首縊りの村

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 81 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月22日〜08月25日

リプレイ公開日:2005年08月31日

●オープニング

 何がおこったのか。
 
 風を切る音がした。
 刹那、七五三縄とともに呪符が断ちきれ、地にぱさりと落ちる。
 そして、鳴動。
 神木としたまつられてきた古木の洞。そこからぞろり、と瘴気が這いだしてくる。闇よりもなお黒く、沼よりもより深く。
 その瘴気の中には明確な意思があった。

 ――我を閉じ込めた、この村の者どもを皆殺しにしてやろう。

 けひけひ、と。
 それは嗤った。
 人のように心はないのに。口も目もないのに。

 シュルシュル。びらびら。
 触手をのばすように、それを身をくねらし、空に舞いあがった。

「――五人殺されました」
 冒険者ぎるどに、少女の声がぽつりと落ちた。
濡れたような黒髪の、巫を想起させる楚々とした美少女。ぎるどの受けつけの少女である。
「皆、縊り殺されていたそうです。下手人もわからずじまいで‥‥で、恐ろしくなった村の方達が調べてみたところ、妖物を封じていたというご神木の注連縄が断ち切れていたそうで」
 ふうと息を継ぎ、少女は長い睫を伏せる。数瞬。いや、永遠か。
 再び少女の眼があげられ――そして、告げる。
「妖物を静めるということで、村の少女が供物として捧げられることになりました。皆様、お急ぎください」

●今回の参加者

 ea6201 観空 小夜(43歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1605 津上 雪路(37歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb1624 朱鳳 陽平(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1790 本多 風華(35歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1900 縹 弦露(58歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1975 風樹 護(40歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2886 所所楽 柚(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

所所楽 杏(eb1561

●リプレイ本文

 ひそと息をひそめて。
 緑の煉獄と化した村は沈黙していた。
 蝉時雨の降る中。
 二つの影が馬より降り立った。
 羽織の袂を風にたなびかせ――
 津上雪路(eb1605)と縹弦露(eb1900)。
 先行した冒険者の二人である。
「正体不明の妖しか‥‥」
 気に入らぬというように。雪路が口を歪めた。
 贄をもって村の者は妖しを鎮めるつもりらしいが、それでおさまる相手ではあるまい。それで済むのなら、すでに骸と化した五人の命で片がついているはずだ。
「こんなくだらぬことに、これ以上犠牲を出すわけにもいくまいさ」
「その通りだが‥‥」
 不敵に笑う雪路の傍らで、しかし弦露は険しい顔だ。
「事は簡単にはいかんだろうな。村の者にとっては此度の贄は命の綱だ。穿ってみれば、我等の介入を端から拒んだとも受け取れる」
「それは――」
 厄介な。
 さすが陽性の雪路の面も、微かに翳った。
 もし弦露の見立てが正鵠を射ておれば、村の者は味方というわけにはいかぬ。下手な動きはできぬであろう。村に入ることすらかなわぬ恐れがある。
「ゆえに我等が先に来たのだ」
 弦露の眼がギラリと光った。
「津上殿が依頼人に接触する機を作るべく、私は正面から村長に当るとする」
「正面から?」
「ああ。妖しが元凶だ。陰陽師が事を聞きつけても違和感はなかろう。‥‥まあ、使える立場は使わせて頂くさ」

