【レッツ樹海防衛!】新たなる力

■イベントシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 99 C

参加人数:30人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月20日〜06月20日

リプレイ公開日:2010年02月22日

●オープニング

 ――ウィルの都から徒歩にして3日の場所にある、アラド・シグラル男爵の屋敷。
 その一室では、アラドが顔面を蒼白させながら俯き、何やらうんうんと唸っていた。

「‥‥その様子だと、未だ悔やんでいると見える」
「な、何を! 貴様達を相容れた時から、覚悟ならば既に決まっている!」
「だったら何を悩んでるってんだ。最初からこーなるってのは、分かり切ってた事だろうがよ」
「しかし、物事には順序と言うものがある! 勝手にカオスゴーレムまで持ち出して‥‥これではトルクから甘汁を絞る事が出来ないでは無いかっ!!」
「その様なもの、一切不要であろう。人間如きより齎された物など、我々カオスの魔物の力の前では何一つとして取るに足らん」
「ほぉ〜、そう言う割にお前さんは、取るに足らねぇ筈の人間相手に何度も敗走してるじゃねえか。なぁ、煽る魂の狩人さんよ?」
「‥‥‥‥」

 アラドの背後で膨れ上がる殺気。
 だが対する相手もデビノマニと言うだけあってか、全く動じた様子も見せず下卑た笑みを浮かべていた。
 ――もっとも、あくまで唯の人間であるアラドにそんな空気が耐えられる筈も無い。

「え、ええい、止めないか! 今は内輪で揉めている場合では無いだろう!!」
「まあな。けど、出し惜しみしてる場合でも躊躇っている場合でもないぜ、男爵様よ?」
「‥‥それは同意だ。現にウィルから汝の討伐部隊が此方に向かっていると言う報告もある。
 『成り上がり』如きの行動を正当化する訳では無いが‥‥見られてしまったものは最早仕方あるまい」
「ぬ、ぐ‥‥」
「そう言うこった。テメェが決断できねぇんじゃ、俺達もこれ以上手を貸せねえ。
 さあ、どうすんだ?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥」



●齎された凶報と吉報
「まさか‥‥そんな!?」

 冒険者ギルドの受付係は、齎された依頼書を見て愕然とした。
 其処に綴られていた内容、それは――国から派遣されたウィングドラグーン一騎を含むゴーレムを主体としたアラド討伐部隊、その全滅を知らせる一文から始まっていたからだ。
 更に読み進めれば、応戦した際の相手の軍勢には殆ど歩兵の姿は無く‥‥代わりに、多数の恐獣を引き連れたカオスニアンに、カオスゴーレムや小型フロートシップ、バガン等のゴーレム兵器、そしてカオスの魔物と言った戦力ばかりで編成されていたのだとか。

「いよいよ‥‥男爵も本性を現した、と言った所でしょうか」

 苦々しげに唇を噛む受付係。
 そして依頼と言うのは、樹海攻撃の為に道中(樹海から徒歩1日程の場所にあるらしい)の森林地帯に設営されたアラド勢の前線拠点、そこを制圧する事だった。
 しかし、国から現状冒険者に貸与されるのは日数分の兵糧に前回同様の旧型フロートシップ1隻、バガン6騎、グライダー10騎のみ‥‥おまけにドラグーンは現在消息不明の為、使えるかどうかは別に動く冒険者次第だと言う。
 どう考えても過小な戦力である。
 とは言え、国としても前回カオスゴーレムにやられたバガンの修理などに追われるばかりでなく、周辺が色々と慌しくなる中で、現状用意できるのはこれが限界なのだそうだ。

「お困りの様ですね?」
「‥‥え?」

 ふと掛けられた声に受付係が顔を上げれば、其処には一人の青年とその後ろにエルフの騎士の姿があった。

「ああ、こんにちはサマエルさん‥‥と、リチャードさん」
「こんにちは、ご無沙汰してました」
「いえ。それよりも本日はどの様な御用向きで――」
「‥‥‥戦力支援、だ」
「――へ? ‥‥‥‥こ、これは!?」

 口をぽかんと開く受付係、彼の前にリチャードが一枚の羊皮紙を広げると、上がったのは驚きの声。
 と言うのも、其処に描かれていたのは――今までに見た事も無いゴーレムの資料だったのだ。

「『ベル・レディ』。実質、イムンにおいて独自開発された初めてのゴーレムです。
 以前に皆さんがベルドーラ姫様と行ってくれました新型ゴーレム開発計画、その内容が彼女のお父様の目に留まったらしく‥‥」

 この騎体は、その中における『汎用型のカッパーゴーレム』と言う案件を実現させたものらしい。
 ネーミングもその際に出された『イムン姪姫の名を冠したゴーレム』と言う案が採用されていて‥‥当のベルドーラときたら、大はしゃぎだったそうな。

