【マスクド・ジャック】二つの箱

■ショートシナリオ


担当:深洋結城

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 97 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月09日〜12月16日

リプレイ公開日:2007年12月14日

●オープニング

「―-どっちが良い?」
 そう言って手を広げる男。その右側には磨き上げられた黄金の箱が、左側には薄汚い木製の箱が置かれていた。
 中身を尋ねると、男は
「それは、開けてみてのお楽しみ――」
 と言いながら、顔を覆う道化師の様な仮面を直すばかり。



 ――とある猟師の場合。

 髭を蓄えた大男は、突然現れた仮面の男に驚いたものの、すぐさまその意識は右側にある黄金の箱に釘付けになった。
 これだけの大きさの黄金ならば、中身は何であれ、箱だけでも一生遊んで暮らしていけるような金を得る事ができる。
 そうして、猟師は黄金の箱を選んだ。

 嬉々としながら黄金の箱を背負い、弾むような足取りで帰路に着く猟師。
 見た目通り、その箱はかなり重いものだったが、それでもその価値を考えれば、気にする事ではない。
 やがて男は自宅の前に到着すると、箱を傍らに下ろし、家族を驚かせようとして勢い良く扉を開けた。

 ――次の瞬間、強烈な臭いが彼の鼻を突く。
 何事かと思い、薄暗い家の中に一歩踏み込むと……。

 ――ピチャン。

 不意に響く水音。
 それは、既にどす黒く変色しかけている血によって出来た、水溜りであった。
 思わず、くぐもった悲鳴を上げながら後ずさる猟師。
 その拍子に黄金の箱が倒れ、ドサドサドサッと中身が地面に雪崩れ落ちて来る。
 箱の中から出てきたモノは――恐怖に顔を引き攣らせたまま事切れている、彼の家族の骸だった。



 ――とある少年の場合。

 仮面の男の問いに腕を組みながら考えるのは、10歳前後の少年。
 本来ならば、知らない者に施しを受けるのは良くない事だと周囲から教えられていたので、断ろうとしたのだが‥‥男が「そう言わずに」と言って聞かないのだ。
 それに、遠慮し過ぎるのはかえって相手に対して失礼であると言う事も知っていたので、仕方なく少年は木製の箱を選ぶ事にした。

 その日の夜、世話になっている施設の自室で、ベッドに腰を掛けながら箱と睨み合う少年の姿があった。
 貰った事自体不本意で、明日にでもあの人を探して返しに行こうと決めては居たのだが、それでもやはり中身が気になるのだ。
 見るだけなら‥‥と言う軽い気持ちで、ベッドから腰を上げると、恐る恐る蓋を開いてみる。

 次の瞬間。

「――ギャアァァァァァッ!!」

 凄まじい悲鳴が教会中に響き渡り、慌てて飛び起きた施設の者達が、彼の部屋に駆け込んでくる。
 だが、既にそこには少年の姿も‥‥そして箱も無く、ただ部屋の片隅に、血によって書かれた文字が残されているだけだった。



「それは、いわゆる“都市伝説”と言う奴ですな」
 受付係は、ハーブティーを啜りながら暢気に言う。
 対してその目の前にいる騎士風の男は、カウンターをバン!と叩いてまくし立てた。
「そんな気楽な話では無い!! ここ1ヶ月の間だけでも奴‥‥『マスクド・ジャック』による被害が、既に5件は発生しているのだ!!」
 マスクド・ジャックとは、夕闇に紛れて現れる仮面の男に付けられた呼び名である。
 いずれの事例でも、現場に『JACK』と言う血文字が残されていた事から、いつしかそう呼ばれる様になったのだ。
 彼はその被害が集中している地域を管轄する騎士団長で、ずっとその行方を追っているのだが‥‥一向に成果が上がらず、かなり苛ついているらしい。
「とにかく!! 奴の手口からするに、どう考えても人の子の仕業では無い!! そう言った者の退治は、冒険者の専門であろう?」
 すると、受付係は少し困った表情を浮かべる。
「そう言う訳でも無いのですが‥‥。しかし、それが本当の話であるならば、確かに少し厄介な問題ですね」
「私達にとっては大問題なのだっ!! 奴に追われる余り、他の仕事に全く手が回らず、風紀が乱れ始めていると言うに!!」
 再び叩かれるカウンター。思わず受付係は苦笑いを浮かべ。
「まあまあ、落ち着いて下さい。ちゃんと依頼として承りますから‥‥。その為にも、取り合えずはいい加減その書類に必要事項を書かせて下さいな‥‥」
 呆れながら言う彼の視線の先では、話に夢中になる余り肘の下に置かれたままの羊皮紙が、寂しそうに揺れていた。

