【風雲】鳴動駿府城
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■ショートシナリオ
担当:御言雪乃
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:13 G 3 C
参加人数:7人
サポート参加人数:3人
冒険期間:11月10日〜11月17日
リプレイ公開日:2008年11月25日
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●オープニング
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三河を発した源徳家康と四千を超える大軍が、怒涛の如く東海道を馳せ下っていた。関東の反源徳勢と雌雄を決するために。
その軍中、一人の男が家康に呼び出された。
陣屋の奥、家康は黙然と座していた。男は、その家康の前に座している。
まだ若い。年の頃なら二十歳そこそこといったところか。彫りの深い相貌は西洋人との混血のように見える。少年のように好奇心に輝いている瞳が特徴的であった。
「勝よ」
家康が口を開いた。すると勝と呼ばれた若者が片眉をあげた。
「話があるとか」
「そうじゃ」
家康は重々しく肯いた。勝の無礼は許した。
「其方は駿河の北条早雲を知っておるな」
「まあ」
ニンガリ笑うと、勝麟太郎は頬を掻いた。彼は駿河だけでなく、越後や薩摩などの他藩にも良く出入りした。
「知っているっちゃあ、知っていますがね」
家康の眼が一瞬きらりと光ったようだ。
「早雲は、このわしと戦うかね?」
「さあて」
勝は首を捻った。
上杉謙信や武田信玄、あの伊達政宗などは世間に知られた名将だけに、行動はある程度読める。が、北条早雲という若者の心理は良くわからないと勝は言った。
思わず唸るほどの神算鬼謀の主かと思えば、子供のような青くささで愚かな反応を示すこともある。名将は馬鹿な事はしないので読めるが、馬鹿か怜悧か分からぬ男は読めない。
「勝よ。乱世ではそのような男が現れるものぞ。そうか、早雲とはさような人か。‥‥申しつくる事がある」
「申しつくる事?」
家康は関東諸侯に密書を送っていた。
内容は、家康が江戸奪還に動く事を知らせるもので、伊達側と源徳側、いずれに味方するかを問うものだ。大義は家康にあるが、現在の力は伊達が上。判断に悩む所だが、中立は許さず、内容は恫喝に等しい。
「早雲から返答が無い」
「そりゃあ、良くありませんな」
駿河は関東入りの前に必ず降さねばならぬ相手だ。通り過ぎた後に早雲が背後を突けば、家康の敗北は確実。ただ通して貰えば良いというわけには行かない。
「降伏の使者として早雲に会え」
「‥‥なるほど、最後通牒というやつかい」
勝はふふんと笑うと腕を組んだ。
しかし、と首をひねる。家康から見れば早雲は所詮、格下だ。下手にでて、早雲殿の手助けが必要だと頼んだ方が良くはないか。
「高圧に脅せば、早雲はへそを曲げて戦うと言い出すかもしれませんぜ?」
「されば北条は潰す」
鋼のように冷たい声音だった。
●
ぱさりと紙片をおいたのは、太陽よりも眩く、薔薇ですら俯いてしまいかねぬ美貌の持ち主であった。
「‥‥家康め」
美貌の若者は面白そうに笑った。
その微笑みは乙女のように可憐だ。が、身裡に潜む龍の如き覇気は隠しようもない。
「早雲よ」
柱にもたれた若者が口を開いた。
こちらは精悍な風貌をしている。奔放不羈たる気をみなぎらせていた。
「家康は何と云ってきた?」
「気になるか、小太郎?」