「とは言ってもまだ試作段階で、国内でも二騎しか実働可能段階に漕ぎ着けてはいないのですが‥‥それでも十分でしょう」
「え? と、申しますと――」

 受付係が尋ねれば、サマエルとリチャードは大きく頷いた。

「‥‥我等はこの『ベル・レディ』2騎を、貴様達に預けに来た。
 これはベルドーラ・イムン嬢‥‥ひいてはイムン分国家の意思でもある‥‥」
「!?」
「まあ、新型のテストをして貰いたい、と言う思惑もありきだったのですけれどね。
 けれど国全体‥‥いえ、最早世界中がカオスの脅威に晒されている現在、イムンとしてもトルクとの確執を引き摺っている訳にいかないのです。
 すぐには無理でしょうけれど、これが少しでも互いに歩み寄るきっかけになれば‥‥まあ、高官達が其処まで考えているかは分かりませんけどね」

 はははと笑いながら言ってのけるサマエル‥‥と言うか、仮にも相応の立場にある貴方の言葉となると、もしその意思が違えてたりしたら余計にややこしい事になるのでは‥‥。
 なんて言いたくなるのをぐっと堪えながら、受付係は改めてベル・レディの資料を見詰め直す。

 性能を見る限りでは――空を飛べるドラグーンにこそ及ばないものの――カッパー製故にあらゆる面において高い性能を有しており、こと地上戦においては十分にカオスゴーレムとも渡り合えそうな代物だ。
 更にはゴーレムならではの無骨さが極力削り取られすらっとしたフォルムと、何処か気品を漂わせる冠を被ったかの様な頭部‥‥ベルドーラによるものかそれともイムンの開発陣か、どちらにせよ外見の美麗さにも拘りが見られる。
 まさに今までゴーレム技術後進国と思われがちであったイムンの威信を賭けた騎体――その初陣を、トルクに加担する形で飾ろうと言うのだから、あながちサマエルの言葉も無責任な推測と言う訳では無さそうだ。

「‥‥性能の詳細は息子のアレックスも存じている‥‥後はそれを生かすも殺すも、貴様達次第だ‥‥。願わくば、それ持ってして彼奴等を‥‥‥‥」

 去り際にリチャードの口から紡がれた言葉は、最後まで聞き取る事叶わなかった。
 ともあれ、思わぬ方面からのバックアップを受け、戦力を増した冒険者陣営――かくして、人対人から人対カオスへと様相を変容した樹海防衛戦の幕が、切って落とされようとしていた。

●今回の参加者

ケンイチ・ヤマモト(ea0760)/ 倉城 響(ea1466)/ ディーネ・ノート(ea1542)/ セシリア・カータ(ea1643)/ テュール・ヘインツ(ea1683)/ ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ オラース・カノーヴァ(ea3486)/ アリシア・ルクレチア(ea5513)/ ディアッカ・ディアボロス(ea5597)/ レオン・バーナード(ea8029)/ 白 銀麗(ea8147)/ ミィナ・コヅツミ(ea9128)/ 服部 肝臓(eb1388)/ フォーレ・ネーヴ(eb2093)/ 時雨 蒼威(eb4097)/ ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)/ ライナス・フェンラン(eb4213)/ アリル・カーチルト(eb4245)/ シャリーア・フォルテライズ(eb4248)/ 鳳 レオン(eb4286)/ 加藤 瑠璃(eb4288)/ 草薙 麟太郎(eb4313)/ エリーシャ・メロウ(eb4333)/ キルゼフル(eb5778)/ アルジャン・クロウリィ(eb5814)/ リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)/ セイル・ファースト(eb8642)/ ラマーデ・エムイ(ec1984)/ シファ・ジェンマ(ec4322

●リプレイ本文

●スニーキングミッション
 遠方に冒険者のフロートシップを確認してからと言うもの、アラド男爵勢の前線基地内は忙しない空気で包まれていた。
 とは言え、駆け回っているのはカオスニアンやカオスの魔物と言った者達ばかり‥‥人間の姿など、僅かにしか見受けられない。

「どうやら、アラド男爵ってのは本当に人間をやめちまってるみたいだな‥‥」
 物陰でセイル・ファースト(eb8642)が忌々しげに呟けば、彼と行動を共にするフォーレ・ネーヴ(eb2093)も小さく頷く。
「けど、こんなに沢山カオスニアンが居たなんてね。この分だと、もしかして恐獣も‥‥?」
「どうだか。寧ろそっちの方が脅威だからな‥‥調べてみるか」
 セイルとフォーレの二人が足音を忍ばせつつ、恐獣の所在を探り始めた一方――。

 ゴーレムの格納された施設を発見した服部肝臓(eb1388)とオルステッド・ブライオン(ea2449)の二人は、数騎のバガンの奥に鎮座している漆黒の騎体を見据えていた。
「忍任、潜入工作でゴザルか。メイの国の依頼で、ちょうど同じような状況があったでゴザル。‥‥あの時もカオスゴーレムの正体を確かめに潜入したでゴザルな」
「‥‥私も、メイで見かけて以来だ‥‥。どうやってここまで運び込んだんだか‥‥今となっては手遅れだが、こちらの怠慢だったかもな‥‥」
 歯噛みする二人。
 カオスゴーレムの流入を未然に防ぐ事が出来なかった事もだが、今こうして目の前にありながら、周囲の人員の多さの余り近づく事さえも叶わないと言う現状も、口惜しさに拍車を掛けていた。
「‥‥此処で出撃不可能になる罠の一つでも仕掛けておきたかったが‥‥‥仕方ない、当初の予定通り出撃口やフロートシップの破壊工作に――ん」
「? どうしたでゴザルか?」
「‥‥‥セイルさんからのテレパシーだ‥‥。あちらは恐獣の檻を確認‥‥次いで隣接する位置に停泊していたフロートシップに、工作を仕掛ける為に潜入を試みるのだそうだ‥‥」
「左様でゴザルか。拙者達も負けては居られないでゴザルな。御二方を援護する為にも、頃合を見て騒ぎを起こすでゴザル」
「‥‥ああ、まずは出撃口か‥‥‥」

