●リプレイ本文
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「海かあ。楽しみだな」
弾むようにして天乃雷慎(ea2989)は仲間を見回した。
虎魔慶牙(ea7767)は、まるで子犬にじゃれつかれた虎のように苦笑し、
「此度は女子が多いなぁ」
「嫌?」
「いいや。華やかでいいじゃあないか」
慶牙、嬉しそうに女子――他の冒険者を見た。
白鷺のように立つ姿こそ美しい浦部椿(ea2011)。
その肢体からは粋ともいえる色気のようなものを漂わせた渡部夕凪(ea9450)。
仮面めいた相貌は凍てついているが、その瞳に情熱の炎をやどしたカノン・リュフトヒェン(ea9689)。
ただ麗しく、可憐で。リン・シュトラウス(eb7760)。
そして雷慎の五人である。
その五人のうち、夕凪がリンに微笑いかけた。
「良い中休みを有難うね」
「いいえ」
リンの小さくかぶりを振った。
「早雲様達をくつろがせて差し上げたいの。人はいつも強くはいられないもの」
「御尊顔をやっと間近で拝する機会だ。楽しみだろう」
「はい」
「いい事でござる」
零式改(ea8619)がぼそりと呟いた。
「いずれ、このようにゆっくりしてはいられなくなるでござろうからな」
「確かに束の間の休息になりそうだな」
大蔵南洋(ec0244)もまた嘆声めいた声をもらした。彼は、神島屋七之助より酒呑童子の事を聞かされており、漠然とした不安のようなものを感じ取っていたのだ。
「皆、楽しんでらっしゃ〜い」
送り出す声は艶やかで。真っ白な光をあびて、アニェス・ジュイエの肢体が陽炎のように揺れていた。
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空は、海は、限りなく広く、限りなく青かった。遠くには富士が見えている。
そこは名も知れぬ海辺であった。真珠のような白砂がひろがっている。
それは寒気のするほど美しい若者であった。天の名工の手になるとしか思えぬほどの美貌に、しかし幾多の修羅場を潜り抜けてきた者だけがもちえる抜き身の刃にも似た気をまといつかせている。
北条早雲であった。
その傍らには二人の若者が立っていた。一人は清水が人の姿をとったかのように涼やかだ。もう一人は不羈奔放たる身ごなしだが、不思議と気配は感じとれない。
前者は北条家剣術指南役である水鴎流の二階堂主水であり、後者は風魔一族頭領たる風魔小太郎であった。
そして――
夕凪は、早雲の横にちょこんと立つ童の姿を見出した。
「伽羅も海は見慣れなかろ? 今は浮世の事ぁ置きっぱで、身分も種族も無い‥そんな機会になりゃいいねえ」
「うむ」
うなずく伽羅の瞳にはいつもの超然たる光はない。代わりにあるのは、童のものらしき好奇心の光だ。
と――
突如、リンが大きな声をあげた。
「じゃあ、皆で遊びましょ。その前に男性の方々にはお願いがあるの。食材を獲ってきていただたいのです」
そしてリンはどさりと荷をおろした。
「もし食材が獲れなかったとしても大丈夫。河豚を用意してありますから」
「そいつはいい」
慶牙がニンマリした。
「でしょ。河豚は滋養に富むと聞いたので用意してみたの。リン、初挑戦しまーす♪」
「な、何!?」
早雲が眼をぱちくりさせた。
「き、聞き間違いかもしれぬが‥‥リン。お前、今、初挑戦とか云わなかったか?」
「云いましたよ」
「そうか‥‥」
早雲は一同――当然リンを除いた――を集めた。
「良く聞け。食う物がなければリンの河豚に箸をのばさねばならぬはめとなる。何としても食材を手にいれるのだ」
早雲は改と夕凪、南洋を見回した。
「北条家家臣の何たるかを示すのは、この時ぞ」
「釣りには徹底して付き合うつもりではあったがね」
夕凪が溜息を零した。
「結果、丸坊主もご愛嬌だと思ってたんだが」
「馬鹿!」
叫びかけて、慌てて早雲は声を低めた。
