【黙示録・死淵の王】命貪る人形と

■イベントシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 99 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月24日〜06月24日

リプレイ公開日:2010年03月12日

●オープニング

「――これより五日後、我等は兵力挙げて国を討つ! 死淵の王よ、首を洗って待つがいい!!」



●イムンの意思
 リグの国で勃発した内乱――否、『内乱』と言う言葉で片付けるのは、適切と言えないかも知れない。
 と言うのも、今回宣戦布告をした黒騎士ことフェリオール・ホルクハンデ‥‥その目的は一つ。
 現リグ国王グシタ・リグハリオス、その背後に潜むカオス八王が一人『死淵の王』の討伐であるが故だ。

 今回の開戦を控え、冒険者ギルドへと依頼を提出したフェリオール以下反乱軍――否、カオス討伐軍。
 それだけでなく、援助を要請する旨をしたためた親書を携えたセレ分国からの使者は、セトタの各地へと遣わされていた。
 イムン分国は南部地方に位置するルオウも、その内の一つ。
 もっとも土地柄を考えると、リグとイムンは今まで一切の交流が無かったと言っても過言では無い程に離れている訳なのだが。
 故にこの地方を統治するエルガルド・ルオウ・フロルデン伯爵は、宣戦布告が為される数日前に至っても返事を見送っていたが‥‥リグとの隣接国とは言え、同じウィル6分国に名を連ねるセレ分国がゴーレム兵器提供他全面的なバックアップを行う意向を示しているとなれば、イムンとしてもこのまま黙って静観する訳にも行かない。

「とは言え、新型ゴーレムのベル・レディは現在二機ともトルク領への輸送が確定‥‥。同じく新型の『バルダ』はあれどそれだけでは戦力支援として心許無く、そもそも領内に全くもって鎧騎士の人員が足りておらん。如何したものか‥‥」

 こうして深〜く頭を抱えるのは、この所のエルガルド伯爵に良く見られる姿である。
 きっと新型ゴーレムの配備等において、色々と業務が詰まっていたりしたのだろう。
 それもこれも――。

「何を悩んでおるか、ルオウ伯!!」

 傍でがなり立てるは、イムン分国王の姪(ただし面識は無い)にして現在イムン南部当地体験中のベルドーラ・イムン嬢。
 彼女の大胆不敵な決断故だったりもするのだが。

「盟友たるセレ、或いはそれが付する勢力でも構わぬ! 兎も角力を貸さずして如何するのじゃ!!
 おまけに相手はカオスの魔物に乗っ取られし国王! 一アトランティスの人間として、捨て置くと言う選択肢は最初から無かろう!!」
「‥‥ベル嬢の仰る通りです。しかしながら、今現在我が方には先方の期待に応えられる程の戦力がありますまい。それこそ中途半端な力添えでは、売名行為と取られる恐れも――」
「にゅふふふ♪ それなら心配は無用なのじゃ♪」

 にやっと口角を吊り上げる彼女に――エルガルドは、嫌な予感を感じざるを得なかった。

「実を言うと、工房では既に新たなベル・レディの生産に取り掛かっておる。 もっとも開戦されるであろう時期を考えると、装甲板の装着が間に合わなかったり、稼動検査が済んでいなかったりする状態でリグへと回す事になってしまいそうじゃが‥‥それでも新型のバルダを加えれば、十分な戦力となろう!
 それと人的支援はアレックスを急遽現地へ向かわせる! それなら何も問題はあるまいッ!!」

 ―――――――。
 イムンのゴーレム工房勤続者、及びアレックス。
 ‥‥くれぐれも過労で倒れぬよう、無事を祈る‥‥。得意げに胸を張るベルドーラを前に、エルガルドはそう思わずに居られなかったとか。



●命の光よ
 それから数日の時は流れ、黒騎士フェリオールの宣戦布告から5日後――そう、彼の宣言した開戦の日。
 セレのノルンを中心に、バガン等の一般的なストーンゴーレム‥‥その中に、大仰な下半身を持つ特徴的な外見の『バルダ』や、すらっとしたフォルムを持つ優美なカッパーゴーレム『ベル・レディ』と言ったイムンの補助戦力数騎を加えた、カオス討伐軍勢のゴーレム編隊が、首都リグルーンへ向けて行軍を始めていた。