 ――それから暫く後。
 事前の打ち合わせ通り、アラド男爵勢の前線基地の至る所で火の手が上がり始め、内部は混乱に陥った。
 人やそれ以外の唯一の通用口となっていた架け橋は封じられ、食料庫や武器庫等はことごとく焼き払われ‥‥。
 恐獣や堅牢な小型フロートシップには然程の打撃を与える事は出来なかったが、それでも工作任務の成果としては上々だろう。

 後はどさくさに紛れながら敵戦力を極力削りつつ、機を見て脱出するだけ。
 それに合わせて、冒険者勢はフロートシップからの上空攻撃を開始する――その計略は、万事滞りなく進行している、と。

 そう、思われていた。



●作戦の誤算
 一方、比較的緩やかな速度で航行を続けていた冒険者側のフロートシップは、拠点から上がった狼煙を確認するや、一気に速度を上げてその間近にまで迫った。
 此処まで敵の妨害もなく接近出来たのは、偏に潜入工作を行った4名による功があってこそだろう。

「さあ堪能してくれ、アラド元男爵殿‥‥ゴーレムによる大規模『遠距離戦闘』。アトランティスでは滅多に見れん見世物だよ、これは?」

 フロートシップの甲板で拠点を見下す時雨蒼威(eb4097)が、外套を翻しながら声高に叫ぶ。そんな姿が、何だか妙に様になっているから困る。
 閑話休題、彼の背後では巨大な鉄球を携えたバガン――同じ様に、甲板の至る所では数々のゴーレムがそれぞれ槍や岩等を構え、攻撃開始の合図を今かと待ち構えていた。
 だがしかし。

「待って下さい! まだ、フォーレさん達が‥‥潜入した4名が脱出できていません!!」

 ディアッカ・ディアボロス(ea5597)の声に、凍り付くフロートシップの空気。
 彼の隣では、潜入部隊とテレパシーで連絡を取り合っているケンイチ・ヤマモト(ea0760)が、顔に明らかな焦りの色を浮かべていた。
「な‥‥ど、どう言う事だ!?」
「それが、どうやら予定通り唯一の出撃口を封じてしまった事により、自分達が脱出するポイントも塞いでしまった様で‥‥」

 そう、アラド勢の拠点は即席でこしらえられた物と言え、外装には高い柵に深い堀と、こと地上戦力に対しては非常に高い防御力を発揮する構造となっていた。
 言い変えれば、唯一の出入口を封じてしまえば内外共に干渉する術が無くなってしまう袋小路――敵戦力を封じる為にも出撃口の破壊は必要な作戦であったと言え、それが裏目に出てしまう事になるとは誰も思い至らなかったのだ。
 味方が未だ居るとなった以上、投下攻撃など出来る筈も無い。
 どうする‥‥?
 混乱に包まれる中――ふと、ディアッカが驚きの声を上げた。
「な‥‥何ですって!? そ、そんな事‥‥!!」
『私達なら絶対に大丈夫、全部避けきって見せるから!!』
「し、しかし!」
『良いから早くして!! じゃないと、どの道私達――ッ!? セイルにーちゃん!!』
 テレパシーを通じて聞こえて来るフォーレの声が、向こう側には既に悩んでいる余裕さえも無い事を伝える。
 ――ディアッカは暫く目を伏せた後、覚悟を決めた様子で乗員全員に告げた。

「‥‥攻撃を敢行しましょう!」

 途端に船内がどよめきで包まれる。当然の如く反対の声も上がった。
 しかし、投下攻撃によって敵拠点を更に混乱させれば、脱出が難航している4人の援護にも繋がり得ることも事実。
 巻き込んでしまう恐れも無くはないが、それは彼らが避けきってくれる事を願う他ない。

 再び乗員が元の持ち場に着いて行く中‥‥甲板には、悲痛な表情で煙の上がる拠点を見下ろすアリシア・ルクレチア(ea5513)の姿があった。
「どうか‥‥無事で居て‥‥っ」
 それは、今まさに視線の先、投下攻撃の目標地点に居るのであろう夫へ向けた言葉。
 そんな彼女を励ます様に、シップに同乗していた月精霊のアルテことアルテイラが、アリシアの震える肩を叩く‥‥。

「わしとテュールで物見をするのじゃ! 目は多いに越した事はなかろう!」
「そうだね、僕達が投下位置の指示をするから、それに合わせて攻撃を頼むよ! 前回出損なっちゃったし‥‥頑張るぞー!」
 今まで船上での索敵にあたっていたユラヴィカ・クドゥス(ea1704)とテュール・ヘインツ(ea1683)がそれぞれ甲板左右に着けば、遠見の魔法テレスコープで敵拠点の内側を探る。
 そして、指示が飛べば、次いでゴーレム達の巨腕が唸り――。
 巨大な岩や鉄球達は、ゆっくりと拠点へ向けて落下していった。