「愛嬌などとのんびりした事を云っている場合か。これは駿河の存亡にかかわる大事である」
「早雲様」
改がぎらりと眼をあげた。
「拙者、ようやく己を賭けるに足る主を得たと思っております。その主の為とあらば、この命に代えて魚を獲ってまいります」
「よし」
早雲ががっしと改の手を握り締めた。
「もしもの場合、その屍、必ず俺が拾ってやる。冒険者」
早雲は椿、それから慶牙、カノンへと視線を移した。
「見せてもらうぞ、お前達の力を」
「まあ、やってみるさ」
カノンが答えた。その声音は相変わらず愛想がない。
椿はふふんと皮肉に笑った。
「のんびりできる時には思い切りのんびりしておくのが信条なんでね。適当にやらせてもらうさ」
「ねえ」
突然声をかけられ、南洋はやや苛立った顔をむけた。
「何だ。今、命にかかわる大事な話の途中――むぎゅ」
小太郎が慌てて南洋の口を押さえた。声の主がリンであったからだ。
代わって改が問うた。
「何でござるか」
「何だじゃないですよ。どうしたの。さっきから皆でこそこそこと」
「何でもないさ」
慶牙が立ち上がった。
「では、遊ぶとするか」
「わーい」
雷慎が駆け出した。その後を追うように、風が踊った。
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「それは、面白えのか」
問うたのは、岩棚の上でごろり寝そべった、野性味を備えた少年だ。名は九郎。風魔である。
「そうでもない」
答えたのは、日傘をさし、釣り糸を垂れた椿であった。
「が、こうして待っているだけでも修練になる」
「ふーん」
九郎はわかったような、わからぬような顔をした。
「修練もいいけどよ。おめえ、泳がねえのか」
「水練しに来たのではないからな。遠慮しておくよ」
「そうか。なら」
九郎が立ち上がり、岩棚から身を躍らせた。ばしゃばしゃと水をはねる音を耳に、椿は肩を竦めてみせた。
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砂浜に、砂でつくった城がある。そして足跡が幾つか。
その足跡は、やや離れたところにある、岩で囲まれた砂浜へと続いている。
「水に入って大丈夫でしょうか」
「大丈夫だよ」
心配そうに問うたのはリンだ。能天気に答えたのは雷慎である。
「伽羅も入る?」
リンが問うと、伽羅は童めいた仕草でこくりと肯いた。
「じゃあ、一緒に入ろ。私は泳げないから、そーっと。‥‥雷蔵さん、見張っていてくださいね」
「わかった」
背をむけたまま肯いた雷蔵が、その時、わずかに身動ぎした。
「どうかしたの」
「いや、禍々しい気配のようなものを感じたんだが‥‥気のせいか」
やや離れた林の中。一本の樹木の幹に手裏剣が突き立っている。雷蔵が放ったものだ。
その手裏剣を避けるように、樹木に背をはりつけ、首をねじまげている者があった。
「雷蔵の野郎」
その者はぎりぎりと歯を噛み鳴らした。
「ちょっと覗こうとしただけなのに、あやうく死ぬところだったじゃねえか」
いつかぶっ殺すと心に誓いながら、その者――小太郎は手裏剣を引き抜いた。
ぽつねんと南洋は釣り糸を垂れていた。リン達のようにはしゃげないので、黙々と釣りをしている事はむしろありがたかった。
と――
ざぶりと水を割って人影が現出した。改だ。
「恐るべきものでござるな」
改が呻いた。
「恐るべき? ‥‥何が、だ?」
「魚でござる」
改は再び呻いた。
「我が隠密能力を用いても、なかなか背後から近づけないでござる」
カノンは愛馬クラフトをすすめていた。目的は調理に使う薪の調達であるが。実際のところ、カノンは逃げ出したといった方がよいかもしれぬ。
あの場にいたところで、まず海で遊ぶ事など思いつかぬし、また知らぬ者に肌を晒すのも好みではない。
カノンの脳裏に、ある想い人の名が浮かんだ。唯一肌を晒しても良いと思う人であった。そして、行方の知れぬ人でもあった。
