小竜
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 86 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月06日〜06月13日
リプレイ公開日:2008年06月15日
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●オープニング
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闇の中、一人の若者が立っていた。総髪の美貌の青年。が、その美しさは人形めいた、非人間的なものだ。
その若者の前、女が立っていた。歳の頃なら五十程であろうか。しかし微塵も老いは感じさせない。歳相応のしっとりとした落ち着きはあるものの、むしろ溌剌とした精気の様なものを感じさせる不思議な女性であった。
と――
若者の目が爛と光った。女性に気づいたようである。
ニィッと若者の口の端が吊り上がった。そして変形が始まった。
若者の口が耳までベリッと裂け、牙をのぞかせた。背が弓なりにそる。ザワザワと揺れながら剛毛が全身を覆いつくしていく。四肢も指もすでに獣のそれだ。爪は刃の様に鋭かった。
対して――
女性はじっと若者を見つめていた。やや強張ってはいるものの、その面に怯えはない。透徹した眼差しを向けている。
その女性の寂たる態度に怒ったか、異形は吼えた。衝撃波を伴った咆哮は空を走り、女性の全身をうった。
「うっ」
呻きつつ、女性は腕で顔をかばった。煌めく金色の髪が颶風に翻る。そして女性の纏った黒衣が真空の刃と化した疾風の破壊力に耐えきれず、粉砕された。
刹那、闇の中に光がほとばしった。それは眩いばかりに白く鮮やかな女性の裸身であった。それは女神像の如く美しく――
うるるるおあああ。
殺戮の歓喜に燃えて、異形が鳴いた。そして滑るように女性に殺到――
世界が沸騰した。
はっとしてカーラは目覚めた。
今のは‥‥夢!?
カーラ・オレアリス(eb4802)は吐息をついた。全身の肌が粟立っている。その時に至り、ようやくカーラは全身が冷たい汗に濡れていることに気づいた。
●
「九鬼花船が沼田に!?」
冒険者ギルドの手代の言葉に、カーラの眼が愕然として見開かれた。
「はい」
手代が頷いた。
「これは噂でございますが、お探しの九鬼花舟らしき人物が、上州沼田で度々目撃されているらしゅうごさいます」
「それは――」
カーラは言葉を失った。
冒険者ギルドにもある程度の情報網はある。もしやその情報網に引っかかりはしないかと、九鬼について当たってみたところ、見事に反応があった。越後を発った後、彼の者は上州沼田にいるという。
が、九鬼が沼田にいるとはどういうことであろう。確かに巣守神社の宮司は九鬼が旅立ったと云っていた。が、その先が上州沼田とは‥‥。
その時、はっとカーラは眼をあげた。
「上州沼田に、上杉と関係のあるものがあるかしら」
「ございますよ」
あっさりと手代は肯首し、かえってカーラの方が驚いた。
「あ、あるのですか」
「ええ。上州沼田城は上杉の城でございます」
「上杉の‥‥城!?」
カーラの眼がきらりと光った。
今、陽炎のようにゆらめく何かの影が、次第に形をとりつつある。それは禍々しい陰謀の影だ。
触れた闇は、想像するよりも古く、深く、大きいのかもしれない。それでもいかねばならい。真実を手にする為に。
「依頼をお願い」
カーラは告げた。
●リプレイ本文
●
京の動乱はひとまずおさまった。そして江戸もまた。
が、争いの火種は未だ燠火の如く燻り続けている。何者かが、その悪意のこもった息を吹きかけるのを待つかのように。
「でも!」
ぐい、と突き上げた小さな拳は天をつく。パラーリア・ゲラー(eb2257)は怒っていた。
「平織もそうだ。伊達もそうだ。己の欲望を満たす為に、生贄を求めている。いったいどれだけの血と涙がながされていると思うんだ。ううん、平織と伊達だけじゃない。ジャパン全てが狂ってきてる。力の論理が、権力者と結託した悪意が世界を黒く染め上げようとしてるんだよ。でも‥‥それでも諦めたくないんだ」