 観空小夜(ea6201)の歩く姿は美しい。
 陽炎立つ灼けた土道の上でも、のばした背に乱れはなく。それは彼女の心の強靭さによるものだ。
 その彼女にして――焦慮の為にやや顔色が青ざめている。
 その小夜の想いを読み取ったかのように、
「贄とは‥‥愚かな」
 妖しに人の道理が通用するはずも無いというのに。風樹護(eb1975)が吐き捨てた。
 が、同じ黒白の理を見通す術師として、本多風華(eb1790)はさらに辛辣である。
「人とは元々愚かなものですよ。今さら嘆いたとてはじまりませぬ。それより」
 封印されていた妖しとは何か。風華は現実的な問いを発した。
「推察するに‥‥」
 答えたのは護である。彼はすでにこの時点で妖しの正体の見極めをつけている。
 被害者のすべてが縊り殺された事。村人が下手人を見つけられなかった、つまり移動の痕跡を発見できなかった事。そこから導き出される推論は――
「一反妖怪か、蛇の妖しか‥‥」
「なるほど‥‥」
 雪糸のような髪をゆらして頷いたのは可憐な美少女だ。
 名を所所楽柚(eb2886)といい、贄の代役を負った彼女にとって、妖しの正体の推定することは重大事である。
 五人を惨殺してのけた妖しの前に投げ出された時、果たして無事帰還できるや否や。無視できぬ戦慄が柚の身を震わせる。
 そのとき、彼女の脳裡に所所楽杏の言葉が蘇った。
 贄役ではあるけれど、心まで贄となってはだめよ。弱い心は、本来の力も奪ってしまうから。
 年嵩であり、僧でもある杏の戒めは貴重であり、優しい。
 よし、と。心の内に拳をひとつ握り締め。
 そのとたん、ぐらり、と。
 何もない道で、なぜかよろけた柚を、横からのびた手が抱きとめた。
「あ、ありがとうございます」
 耳朶まで紅玉色に染めた柚に、朱鳳陽平(eb1624)は微かに笑って頭を振った。その思案の体を聡い風華は見逃さない。
「朱鳳様、いかがされました。気乗り薄のようですが」
「いや、そういうわけじゃないんだかが」
 慌てて大仰な笑みを返した陽平だが、彼らしくもなく――いや、むしろ彼らしいというべきか。すぐに難しい顔となる。
 妖しの調伏。困難だが、それは何とかなるであろう。が、それで事が終わるわけではない。畏れに挫け、他者の命で我が命を購おうとする、その狡さ、弱さが問題なのだ。禍根を断たねば、何か苦難がある度、その村は犠牲を求めるだろう。それに――
 断ち切れた封印の七五三縄。
 俺の思い過ごしであれば良いが。
 仄暗い予感に、陽平の手は無意識的に大刀の柄を握り締めていた。

 十三になるという。
 贄の少女。土間で祖母の手伝いをしている姿は普段の通りだ。
 が、動揺がないはずはない。それでもけなげに何気ない風を装っているのは両親を慮ってのことであろう。
 依頼人の立場を考慮し、雪路が依頼人宅に忍び入ってから一刻。すでに事のあらましを聞き、またこちらの策も披露し終えている。
「すり替えということで良いのだな」
 雪路は念押しした。余所者が贄の代役を申し入れてもそう簡単には承服はすまい。ゆえにひねり出した案であるが‥‥
「いえ、いいの」
 少女が頭を振った。驚いたのは雪路である。
「何をいう。そなたが贄となれば命にかかわるのだぞ。ここは我等に任せておけば良い」
「いえ――」
 再び少女が頭を振った。その懸命な仕草に雪路は言葉を飲み込んだ。
 自分のために両親を、そしてまだ見ぬ誰かを危険な目にあわせたくはないのだ。
 雪路は土間に下りると少女の肩を抱いた。震えているのは嗚咽をこらえている証しだ。
「良い子だ」
 雪路は少女を抱き寄せた。