 やがて見えてくるのは、対するリグの防衛線‥‥首都リグルーンを囲う様に築かれた城壁、そしてその外部を護る多数のゴーレム。
 ――その中には、確かにあった。
 人の姿をしたバガンやキャルペスと同じゴーレムとは思えない‥‥まるで巨大な虫か何かの様な恐ろしい姿を象った巨体。
 また、厚い鎧に身を包んだ騎士の様にも見受けられるが、その全身は黒く、頭には禍々しい程に巨大な二本の角を生やした巨体――そう、カオスゴーレムの姿が。

「彼らの内殆どは、人質を取られ無理矢理率いられている者達だ。‥‥無論、カオスゴーレムの操縦者も例外ではないだろう」

 サンドラグーンの制御胞から聞こえて来るフェリオールの声は、悲痛さを押し殺した様なもの。
 マリン・マリンがその人質達の救出に向かっている、とも聞いているが‥‥それまで果たして、カオスゴーレムの中の者達が生き長らえて居られるか、それさえも怪しい状況だ。

「俺達の目標はあくまで死淵の王な訳だが、さて‥‥あの邪魔な連中はどうしたものか」
「――なれば私達が、奴等を引き受けよう」

 声を上げたのは、ドラグーンの傍らを往くフロートチャリオット‥‥その甲板に同乗するアレックスだった。

「此方のゴーレム戦力を持ってして、カオスゴーレム以下敵戦力を無力化する。その間に貴殿等は防衛線を抜け、必ずや死淵の王を討って来るのだ!」
「‥‥なら俺達の背中、預かって貰おうか」

 一言残しながら前方を見据え、次の瞬間には首都リグルーンへ向けて真っ直ぐと飛び出す黒騎士のサンドラグーン以下数名の冒険者達。
 彼らを見送りながら――アレックスは、後方を向き直り声を張り上げた。

「良いか皆の者! 私達が相対するは、防衛線を築く敵ゴーレム戦力! 特にカオスゴーレムは操縦者の命をも食い潰す忌まわしき兵器‥‥手遅れになる前に、迅速に駆逐せねばならん!!
 死淵の王を討ちに向かった同胞の背を護るべくも、全力で事に当たるのだ!!」


「――全軍突撃!!!」

●今回の参加者

オルステッド・ブライオン(ea2449)/ シャリーア・フォルテライズ(eb4248)/ 加藤 瑠璃(eb4288)/ 草薙 麟太郎(eb4313)/ アルジャン・クロウリィ(eb5814)/ リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)/ シファ・ジェンマ(ec4322)/ ヴァラス・シャイア(ec5470

●リプレイ本文

 多くの戦は、矢合戦から始まる。
 無数の矢が、進撃する敵の陣形を乱し、守りを固める敵の隙間を突き崩さんとして、両軍の間を行き交う。その風切り音の下では、人の声などよほど近くなくては届くものではない。
 だが。
『我らはリグの国を滅ぼすことは望まぬ。王を惑わし、この騒乱を焚き付けたカオスの魔物、死淵の王を倒すことが目的だ。
 魔物が約束を守るものか。人の争いを見て愉悦に浸るモノに与して、無駄に血を流すことはない』
 指揮官搭乗用のキャペルスに搭載された五チャンネル風信器、効果範囲のあらゆる風信器に声を届けられるそれを使用して、アルジャン・クロウリィ(eb5814)がリグ陣営への説得を試みていた。これならば、戦闘の音に紛れて消えてしまうことはない。
 しかし、矢継ぎ早にこの戦の無益なることを説くアルジャンとて、リグの鎧騎士達が素直に武器を手放すなどとは考えていなかった。彼らの多くは人質を取られ、国王への忠誠芯の残存度合いとは無関係に従わざるえない状況にいるのだ。人質救出に向かっている仲間もいるが、そのことは今口にするわけにはいかない。
 ただ口を閉ざすことはなく、人質が救出された後には、リグの騎士達がすぐに手を止めてくれるように、この戦いの無為さを説くことを止めないでいた。
 その声が風信器を通じてどこまで届いていたかは判然としないが、矢応酬の後に両軍のゴーレムがゆるりと動き出そうとした。双方共に他所の戦場ではほとんど見たことがない機体が混じっている。リグの反乱軍、義勇軍、どう称するか難しい軍勢にセレはじめウィル各分国の、特にイムンからゴーレム供与を受け、ゴーレム搭乗者の大半が冒険者の側には、新型のベル・レディやバルダが。リグはカオスゴーレムと総称される竜と精霊の祝福を受けぬブランル、タランテラ。タランテラなど、人型すらしていない。
 人型以外のゴーレムは、搭乗する鎧騎士に卓越した操縦技術を求め、過度の負担をかけると聞く。それゆえか、いささか遅い動きの後に、タランテラがじわりと前に進み、その後ろから見るからの装甲の厚いブランルが動く。
「装甲なんて飾りですよ。当たらなければいいのです‥‥あれの開発者には分からんのでしょうが」
 対して、ベル・レディの名前の下になったベルドーラから下賜された戦旗を繋ぎ、まるで装飾過剰な剣帯のように飾った機体の中、草薙麟太郎(eb4313)が呟いた。ベル・レディの装甲の足りなさも、『その分身軽に動けますよ』と後方まで同行してきたイムンのゴーレム工房関係者に言ってのけた彼には、不利益とは捉えられていない。当然危険度は上がっているが‥‥
「いい盾を回してもらった分、働かないと」
 矢合戦の最中には、味方の地上部隊をも守っていた盾があがって、草薙は屈んでいた体を起こしながら、一瞬空に視線を流した。
 目の前から、サンドラグーン達が飛び上がり、リグリーン中心部目掛けて飛んでいく。あまり素早いその移動に、ブランルとタランテラの何機かが追いかけるつもりか宙に浮かび上がったところで、
『全軍突撃!』
 この場の総大将たるアレックス・ダンデリオン(ez1159)の声が、風信器を通じて届いた。

