【少女と剣】冒険者に憧れて

■ショートシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月05日〜12月10日

リプレイ公開日:2007年12月11日

●オープニング

「どうかお願いします‥‥私の娘を、止めて下さい」
 困り果てた表情の貴婦人が、冒険者ギルドの受付係にそう申し出たのは、夕暮れ時の事だった。



 依頼人はウィルの郊外に屋敷を構える貴族の妻で、彼女にはミーヤと言う幼い娘が居るそうだ。
 ところが、その娘は生れながらにして身体が弱く、またその内向的な気質も相まって、つい最近まで家に引き篭もりがちで友達も出来ずに暮らして来たのだと言う。

 だがしかし――今から3ヶ月程前、12歳の誕生日を迎えた時を境に、ミーヤは突然明るく活発な性格になったのだそうだ。それこそ、まるで人が変わったかの様に。
 また、今まで走る事さえもままならなかった程に弱かった身体も‥‥いや、それは本人の気持ち次第だったのかも知れないけれど‥‥兎に角、そうとは思わせない程に元気になって、今では毎日の様に外へ遊びに出掛けているのだとか。
 突然の彼女の変化に、心当たりらしい心当たりは無いものの‥‥どう言う訳か彼女は誕生日以来ずっと、一振りの剣を肌身離さず持っていた。
 それは、誕生日に彼女が知らない男からプレゼントされた物で、何でも『元気になる剣』だとかなんだとか。
 例えそれが方便だったにしろ、本当に元気になってしまっているのだから、そこはかとなく気味が悪い。
 だが、以前の塞ぎ込んでいたミーヤからは想像も出来ない程に活発な今の彼女の姿を見れば、それはむしろ喜ばしい事である様にしか思えない。
 そう言う訳で、依頼人は余り深く気にしない事にしていた。

 ところが。



「冒険者になりたいと‥‥言い出したのですか?」
 受付係の問い掛けに、小さく頷く依頼人。
「ええ‥‥。元は、何年か前に招いた吟遊詩人が聞かせてくれた詩がきっかけで‥‥以来娘は、ずっと冒険者と言うものに憧れを抱いて参りました。ところが、身体が元気になった事で、その憧れがぐっと現実に近付いてしまった様子で‥‥。私も思い止まるようには言ってみたのですが、どうしても聞いてくれないのです」
 目を伏せる依頼人。確かに、冒険者たるもの時に命を危険に晒す事になり得る様な事もある。ましてや、つい最近まで家に引き篭もっており、十分な体力が無いと思われる少女には、余りにも荷が重過ぎるだろう。母親である依頼人が心配するのも無理は無い。
 しかし、一概にそうとも言い切れないのも冒険者と言う職業。実際シフール等の様な一般的に体力に難があると思われている種族でも、冒険者として活動をし、尚且つ名だたる活躍をしている者さえ居るのだから。
 受付係は色々と思うところ在りながらも、黙って彼女の話に耳を傾けていた。
「ですから、お願い致します。どうか、ミーヤを説得して下さい‥‥。あの子には、まだ沢山の道があります‥‥そして、出来るなら平穏無事に暮らせる道を選んで欲しいのです」
 すると、受付係は組んでいた腕を解き、そして言葉を選びながらゆっくりと口を開いた。
「‥‥分かりました。では、ミーヤお嬢さんの説得と言う事で、依頼を受理致しましょう」
 彼の言葉に表情を緩ませ、「宜しくお願い致します」と一礼すると去って行く依頼人。
 その背中を見送り、やがて建物の外に消えると‥‥受付係は、苦笑いを浮かべていた。
「平穏無事に、ですか。果たしてそれは、憧れを捨ててまで手に入れる様な物なのでしょうか‥‥」
 誰にとも無い呟きは、ギルドの喧騒に掻き消される。

 かくして、冒険者に憧れる一人の少女‥‥その今後の生き方は、冒険者達の意思に託される事となるのであった。

●今回の参加者

 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8218 深螺 藤咲(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb4163 物輪 試(37歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4426 皇 天子(39歳・♀・クレリック・人間・天界(地球))
 eb5814 アルジャン・クロウリィ(34歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