「そうね」
カーラ・オレアリス(eb4802)は優美な仕草で肯いた。
「誰かが闇を払わなければならない。たとえ蝋燭のような小さな光でも、迷う人々を導く事はできるはず。挫けてなんかいられないわ」
「ええ」
一人の女性が微笑みかけた。
美しい女性だ。とても五十歳とは思えない。
金色の髪の煌きも、碧の瞳の神秘さも、カーラも瓜二つである。が、カーラと違い、その肢体は肉感的で、艶かしくさえあった。
カーラの姉、シェリル・オレアリス(eb4803)である。
「では、いきますか」
「待って」
呼びとめると、カーラは一巻の巻物を取り出し、広げた。中には呪力の封じられた複雑な文字列が記されている。ファンタズムの経巻だ。
「見ておいてもらいたいものがあるのです」
カーラが云った。
その瞬間だ。空に一人の若者の姿が浮かび上がった。
総髪の青年。人形めいた、非人間的な美しさをもった存在だ。
「これが‥‥?」
「そう。九鬼花舟です」
「ふーん」
感心しつつ、パラーリアがまじまじと九鬼の幻影を見つめた。
「綺麗だなあ。これが乾闥婆王?」
「ええ。帝釈天の眷属で、八部衆の一神だといわれています」
「神様?」
「そうです。半神半獣の音楽神とする伝承もあるようですが」
「ふーん」
再び感心し、しかしパラーリアは小首を傾げた。
「あまり顔が鮮明じゃないね」
「それは‥‥」
カーラは言葉をなくした。
幻影の九鬼像は、あくまでカーラの想像にすぎない。夢に出てきた九鬼像と、他の冒険者から聞いた話を元に描き出したもので、実際にカーラが目撃したわけではないのだ。さらに云えばその冒険者とて実際に九鬼を目撃してはいない。
「ともかく雰囲気だけは掴んでおいた方がいいわね」
云うと、シェリルはじっと九鬼の幻影像を見つめた。まるで瞳に九鬼の姿を焼付けようとでもするかのように。
●
江戸を発った三人の冒険者は、しかし別の道を辿った。
一人は箒に跨り北に、そして一人は三国街道を北に、残る一人は前橋宿から沼田街道を北に――
越後に着いたのはカーラの方が先であった。フライングブルームのおかげである。
地に降り立つなり、カーラは迷うことなく一つの屋敷を目指した。上杉家重臣、色部勝長の屋敷である。
御意を得たいと門をくぐったカーラであるが、しかし対応に現れたのは色部家用人の桑原主善であった。
「度々越後を訪れるとは、なかなかにご苦労な事だな」
皮肉めいた語調の主善であったが、カーラは気にした風もない。ただ真っ直ぐな眼を主善の面に据えている。
「色部様は?」
「城じゃ。しかし、この屋敷におられたとしても色部様には会えぬぞ」
「何故――」
「ふん」
主善は嘲笑った。
「冒険者の事、聞いておる。相変わらず忠節無く振る舞っておるそうではないか。そのような者、上杉の侍は好かぬ。色部様も然り。ただ其方だけは大目に見ておられるだけじゃ。わしは納得しているわけではないがな」
「‥‥」
カーラの唇から重い溜息がもれた。上杉の冒険者嫌いもかなりのものである。が、ここで挫けてはいられない。茨の道をゆくのは承知の上だ。
カーラは桃花酒を差し出した。
「色部様にお伝えしていただきたい事がございます。桑原様もお聞き及びでありましょう。京都の惨状を」
「平織が延暦寺を攻めたという、あれか」
「はい」
カーラは沈痛な眼で肯いた。そして、問うた。
「ではこれはお聞き及びでしょうか。平織虎長が自ら第六天魔王と名乗った事を」
「何?」
主善はわずかに顔色を変えた。
第六天魔王とは、仏教の六道輪廻世界における欲界の第六天にあたる他化自在天を支配する悪魔王の事である。藩主たる虎長が悪魔王を名乗るとはいかなる事であろう。
「その上で、もう一つお耳にいれておきたい事が。‥‥桑原様は九鬼花舟と申す者、ご存知でいらっしゃいますか」
「し、知らぬ、そのような者。何者じゃ?」
「乾闥婆王」
「け、乾闥婆王?」
主善は一瞬息をひき――すぐさま苦く笑った。
「ふん、何を云うかと思えば‥‥。第六天魔王といい、乾闥婆王といい、神や仏の大安売りであるな」
「笑い事ではありません」
カーラが語気を荒げた。
「今、ジャパン各地で神や悪魔が跳梁しはじめているのです。そして、その神魔の一柱かもしれぬ男が沼田に現れました」