 全軍突撃と、その声を耳にしてシャリーア・フォルテライズ(eb4248)はほんの一瞬、目元に笑みを浮かべた。恋う相手の居場所を確かめ、顔付きは戦時の騎士のそれに変わる。
「私はあの蜘蛛を」
『では、こちらは人型を』
 風信器越しの短い会話は、加藤瑠璃(eb4288)との間に交わされたもの。どちらも搭乗するのはウィングドラグーン。最前線にて威容を見せ付ける方策もあるが、それはやはりリグの黒騎士に譲るべきと、戦陣後方の広く視界が取れる場所に待機していたものだ。
 天使レシュヴィナの用意してくれた魔物に有効な矢の入った矢筒を提げ、デスサイズを構えた瑠璃のドラグーンと共に最前線に移動する。流石に着地点は、武器の違いで離れるが、
「指揮官が前に出るのは、露払いが済んでからですよ」
 シャリーアが降りたのは、アレックスが乗るチャリオットの傍ら。前に出るなと言われた側には異論があるかもしれないが、今の彼女の言い分は騎士として当然のこと。
 まずは飛び上がったタランテラを射抜くはずが、それはすでに地面に落ちていて。こちらに向かってこようとするものの目を狙って、第一矢を放つ。
 飛びかけたタランテラに一蹴りくれ、彼女はデスサイズと呼び、ゴーレム工房から運んできた技術者が巨大鎌と呼ぶ武器の柄でもう一体を押し返し、瑠璃はブランルと刃を交えていた。流石にこんなときに搭乗者に選ばれる鎧騎士だけあって、不利な姿勢から受けた攻撃でもかろうじて踏み止まっている。
「それだけの腕があって、どうしてまだ王に忠誠を尽くすのっ」
 機体が接しようかという近距離で、相手に向かって叫ぶ。人質や騎士道や、諸々の理由はあろうが、この期に及んで必死の抵抗をする理由がわからない。いっそ投降して、人質の救出に協力しようとは考えられないものか。
 ドラグーンとゴーレムの装甲越しでも瑠璃の声が聞こえたのだろう、何か応じる声がしたようだ。けれども聞き取れるほどの大声ではなく、風信器を使ってもいない。何を言っているのか、まったく分からないままに、相手の剣と鎌を咬み合わせての力比べになっていた瑠璃は、途中でふと気付いた。
 カオスゴーレムは人を喰う。もちろん過去の目撃証言などから、ブランルも相手に絡みつくアンカーがあるのではないかとは警戒していたが‥‥搭乗者の気力、体力も食い尽くすようなゴーレムだ。この力比べすらもが、すでに大声を出す余裕もないほどの負担であるとしたら。
「あなた達を絶対に死なせたりするもんですか! なんで魔物のためになんかっ!」
 瑠璃の叫びに臆したかのように、ブランルの剣が弾かれて、彼女はデスサイズを振りかぶった。
 狙うのは、四肢。そうでなければ頭。切り落として、機体が動けなくなれば、中の騎士とて降りてくるしかない。
 制御胞を抉じ開けてでも、引き摺り下ろしてやるとは、瑠璃ばかりが考えていることではなかった。

