎ合いが行われている戦線。
此方にはケンイチ・ヤマモト(ea0760)が駆けつけ、アルテ救出成功の旨を仲間達に報せていた。
途端に沸き立つ冒険者陣営、同時に堅固に陣を組んで守りに徹していたアラド勢の動きに乱れが見えた。
どうやら彼の齎した情報が、敵の動揺をも誘った様だ。
「陣形の崩れた今こそ好機! バガンで一気に突き崩すでやす!!」
真琴が突撃の合図を下せば、それに続いて飛び出して行く冒険者のバガン達。
対するアラド勢は奇襲に騎体を割き過ぎた為、此方の前線に残されたバガンは少なく‥‥迫り来るゴーレムの威圧感に耐え切れなかった歩兵の大部分は、蜘蛛の子を散らす様に逃走を始めた。
かくして一気に戦況を巻き返した冒険者達。
だがしかし、上空のフロートシップ上での状況は芳しくなかった。
甲板を埋め尽くしていた大量の金属板はゴーレムの豪腕でしか扱い得ない巨大な盾となり、冒険者達の攻撃を悉く受け流して行く。
またそれにより油が床の広範囲に広がった事に加え、挟み撃ちの状況に置かれている事もあり、敵の波状攻撃に晒されながら逃げ回るのに精一杯で‥‥いつしか甲板の四人は追い込まれてしまっていた。
「地の利を握られた状況で戦う事が、これ程までに辛いとは‥‥ッ!」
肩で呼吸をしながら呟くセイル‥‥それは他の仲間達も同様。
そんな彼らに重苦しい足音を響かせながら歩み寄る二騎のバガン。
その歩みは遅く――恐らく油で滑らない様慎重に歩いているのだろう――それが冒険者達を意味もなく苛立たせた。
そして前の一騎が間合いに入ると、大きく剣を振り被り――。
ヒュンッ――!
瞬間、風切る音と共に飛来するのは一本の矢。それが石製の頭部に突き刺さると、バガンは衝撃で思い切り横転した。
同時に、後方のバガンへと飛来するのはサンレーザーの魔法による光線。
エレメンタルフィールドをも突き破る強力な光線に、堪らずバガンは盾を向けるべく上体を捻り‥‥その勢いで此方も転倒してしまった。
「おーい! 無事かい!」
船縁の先から響くのは、グリフォンに跨るアシュレー・ウォルサム(ea0244)の声。
そして横には、魔法の絨毯を操るユラヴィカ・クドゥス(ea1704)の姿もある。
どうやら先の矢とサンレーザーによる狙撃は、彼等によるものらしい。
「アシュレー! すまない、恩に着る!!」
「なに、友の為なら火の中水の中ってね。それより、一端引き返した方が良い! さあ、早くこっちへ!」
「しかし、未だこのシップを抑えられていないッスよ!?」
「それなら心配は要らぬ! 見た所もうこの船を防衛する戦力は残されていない様じゃ! 仕切り直せば、すぐにでも落とせるじゃろう! さあ!!」
促されるままユラヴィカの絨毯に乗り、敵船の甲板から脱出する四人。
彼等が後方を振り返ると――旗色が悪いと見たかフロートシップは船首を返し、アラド領のある北東方向へ引き返そうとしていた。
勝利を確信し、沸き立つ冒険者陣営‥‥だが、敗走兵はまだしも、フロートシップをこのまま逃がす訳にも行かない。
「敵艦を追撃するぞ! 全速前進!!」
レオンの声が響けば、今まで安全な距離を保っていた冒険者陣営のフロートシップが動き出す。
そして精霊砲が逃げる敵の船尾へと狙いを定めようとした――その時。
「――あれは!?」
甲板から垂直に飛び上がる黒い影。
それは空中で向きを変えると、一直線に冒険者達の方へ向けて飛び込んできた――。
●力と力
「――多くの精霊が住まう土地を事情があるとはいえゴーレムで滅ぼしたとなれば、王都に来訪しているナーガや竜の子の耳にも入りましょう!」
所変わりトルク城の謁見室。
響く時雨蒼威(eb4097)の力強い声は、広すぎる空間の中で僅かに共鳴しながら掻き消える。
「このままでは多くのゴーレムを抱えるウィルは精霊や竜達の敵となり、いずれは大陸全ての国が、精霊を害する国の討伐という大義名分を得てウィルに攻め込む恐れもあります。最早、アラドはウィルを陥れんとする逆賊‥‥可及的速やかに『ドラグーン』投入の決断を!」
「‥‥‥‥」
彼の訴えに対する答え、それが紡がれるまでに掛けられた時間は――この場に居合わせる誰しもにとって、永遠とさえ思わせる程に長いものであった。
「カオスゴーレム・アビス‥‥やはり!!」
冒険者側フロートシップの甲板から、迫り来る黒い影を見据えながら言うシファ、その表情は険しい。
「ミーヤの予言によると、こいつが俺達を全滅させていたんだっけね」
「けど、未来視はあくまで何も努力をしなかった場合の結果ッス」
「だな。そんな簡単に捻じ伏せられるほど、俺達冒険者は甘くねぇ」
「ええ、例えカオスゴーレムでも、一騎では私達を屠る事など出来はしない。それを――」
「教えてやる!」「見せてやるッス!!」「思い知らせてやらぁ!」「証明してみせます!」
台詞こそバラバラだが、息の合ったタイミングで甲板から飛び出すのはアシュレー、ルエラ、シン、フルーレの四人。
するとアビスもその姿を認めたか、翼をはためかせながら動きを止め、「かかって来い」と言わんばかりに手招きをする。
「ふざけた真似を‥‥! ビートブレイク!!」
瞬間、ルエラから放たれるのは、バーストアタックを乗せたソニックブームの斬撃。
すると突然アビスは身体を翻し、攻撃が命中するよりも早く真下へ向けて急降下を始めた。
ズウゥン!!
