湯煙忍法帖

■ショートシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月20日〜11月25日

リプレイ公開日:2008年11月30日

●オープニング


 夜空に瞬く星は冴えて、まるで宝石のようであった。
 見上げる娘の瞳も碧玉のように煌いて。ただ、その海のような神秘の色の奥には憂愁の光がたゆたっている。
 ほっと娘は蕾のような唇から溜息を零した。
「三郎君、大丈夫かな」
 娘が呟いた。
 まだ見ぬ北条三郎という若者。若年でありながら上杉謙信に認められ、沼田城を任されたほどの逸材だ。
 が、その三郎の身に危険が迫っている。何者かの陰謀が渦巻き、三郎を戦乱の嵐に巻き込もうとしているのだ。
 娘は三郎の身が心配であった。正直いって沼田の事なんかどうでもいい。いや、もしかすると三郎の事もまた。それよりも、彼の兄の事が案じられてならないのかもしれない。
 北条三郎の兄、北条早雲の事が。
 素知らぬ顔をしているが、やはり早雲は弟の事が気掛かりである、と思う。
 思う、というのは娘には今一つ早雲の心情が掴みきれていない為で。氷のように冷たいようで、実は太陽のようにあったかい人なのかもしれない。意地が悪いようで、皮肉屋であるようで、無頼で、奔放で、自分勝手で、あれれ‥‥
 何で悪口しか出てこないんだろう。ぺろっと舌ほ出すと、娘は思考をもとにもどした。
 ともかくも、と。
 沼田にむかい、三郎君と会わなくちゃ。久しぶりに兄弟水入らずになる機会を作って差し上げたいし。
 ふっと微笑むと、夢見るような娘の瞳がわずかに潤んだ。
「どうして涙が出ちゃうんだろ」
 娘は、その可憐な顔に泣き笑いのような表情をうかべた。
 娘の名はリン・シュトラウス(eb7760)。冒険者である彼女は、北条早雲股肱の臣であった。


「くそっ!」
 北条早雲が、虹の光を結晶化させたかのような眩しい美貌をゆがめた。
 何事かとはじかれたように身を起こしたのは風魔小太郎である。眼前の若者がそのように感情を爆発させるなどめったにある事ではない。
「どうしたんだ」
「家康めの事だ」
「家康?」
 さすがの小太郎がわずかに顔色を変えた。
 源徳家康は江戸を奪還する為、三河を発し、東海道を馳せ下っている。駿河に牙を剥きつつ。
 その家康を早雲は罵っている。何事かを家康が仕掛けてきたのかもしれない。
「家康がどうした?」
「これを見ろ」
 腹立たしげに早雲が紙片を放った。それを空で受け止め、小太郎が視線を走らせる。
「おい」
 小太郎が不審そうに早雲を見た。
「これはリンからの文じゃないか。三郎に会う為、沼田にむかうと書いてあるが」
「そうだ」
 膨れっ面で早雲が肯いた。
「温泉にいくらしい」
「そのようだな」
 小太郎もまた肯き、首を捻ると、問うた。
「しかし、それと家康がどうつながるんだ?」
「わからぬか」
 早雲はふんとそっぽをむくと、
「家康めがどたばた動かねば、俺もまた沼田で温泉に浸かっていられたのだぞ。それを、あの狸親父が――」
 悔しげにきりきりと歯を噛み鳴らせた。
 小太郎はといえば――
 紙片を投げ出すと、再びごろりと横になっている。呆れたような溜息を零しつつ。
「くそーっ、家康め!」
 早雲が怒鳴った。
「うるせえってんだよ」
 小太郎が舌打ちした。


 沼田城城下。
 ある豪壮な屋敷の奥座敷で、一人の侍が座していた。
 男の名は宇佐美定満。上杉家家臣であり、沼田城代家老でもあった。
「冒険者が来る」
 定満の口から低い声がもれた。
「ほう」
 答えたのは総髪の若者だ。人形めいた、非人間的な相貌の持ち主である。
「何をしに参るのでござる?」
「三郎様との対面の為に」
「沼田城主殿と?」
 若者の眼が一瞬きらりと光った。
「それは‥‥。しかし宇佐美殿は冒険者がお嫌いなはず。排除されればよろしいのではござりませぬかな」
「そうもいかぬ」
 定満は苦いものを口に含んだかのように顔を顰めた。
「その冒険者とやら、北条家家臣じゃ。早雲公の使いの者に上杉の者が手を出せようか」
「なるほど」
 若者が静かに答えた。その口元に浮かんでいるのは、あるかなしかの微笑だ。
「が、事故というものはつきものでござる」
 若者は云った。