「沼田?」
主善の眼に、一瞬表情が動いた。脳裏に沼田城の事がよぎったのである。沼田は上杉の領地であった。が、その事をカーラは知らぬ。
主善の口から呟きがもれた。
「沼田は確か三郎様が‥‥」
「三郎?」
主善の言葉をカーラが聞きとがめた。
「三郎とはどなたなのです?」
「北条より参られた方じゃ。英邁とやらで、えらく謙信様がお気にいられての。それで沼田城を任されたのじゃ」
「で、では」
カーラが身を乗り出した。
「ご紹介いただけませんでしょうか。その北条三郎様を」
「馬鹿な」
主善は鼻で笑った。
「何故、沼田城城主を冒険者ごときに紹介しなければならぬ。どうしても御意を得たければ、自らの力でやるのだな」
云い捨てると主善は立ち上がった。
●
「ここは‥‥上杉領なの?」
戸惑ったようにシェリルは声をあげた。
沼田は上州である。故に彼女は沼田は新田義貞の治める地であると思っていたのだ。
そうだ、と商人風の男は肯いた。沼田宿での事である。
「だから沼田城は上杉様の城だよ」
「そう。‥‥で、城主様は何とおっしゃるの?」
「北条三郎様だ」
男は答えた。
シェリルは沼田城を見上げた。
五層の天守や三層の櫓を持つ丘城。北関東の要衝であるだけあってかなりの堅城である事が見てとれた。
その沼田城の中に、北条早雲の弟である三郎がいる。
噂に聞く北条早雲とは英傑だ。その弟だけあり、三郎もかなりの傑物であるという。
シェリルの眼にきらりと光がともった。
この沼田は新田領に取り残された上杉領といっていい。その火薬庫ともいうべき地を任すのだ。北条三郎とやらは、よほど上杉謙信に気に入られているのであろう。
シェリルはフォーノリッヂの経巻を開いた。織り込む呪言は北条三郎、危機、陰謀、九鬼花舟である。
次の瞬間、シェリルの思考は飛翔した。いや、視覚といった方がよいか。
時空間を跳び越え、彼女の眼はある未来の場面を視たのである。
それは――
シェリルはくわっと眼を見開いた。
彼女の脳裏には、先ほど垣間見た光景がまさまざと焼き付けられている。それは戦の光景だ。
何時か?
わからない。未来の光景を特定する事はできないからだ。
ただ、シェリルの見るところ新田には戦準備はない。近日中に北条三郎が戦に巻き込まれる事はないであろう。
●
「あなたは――」
訪れたカーラを前に、神主の身形の男は不審げに眉をひそめた。巣守神社の宮司だ。
「以前にもお会いした方ですな。何か、当神社に御用がおありなのですかな」
「いえ」
カーラはやや口ごもった。
何度も訪れる以上、不審に思われても仕方ない。相手に探られたく腹がある場合は尚更だ。
「此度は義捐金のお願いに参ったのです」
「義捐金?」
はい、と肯き、カーラは京の惨状を訴えた。
「戦で町が踏みにじられ、無辜の民が難儀をしていると聞きました。少しでも力になりたいのです」
「ふむ」
宮司が探るような眼でカーラを見つめた。
その宮司の眼を、境内の物陰から窺う者がいた。パラーリアだ。
「カーラさんが注意をひいてくれている間に‥‥」
パラーリアはチャームの経巻を取り出した。
次の瞬間、ある種の力場ともいうべき空間が宮司を包んだ。精神そのものに直接作用する呪法空間だ。
次にパラーリアはミラーオブトルースの経巻を開いた。
一息二息――
パラーリアの眼にはむ水鏡が見えている。そこに映る宮司は淡い白光に包まれていた。
「かかった」
パラーリアはクスリと微笑んだ。
●
シェリルが九鬼花舟の足取りを掴んだのは、榛名神社においてであった。
伊勢神宮の巫女として沼田の神社仏閣に義捐金の寄付を呼びかけ、同時に彼女は九鬼の噂を集めていたのであるが。榛名神社の巫女がそれらしき人物を見たという。それも何度となく。
「この神社を訪れていたのですか?」
シェリルの問いに、十五、六歳ほどの可愛らしい容貌の巫女が肯いた。
「はい、お尋ねの方かどうかはわかりませんが、似た風貌の方は何度か見かけました」
「そうですか」
シェリルは沈思した。
その人物が九鬼として、何故、この沼田神社を何度も訪れていたのか。目論見がわからない。
「それで‥‥その人物は、この神社を参拝していたのですか?」
「はい。大変熱心な方で、何度も参拝されていらっしゃいました。ああ――」