●待ち構える者
「‥‥フロートシップからの攻撃が始まりましたね」
「うん、此処までは予定通り。後は、敵がどう出てくるか‥‥ね」

 茂みの木枝の上で敵拠点を見据える、数名の影。
 その内の一人、ディーネ・ノート(ea1542)は周囲の様子に気を配りながら呟く。
 彼女と同行するセシリア・カータ(ea1643)、そしてレオン・バーナード(ea8029)が小さく合図をすれば、茂みの一部がざわめき、冒険者勢のゴーレム編隊が姿を見せた。
 先頭を行くのは、優美なフォルムが特徴的なカッパー製のゴーレム――。
「良いですね、新型。乗り心地はどんな感じです?」
「ええ、中々ね。ドラグーンには及ばないけど、腕力も安定感も上々よ」
 操縦者たる加藤瑠璃(eb4288)はゴーレム剣をくるくると軽やかに舞わせ、新型の運動性の高さをアピールして見せる。
 直後を行く草薙麟太郎(eb4313)も、興味津々の様子。
「ま、あんま無茶して大破って事にだけはしねぇ様にな。なんせベルドーラの嬢ちゃんの名前を冠した騎体なんだ」
 同じく新型に乗るアリル・カーチルト(eb4245)が冗談めいた調子で言う。
 ――この三名、実はこの新型カッパーゴーレム『ベル・レディ』を開発に至らしめるきっかけとなったイムンのゴーレム開発会議に出席していた面々であったりする。
 その為か、遂にロールアウトされるに至ったこの新型に馳せる想いも一入だ。

「‥‥つっても、敵さんはそうもさせてくれねぇつもりみてぇだな」
「ああ、おいでなすった――それも、とんだ大物だ」
 ライナス・フェンラン(eb4213)のゴクリ、と唾を飲む音が、妙にはっきりと聞こえた。
 茂みの中、丁度崖の窪みの死角となっている位置からノソリと現れたのは――ゴーレム達の倍以上はあろうかと言う程の背丈の、巨大な恐獣。
 それが緩慢な動作で街道の先に立ち塞がれば、まるで其処に巨大な壁が現れたかの様な感覚さえも覚える。

『あ、あれは‥‥‥!』
「‥‥」
「‥‥‥‥」

「‥‥‥む。ああ――知ってるのか、ティーナッ!?」

 フロートシップでバックアップに努めるティーナからの風信―――数テンポ遅れてのアルジャン・クロウリィ(eb5814)の合の手に、安堵の息が聞こえた。
 ちなみに相方(?)のキルゼフル(eb5778)は現在別行動中。
『ええとやね、そいつはアロサウルス言う、凶暴な恐獣や! 力は阿呆の領域やけど、動きは鈍いから気ぃ付けて戦ってな!』
「成程、了解よ。‥‥で、あっちの見るからに堅そうな恐獣は何?」
『へ?』
 瑠璃が示すのは、アロサウルスの両脇を固める様にして現れた鎧の様な甲殻を持つ恐獣‥‥だが、此方は四足歩行故に体高が2m程度しかない為、フロートシップ上からでは見えないらしい。
 それでも特徴を伝える事で、それがアンキロサウルスと言う恐獣であることが判明すると、一同は歯噛みしながら3体の巨体と対峙する。
 ――すると、後方の茂みが揺れ。

「‥‥なッ!? くっ‥‥」
 次の瞬間、ライナスの焦り混じり声が聞こえてきた。
 見れば、彼のバガンが数匹の小型恐獣に囲まれ、襲われている。
 そのすばしっこさに手を焼く内、気付けば彼の騎体の装甲板は所々大きくひしゃげてしまっていた。
 他のゴーレムの仲間達が、ライナスの援護に回ろうとした瞬間。
「はあぁッ!!」
 ――気合の篭もった声と共に、木陰から飛び出したレオンの一撃によって小型の恐獣一体は真っ二つになり、吹き飛んで行った。
 彼に続いて、セシリアが剣を振り上げながら宙を舞い、同じく恐獣を斬り伏せる。

「ここは私達に任せてください! 皆さんは、あちらの大物を!!」

 レオンと背を合わせ、叫ぶセシリア。
 大陸有数の剣士が二人と揃って、背中を護ると言うのだから、これほど心強い事も無い。
 ゴーレムの編隊は改めて正面の巨大恐獣に向き直り、二騎のベル・レディを先頭に、他の騎体はその斜め後方に並ぶ――所謂『堰月の陣』と言うものだ。

「後ろの小型恐獣の他に、あの巨大なアロサウルス、そして二頭の鎧獣‥‥主力のアロサウルスは、『貴婦人』に任せるとしようか」
「それでこの陣形ね。ええ、任されたわ」
「よし、そんじゃバガンは横の堅そうなのを頼むぜ。――こぉおおおおおい! フェイトぉっ!!」