 ゴーレムとドラグーンの戦端が開かれると同時に、上空でも戦いが始まっていた。相手取るのは地上の弓兵から。
「蜘蛛は‥‥さすがに糸は吐かないようですね」
 本来はそちらの撹乱をしたいが、矢が大量に飛んでくるのでは速度で有利なゴーレムグライダーといえども危険だ。タランテラの行動があまり統制の取れていないうちに、リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)とシファ・ジェンマ(ec4322)、ヴァラス・シャイア(ec5470)の三人はゴーレム以外の戦力を削ぐ方針に転換した。
 これでもしもタランテラが何人もが危惧したように糸を吐いたり、ブランルがアンカーを出せばそうも言っていられなかったが、今のところはその気配はない。
『私が西から、ヴァラスさんが南から入ります』
 シファが携帯型風信器を使って、リュドミラに知らせてくる。その頃には、リュドミラは城壁の上を飛んで敵兵の目を集め、弓兵の真ん中に網を落として、後続の二人が来るのとは別の方向に飛び去っていた。上空に逃れて、戦果によって城壁にもう一度、もしくは本来の目的のタランテラに向かうことになるだろう。
「人が相手なら、火は使わずに済ませたいですね」
 網を落とされてもそれは一部、残りが射て来る矢を幾つか機体に受けつつ、まずはヴァラスが城砦の上に辿り着いた。上空かなりの高みから急降下したリュドミラと違い、速度を生かして上から下に斜めに切り込んだ機体が落としたのは油のみ。これがタランテラ相手なら足の数本も燃やすところだが、火は使わずとも十分に相手の動きを封じられる。
 更にそれとはずれた位置に、的確にシファが石灰の粉を振りまいた。舞い散る粉を避けるために、急上昇をかけた機体に向けられた弓はあったが、飛んだ矢は僅か。油や粉塵で身動きが取れないのと同時に、リグの兵士達に積極的な攻撃意思が欠けることも窺わせる様だ。
 いずれまた攻撃してくる可能性はあるが、三機はタランテラに向かった。

 弓兵達が浮き足立ったのは、上空からの攻撃ばかりが原因ではない。ゴーレムとドラグーンの目前での戦いも壮絶だが、地上からも間断ない攻撃が加えられていたからだ。
 普通なら、全軍突撃の後には射撃手はあまり活躍の場はない。乱戦になれば矢が味方に当たる事を避けて射撃を控えることが多いからだ。
 けれども味方のゴーレムやドラグーン、チャリオットが走る合間を縫って、オルステッド・ブライオン(ea2449)はペガサスを駆けさせ、飛ばせていた。手にするのはウルの弓。十二分に強化された弓が放つ矢は時に城壁に食い込むほどで、壁に取り付く敵兵を散らしている。当たり所が悪ければ即死だし、オルステッドにはそれを叶えるに足る腕がある。当人は人相手ならそこまで狙ってはいないが、そんな考えはリグの兵士には通じない。
「まだ出てこないか、それとも中に集中しているのか」
 オルステッドが本来狙いたいのは、カオスの魔物。おそらく数が出てくるならゴーレムには小さく、また魔法の武器を持たない者には倒せない存在こそ自分が打ち払うものだと考えているのだが、まだその姿は見えない。姿を消すものもいるが、その被害もない。
 城の内部にこそ魔物がいるかもしれないと思えば、早く駆けつけねばと気は急くが‥‥リグの騎士も兵士も、簡単には城壁を越えさせてくれそうにはなかった。