●憧れ
 依頼を請け、家庭教師という名目で依頼人の屋敷に集まったのは、8名の冒険者。
 彼らに囲まれながら、生き生きとした表情で吟遊詩人に聞かされた話をするのは、問題の少女ミーヤである。
 と言うのも、冒険者の一人である陸奥勇人(ea3329)が「冒険者になりたいと聞いたが、そもそものきっかけは何だったんだ?」と問うた事に始まり‥‥それから、随分と時間が経っていたりする。
 内容は、アトランティスに伝わる諸伝説をはじめとする、誰しもが知る様な華々しい冒険譚の数々。
 長い長い話の末、漸く一段落した頃合を見計らって、口を開くのは加藤瑠璃(eb4288)。
「ところで、ミーヤちゃんは冒険者をどんな仕事だと思ってる?」
 出会い頭に「私はミーヤちゃんを応援するわ」と囁いてくれた彼女には、特に好感を持っているらしく、彼女の問い掛けに満面の笑みを浮かべるミーヤ。
 そして出てきた答えは、皆が大体予想した通り、モンスターと戦ったり、阿修羅の剣を探したりと言った、壮大な目的を持った仕事、と言うものだった。
「まぁ、そんな吟遊で語られるほどの話は早々あるもんじゃねぇんだけどな。だが、夢を持つってのは悪い事じゃねぇ」
 勇人の言葉に、苦笑する冒険者達。余りに純粋な少女の憧れにこの場で水を差すのは、流石に気が引けたのだ。幸い、時間はまだ十分にある。彼女の認識を改めさせるのは、明日以降でも構わないだろう、と。

「ところで、皆さんは今までにどんな冒険をしてきたんですか?」
 目を輝かせながら問うミーヤ。
 まず口を開いたのは、医者を生業とする皇天子(eb4426)だった。
「私は戦った事はありません。寧ろ、専ら癒してばかりです」
 そう前置きしたものの、彼女がメイに居た時からの話は、ミーヤを満足させるに十分足るものだった。
 続く深螺藤咲(ea8218)も‥‥彼女に至ってはジ・アースと言う天界から来たと言うだけあって、その一言一言は度々ミーヤを一喜一憂させる。
 そして。
「冒険者として依頼を請けるに至り、時には剣を帯刀する事を禁じられる場も有ります」
 藤咲の言葉に、思わず腕の中の剣をぎゅっと抱きしめる。
 そう、ミーヤは初めて冒険者達と顔を合わせた時から、ずっと剣を肌身離さず持ち歩いていた。明らかに依存している状態であるのは、言うまでもない。
 怪訝な表情を浮かべながら、問い掛けるのは物輪試(eb4163)。
「ところで、貴女は冒険者になって何がしたいんだ?」
 彼の質問に、ミーヤは満面の笑顔で
「はい! いつか吟遊詩人に語られる様な活躍をして、前までの私の様な子達の励みになりたいんです!」



●親の想い
 結局この日分かった事は、ミーヤが如何に冒険者に対して強い憧れを抱いているか。例え辛い仕事の話をしても、それは揺らぐ事無く‥‥。
 部屋の前で待っていた依頼人も、首尾を聞くや肩を落とした。
「でも、私にも、騎士になると言って親を困らせた時期がありますし‥‥ミーヤ様の気持ちも、分からないではないです」
 苦笑しながら言うのは、ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)。彼女もこの親子と似た様な経験がある為、何とか双方の納得できる道を探し出そうとしているのだ。
「とは言え、やはり体が弱いのなら冒険者向きではないと思います」
 眼鏡を直しながら言う天子。彼女もあれから簡単な診断をしてみたが、多少虚弱体質な事を除けば、特に病を患っている訳でもなく、普通の生活を送る分には全く問題が無いと言う判断をしていた。あくまでも身体的に、ではあるが。
「何にしても、明日からだな」
 試が言うと、一同は大きく頷く。そして、思い思いに解散を‥‥しようとした所、エリーシャ・メロウ(eb4333)が依頼人を引き止めた。
「宜しければ明日以降、説得の際にご同席願えますか?」
 ただし諦めさせる為ではなく、ミーヤ殿と共に私達の意見を聞く気持ちで臨んで頂きたく。エリーシャの言葉に、目を伏せる依頼人。
「愛情からであれ、ただ憧れを否定されては子供の気持ちは頑なになるばかりです。双方とも、深い愛情と純粋な憧れから、目に入らなくなっている事柄もありましょう」
 だから、互いに一歩譲って時間を置く事で、より良い選択肢が出てくる筈だ、と。
 そんな彼女の申し出に、依頼人は俯いた顔を上げ――。



●剣の謎
 その夜。男性用にと通された寝室で、アルジャン・クロウリィ(eb5814)と試の二人は、例の『元気になる剣』についての見解を出し合っていた。
 ちなみに、最初から剣の事を二の次と割り切っている勇人は、既に寝息を立てていたりする。
「俺は、あれが『偽薬』の様な物かと思っているんだが‥‥」
 腕を組みながら言うのは試。
「なるほど。コレを贈られてから元気になり性格までも明るく‥‥魔法的な効果でなくても、気の持ち様と言う事も在り得るな」
 そう言うアルジャンは、実はこの依頼においてもっとも剣の事を気にしている人物で‥‥故にどうしても、訝しさを感じざるを得ずにいた。
「まあ、持つと服を脱ぎたくなる剣と言うのもあるそうだし‥‥魔法的効果があるかどうか、調べたい所だな」
「どちらにせよ、依存しているという現状は良くない。知らない男からの贈り物と言うのも、気になる部分では‥‥‥!?」
 突然。アルジャンがガバッと立ち上がり、大慌てで部屋の扉を開いた。
 すると、この時期特有の冷たい空気が部屋に流れ込んで来る。‥‥顔を出して廊下を見渡すも、特に変わった様子は無い。
「何かの気配を感じたのだが‥‥気のせいか?」
 アルジャンの呟きに、首を横に振るのは勇人。寝ていた筈の彼も、その気配を察知し、目を覚ました様だ。
 だがしかし、それ以降は何事も無く‥‥。何やら不穏な空気を漂わせながら、夜は更けていった。



