【源徳大遠征】鳥居耀蔵暗殺
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:9 G 4 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月05日〜10月10日
リプレイ公開日:2008年10月14日
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●オープニング
「死罪を申しつくる」
冷然たる声音で告げたのは、その声音通りの怜悧な相貌の男であった。
いや、細面の顔に鋭い眼が光っているその面相は怜悧というより、むしろ冷酷そうに見える。
男の名は鳥居耀蔵。江戸町奉行であった。
「入れ」
耀蔵が短く声をかけると戸が開き、一人の侍が入ってきた。
侍の名は野沢市兵衛。耀蔵配下の与力であった。
「お奉行、お呼びでございますか」
「うむ」
肯くと、耀蔵は仮面めいた顔をむけた。
いつもながら何を考えているのか読み取れぬお方だ。――市兵衛は思いつつ、耀蔵の言葉を待った。
すると耀蔵は他人事のような口調で、
「わしを暗殺しようとする者がおる事、知っておるか」
と、問うた。
「噂のみならば」
市兵衛は答えた。
遠山金四郎の後を継いで町奉行になった耀蔵は、伊達に尻尾を振った奸臣として嫌われている。さらにいえば、その苛烈な処断においても。
耀蔵としては、己の成す事に何のおかしなところがあるかと思っている。
乱の後、江戸の人心は乱れた。その乱れを治めるには通り一遍のやり方では追いつかぬ。果断容赦なき力を見せつける必要があったのだ。
それは、結果として正解であった。その証拠に、江戸は常の通りに機能を果たしている。江戸を守ったのは彼を抜擢した伊達政宗などではなく、この俺だと耀蔵は自負していたのであった。
「愚かな事だ」
耀蔵はつまらなそうに吐き捨てた。
前奉行であった遠山金四郎は優秀な男であった。その遠山の後を継いで、この乱れた江戸を治めるに、いったい誰が適任であろうか。この鳥居耀蔵をおいて他になし。
それは自負や気負いでもなく、単なる論理的な帰結であった。
それを源徳旧臣どもは恨んでいるという。馬鹿者としか思えない。
暗殺など、思想的に狂化した者のやる事だ。そのような凶行の為に死ぬつもりなど耀蔵にはさらさらなかった。
江戸の町を守る為、己にはまだまだやるべき事がある。――そう耀蔵は思っていたのだ。
「家康公が関東攻めをされるおつもりである事、知っておるか」
耀蔵が問うた。すると再び市兵衛は、噂のみならば、と答えた。
「うむ」
耀蔵は肯いた。
関白である豊藤秀吉の仲介により、源徳と平織の講和は成された。その折、家康は云ったという。江戸攻めは諦めぬと。
おそらく家康はたつであろうろう。もはや背を脅かされる恐れはなくなったのだ。勇躍江戸を攻めるはずである。
「その噂を聞きつけ、馬鹿者どもが動く」
「源徳旧臣‥‥でございますか」
市兵衛は複雑な表情を、その顔にうかべた。
市兵衛もまた源徳旧臣である。同じ源徳旧臣同士が相争う事には抵抗があった。
その心理を耀蔵は読んだ。故に奉行所役人は使えぬと判断した。
「暗殺者どもを一網打尽にし、抹殺する」
刃の切っ先のような声音で耀蔵が告げた。愕然として市兵衛は眼を見開いた。
「ま‥‥抹殺でございますか」
「そうだ。奉行の命を狙うなどという行為がどのような結果を招くか、思い知らせねばならぬ。それに、そのような馬鹿者どもにいつまでも拘ってばかりもおられぬ。この際、一気に掃除する」
耀蔵の眼がギラリと光った。それは市兵衛が震え戦くほど凄絶なもので。
耀蔵は云った。