 アリルがパチンとゴーレムの指を鳴らせば、現れるのは二羽のロック鳥。
 流石に数トンもあるベル・レディの騎体を持ち上げる事は出来なかったが、空中からの襲撃により敵を撹乱するにはもってこいの戦力と言えるだろう。
 かくして、冒険者のゴーレム部隊と恐獣との戦闘が始まった頃。

「――ん、状況は分かったわ。響んはこっちに合流できそう?」
『はい、今フロートシップに戻りましたよ〜。キルゼフルさんも一緒ですし、すぐ向かいますね』
 一人、別行動で森を抜けていたのはディーネ。
 携帯型風信器をバックパックに仕舞うと、自身の方向感覚を頼りに北方の敵拠点へと向かう。
 ――筈なのだが、実は彼女は天から授かりし萌え要素(?)の持ち主。即ち方向音痴。
 上空から見ると、その軌跡はまるで地上絵でも描いているかのような物だったと言う‥‥。



●空白の勝利
『信じています‥‥あなた』

「‥‥‥」

 戦闘の始まる前、不意に重ねられた唇を手袋越しに撫でていたのは、アレックス・ダンデリオン。
 ミィナ・コヅツミ(ea9128)同様、援護の為フロートシップに待機していた彼だが、視線はシャリーア・フォルテライズ(eb4248)の駆るウィングドラグーンに釘付けだ。
「‥‥否、『死亡フラグ』とやらを等気にしている訳ではないが、しかし‥‥‥」
 ――縁起でも無い事を呟いているが、表情は真剣そのもの。
 もしもの時には我が身を呈してでも‥‥そんな覚悟のを決めながら、やはり居ても立ってもいられない様子の彼。
 けれど対するシャリーアと言えば。

「くらえっ! ヴァルキューレ殿直伝、超高回転ストレートっ掟破りのバット粉砕バージョンをっ!」
 ギュオオオォォォ!!!

 心配も余所に、凄まじい勢いで鉄球を投擲する事で、敵フロートシップの船体に攻撃を加えていた。
 放たれた鉄球は放物線を描くと思えば、突然ありえない軌道を描いて飛んで行く――それらは、ラマーデ・エムイ(ec1984)が事前に細工を施したもの。
 ベースボールに使われるボールの様に鉄球の形状を変形させる事で、変則的な軌道の投擲を可能にすると言う、シャリーアのアイディアである。

「相変わらず、あの装甲板は健在ですよ‥‥。お陰でシップの起動阻止こそ出来なかったものの、そうと知れば同じ轍を踏む冒険者ではありませんよ!」

 そんな中、弾幕を縫う様に冒険者達の空戦舞台が敵フロートシップへと迫る
 バガンからグリフォンに乗り換えた蒼威、そんな彼の後方に同乗する白銀麗(ea8147)は、文殊の数珠を構えながら敵艦を見据えた。
 前方にはペガサスを駆り、船体の破壊活動に駆け回るルエラ・ファールヴァルト(eb4199)。
 その攻撃に合わせ、紡がれるディストロイの呪文。
 そんな二人の尽力により、いつしか精霊砲は沈黙し、そして前回散々冒険者を苦しめた装甲板も一掃された。
 こうなれば、後は一方的。
 策を失った対空戦力は、シファ・ジェンマ(ec4322)やリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)ら冒険者達の連携の前に次々と撃破されて行き、ついには冒険者の船内侵入までをも許してしまう。
 アラド勢のフロートシップが墜落するのも時間の問題‥‥‥‥だが、冒険者達は勝利目前と言える現状に至っても尚、気を抜けずに居た。

「‥‥何故、出てこないのじゃ‥‥?」

 ふとしたユラヴィカの呟きが、味方フロートシップの甲板上で妙にはっきりと響き渡る。
 ――それから、物見のテュールとテレパシーを続けていたケンイチが「あっ」と声を上げたのは、同時だった。




●白銀の助っ人
「「カオスゴーレム‥‥来るよ!(来ます!)」」

 二人が声を上げれば、炎上している拠点近くの森の中から一直線に味方フロートシップへと接近する黒い影が、一同の視界に入る。
 それがはっきりと形を成してくると‥‥直後、甲板からの対空砲火が一斉に放たれた。

「あれ? 消えた――!?」
「いえ‥‥後ろに!!」
 シャリーアが放つ鉄球は、鉤爪に叩き落とされ地上へと落下して行く。
 そして船尾からゆっくりと姿を現すのは、カオスゴーレム・アビス。
 事前に別働隊から齎されていた情報によれば、カオスゴーレムを駆っていたのは、先日に突然盗賊兄妹へ寝返ったアステル・クラディアであるとの事だ。

「‥‥っ!」
 ――誰かの歯噛みする声。かと思えば、甲板に飛び出してきたのは船室で救護活動等に専念していたミィナだった。
「もうやめて下さい、アステルさん! 貴女はカオスの魔物に取り憑かれているだけで――きゃっ!?」
「あぶねぇ!!」『危ないッ!!』
 黒い巨体がミィナ目掛けて躍り上がった瞬間――彼女の居た場所を、鋭い鉤爪が掻き穿つ。
 だがそれよりも僅かに早く、白銀の風が割って入ったかと思うと、けたたましい金属音が鳴り響き‥‥。
 気が付けば、ミィナの身体は逞しい腕に抱かれて難を逃れていた。
「‥‥オ、オラースさん‥‥?」
 自らを助けてくれた大丈夫――オラース・カノーヴァ(ea3486)の姿を見上げながらその名を呼ぶミィナ。
 だが、その視線は既にカオスゴーレムの爪を槍で往なす、白銀の美女に釘付けとなっていた。