 文句は云うのにも疲れたか、早雲はごろりと横になっていた。隣では小太郎が寝そべっている。
「風魔だが」
 早雲が口を開いた。
「リンが同行を望んでいる。誰か、いるか」
「童虎がいる」
「童虎?」
 早雲がちらりと眼を動かした。
「いいのか、童虎を使って?」
「ああ。他の者に命じたら、野郎はきっとすねやがるだろうからな。うではいいし、そっちの心配はいらねえ。ただ」
「ただ?」
「野郎は助平だ」
「ふーん」
 早雲は形のいい唇を尖らせた。そしてニヤリとすると、小太郎に問うた。
「お前と比べて、どうだ?」
「まずまずといったところかな」
「そいつは拙いな」
 
 
 
 

●今回の参加者

 ea9450 渡部 夕凪(42歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea9885 レイナス・フォルスティン(34歳・♂・侍・人間・エジプト)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb4757 御陰 桜(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb4803 シェリル・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 eb5885 ルンルン・フレール(24歳・♀・忍者・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec0244 大蔵 南洋(32歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

渡部 不知火(ea6130)/ 鳳 令明(eb3759

●リプレイ本文


 江戸。
 冒険者ギルド。
 朝霧に包まれたその場は、かつてないほどに華やかだった。
 渡部夕凪(ea9450)。
 ステラ・デュナミス(eb2099)。
 シェリル・オレアリス(eb4803)。
 リン・シュトラウス(eb7760)。
 四人もの美しい女達が集っている。一人、むっつりと恐い顔で所在無げに立っているのは、北条家家臣である大蔵南洋(ec0244)であった。
 いや――
 もう一人男はいる。が、その男は南洋と違い、いやに楽しそうだ。
 風魔の童虎。北条よりの使者である。
「皆さん、私の依頼を受けていただいて、有難うございました」
 リンがぺこりと頭をさげた。
「いいのよ」
 姉のように優しく笑み返したの、男ものの絹の黒服を纏ったはシェリルである。
「北条三郎さんや風魔の人に興味があるから。ともかく気を張らずいきましょ」
「そうだね」
 夕凪は肯き、彼方にある北条早雲を想って苦笑した。
「公が今頃地団踏んでそうだが、まあ楽しんでこようじゃないか?――で、風魔の童虎さんだったかねえ。いやに楽しそうだが‥‥オナゴはどんだけお好みだい?」
「い、いや」
 童虎はじゅるりと涎を拭った。
「風魔忍びは女などに興味はもたねえ」
「だそうだ。可愛い娘達は気をおつけ?」
「どういう意味だ、てめえ!」
 童虎の声に怒気がこもった。が、かまわず夕凪は兄の渡部不知火に歩み寄っていった。
「ほら」
 不知火が夕凪に円形状の金属を手渡した。ヴァジュラナーヴァという名の武器である。
「欲しいって云ってたもの。ってわざわざ投擲武器手元に戻る様に仕込んでお出掛け、って一体何する気かしらぁん? ‥‥つか、目が笑ってねぇぞ、お前‥」
「まあ、いろいろあるのさ」
 ヴァジュラナーヴァを手に、夕凪がふてぶてしく笑った。
 ぞくり。その笑みを眼前にし、不知火ほどの男が背に寒気をはしらせている。
 彼は知っているのだ。夕凪がこのように笑う時、修羅の旋風が吹き荒れる事を。
 温泉がめちゃくちゃになるな。哀しげに不知火は高くなった青空を見上げた。

 そしてまた――
 ふうむと唸りながら、南洋は己の背嚢に手を差し込んだ。
「これも必要になるのであろうか?」
 南洋は先ほど、リンが温泉で料理をするつもりと話しているのを聞いた。そこで思い出したのが、ある夏の日の事であった。
 駿河の海で、彼ら冒険者は北条早雲と過ごした。その折、リンが河豚鍋をつくったのである。
「あやうく死ぬところであったが‥‥」
 ぼそりと呟く南洋が取り出したものは解毒剤であった。


