反伊達連合
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:6 G 48 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月30日〜08月06日
リプレイ公開日:2008年08月10日
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●オープニング
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神聖暦一千三年七月。
この時、ジャパンは一つの転換期を迎えつつあった。それまで関白という役職でありながら、源徳家康と平織虎長という二人の巨人の影に隠れていた藤豊秀吉がついに政権を握ったのである。
そして神皇の後見となるや否や、猿と陰口されるこの小男は、それまでの昼行灯ぶりが嘘のように精力的に動き始めた。
すべてはジャパンの平和の為。謳い文句はそれである。
秀吉の眼にやどるのは、世の安寧を願う聖人の清らかな光か。それとも、どろどろと燃え滾る野心の焔か。
ともあれ、秀吉は着々と手をうちはじめた。それは――
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虫の声がやんだ。
静けさの深くなった夜の京。その街路を疾駆する影があった。
身形は行商人だ。が、その足捌きは行商人のそれではない。
と――
突如、行商人の足がとまった。前方に二つの人影を見出した故である。
いや、それだけではない。気づけば背後にも一つの人影があった。
都合三人。全てが夜に溶ける黒装束、黒覆面を身につけていた。
「何者だ」
人影の一つから誰何の声が流れた。が、行商人は答えぬ。かまわず人影は続けた。
「東国者じゃな。源徳の手の者‥‥いや、服部党にしては手ぬるい。武田の三ツ者、上杉の軒猿とも思えぬ。すれば北条、伊達、里見‥」
「‥‥」
行商人は変わらず無言であった。が、その身から漂いだした殺気から、もはやこれまでと覚悟したのが窺い知れた。
「ふふ」
人影から含み笑う声が忍び出た。
「東国は隠密まで不粋じゃの。何を嗅ぎつけたか知らぬが、ここで消えればそれまでぞ。都の闇からは逃れられぬと知れ」
きらり、と。三条の月光がはねた。三人の人影――京都忍者が抜刀したのである。
反射的に東国忍者も抜刀した。が、その眼は絶望の翳に覆われている。忍びとしての力量の格差を悟ったのだ。さらには多勢に無勢。東国忍者に勝ち目はなかった。
その時――
突然、三人の京都忍者が崩折れた。
愕然として東国忍者は身構えた。何が起こったのかわからない。
おそるおそる一人の京都忍者に近寄り――
東国忍者は、突如敵の忍者が倒れた理由を知った。その首に一本の手裏剣が突き刺さっている。
はっとして東国忍者は周囲を見回した。
何者かが都の忍者を屠った。その事はわかったが、肝心の何者かの正体がわからない。どころか、その気配すら掴めない。また目的も理解の外だ。
都の闇は深い。生き残った忍者は背筋の凍りつくような恐怖を覚えた。
これ以上、この場にいてはならぬ。そう本能が命じている。
一瞬後、忍者の姿は闇に溶け去った。
●
小田原藩、陥落。
その報せは東海道を疾り、この上総にも届いている。が、その男はさしたる動揺も覚えぬようであった。
それよりも、男の興味をひいたものが別にあった。先ほど京に潜伏させていた隠密のもたらした情報である。
「藤豊秀吉が源徳と伊達の講和を目論んでいると?」
「御意」
家臣である市川玄東斎が眼をあげた。その面には嘲りともとれる表情が浮かんでいる。
「天下混乱の折、これ以上江戸を戦火に巻き込む事はよろしくないと」
「猿め」
男は吐き捨てた。
「余計な真似を」
「殿、秀吉めは奇麗事を申しておりますが」
「わかっておる」
殿と呼ばれた男が肯いた。