●今回の参加者

 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea8650 本多 風露(32歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb3445 アタナシウス・コムネノス(34歳・♂・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●都市伝説に挑む者
「神よ、全ての方に祝福を‥‥」
 十字のネックレスを握り締めながら、しきりに祈りの言葉を紡ぐのはアタナシウス・コムネノス(eb3445)。
 そんな彼の同業者であるヴェガ・キュアノス(ea7463)が、ふと目を伏せる。
「しかし‥‥何とも惨い話じゃの」
「うん。単なる噂話なら面白いけど、本当の事件なら許せないよね」
 彼女を見上げながら言うのはテュール・ヘインツ(ea1683)。
 そしてヴェガの目線の高さで羽ばたきながら腕を組むディアッカ・ディアボロス(ea5597)も口を開く。
「後味のよくない事件内容ばかりですし、あまり野放しにしたくない犯人ですね」

 彼等4人のやり取りの横で、地図を広げながら調査や集合場所の相談をしているのは本多風露(ea8650)、ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)、ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)の女性陣3名。
 その中のルエラを、少し離れた所で見詰めているのは、オラース・カノーヴァ(ea3486)だ。
 彼は以前彼女にプレゼントされたケーキのお返しをしようと、思考を巡らせていた。だが、今はそれどころではない事も分かっている。
「一先ずは、依頼をこなすとするか。オレの行動で、ルエラが傷つくような結果にならなければいいんだが‥‥」
 強面な彼の呟きは、寒空に掻き消された。


●消えたジャック
 まず最初に被害の集中している地域を管轄する騎士団の元に向かった冒険者達。
 そこで最低限の情報を仕入れると、資料を漁るオラースとルエラを残し、二手に分かれて現場の調査へと向かった。
 テュールとディアッカとアタナシウスの3人が訪れたのは、大通りを随分外れた暗い小路。
「ここが、一番最初にジャックが現われた場所だね」
 そう、ここはマスクド・ジャックの第一の被害者となった人物‥‥黄金の箱を選んだ猟師が、ジャックと遭遇した場所である。
「では、早速事件当時の様子を見てみましょうか」
「ええ。お願いします、ディアッカさん」
 アタナシウスの言葉に頷き、パーストの呪文を唱えるディアッカ。そして、過去視を始めた彼の眼前に、マスクを被った線の細い男の姿が現われた。
「なるほど。気色の悪い仮面に、黒い鍔広帽、そして闇色のマント‥‥これが『マスクド・ジャック』ですか」
 流石にバードと言うだけあって、流れる様な口調で分かり易く目に見える光景を説明するディアッカ。そして、過去視は猟師に黄金の箱を選ばせ、ジャックが立ち去る場面に差し掛かり‥‥。
「‥‥これは、どう言う事でしょう?」
 彼の顔に、怪訝の色が浮かんだ。

 ――ディアッカが見たもの‥‥それは、猟師の姿が見えなくなると共に、残された木の箱と共に溶ける様に掻き消えるジャック。
 それが一体何を意味するのか‥‥現時点では分かり得ない事である