 弦露は村の長と対座していた。
 妖しの存在を嗅ぎつけた呪者を装ったものの、村の者にとっては畏怖の対象であるにしろ、やはり邪魔者には違いなく、やっとのことで対面を果たしたのであるが。
「既に犠牲者が出ている今、贄を立てる事で鎮まるとも限りますまい。再度封印する必要があるかと存ずるが、如何か」
 重々しい口調で告げた弦露の前で、村長は渋面をつくった。
「それはそうですが‥‥」
 言葉を切る。
 突然ふらりと現れた呪法者がどれほど当てになるか。村長はそう思案しているのであろう。
 が、弦露に揺るぎはない。
「いや、贄を止せと申しておるのではない。もしおさまらねば、我等が再封印すると申しておるだけだ」
「うーむ」
 村長が腕を組んだ時、ざわめきが起こった。村長宅を取り囲むようにして様子を窺っている村人達からわきおこったものだ。 
 弦露が眼を遣ると、村人を分けるように三つ影が歩み寄ってくる。術者の姿はこの山間の地にあってはあまりにも雅やかで。中でも村人の氷の視線に晒されながらもなお、威すら感じる小夜の毅然態は見事という他はない。
「あれは――」
「朋輩でござる」
 村長に向けて、弦露はやや強張った笑みを返した。慌てて雪路に思念をとばす。
 が、護は知らぬ顔で座につくなり贄をとりやめるべきと言いだした。
「風樹殿――」
「いや」
 護は手で弦露を制すると、
「天は自ら助くるものを助く‥‥贄などという後ろ向きな考えに神は味方しません。ましてや相手は化生。人外のモノに人の道理は通用しないでしょう。死人が一人増えたとて――」
 皮肉に嗤い、さらに、
「なれば贄など出さずに人外のモノに対してきた我々に任せていただきましょう」
 言ってのけた。
 憎まれるのは承知の上。それでも指し示さなればならぬ地平もある。
 案の定、村長は顔色を変え、村人達が再びざわめいた。
 贄は村の最後の希望だ。余所者如きにとやかく言われる筋合いはない。
 理を超えた非難が針の雨のように冒険者達に降り注いだ。
 が――
「年端もいかぬ少女の人柱の上で眠ろうなどと――」
 冷笑が響いた。
 風華。姫呪法師。
 声はあくまで鈴を転がすように軽やかで。しかし彼女の公家めいた美貌のためか、はたまたその身に備わった貴風によるものか、一瞬にして喧騒が凪いだ。
 その隙を穿つように、風華は続ける。畏れる者は恐れに弱い。つけいる一点は見えている。
「それは後味の悪いことではございませんか? それに妖怪の生贄になった方の呪いはすさまじく、例え妖怪が静まったとしても、次は祟りが村に降りかかるでしょう」
 風華の笑みが深くなった。美麗であるだけに、それはいっそ凄絶だ。さすがに村人達も口をつぐんで互いの顔を見交わしている。
 その様に憫笑を投げ、風華は恥らってでもいるかのように口元をおさえた。
「あまりお気になさらないでくださいませ。巫女であり陰陽師である者のほんの戯言でございますゆえ。それに村が死に絶えたとて、わたくしには関係ございませんし」
 興味をなくしたかのように風華が尊大な仕草で顎をあげた。
 三度村人がざわめく。が、今度は非難のそれではない。風華の挑発に、彼等も混乱しているのだ。
 そのとき。
 村人を分けて、柚が姿を顕わした。
「時を無駄にはできません。わたくしが贄をつとめましょう」
 宣した。きっぱりと。当初は村人の協力などあてにせず、密かに贄のすり替えの算段をしていたものだが、事ここに至ってはいかんともし難い。こうなれば力押しするしか手はなかろう。
「呪者の方が価値が高い」
 いつの間に。
 戸をくぐり、雪路が颯爽と。
「要は形なのであろうが」
 雪路がニンマリとし、村人は沈黙した。

 日はすでに傾き。
 鬱蒼と木々が茂る森の中は、暗い。
 封印の古木と村をむすぶ直線上。やや開けた草原に笠をかぶった少女が黙然と座している。
 傍らには、これも笠をかぶった白装束の若者。
 黄金色に染まる二人は――柚と陽平である。
 さわさわと風がそよぐ緑中には夏の終わりをつげる寒蝉の鳴き声だけが喧しい。
 陽平は寂として意識のみを上にむける。敵は上空。もしくは木枝から飛翔するはずだ。
 と――
 寒蝉の鳴き声がやんだ。
 それだけではない。他の物音すらも。いや、風すらもとまった。
 柚と陽平はちらと眼を見交わした。
 柚の繊手はふところの巻物に、陽平の指は寝かせた大刀の柄にするするとのび――
 そのとき、二人は空から舞い降りる長布を見た。一見風に吹かれて飛んだ反物と見えないこともなかったが、このような山中に不自然ではあるし、また動きも尋常ではない。まるで意志あるものの如く、ひゅるひゅると――
「うっ」
 陽平が呻いた。
 柚めがけて疾った怪布を抜き撃とうとした彼であるが、刀の柄を握ったその手が何者かに掴まれて身動きがとれぬ。
 見下ろし、陽平は愕然とした。
 掴まれているのではない。別の怪布の一端が手をからめとっているのだ。
 陽平は己の迂闊さを呪った。敵はもう一体いた。のみならず、空からではなく、地表をすべるように接近してきたのだ。
「おのれっ!」
 歯噛みする陽平であるが、さらに怪布が彼の左腕までをも縛り上げていく。
 傍らでは――
 全身を怪布にからみつかれた柚が倒れている。腕のみならず顔や首にまで巻きつかれ。
 はじかれたように駆けつけた冒険者達であるが不用意には近寄れぬ。怪布の一端が蛇の鎌首の如く周囲を睥睨しているからだ。
「ぬっ」
 風華と小夜が同時に唇を噛んだ。
 風華のマグナブローは仲間も傷つくゆえに発動はできないし、小夜のサンレーザーは夕刻であるため使えない。もしサンレーザーが使えていたなら、そも妖しの接近を許さなかったであろう。
 ならばと。
 風華の判断は素早い。ムーンアローを放つべく呪を紡ぐ。
 なんでそれを見逃そう。怪布の一端が鞭のように唸った。
「あっ」
 さしもの風華が呆然と立ちすくむ。刹那――
 光流が怪布をはじいた。
 返す刃を肩に担ぎつつ、雪路が叫ぶ。
「今だ、撃て!」
 おう、と。
 護と風華の手から銀光が迸った。光矢は呪言をなぞり、正確に敵を射ぬく。
 瞬間、空気が震えた。
 それは口なき魔物のあげる苦鳴であったか。
 と、陽平を緊縛していた怪布がほどけた。すすうと宙に舞いあがって行く。飛び去る方向は――村だ。
 が――
 怪布の動きがとまった。大蛇のようにのたくるその一端をひっつかんでいるのは――陽平!
「逃がしゃしねえぜ」
 蛍火の雫を散りしぶかせ、 陽平は怪布を刃で地に縫いとめた。
 くおん!
 化生は再び鳴震を響かせつつ、身を翻して陽平を――いや、自らを地に縫いとめている刃を目指して殺到し――
 跪く影の前で襲撃をとめた。いや、とめられた。見えぬ蜘蛛の糸にからめとられた羽虫のように。
 それを見届け、立つ。ふわりと烏羽色の髪を翻らせた小夜が。コアギュレイトにより妖しを呪縛した小夜が。
 一方、護は歯噛みしていた。柚をぎりぎりと締め上げている妖しにムーンアローを撃ち込んではいるのだが、もう一匹と違いいっかな離れようとはしない。どころか、さらなる憎しみを込めるかのように柚をしめつける。
 ぎしぎしと柚の肉が、骨が軋む。このままでは――
「私が――」
 弦露が前に出た。すでに日は暮れ、シャドウバインディングは効かぬ。残る手は――
 弦露は思念を送った。