「冒険者ギルドに依頼を出すのだ。奉行所を、いや江戸の治安を守る為、極秘の依頼をな」
●リプレイ本文
●
船宿の二階に足を踏み入れ、江戸町奉行所与力である野沢市兵衛はぎくりとして身を竦ませた。
部屋の中には四人の男女の姿がある。
一人は黒衣のローブを纏った、どこか禍々しい雰囲気を漂わせた異国人の男。
一人は玲瓏たる月光の精かと見紛うばかりに美しい女。
一人は可憐な相貌の、しかし凶悪的に豊満な肢体をもった女。
一人は春風のように微笑む男。
一見異常なところのない四人だが、市兵衛にむけた彼らの眼の何たる凄絶さか。
「依頼主殿だな」
口を開いたのは異国人の男であった。
「さ、左様」
呪縛が解かれたか、市兵衛が答えた。その手には冒険者が出した一枚の書状が握られている。
「冒険者だな」
「そうです」
肯き、微笑みをうかべていた男は伊勢誠一(eb9659)と名乗った。
「鶺鴒団補佐役をしております」
「ほっ、鶺鴒団とな」
市兵衛は表情をややあらためた。
伊達政宗の許しを得た設立された新組織。冒険者主体のそれである鶺鴒団の事は市兵衛も知っていた。
「それでは」
市兵衛は一人の女に眼を転じた。可憐な相貌の女に、だ。
「其方も鶺鴒団の者か」
「そうじゃ」
女は短く答えると、瀞蓮(eb8219)と名を告げた。するともう一人の女が瞳に氷の如き青い光を煌かせた。
「私はシオン・アークライト(eb0882)」
「カイザード・フォーリア(ea3693)だ」
異国人の男も名乗った。そして武田家の参謀であるとも告げた。
「甲斐の武田?」
「そうだ。依頼を果たす他に、実は鳥居殿に頼みたい事がある」
カイザードが云った。
甲斐には今、八王子の手がのびている。さらには先日おとした小田原の残党も動き始めていた。危急の時に奉行所の仕事を受けたのは、カイザードなりの目算がある。
カイザードは数枚の紙片を市兵衛に手渡した。それぞれに顔が描かれている。
「これは?」
「甲斐の鉱山街に火を放った者の人相書きだ。どうやら冒険者らしい」
「冒険者‥‥」
市兵衛は砂を噛んだような顔をし、カイザードは冷然たる声音で問うた。
「冒険者は、街に火をかけてもお咎め無しなのか」
「それは」
市兵衛は沈黙した。
カイザードの云う通り、冒険者が罪を犯せば裁かれねばならない。それは奉行所の役目である。
だが。
(甲斐藩の事情にござれば筋が違う‥‥)
と市兵衛は困惑した。事件が起こった――それが真実ならだが――のは甲斐である。江戸の町奉行所の管轄は広く言っても武蔵国内。伊達と武田が同盟国の間柄でも協力には限度がある。しかもカイザードは暗に冒険者ギルドへの牽制を要請している。
ともかく市兵衛は小さく肯いた。
「お奉行に伝えておこう」
「では依頼の事だ。詳しい内容を聞こうか」
「うむ」
答えて、市兵衛は腰をおろした。そして知りえる内容を明かした。
「やれやれ、源徳派か」
瀞蓮が溜息を零した。
「素直に今の状況を受け入れよう筈も無し、出来ることはやらねばならん。鶺鴒団の理念に、治安強化もある故にの」
「そうですね」
誠一が同意した。
源徳派の立場はともかく、町奉行の暗殺に正義は無い。逆に云えば、旧源徳家臣にとって今の江戸が乱れた方が都合が良いのか。まことに武士は度し難い。許す理由も無い。
誠一の心には激烈なる思考がある。
が、誠一の面に現れたのは、あるかなしかの微笑であった。
「では不穏分子を一掃する為、我々の話を鳥居殿にお伝え願いたい」
●
「あれか」
一人の男が呟いた。目つきの鋭い、壮年の侍である。
うむと声に出さず肯いたのは連れの侍であった。こちらはまだ若く、青白い顔を強張らせている。
冒険者と市兵衛が対面した日より二日後。場所は居酒屋であった。