「今、講和して里見に何の得がある。都のつごうで収まるほど関東は甘いものではないと、猿にそのこと、教えてやろうではないか」
「では、殿が」
「うむ。わしが反伊達勢力を束ねようぞ」
男がニヤリとした。
「家康殿はもはや無理じゃ。平織に首を抑えられ、小田原まで失のうてはどうにもなるまい。せいぜい秀吉の言葉に乗り、尾張と伊達に頭を下げて余命を繋ぐばかりよ。‥‥だが、それで関東はどうなる?」
孤軍奮闘する八王子の源徳長千代を始めとして、伊達に抵抗する関東武者を見捨てるのか。それでは何の為に危険を冒して江戸城を攻めたのか分からない。
「家康殿に出来ぬとあれば、このわしが代わりに伊達討伐の兵をあげようぞ」
男は云った。自信に満ちて。
男の名は里見義堯。上総の梟雄であった。
まだ秀吉の使者は里見に来ても居ないので彼の判断は早合点に過ぎるが、この情勢下で源徳側に有利な講和があるなどと義堯は考えていなかった。待っていては時期を逸すると判断する。
その数日後の事であった。江戸の冒険者ギルドに極秘の依頼が出されたのは。
反伊達連合をつくる為の助力が欲しい。
依頼書にはそう書かれてあった。
●リプレイ本文
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安房、久留里城。
その奥で、三人の男が対面していた。一人は城主である里見義堯で、もう一人は冒険者であるゼルス・ウィンディ(ea1661)。そしてカイ・ローン(ea3054)であった。
「ゼルスと申したな。此度はよくぞ参ってくれた」
義堯が破顔した。真里谷城下を火の海にしようした伊達忍びの目論見を打ち砕いた者が、眼前の優男である事を義堯は知っていたのだ。
「其方は?」
「カイ・ローン。伊達が嫌い故、参りました」
「はっきり云う」
義堯は笑った。
「それに」
カイは続けた。
「藤豊秀吉の仲介により、源徳と伊達が講和するかも知れぬ噂を聞きました。万が一家康殿が今まで必死に戦ってきた家臣を見捨て、一戦も交えず和睦に応じるようなら、俺は里見殿が江戸の主になってもいいと思っています」
「江戸の主、か」
義堯の眼の奥で紅蓮の炎が燃え上がった。野心の炎である。
「面白いのう、其方達。で、反伊達連合をつくるに、どうするつもりじゃ?」
「私は越後に」
「越後?」
ゼルスの応えに、義堯はわずかに顔を顰めた。
上杉謙信の名は源徳につながる武士には禁忌であった。もし謙信が裏切らなければ、今日の源徳の没落はなかったであろう。
その想いは義堯も同じ。家康の凋落があったからこそ、諦めていた関東の覇権を目指す気になったのだが、それでも裏切り者は好きにはなれぬ。
その義堯の考えを読み取ったか、ゼルスの碧の眼に笑みが浮いた。
「上杉が源徳家として快くない相手であるのは承知しています。しかし味方となれば、これ以上の方は他にそうはいないはずです」
「うむ」
義堯は肯かざるを得ない。
駒に例えれば上杉は飛車角。懐柔できれば損はない。
「よかろう。で、カイとやら。其方はいかがする?」
「俺は北武蔵に」
カイが答えた。すると義堯は眉をひそめた。
武蔵北部。そこは複雑な様相をみせる地だ。
秩父には中村千代丸が、鉢形城には長尾四郎左景春が、菅谷館には畠山荘司次郎が、そして松山城には比企左兵衛大志透宗がいる。さらには勝呂兵衛太郎恒高などの小領主が乱立している始末だ。そう簡単に北武蔵が動くとは思えない。
その事を問うと、カイは比企氏の名をあげた。
「俺は比企氏客将だ。俺が説けば比企左兵衛大志透宗が動くかもしれない。それより」
カイは千葉、と云った。
「千葉?」
「そうです。当面の敵である千葉伊達軍に対抗する為、地の利がある千葉氏の残党を組み込むようなされてはいかがか」
「うむ」
義堯が大きく肯いた。千葉の援軍の頼みを断った事など忘れたかのように義堯が笑った。
この男、あまり過去を顧みないようである。それが義堯の強みであり、また弱みでもあった。