 ‥‥そしてこの後、防寒具を身に付けていないディアッカは喉を嗄らしてしまい、喋るのも辛い状態になってしまったそうな。


●背後から‥‥
 一方、風露、ゾーラク、ヴェガの3名は、遺体の検証を行おうと奔走していた。
 だが、たとえ調査の為とは言え、遺体を掘り返す為に地面を掘る事を良く思われる訳も無く‥‥それに事件の猟奇性も相まってか、埋葬した近隣住民の中の誰しもが、許可を求めた所で首を縦には振ってはくれなかった。
「仕方ありませんね‥‥現場検証に徹底する事にしましょう」
 医術により遺体の検証をしようとしていたゾーラクは残念そうに肩を落とすも、仲間と共に騎士団に聞いていた被害者の猟師の家に向かう。
 ところが‥‥訪れてみると、中は既にもぬけの殻。生存している筈の猟師の姿は、影も形も無い。
 冒険者達が、近隣の者達に事情を尋ねてみると‥‥なんと彼は、ジャックに怯えながら日々を過ごす内、今から数日前‥‥ギルドに依頼が提出されるよりも以前に、自ら命を絶ってしまっていたと言うのだ。
 隣人が音沙汰無い彼の家を訪ねると、黄金の箱の蓋に挟まれた状態で手首を切って息絶えていて‥‥慌てて他の者を呼びに行くも、何故か箱は忽然と消えていて、遺体のみが残されていたらしい。
 それは、他の黄金の箱を選んだ被害者達も同じで‥‥皆事件があって間も無く、この世を去ってしまっていた。
「もう少し早く来る事が出来れば、助けられたかも知れないのに‥‥!」
 悔しげに呟きながら、歯を噛み締める風露。

 ともあれ、被害者本人に接触する事は叶わないまま、仕方なく3人は木の箱を選んだ被害者の居た施設へと向かった。
「ここが、その子の居なくなった部屋ですね?」
 施設の者の案内で、一室へと通される一同。見れば騎士団によるものと思われる調査の跡はあるものの、それ以外はほとんど事件当初のままで、壁面にも未だに『JACK』の血文字が残されている。
「では、今から事件当初の様子を見てみましょう」
 そう言って、呪文を唱えると同時に身体が淡く光るゾーラク。
 ――と。

「ひっ‥‥!?」

 突然、彼女は短い悲鳴を上げたかと思うと、その場に尻餅を着いてしまった。
「ど、どうしたのじゃ!? 一体何を見た!?」
 ヴェガが肩を掴んで揺さぶるも、顔面を蒼白させながら怯えるばかりで、言葉が出ない。
 それでも、メンタルリカバーを掛けて貰い、何とか平静さを取り戻したゾーラクは‥‥ファンタズムの連続詠唱により、自らの垣間見た事件当初の光景を再現した。

 ――蓋を開けようとする少年の背後から、サイズを持って忍び寄るマスクド・ジャック‥‥。そして、蓋を空けた瞬間、ジャックと箱の中の『何か』によって、箱の中に引きずり込まれる少年‥‥。