美貌の若者――北条早雲が問うた。すると小太郎と呼ばれた若者――風魔一族頭領である風魔小太郎はふんと鼻を鳴らし、まあな、と答えた。
「家康が関東諸侯に密書をばらまいた事はわかっている。内容は江戸大遠征に際し、戦うか臣従するか」
「何だ」
早雲は苦笑した。
「知っているんじゃないか」
「俺を誰だと思っている」
小太郎はニッと笑って見せて、
「で、その書状もそうか」
「ああ」
早雲は紙片を見下ろし、ふっと口辺に嘲笑を滲ませた。
「どうやら此度ばかりは家康も本気らしい。自ら窮鼠と化しおった」
「とんだ鼠だな」
「全くだ」
早雲は肩を竦めた。
「江戸奪還。関東制覇。大仰な言葉で聞こえは良いが、巻き込まれる民こそいい面の皮だ。こうしてみると、大名なんぞとほざいてはいるが、やくざとたいして変わらんな」
北条家はこれまで家康と戦った事は無い。伊達にも臣従しておらず、立場は中立だ。
「その俺が何故、家康の家来にならねばならん? 馬鹿げている」
「ほう」
面白そうに小太郎が声をあげた。
陰で越後と秘密同盟を結び、小田原陥落の影の立役者と言われながら、真顔で言う早雲を、小太郎は楽しげに見た。
ただし早雲の考えも分かる。ここで家康に付けば、北条軍は源徳に酷使される。それも当然だろう。北条は源徳からも伊達からも信用されていない。言葉だけの臣従など通じまい。
しかも、この戦は公平にみて、源徳側に分が悪い。国力で圧倒し、固い同盟を組む伊達側に対し、源徳側に加わる事が確実なのは、八王子に居る息子くらいのものだ。
にも関わらず、家康は書状一枚で駿河に手下になれと強要している。確かに、馬鹿にした話だ。
「それで、やくざが一緒か」
「ああ。民から見ればな。汗水流して働きもせずに掠りをとって生きている。そのくせ縄張り争いで民に迷惑をかける。まさにやくざと同じさ。いや、民など牛馬と同じと考えているところなど、かえってやくざより始末が悪いかもしれぬ」
「同じ大名でありながら、よく云うぜ」
「そうだな」
早雲が自嘲めいて笑った。
「小太郎の云う通りだ。俺も含めて、大名など潰れてしまった方が良いのかもしれん。そうすれば戦などなくなる」
「はっ」
小馬鹿にしたように笑い、小太郎はごろりと横になった。
「大名がそう簡単に潰れるものかよ」
「確かにそうだ。かといって、このままでは大名は侍を手放すまい。ならば強大な覇者が天下をとり、しかる後に天下を神皇に譲る。ジャパン統一軍をつけてな。当面はそれしかあるまいよ」
「何が当面だ」
小太郎は呆れたように肩を竦めてみせた。
「もうそこまで源徳軍が迫っているんだぞ。どうするつもりだ」
戦うなら今すぐ籠城し、上杉に救援を頼むか。敵が家康なら、間違いなく謙信は来る。或いはこの際、武田と組めば、家康を駿河で捻り殺すも出来ぬ相談ではない。
逆に配下となるなら、徹底的に臣従するべきだ。中途半端は疑心を招く。死に物狂いで味方し、もし源徳が伊達に勝利すれば、関東の副王も夢ではない。
徹底して保身に走るなら、源徳にも伊達にも通じるのも一つの道。至難だが、音に聞こえた北条忍軍、皆死ぬ覚悟で臨めば不可能とも言えず。
そのていどは余人も考えること。
早雲の胸中は知らず、ただ――
「勝が来る」
とだけ早雲が答えた。
「勝? 源徳のはねっかえりの若造か」
「ああ、家康の使者としてな。降伏しろというのだろう。馬鹿な話だが、勝の話を聞いてみるのも面白い」
早雲が可笑しそうにくすりと笑った。
●
江戸。
冒険者ギルド。
二つの依頼が同時に出された。
一つは勝麟太郎よりの依頼。内容は勝とともに駿河に赴き、家康に臣従するよう北条早雲を説得するというもの。
もう一つは、北条早雲よりの依頼。こちらの内容は勝と早雲の対面に同席してほしいというもの。