 風魔の童虎を含む五人の冒険者は沼田街道を北にむかった。
 同じ時、その沼田街道を同じく北に辿る二組の冒険者の姿があった。
 一つは、奇遇にも同年齢の二人の娘。とはいえこの二人、実に対照的ではあった。
 一人は蜜の滴るような色香の漂う娘で。比べて他方の娘は清純そのものであった。
 御陰桜(eb4757)とルンルン・フレール(eb5885)である。
「また温泉に一緒にいくことになっちゃいましたね」
 ルンルンがはしゃいだ声をあげた。そうね、と桜は艶然と微笑み返す。
「どんな温泉なのかしら。楽しみねぇ♪」
「はい」
 ルンルンの大きな瞳がきらきらと輝いた。
「確か沼田温泉でしたよね」
「ええ。上州の北の方のはずよ」
「上州かあ」
 ルンルンは夢見るような瞳をあげた。上州は詳しくないが、きっと鄙びた宿に露天風呂なんかがあるに違いない。
「私、占い、しちゃったんですよ」
「占い?」
「はい。花占いなんですけどね。で」
 クスリとルンルンは微笑った。
「素敵な出会いがあるってでました。間違いありません。乙女の勘なのです」

 はっくしょん。
 童虎が大きなくしゃみをした。夕凪はからかい気味に、
「なんだい、天下の風魔が風邪でもひいたのかい」
「うるせえってんだよ」
 怒鳴り返し、しかしすぐに童虎はニヤリとした。
「へっ、どっかの女が俺の噂でもしてやがるにちげえねえ」

 沼田街道を北にむかう他方――こちらは一人である。
 八人目の冒険者。黒く長い髪を背に流した姿は孤影飄然と。
 レイナス・フォルスティン(ea9885)であった。
「温泉か」
 驢馬に話しかけるように、ぼそりとレイナスは呟いた。
「混浴かな」
 首を捻り、すぐにレイナスは背に水を浴びたような顔になった。
 此度の依頼を受けた面子を彼は知っている。大蔵南洋とかいう強面の浪人を除き、あとはいずれも美形揃いの女ばかりだ。
 が、この女達、並みの者ではない。下手に手出しをしようものならどのような目にあうか。
 それよりも、とレイナスは思考を沼田で出会うはずの若者にむけた。
 北条三郎。上杉謙信ほどの名将が、己の身内や重臣をさしおいてまで城の一つを任せた若者だ。
「さて、どのような者であるか」
 レイナスの唇がわずかに歪んだ。


 五人の冒険者の事である。
 関所を越え、彼らは沼田領に入った。沼田温泉までは後わずかである。
「助かったわ」
 シェリルがリン達北条家臣に微笑みかけた。彼女らのおかげで、シェリルは難なく沼田の関所を抜ける事ができた。カーラが蒼海城で義貞を説得した事は、まだ知らない。
 もはや何の障害も無い。ゆったりと冒険者達は温泉を目指していた。ステラは度々足をとめ、林に分け入り、茸など採取するのどかさだ。
 事件は、その冒険者達の心の隙をつくようにして起こった。
 冒険者達が山間の道にさしかかった時だ。
「危ない!」
 南洋が叫んだ。彼は、崖を転がり落ちてくる巨岩の存在を見とめたのだ。
 ひらりと夕凪が飛燕のようにとんだ。ステラを抱きかかえるようにして。南洋もまたシェリルを突き飛ばすようにして横にはねた。
 一瞬後だ。轟音が轟き、塵煙がもうと舞った。
 その中、はじかれたように夕凪が立ち上がった。そして粉塵を見透かすようにして周囲を見回し、
「リンさん!」
 愕然たる叫びをあげた。
 リンが倒れている。額から流れ出した血が真紅の血溜りをつくっていた。
「しまった」
 南洋がリンを抱き起こした。
 もはや息がない。おそらくは即死であろう。
「何という事だ」
「私に任せて。逝かせはしないわ」
 シェリルが印を組んだ。
 呪法展開。数瞬の、あるいは永遠の時が流れすぎ――
 リンの眼がうっすらと開いた。


 沼田温泉。
 数件ある宿の一つの一室で、北条家家臣である三人の冒険者は一人の若者と相対していた。
 若者は兄には及ぶべくもないが端正な面立ちをしている。確か十五であったはずだが、大人びて見えるのは生真面目である故か。沼田城城主、北条三郎であった。
「兄が印籠を与えたほどの者達。会ってみたかったぞ」
 三郎が口を開いた。
 面をあげた夕凪はその三郎を見返し、なるほどと肯いた。
 瞳が好奇心できらきらしている。兄の早雲と同じだ。
「源徳の事は聞いている。兄の様子はどうだ?」
 三郎が問うた。するとリンは小首を傾げ、
「いつもとおんなじです」
「同じ、か」
 得心したかのように三郎が肯いた。
 考えてみればそうだ。あの兄に動揺などあろうはずがない。
「では湯に入るか」
 三郎が立ち上がった。