「いや、こいつぁ‥‥まさか‥‥!」
「あ――ヴァルキューレ殿!?」
 方々から上がる驚嘆の声。
 無理もないだろう。いくらカオスの魔物が関わっているとは言え、まさかこんな人同士の戦いに最高位とも言われる精霊が駆け付けて来る等、誰しもが予想だにしなかった出来事なのだから。
 それはカオスゴーレムの騎手にとっても同じ事の様だ。
 その美しい姿に見とれる様に固まっていると‥‥不意に槍が雷を放ち、黒い騎体が強引に撥ね退けられた。

『御機嫌よう、冒険者さん。非戦闘要員のアルテやフィルの代わりに、助太刀に来たわ。遅くなってごめんなさいね?』
「否、絶妙なるタイミングと言えよう。まるで狙い済ましたかの様にな」
『ギクッ! ‥‥‥そ、そんな訳ないじゃない?』
 アレックスの言葉に、一瞬うろたえる様な素振りを見せるヴァルキューレ。
 ‥‥一同は心の中で苦笑を浮かべる。何と言うか、高位精霊と言う割に随分気さくな性格の様だ。
 そうこうしている間に、カオスゴーレムは甲板に手をつきながらゆっくりと立ち上がる。
 それを見てヴァルキューレも槍を構え直し‥‥彼女を護る様に、ドラグーンを操るシャリーア、そしてグリフォンのグレコを駆るオラースが立ちはだかった。

 ――すると突然、後方に飛び上がり、そのまま飛び去ろうとするカオスゴーレム。
「ッ!? 逃げる気か!?」
『待ちなさい、卑怯者!!』
 三人は慌ててその後姿に追い縋る。
 だが、相手は戦乙女に、竜の力を宿した騎体――逃げた所で振り切れる筈はない。
 たちまちカオスゴーレムは四方八方から攻撃を叩き込まれ、やがて鬱蒼と茂る森林の只中へと無様な体を晒しながら墜落して行った――。

「‥‥いや、余りにも呆気なさ過ぎやしねぇか?」
 ふとオラースの口から出た言葉は、にわかに他二名の猜疑心を煽る。
 ――そして、不安は現実のものとなった。

「これは‥‥まさか!?」
『――大変、大変です! 三人とも、すぐにシップへ戻って――カオスゴーレムがまた――』

 途切れ途切れな風信器の声。三人はしまったと言う風に顔を見合わせ、慌ててその場から飛び去る。
 ――取り残されたカオスゴーレムの残骸からは、苦悶に満ちた表情の鎧騎士が、腕を天に向けて伸ばしながら事切れていた。



●心別つ鎖
 冒険者勢の上空戦力は、その多くが敵小型フロートシップへの対応に向かっている。
 更には先のカオスゴーレムを仕留める為、残った主力級の者達も大分遠くへと追い遣られてしまった。
 ――そんな冒険者勢の動向を見遣りながら、ほくそ笑む男が一人。

『この時を待ってたぜ‥‥やっちまえ、アステル!』
「は、はい‥‥!」

 地上の森林地帯から突然飛び出すと、一直線にフロートシップへと向かって来たのは、先刻撤退したと思われていたカオスゴーレムだった。
 ドラグーンと交戦して手負いの状態と言え、その戦闘力は圧倒的だ。
 かくして甲板に残った少数のバガンがカオスゴーレムと相対すると言う、絶対的に不利な現状があった。
 異変に気付き戻って来たシファ、リュドミラの両名が対処に当たるも、如何せんグライダーでは余りにも決定打に欠ける。
 気が付けば、たった一騎のカオスゴーレムに、甲板の戦力はほぼ無力化されてしまい。

 ――突然、ゴーレムが動きを止めた。
 眼前には、弓を構えて立ちはだかる鳳レオン(eb4286)(以下、鳳)の姿。
「コ、コーチ‥‥」
「‥‥お前はまだ、俺の事を『コーチ』と呼ぶんだな」
 冷ややかな口調で――けれど、少しだけ口元を緩めながら言い放つ鳳。かと思うと、すぅっと息を吸い込んで。

「バカ野郎!! そんなところで何やってる? みんなに心配かけておきながらッ!!」

「っ!? あ、あわ、わ、私は‥‥そのッ‥‥」
 鳳の一喝に、尻餅でも着かんばかりに後ずさるカオスゴーレム。不恰好な事この上ない。
 すると二人の間へ、一騎の巨大な影が割り込む様に舞い降りて来た。
「二騎目のカオスゴーレムが現れたと聞いて、急いで引き返してきましたが‥‥やはり貴女でしたか」
 それは、全ての装甲を失いつつも尚、凛々しさを失わず立ちはだかる竜騎士――エリーシャ・メロウ(eb4333)の駆るドラグーンであった。
 いよいよ、アステルのゴーレムの挙動に焦りが顕れ始める。
「先刻はつい、激昂し取り乱してしまいましたが、今では幾分か冷静になれました。‥‥トルク家が騎士エリーシャ・メロウ。アレミラ卿に代わり――貴様を討つ!」