「ならば、ゆけ」
義堯が命じた。
「伊達を江戸より追い落とすは、わしと其方らである。その事、天下万民に知らしめるのだ」
●
ゼルスとカイの姿が久留里城から飛び立った。
その姿を追って木陰から立ち上がった者がいる。
身形は行商人だ。が、目つきが只者ではない。刃の光があった。
と――
行商人が白目をむいた。そしてどさりと崩折れた。
その首筋に一本の矢が突き刺さっている。してみれば、行商人の息の根をとめたのはその矢であったか――
ついとのびた手が、無造作に矢を引き抜いた。そして血のからみついた鏃を冷然たる眼が見つめた。
「伊達の忍びかしら」
矢の射手たる女が呟いた。
アイーダ・ノースフィールド(ea6264)。冒険者である。
「仕留めたのでござるか」
馬上から男が問うた。結城友矩(ea2046)である。
アイーダが首を縦に振った。
その時だ。一人の娘が走り寄ってきて、地に膝をつけた。
「アイーダ・ノースフィールド様とお見受け致します」
「そうよ」
答えたアイーダはすでに弓に矢を番えている。アイーダは問うた。
「あなたは、誰?」
「里見の隠密にございます。お迎えに参りました」
娘が答えた。アイーダの名は安房においては伝説となっている。
「助かったわ」
にこりともせず、アイーダは骸となった忍びを顎でしめした。
「悪いけど始末を頼むわね。それにしても」
アイーダはちらりと久留里城を眺め遣った。そして初めて微笑った。
「先日の江戸城攻略といい、里見の殿様はなかなか度胸があるわね。私、こういう人結構好きよ」
●
すでに日は落ち、久留里城は闇に沈んでいる。
その久留里城の奥、里見義堯は三人の冒険者と相対していた。その冒険者とは云うまでもなく友矩とアイーダであり、残る一人はフレイア・ケリン(eb2258)という亜人のウィザードであった。
「お初にお目にかかる、結城友矩でござる」
名乗りをあげると、友矩は薄く笑った。
「先日の江戸城攻め、惜しかったでござるな。お蔭様で拙者命拾いしたでござる。あの折は拙者、府中攻めに加わっていたでござる故」
「ほう」
義堯の口から声がもれた。
「では其方、八王子軍に加わっていたか」
「はッ。府中城一番槍なる通り名をいただいてござる」
「ふうむ」
義堯の顔に喜色がわいた。
「八王子軍が府中城を容易くおとしたこと、聞いておる。天晴れな事よ」
「恐悦至極でござる」
深く頭を垂れ、しかしすぐに顔をあげると、友矩は脇においた小刀を鞘ごと持ち上げた。
「うん?」
義堯が眼を眇めた。その当惑した顔に、やがて表情が動く。
彼は見とめたのだ。友矩の持つ小刀の鞘に刻まれた三つ葉葵の紋を。
「それは――」
「源徳長千代君より拝領いたした品でござる」
「長千代君、とな」
さすがの義堯が顔色を変えた。
源徳長千代とは、その名の通り源徳家康につながる者だ。その長千代よりの拝領刀を持つ友矩は、少なくとも源徳の敵ではないであろう。
その義堯の考えを読み取った友矩は小刀をおいた。そして貴殿は、と声をあげた。
「打倒伊達を旗印に、長千代君との合力を望んでおられる、と考えて宜しいでござるか」
「うむ」
義堯が再び肯いた。
「組むか、八王子がわしと?」
「保証は致しかねる。何せ今の長千代君は剣の神、経津主神であらせられる故。しかし依頼は引き受けたでござる」
「頼むぞ」
と声をかけた義堯であるが。その眼前で立ち上がった者がいる。アイーダだ。
「伊達の忍びでも狩ってくるわ」
告げるとアイーダは背をむけた。が、すぐに足をとめると、
「もし義勇兵を募るなら」
と云った。
「船を使う事をすすめるわ。伊達側の間隙に兵を電撃的に送り込む事ができれば、単に各地で蜂起を促すよりずっと具体的な効果が得られやすいと思うの。海の上なら、敵側の間者が情報を流す事も難しくなるでしょうし」
「船か‥‥」
義堯が呟いた。
江戸攻めの折にも船を用いている。その有用性も理解の内だ。
「検討というならば」
と口を開いたのはフレイアであった。