 当初の推測のうち、蜘蛛型のカオスゴーレムも流石に糸は吐かないとしばらくすれば判明した。対処しがたいのは、その動作が人型と大きく異なり、時に予想もしない方向に動くことだ。また足が多い分、一本二本を潰したくらいでは行動不能にはまだ遠い。
 だが人型ゴーレムと同じく、外を確認するための能力は目の部分にあることが早いうちに分かっていた。グライダーの三人は、リュドミラがその視界に入る位置を掠めて注意を奪い、その間にシファとヴァラスが目潰しに石灰、行動を妨げるのに油や網、鉄球などを落としていく。縦横の交差に高さまで加わった三機の動きは、速度も合ってカオスゴーレムもリグの地上部隊も追いすがることが出来ないから、当初は予想以上の戦果を挙げていた。動きが鈍ったところにベル・レディやバルダが組み付いて、足をへし折っていく。
 だが、その働きが鈍ったのは、羽虫のようにわいて出たカオスの魔物のため。見誤ることなく城の方角から飛んできた百はいようかという魔物が、速度は叶わぬまでも城壁の上に散れば、思ったような攻撃は出来かねる。
「それならばそれで、武器が届くというものですよ」
 リュドミラが常には見せぬ凄みを含んだ呟きを漏らしたのは、魔物が火を放ったから。タランテラの上に故意に落とされた炎は纏っていた油を燃やして、すでに動けないゴーレムの表装を嘗めていく。いまだ中に鎧騎士がいることを知っていての所業に、戦地でも品良い笑みを見せることが出来る彼女とて怒りを抑えかねていた。
 それでなくとも、動けないタランテラは彼女達がそう追い込み、再三に渡って草薙が制御胞を離れての投降を呼びかけていたものだ。魔物の所業には、リグリーンの城壁からも怒りの呻きが上がっている。
 魔物の密集地に、グライダーが飛び込み、突き抜けていく。グライダーの操縦者が出来るのはチャージくらい、ましてや敵が魔物では姿勢を崩されて失速、墜落の危険もあるが、その行動を取ったのはリュドミラだけではない。
 ヴァラスがスローイングクロスを斜めに掲げて、ジ・アースから来たその武器のデビルスレイヤーたる銘を縁取りの刃に掛かった魔物に知らしめる。十字架型の武器は速度を保とうとすれば構えるだけがせいぜいだが、高速で駆け抜ける武器を避けきれない魔物は複数いたようだ。
 リュドミラも氷の剣を脇に突き出すように構えて、魔物の群れを切り裂いていく。グライダーに撥ねられても痛みは覚えない魔物も、密集しているところを崩され、合間を刃物が切り裂いていくのでは落ち着いてなどいられない。
 そうした武器を持たないシファも、盾を構えて魔物の陣形を崩すべく、その群れへの突撃を行っていた。時には敵味方構わずに他のものに向かおうとする魔物に追いすがり、盾ディフェンダーで殴りつける。僅かに痛い程度でも、魔物を振り向かせて味方の損害を減らせるからだ。特に、幾度もの呼び掛けに応えない、カオスゴーレムの中で衰弱しているのではないかと疑われる鎧騎士達には近付かせない。
 魔物ももちろん必死に爪や牙で攻撃をし、少し落ち着けば魔法を繰り出しても来るが、傷付くことを前提に向かってくるのでは、速度を少し鈍らせ、姿勢をやや傾かせるくらい。結局武器を手放させなければ、被害は止まらない。
 更に、オルステッドもこれに加わり、こちらはペガサスの縦横無尽の動きにも助けられて、存分にガラントスピアとリリスの短刀を振るう。突かれ、刺された魔物が落ちれば、そこにはセレやイムンからの騎士、兵士達がいて、塵になるまで攻撃の手が休まることはない。
 アレックスの指示か、それとも地上部隊の安全を慮った皆の配慮か、多くのゴーレムが少しずつ戦場を移動させて行き、それに追いすがりたいが邪魔される魔物とカオスゴーレムとが分断された。もはや敵味方の別なく、目に入る人へ向かってくるようになった魔物に対して、リグの騎士と兵士も応戦し始めている。ただこちらは、魔法武器の用意が万全ではないからか、思ったほどの効果を上げられず、負傷者が増えていく。
「私も降りますっ」
「ゴーレムの応援に行ってください。ここは我々で何とか」
 城壁にあがるための梯子を掛けたイムンの兵士に飛びついた魔物を金鞭で絡めて振り払ったシファが応援を申し出たが、地上部隊は身振りで拒否を示した。グライダーの乗員が限られている以上、彼女には別にふさわしい役目がある。
 同様に城壁に近付いたグライダーには、貴重な回復薬が投げ渡されて、また空を駆けていく。代わりのようにオルステッドが降りて、負傷者が仲間に担がれていく通路を守り始めた。