 痛い。
 苦しい。
 苦痛の暗黒に、次第に柚の意識は飲みこまれつつあった。巻物を手にしてはいるのだが、広げることもできない。
 死んじゃうのかな。
 過った。
 諦念に近い想い。
 柚が苦痛から逃れようと虚無の世界に足を踏み入れようとしたとき――
 杏の言葉が蘇った。
 そう。
 そうなんだ。
 はたと、柚は身動ぎした。
 胸の底にちろちろと瞬く光。
 そこに彼女が救ってきた者達の笑顔が見える。そして、これから彼女が救うであろう者達の幻影――
 がんばらなきゃ!
 柚の魂が煌いた。
 と――
 一瞬であるが、呪縛が揺るんだ。その隙を見逃さず――弦露の仕業とは知る由もないが――柚は巻物を開いた。
 刹那――氷風が吹いた。蒼光が煌いた後、柚の身は氷の柩に覆われている。
「上手いぜ!」
 快哉を叫ぶ陽平の前で、怪布を巻きつかせたままの柚が地から噴き上がった炎泥に呑まれる。
 ほほ。と――
 風華が笑った。
「布妖である故、よう燃える」

 術者のもてる呪のありたけを叩きこみ、なおかつ闘気の刃で命を削られた布妖二体は最終的には弦露が石化を施し、封印となした。帰還した冒険者達をもちろん村人は歓待したのだが――
 贄となるはずであった少女と両親が涙に濡れて頭を下げるのを見たとき、柚はたまらず声を発した。
「命をもって他の命を守ることは、他人に義務付けることではないと思います‥‥まして小さな子に‥‥」
 少女を痛ましそうに見遣りつつ、柚は言葉を途切れさせた。
 想いは山ほどあり、しかし言辞が見当たらぬ。己の不甲斐なさに唇を噛んだ時、その肩をそっと小夜が抱いた。
 想いは小夜とて同じである。ならば少しでも引き継ごうではないか。
「死者が出た事は心中をお察します。ですが生贄を差し出して、何かを犠牲にして、安寧を得られる日々はありますでしょうか?」
 静やかな口調。が、憐憫を込めたそれは、かえって村人の肺腑を打つ悟鐘の響きを帯びているようで―― 小夜は続ける。
 私達がいる、と。救いを求める声に、手を差し伸べる者達が。

「終わりよければ、すべて良し‥‥か」
 酒宴を眺め、護が呟いた。すべての問題が片付いたわけではないが、とにもかくにも暗雲のひとつは払われたのだ。それを喜んでも罰はあたるまい。
 が、傍らの陽平は浮かぬ顔だ。
 残された七五三縄の切り口。それはあきらかに自然によるものではなかった。と、いうことは――
 余人は知らず、一人、彼のみは気づいている。大きな闇の蠢動を。