 ――――。

「‥‥ん? あれは‥‥」
 一方で、アロサウルスの処理に手を焼いていた地上部隊のゴーレム達。
 その中のライナスがふと目を上げると‥‥冒険者のフロートシップからは、何か大きなものが『二つ』、地上へ向けて自由落下を始めていた。
 遠目ではそれが何か分からないが、ライナスはその光景から目が離せずにいて‥‥。

「――――覚悟ッ!!」
 落下の勢いに任せ、チャージングの要領で剣を構えるドラグーン。
 その直下には、背中を地に向けながら力無く墜ちて行くカオスゴーレムの姿があった。
 アステルにはもう既に、浮かび上がるどころか腕一本動かす力も残っていないようだ。
「っ‥‥!? い、いや‥‥! わ、私、死にっ‥‥死にたくな‥‥ッ!!!」
 聞こえて来たのは、恐怖に塗れたか細い絶叫。
 迫り来る死を感じて、搾り出された言葉には、最早騎士としての誇りも気概もあったものではない。

「‥‥情けない」

 エリーシャは嘆息を吐くと、素早くゴーレムの背後に回り、その背に盾を打ち付けた。
 黒い巨体がガクンと仰け反り、落下の勢いがゆっくりと相殺されていく。
 そして両者の体躯が着地すると、エリーシャは問い掛ける様に言葉を紡いだ。
「かつてトルクに仕え、竜騎士となる事を有望視されていながら‥‥国を裏切り、この罪深き騎体を持って精霊に仇なさんとする。そこまでしてきた貴殿の覚悟とは、その程度のものだったのですか?」
「あ‥‥あぁ!? い、いや‥‥し、死ぬ‥‥死ぬのは‥‥‥ッ!?」
 アステルは答えない。ただ震えながらうわ言の様な声を漏らすばかり。
「‥‥アステル殿?」
 その様子に、エリーシャも疑問を覚えながら騎体を降りる――。


「クックック、上出来だ。あいつの中に眠る狂気が目覚め始めやがった‥‥」



●二人のカオス、二つの決着
 随所から火の手の上がっているアラド勢の拠点。
 その一角で、風信器を前にほくそ笑んでいる男が居た。
 ――人間からカオスの魔物へとその身を堕としたデビノマニ、リックである。
「これで俺の手駒は整ったも同然‥‥後は奴を回収するだけだ。――おい狩人、アステルの回収だ。行け」
 今度は別の携帯型風信器を取り出しながら、声を掛ける。
 しかし、狩人‥‥こと煽る魂の狩人からの反応は無い。
「おい、何やってやがる? 答えやがれ!」
 粗暴に声を張り上げるリック。
 すると、僅かに間を置いた後、風信器からノイズ混じりで応答が返って来た。
 ――聞こえて来たのは、聞き慣れない青年の声。

『‥‥久し振りだな。ライアーズトリオの首領殿』
「は? 誰だテメェ? っつうか狩人はどうした!?」
『狩人は今手が離せない状況、だ。代わりに僕が応えよう。‥‥アステルは渡さない。冒険者の意地に賭けても、な』
「‥‥テメェ、何モンだ?」
 風信器越しに、凄みを利かせた声で威圧を掛けるリック。
『僕の名はアルジャン・クロウリィ。お前には以前、一杯食わされた事もあったが‥‥今度はそうは行かない。‥‥『止めて』みせる、お前を。そして、アステルを。リチャード・ダンデリオン、彼と同じ様に――』
「チッ! 狩人、テメ―――ぐっ!?」

 突如、くぐもった声を上げるリック。
 自身の胸を見れば、一振りの短刀が身体を貫いていた。
「タダでは‥‥還らんでゴザル‥‥‥よ‥‥!」
「ああ、アルジャンの手柄を取っちまうみたいで悪いが。テメェにはここで、退場して貰うぜ!」
 背後には、手負いの肝臓とキルゼフルの姿。
 ――恨み言の一つでも言おうとしただろうか。しかしそんな暇さえ与えず、二人の隠密はリックの首を身体から断ち切っていた。

「‥‥チッ、やっぱ本体じゃねぇみてぇだな」
「けれど、これで敵は指揮官を失いましたし、後は自己崩壊していくんじゃないでしょうか?」
 傷だらけで気を失っているフォーレを抱きながら、倉城響(ea1466)が言う。
 その言葉通り、いつの間にやら拠点の内部には、カオスの魔物の姿は見られなくなっていた。
「しかし助かった‥‥。お前達が来てくれなかったら、俺達全員、奴と共倒れになる所だ‥‥」
 肩口を押さえながらセイルが言えば、ディーネは照れ臭そうに鼻の上を掻く。
「なに、良いって事よ♪ それより、依頼は無事に帰るまでが依頼よ? 帰り道ではぐれて行き倒れなんて笑えないからね、しっかり私達について来――」
「ああ、先頭にはわしが立つから。ディーネは殿を頼まぁ。倉城、目を離さねぇ様にな?」
 燃え上がる敵拠点の片隅で、冒険者達は一時に笑い声を響かせながら、仲間達の下へと還って行くのであった。