 その光景を見た誰しもが、戦慄せずには居られなかった。


●囮作戦
 テュールとヴェガは、前もってマスクド・ジャックの手口を推測していた。すなわち、ジャックは被害者の性格を下調べした上で、犯行に及んでいたのではないか‥‥と。
 そして、その推測は粗方当たっていた。と言うのも、聞き込みで被害者の評判を聞くと、黄金の箱の被害に遭った者達は皆強欲な者ばかりで‥‥対して木の箱の被害に遭った者達は、誠実な者ばかりだったのだ。
 だがしかし、もう一つ浮かび上がってきた被害者の共通点‥‥それが、一同を大いに混乱させていた。
 すなわち、風露が犯人の居場所を割り出そうと、何気なくダウジングペンデュラムを手に『JACK』を名乗る者を示した。すると‥‥なんと、今までの全ての被害者宅を指し示したのだ。それの意味する事実も、聞き込みにより裏付けを取ったので、間違いは無い。
「まさか、被害者の名前が全員『ジャック』さんだったとはっくしゅん!」
 頭を抱えながら呟く風露‥‥だが、真剣な言葉はくしゃみに掻き消される。どうやら彼女も、防寒具を忘れてしまった様だ。
 ともあれ、一般的に見て『ジャック』と言う名前はそう珍しくないが‥‥被害にあった者達の他には、地域内に『ジャック』と言う人物は存在せず、そしてその全員が強欲か誠実か、どちらかで評判だったと言うのだ。これは、奇妙な偶然なのか、それとも‥‥。
「何にせよ、こうなってくると‥‥考えられない事ですが、殺人鬼マスクド・ジャックは、もはや愉快犯としか思えませんね」
 口調は穏やかだが、その眼には怒りを堪えているアタナシウス。神への信仰に厚く、尚且つ無益な殺生を好まない彼は、余りにも残虐かつ背徳的なジャックの狂行に、憤りを抑えきれずに居るのだ。
 そして、そんな一同の会話を横で聞きながら、テレスコープで夕暮れの街中を歩く二つの人影を見据えるのはテュール。
 その人影の内一つはオラース、そして彼に続いて少し離れた所を歩くのはルエラだ。
 彼らは囮となり、あえて無防備に見せ掛けながら、マスクド・ジャックを誘き寄せようとしていた。
 もっとも、今までに収拾した情報から察するに、彼らの前にジャックが現われる可能性はかなり低いのだが‥‥。
 それでも有事に備え、オラースは練り歩きながらも自らの指輪‥‥その宝石の中に刻まれた蝶の姿をしきりに眺め、警戒心を強めていた。
 そしてルエラも、出来る限り息を潜めながら鞭を握り締めつつ、前を歩く彼の事を心配混じりの眼差しで見据えていた。
 だが、歩けど歩けど標的は姿を現さず‥‥やがて空が大分暗くなってきたところで、今日はもう引き上げようかとオラースが石の中の蝶へと眼を落とすと――。

「‥‥!?」

 蝶を象った模様は、大粒の宝石の中でゆっくりと羽ばたいていた。実はこの指輪、装備している者の半径30m以内の領域に、とある存在が踏み込むと、この様に中の蝶が反応する魔法の道具なのだ。
 と言う事は‥‥。
「どこだ‥‥どこにいやがる‥‥!」
 下げていた大剣に手を掛け、周囲を見渡すオラース。やがて、その視線は自身の背後に留まり――。
「!! ルエラ、後ろだっ!!」
 彼が見たものは、ルエラの背後で今まさしく大振りのサイズを振り下ろそうとしている、何者かの姿。
 オラースが叫ぶと同時に駆け出すと、ルエラも咄嗟に扇で斬撃を受け止める。確かな手応えを左手に感じながら、そのまま振り返り様に鞭を振るう‥‥と。

 ヒュンッ――。

 乾いた音と共に、宙を切る鞭。ルエラは驚いて目を見開くも、そこに居たはずの敵の姿は既に影も無く‥‥。
「逃げられた‥‥のでしょうか?」
「‥‥その様だな」
 彼女の前でゆっくり足を止めたオラースも、残念そうに呟く。

 果たして、襲撃者はマスクド・ジャックだったのか?
 事後にテレスコープで様子を窺っていた筈のテュールに尋ねてみるも、二人が丁度物陰に入って見えなくなったところで事が起こったため、確かめる事が出来なかったらしい。

 猟奇殺人鬼、マスクド・ジャック。
 その実態は、冒険者達の適確な調査を経ても尚、未だ多くの謎に包まれている。
 いつか、彼の狂行を止められる日は来るのだろうか?
 それは、アトランティスを満たす精霊達でさえ、知りえない所である――。