低い音と共に、大地に降り立つ黒い巨人‥‥そして眼前には、レンの設置したストーンウォールが立ち並んでいて。
次の瞬間、拳が振るわれるとそれらが一気に砕き裂かれた。
どうやら、ゴーレム‥‥それもこれ程までに強大な相手ともなると、ストーンウォールだけでは動きを止めるのに不十分の様だ。
それに打って変わり、前に出るのはバガンを駆るアルジャン、真琴、ライナス、そして駆けつけたオラースの四名。
更に上空からの四人も加わり、冒険者達はアビスに息吐く間もない一斉攻撃を加える。
――だがしかし、バガンではその性能については行けず、一騎、また一騎と殴り倒されて行く。
また空を駆る冒険者も、その凄まじいまでの豪腕に捉えられてしまっては一溜まりも無い為慎重にならざるを得ず‥‥おまけに翼を狙っても身を捩られて攻撃を外され、決定的な一撃を与える事が出来ずにいた。
何とか抑えられては居るものの、このままでは拙い――そう誰しもが思い始めた時。
ゴシャァッ!
「!?」
何処からともなく飛来した鉄球が、翼――を僅かに霞め、左腕にめり込んだ。
辺りを見渡せば、少し離れた場所には、アビスとはまた別の巨人――ウィングドラグーンの姿。
「縫い目が無い球ではさすがに変化級は無理だが‥‥ストライクは逃さぬぞ」
呟くのは操縦者のシャリーア・フォルテライズ(eb4248)、だがウィルから此処まで全速力で飛ばしてきた為か、その表情にはあからさまな疲労が浮かんでいる。
対するアビスは、不意打ちとは言え騎体を傷付けられた事に激昂し、一直線にドラグーンへと向かって行った。
だが振るわれた拳は空を切り、ドラグーンは上空へと逃れながら――そのままフロートシップに着艦する。
そして制御胞からシャリーアが崩れ落ちる様に出てくると、その身体をリィムが抱き留めた。
「ありがとっ! あとは任せといてよっ!」
――フロートシップから飛び立つは、操者をリィムに代えたドラグーン。
その間アビスを引き止めていた仲間のバガン達はほぼ壊滅状態に陥っており‥‥自ずとリィムの闘争心が沸き立つ。
「仲間達を‥‥よくもっ!!」
アビスの背後に着地すると同時に、翼目掛けて振り下ろされる二振りの剣。
だが咄嗟にアビスはまた騎体を捩り、腕で攻撃を受け止めた。
そのまま返す拳で繰り出される攻撃。だが唸る豪腕は僅かにドラグーンの胸部の装甲を掠めただけ。
かと思えば、地面に転がっていたゴーレム用の盾を引っ手繰ると、アビスは身を翻し間合いを取った。
――その後も幾度となく交わされる剣と拳の打ち合い。
だが、段々とアビスがドラグーンに圧され始めて来た事は、誰の目にも明らかだった。
「これで――どうだぁっ!!」
リィムが気合と共に振るう剣、それは変形する余り既に使い物にならなくなっていた盾を弾き飛ばし、そして。
「!?」
斬撃を避ける様に空中に逃れたアビス。そしてそのまま翼をはためかせると、既に戦域から離脱していたフロートシップを追い掛ける様に、北東の空へと消えていった。
黒の巨人――カオスゴーレム・アビスの撤退。
その事実は、正しく冒険者陣営の勝利、樹海防衛の成功を意味する。
湧き上がる冒険者達‥‥だが、その多くは傷付いた身体を引き摺っていた。
前回に比べて、明らかに強化された敵戦力‥‥その程度を、身を持って痛感する。
誰しもがこれからどうなるのだろうと言う不安に駆られつつも‥‥だが今は、無事に戦いを乗り切ったと言う喜びを噛み締めるのであった。