どちらの依頼を受けたとしても、むかうは風雲渦巻く駿府城である。そしてその結果は関東大動乱に少なからず影響を与える。
「‥‥いよいよか」
ギルドの手代がもらした呟きは震えをおびていた。
●リプレイ本文
●
降り注ぐ陽光は眩しく、暖かな小春日和。
日差しの中に佇んでいるのは、太陽の光にも劣らぬ溌剌とした娘である。常ならば――
天乃雷慎(ea2989)という名の娘の相貌は今、暗く翳っていた。
「迷いがあるようだな」
突如声が響いた。はっとして顔をあげた雷慎は、そこに義兄である陸潤信の姿を見い出した。
「うん」
雷慎は肯いた。
実のところ、彼女は迷いの中にいた。駿河の北条にかかわる事だ。
義兄であり風長である風守嵐が常日頃云っていた。決して国同士の争いにはかかわるな、と。
しかし、雷慎は思うのである。このまま北条を放ってはおけないと。
北条早雲や風魔忍者達と過ごしたわずかな日々が、血に溶け込んで雷慎の華奢な身体をかけめぐっている。どうやら雷慎は北条の者達が好きになってしまったようなのだ。
「何を迷っていのるかはしらんが、やらずに後悔するのなら、やって後悔した方がいい」
「!」
雷慎ははじかれたように顔をあげた。何かが氷解していく感覚。すると別の手が、そっと雷慎のもう一方の肩におかれた。
「好きにやるがいい」
嵐は云った。
「天を縛る物は古今在りはしない。想う様にやれ。こちら側の事はオレ達に任せろ」
「嵐兄」
雷慎の瞳に涙が滲んだ。何故泣くのか、よくわからなかった。
でも――
「うん!」
大きく肯いた雷慎の顔には、日輪の光がやどっていた。
小さく微笑をもらしたのは妖精じみた美しい女性であった。
「どうやら天乃さん、迷いを解かれたようですね」
「そのようだねえ」
ちらりと口辺に笑みを刻んだのは渡部夕凪(ea9450)だ。
「また一人、頼もしい仲間ができたようだ」
「でも」
女性――リュー・スノウの瞳は昏い。皮肉なものだと、彼女は哀しげに睫を伏せる。
「江戸を戦に巻き込んだ者を討つ為に、追われた者がまた江戸を戦火に晒すとは」
「そうだねえ」
夕凪は重い溜息を零した。野望や欲望、そして憎悪がジャパンを灼き尽くそうとしている。
「何処ぞの空の下、この騒ぎを聞いているかね、あの二人も」
夕凪は冷たく冴える蒼空を見上げた。
一人は不羈奔放たる隻眼の、そしてまた一人は剛直なる心胆の。二人の若者の面影を追い、そして夕凪は心に刃を呑んだ。
その時だ。後からぎゅっと抱きしめる者があった。
驚いて振り向いた夕凪は、そこに花開く寸前の蕾のような乙女を見出した。
リン・シュトラウス(eb7760)。今回の依頼人でもある冒険者であった。
「夕凪さ〜ん」
「リンさんかい」
夕凪は苦笑を面に刻んだ。
「元気そうだねえ」
「ごめんなさい、緊張感がなくて」
繊細なのかふてぶてしいのか良くわからぬ娘は頬に紅を散らせた。
「でも、すごくどうしたら良いか悩んだんですよ。けど、やっぱり結論は出なくて」
リンはしょんぼりと肩をおとした。が、それも束の間、すぐにきゅっと唇をひきむすぶと、星の煌きをやどした眼をあげた。そしてきっぱりと、
「でもね、それも当たり前なんです!」
と云いきった。
「だってまだ主様が何を守りたいか、はっきり聞いてないんですもの」
「なら、直接公に聞いてみたらどうだい?」
夕凪が告げた。するとリンは一瞬眼を丸くし、しかしすぐに微笑みながら肯いた。
●
勝麟太郎が来る。
一足先に八人の冒険者は駿河に辿り着いていた。
そのうちの四人――北条家家臣の零式改(ea8619)、大蔵南洋(ec0244)、リン、それに夕凪は駿府城奥にむかい、一人の若者と相対している。神秘的ともいえる美貌に龍の如き覇気をまといつかせた漢――北条早雲であった。