壮年の侍が眼を眇めた。その視線の先、酔客に混じって一人の女の姿があった。
「鳥居の護衛役というのは、真実か?」
「そう申しております」
若い侍が答えた。
「数日前より酒屋に入り浸り、茶会の護衛役に愚痴をこぼしておるとか」
「ほう、茶会の」
壮年の侍の顔つきがやや変わった。
鶺鴒団なる組織が、奉行所との交流を図る為、鳥居耀蔵を茶会に招いた事は壮年の侍も知っていた。旧源徳家臣もまた招かれている事も。
壮年の侍は女に歩み寄ると、
「同席してもよろしいかな」
「うん?」
女は酔眼をあげた。
「誰、貴方?」
「拙者は樋口孫右衛門と申す。そしてこの者は」
壮年の侍が眼をむけると、若い侍が藤井新五郎と名を告げた。
女はふーんと鼻を鳴らすと、興味なさそうに徳利を取り上げた。
「座りたければ、座れば」
「では」
二人の侍が腰をおろした。そして酒と肴を注文すると、
「なかなか機嫌が良さそうでござるな」
孫右衛門が笑いかけた。すると女は顔を顰めて、
「どこが機嫌が良さそうよ」
ごちた。さらに唇をゆがめて、
「護衛役だというから引き受けたのに、茶の湯のお相手をしなきゃいけなくなるかもしれないのよ。まったく、やってらんないわよ」
「ほう。茶会でもあるのでござるか」
壮年の男の眼が、女を窺うように細められた。
「そうよ」
女が答えた。そして酒臭い息と共に、
「おまけに、守るのはあの妖怪よ」
「妖怪?」
「知らないの? 妖怪。鳥居耀蔵よ」
女が吐き捨てた。
妖怪とは鳥居耀蔵につけられた渾名で、耀蔵の耀をもじり、また果断なそのやり口を揶揄して庶民がつけたものである。その事は孫右衛門もまた知っていた。
孫右衛門の眼がきらりと光った。
「ほう、江戸町奉行殿が茶会に」
「そうよ。鶺鴒団が桔梗屋に話をつけ、茶会用にと屋敷を借りたんだけど、これがまあ辺鄙なところにあってね。もう面倒くさいったらありゃあしない。明後日まで憂鬱だわ」
「明後日? 茶会は明後日に開かれるのでござるか」
「そうよ。さっさと開いて、ぱっぱっと終わらせてくれればいいのに」
「そうでござるな」
孫右衛門は相槌をうつと腰をあげた。続いて若い侍も。
ふっと女は眼をあげると、
「あれ、もういくの? まだお酒も肴も手をつけてないじゃない」
「急な用を思い出したのでな。では」
「そう」
女は答えると、がくりと首を折った。それを見下ろし、孫右衛門はニヤリとすると背を返した。
「女の申す事、本当でござろうか」
居酒屋からやや離れた路上で、新五郎が問うた。すると孫右衛門は大きく肯いた。
「おそらく真実であろう。鶺鴒団の事といい、桔梗屋の事といい、疑う余地はない。本当の護衛役でなければ、それだけの事は知り得ようはずがないからな」
「しかし、あれは女。護衛役とはとても」
「馬鹿め」
孫右衛門は笑った。
「あの女を見くびってはならぬ。只者ではないぞ。酔ってはおっても、あの身のこなし。一分の隙もなかったわ」
「では、鳥居は確かに茶会に」
「おお。明後日、最も仕留めやすい場所にて鳥居耀蔵を血祭りにあげる。できうれば、あの女のような護衛役がおらぬところでな」
孫右衛門は――鳥居耀蔵暗殺を謀る旧源徳一派である彼は云った。
が――
孫右衛門は知らぬ。酔いつぶれたはずの女が、居酒屋を出て行こうとした孫右衛門達の背を、刃のような鋭利な視線で盗み見ていた事を。さらに、女の名がシオン・アークライトという事も。
●
その日、カイザードの姿はすでに桔梗屋の別宅にあった。まだ他の客達は来ていない。
カイザードとしては、罠として用意したこの屋敷の構造を再度把握しておくつもりであった。
こちらは四人。敵人数は不明。