「朝廷と結びつき大義名分を得る事、ご検討願いたく」
「大義名分?」
「はい」
フレイアはゆるりと肯いた。
「先んずれば即ち人を制す。故に、先んじて朝廷と結びつくことで、伊達や武田が平織と結びつき侵略行為とそれで得たものを正当化されるのを制し、大義を示すべきかと」
「ふうむ」
義堯は唸った。この時彼は大義という言葉が気になっていた。
「其方の申す事、もっともじゃ」
ニンマリすると、義堯は問うた。
「で、その大義とやらは?」
「具体的には安祥神皇か藤豊公に使者を送り、現政権の支持を表明していただきとうございます。伊達の侵略は国司の任免を司る天朝様への挑戦であり、我ら関東武士はただただ神皇様の威光と侵略により蹂躙された誇りと安寧の復興を望むばかりであると意見を述べ、江戸か領地か復興金の献上を約し、表向きは仲介役若しくは関東での窓口を買って出る事で朝廷を味方につけてはいかが?」
「むう」
再び義堯は唸った。
伊達を神皇の敵とする事はよい。が、その理屈がどこまで神皇に通用するか。
今、関東は乱世である。先日も武田が小田原を攻めた。おそらく信玄は国守たるを願い出るであろう。そして、それは許されるに違いない。極論すれば神皇とて力によって動くのだ。
が――
ならばこそ、朝廷は伊達や武田を牽制する関東の窓口を欲している。源徳の後釜を狙う義堯にとって、それこそ彼の望むものと言ってもよい。
「伊達も武田も弱者や敗者を軽んじています。それでは永く持ちません。愚かな侵略と謀略の繰り返しで枯渇する前に、新たな秩序と安寧の姿を生み出さねばならないのです。それこそ関東統合経済圏」
「関東統合経済圏?」
聞きなれぬ言葉に義堯は眼を瞬かせた。フレイアはにこりと微笑むと、
「はい。関東を一つの巨大な経済圏として統合していくことで作り出す、緩やかな統一の姿。即ち奪うのではなく、分け与え合うことでお互いを尊重できる世界を諸侯に示すのです。その第一者として公には流通と軍事を制して頂きたいと思います」
「流通と軍事、か」
義堯は繰り返した。
実のところ、義堯はフレイアの意見を夢物語と判じた。学者の弁だと思った。
朝廷も簡単に里見を関東の代理人とは認めまい。家康も政宗も、地方から出て謀略と力の限りで関東を獲らんとした事では変わらない。義堯も己をそのように夢想していたが、云われてみれば朝廷との繋がりを軽視しすぎたかと思う。
なるほど大義と理想は力を飾る。身につけて損はない。
義堯は諾とした。じろりとフレイアを見つめる。
「フレイアとやら。其方、美しい上に聡明である。どうだ。わしの側女にならぬか。わしが関東の覇者となった時、この関東を其方の理想の国とするが、いかがじゃ」
「いいえ」
フレイアはきっぱりと首を横に振った。
「私は一介の冒険者が似合っております」
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それより一日ほど後の事である。
カイの姿が北武蔵にあった。すでに松山城下において現在の情勢は調べ済みである。伊達の侵攻、小田原陥落により諸勢力に動揺はあるものの、逆に牽制しすぎて目立って大きな動きはないようだ。
やがてカイは松山城の門前に立った。比企氏客将である彼の事だ。来意を告げると、ほどなくして松山城の奥に案内された。
カイは眼をあげた。
正面に座しているのは当主たる比企左兵衛大志透宗だ。脇には嫡子である能和が控えている。
透宗が口を開いた。
「此度は何用だ。里見の使いと聞いたが」
「はい」
答えると、カイは義堯の書状を示した。
「里見氏と同盟していただきたく、参上致しました」
「何、里見と同盟とな」
「はい」
カイは肯くと、
「俺が見るに関東の情勢は未だ均衡状態。もし比企殿の支援が得られれば伊達を凌駕する事も可能かと」
「伊達か‥‥」
透宗が苦々しく吐き捨てた。
政宗が八王子や下総に手を出した事を彼は知っている。いずれ、必ずやこの北武蔵にも牙をむいてこよう。