「何とか間にあったようだねえ」
やや疲れたように夕凪がふうと息をつくと、早雲はふふんと微笑った。
「小田原はすでに武田のもの。源徳手配はないさ」
「ふっ」
夕凪は我知らず微笑を返した。
見るに、早雲の様子は常の如しである。ゆったりと脇息にもたれている。
「早雲様」
凶相ともいうべき恐い相貌の男が口を開いた。南洋である。
「早速でござるが、駿河の大難に対する私の意見をお聞きいただきたい」
「聞こう」
一息おいて南洋は籠城準備と共に、三国に使者を送ることを進言した。
「駿河が生き残るためには勝ち馬に乗り続けねばなりますまい。しかし源徳が勝ち続け、天下を取るとは到底思えませぬ」
「故に藤豊、平織、上杉か」
微笑をためたまま、早雲が云った。
「左様でござる」
南洋は大きく首を縦に振った。
「藤豊には派兵の確約を申し出、その見返りとして平織に対し源徳と北条の仲裁を命じてもらう。平織には武田攻めの助力をもちかけ、見返りとして源徳との仲裁を頼む。最後に上杉に対してでござるが、小田原の次に武田が駿河を攻めるは明白。自衛の為に討って出ることあらかじめ告げておく。以上の策、いかがでござろうか」
「なかなかに謀る」
早雲はニヤリとした。
「しかし、どうやって都に駿河兵を送る?」
南洋の策には破綻がある。
駿河から京に兵を送るには、源徳平織、もしくは武田伊達領を通らねばならぬ。これらの国々を簡単に通過できるなら、今冒険者を呼んでいない。藤豊に派兵の確約、平織に武田攻めの助力は二枚舌だ。武田への宣戦布告の理由は、云い掛りに等しい。
「なら源徳に降りるかい」
夕凪が問うた。
「私は、駿河の民を護るに重きを置くならば服従も篭城も良とは思えないんだよ。望まぬ戦に疲弊するは民だからね。其れに三河に降るは沼田から梯子を下ろすと同意。‥同盟国たる越後への義も立つまいし。何より公の心が共鳴せぬ相手に沿う理由も無い、だろ?」
夕凪の眼にちらりと光がよぎった。家康に与するのは業腹である、という早雲の本心を、彼女は見抜いている。
「とはいえ、どちらも取らぬではすまないね。甘い見当は承知で、藤豊と接触は如何かね? 関白殿は帝の後見人だ。拳をひく理由にゃなるやも知れん」
「秀吉か」
早雲は浮かぬ顔をした。
秀吉は、神皇を中心にした雄藩連合を画策しているようである。その策には早雲もひかれる。
「嫌かい?」
「そうではないが」
「だったら」
何を思いついたか、リンが眼を輝かせた。
「いっそ神皇様に駿河を献上して、北条家は神皇軍に入ってみたら♪」
「駄目だ」
初めて早雲は意を示した。
「実を云えば、俺はあの男を好かん。奴こそ、この乱世の最大の悪党とみている」
神皇家に駿河を献上、つまり駿河守の地位を返上すれば、後の事を決めるのは関白である秀吉だ。早雲はそれが嫌だという。リン達は困った。
「ならば」
改が、底光る氷のような眼をあげた。
「源徳に降り、武田を討つべしと拙者は愚考致しまする」
「ほう」
早雲は面白そうに改を見た。早雲股肱の冒険者中、家康に降る事を進言したのは彼一人。
「何故だ」
「拙者が冒険者故でござる」
改が答えた。
「冒険者が心を寄せるのは圧倒的に西。即ち源徳と平織でござる。江戸を制圧し、一年が経ちますが冒険者の心を掴めなかった伊達に、拙者は己が運命を預ける気にはなれませぬ。脅されて軍門に下るのは、業腹でござるが、所詮は利用し合う間柄。乗ってみるも一興かと」
「云いおるわ」
早雲は苦笑し、問い返した。
冒険者の勢いが源徳にあるなら、何故冒険者の信望篤かった源徳はかつて敗れたのか。
「さよう、拙者らは詰まるところ‥‥悔しいのでござる」