●踏み出した一歩
 そして、滞在3日目。この日、冒険者達は皆ウィルへ帰る事になっている。
 屋敷の玄関に集まり、依頼人に見送られる冒険者達。だが、そこにミーヤの姿は無い。

 それは、前の日の事。
 想いの強さは伝わったものの、冒険者になるにはまだ問題が山積みのミーヤ。
 その中でも特に深刻と思われる、剣への依存‥‥それが如何なものかを確かめる為にも、試は彼女から剣を借り受けてみた。
 だが、それから1分と持たず、取り乱しながら飛び付く様に剣を奪い返すミーヤ。そんな彼女の様子を見て‥‥天子は、医学的にも心理学的にもかなり深刻な状態であると言う判断を冷静に下した。
 勿論、その様な状態で冒険者になろうなど、無謀以外の何物でもない。冒険者達が諭すものの‥‥ミーヤにとってはそれがショックな事だったらしく、今に至るまでずっと自室に篭もりきりになってしまったのだ。

 この場で改めて、一同が依頼人に謝ると‥‥彼女は首を横に振り。
「良いんです。だって、このくらいで諦めてしまうならば、冒険者になったところでやってはいけない、でしょう?」
 そう、彼女はエリーシャやジャクリーンの説得により、ミーヤが強い意志を持って冒険者を目指すのであれば、それを止めはしないと約束していた。後は、乗り越えるも諦めるも彼女次第‥‥。
 心残りは在りつつも、冒険者達は依頼人に別れを告げ、ウィルへの帰路を辿り始める。

 ――と。

「待って‥‥待って下さ〜いっ!!」
 しばらく進んだ所で、聞こえて来た声。彼らが足を止め振り向くと、そこには息を切らせながら走ってくるミーヤの姿があった。手には相変わらず剣が握られているが、泣き腫らした様に真っ赤な顔には、憂いは見られない。
 やがて、冒険者達に追い着いたミーヤは、息をゆっくり整え‥‥。
「私、剣を手放しても生活できる様、頑張ってみます! 今はまだ無理だけど‥‥やっぱり、冒険者になる夢を諦められないですから!」
 その口から出たのは、はっきりとした彼女の意思。
 瑠璃は、思わず表情を綻ばせながら、ゆっくりと前に歩み出る。
「そう‥‥良かったわ。やっと、地に足を付けて準備をする気になってくれたのね」
 膝を折って目線を合わせる二人の顔には、何時しか満面の笑みが浮かんでいた。
 そんな彼女達を微笑ましげに見守りながら、思い思いに口を開く冒険者達。
「そうと決まれば、これから訓練ですね。大丈夫、しっかりとした信念をお持ちのミーヤ様ならば、きっとすぐに手放せる様になります」
「そうしたら、今度はまず身近な所で、学べる事は何でも身に付けておく事だな。今の自分に何が出来て何が出来ないか、しっかりわきまえられる様になれれば、冒険者としては上等だ」
「ええ。それにこの3日間でお教えした事は、冒険者になってからも役に立つ事ばかりです。併せて、復習しておくと良いでしょう」
 ジャクリーンに勇人、そして藤咲が言うと、その後に続いてエリーシャが歩み出る。
「いずれ冒険者として独り立ちできるようになったら‥‥その時にはギルドへの紹介状を書く事も、騎士の名誉に掛けてお約束しましょう」
「ええ。それと、医学について学びたくなったら、何時でも来て下さい。冒険者たるもの、出来る事が多ければそれだけ有利ですから」
 根っからの医者である天子は、さり気なく彼女にも医学を伝えようとしているらしく‥‥。試と顔を見合わせ、苦笑するアルジャン。だが、ミーヤの事を見据える頃には、その目に真剣な眼差しを堪えていた
「では、次に会う時には『心を剣に支えられたミーヤ』ではなく、『心に剣を持ったミーヤ』だな。そうなった貴女と一緒に仕事をこなす時が来るのを、楽しみに待っている」
「ああ。それじゃあ、頑張ってな」
 試が言うと、ミーヤはまた満面の笑みで頷いた。

 自らの夢の為、信念の為に、大きな一歩を踏み出した少女。
 言うなれば、『心の剣』の柄に手を掛けたばかり。
 そんなミーヤに見送られながら‥‥冒険者達は、足取りも軽くウィルへと向かって行った。