早雲を見るリンの幸せそうな顔を思い出し、カノンの胸は寂寞たる思いにしめられた。
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「こんな事だと思っていました。でも大丈夫」
愛らしく微笑んで、リンが大きな鍋を置いた。中には魚のものらしき肉が煮えている。
「どうぞ、食べてください」
「ああ、馳走になる‥‥チッ」
リンに聞こえぬように舌打ちすると、早雲は冒険者達を睨みつけた。午後いっぱいかけて、結局誰も食材を獲る事ができなかったのだ。
すると主水が口を開いた。
「やはり主である早雲様から箸をつけていただかねば」
「主水!」
はじかれたように早雲が立ち上がった。その手にはすでに抜き払われた小刀が握られている。
「貴様、俺に何の恨みがあって――」
「恨みなどございませぬ」
「問答無用!」
早雲が刃を薙ぎ下ろした。が、その一撃は主水の刃によってがっきと受け止められている。
「お、おのれ」
「早雲様、まだまだでございまするな」
「だーっ」
夕凪が呆れたように溜息を零した。
「天下の北条早雲ともあろうお方が何て事だい」
「そう云うなら夕凪、お前、食べてみせろ」
「くー、すー」
「寝るな!」
怒鳴りつけた早雲であるが。その眼は、ぴたりと改の面上でとまった。
「屍は拾ってやる。食べろ、改」
「拙者、思い出した用がござる故、お暇いたしとうござります」
「もう!」
リンがしゃがみこんだ。顔をおさえた両の掌の隙間から涙が流れ落ちている。
「皆が喜んでくれると思ってつくったのに‥‥」
「すまぬ」
早雲が慌てて謝った。そして困惑したように頬をかくと、
「俺が悪かった。ありがたくいただく」
云うと、早雲は鍋に箸をのばし――
雷慎が顔をあげた。頬が大きく膨らんでいるのは、大量の河豚を頬張っているからだ。
「うん?」
騒ぎも知らぬげに、雷慎が愛らしく小首を傾げた。
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水平線に太陽は沈みつつある。海原は赤く、波に崩れかけた砂の城もまた赤く染まっていた。
「儚いから愛しくなるのかな」
リンが竪琴を爪弾いた。
「美しい国ね、駿河って」
「そうだな」
岩に腰かけ、早雲が答えた。その早雲の姿も黄昏の色に濡れている。リンはその美しさに身を震わせた。
「故郷には綺麗な狼がいるの。残酷なくらい美しい狼だけど。‥‥早雲様をみると、その子を想い出すわ」
独語すると、リンは早雲に身を寄せた。
「弟君の事なんですけど」
「風魔の蛍から報せは届いている」
「やはりご存知であったかい」
苦笑をもらしたのは夕凪だ。
「何ぞ私らの手は要り様だろうか? 冒険者や駿河が過度に触れるべきではない事柄だが、手を拱き見遣るのみでは口惜しいんでね」
「ふふ」
早雲は微笑った。
かつて彼も冒険者であった。夕凪の気持ちは良くわかる。
「お前達の判断に任せる」
「その為の私らというわけか」
不敵に夕凪が唇の端を吊り上げた。
と――
さらにリンが身を早雲に寄せた。
「身の証となるものをいただけませんでしょうか」
「ふむ」
早雲は少しばかり考え込み、やがて眼をあげた。
「考えておこう」
「では早雲様」
改が口を開いた。
「小田原の事でござるが‥‥もしや早雲様は、小田原を無血にて手に入れようとしておられるのでは?」
「さて」
早雲がニヤリとした。それは今日、初めて見せる早雲らしい笑みであった。
それきり早雲が答えぬと見て、南洋が酒呑童子について言上した。平織が延暦寺に侵攻した際、酒呑童子が賀茂神社にてひたすら虎長の首のみを狙ったらしいという事を、である。
「合点がいきませぬ。ジャパンに仇をなそうとするならば、狙うべきは帝の御命だったのでは?」
「らしい、という噂のみでは確かな事は云えぬな。ただ虎長には不審なところがあるのは事実だ」