あの時、江戸の冒険者は敗けた。が、実力で敗れたとは思っていない。故に、再戦を望んでいる。
「ふむ‥」
その時である。部屋の外から声がかかった。
「勝麟太郎様、ご到着なされました」
「よし」
早雲が立ち上がった。傍に座していたリンも立ち、早雲を呼び止めた。
「早雲様、一つだけお尋ねしたい事が」
「‥‥何だ?」
「早雲様のお気持ちです。早雲様が本当に守りたいものは何なのですか」
「守りたいもの、か」
背をむけたまま、早雲はやや思案した。やがてちらりとリンを見遣ると、
「よくはわからんが‥‥。ただ女が泣くような世をなくしたい思っている。戦のない、平和な国になれば、とな」
「わかりました」
答えたリンの面には、輝く微笑がうかんでいた。
●
「よく来たな、勝」
「長え道中、くたびれちまいましたよ」
勝麟太郎は早雲にニヤリと笑んでみせた。
これが勝か。
ある種の感慨を込めて見つめたのは夕凪である。
勝という若者は小柄で、西洋人のように彫の深い顔立ちをしており、とても強そうには見えない。
「私に何か?」
勝の視線に気づいて夕凪が問うた。すると勝は子供のように眼をきらきらさせて、
「おめえさんだろ、信康様を掻っ攫った冒険者ってのは」
「そうだが」
勝は笑み崩れた。
「源徳と平織を煙に巻いた野郎ってのを、一度拝んでみてえと思ってたんだ。そうかい、おめえさんかい」
「勝」
早雲が苦笑を零した。
「お前の用はその事か」
「あっ、いいや」
勝は頭を掻くと、早雲に向き直った。そして早雲公、と切り出した。
「今更云うまでもねえがね‥‥どうなさる?」
「そうだな」
天使の微笑を頬にためて、早雲はじっと勝を見つめた。
「嫌だ」
「そいつは通らねぇよ」
口を尖らせる勝。
「お待ち下さい」
側に控えていた氷の彫像のような美女が口を開いた。
中立で、と参加した伊勢の巫女ファルネーゼ・フォーリア(eb1210)である。
「朝廷から駿河を預かる早雲公に、何の権利あって家康公は降伏を強要なさるのじゃな」
「うっ」
いきなり鋭い横槍を浴びせられて勝は怯んだ。
「家康公は帝の詔を断り、私戦を引き起こす所存か。諸侯は尽く講和を望んでおる。駿河を脅迫するは、更に罪科を重ねて武名を貶める行為に思うが、如何じゃな?」
正論である。
安祥神皇が戦に反対しているのは紛れもない事実だ。
「早雲公に恐れながら申し上げるが、斯様な戦に自ら関われば御家が汚れる元じゃ。家康公も下らぬ脅しなど止めて、駿河は素通りなされては如何かな?」
ファルネーゼは、巫女として神託を告げるように早雲と勝を見据えた。
「そうです。源徳軍が素通りすれば、駿河は戦をしなくて済みますものね」
同様の考えを持っていたリンがファルネーゼを応援する。
早雲は勝に眼をむけた。
「家康は素通りするかい」
「しねえでしょうなあ」
勝は苦い顔で答える。
「おいらの殿様は覚悟を決めちまってるのさ」
此度、家康は背水の陣である。すでに神皇と関白の意志を踏みにじっている。
畏れ多くて勝も明言はしないが、家康の行動は今上への謀反。正論は通じない。
「殿様には悪いが、この戦に大義はありません」
勝側で参加したイギリスの騎士であるルーラス・エルミナス(ea0282)が発言した。
優しさと強さ。その二つを兼ね備えた風貌の若者は、早雲に真摯な視線を注いだ。
「北条様と家臣の皆様は、その野心で、東に付くか、西に付くかを決めてください」
早雲の柳眉が微かに動いた。
「野心、か」
早雲を見つめたまま、ルーラスは大きく肯いた。
「そのうえで、西に味方するが北条のためでしょう」
第一に、平織と武田の戦が不可避であること。武田と上杉に味方すれば源徳相手には必勝と云えるが、平織が武田を倒せばどうなるか。