 露天風呂であった。ゆらゆらと立ち上る湯気がいかにも暖かそうだ。
 その露天風呂に続く脱衣場には華やいだ声が溢れている。桜とルンルンが合流したのだ。
 ごにょごにょ。
 くすくす。
 うんうん。
 リンとルンルンが顔を寄せ合ったのも一瞬。すぐにルンルンが宣言した。
「温泉友の会、結成しちゃいました」
「わーい」
 リンがぱちぱちと手を叩いた。実に楽しそうだ。
 が――
 一人、切れ長の目に憂いを含んだ美しい娘がいる。風魔の蛍だ。
 その様子に気づき、ステラが歩み寄った。
「どうかしたの?」
「え、ええ」
 曖昧に蛍が肯いた。
「一緒に来た風魔がいるでしょ」
「風魔? ‥‥ああ、童虎さんね」
「そう」
 蛍が小さく首を縦に振った。その眼にうかぶ異様な光を見とめ、ステラは顔色を変えた。
「童虎さんがどうかしたの?」
「ええ。あいつには気をつけなければいけない」
「気をつけ――童虎さんが何かを企んでいるとでも?」
「ええ」
 蛍は答えた。
「あいつはきっと覗きに来るわ」


 その時、童虎はそろそろと脱衣場の裏に忍び入ろうとしていた。が――
「童虎殿」
 突如、呼び止める声が響いた。はじかれたように振り向いた童虎であったが、すぐにほっと胸を撫で下ろした。
「なんでえ、大蔵じゃねえか」
「左様」
 南洋が肯いた。その背後に立っているのは三郎だ。
 三郎は怪訝な顔で、
「このようなところで何をしている?」
「決まってるじゃねえですか。露天風呂といえば一つ、覗きですよ」
「の、覗きだと!」
「しぃー!」
 童虎が慌てて口の前で人差し指をたてた。
「静かにしねえとばれちまうでしょうが」
「な、何を――」
 三郎が顔を真っ赤にした。
「覗きなど不届き千万――」
「あーあ、いけねえな」
 童虎が指を振ってみせた。
「早雲様の弟君ともあろう方が、そんなこっちゃいけねえ。露天風呂において覗きは戦。早雲様ならきっと率先して覗かれておられますぞ」
「あ、兄上なら?」
 困惑の態で三郎は南洋を見た。
「本当か?」
「うむ」
 南洋は首を傾げた。
 南洋の見るところ、早雲は女など眼中にないようだ。が、反面、悪戯は好きそうである。
「されるかもしれませぬ」


 女達は衣服を脱ぎ始めていた。脱衣場にはむっとするほどの花の匂いが満ち溢れている。
 と――
 リンが衣服を脱ぐ手をとめているのに気づき、ルンルンが問うた。
「どうかしたのですか」
「あ――。混浴なんだと思って」
 当惑したようにリンが答えた。
「嫌?」
「嫌じゃないけれど」
 というより、楽しみかもしれない。
「だったらいいじゃないですか。私は浴衣を用意しましたよ」
「私は面倒だから裸ね」
 桜がすっと顔を覗かせた。すでに衣服を脱ぎ去り、輝くような裸身を晒している。
「裸なんて、見られても減るモノでもないでしょ?」
「そうなんですけど」
 まだリンは迷っているようだ。そしてちらりと他の冒険者達を見た。ステラだ。
 リンと同じくステラは華奢であった。が、乳房の豊かさはリンと比ぶべくもない。形もいいし、桃色の乳首はつんと上をむいている。
 はあ、とリンは自身の胸を見下ろし溜息を零した。
 ――早雲様や三郎様もステラさんみたいな女の子がいいのかな。


「い、いい」
 脱衣場の外壁に逆さにはりついて脱衣場を覗き、童虎は涎を垂らした。
 と――下方の騒ぎに気づき、童虎は三郎を睨みつけた。
「静かにしねーか。ひっそりこっそりやんねーと見つかっちまうじゃねーかよ」
「とはいってもだな」
 三郎は上手く覗けない。南洋は困ったように声をあげた。
「三郎様、やはり覗きなどはいかがなものかと‥‥あっ、こうすれば御覧になれまするぞ」
 ちゃっかりというか‥‥南洋が窓枠にしがみついた。
 その時だ。空を裂いて疾ったものがある。簪だ。
 わずか後、窓から不審そうな顔を覗かせた者がいる。夕凪であった。
「殺気じみた気配を感じたんだけどねえ」