「‥‥向こうはどうやら、片が付いた様ですね」
 バガンと恐獣の残骸と死骸――その只中には、剣の刃先を喉元に突き付けられる『狩人』と、剣の柄を握るセシリア他、陸戦部隊となっていた冒険者達の姿があった。
 その中のアルジャンの手には携帯風信器‥‥先程リックに応答した際のものであろう。
「ふん。あの様な成り上がり者に振り回された挙句、この様だ。片付けてくれた所で、汝等冒険者には寧ろ感謝でもしたい所だ」
「そうか。カオスの魔物が一枚岩ではない事は知っていたつもりだけど‥‥少なくともお前達は結託している様に見えたんだけどな」
「‥‥‥」
 レオンが問い掛ければ、狩人は無言で目を閉じる。
 もう話す事は無い、と言うことだろう。
 ――ふと、首筋に当てられた掛かる剣が、ゆらりと揺れた。
 そして、風切る音に掻き消される様に、言葉が小さく紡ぎ出された。

『また、会おう』



●魂を捧げた者の末路
「あーあ、こっちも‥‥派手に壊してくれちゃってもー」
 今回の作戦にて損害を受けたゴーレム達の修復に当たっていた工房では、ラマーデが文字通り目を回しそうな勢いで駆け回っていた。
 しかし、彼女が手がけるのはギルドを通じて借り受けた国のゴーレムのみ。
 イムンから助勢されたベル・レディに関しては、そのまま分国へ返送される事となっていた。
「興味はあるけど、またナージせんせ達に怒られたくないものー」
「‥‥技術面において門外不出の部分もあるからな。そうしてくれると助かる‥‥」
 突然背後に現れたリチャードに、ラマーデは飛び上がって後ずさり。
 そんな彼女には目もくれず、リチャードはベル・レディの前へと足を進める。
「‥‥今度はセレが大変な事になっているようだ。この騎体ならば目立った損傷はなし、このまま其方へ送ってしまおうと思うが‥‥貴様はどう思う?」
「え? あー、えーと‥‥そうね、良いんじゃない?」
 安全性を考えれば、本当は余り望ましくないことだが‥‥イムンはまだまだ技術者が足りていないのだろうと一人納得し、ぎこちなくラマーデは頷いた。


「アラド男爵が‥‥消えていた?」
 一方で、勝利の余韻に浸る暇も無く、矢継ぎ早に寄越された国属の援軍に後を託して一路ウィルへと帰還した冒険者達。
 ――ギルドのカウンターに着くや一番、彼らはそんな報告を耳にする事となった。
 聞けば、まるでそこに元々領主の館など無かったかの様に、忽然と。文字通り『消失』してしまっていたらしい。
 何故その様な事になってしまったのか。謎は尽きないが‥‥結果としては、目前の脅威を一掃する事ができた。計らずも大団円に等しい形となった訳である。
「そう、ですか。今回の接触により、本格的に精霊さん達のお力をも借りる事が出来る様になったというのに‥‥とんだ肩透かしですわね」
 皮肉っぽく言うアリシアは、言葉とは裏腹にどこか嬉しげ。
 喜ぶべき事は色々あるけれど‥‥やはり夫が無事に還ってこれたと言う事実が、彼女にとっては何よりも喜ばしいことだったのだろう。

「それにしても、アステルとアレミラは大丈夫なのか?」
 オラースが問いかければ、壁に背を向けて腕組みするエリーシャと、その傍で落ち着き無く佇んでいる鳳は小さく頷いた。
「二人とも命には別状は無い。特にアレミラは、一週間もすればすぐに現役復帰できるだろうとの事だ。ただ‥‥」
「アステル殿は‥‥カオスゴーレムへの騎乗によって極度に疲弊していた所に、死への恐怖という精神的なショックを受けた事によって‥‥」
 ――命こそ助かったものの、心を閉ざしてしまった。
 その様に仕向けた張本人であるリック‥‥その首級を討ち取った潜入部隊の報告によれば、彼の目的はアステルの精神を崩壊させ、その上で洗脳等を施す事で所謂『狂戦士』として、L.D.代わりの手駒にする事であったらしい。
「なんて卑劣な‥‥! そんなの、元々でも人間だった奴がする事じゃ‥‥!」
「カオスに従う者、余計な感情など必要ない。ただゴーレムの様に、命令に従っていれば良い。‥‥そう言うことなのだろう、な」
 語気を荒げて激昂するレオンに、アルジャンは口元を押さえながら答える。
 ――煽る魂の狩人の事を思い出しながら。
(「‥‥心の篭らないゴーレムの様に、か。確かに奴と、盗賊兄妹の首領とでは、策の一つにもポリシーの違いの様なものが感じられたが‥‥」)
 何か釈然としない感覚が、胸の中を渦巻いては消える。
 しかし、それが何なのか、今は考えても分かりそうに無かった。

 ――そう、やがて地獄での戦いにおいて、狩人を駆り動かしていた『黒幕』と出会う事になるまでは。