 全軍突撃の声を聞いてから、一時間弱。ゴーレム同士の戦闘は、攻め手が少しばかり数を減らしていた。戦闘不能になる前に、搭乗者が交代しているからだ。
 その交代に向かう機体の退路にタランテラもブランルも近付けまいと、シャリーアは変わらず弓を引き絞っていた。
『任せる』
 風信器の会話はこれほどの乱戦なら敵にも筒抜けだから、シャリーアがアレックスから受けた言葉も短かった。それで通じると分かっていたのだろう、声にちらりと視線を向けたが、アレックスは彼女の方を見てもいなかった。
 交代は決まっていたことで、ドラグーンの二人は代えがいないのも分かっている。自分があとどれくらい動けるかも、たいしたずれもなく体感で分かる。まだ半時間は余裕で、その後はそこまでの動き方で変わるが、倒れるまではまだある。冒険者は、他の者も皆似たようなものだろう。
「あと七機。突撃準備はっ」
 交代路の確保を任せると信頼を受け、それを果たしたシャリーアが新たに加わった鎧騎士達に声を掛けた。流石に矢も尽きて、残りの七機は数と力押しで止めるしかない様だ。
 風信器越し、張りのある返事に混じって、カオスゴーレムの搭乗員のものと思しき意味の取れぬ呟きや呻きも聞こえていた。一刻も早く停止をと思うのは、皆に共通した願いでもある。
 スマッシュEXの、デスサイズの重量が十分に乗った一撃がタランテラの脚部に落ちた。制御胞は避けての攻撃に、まだ動く機体にキャペルスががっちりと組み付いた。それが振り払われないうちに、他の脚を避けて近付いたベル・レディが剣を滑らせて制御胞をこじ開ける。
『様子はどうだ?』
「見るからに悪いですが‥‥息はありますね」
 白目を剥いて、泡を吹いていては他に言い様もないが、草薙の返答に風信器の向こうでアルジャンと瑠璃、シャリーアなどの吐息が零れる。急停止した機体をこじ開け、中で吐血して息絶えている騎士を見付けることに比べれば、まだ命がある状態で引き摺り出せるだけましだ。
 そうして。
 全員ではないが、人質が解放されたことが伝わって来れば戦意も失せたろう。かろうじて動いていたブランルとタランテラが崩れるように停止したのは、瑠璃が刃こぼれの激しいデスサイズがブランルの足に引っかかって舌打ちしたのとほぼ同時。鎌を引く前に倒れてきたゴーレムを、今度はドラグーンが慌てて抱えることになった。
「気をしっかり持ちなさいっ。自分で開けられないの?」
 ゴーレムやドラグーンでは、仮に制御胞をこじ開けても鎧騎士を摘んで出すことは無理だ。死なせるつもりなら話は別だが、皆の目的は違う。だから瑠璃に限らず、相手が抵抗しないとみるやアルジャンと草薙、シャリーアが地上部隊の手が届く位置までタランテラもブランルもゆっくりと倒していく。並みの兵士では開け方も分からないが、グライダーから降りたリュドミラとシファ、ヴァラスが開閉装置に取り付いて、中の鎧騎士を引きずり出す。
 後は待ち構えている救護班が、正気を失って暴れていようが、息も絶え絶えの重篤な状態だろうが、息があるならば対応してくれる。中には制御胞から出される前に、負傷者回収を急ぐとして一旦置き去りにされる遺骸もあったが‥‥
「後刻、黒騎士殿が負傷者共々引き取りの手配をしてくれるそうだ」
 戦果を携えて城砦内に飛んだオルステッドからの報告が届いたのか、やがて城内からの伝令は他の戦況と共に黒騎士の伝言を知らせに来た。
 それを皆に伝えるアレックスの表情も苦渋に満ち、軽傷でも呆けたように宙を眺めているか、自分の所業を嘆いている鎧騎士達を見やっていた。
 けれども。
 ベル・レディから外された戦旗の敷いた上に安置された同胞の少なさに、伝令はセレ、イムンの正規軍ばかりではなく、癒したとはいえ負傷の跡も生々しい冒険者達にも最敬礼をしていった。
 叶うなら全員を助けたかったと後悔の念は誰にもあるが、今は助かった人々に手を差し伸べることが先だろう。
「もうしばらく休む間はないぞ」
「それはアレックスも同じでしょう。お互い様ですよ」
 後日の決戦より前にも、やるべきことは多く残っている。
 もう二度とこんなことは繰り返させないと、いずれもが胸に誓っていた。

(代筆:龍河流)