巫女は言葉を切ると、突然ある手をあげて指差した。その指し示した先――一人の侍が境内を歩いてくる。
「あのお侍様が、その九鬼と申される方と話されているところを拝見した事があります。あの方にお聞きになった方が詳しい事がわかりますよ」
「ありがとう」
礼を述べると、シェリルは侍にむかって足を踏み出した。
四の鳥居をくぐり、拝殿に歩み寄りつつあった侍の足が、突然ぴたりととまった。
はじかれたように侍が周囲を見回す。彼の耳に囁く声があったからだ。
その声は仲間だと名乗った。が、姿は見えぬ。
「よ、妖怪!」
侍は抜刀した。そして見えぬ何者かを斬る為に刃を振り回した。
本殿の裏。末社が並んでいる。
そこに、ぼうと人影が浮かび上がった。シェリルだ。
だらり、とシェリルの衣服が垂れた。侍の刃によって切り裂かれたのだ。
インビジブルの呪法で姿を消し、その後チャームの呪法で魅了。シェリルは呪の効果内にある侍から情報を訊き出すつもりであったのだが――
耳元で姿の見えぬ何者かに囁かれては友好の情も何もない。結果は失敗だ。もしかするとこちらの存在を知られたかもしれない。
「拙いわね」
苦く笑うとシェリルは額の汗を拭った。
●
鎌のような弦月が天にかかっている。
亥の刻過ぎ。越後ではあるが、夜気は温い。
その夜気に紛れるようにパラーリアは巣守神社に忍び入った。そして社務所に近づく。宮司の住まいはその一室にあった。
パラーリアは社務所にとりつくと、壁を登り始めた。何度か足を滑らせる。パラーリアの生業は軽業師であるが、隠密行動に関する技術は素人並みだ。
「さて、どうして潜り込んだものかな」
パラーリアは困惑した。屋根に上ってみたものの、どうやって屋根裏に侵入してよいのか、良くわからない。
色々な手を試み、ようやくパラーリアは屋根瓦を外す事に成功した。が、そこにまた問題が現れた。屋根板があるのだ。
「まいったな」
パラーリアはダガーを取り出し、屋根板を切断し始めた。鋸と違い時はかかるが仕方ない。
そして幾許か。
開いた穴からパラーリアは身を滑り込ませた。そして天井板の上を這うようにして進んだ。
ぎしり、ぎしり、と。天井板が鳴った。気になるところであるが、それを消す術は今のパラーリアにはない。
そしてまた幾許か。
パラーリアは動きをとめると、天井板の隙間に眼をあてた。
部屋の中央、何者かが眠っている。宮司だ。
唇を引き結ぶと、パラーリアは経巻を取り出した。
ふっ、と宮司は眼を開いた。
何者かの気配がする。そして囁くような声も。
かばっと身を起こし――
宮司の眼が驚愕に見開かれた。
部屋の隅に奇妙なものがいる。社務所などにはいるはずのないもの。
鳥だ。見たことのない鳥が部屋の隅にいる。
その時、鳥が口を開いた。
「計画は順調ですか?」
「ぬっ!」
宮司が呻いた。今、鳥は人語を発したのではないか。
「おまえは――」
「迦楼羅衆です」
「迦楼羅衆?」
刹那、雷に撃たれたかのように宮司がはねとんだ。そして印を結ぶ。
「迦楼羅衆など知らぬ。何奴だ!」
宮司が叫んだ。と、同時に宮司の手から闇で成したかのような炎塊が飛んだ。が――
宮司の口から苦鳴がもれた。鳥にむかって飛んだはずの炎塊が宮司を灼いたのである。
「あれは‥‥幻か」
宮司が再び呻いた。刹那、天井板がぎしりと鳴った。
●
「冒険者?」
女と見紛うばかりに秀麗な相貌の少年の眼が輝いた。
「この城に参っておるのか」
「三郎様、なりませぬ」
剛直そうな侍が声をあげた。宇佐美定満である。
「貴方様は今や沼田城城主であられまするぞ。冒険者風情を目通りさせるなど言語道断にござります」
「ふむ」
三郎と呼ばれた少年の口元に苦笑が刻まれた。
彼の兄である北条早雲はかつて冒険者であった。故に、冒険者に対する偏見は彼にはない。
「よほど上杉の者は冒険者が嫌いであるようだな。まあよい」
少年――北条三郎は可笑しそうに笑うと、
「宇佐美殿。では冒険者の事、そなたに任そう」
「はッ」
定満は小さく首を縦に振った。
シェリルは沼田城を後にした。結局北条三郎との目通りは叶わなかったのだ。
でも、とシェリルは足をとめ、沼田城を振り仰いだ。
「必ず戻ってくるわ」