「では、上杉についてはいかがお考えで」
問い、さらに南洋は続けた。
「周囲に確たる味方も無い現状では、駿河も頼りとせざるをえない。また越後にしても、武田と伊達が勢力を増した現在、単独で両藩を牽制することは困難。畢竟、駿河と越後は同盟強化せざるを得ないと考えます」
「武田とは、どうだ?」
「はっ!?」
南洋が愕然たる顔をあげた。
「冗談さ。あくまで可能性にしかすぎぬ」
早雲は可笑しそうに笑った。
さすがの冒険者達も声もない。ややあって喉にからまるような声をカノンが押し出した。
「‥‥早雲殿。この地に日本武尊の異聞があると聞いた。どのようなものか心当たりはないだろうか」
「魔にかかわりがあると聞いた事がある」
早雲が答えた。
「魔?」
カノンの眼に不審の光が揺らめいた。
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「長殿」
早雲からやや離れた岩に腰かけた小太郎に、声をかける者があった。夕凪だ。
「ちょっと尋ねたい事があるんだがね」
「何だ?」
「十兵衛殿の事さ」
夕凪は云った。十兵衛とは柳生十兵衛の事であり、夕凪とは少なからぬ因縁があった。
「あのまま大人しく駿河に居漬ける御仁でも無し、今頃どうしているかと思ってね」
「あいつの事は良くわからねえ」
小太郎が答えた。
「さすがの風魔も近づけやしなかったからな。が、駿河を出たところまでは見届けたぜ」
「聞いて欲しい事があるんだ」
ひょこっと雷慎が顔を覗かせた。そして男の声を真似て、
「金色の金棒を持った鬼に関して静観してもらえないか。今の段階で排除は容易だが、その駒をひっくり返すことが出来れば面白い情勢がうまれるやもしれん。一考して貰えないか? ――って、よくわからない事を兄貴が云ってたんだけど‥‥わかるかな?」
「さあて」
小太郎がそらとぼけた。が、その面には楽しくてたまらぬような笑みがういている。
先ほど、南洋から江戸城での茶会の事を聞いた。どうやら、どこもかしこも騒がしくなっているようだ。
その小太郎の前に、今度は慶牙がどかりと腰をおろした。
「風魔ならば知っているかと思ってなあ。夜刀衆の居場所と規模についてなんだが」
「夜刀衆か」
小太郎の眼にちらりと刃のような光がともった。
「知っているのか」
「知っている。江戸に潜伏している事は間違いねえようだ。規模は噂によってまちまちだな」
「そうか」
立ち上がると、慶牙は大きくのびをした。
「こんなかで、誰が一番腕が立つかね? 力比べがしたいんだがねえ。殴り合いでもかまわねえぜ」
「面白い」
ぬっと立ち上がった影がある。身の丈は、おそらく六尺を超していよう。風魔の善鬼という。
「俺がつきあってやる」
「そうかい」
にっと、菓子を前にした子供のように慶牙が笑った。
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太陽はおちた。リンは闇の中にある。響くのは潮騒の音だけだ。
「早雲様」
リンは少女のように口を開いた。
「私、もっと早雲様の事、知りたい」
「知ってどうする?」
「どうするって‥‥。好きな人の事を知りたいって思うのに理由はないんじゃ‥‥い、いえ。そ、そういう好きじゃないんですからね」
慌ててリンは顔をそらせた。薔薇色に染まったその頬を、優しく夜が隠した。
「何か‥今‥聞こえなかったか」
膨れ上がった顔で慶牙が問うた。すると、同じく膨れ上がった顔で善鬼が答えた。
「さあ‥な。さっきから‥耳鳴りがして‥よくわからねえ」
「そうか」
慶牙が拳を繰り出した。同時に善鬼も拳を叩き込む。
抱き合うようにして気を失った二人の巨漢を、伽羅がじっと見つめていた。その傍らには、遅れて到着したスモールシェルドラゴンの海神とイワトビペンギンの水飛がいる。
「馬鹿だな、こやつら」
伽羅が呟いた。
それは――
夏の終わりの、ある夜の事であった。