地の利はこちら、だが数の利はおそらく敵方にある。勝つ為には利を最大限に活かさねばならない。
屋敷の門をくぐると、表にシオンの姿があった。野太刀を背に負い、黙然と周囲に眼をはしらせている。
「本当に来るだろうか」
近寄り、声を低めてカイザードが問うた。シオンは肯き、
「間違いないわ。樋口孫右衛門と藤井新五郎という侍。おそらくは奉行を狙う源徳家臣よ」
「そうか」
カイザードの手がマグナソードの柄を握った。刀身から灼熱の気迫が流れ込んでくるような心地がする。
「来るか」
「殺れる?」
「むろん」
カイザードは冷然たる態度で答えた。
「信念を持ち、民に尽す人は大事だ。その者を、己の野心や都合で暗殺しようなど言語道断。皆殺しにするに躊躇いはない」
「なら、いいわ」
シオンの朱唇が微かにめくれあがった。それはぞっとするほど艶かしくて。
「容赦しなくていいとの事。なら、思う存分暴れられる。殲滅してあげるわ」
●
町奉行所入り口に、大身らしき身形の一人の侍が現れた。
細面の相貌は端正ともいっていい。が、その眼の何たる冷たさか。まるで氷片のようである。
侍の名は鳥居耀蔵。江戸町奉行であった。
「鳥居殿じゃな」
「冒険者か」
耀蔵が見下ろした。肯いたのは瀞蓮である。
「お迎えにあがった」
「手数をかける」
答えると、耀蔵は頭巾を被り、駕籠に乗り込んだ。私用の為、共の者は耀蔵の家人である。
数は八。護衛としては心許ないが、町奉行所の前で襲撃は考えにくい。鶺鴒団までは、すぐ逃げ込める武家屋敷の近くや人通りの多い表通りを行くのでまず心配はない。瀞蓮の手配であり、耀蔵も話を聞いた上で彼女に任せた。
「参りましょうかの」
瀞蓮が声をかけると、駕籠が持ち上がった。
「あれは‥‥鳥居耀蔵!」
物陰から窺っていた新五郎が呻いた。
「まことか!?」
問うたのは本多権六という侍である。新五郎はごくりと唾を飲み込んだ。
「まことじゃ。俺は鳥居の顔を知っている」
「では、やはり茶会に」
「うむ」
肯くと、新五郎は権六に命じた。
「樋口様にお報せするのだ。鳥居が奉行所から出たとな」
●
同じ頃、誠一は鶺鴒団の屯所にいた。
その傍には頭巾が一つ。耀蔵の影武者となるべく用意されたものである。
その影武者だが――冒険者の策はこうだ。
まず鳥居耀蔵を鶺鴒団まで案内する。そこで影武者と入れ替わり、その影武者は桔梗屋の屋敷へ。江戸の治安に関する内密の会談として、旧源徳関係者も呼んでいる。内密の為、警護は薄く、場所も寂れていて襲撃には手頃。
‥‥危険はある。
が、冒険者の人数も少なく今はこれが精一杯か。
誠一はまだ見ぬ鳥居耀蔵という男に思いを馳せた。
江戸の為、毀誉褒貶を退け、ひたすら信ずるところの道を突き進む。その姿は、どこか自身に似ていると誠一は思っている。
人は花を愛でる。その花を支えているものが茎である事に気づかないで。
人とはそのようなものだ。己の安楽が、泥にまみれた何者かの努力によって守られているなど思いもしない。
「守ってみせるよ、鳥居殿も、江戸も」
誠一の眼にゆったりと微笑が広がった。
●
風が唸った。
はっとして瀞蓮が足をとめた時、がたんと駕籠が地に落ちた。見れば、駕籠を担いでいた中間二人が苦悶の声をあげている。その首を貫いているのは矢であった。
「しまった!」
瀞蓮が呻くのと同時、多数の侍が殺到した。全員抜刀し、通行人を蹴散らして駕籠に迫る。
「退け町人!」
襲撃者の振り回す刀に腕を切りつけられ、若い娘が悲鳴をあげる。日中、江戸の大通りにおいて有り得ぬ筈の凶事だった。
「鳥居耀蔵、覚悟!」
一人の侍が叫んだ。
その顔はシオンならば知っている。樋口孫右衛門であった。
「鳥居殿!」
瀞蓮が駕籠の戸を開けた。
「お逃げくだされ」