第二に、源徳は明らかに不利ゆえに、味方すれば恩賞が大きいこと。
第三に、東に味方すれば籠城より他なく、駿河が主戦場になるが、西に味方すれば小田原や甲斐など戦場は駿河の外であり、駿河の村々が襲われないこと。
「まさに、その通り」
降伏を推した改は喜び、大きく頷く。
ルーラスは貴族の政治的話術を駆使したので冒険者達はなるほどと感心した。客観的には、穴が多い。この時点では平織と武田の戦は不可避でなかったり、事実上源徳の楯に使われる駿河の危険を無視している事など、彼の大言は口車に近い。
「東国のみか西国の平定も願われるなら討って出るべきですが、そうでないなら、ここは源徳に降伏し、西国の副王を目指すのはいかがでしょうか」
「副王か」
早雲が面白そうに笑った。
「勝」
冒険者達は語り終えたと見て、早雲は勝に声をかけた。勝も視線を上げる。空に火花が散ったようだった。
「では俺の存念を話そう。源徳に降りる」
●
宴会である。鍋である。
会談を済ませた勝を呼びとめ、リンが鮟鱇鍋を振舞った。場を盛り上げる笛の音は雷慎が奏でている。
リンはお酌しつつ、
「ねえ、勝様。勝様は酔狂な方みたいだから、早雲様のお友達ですよね?」
「まあ、な」
勝はニッとすると、
「友達ってのは、さすがに畏れおおいんでアレだが。まあ、好きってのは確かだ。すげえ面白えからな」
「そうですよね!」
リンはパチパチと手を叩いた。
「で、ね。おききしたい事があるの。家康公とどうしたら友達になれるかしら?」
「家康公と?」
勝はニンガリと笑い、手をひらひらと振った。
「だめだな。早雲公じゃあるまいし、家康公は冒険者と友達にゃあならねえよ。大大名なんぞになっちまうと、そういう生き物に変わっちまうんだ」
「そう」
リンは肩を落とした。
それでも――
勝という若者には、どこか希望の匂いがあった。
●
勝が去る。同時にルーラスとファルネーゼも。
天守より見送るのは早雲と風魔小太郎、北条家家臣である四人の冒険者、そして雷慎であった。
「もしやすると、お前は決戦を挑むかもしれねえと思ったぜ」
「ちらとは考えたのだがな」
早雲は小太郎を見遣った。その眼には刃の光がやどっている。
そして冒険者達を見渡した。
「降伏は嘘だ」
「‥‥へ?」
「俺は大名どもにほとほと愛想が尽きた。この世から戦をなくす為にこそ俺は戦う。全ての大名を潰し、ジャパンを民のものとする。これからは命懸けの綱渡りとなるぞ」
冒険者達は呆れた。
降伏の条件として駿河藩は安堵されるが、北条軍は源徳の尖兵として小田原攻めに参加し、かつ大遠征軍の兵糧も提供する。更に駿河の裏切り防止として、竜王丸を人質として差し出す。早雲は主筋を家康に売った。そこまでしなくては家康が早雲を信用する筈が無いのである。その上で、早雲は降伏を偽りという。
ド阿呆と言ってよい。
「いいよ」
雷慎が声をあげた。
「今までは中立でありたいと思っていた。でも、これからは北条を支える為にボクの力を使いたいと思っている」
「いいのか」
早雲が問うた。その美しい顔からは笑みが消えている。
「俺のゆく道は修羅の道、茨の道だ。北条家家臣となった馬鹿達とは違い、お前まで屍山血河を歩む必要はあるまい」
「早雲様」
南洋はかぶりを振った。冒険者――いや、雷慎が一時の迷いでこのような事を申し出る娘でない事は幾度の触れ合いで彼にはわかっている。雷慎は彼同様、早雲の為に命を懸けようとしているのだ。
「馬鹿だな」
早雲が微笑った。少年のように。
改が狼のようにニヤリとし、夕凪が肯いた。
「そうだよ、主殿と同じでね」
時は冬。北条早雲と冒険者は吹き荒ぶ北風に立ち向かおうとしていた。