「よかろう」
透宗が応諾した。
「手を貸してもよい。が、すぐにというわけではない。もし里見が兵をあげたなら、その時はこの比企も必ず戦場に駆けつけると里見に伝えよ」
「承知」
カイは会心の笑みを浮かべた。
ここに、里見と比企との同盟はなったのである。
その半日ほど後の事、府中城の奥に友矩はいた。眼前には堂々たる体躯の源徳長千代が座している。
「里見義堯よりの書状を預かったでござる」
告げると、友矩は一枚の書状を懐より出し、長千代――経津主神に差し出した。
経津主神は黙したまま受けるとる、さらりと眼を通し、やがて友矩に視線を戻した。
「義堯はどうやら反伊達の盟主たるを気取っているようだな」
「そのようです。里見義堯という武将、拙者が見る限り、信じるに足る武将ではござらぬ。が、軒を借りて母屋を乗っ取るには相応しい御仁かと」
云うと、ニヤリと友矩は唇を歪めた。
刹那、はっと友矩は身を強張らせた。経津主神は書状を破り捨てる。
「そのような事、好かぬ」
不興げに経津主神が云った。
その瞬間、友矩は悟った。経津主神の性格を見誤った事を。
経津主神は真っ直ぐであった。仮の盟主を仰いで風下に立ち、相手をからめとるなど剣の神たる者の道ではない。
「里見との同盟はせぬ」
一言告げると経津主神は立ち上がった。
さらに後、ゼルスは一人の男と相対していた。
越後の竜と噂される男。上杉謙信である。
ゼルスが口を開いた。
「里見義堯よりの使者として単刀直入に申し上げる。里見と同盟し、反伊達連合に加わっていただきたい」
「反伊達?」
謙信の視線は冷たい。仮にも伊達は上杉の同盟国なのだ。が、ゼルスはその視線を平然とはねのけると、
「そうです。野心のために罪無き民を平気で焼き払うのが伊達氏のやり方。なれば謙信様は、その伊達を関東の主と認められますか?」
ゼルスが一枚の紙片を差し出した。香織に用意させた、伊達忍者が真里谷城下を火の海にしようとした一件の報告書である。
謙信は報告書に眼を走らせた。が、その表情は変わらない。
「伊達は確かに関東の主としては不向きであるかもしれぬ」
謙信は云った。
政宗や信玄に見える領土野心は謙信の嫌悪する所だ。
「が、元来戦とはそのようなものだ。里見とて江戸を火の海にする所だった」
江戸城を陥落させるとはそういう事だ。そして敵対国の町に火をかける忍者はどこの藩にも居る。
「されど謙信様」
ゼルスは必死の眼をあげた。
「‥‥先の小田原の戦の折、小田原が為に攻められる北信濃が哀れなり‥‥そう云って貴方は協力を頼みに来た使者を返された。そのような謙信様なればこそ、私は関東を統べていただきたいと思っています。そのために、今は里見と協力して伊達を倒してはいただけますまいか」
「いや」
冷然たる面持ちで謙信はかぶりを振った。
「わしに関東の王となる望みは無い。朝廷が力を取り戻し、国々が共にある事を願う」
「義の男といっても、やはり大名は大名か」
ゼルスは口の中で小さく呟いた。
「一つ尋ねるが‥‥里見と協力して伊達を攻めれば江戸の町が燃えような。その時、お主は何をしているのか?」
「私は、戦っているでしょう。仲間は住民を避難させているかも‥」
「ふむ。わしはお主達が時々羨ましい」
上杉と里見を組ませて伊達と戦わせるのは政治。しかし、唇から発するのは一人の言葉。国の運命を左右する重さは感じない。それを謙信は羨ましいと言ったが、伊達との関係を壊して里見と組ませるには、ゼルスの理屈は個人的すぎる。謙信はそれ以上は言わず、ゼルスは落胆して越後を去った。
三人の冒険者の交渉の結果は、やがて安房にもたらされた。結果、反伊達連合いまだ成らずといってよい。
が、安房の梟雄たる男に失望の翳はなかった。諸侯に意志を示した、今はそれで十分だ。
「わしは関東の覇王となる男だ」
里見義堯は笑った。
その頃、里見の使者が京目指してひた疾っていた。神皇と藤豊秀吉と結びつく為に。