「うむ」
耀蔵が答え、瀞蓮は素早く視線を巡らせた。
すでに周囲は乱刃の巷、守る者と襲う者、凶刃から逃げ惑う人々で阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
「まさか町中で襲ってくるとは‥っ」
鳥居の護衛は逃げる民が邪魔で思うように刀を振るえない。駕籠を中心に必死に耀蔵を守るが、既に二人が倒れていた。
「鳥居、天誅!」
民を押しのけて一人の侍が斬り込んで来た。
が、瀞蓮は豹のように襲った。するりと身をかわしつつ、掌底を侍の顎に叩き込む。骨の砕ける不気味な音が響いた。
「無辜の民を巻き添えにするかっ!」
「我らとて後が無い。止むをえぬ犠牲だ」
一人の侍がニンマリした。孫右衛門である。
「鳥居耀蔵、ここで死んでもらうぞ」
「待て」
片手をあげ、耀蔵が制した。
「つまらぬ真似はよせ。わしを殺してどうなるというのだ」
「ほざけ」
孫右衛門が怒号を発した。
「伊達に尻尾を振る奸臣。うぬを血祭りにあげ、江戸蜂起の狼煙とする。やれ!」
「おお!」
鞭打たれたかのように侍達が襲いかかった。
反射的に瀞蓮が動く。一人の侍の顔面に拳を叩き込み――横に飛んだ。一瞬遅れて、瀞蓮のいた空間を刃が薙いですぎる。さらに斬撃が疾り――
飛び退り、瀞蓮は唇を噛んだ。
敵の数が多すぎる。しかも襲撃者は民を殺す事も己の命すらも軽視していた。
さすがに焦りの色の滲んだ顔を、瀞蓮は耀蔵にむけた。
「鳥居殿、ここではやられる。ひとまずアレに」
瀞蓮は傍の呉服屋を指さした。多勢に無勢でも裏口から長屋へと逃げていけば。
「町奉行が民家に逃げられようか」
耀蔵は抜刀し、一人の侍の刃を受け止める。
その身ごなしは稚拙であった。耀蔵は知力ほどには剣技は長けていないようである。耀蔵にむかって瀞蓮は疾駆した。ともかくも敵の壁を崩し、耀蔵を逃さねばならない。
が――
瀞蓮の前に刃が踊った。瀞蓮がたたらを踏む。近寄る事ができない。
味方の侍は善戦したが全滅、それに倒れて動かない通行人の姿。
「ええい!」
瀞蓮が前方を塞ぐ侍の懐に飛び込んだ。振り下ろされる刃をかいくぐり、蹴りを鳩尾にぶち込む。
侍が血反吐を撒き散らせた。
これで残る敵は四人。何とかなる!
心中に叫びつつ、瀞蓮は耀蔵に駆け寄り――
刹那だ。
瀞蓮の視界を真紅が染めた。袈裟に斬られた耀蔵の身体からしぶく鮮血の為である。
「鳥居殿!」
瀞蓮の口から愕然たる呻きが発せられた。
その時、さしもの瀞蓮の背にも隙が生じた。その亀裂めがけ刃が疾り――
「ぬっ」
背をはしる灼熱の激痛に、瀞蓮が足をとめた。
直後だ。別の刃がずっとのび――
侍の顔面に拳をめり込ませたが、刃は瀞蓮の腹を刺し貫いていた。
「おのれ!」
刃を引き抜き、瀞蓮は斬りかかってきた侍の刃を受け止めた。そして蹴りを放つ。
空を切り裂くつま先が侍の喉に突き刺さり――
「退け!」
叫びが聞こえたようだった。
瀞蓮は動けない。よろめきつつ、耀蔵の傍に歩み寄るのがやっとであった。
「と、鳥居殿」
瀞蓮が耀蔵を抱き起こした。
「くっ」
鳥居の口から赤黒い血が溢れ出した。
「わしは‥‥俺は死ぬのか。このようなところで」
「鳥居殿!」
瀞蓮の口から血を吐くような声が発せられた。が、耀蔵は答えぬ。ただ、その眼から一筋涙が零れた。
「俺は‥‥まだ死ねぬ。やる‥‥事があるのだ。まだ‥‥」
言葉が途切れた。そして瀞蓮の手に、耀蔵の重みがのしかかった。
「ぬうっ」
瀞蓮が耀蔵を抱え上げた。血の筋を地に残しつつ、そのまま歩一歩と足を運び――
ばたりと瀞蓮は倒れた。
わずか後の事である。
瀕死の瀞蓮と、すでに息絶えた鳥居耀蔵を駆け付けた誠一らが発見した。