 ややあって――
 脱衣場の屋根の上で童虎は太い息をついた。
「危なかったぜ」
「どうして私がこんな目に‥‥」
 南洋と同じように童虎の手に襟首を掴まれ、ぶらぶらと揺れながら、三郎は泣いた。


 ようやく入浴。
 湯気で霞む露天風呂には九つの影が揺れている。三郎と八人の冒険者だ。
 童虎の姿はない。覗きが蛍にばれ、縛られて脱衣場の裏に転がされている。
「あー、気持ちいいわね」
 桜が溜息に似も声をもらした。湯は無色透明である為、その肢体の全ては露わになっている。
 対するに、九人中三人の男達の態度は様々だ。
 レイナスはゆったりと湯に浸り、楽しそうに女達を眺めている。南洋はむすっとしていた。三郎は茹ったように真っ赤な顔をしている。
「三郎殿」
 レイナスが顔をむけた。
「もっと寛いだ方がいいぞ」
「そうですよ」
 ルンルンが、リンの用意した酒を三郎に酌した。
「もっと楽しまなくちゃ。そうそう、来る途中、柊を見ましたよ」
「柊?」
「はい、古くから邪気を払うとされる植物です。お土産にしようかなと思ったんですけど、手折るのも可哀想で」
「そうだな」
 ようやく三郎が微笑した。そして、もう冬なのだなと呟いた。するとリンが、
「ねえ」
 と近寄ってきた。
「早雲様の事でお聞きしたい事が。私には、意地悪で冷たくて皮肉屋で、無頼で奔放で自分勝手で、情に厚くて理想家で夢見る少年のようで‥‥」
 くすりと微笑ってからリンは続けた。
「ほんとにひどい人に見えるんですけど、昔はどんなお兄様だったの?」
「それは私も知りたい」
 南洋も顔を興味深げに顔をむけた。
「昔も‥‥何と申しますか、今以上にヤンチャであられたのでしょうか?」
「兄上か」
 三郎の微笑が深くなった。
「確かにやんちゃであられたな。が、ある時を境に変わられた。どこがどう変わったとは正確には云えぬのだがな。それからすぐであった。兄上が伊勢の家を出てられてのは」
「三郎様はお兄様の事が好きなのね」
 シェリルが姉のような眼で三郎を見つめた。
「ああ。好きだ。いや、憧れているといってもよいかな」
「じゃあ少しでもお兄様に近づかなくちゃ。それには恋愛する事が早道ね」
「れ、恋愛?」
「そう」
 シェリルは慈母のように肯いた。
「恋をする事で人は成長するわ。想っても想われても、得ても失っても。‥‥三郎様は恋した事、あるの?」
「ないな」
 三郎はやや寂しげに笑った。
「女子はどうも苦手だ。でも、ただ一つ思っている事がある。女を泣かせたくはないと」
「三郎殿」
 眼に楽しくてたまらぬような光をうかべ、夕凪が三郎を見た。
「哀しむ事はない。兄上様と同じだよ、三郎殿は」


「リンさん、早く鱈を切って」
「はい!」
 ステラの指図にリンが走り回る。鍋の火加減は夕凪だ。
 あまりの忙しさにリンが悲鳴をあげた。
「ルンルンさん、手伝ってください!」
「だめね」
 艶っぽい声で答えたのは桜だ。
「気持ち良さそうに寝ちゃってるわ」
「えっ」
 足をとめてリンが眼を転じると――
「くかー、すかー」
 桜に揉まれて、ルンルンは安らかに寝息をたてていた。

 そんなこんなで。
 温泉の後、宴会が催された。無礼講という事で、供の上杉侍も一緒だ。
「どうぞ」
「あ、ああ」
 ステラの酌に、さしも冒険者嫌いの上杉侍も頬を緩めざるを得ない。その様子を満足そうに三郎は眺めていた。
「蛍よ」
 三郎は蛍に声をかけた。
「楽しいな」
「楽しゅうございますか」
「ああ。何故兄上が冒険者の家臣をもたれたか、わかったような気がする。蛍よ」
「はい」
「私は――いや、俺はやっていけるぞ」
 いつもよりも大人びた顔で三郎は云った。


 あくる日の事だ。日輪にも似た光が空に軌跡を描き、ぽとりと柿の実が落ちた。受け止めた夕凪の眼には空をゆく白い雲が映っている。
「木守柿じゃなけりゃ分けて貰えるかい、山の神サン? 」
 土産を懐に、夕凪は歩みだした。